ダンジョンで数多の魔剣に溺れるのは間違っているだろうか 作:征嵐
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登攀技術やロッククライミングに造旨が深い訳でもないし、そもそも迷宮の壁は登るのに適していない。凹凸はそれなりに存在するけれど、壁からは魔物が出てくる可能性が大きい。ミノタウロスと壁登り競走なんて御免被るぞ、僕は。
そもそも、僕の腕力やら握力やらで、ゴールの見えないレベルの高さを登れるとも思えない。じゃあ、どうする? こうする。
──右手を横へ。
──魔力が渦巻く。
──全身を風が包み込む。
魔剣そのものを顕現させる必要は、ない。顕現に伴う、身体の再構成の方が重要だ。まぁだからと言って魔剣を顕現させない訳ではないけれど。
──背中、肩甲骨辺りを起点として、擬似的な神経と筋肉が構成される。
──エーテルが固定化される。形状は翼。数は三対。
──右手には杖棒。秘める魔力は世界と同等。
──杖棒『カタストロフ=イデア』顕現。
大気を鳴らし、翼を羽ばたかせて空を舞い、縦穴を垂直に昇っていく。尋常ならざる速度だが、身体を最適化された僕にとっては問題にならない。身体が潰れることも、耳が壊れることも、目が乾くことすらない。
「見えたわよ、マスター。このまま迷宮の天井を壊して地上に出ましょうか?」
「いや止まろうよ!?」
迷宮を壊そうモノなら、まず間違いなく面倒ごとに巻き込まれる。いや、面倒ごと──ギルドの追及とか──諸共に、壊してしまえばいいのだけれど。それを躊躇う程度には、この町に愛着があった。
「仕方ないわね···。」
気だるげな声を上げたイデアが、翼を細かく操作する。凄まじい風圧を撒き散らしながら、縦穴の出口で静止する。幸いにして、縦穴の付近には誰も居なかった。いや、吹き飛んだだけという可能性も微妙に否定できないけれど。
「ありがとう。イデア。」
目立ちすぎる純白の翼を消し去り、イデアも非顕現状態にして迷宮を出る。と。
「えーっと?」
迷宮の入り口付近にテントが立ち、ロキファミリアやフレイヤファミリアを筆頭としたトップ層の冒険者が群がっていた。それぞれ、己の持つ最上の装備で身を固め、ポーションの類をバッグに詰めたり、武器のメンテナンスをしたり、と、遠征にでも出るかのような気合いの入れようだ。ギルド職員と、トップファミリアを代表する冒険者と神々が地図や何かの図面を見ながら真剣な表情で話し合っている。
「何かあったのかな? トラブルとか?」
出口でぼけーっと突っ立っていては邪魔になるだろうし、さっさと退きましょう。面子を見るに、僕がいた所で何の意味も──ん? 名だたる冒険者や神々に混じって、明らかに場違いな顔、ベルと神ヘスティアを発見する。事情を聞くならあの二人ですね。
「ねぇ、ベル。何かあったの?」
「いや、マスターが···え? マスター?」
ん? 僕がどうしたって? ···縦穴に落ちたことかな? いや、いち冒険者が縦穴に落ちた程度ではここまでの大規模レイドは組まれないだろう。捜索隊にしたって、依頼でもなければ組まれないというのに。
「ま、マスター!? 無事だったの!?」
聞き慣れた叫び声と共に、背後から腰へ衝撃が加えられる。自分の腰のごきっ、という悲鳴は聞き流す。意識するな···意識したら死ぬぞ···!! 死因:腰痛。笑えもしない。
「り、リディ。これ、なんの集まりなの?」
神様ぁー! エイナさーん! マスターが帰ってきましたぁ! というベルの叫び声を聞きながら、リディの方へ視線を向ける。
「ま、マスターが縦穴に落ちたって! 縦穴は危ないって! 下に危ないのがいるって! 全然帰って来なかったからぁ···!!」
「んー?」
要領を得ない話し方だが、なんとなく、僕を探す為のレイドパーティなのだろうと察する。ぼろぼろとリディの両目から溢れる涙を両手で拭いながら、ベルの帰りを待つこと数分。
チュートリアルでお世話になったギルド職員さんと一緒に帰ってきたベルと神々を残して、大規模レイドパーティは迷宮へと入っていった。
僕が帰ってきたことはさっき伝わっていたから、別の目的があるのだろう。
「マスターさん。こちらへ。」
テントへ誘導され、簡易式の椅子に座らされる。
「マスターさん。縦穴に落ちたとの事ですが、お怪我はありませんか?」
「え? あ、はい。大丈夫です。」
どちらかと言えばグラムの損傷度合いが心配です。と心中で付け加える。まともに攻撃を喰らったのは彼女だし、ここオラリオには医師クランベリーのように信頼できる魔剣技師がいない。神ヘファイストスがどの程度
オラリオでは魔石ルビーも魔石ダイヤも、魔界で取れる鉱石は一切が入手できない。よって、再入手の目処のない魔石エメラルドはあまり使いたくないのだが。
「それは良かった。念のため、ホームへ戻られたら、キチンと検査しておいて下さいね。」
「あ、はい。」
