昨日のサプライズに驚かされた新学期のスタート。
これはこの先も色々ありそうだなとため息をつく反面、退屈しないですみそうだなという思いもあった俺は、これからの日々を楽しみにしつつも今月に一つの懸案事項を抱えていたのだった。
いつもの時間に目を覚まし、いつものように学校へ行く準備をして玄関を出ると、またしてもサプライズがあったのだった。
そこに立っていたのは意外な人物で、俺は物凄く驚きを隠せない表情でそいつに声をかけた。
「おはよう、こなた。俺は今物凄く驚いているんだが、これは一つの奇跡と言っていいのかな?」
俺がそう声をかけるまで後ろを向いて立っていたこなただったが、声がかかると俺のほうを振り向き、少し不機嫌そうな顔をしながら
「おはよう慶一君。はいいけどさ、奇跡とか言うのってひどくない?こっちは折角君を驚かせようと思ってわざわざ早起きしてきたんだよ?」
そんなこなたの言葉に俺は困惑したような顔で
「ああ、いや、悪い。あまりにも驚いたものでな。でも、どうしてこんな事を?」
こなたにそう質問を投げかけると、こなたは親指をびしっと立てて
「昨日かがみとつかさが朝早くに迎えに行って慶一君を驚かせたって聞いたからさ。私も真似してみようと思った訳なのだよ。」
ない胸を張って説明するこなたの頭を軽くなでてやりながら
「それはいいが、大変だったろ?俺の最寄駅、こなたの所とは逆方向だしなあ・・・」
一応こなたの苦労をねぎらいつつ言うと、こなたも少し顔を赤くしつつ頷きながら
「まあねー。一度逆方向に来なきゃならないのが難点だよね。でも私も一度はこういう事やってみたかったからさー。」
照れながら言うこなたに俺は、笑顔を向けながら
「ならその労力に免じて今日は俺が自転車の後ろに乗せて行こう。ちょっと待っててくれるか?」
そうこなたに言うと、こなたは嬉しそうにしながら
「うん。それじゃ門の所で待ってるね。」
そう言ってこなたは家の門の前へと小走りに走って行った。
俺は自転車を取りに行ってこなたの所へ行くと、こなたに
「こなた、お待たせ。さあ、後ろに乗ってくれ。さっそく駅へ向かうぞ?」
こなたにそう促すとこなたも頷きながら
「おっけー。それじゃ慶一君安全運転でよろー」
と言いながら俺の自転車の後ろに乗ったこなたに気を使いながら自転車を走らせて駅へと向かったのだった。
その間こなたは俺の腰にしがみついていたのだが、その時こなたが顔を赤くしていた事には気付かずにいた。
やがて駅に着くと、こなたを降ろして俺はいつも使っている自転車置き場に自転車を預けに行く為、こなたに
「ちょっと自転車を預けてくるから待っててくれ。ん?こなた、顔少し赤くないか?」
少し赤みのかかったこなたの顔に気付き、俺は何気なしにこなたに尋ねてみると、こなたは少し慌てながら
「い、いや、なんでもないから心配しないでいいよ?それより早く預けてきちゃいなよ。」
そうこなたに促され、俺は自転車を預けに行きこなたの所に戻って来て
「それじゃ行くか、こなた。」
こなたに促すとこなたも頷いて
「うん。それじゃいこっか。」
そう言って俺達は駅のホームへと向かって行った。
ホームについてから程なくして電車が着き、俺とこなたは電車に乗り込んだのだがそこで俺達に気付いたかがみとつかさに声をかけられたのだった。
「おはよ、慶一くん。今日も早いわねー。って、あれ?そこにいるのはまさか、こなた?」
「おはよ~けいちゃん。あれ?こなちゃんだ。どうしてけいちゃんといるの?」
「かがみにつかさ、おはよー。いやあ、ちょっとしたサプライズでねー」
