ヤキュウブ
入学式も終わり。
新入生のための宿泊研修を経て。
普通に学校生活が始まった。
そして、俺と朔良はもちろん野球部へ。
一年生は俺たちのほかに二人。道隆と洋介だ。
「えっ!おまえらも野球部なん?」
「それはこっちのセリフ。何?野球経験者だったりするの?」
俺が驚いて尋ねると、少し不機嫌そうに洋介が聞き返してきた。
「まあな。俺と、コイツ...梨田朔良は、シニアで野球やってた。」
「よろしくね、えっと...?」
「梨田朔良か...。さっくんって呼ぶね!僕は、歌間道隆。ミッチーって呼んでいいよ。」
「俺は、渡洋介。よろしく。」
「僕は、洋くんって呼んでるよ!」
「・・そっか。じゃあ、よろしくね、ミッチー!洋くん!」
気さくなやつだな、朔良も。
あだ名で呼ぶことに抵抗を感じないのだろうか。
あと、『ミッチー』と朔良が言ったとき、洋介の眼が光ったのを俺は見逃さない。
・・やっぱ、あだ名呼びはできそうにないな。
グラウンドに着いた。
そこでは、九人の人が練習をしていた。
「おお!四人も来たな!よし、皆!一旦止めて、集合してくれ!」
ノックをしていた、キャプテンと思しき人が声をかけ、練習は、一時止まった。
「うん、じゃあまずは、こっちから。俺は、キャプテンの鈴木だ。一年とはあまりできないと思うが、よろしく!」
その後、杉山、佐藤、後藤、高橋、土屋と続いた。
三年生は、六人。
次は、二年生。
元気な、サードをしていた人から挨拶を始める。
「俺は、
「僕は、
「オレは、
二年生の先輩たち、三人の自己紹介が終わった。
その後、俺たち一年生四人も自己紹介をした。
俺と朔良が、名の知れたシニアのエースだったことを聞き、先輩たちは興味を持った様子だった。
そして、一年生たちの実力を見ようということになった。
ちなみに、道隆と洋介は、中学生のころから野球をしていたそうだ。
軽くアップをすませる。
その後、まずは、道隆、洋介がシートノックを受ける。
道隆がショート、洋介はセカンドに入った。
「「お願いします!!」」
二人の声で、ノックが始まる。
ノッカーの鈴木キャプテンが的確にノックを打つ。
「上手い...!」
誰かが漏らすようにつぶやく。
確かにそうだった。
道隆は、ショートの深いとこからでも正確にファーストに投げ返せるいい肩をしている。
また洋介は、とにかく一歩目が早い。守備範囲は、一年生のそれとは思えないレベルだった。
そして、洋介がセカンドベース付近までを確実に取ることで、道隆は通常のショートの定位置よりもサードベース寄りに守り、二人で内野の打球を全て捕れるのではという期待を持った。
まあ、さすがにそれは無理な話なのだが。
二人のノックは、ゲッツーでより阿吽の呼吸を見せられて終わった。
「ミッチー、洋くん!二人ともめっちゃうまいじゃん!」
ノック終わりの二人に、朔良が声をかける。
「別に。お前らにとってはこれくらいは普通なんじゃないのか?」
普通だろ、という顔をする洋介。
「いやいや!シニアレベルだと思うよ、なあ諒!」
「まあ、確かに。帝徳シニアの二遊間をほうふつとさせられた...気はする。」
帝徳シニアは、全国でもかなり強いシニア。
打撃力がえげつなく高く、守備もエラーが少ない。レベルの高い野球をするチームだ。
「おい!双葉と梨田!」
そこで、鈴木キャプテンから声がかかる。
「外野、できるか?歌間と渡のバッティング見る間、頼む。守備も見たいからな。」
俺は、気になったことを聞く。
「あの、バッピは誰が?」
「それなら、エースの後藤にさせようかと思っていたが...。投げたいのか?」
「いえ!エースの球が見られるんだったら、いいです。」
「俺たちも、打たせてもらえるんですよね?」
今度は、朔良が質問する。
「もちろんだ。二人のバッティングの後、お前らにも打ってもらって、そのあと最後にピッチングを見せてもらう予定だ。期待してるぞ、二人とも!」
「「っはい!!」」
「じゃあ、よろしく頼む。」
そうして、俺たちは外野守備についた。
数十分後。
「・・よし、まあいだろう。次、双葉と梨田!」
ようやく呼ばれた。
二人のバッティングは、二人の守備特化を証明してくれた。
道隆は、パワーはあるのだろうがバットに当たらない。当たれば飛ぶだけというだけのアンパイのバッター。
一方の洋介は、ミート力はあるが、パワーがなく、ヒット性の当たりは道隆と同じくあまりなかった。
「二人の守備見てドキドキしてたけど、打力なくてほっとした~。」
さらっと、トンデモ発言をする朔良。
「そうだな。清水シニアをほうふつとされられた。」
それに乗っかる俺。
ちなみに清水シニアは、打力がなく常に貧打に苦しむ弱小チーム。
初戦で対戦することになれば、諸手をあげて喜べるようなチームだ。
「よし。まずは、双葉から!」
俺は、右打席へ向かう。
エースの後藤先輩は、部内で一番背が高い。186cmらしい。
その長身を生かした、角度のある直球、そこから鋭く落ちるフォークが投球の軸。
