PKプレイヤーの憂鬱 作:セットヌードル
はじまりの町を抜け、ある程度フィールドを進んだ先でサラダ昆布は頭を抱えた。
「えっと……確か、オレンジのシステム的なペナルティは……圏内に入れない、だったか? しかし圏内に入れないとなると回復アイテムとか買えないし、武器が壊れても買えないし、腹減っても食えないし、眠くなっても寝れない。あっ、でもドロップアイテムとか……1層でそれはないか。……あとは他のプレイヤーに警戒され、いやデスゲームになった今ならそれどころじゃないか……詰んでね?」
カーソルがオレンジに染まったプレイヤーはペナルティとして強力なNPC、ガーディアンが邪魔をするため圏内に入ることは難しい。第1層は最初の階層なので安価で回復アイテムや武器といった必要最低限のものは買えるし、ここが現実となった今では必須とも言える寝床も安全に確保することができる。そしてそれらは圏内と呼ばれる簡単に言えば決闘以外でHPが減ることのない安全圏にあるのだ。逆に言えば圏内以外にはそういった施設はほぼ存在しない。圏外村というものがあり、そこにはアイテムが売っていたり安全圏でないことを除けば圏内と同じような役割を果たす場所もある。しかし残念ながら1層には存在していない。
一応オレンジからグリーンに戻れるクエストがあるが内容もどこで受けるかもサラダ昆布は知らなかった。
「マジでヤバいんじゃないか……?」
所持している武器の耐久値は半分を切っている。幸い回復アイテムはそこそこの数を所持していたので、余裕はないが焦るほどのものでもない。と、そう言いたいが状況を考えるとやはり厳しいものである。
武器やアイテムが有限だという問題を理解したサラダ昆布は更なる問題、食事と睡眠の問題について考え始めた。SAOはゲームでありながら空腹と眠気を感じるのだ。現実さながらのそれは抗うことができない。サラダ昆布は元々夜型の人間で夜更かし大好きっ子であるが、無理して二徹が限界である。しかし戦いながら、他のプレイヤーを警戒しながらと緊張状態が続く中でとなると1度徹夜できるかどうかも怪しい。もし寝落ちしたとすればモンスター達に殺されるか、あるいは他のプレイヤーに捕まるか、最悪殺される。なにしろサラダ昆布はオレンジだ。デスゲームとなった今、人殺しに手を染めようとするプレイヤーがいないとは言い切れない。グリーンのプレイヤーと犯罪者であるオレンジを比べればやはりオレンジの方が精神的には殺しやすいのだ。そうなるとやはりオレンジであるサラダ昆布は狙われる。
「そうだ、仲間を集めれば」
サラダ昆布のようにデスゲーム開始前にPKをしてしまいオレンジとなったプレイヤーがいないとは言えない。他にもPKはしていないがフレンドリーファイアなど可能性はいくらでもある。そういったプレイヤーを集めて組めば圏外村や回復アイテム、武器のドロップなどがある層まで耐えることができるかもしれない。
サラダ昆布はそう考え――やめた。広場に集められたとき、見渡す限りグリーンのプレイヤーばかりだったのを思い出したのだ。出会えるかもわからないプレイヤーを探し、ましてや仲間になることが可能だと、サラダ昆布は思えなかった。フレンドリーファイアでオレンジになったプレイヤーはそのフレンド達と固まるだろう。そこに見ず知らずのオレンジを入れるかどうかと言えば入れるはずはない。では単身のオレンジはどうかと言えばこれも無理である。単身ということはフレンドリーファイアではなく、かなりの確率でPKプレイヤーであるからだ。開始早々PKする奴にロクな奴はいないと、自分を棚に上げてまだ見ぬPKプレイヤーを拒否した。
そもそも前提としてサラダ昆布に集団行動は向いていない。なにせサラダ昆布はロクでもないクズなのだ。
「え、俺死ぬ? ここで? 俺が?」
とりあえずオレンジプレイヤー仲間案は却下することは決まったが振りだしに戻っただけであった。本格的に案が無くなり、死がサラダ昆布の頭を過る。
「大丈夫、大丈夫。俺は大丈夫」
血の気を引かせながら己を鼓舞し、サラダ昆布はフィールドをさ迷い始めた。PKと共にモンスターもある程度をしていたため、そこそこレベルが高いので真っ向からの戦いならドジを踏まない限り負けることはない。モンスターも最初のフィールドよろしく強くはないので、例外を除けば負けること、死ぬことはないだろう。
「あれは……」
半ば死人のように、それでも
サラダ昆布は事前に調べていたネットの情報を思い出しながら少年へ哀れみの視線を送る。だがある考えを思い付き、すぐさま考えを変えてリトルペネントの群れに突撃した。
「――助太刀だ」
「ああ、助かっ……!」
「……カーソルのことなら後だ。今はこいつらが先だろ?」
突然の乱入者がオレンジであることに驚いた少年だったが、少年を攻撃する気配がなかったので助太刀を受け入れた。
サラダ昆布はこの乱戦に乗じてPKしようと考えたのだ。PKすればこのプレイヤーのアイテムは全て自分のものになる。そうすればアイテム面ではしばらくは安泰だ。それに背後からならば簡単に首を取れる。失敗しても大量のリトルペネントが盾にも逃走のための障害にも使えると判断したのだ。
(ダメだ、隙がない……!)