かがみとつかさは俺と一緒にいるこなたの存在に気付き、こなたはそれに挨拶を返していたが、こなたが何故ここにいるのかに2人は驚きを隠せずにいたのだが、俺は2人に挨拶すると同時に事情を説明する事にしたのだった。
「おはよう、かがみ、つかさ。俺も驚いたんだが、朝学校に行こうとして玄関をでたらこなたが家の前に立っててな。昨日かがみとつかさがやった事を聞いて真似してみたくなったらしい。」
その答えにかがみは呆れ顔で、つかさは苦笑しながらこなたを見ていた。
やがて2人のやり取りが始まった。
「まったくあんたってやつはこういう時とかはちゃんと起きれるのに何で普段はだめなのよ?」
「だってイベントもなにもない時に早起きしたってつまんないじゃん?」
「つまんないとかそう言う問題じゃないでしょ?普段からちゃんと起きていれば遅刻とかしなくて済むじゃないのよ!」
「そこにわくわくドキドキのない早起きは無意味なのだよ。」
「威張る事か!だいたいそんなだからあんたは・・・」
大分ヒートアップしているようだったので俺は周りの視線も痛くなってきたのでそろそろ二人を止めることにした。
「2人ともいい加減にしとけ。また見られてるぞ?」
俺がそう言うと、かがみは顔を真っ赤にして俯き、こなたはとりあえず口をつぐんだ。
そんなやりとりをしていると粕日部駅へと到着したので、俺達は電車を降りてバスに乗り込み学校へと向かうのだった。
昇降口でこなたとつかさと別れた後、俺とかがみは一緒に教室に向かっていたのだが、その途中で
「・・・あー、恥ずかしかった・・・あいつといるとついついこうなっちゃうわね・・・」
と言うかがみの呟きに俺も苦笑しながら
「なんだかんだでかがみもこなたに付き合ってやってるよな。傍目には結構いいコンビだと思うけどな。」
そうかがみに言うと、かがみは俺を軽く睨みつけながら
「勘違いしないでよね、私は結構迷惑してるんだから!コンビとか言われちゃたまらないわよ!」
と言いながら顔を赤くしつつ反論するかがみを見て(素直じゃないなあ)と微笑ましく思うのだった。
その後教室に入ると、いつものようにみさおとあやのが俺達に挨拶をしてきたので俺達も挨拶を返しつつ席についた。
こなたside
かがみといつものやり取りをして、私とつかさは自分達の教室へと辿り着いた。
教室に入ると私達を見つけたみゆきさんが側に来て挨拶をしてきたので私達も挨拶を返した。
「おはようございます。泉さん、つかささん。」
「みゆきさん、おはよー。」
「ゆきちゃん、おはよ~。」
いつもより少し機嫌がいい私の様子に気付いたみゆきさんが私に
「あら?泉さん、何かいい事ありましたか?いつもよりご機嫌みたいですが。」
と言うみゆきさんに私は今日の朝の事を話して聞かせると、みゆきさんは少し複雑そうな顔をしながら
「そうでしたか・・・なんだか少し羨ましい気もしますね。私の家はみなさんとは離れてますし、泉さんがしたような事を私も一度はやってみたいなと憧れますね。」
そんなみゆきさんの言葉を聞きながら私は
「なんならみゆきさんもやってみたら?みゆきさん、早起きできるんだからいけるんじゃない?」
と、軽い気持ちでみゆきさんに言うと、みゆきさんは何か考え事を始めたようだった。
そんなみゆきさんを見ながらつかさが私に小声で
『ねえ、こなちゃん。ゆきちゃんまさかやる気なのかな?』
『いや、流石にみゆきさんとこからじゃきついでしょ?』
などと言う事をやり取りしてるうちに予鈴がなったので、私達は自分の席に戻っていった。
その際、今だ考え事を続行しているみゆきさんはそのままの状態で自分の席へと戻っていったのだった。
やがて先生が教室に入ってきてHRが始まったのだった。
慶一side
2時間目の授業終了後、俺は休み時間に飲み物を買うため星桜の樹の見える所の自販機に行った。
