元オーバーロード鈴木悟と元人間ムササビと   作:め~くん

9 / 15
前回のあらすじ

アウラ、至高の御方をほんの少しでも傷つけたヤツはぶっ殺すと決意する。
ニグン、至高の御方をほんの少しでも傷つける。
ユウ、至高の御方のリアルネームをさらっとバラす。
ガゼフ、立派な御仁だと思っていたササビが、魔法で空から半裸の少女を召喚してドン引きする。
モモンガ、ムササビにドン引きする。
デスナイト、ウガァ……。
アルベド、ちゃっかりモモンガに膝枕する。



ムササビ、ほぼ素っ裸の少女を魔法で空から落とすド変態ロリコンペド野郎大邪神爆誕(本名菱川周佑29歳独身)


9 英雄に至れぬ者と英雄に至らぬ者と

 ニグンはエリートである。

 人類を一般人とエリートに分けた場合、間違いなくエリートに分類される人間である。人類の勢力圏の中で最強国であるスレイン法国の特殊工作部隊群――他の国家から秘匿されているほどの重要部隊である六色聖典の一つ、人類の戦闘分野のエリートが集う陽光聖典。その隊長を務めている者がエリートでないはずがない。エリートの中のエリートである。

 陽光聖典は本来、亜人の集落などの殲滅を主な任務にしている。今回のガゼフ・ストロノーフの抹殺は異例の指令であった。追跡の経験が乏しい為に苦労したが、それでも計画通り檻に追い詰める事に成功した。戦術的な絶対有利を得てもなお、油断せずじっくりと定石通りに事を進めた。それがいつものニグンのやり方だ。エリート中のエリートが、実戦経験豊富なエリートで構成された部隊を率いながら、この地味で手堅い方法を用いる事により幾度も部下と自らの命を守ってきた。

 そんなニグンの前に魔神が現れた。

 突然の世界を滅ぼす存在の出現に浮足立つ部下を鎮めて、威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)を召喚する決断を下した。

 ニグンは素早く命令を発し、準備を進める。時間稼ぎに襲い掛からせた天使は一瞬で消滅させられたが、間一髪で召喚に成功した。

 威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)は伝説に謳われる存在だ。世界を破滅に追いやりかけた魔神をも滅ぼす最高位の天使。魔神との戦いを一篇の神話に編むのなら、その功績を讃えるのに、どれほどの賛美で埋め尽くされるだろうか。それが、まるでほんの一行しか割かれないような、ただただ死んだとしか(あらわ)されないような最期だった。

 魔神と共にいた者は寝そべりながら、ハエを追い払うよりも気軽に神の御使いを消しさってしまったのだ。

 さらにこの魔神は自らを伝説の魔神さえ凌ぐ邪神と称するのだ。その事実の前に正気でいれる者など皆無だろう。魔神や邪神を名乗るのだ、悪神の類いなのは間違いない。魔神だけでも世界を滅ぼせる力を有するのに、それを遥かに上回る邪神に人類が敵うはずなどない。

 神は死んだ。

 その時のニグンの全てである。

 ニグンはもう全てがどうでも良くなっていた。部下の命も任務も、どうでもいい。ただただ、この現実から逃げ出したかった。今この場を助かったとて、それがどうだと言うのか。そんな判断も出来ぬほど、ニグンの思考は恐怖に浸食されていた。

 信仰に(あつ)い法国の中でも、陽光聖典は特に信仰に(あつ)い集団だ。戦いの前には簡易ではあるがいつも祈りを捧げていたほどで、隊員全員が高度な信仰系魔法を使う事からも(うかが)える。それは隊長であるニグンも例外ではない。

 信仰系魔法の中には、人を超えた超人とも言える英雄の領域に入るほどの者だけが使える死者蘇生の魔法がある。実際に法国でも何人か使い手がいる。誰でも生き返られる訳ではないが、エリートであるニグンはなんの問題も無く生き返られる。それでも死が怖い。それに死体が無いと生き返られない。ただ、完璧な形の死体ではなくても蘇られる。復活の魔法は魂に掛けるからだ。

 そんな魂の存在が確固としてある世界で、その魂の拠り所である神が死んだのだ。信仰を捧げる神が、(すが)るべき神の御使いが、歯牙にもかけずに(しい)されては、その心も()し折れるというものだ。

 そんな状況で死が怖くなったとて、それは臆病と(ののし)れる人間がいるのだろうか。理性など消え去って、本能のままに死の恐怖に怯える事が可笑しいだろうか。

 信仰の中で育ったニグンにとって(まさ)しく世界は崩壊したと言える。

 その時、ニグンの心象風景を表すかのように、黒の空がひび割れ降り注ぐ。

 いよいよ現実の世界さえも崩れ落ちるのかとニグンは思った。それはこの世の最期を看取るような気分でさえあった。

 割れた夜空から金色の髪の長い少女が落ちてきた。絶望で黒く染まった空に差し込む一筋の希望のようにも見えた。それほどニグンの心は打ちのめされていた。

 その希望はニグンと絶望の権化のような邪神より少し離れた場所、ちょうど自分と邪神から等距離になる場所に落ちた。

 地に落ちた少女を見て、ニグンはそれがさらなる絶望だと知った。やはり邪神は悪神だと痛感する。

 それはニグンが憐憫と尊敬を向ける少女だった。

 土の巫女姫。

 視力を奪われ、自由を奪われ、意識さえ奪われた名前さえ知らぬ少女。

 スレイン法国に六人いる巫女姫という極秘の存在の一人。

 百万人に一人と言う極々少数の少女だけが適合出来る神器『叡者(えいじゃ)額冠(がっかん)』。適合者の自我を奪い、無理に外せば発狂してしまう。一度装着したが最後、ただの魔法を吐き出すだけの存在にするアイテム。代替わりの際には『叡者の額冠』は外され、発狂した少女は殺される。

