ダンジョンで数多の魔剣に溺れるのは間違っているだろうか 作:征嵐
「あー···疲れた···無理···死ぬ···いや死なないけど···。」
でも冗談抜きで疲れた。まるで自分の腕じゃないみたいな感じが···あー···。
左腕が光を飲み込み、世界の一部を腕の形に黒く染めている。
右腕は蒼く煌々と燃え盛り、動きに合わせてゆらゆらと揺れている。
──まぁ、その、比喩でもなんでもなく、僕の腕は自分のモノじゃなかった。
「マビノギオン。治療、よろしく。」
「はい、マスター。」
最上位の治療術式によって、身体の至るところにあった細かい傷も、両腕の欠損という大怪我も、全てが消え失せて正常な身体へと戻る。流石は、『本の形をした魔術そのもの』である。
両手を一通り動かして調子を確かめると、時を止める枷を外す。空気に流れが生まれ、塵は地に落ち、空間に活気が戻る。
「陥没は···迷宮が勝手に直すか。」
直らなかったらごめんね?
「マスター。上は上で結構面倒な事になっているみたいよ?」
「面倒とな? あー、まぁ、そりゃそうだ。」
なんせロキファミリアによる侵入制限だ。大事にもなるだろう。僕が中にいた理由を、魔剣と絡めずに説明するにはどうすべきか···。
そんな事を考えながら、ぱたぱたと羽ばたいて上へ昇る。一階層に着いたらイデアも仕舞い、完全に一般人化してから迷宮を出る。予想通り、迷宮の出口には人混みとそれを宥めるロキファミリアの面々が──え? いない? なんで? ···職務放棄ですかね。
「···いや、違──ッ!?」
やけに静かな、静かすぎるオラリオの様子に怪訝な顔をした瞬間、嫌な空気の流れを感じた。その方向に顔を向け──金色の砲弾が、目の前に迫っていた。
「は?」
ゴッッ!! という音を顎が鳴らし、遅れて痛みと目眩、それに浮遊感を覚える。どうやら、吹き飛ばされたらしい。
「もう、マスター様? 大丈夫ですか?」
ダインスレイフに支配され、空中で数回回転して着地する。腕の中にすっぽりと収まっていた金色の砲弾の正体は、気を失ったアイズさんだった。
「どういうことな···の?」
アイズさんの鎧に、不穏すぎる傷痕を発見する。擦っただけの小さな傷から金属が腐蝕し、大穴へと変化したであろう、見覚えのある形状の傷。
「『アサシン』の毒···?」
ひとまずアイズさんを物陰に隠し、飛んできた方向に目を向ける。方陣を組んだロキファミリアの面々が武器を構え、時折大気と火花を散らしている。──大気と、ではなく、姿を消した『アサシン』の攻撃を防いでいるのだろう。
そういえば、光属性の『フォートレス』にも『タマモノマエ』にも、杭による遠隔精密攻撃はできない。そもそも搭載されていないのだから当然だ。なら、僕が一階層で戦っていた相手は、やはり『アサシン』だったのだ。『フォートレス』と『タマモノマエ』がいたのは単なる偶然で、僕が勝手に『アサシン』じゃないと思い込んだだけのこと。──本当に? 偶然にしては悪趣味で、出来すぎている。ネクロノミコンの走査を掻い潜るには、やはり『タマモノマエ』の転移術式ぐらいは必要だし──三匹が組んでいたとすれば、納得が行く。でも、何故?
いや、今は陰謀論を提唱している暇はない。一刻も早く、ロキファミリアに加勢して『アサシン』を倒さないと、オラリオがオワリオになってしまう。
「団長! リヴェリアさん!」
「マスター君? ···どうやら、君の読みは外れたようだ。」
「面目ないです···『タマモノマエ』と『フォートレス』は倒しました。あとはこの見えない奴だけです。」
「三匹もいたのか!?」
リヴェリアさんの驚愕の声に合わせて杭が飛来する。が、迷宮内部に居たときのようなキレがない。端的に言って、遅──いや、違う!?
「マスター君、こいつは──!!」
フェイク!! 杭をグラムで防いだ瞬間、足元に黒い球体が出現する。身体中から金属の杭を生やした、僕の腰ほどまでの大きさのソレこそが──霊獣『アサシン』。
「不味──ッ!!」
脚で踏みつけようにも、乱立している杭のせいでこっちが怪我を負いかねない。スキル発動状態じゃない以上、他の魔剣を顕現させるのにはラグがある。
防げない。ズドン!! という衝撃が身体に伝わるが、鳴ったのは意外にも「すこん」という気の抜ける音だった。起こった現象としては洒落になっていないが。皮膚を裂いて身体へ侵入した杭は、胸骨を砕き、心臓を貫き、気管を破り、背骨を達磨落としのように抜いて、身体を抜けていった。
即死の一撃。しかし、激痛に苛まれながら、僕の意識はハッキリと残っている。
「···クソ。」
本当に、面倒なことをしてくれる。
「そうですねー。マスターにすれば、面倒でしょうねー。でもマスターさん、私に言わせれば、久し振りに運動できて、結構良いこともあるんですよー?」
がちり。がちり。と、そんな音が鳴り響く。鍵を掛けているようにも、鍵を開けているようにも聞こえる音が。
ボッ!! と、傷口から蒼い炎が吹き出す。魔石サファイアの燃焼する、魂の燃える、蒼い炎が。
心臓も気管も背骨も血液も、全てが焔で代用される。
──生命活動阻害を確認。
──外敵と認定。
──封印術式『【ヒト】を殺すのは常に【ヒト】である』失効。
「
ボッッッ!! と、一際大きく胸の炎が燃え上がり、僕本来の『愚かな卑怯者の鍵』が発動する。
「お帰りなさいませ、マスター様。」
僕の右側に立ったダインスレイフが艶やかに微笑み、その分身である直剣を握る。
「本当に、久し振りの感覚ね。」
僕の左側に立ったグラムが冷たい笑みを浮かべ、その分身である大剣を弄ぶ。
「また竜王と魔王に会わなくちゃいけないのは憂鬱ね···。」
背中合わせに浮かび、大気に腰かけたマビノギオンは、台詞に反して楽しげに笑う。
それだけではない。レヴァンテインが。カラドボルグが。ロンゴミアントが。ロンギヌスが。グラーシーザが。アヴァロンが。ジャガーノートが。レヴァンテイン=ヘルが。ロンゴミアント=オズが。カールスナウトが。マンイーターが。ビーストキラーが。ミストルティンが。ミストルティン=キラが。ティナ=エンプレスが。ティナが。ラストリゾートが。ラストリゾート=ジョーカーが。雪月花が。散花扇が。ルーンブレードが。ブロードソードが。グラム=オルタが。アイギスが。
僕の横か、或いは後ろを埋め尽くす魔剣たち。その中に混じらず、唯一僕の前に立つ魔剣少女。
「さぁ、マスターさん。久し振りに全力、出しちゃいましょう?」
悪戯っぽく微笑む彼女の名は、『ジャガーノート=ルナ』。我が軍勢の一番槍である。
「あぁ、そうだね···。皆、行こうか。Get Ready?」
「「 BLAZE!! 」」
重なりあった声が大気を揺らし──ここに、蹂躙が始まった。
感想ください···感想ぉ···評価も···