ジュースを飲みながらぼんやりと星桜の樹を見上げているとふいにみゆきが俺に声をかけてきた。
「あら?慶一さん。こちらに居たんですね。私も休憩しようと思ってここに来てみたのですが慶一さんがいらっしゃったので驚きました。」
と言うみゆきの声に俺はそちらに顔を向けて
「おう、みゆき。たまにはここで休憩取るのもいいかな?と思ってな。」
そうみゆきに答えながら俺は、一つ思い出した事があるのでみゆきに尋ねてみる事にした。
「そうだ、みゆき。今日の放課後は予定とかあるか?」
俺の言葉にみゆきは少し考えるような仕草をした後
「今日は特には用事はありませんが、何かあるのですか?」
そう返事をしてくるみゆきに俺は軽く頷きながら
「ああ。今月みなみの誕生日があるだろ?みなみも受験で忙しいだろうし、誕生パーティする余裕もないだろうからせめてプレゼントだけでも渡そうと思ってな。」
事情を説明する俺にみゆきは少し驚いたような顔で
「慶一さん、みなみちゃんの誕生日を覚えていたんですか?」
と言うみゆきの質問に俺は頷きながら
「まあ、みなみだけじゃなく俺の知り合いや友人達のそういう日ってやつは忘れないようにしてるつもりだからな。もちろん、みゆきの誕生日だって覚えてるさ。と、ともかくだ、俺はみなみの好きそうな物とかがよく分からないし、みゆきならそれがわかるかもしれないとも思うから。だから頼むよ、プレゼントを選ぶのを手伝ってくれないか?」
と少しだけ照れつつ言う俺の答えにみゆきは顔を赤らめながら
「そ、そう言っていただけると嬉しいですが・・・わかりました。それじゃ今日の放課後にプレゼント選びにお付き合いさせていただきますね?」
俺の頼みを聞いてくれたみゆきに俺は微笑みながら「ありがとう。」と短く言うと、みゆきは赤い顔を少し俯かせながら
「い、いえ。この程度の事でしたら構いませんから。」
そう言ってくれたのだった。
休み時間も終わり俺とみゆきはそれぞれの教室へと戻っていく。
教室に戻ると3人に「「「おかえりー」」」と出迎えらたのだった。
みゆきside
慶一さんと別れて教室に戻ると私を見つけた泉さんとつかささんが私の方へ来て
「おかえりー、みゆきさん。あれ?少し機嫌いい?」
「ゆきちゃんおかえり~。そういえば少し嬉しそうだよね?」
慶一さんがみなみちゃんのプレゼント選びの為とはいえ私を誘ってくれた事と、慶一さんがみなみちゃんの誕生日だけでなく私達の誕生日の事も覚えていてくれたことが嬉しかったので、それが少し顔に出ていたようでした。
私はつとめて冷静にお2人に
「大した事ではないのですが、今月にみなみちゃんの誕生日があるのですが、先程慶一さんとお会いした時に慶一さんがみなみちゃんの誕生日を覚えていてくれて、誕生パーティできない代わりにプレゼントでも渡したいとおっしゃっていただけたものですから。みなみちゃんの姉みたいな立場の私も、妹のようなみなみちゃんに気を使っていただける慶一さんの行為が嬉しくなったものですから、つい顔に出てしまっていたようです。」
と言う私の説明を聞いて2人は顔を見合わせながら
「みなみちゃんの誕生日って今月だったんだ?何日なの?みゆきさん。」
「そうなんだ~。わたしも何かプレゼントしてあげたいな。ねえ、ゆきちゃん。みなみちゃんの好きそうな物ってなにかな?」
そう聞いてきたので、私は泉さんに誕生日の日時を、つかささんにはみなみちゃんが好きそうな物を教えながら色々と話していました。
「それにしても・・・慶一君も誕生日覚えているとかやる事はマメだねえ。」
「どういこと?こなちゃん。」
「つまり、そういう大事な日の事を覚えている事でみなみちゃんの好感度アップを狙っているって事だよ。」
