ダンジョンで数多の魔剣に溺れるのは間違っているだろうか   作:征嵐

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 今回は平和。


第十一話 豊饒の女主人 (労働編)

 

 「マスター!? 大丈夫!? マスター!?」

 

 悲鳴に近いそんな叫びで、僕は目を覚ました。失神後特有の、体がまだ寝ているような感覚に抗って目を開ける。···知らない天井だ。視線を右へ流すと見慣れた赤目が目に入った。···ベル、怪我人を叩き起こすとはどういう了見だ。そもそも僕は···あぁ、投げ飛ばされた衝撃で気絶したんだったか。ここは···? 少なくともホームではない。もっと綺麗な施設と思われる。ベッドもかなりふかふかだし。病院とかだろうか。

 

 「ここは···?」

 

 喉の渇きからか、掠れた声しか出ない。

 

 「豊饒の女主人だよ。ロキファミリアの人たちが運んで来てくれたんだ。」

 「···そうか。」

 

 魔剣たちがそんな行為を許すとは思わなかった。そういえば、ベルはあの白ゴリラを倒したのだろうか? 逃げ切ったとしても大したものだが···。

 

 「あ、そうだ見てよマスター! これ!」

 「ちょっと、危ないよベル···」

 

 主にベル自身が。そんな至近距離でナイフを振るな。魔剣たちが浮き足立ってるから。──そのナイフは、神ヘファイストスの造ったアレか。僕の魔剣じゃないから詳しい性能は外見から推察するしかないが、そこまでの業物には見えない。

 

 「あ、ごめん···。それでね、このナイフなんだけど!」

 「知ってるよ。成長するんでしょ? 分かったから寝かせろ。」

 

 掛けられた清潔なシーツから片手を出してヒラヒラと振りながら退室を促す。眠いんだから、出てけ。

 

 「え? 何で知って···」

 

 ベルの追及が始まった辺りでドアが開き、豊饒の女主人の店員が一人入ってきた。確か、名前は···あー、えーっと···誰でしたっけ。聞いたような、初対面なような? きっとこっちが一方的に見掛けただけなんでしょうね。

 

 「マスターさん。気がつきましたか。良かった。」

 「あ、どうも···。」

 

 んー? なんだこの知り合い感。──もしかして:記憶喪失

 

 「えっと、貴女は?」

 「失礼。リディから貴方のことを聞いていたものですから。私はリュー·リオン。ここの店員です。」

 

 よ、良かった。記憶喪失ではなかった。記憶が消えるレベルの打撃とか死んでても可笑しくないからね。怖いね。

 

 「あ、どうも···。」

 

 さっきからこれしか言ってないな、僕。いやだってリューさん美人だし。なんて返すべき場面かも分からないし。美人だし。

 

 「クラネルさん。ギルドの方がお呼びですよ。」

 「あ、はい、分かりました。」

 

 そんなやり取りをしてベルが出て行く。···リューさんは何故残ってるんですかね。

 

 「マスターさん。」

 「あ、はい。」

 

 何故、言葉の頭に「あ、」が付くのか。人類最大の疑問だよねこれ。

 

 「怪我の具合はどうですか?」

 「あ、大丈夫です。」

 

 リューさんが怪訝そうな顔で僕の方を···やめて! 見つめないで! 緊張が!

 

 「あと2日はかかると思ったのですが···治癒が早いですね。」

 「あ、そうなんですか。」

 

 まぁ、不死身の英雄が使ってた魔剣とかもいるんで、その魂とかが影響してるんじゃないですかね? 詳しいことは僕にも分からないけれど。詳細不明っていうより正体不明って言った方がかっこよくない?(唐突) ルビは《アンノウン》。はやくランクアップして二つ名が欲しいですねぇ···。

 

 「もう大丈夫なんでしたら、下に来て頂けますか?」

 「あ、はい。」

 

 コミュニケーション力が低すぎるんだよなぁ···。もっと会話をするべきだ。魔剣たちと会話する分には大丈夫なのになぁ?

 

 ──下に降りたら一週間のタダ働きを言い渡されたでござる。僕の倒れていた時間分働け、と。つまり何か? 僕は一週間も寝てたのか? いや、予定ではあと2日も···マジかよ重症じゃないか。記憶喪失ありえたかもなぁ。怖いね。オラリオ。

 

 「寝てたと言えば、アンタの寝てたベッドはリューのだからね。ちゃんと礼を言っとくんだよ。」

 

 女将よ。ここでその事実を告げると言うことは断る選択肢を完全に消したな。もともとそんなつもりもなかったけれど。リディがどんな仕事をしているか、近くで見るのも面白そうだ。

 

 

  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆

 

 

 結論から言って、僕は甘かった。リディの方を向く間もない重労働。筋力と敏捷と器用のステイタスがそれぞれ300は上がりそうな過酷な仕事だった。「上昇値トータル600オーバー!?」って神ヘスティアに驚かれるまである。ただ、視界に入った中だと、リディはジョッキを13個同時に運んでいたり、13のテーブルから同時に注文を取ったりしていたような気がする。

 

 あと、ロキファミリアが入ってきたときは正直に言って逃げたかった。めっちゃこっち見てくるし···。怖いのなんの。

 

 そして何より、筋肉痛。僕は普段は魔剣たちの支配に任せて体を動かすから、筋肉痛なんて滅多にならない。初日で折られた心、2日目で筋肉痛に慣れ、3日目で超回復というものを実感し、4日目で実は魔剣たちがこっそりアシストしてくれていたと気付き、5日目で漸く慣れ、6日目で店員のみんなと仲良くなり。

 

 そして、7日目。

 

 「アンタ、ここで働く気はないかい?」

 「そうニャ! お前みたいな使えるヤツは大歓迎ニャ!」

 「そうですね。私も賛成です。」

 「マスターも一緒にアルバイトするの? やったー!!」

 

 僕は店員スキルをマスターした。

 

 ──いや、働かないよ? 僕の本職は冒険者。それに「真の魔剣使い」になるって夢がある。酒場の店員をやってるヒマはない。

 

 「きゃ、客としてまた来ます。」

 

 皆の残念そうな顔を背に店を出る。いや、まさか一週間で店員スキルをマスターできるとは思わなかった。僕の才能が怖い。どうせなら魔剣を扱う方に欲しかったけれど。一番大変なのは酔っぱらい共の喧嘩とゲロだな。うん。ゲロは火属性魔剣たちで焼き払えば良かったにしても、喧嘩を止めるのは面倒だった。殺しちゃ駄目ってのがネック。

 

 ──明日からは、また迷宮に潜ろうか。





 友人が言っていた。居酒屋のバイトで一番辛いのは喧嘩のとばっちり。次がたまにあるゲロだと。


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