戦闘開始して数分、幾度となくプレイヤーの首を狙ったが勘が良いのか運が良いのか、それとも上手いのか、それらは実行する前に回避されている。そして間も無く戦闘は終了し、とうとうPKする機会を失った。
「ありがとう、助かった。俺はキリト」
「サラダ昆布だ」
一息付き、サラダ昆布は焦りながらも自己紹介をするプレイヤー――キリトに応えた。内心、オレンジである理由をどうするか焦りながら。なにせPKする予定だったのだ。何も考えていなかった。
「……サラダ昆布?」
「いつもこのハンドルネームなんだ。……こうなるなら真面目な名前にすりゃ良かったよ」
おどけながら会話を交わす。キリトが途中で手に入ったドロップアイテムをお供えするという行為に出ていたが気にする間もなかった。
「それで、その」
「……実は」
困った顔で笑いながらサラダ昆布は嘘をついた。グリーンのプレイヤーにPKされかけ、反撃をしたら自分がオレンジになってしまったという嘘だ。もはや穴だらけ。信用に値しない嘘。有り得ない話ではないがこれを信じるほど彼らは仲を深めていない。それでもサラダ昆布は武器やアイテム、寝所云々の話をして、頭を下げた。
PKできないとわかった時点で、安全をとるならば逃げるのが正解である。しかしここまで話を聞いてくれるプレイヤーはこれが最後かもしれない。オレンジというだけで話を聞いてくれない可能性もある。故にサラダ昆布は一か八かの賭けに出たのだ。
「見捨てないでくれ」
「そういうことなら」
その言葉を聞きキリトは受け入れた。サラダ昆布の知らぬところではあるが、キリトははじまりの町でクラインというプレイヤーを見捨ている。見捨てたといってもそれはキリトが勝手に思いこんでいることであったが、人の良い彼はそのことに罪悪感を感じていた。そのため見捨てないでくれといったサラダ昆布の願いを断るという選択肢はキリトにはできなかったのだ。
「……あっ」
「どうしたサラ?」
サラダ昆布と呼ぶのはどうしても間抜けっぽいのでサラと呼ぶことにしたキリトは突然呟いたサラダ昆布に声をかけた。
「あー……いや、大丈夫」
そう言って笑うサラダ昆布。彼は気づいてしまった。自分が人を殺したにも関わらずそのことを気にしていないとに、気がついたのだ。人を殺したという事実に困惑はしたが、それに対し罪悪感を感じていない。ゲームだからなのか、血もでないし悲鳴もなかった故のリアリティーの低さのせいか、デスゲームの茅場晶彦のせいだという免罪符があるからなのか、彼は殺人を許容した。
――サラダ昆布は人殺しである
その事実をもう一度確認し、しかし彼は何も思わなかった。
(知らなかったし仕方ないよね。うん、俺は悪くない)
それらしい理由をつけてサラダ昆布は自分が殺人に対して感情を抱いていないことを納得した。
しかし、そうではない。サラダ昆布が殺人に何も思わないのは彼が――
(というかまぁ……他人なんてどうでも良いしね)
――クズだからである。
細々続けます。