「ええ~?けいちゃんそんな事を~?」
と言うお2人に私は困った顔をしながらも
「で、ですが、慶一さんは私達の誕生日も覚えているとおっしゃってましたから。友人や仲間のそういう日は絶対に忘れないんだと・・・」
そうお2人に慶一さんがおっしゃられていた事をお伝えすると、お2人とも顔を少し赤くし、慶一さんから頂いたという誕生日プレゼントに目をやって黙ってしまいました。
私も自分で言っていて改めてあの時の慶一さんの顔を思い出して少し顔を赤らめていたのですが、結局しばらくの間3人して顔を赤くして黙り込んでしまっていました。
そうこうしているうちに授業開始のチャイムが鳴ったので、私達は我に返り、それぞれの席に戻っていきました。
慶一side
次の授業の後の休み時間、俺はかがみ達にもさっきみゆきと話していたことを持ちかけてみることにした。
俺は3人の所に行って
「かがみ、あやの、みさお。ちょっと話があるんだけどいいか?」
そう声をかけると3人とも俺の方を見て
「ん?話ってなに?」
かがみが俺に聞いてきたので俺は皆に
「実は今月の12日ってみなみの誕生日なんだけどさ、みなみも受験勉強の追い込みの時期でもあるし、誕生パーティは出来ないと思うからせめてプレゼントだけでも渡してやりたいって思ってさ。皆はどう思う?」
そう話を振ると、3人はそれぞれ
「いいんじゃない?なら、受け渡しはみゆきに頼もうかしらね?」
「みなみちゃんももう私達のお友達だものね。私も賛成よ。」
「じゃあ、私はあやのと一緒に選んでくるぜー」
そう言って賛成してくれたようなので俺は3人に
「悪いな、突然こんな事言ってさ。受け渡しはみゆきに頼むとして、当日までにはプレゼント用意しよう。」
と言う俺の言葉に3人とも頷いてくれたのだった。
そしてその日の放課後・・・・・・
「ふう、今日の授業もこれで終わりだな。」
自分の席で伸びをしながら言う俺にかがみが寄ってきて
「慶一くん。私と日下部と峰岸の3人でみなみちゃんへのプレゼント、何がいいかちょっと見に行ってきてみるわ。だから今日は先にいくわね?」
そう断りを入れて帰ろうとしていたかがみに俺も頷きつつ
「ああ、わかった。あ、それとかがみ。俺は今日、都内の実家の方へ行くから今日は何か用事があって家に来てくれたとしても森村家の方には俺いないからさ。もし何かある時には携帯に連絡いれてくれ。」
そう返事を返すと、かがみは首を傾げながら
「ふーん?そうなんだ。わかったわ。それと、実家?何か用事でもあるの?」
そう聞いてきたので俺も頷きながら
「ああ、ちょっと顔出しに行く予定もあってさ。向こうに泊まってくる事になるかもだからとりあえず言っておこうと思ってな。こなた達にも伝えといてくれないか?」
と言う俺の答えにかがみも頷きながら
「わかったわ。こなた達にも伝えておくから。」
そう言ってくれたので、俺はかがみに「よろしく頼む」と伝えて教室を出た。
帰り際、アニ研に顔を出してこうとやまとにもその事を伝えに行くと、2人とも快く<やまとは少し渋っていたみたいだが>返事してくれたのでそれを見届けた後、俺は昇降口に向かったのだった。
昇降口につくと俺が来るのを待って昇降口に立っているみゆきの姿を見つけたので、俺はみゆきの側に行って声をかけた。
「みゆき。すまない、ちょっと遅れた。」
俺に気付いたみゆきは俺の姿を確認するとにっこりと微笑んで
「いえ、そんなには待っていませんでしたから大丈夫ですよ?それじゃ行きましょうか。」
そう答えるみゆきに俺も頷いてみゆきと共に学校を出る。
みゆきの家の近所のみゆきがよく行くお店を紹介してもらい、そこでみなみへのプレゼントを選ぶのだった。