にこやかに此方の心配をされても、「それが本題ですか?」という表情しか返せない。
「それで、ここへお招きした理由ですが···。」
一拍空く。無駄な演出を挟まないで欲しいものだ。僕はとっととグラムを神ヘファイストスへ預けたいんだ。本題、はよ。
「縦穴の下に、強力なモンスターがいませんでしたか?」
「···。」
冥獣のことか。アレを倒すのには魔剣が必須、通常の武器では傷すら付かない存在のことを、ギルドは認知している? いや、だとすれば、それを討伐するつもりか? と言いたくなるような豪華なパーティを編成するとも思えない。大方、冥獣の放つ殺気を感じ取ったのだろう。
「モンスター、ですか? 僕は、穴の途中で出っ張りに引っ掛かって最後まで落ちなかったので···。」
わかりませんねー。と表情で語る。口調は棒読み寸前だったが、不自然一歩手前で踏み止まってくれた。
「そうですか? では、もうひとつだけ。」
「何ですか?」
また一拍空いた。良いから、はよ。
「『魔剣』という存在に心当たりは?」
「···。」
見開きそうになる目と、排除に動こうとする魔剣達を意思の力で押さえ込む。いや、後者に関しては懇願に近いセリフを脳内で垂れ流したのだけれど。内容に関しては僕の名誉のために伏せさせてもらう。
「知ってますよ? 限られた、凄く腕の良い鍛冶師だけが打てる、魔法を放つ剣のことですよね? なんでも、家一つと等価な割には使い捨ての、ブルジョワ武器だそうですね。」
「···。」
僕の挙げた『魔剣』の特徴は、オラリオでも一般的に知られている『魔剣』のことだ。僕の持つ『魔剣』とは、存在の格も保有する破壊力も違いすぎる代物だし、武器としてのランクも、Aランク魔剣にも遠く及ばないゲテモノだ。パチモンとすら言えない。
「いいえ、マスターさん。私たちの言っている『魔剣』とは、そんなチンケなモノではありません。正真正銘の神代の武器のことです。」
「···えーっと?」
シラを切りとおす方針でも別に構わないけれど──面倒だ。
マビノギオンを顕現させ、ギルド職員──確か、エイナさん? って名前だったはず。ベルはそう呼んでいた──の『魔剣』についての記憶情報を消し去る。テントに覆われているから、他の人に見られる心配もない。
一瞬で作業を終わらせる。
「あれ? えっと···ま、マスターさん。何か、疑問点などありませんか?」
いきなりどうしたんだろうか。記憶が吹っ飛んだことでパニックを起こしたと考えるべき···あ、僕のせいですか。
「えーっと···結局、なんの為にあんな大規模パーティを組んだんですか?」
どうせなら、情報を引き出したいし、渡りに船って奴ですね。記憶と一緒に意識も奪っておけばよかった。
「はい。えっと、迷宮の深層、迷宮から切り離された閉鎖空間に、ある強力な魔物が存在しています。普通はそこに冒険者の方が行くことは無いんですが、今回、ベルく──クラネルさんが、マスターさんが落ちたという縦穴の位置と深さを調べてみたところ、件の地下空洞に繋がっていることが分かりました。そんな危険な縦穴は塞いでしまうに限りますが、低レベルの方にお任せして、万が一、件の魔物が登ってきていた場合、成す術なく殺されてしまう可能性があったので、こういった形になりました。」
魔物──冥獣のことだろうな。
「そこに、魔物とは違う、何か凄まじいモノがいる、と、言われたのですが···」
なんだったかな···と、エイナさんが黙りこんだタイミングで、そうですか。ありがとうございました。と、さっさと席を立ってテントを出ていく。──と。待て。「言われた」ってなんだ。誰にだ。そんな事を思った頃にはヘファイストス·ファミリアに着いていた。うーん。時すでに遅し。
「マスター。言い忘れていたけど。」
「ん? どうしたの?」
上半身だけ実体化して、僕の頭に両肘で頬杖をつく痛い痛い痛い。
「ちょ、アダマス。痛いってば。」
「あら、ごめんなさい?」
悪びれもせず、今度は上体をだらりと預け柔らかい暖かい良い匂い。
「···で、何? どうしたの?」
しばらく満喫してから聞き返す。時刻としては遅くはないし、周囲にも人はちらほらといるが、彼ら彼女らが、アダマスや僕に目を止めることはない。目が止まっていたとしても、それを認知することはない。動きを止めた人々、止まった時の中で、アダマスが口許を歪めた。
「あのギルド。祀る神は、
「···え? 嘘でしょ?」
「気を付けなさい。マスター。」
サディスティックに笑いながら、アダマスは体を大気中のエーテルへと溶かしていった。
「えーっと···あんまりアダマスを使わない方が良いって事だよね?」
じゃあなんで今時間を止めた! 言え! と小一時間問い詰めたい。
エイナさんが魔剣について教えられた相手も、十中八九
「失敗したなぁ···。」
無闇矢鱈と時間を止められなくなった。時止め無双の夢は完全に潰えたし、冥獣も出てきたし、グラムも傷つくし。散々だ。
ヘファイストス·ファミリアの扉が、いやに重く感じた。