1年の3学期終了間近、そして春休みに入る少し前の事、俺は育ての両親に用事を言いつけられその用件を聞きに行くため都内にある両親の元へ久々に帰って来ていた。
慶一side
俺は早速道場の方にいる親父の元へ行き用件を聞くため親父に声をかけた。
「親父、今日は一体何で俺を呼んだんだ?」
俺の声に気付いた親父は俺の方に向き直って
「うむ。実はちょっとお前に頼まれて欲しい事があってな。先方の道場主である牧村さんの事はお前も知っているだろう?」
牧村さん、俺の親父の道場とは交流もあり親父との仲も悪くはなく、いつもお互いに切磋琢磨しあっている俺も良く知る道場主の事を思い出し
「ああ、牧村さんか。それで俺は何をすればいいんだ?」
用件の本題を話してくれと促すと親父は腕組みをしながら
「お前もうちの道場ではかなりの腕だ。そこで牧村道場に出向いて出稽古も兼ねた練習をお前に任せたいのだ。」
と、そう言って来た。
俺はその言葉に顎に手を当てつつ
「つまり、相手の道場に行って最近のなまった体を鍛え直すのと同時に俺も相手の練習を見てやれ、ってことか?」
と、親父が言いたいであろうという部分を指摘すると親父は俺の言葉に頷いて
「早い話がそういうことだな。行ってくれるか?」
そう言って来たので、俺はその言葉に頷きつつ
「まあ、牧村さんの事は知らない訳じゃないから構わないけど、それにしてもわざわざ俺を呼びつける用事がそれだとはね・・・。」
やれやれといった感じで両手の平を上にあげるジェスチャーをすると、親父が頭にハテナマークを浮かべたような顔で
「む?それはどういう事だ?他になにかあるとでも?」
そう聞き返す親父に俺はニヤリと笑みを浮かべつつ
「いや、わざわざ呼びつける程だからてっきり体でも壊して道場を閉めるのかと思ってさ。」
と親父をからかうように言うと親父は怒ったように
「ふん!まだまだお前やその他の若い者には負ける気もないしこの道場を閉める気もないわ!」
俺に怒鳴りつけてきたのを見て俺は首をすくめながら
「まあ、この元気なら当分は安泰だな。とりあえず用事は分かった。今から早速牧村さんのところへ行って来るよ。」
そう言って親父から逃げるように道場を後にしようとしたら、後ろから親父の怒鳴り声が聞こえてきた
。
「ふん!せいぜい鈍った体を鍛え直してもらって来い!それと、帰りはここに寄らなくてもいいからな!」
そう言ってくる親父の言葉を軽く受け流しつつ
「へいへい、分かりましたよー。」
そう言って俺は牧村道場へと向かった。
道場に着いて道場主の牧村さんに挨拶をして俺は鈍った自分の体を鍛えるのと相手方のお弟子さんとの合同練習を数時間に渡って行い、練習を終えて道場を後にした。
俺はその後、自宅に戻る為に最寄の駅に向かって歩いていたが、ふと前を見ると大きな荷物を持ってふらふらと歩いている同じクラスで学級委員長でもある高良みゆきさんの姿を見つけた。
見ているとあまりにも危なっかしく感じたのでちょっと手を貸そうかな?と思い、俺は高良さんに声をかけてみる事にした。
「こんちは、高良さん。ずいぶん大きな荷物だね。」
俺は高良さんの近くに走り寄って高良さんを脅かさないように気をつけながら声をかける。
高良さんは俺の声に気がつき俺の方に顔を向けて
「あ、ええっと、確か同じクラスの森村さん、ですよね?」
ちょっとおどおどとした表情で俺に返事を返す高良さんの言葉に頷きつつ
「あれ?俺の事知ってるの?クラスは同じだけどあまり話した事なかったよね?」
俺がそう言うと、高良さんはにっこりと笑って
「ええ、確かにあまりお話した事はありませんでしたが、泉さんや、かがみさん、つかささんからお話を伺っていましたので。」
と言う高良さんの言葉に俺は、ちょっと前に会った3人の事を思い出していた。
3人の事を頭に思い浮かべつつ俺は
「そういえば、高良さんもあの3人とは仲がよかったんだよね?」
ふと思ったその事を尋ねると高良さんは
「そうですね。きっかけは些細な事だったと思いますが今はとても仲良くさせてもらっていますよ?」
と言って柔らかく微笑むのを見た俺は、それにつられて思わず微笑み返す。
そして、そんな俺を高良さんは今度は不思議そうな顔で見つめて
「ところで、森村さんは何故私に声をかけてくださったんですか?」
高良さんが俺にそう問い掛けてきた時、俺は高良さんに声をかけようとした理由を思い出した。
「ああ、高良さんが大きな荷物を持って大変そうにしてたのを見かけてね。それで手を貸そうかなとね。」
俺が理由を話すと高良さんが困惑したような顔で
「え?あ、こ、これの事ですか?でも、ご迷惑ではありませんか?」
高良さんはちょっと遠慮がちに俺に言ってきたが、俺はそんな高良さんの言葉に苦笑しつつ
「まあ、ちょっと危なっかしくて見てられなかった、っていうのが本音かな?」