プレゼントを吟味しながら俺は少し考え込みながら
「うーん・・・みなみはどういうものが好きかな?」
そう呟くと、みゆきも同じように考えるような仕草をしながら
「そうですね・・・基本的に可愛いものとかは好きみたいです。後は動物系のアクセサリーみたいのでしょうか?みなみちゃんの家でも犬を飼っていますからね。」
その言葉に俺も納得しつつ、軽く2人のやり取りを始めた。
「なるほどな・・・受験勉強もやっているし、それに役立つ物とかもいいだろうか?」
「それもおそらくみなみちゃんは喜んでくれると思いますよ?」
「それなら、勉強にも役に立って可愛いものを選んでみるかな・・・」
「いいと思いますよ?私も探してみますね?」
2人して頷きあうと俺達はそれぞれプレゼントを選ぶために店の中を見回った。
俺は星の模様が入った髪留めと、ノックする場所に動物の人形がついたシャープペンを選びそれを包んでもらうと同時に、メッセージカードもそれに添えた。
みゆきもみなみに渡すプレゼントを選び終え、店を出た頃には大分陽も傾いてきていた。
俺はみゆきに今日のお礼もしたいと思っていたので
「みゆき。今日はありがとうな、わざわざ付き合ってもらってさ。お礼といってはなんだけどうちの実家で夕食を食べていってくれないか?」
そう持ちかけると、みゆきは驚いた顔で
「い、いえ。この程度の事でしたらわざわざお礼を言っていただけるほどの事ではありませんし、気になさらないでください。ですが、お夕飯の件もお気遣いはありがたいのですが、そこまでしていただくのも気が引けますね・・・。」
と言うみゆきに俺は微笑みながら
「実はさっきお袋に電話入れたんだよ。今日はそっちへ帰るから一晩よろしくってな。それで今日の件を話したら、是非夕飯に連れていらっしゃいってお袋が言ってくれたからさ。まあ、それでもみゆきの気が引けるというのなら俺も無理強いはしないよ。その辺はみゆきに任せるから。」
と言う俺の言葉ににみゆきはしばらく考え込んでいるようだったが、やがて何かを決めたらしく顔を上げて
「慶一さんのお母さんのお誘い、という事もあるのでしたらお断りするのも悪い気がしますので、お言葉に甘えさえていただいてもいいですか?」
そう答えるみゆきに俺も頷きながら
「ああ、構わないよ。それじゃ行くとしようか。」
そう、みゆきに促すと、みゆきは「はい」と言って俺について来てくれた。
しばらくは学校の事や夏休みの時の事を談笑しながら歩いていたが、ふいに少し先の路地で女性の悲鳴が上がった。
「なんだ?女の人の悲鳴?」
「何かあったのでしょうか?」
俺たち2人がそう言いあっていると、路地から飛び出してくる男が出てきてその後ろから数人の男の怒号と女の人の「引っ手繰りよ!捕まえてー!!」という声があがったのだった。
男は慌てながら俺の方へと走ってくる。
俺はみゆきに「下がってて、すぐ済むから」
そう言うとみゆきは「わ、わかりました。けど、あまり無茶はしないでくださいね?」
と言って、少し下がった位置で俺と引っ手繰り犯を見ていた。
俺は、みゆきが下がった事を確認すると、足元にある小石を引っ手繰り犯に向けて蹴りつける体制をとりながら男の動きに注意を向ける。
男は「どけどけ!邪魔だー!」と言いながら俺の方へと向かってきた。
俺は素早く足元の小石を男に向かって蹴りつけると同時にそのまま間合いを詰める。
ふいに飛んできた小石にひるんだ男は一瞬動きを止めてたたらを踏んだ。
その時にはもう俺は男の懐に飛び込んでいてすでに攻撃の態勢を取っていた。
「龍神流、螺旋連弾四壊!(たつかみりゅう らせんれんだんしかい)」ドカカカカッ!!
