PKプレイヤーの憂鬱 作:セットヌードル
寝袋はハーメルンからの知識なのでこれに関しては原作を読んでいません。
デスゲームが開始されもう少しで一か月が経過するという現在、プレイヤーは大きく二つに別れていた。一つはデスゲームに怯え、はじまりの町に引きこもるプレイヤー。もう一つが攻略に乗り出すプレイヤーだ。そしてその攻略に乗り出していたプレイヤー達の間である噂が流れていた。その噂というのはグリーンのプレイヤーがオレンジのプレイヤーを引きずり回すというものである。クエストの条件だとか、そういうプレイだとか、様々な憶測が飛んだが誰も真実にはたどり着かなかった。
「……」
「……」
そしてその噂の正体のオレンジプレイヤーの方――サラダ昆布は寝袋の中で起床し、何気なく視線を横に向けた。すると一人の少女と目が合う。
(……誰こいつ)
(え、何この状況)
どうしてこうなったのか、それは少し遡る。
◆
「寝袋にねぇ……」
「それくらいしか思いつかなくて」
「大丈夫。オレンジの俺を信じてくれる上に一緒に行動してくれるってんだから、もう感謝感激雨霰だぜ。ありがとうなキリト」
「いや、別に、ふ、普通だって」
感謝をされたキリトは頬をかき顔を反らした。アバター越しならばそれなりに友好的でありコミュニケーションもあるが、現実ではぼっちゲーマーであるキリトは素直に感謝されるという慣れない状況に照れたのだ。
一方サラダ昆布は何顔赤らめてだろと首を傾げた。ついでに男の照れは需要ねぇよと心の中で突っ込んだ。しかし中性的な顔のキリトの照れ顔は少しくるものがあったサラダ昆布。おっと、俺はノーマルだ、と傾げた首を横に振り、キリトの提案を再確認した。
キリトの提案というのは単純で、アイテムや武器、食事はサラダ昆布の代わりにキリトが買いにいき、サラダ昆布が寝ている間はキリトがサラダ昆布を守り、キリトが寝るときは村か町の宿で寝てその間サラダ昆布は起きて過ごすというシンプルなものである。
武器などに関しては問題なかったが寝る云々で問題が生じた。それは睡眠時間の長さである。元々夜型とは言えサラダ昆布も人間であり、最低でも五、六時間の睡眠は必要だ。つまりその間キリトはサラダ昆布を守らないといけないので、満足のいくレベリングが行えない。というのもフィールドに現れるモンスターのポップには際限があり、それを越えると一定時間モンスターがポップすることはなく、リポップするまで待つ必要がある。狩り尽くし、リポップを待つというのはそこまでの時間はかからないがやはり効率は悪い。特にレベリング大好きなキリトにとってそれは死活問題であった。解決はそれこそ簡単である。サラダ昆布を抱えて移動すれば良いのだ。しかし、サラダ昆布の背はキリトよりも高く運び辛く、それこそそこを襲われれば手も足もでない。それを承知の上で運んだとしても体格差のせいで運びかたは雑になるだろう。そうなると折角の睡眠が意味をなさない。そこでキリトが考えたのが寝袋である。寝袋にサラダ昆布が入れば寝袋を引っ張るだけで移動することが可能で、引き摺るので安定性も抜群だ。引き摺るその感触で起きるということもない。何故ならどういう訳か寝袋には衝撃吸収の効果があるのだ。勿論投げ飛ばしたりすれば衝撃が襲うが、引き摺るくらいなら中の人にダメージらない。これならば途中で襲われたとしても手を離すだけで即時に対応できる。
「意外に寝心地が良いな、寝袋」
そんなこんなでオレンジプレイヤーをグリーンプレイヤーが引き摺るという噂が流れたのである。
◆
「……で、この子誰? 物凄い睨んでくるんだけど」
「えっと、サラが寝てるときに倒れて連れてきたんだ」
「……」
「……」
「いや、わかんねーよ」
謎の少女に睨まれ、サラダ昆布に視線を向けられ、普段視線を向けられないぼっちのキリトはテンパっていた。サラダ昆布は汗をかくキリトに声をかける。それから落ち着かせゆっくりと話を聞いた。
それはいつものようにキリトが次の狩り場を目指してサラダ昆布を引き摺っていたときのこと。
「キリト、お前ってやつは……」
馬鹿すぎる。俺を起こせば良かったのに。そんな理由なら別に怒らないからさ。という声を飲み込みサラダ昆布はキリトの肩に手を置いた。
「ほら、お前も礼言えよ」
「……別に、私は運んでなんて頼んでない」
「お前な、それが恩人に対する態度かよ」
「……」
「おい、お前いい加減に――」
「――私の名前はお前じゃない」
「……ガキかお前は。良いから礼を言え礼を」
「……………………ふんっ」
「お前――」
「――サラ。……礼が欲しくてした訳じゃないからさ。えっと、君も悪かったな、勝手に運んだりして。でもああいうのは危ないからさ今度からは気を付けた方が良いよ。……それじゃ」
険悪な雰囲気に耐えられたなかったキリトは、子供染みた言い合いを始めた少女とサラを止めその場を去ろうとした。
「待って」
「え?」
その時、キリトを少女が呼び止める。キリトは振り返り、サラダ昆布は不機嫌そうに首だけそちらにむけた。
「………………ありがとう。一応……言っとく」
「あ、ああ、良いよ。さっきも言ってたけど俺が好きで勝手にやったことだからさ」
意地を張っていたが、もしものことを、考えると運んでくれたのは幸いと言える。少女はそのことを良く理解したのでキリトに対して礼を言った。けしてサラダ昆布に言われたからではないと心の中で付け加えて。
「……あと、私の名前アスナだから」
「アスナか……良い名前だな。俺はキリト。で、こっちが……」
「……」
それから一応自己紹介を行ったが反応があったのはキリトだけであった。元々サラダ昆布のことはどうでも良かったので返事がないのは良いが、自分の名前だけ名前を知られるというのは癪であると、少女――アスナはサラダ昆布を睨み付ける。
「……」
「……」
両者睨み合う。仕方がないのでキリトが代わりに紹介することにした。
「こっちはサラダ昆布っていうんだ」
「……サラダ昆布?」
「サラダ昆布」
「サラダ……昆布……」
「サラダ昆布」
「サラダ、昆布」
「サラダ昆布」
「サラダ昆布」
「サラダ」
「昆布」
「――お前ら俺の名前で遊ぶなよっ!」
どうでも良いがその日サラダ昆布がゲシュタルト崩壊した。
サラダ昆布!