とからかうように言うと高良さんは顔を赤くして
「うう、すみません・・・。」
と申し訳なさそうにうつむいてぼそりと呟いた。
そんな高良さんを見て俺は軽く微笑むと、おもむろに手に持っていた荷物を取り両手に抱えた。
そんな俺の行動に高良さんは慌てて
「きゃっ!び、びっくりしました・・・あ、あの、手伝ってもらってもいいのでしようか?なんだか申し訳なく思ってしまって・・・。」
そう言ってなんとも心苦しそうに言う高良さんに俺はフルフルと首を振りつつ
「この位平気さ。それに俺鍛えてるし力には自信があるからさ。」
と笑いながら言うと、高良さんはなぜか顔を少し赤らめてうつむいてしまった。
俺が頭にハテナマークを飛ばしていると、何とかその状態から復活した高良さんは遠慮がちに
「そ、それじゃ申し訳ありませんがよろしくお願いしますね。」
そう言いながら少し照れている高良さんに俺は頷くと
「任せて。ところで高良さんの家ってここから近いの?近いのなら家の近くまで運んであげるよ。」
と言うと高良さんはにっこりと笑って
「ええ。それじゃ私が誘導しますので森村さんは私に付いて来てもらえますか?」
そう言って歩き出す高良さんの後を追って俺も移動を始めた。
「了解っと。でも驚いたな、高良さんの家って都内だったんだね。」
ただ歩いてるのもなんなので俺は高良さんに話しかけてみる。
俺のその言葉に高良さんは頷きながら
「はい、実はそうなんですよ。森村さんもそうなんですか?」
そう言ってくる高良さんに俺は軽く左右に首を振って
「いや、俺の家は埼玉にあるよ。今日は都内の実家に用事で呼びつけられて来てたんだ。」
そう言って、俺が今ここにいるいきさつを簡単に話した。
俺の言葉に高良さんは少しその表情に驚きの色を滲ませつつ
「そうだったんですか。森村さんのご実家はこの近くなんですか?」
と、高良さんが尋ねてきたので俺は、その言葉に頷きつつ
「まあね。龍神流(たつかみりゅう)道場って知ってる?そこが俺の実家さ。」
そう言って俺が実家の名前を出すと、高良さんは少し考え込む仕草をして
「龍神流、ですか?聞いたことがありますね。でも森村さんと名字が違うみたいですが?」
高良さんが実家の名字と俺の名字が違う事を不思議に思ったのか、俺に事情を聞こうと話を振ってきたが、俺は答えにくそうに
「ん、まあ、ちょっと事情があってね・・・。」
そう言って少し暗い顔になった俺を見た高良さんは何かを察したようでその事に関しては深くは聞いてはこなかった。
そんな俺の表情に何かを感じたのか、高良さんは少し慌てながら
「すみません・・・森村さんが話づらそうなことを聞いてしまって・・・。」
そう言って聞きにくい事を聞いてしまった事に罪悪感を感じたのか高良さんは俺に謝ってきたが、俺は高良さんを心配させないよう笑顔を作って
「構わないよ。気にしてないからそんな暗い顔はしないで。」
俺がそう言うと心なしかほっとしたような顔になっていた。
しばらくすると家の近くに着いたみたいで
「あ、ここまでで結構です。お手伝いありがとうございました。」
と言って俺から荷物を受け取ると俺に一礼をして
「今日は本当に助かりました。いずれこのお礼はさせてください。」
柔らかい笑顔を俺に向けながらそう言ってくる高良さんに俺は笑顔を返しながら
「別にお礼なんて気にしなくていいよ。俺がやりたくて勝手にやっただけだしさ。」
俺がそう答えると高良さんはにっこり笑って俺に一度手を振り家へと戻っていった。
俺はそれを見届けた後踵を返し駅へと向かおうとしたが結局実家に忘れ物をした事を思い出し、見たくもない親父の顔を拝んでから埼玉に戻る事になった。
みゆきside
家へと向かう途中
(今日はまさか泉さんたちが話していた森村さんにお会いする事になるとは夢にも思いませんでしたね・・・お話してみたら結構気さくで優しそうな方だという印象を受けました。泉さん達も森村さんとはお友達になってみたいと言っていたみたいですがあの人ならそれもいいかもしれませんね・・・もしまた御縁があるとしたら、思い切って声をかけてみましょうか・・・なんだかいいお友達になれそうなそんな気がしますね・・・。)
わう!わう!
「まあ、チェりーちゃん。それにみなみちゃんも散歩の帰りですか?」
「・・・はい・・・みゆきさんも・・・お買い物でしたか?・・・」
「そうなんですよ。ちょっと大きい物だったので持ち運びがかなり大変だったんですが。」
「・・・確かにそうみたいですね・・・みゆきさん・・・なんだか少し嬉しそうな感じですが・・・何かいい事でもありましたか・・・?」
「実は、同じクラスの人がですね・・・・・・。」
4本目の旋律が重なる。
そして密かにもう一本の旋律も。
4重奏は今ここに顔をそろえる・・・・・・