俺は一瞬にして螺旋のように捻りを加えた拳を両肩の付け根と両股関節に叩き込んで四肢の関節を外した。
関節を外された男はまるでダルマのように動けなくなったので、それを確認した後俺はみゆきに
「みゆき、もう終わったから平気だ。」
そう言うと、みゆきはおそるおそる俺の方へと寄ってきた。
と同時に、後ろから男を追いかけてきた複数の男達のうち2人が動けなくなった引っ手繰り犯人を押さえ込んでもう一人は俺の方に来て
「おい、あれはお前がやったのか?」
少し不機嫌そうな顔で引っ手繰りを追っていた男の一人が俺に言う。
「ああ、ちょいと四肢の関節を外してダルマにした。関節はめなおしてやらないと動けないはずだ」
と言う俺の答えに男はチッと舌打ちすると
「・・・まあいい、とりあえず氷室さんに報告しないとな・・・」
踵を返して引っ手繰り犯の方へ向かおうとする男に俺は
「おい!ちょっと待て、今氷室って言ったか?ひょっとして氷室結城(ひむろゆうき)の事か?」
俺があいつらの言う氷室と言う名前を知っていた事を驚いたのか男は俺に
「お前、その名前をどこで知った!あの人の事を知っている人間は関係者以外はそうはいないはずだ!」
俺に詰め寄って質問してくる男に俺は冷静に
「そうなのか?まあ、いいか。奴に連絡を取るんだろ?なら呼んでくれ。龍神慶一と言えばわかるはずだ。奴との関係はその時に話してやるよ。」
その俺の冷静さに男も俺を不信な目で見ていたが、仲間に合図して連絡を取ってもらうと、途端に男達の表情に驚愕の色が伺えた。
「お前、本当に何者だ・・・氷室さん、すぐにこっちに来るそうだ。」
男達とのやり取りをわけもわからずに見ていたみゆきは俺にそっと
『慶一さん、氷室さんという方とお知りあいなのですか?』
そう聞いてくるみゆきに俺も小声で
『ああ。中学の俺が荒れていた時代にちょっとな。心配するな。何も起きやしないから。』
そう囁いてみゆきを安心させた。
そのやり取りの後、引っ手繰りにバックを取られて男達と共に犯人を追いかけていた女性が俺のところに来て
「あの、捕まえてくれて助かりました。本当にありがとうございます。」
と言うお礼の言葉に俺は少し照れながら
「いえ、俺は自分の出来る事をしたまでですから。」
などと言うやり取りをしていたのだった。
少ししてバイクに乗った一人の少年が現れた。
「「「氷室さん!お疲れさまっす!」」」
男達の出迎えを受けて少年はバイクから降りて男達にねぎらいの言葉をかけてから俺の方へとゆっくり歩いてきた。
ヘルメットを取りながら少年は俺に
「久しぶりだね、慶一君。中学の時以来かな?」
俺に親しげに挨拶をする少年に取り巻きの男達も驚きの表情を見せていた。
「ああ、そうだな。お前は相変わらず、みたいだな。」
「これでもこのあたり一帯の領域を牛耳っている族の頭をやっているからね。ところで、あいつを捕まえてくれたらしいね。僕からも礼を言おう。」
「いいさ、もののついでだ。けど、ああいうのは警察の管轄じゃないのか?お前らがああいうのを追いかけるには何か理由でもあるのか?」
そう氷室に問い掛けると、俺の言葉に少し考え込んでいたがやがて俺に
「慶一君。成神章(なるかみあきら)を覚えているかい?」
そう言ってくる。
俺は氷室が告げた名前に聞き覚えがあった。
「覚えてるさ、俺がぶちのめした不良の一人だったな。」
「最近彼の指示する窃盗団グループが僕の領域まで進出してくるようになってね。」
「あいつにそんな事ができたのか?」
「どうも彼にはそういったコネがあったようでね。そこから引っ手繰りをする連中を操って資金調達をしているらしいのさ。」
「実にくだらないやり口だな。あの頃からその小物っぷりは変わってないと言う事か」
「こちらとしても領域をあらされては黙っていられないのでね。仲間を動員して奴に繋がる連中を捕まえて奴らの居場所を吐かせてけりをつけようと思っているのさ。」
