ダンジョンで数多の魔剣に溺れるのは間違っているだろうか 作:征嵐
僕は、右手をジャガーノートに、左手をグラムに引かれて歩いていた。魔剣機関の出した『リーマ郊外の遺跡を探索せよ』という依頼をこなす為だ。依頼内容は、探索と銘打っているクエストのくせに、『遺跡最奥部の暴走魔剣の討伐』ときている。
「でも、どうせ討伐なんてしないでしょう?」
僕の数歩前を歩くグラムが、前を見据えたまま問うてくる。流石に長い付き合いだけあって、僕の思考が分かっている。その通り、僕は「暴走魔剣」とやらを壊すつもりなんてない。その存在の欠片を再構築し、元通りにする。だから、
「うん。そのつもりだよ。···だからよろしくね。みんな。」
と返した。冒険者の集う街、『リーマ』を出てから、僕は三人の魔剣を顕現させていた。『魔剣グラム』、『魔剣グラム·オルタ』、『ジャガーノート』。一番付き合いの長い、気心の知れた兵器たち。
「ほらほら、マスターさん。見えてきましたよー?」
ジャガーノートが右手で指した先、古びた神殿のような遺跡がある。中に出現する魔物はそこまで強力ではないが数が多いため、結構な頻度で魔剣機関の勇者や魔剣使いが駆り出されている。
「あそこで暴走させるって、余程酷使してたんだね。」
「救いようのないヒトも居るものですねー。」
「あの程度の魔物で暴走する魔剣の方も、問題があるんじゃないかしら?」
「お姉ちゃん、そ、その、魔剣を暴走させるような敵が、居るかもしれないし···。」
心底どうでもよさげなジャガーノート。自分以外が「魔剣」を名乗ることにまだ抵抗のあるグラム。その対象の一つであるオルタ。
不安材料がてんこ盛りだった。──通常なら。彼女たちはその態度や風貌からは察することすら出来ない強大な武力を持って──いや、彼女たち自身が、強大な武力そのものだった。
「じゃあ、行くよ? 魔剣の所まで突破するッ!!」
いつものように遺跡に沸いた魔物を蹴散らしながら、どんどん奥へ進んでいく。半分ほど進んだだろうか。僕は、凄まじい悪寒に襲われた。
「···え?」
遺跡の最奥。「暴走した魔剣」が居るとされている場所。そこから、そこらの冥獣より余程強い殺気が溢れていた。
「おい、おい、なぁ、嘘だよね? なんで? なんで?」
こんな超級の──特級の武器を振るうに相応しく、特級の精神を持った僕をすら怯えさせるほどの──殺気を放つのは、まず間違いなく
アビス級冥獣。
『ノーマル』、『ハード』、『ルナティック』と区分される冥獣のランクの埒外──言葉にすれば、『熟練の魔剣使いによるレイドが必要』というレベルの災厄。間違っても1人で倒すような相手じゃない。ラッキーパンチでどうこうできるレベルじゃない。魔力総量の半分しか残っていない僕が相手取る奴じゃない。
やだなぁ、関わりたくないなぁ···なんて呟きながら、確認だけでもしようと歩を進める。
最奥、ホールになった場所の中央に、そいつはいた。
形状としては『アロウ型』──謎生物の頭蓋骨の口から、骨で組まれたボウガンを突き出したような形状をしている。
「グァ■■■■ァァ■■ァ!!!!」
目が合い、冥獣が咆哮を上げる。
「!?」
遺跡の最奥、だだっ広い空洞の中に、耳を突き刺す大音量が響く。
「あーあ。逃げたい。」
逃げられない。こんな所に──こんな、街の近くに冥獣が居るなら、討伐する他に選択肢はない。ここで逃げても、どっちみち街ごと──下手すれば国ごと──滅ぶだけだ。
「あら、なら逃げればいいじゃない。私達が時間を稼いであげるわよ?」
あぁ、グラム。君は本心から言っているのだろうが···その言葉で、道は消えた。戦う以外の道は、だが。
「···そんな格好悪いところは、見せたくないかな。」
「今更、ね。」
そうかも、ね。
さぁ、行こう。
視線を冥獣に戻したとき、目前には骨で出来た鏃が迫っていた。
「会話中の攻撃はタブーじゃないか?」
ぱし。そんな拍子抜けする音を立てて、僕は鏃を掴む──筈、だった。
「マスター、駄目ッ!!」
珍しく大声を上げたグラム·オルタが割り込み、右手で矢を掴み取った。彼女たちにしてみれば、落ちたコインを拾うのにも等しい、なんのことはない行動だ。その筈だった。なのに、ぱきん、なんて、軽い音を立てて、オルタに回していた魔力がゼロになった。