ほかには、カットボール、スライダーが持ち球。
と、俺が知っている情報はこれくらい。他にも球種はあるかもしれないが、主はこの四つだろう。
俺は、バッティングは好きな方だ。まあ、野球が好きなんだから当たり前なんだけど。
「お願いします!!」
掛け声とともに打席に入る。
後藤先輩がマウンドの上に立っているのを見ると、より高く感じる。
初球はストレート。振ったが、少し高かった。
「(もっと水平に。きれいにボールに合わせる。)」
次も、ストレート。今度は当たったが、キャッチャーファウルチップ。
「(違う。今度は下を振りすぎた。タイミングは合ってる。しっかりボールを見て...。)」
次に来たのは、外に逃げるスライダー。見送った。ボール。
「おい、後藤!なに本気で抑えに行ってんだよ!」
他の先輩からのヤジが飛ぶ。
確かにまるで試合かのような雰囲気だ。
でも、こっちの方がいい。エースと真剣勝負。
楽しい。笑みがこぼれる。
次は...おそらくフォークだろう。
「さ、こぉい!!」
声をだし、気合を入れる。
後藤先輩が振りかぶる。
俺は、バットを合わせファールを打とうと試みる。
しかし。
フォークにしては早すぎる後藤先輩の投じたボールは。
俺のバットの上を通っていった。
ストレート。
裏をかかれたようだ。
やっぱり、エースは違う。
「ありがと...」
「コラコラ!なに勝負しちゃってんだ!実力を図る軽いテストだろうが。まったく...。」
鈴木主将の声が飛ぶ。
「双葉!打席から出らんでいい!もう少し打てよ。後藤!バッティング練習だからな!」
鈴木主将の注意に、思わず顔を見合わせる俺と後藤先輩。
「じゃあ、いくぞ!」
「お願いします!」
それから、主将の声がかかるまで打った。
俺の後に打つのは、もちろんこの男。
「おねがいしま~す!」
梨田朔良だ。
俺の記憶では、あまり打撃は上手ではなかったが...。
左打席に入る朔良。
あっそういえば、俺右でしか打ってねえや。
まあ、いい。後で打たせてもらえるか聞いてみよう。
でも確か、朔良は右打ちだったはず。
その初球。
朔良は、完璧にボールを捉え、学校グラウンドのライト側に設置された柵まで打球を飛ばした。
推定飛距離、90m。
は??という顔を皆がする中。
「後藤さん?次、お願いします。」
少し放心していたエースは、気を取り直して次を放る。
アウトコースに入ってくるカットボール。
それを、またまた朔良のバットが捉える。
今度は、左中間に。きれいに外野の間を抜ける、長打コースだ。
この二球で心を軽く折られたエース。
そのエースに、投球を要求する新入部員。
エースは、心を復活させ、投げ続けた。
その内、おかしいことが起こり始めた。
回数を重ねるごとに朔良の打撃は悪くなっていったのだ。
そして最終的には、空振りまで。
たまらず、主将が声をかける。
「おい、梨田?どうした?最初は良かったのに、どんどん悪くなって...。」
すると、朔良は驚くべきことを言い放った。
「俺は、どんどん打撃の質が下がっていっちゃうんです。」
聞いたところによると、朔良は打席に入って数球は極限まで集中が高まるらしいが、それが、バッティングをし続けるにつれてどんどん欠けていくそうだ。
つまり、打席に入って何球かは最強だけど、それが終わると弱体化するということだ。
それは、野球の試合においては無敵ともいえるだろう。
打席は、たいてい五球くらいで勝負がつくからだ。
ちなみに、朔良が左打ちになったのは去年の夏の終わりのころで、右で打てなくなってきたから左で打ってみたら、今みたいな感じになって、これは使える、と思ったからだそうだ。
何はともあれ、新入生の打撃チェックは終わった。
次は、待ちに待った...
「双葉!梨田!マウンドへ!」
来た!!ピッチングだ!
「二人とも、いいか。聞いてくれ。これから、三年生二人ずつと対戦してもらう。いいピッチング、期待してるぞ!」
「まずは、梨田から。相手は、杉山と土屋だ。」
「はい!」
「その後に、双葉だ。佐藤と高橋と対戦してくれ。」
「はいっ!!」
「キャッチャーを、正捕手である小野原にしてもらう。リードは、どっちがしてもいい。それと、今回は真剣勝負だからな。本気で、行けよ。」
「「はい!!」」
主将が小野原さんを呼んだ。
さあ、俺と朔良のピッチングは通用するだろうか?
それと、左打席でのバッティングは見せられていない。
俺がまた、聞くのを忘れてしまっていたからだ。
登場人物
・小野原理玖:小原鞠莉
・松宮琉果:松浦果南
・玄山大也:黒澤ダイヤ
モブの方のフルネーム
・鈴木四季(すずきしき)主将 右左、レフト
・後藤六(ごとうりく)エース 右右
・杉山一春(すぎやまいちはる)右左、ショート
・佐藤夏三(さとうなつみ)左左、ファースト
・高橋秋五(たかはししゅうご)右右、センター
・土屋冬二(つちやとうじ)右右、セカンド
選手能力は、番外編の方で紹介したいと思っております。
読んでいただき、ありがとうございました!
感想、誤字訂正等、お待ちしています。