「成る程な。事情はわかったよ。だが、お前が出張ってくるとなるとよっぽどって事か・・・」
「てこずってはいるよ。これまでも何人かを捕まえたがみんなトカゲの尻尾切りというやつでね。なかなか巧妙に逃げ回っているようだ。」
「あの頃からそういう所には頭の働くやつだったな・・・」
そんな話の後、氷室は俺の側にいるみゆきに気付いて
「慶一君、その子は君の彼女かい?名前はなんていうの?」
氷室の彼女と言う発言にみゆきは顔を真っ赤にして俯いてしまい、俺も顔を赤らめつつ
「い、いや、彼女っていうわけじゃないんだが俺の友達であり、仲間ってところさ。彼女の名前は高良みゆきだ。」
最後の部分を聞いたみゆきは少しだけがっかりした表情をしていた事に気付かない俺だったが、それでも俺がみゆきを紹介したのでみゆきも
「氷室さん、でよろしかったでしょうか?私は高良みゆきといいます。」
俺達2人の慌ててる様子をみながらにやけていた氷室だったが俺に
「なるほど、可愛い子だね。僕は氷室結城、よろしくね、高良さん。慶一君、ちゃんと守ってあげないとだめだよ?」
と言う氷室の言葉に俺は、またも顔を赤くしつつも
「お前に言われるまでもないさ。俺が仲間を守る。」
そんな俺の言葉に氷室はさらににやにやとしていたのだった。
俺たちのやり取りを黙って見ていた男達が氷室の元に行って
「氷室さん。こいつと知り合いなんですか?どういう関係だったんです?」
と言う男の言葉に氷室は愉快そうに笑いながら
「ああ。彼とは中学の頃の知り合いさ。君らも噂くらいは聞いた事があるだろう?○○中の修羅と噂された男の名前をさ。」
「○○中の修羅・・・まさかあいつがあの龍神慶一?」
「そう、そのとおり。僕はあの頃彼にケンカを売り、気持ちいいくらいに圧倒的にぶちのめされたんだよ。」
氷室の言葉に男達が驚愕の表情になるのがわかった。
「ひ、氷室さんが、負けた?あのケンカ百戦錬磨の氷室さんが?」
「そう、負けたんだよ。あの頃の彼はまさに修羅だったからね。でも僕は真っ向勝負でぶちのめされてから彼の強さに心酔してね。今では彼も僕を一人の友人として見てくれているのさ。」
「そ、それにしても、まだ信じられません・・・」
「ふむ、なら仕方ないね。慶一君、こいつらの前であれをやってみせてくれないか?」
話の一部始終を聞いていた俺は軽いため息を吐きながら
「やれやれ、見世物じゃないんだがな。まあいいか、そのかわりジュース代はお前が持てよ?氷室。」
「ふふ、そう言うと思ってすでに用意済みさ。これでいいね?」
氷室の取り出したジュースは炭酸なしのスチール缶のオレンジジュースだった。
「それじゃ投げるよ、それっ」
そう言って氷室は俺の目の前に落ちるようにジュースをほおり投げた。
落ちてくるジュースの軌道を見極めまっすぐ突き出した腕と同等の高さで俺は一瞬で踏み込み
「螺旋掌!(らせんしょう)」
腕を捻りこみながら缶の胴体に打ち込むとスチール缶の背中部分が裂けてジュースが噴出した。
そのまま壁まで飛んで行くジュースの缶を男達も呆然とした顔で見守っていたのだった。
「まあ、久しぶりだけどなんとかできたな。」
俺のデモンストレーションに氷室はニコニコとした顔を見せて、男達は缶を拾って
「うおお!背中部分が裂けてるぞ!」
「すげえ、こんなの食らったらひとたまりもないぞ・・・」
「噂は本当だったのか・・・」
そう口々にまくし立てていたがやがて俺の方へとやってくると
「慶一さん、さっきは失礼な事を言ってすんませんでした。」
「その実力、確かにこの目で見させていただきました。」
「すげえっす。ほんとに強いんですね」
憧れの眼差しを向けられる俺は困惑の表情で男達を制しつつ
「わかった、わかった。とにかくお前ら、氷室の事はよろしく頼む。何かと助けになってやってくれ。」
「「「わかりましたっす!」」」
