ダンジョンで数多の魔剣に溺れるのは間違っているだろうか 作:征嵐
「なぁ、ベル。武器忘れたんだけ···ど···。」
背後、リリよりももっと後ろ。魔物の気配がする。それも相当数。足音が聞こえないということは、飛行型か幽体型か。
「えぇ!? マスター、どうやって戦うつもりだったの!?」
「いや、まぁ、そりゃ···」
魔剣で。とは言えない。ベルだけならまだしも、
「後ろから来ます!!」
リリが警告を発する。ここは取り敢えず逃げるべきじゃないの···?
「僕が最後尾に行くから、マスターはこの先の様子を見てきて!」
「わ、分かった!」
リリとベルを置いて──え? 僕が一人で行動するの? おかしくない? ···リリとベルを置いて走り出す。薄暗い迷宮の中を、壁から涌き出るモンスターに注意しながら動くのは意外に神経を使う。
二人が見えなくなるまで走ったが、ここまでは一匹たりとも魔物を見ていない。他の冒険者や遠征パーティが通った後なのだろう。
「ロキファミリアじゃないといいなぁ···。」
呟き···
また落とし穴か!? ···いや、落下が、長い。これが所謂、縦穴···下層へ繋がる一方通行ルートなのだろう。
「クソ···!?」
下から凄まじい重圧──殺気を感じる。
あぁ、懐かしい。例のオッタルが並ぶかと思っていた、実際は遥かに強力で凶力な、魔剣たちの、魔剣使いたちの、
「マスター!!」
「分かってる!!」
グラムの叫びに応え、右手を基準に魔力を収束させる。顕現させるのは、『魔剣グラム【極】』。
落下の勢いを乗せ、グラムと僕の体重と位置エネルギーを全て運動エネルギーに変換して攻撃する。並の魔物なら──いや、並の建造物なら容易く両断できる一撃を、「そいつ」は人間のような上体、その片腕で防いでのけた。
「やっぱりか···。」
ぶよぶよとした肉団子状の下半身から、悲鳴を上げているかのような無数の顔を覗かせ、頂点部分から人間の上体を生やした、異形──ワンドメイス型冥獣。
防御に長けた訳でもない「そいつ」は、グラムの一撃を防いだ瞬間に、攻撃に転じていた。
攻撃を終えて着地した瞬間に、目の前には黒い大腕が迫っていた。回避不能なスピードのそれに、辛うじてグラムを翳してガードする。凄まじい質量、凄まじい運動量だが、耐えられない程ではない。地面に跡を残しながら攻撃を受けきる。
「らぁっ!!」
グラムを一閃する。
二つの斬撃が刻まれる。
グラムを一閃する。
三つの斬撃が刻まれる。
グラムを一閃する。
九つの斬撃が刻まれる。
一斬多撃。だが、グラムの真骨頂はそこにはない。
──冥獣が姿勢を大きく崩す。防御不可状態···ブレイク。グラムのような質量の大きい武器で攻撃し、ガードや姿勢を崩すことで、一時的に防御力を大きく下げる状態だ。そして、防御の下がった今にこそ、攻撃を叩き込むべきだ。
「行くよ、グラム!!」
「終焉なき永劫の回廊···黒い雨···闇夜の蝶···磔の翼···これが、「魔剣」というものよ···。」
BLAZEDRIVE:完全世界エイヴィヒカイト
完成品たる魔剣の、終極の一撃。終焉すら終わらせる、
数秒もの間光なき世界に佇んでいた僕の腹部に、唐突に凄まじい衝撃が加わった。
「げぼっ···」
肺にあった空気が、胃液と血液と一緒に口から漏れた。もんどりうって吹き飛ばされる。地面を転がるが、グラムだけは手放さない。
「あぁ···痛かった。」
痛覚はある。が、傷は、ない。
魔剣を顕現してさえいれば、僕の負傷は全て魔剣へフィードバックされる。そして、魔剣たちに支配されている体は凄まじく強靭なものに創り変えられており、負傷なぞしない···と、タカを括っていたのだけれど。慢心だった。
「大丈夫? グラム。」
「えぇ···大丈夫よ。この程度。」
滅ぼした手応えはあった。が、さっきの一撃は、まず間違いなく
「ゲージが幾つかあるのかな···面倒くさい。」
冥獣のもつ仮初めの命のことを、「ゲージ」或いは「☆」と言い表すのだが、冥獣や暴走した魔剣の中には、これを複数持つものも存在する。
攻撃の手を緩めた所為でブレイクも解け、万全の迎撃体制を取られている。些か以上のピンチである。
「僕一人で先行して正解だったんだけど···釈然としないな。」
左手にも魔剣を喚び出す。選ぶ魔剣は、『アダマス【極】』。白と赤の、翼のような刃をもつ魔鎌。
「まさか、君を使うことになるとは、ね。」
「神相手でなく、こんな所で冥獣相手とはねぇ?」
アダマスを一振りする。