ふっと掻き消えるように実体を失うオルタを見て、何が起こったのかを必死に考え──わからない。
「ジャガーノートッ!!」
ジャガーノートの支配に任せ、冥獣に肉薄し──一閃。ぎゃりっという音を立てて刃が火花を散らした。
「なんなんですかー、あれ。」
「並みのアビスより強そうだね···ッ!!」
またしても飛来した矢を避ける。大丈夫だ。そこまで早くはない。
僕は安堵のため息を吐き──右手のなかで、ジャガーノートの実体が消えた。からん、と音を鳴らし、冥獣の方を向いて矢が転がる。
「ホーミング?」
僕を守るように立ったグラムへ魔力を注ぎながら、謎の攻撃の正体と対抗策を必死に考える。考える。考える···。駄目だ。思いつかない。
「鏃に当たらなければいいんでしょう?」
なんて言って、グラムは手に持つ大剣で地面を抉り、壁にして防いでいるけれど、そんなものは長く続かない。
「いや、でも、それはその通りだ。レヴァンテイン、ヘル。壁を作ってくれ。」
右手に炎を切り取ったかのような、赤い、波打つ剣を持った少女と、左手に地獄の業火を切り取ったかのような、黒く、波打つ剣を持った少女。僕を挟んで実体化した二人が同時に剣を振るい、僕らと冥獣の間に焔の壁を作った。これで安全──とりあえずジャガーノートたちの様子を見て、後は遠距離攻撃で安置からボコボコにしてやる。
「大丈夫? 二人とも。」
「は、はい。魔力がなくなっただけです···。」
「ちょっと屈辱的ですねー。」
棒読みのジャガーノートのセリフには、本心からの殺意が籠っていた。僕も、そうだ。
「どういう訳か知らないけど、魔力をゼロにするらしいね。」
タネを探る必要なんてない。対策なんていらない。
「···は?」
「お姉、ちゃん···?」
僕とオルタの呆けた声に合わせるように、冥獣の口から覗くボウガンが、白く光る矢を射ち出した。
あれは、やばい。そう直感した。
僕を庇おうと前に出たレヴァンテインを全力で押し退け、右手で矢を受ける。鏃が貫通し、少量の血が飛沫となって顔に跳ねる。レヴァンテインの戸惑いと怒りの声が耳に入るが、それよりも大事なことがある。魔力の供給を一斉に遮断し、魔剣たちの実体を奪う。
あの矢──あの矢は、魔力を削るなんて可愛いシロモノじゃない。
「マスターっ!」
オルタの叫びが脳へ響くが、それに被せて質問する。
「オルタ。LPが減ってないか?」
LP。魔剣たちの
「あっ!? 減って、ます···。」
「私も同じです···これ、どういうことですかー? マスターさーん。」
簡単なこと。魔力もろとも、LPを奪う矢なんだよ、あれは。装甲も、HPも、関係ない。当たれば、即座に、LPを奪われる。
さっきまではそうだった。今、奴が撃ったのは──より強力な、
「ふざけ■な。」
グラムの魔核は崩壊した。
グラムの記憶は無くなった。
グラムの技術は退化した。
グラムとの思い出も無くなった。
グラムとの絆は消え失せた。
また、彼女の目が冷たくなる。
僕や、魔剣たちを仲間だと認めてくれた、彼女の、あの優しげな声は、聞けなくなった。
「ふざ■る■。」
にやり、と、冥獣が笑った気がした。傍目には、僕の魔力が尽きて、魔剣を顕現させられなくなったように見えるだろう。実際、矢の所為で魔力はゼロに近い。もう立っているのも辛い。──それで?
だから?
だから、どうしたって言うのか。
倒れる? まさか。
諦める? そんな訳がない。
僕の、大事な、大切な、
「
冥獣の動きが止まった。馬鹿め。警戒するなら、即座に殺すべきだよ。
右手で魔石ダイヤをポケットから取りだし、砕く。瞬間、膨大な魔力が体を包んだ。
「
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
崩壊した魔核は、魔石エメラルドを10個使用すれば修復できる。···そこに、記憶は宿っていないが。
「貴方が、この私を振るう魔剣使いかしら? ふふ···「魔剣」使い、を名乗れるのだから、光栄に思いなさい?」
「あぁ···うん。よろしくね、グラム。」
上手く笑えていたか。僕は今でも自信が持てていない。