元気よく答える3人を見て氷室はニコニコとしていたが、ふいに何かを思い出したらしく俺に
「慶一君、そういえば思い出した事があるんだが、成神はまだ君に対して強い恨みをもっているらしい。窃盗団連中以外に人を使い、君の身辺を探り始めていると言う噂を聞いた。くれぐれも気をつけてくれよ?僕らの力が必要になったときは言ってくれ、君の力になる。これは僕の携帯の番号とアドレスだ。何かあれば僕に連絡をして欲しい。」
そういって携帯番号とメールアドレスを俺に渡してきた。
俺はそれを受け取りながら
「わざわざすまないな。何かあった時は頼りにさせてもらうよ。」
そう返事を返すと氷室は
「そうならない事が一番いいんだけどね・・・ともかく僕たちはこれで失礼するよ。っと、そうだった、慶一君。彼の関節を元に戻してやってくれないか?こればかりは僕にもできないからね。関節を戻したら尋問した後に警察に突き出しておくから。」
その氷室の言葉に俺は自分のした事をすっかり忘れ去っていたので
「おっとそういえばそうだった。すぐに戻すよ・・・・・・っとこれでよし、後は任せるぞ?」
関節を戻してやって氷室たちに男を預けると、氷室達は俺に礼を言いながら去っていったのだった。
全てが終わり、俺の実家への道を急ぐ俺たちだったが、その道すがらみゆきは俺に
「慶一さん、さっきの事もそうですけどやっぱり慶一さんの過去には色々あるみたいですね・・・」
俺は心配そうに俺を見るみゆきに
「まあ・・・な、心配か?みゆき。」
そう聞き返すとみゆきは不安を拭えない表情で
「少し、でしょうか・・・それ以上になんだか不安を感じてしまって・・・」
俯きながら俺にそう答えるみゆきの頭をぽんと軽く叩いて
「大丈夫さ、俺が守る。絶対に守ってみせるから。だから心配するなって、な。」
みゆきの不安を取り除くように明るく言う俺に、みゆきも心持ち気分が軽くなったのか
「ふふ。ありがとうございます。心なしか少し楽になった気分です。慶一さん?ちゃんと守ってくれるって言ってくれたのですから、ちゃんとその約束、果たして下さいね?」
いつもの微笑みで俺に言うみゆきに俺も微笑を返しながら
「ああ、わかってる。さて、暗い話はもうおしまいだ。家も見えてきたし、御飯食べて嫌な事も吹っ飛ばすか。」
俺たちは夕食の支度をしてくれているお袋の所へと急いだのだった。
先程の事など忘れたかのように楽しい夕食を終えて俺はみゆきを家に送っていく。
みゆきの家の前で俺は笑顔を向けながら
「今日は色々あったけど、みなみのプレゼント選び、付き合ってくれてありがとうな。」
そうみゆきに言うと、みゆきも笑顔を返してくれながら
「こちらこそお役に立てたかどうかはわかりませんが、きっとみなみちゃんも喜んでくれると思いますよ?それでは今日はこの辺で、明日また学校でお会いしましょう。」
「ああ、またな。俺は今日は実家に泊まるし、明日は一緒に学校行くか?」
俺がそう言うとみゆきは顔を赤らめて
「え?い、いいのですか?私が、その・・・」
しどろもどろになりながら言うみゆきに俺は少し照れながらも
「俺もこっちにいるんだしみゆきもいつも一人での登校なんだろ?たまには寂しくない登校もあってもいいだろうしな。俺でよければ、だけどさ。」
そう言うと、みゆきは俺に柔らかな微笑みを向けながら
「なら、お言葉に甘えさせていただきます。明日は何時ごろにお伺いすればいいでしょうか?」
と言い、そんな感じで明日の時間を確認した俺たちはここで別れたのだった。
家に戻る道すがら、夜空を見上げながら俺は、今日あった俺の過去への邂逅を思い出していた。
それと同時に俺が犯した罪がまだ残っている、それを清算できるまではまだ俺は苦しむ事になるかもしれないなと言うことを頭の片隅で考えつつも、その時が来るまでに俺は後悔のない日常を送っていこうと心に誓うのだった。
追いかけてくる過去の気配を感じながら・・・・・・