 正に年端もいかぬ幼い少女が、その人生全てを差し出した存在。それが巫女姫。

 その中でも土の巫女姫は特別であった。

 巫女姫とは英雄の領域である第五位階魔法を使える存在である。が、それには秘密がある。しかし、土の巫女姫だけはなんの秘密も無く、元々第五位階の信仰系魔法を使えるのだ。

 第五位階の信仰系魔法、それは蘇生魔法さえ存在する、人を超えた神の御業のごとき位階。

 もし王国に生を受けたならば、あの憎きアダマンタイトの女と並び称されていただろう、いや、この歳で蘇生魔法を含む第五位階の魔法が使えるのだ、その名声はそれを超えていただろう。

 帝国に生まれたなら、あの聡き皇帝の事だ、英雄をも超える力を持つ逸脱者フールーダに次ぐ待遇を与えられ、重用されたはずだ。

 何よりも巫女姫に選ばれていなければ、スレイン法国で神官長の地位にさえも就けたやもしれない。土の巫女姫はすでに才能の限界に到達してしまっていて、これ以上の成長は望めないとはいえ、現最高神官長も第五位階までしか使用できないのだから。

 そんな英雄と呼ばれてもおかしくない少女が、最後は発狂して殺される人生を受け入れたのだ。民衆に英雄のごとく称えられる事など決してない、限られた一握りの者しか知らぬ機密の存在のまま死ぬ事を選んだのだ。

 ニグンは凡人である。この世を英雄と凡人に分けた場合、間違いなく凡人側に属する人間である。

 これは荒唐無稽な例え話であるが、数万人規模の生贄を捧げて呼び出された天を衝くほどの化け物がいたとしよう。それに立ち向かえる者がどれだけいるか、ほとんどの人間は逃げ惑うだけであり、幾万の兵がいようとも変わらないだろう。そんな中であっても、それに立ち向かえる者だけが真の英雄なのだ。ニグンにはそんな真似など出来るはずもない。しようとも思わない。ゆえに凡人なのである。エリート中のエリートだからこそ分かってしまう、凡人と英雄の隔てる壁の高さ。そんな勇気も力も自己犠牲の精神さえも持ち合わせぬからこそ、ニグンは英雄足りえないのである。

 邪神がニグンの方を向く。

 眼窩に赤い炎が揺らめいているだけだが、視線を感じる。死の恐怖が顕現(けんげん)したかのような邪神の視界から、すぐにでも逃げ出したかった。しかし足は動いてくれなかった。

 邪神が周囲を睥睨(へいげい)する。闇夜に浮き上がっている白い頭蓋骨が巫女姫に向いて止まる。ニグンは邪神の視界から外れたのを感じた。それだけでも安堵し、生を実感する。しかし、それも一瞬だった。邪神が巫女姫に向かってゆっくりと歩き出す。それを見てしまったニグンは、思考さえも捨て去り、走り出していた。

 無様に呻きのような雄叫びを上げて半ば狂人と化して走る。頭には恥も外聞も部下も本国も何もかもが無くなっていた。

 ニグンは英雄に至れぬ者なのだ。

 目の前で哀れな子が殺されそうなら、人よりもほんの少し勇気のある程度の凡人を蝕んでいた恐怖も鳴りを潜める。狂うほどの思考が途絶える。

 凡人の体は、勝手に少女と邪神の間に立ち塞がっていた。

 

「ありえるかぁあぁぁ! こんなっ! 自分の命ごと! その約束された未来を! 神に! 国に! 捧げた少女が! こんな最後を迎えて良い筈が無い! こんな理不尽があってたまるか! 殺させんぞ! この子だけは絶対に殺させんぞ! 例え神が死のうとも!」

 

 それは魂の叫び。英雄に至れぬ者の慟哭にも似ていた。

 英雄に至れぬ者(ニグン)にはそれしか出来なかった。やはり立ち向かうなど出来なかった。ただ、自らの身体で彼女を隠すくらいだ。それは凡人でも出来る、ありふれた行為だ。この男、ニグンはどこまでも凡人であった。有利な立場になれば増長もするだろう。命の危機が迫れば命乞いもするだろう。死が迫れば恐怖もするだろう。それでも、目の前で見知った子供が殺されそうなら、駆け出してしまう。自分が死んでしまうかもしれないのに、凡人であるニグンは冷静な判断など出来ず、助ける為に身体が動いてしまうのだ。普段なら決してしない蛮勇を行ってしまうのだ。歴戦のエリートでも例外ではない。咄嗟に動いてしまうのだ。

 ニグンも本当に自分の命だけが大切なら、そもそも亜人と戦わねばいけない職になど就かなかった。人類の為という意識が欠片も無ければ、己の才能を隠して平穏な生活を送っていた。それは無意識の中で英雄に対して憧れがあったのかもしれない。それは本人にも分かりようがないが、それでもこの状況において邪神の前に身を投げ出す英雄的行動に出たのだけは歴然たる事実だ。

 ゆっくりと邪神が近づく。一歩ごとに死が近づいているのが分かる。

 ニグンの左肩に邪神が右手を乗せる。死を覚悟した。先ほどまでの英雄のごとき心が霧散し、空虚な心には何故逃げ出さなかったのかという後悔で満たされる。

 硬直するニグンの横を邪神は悠々と通り過ぎる。ニグンにはそれを止める事が出来なかった。またしても足が動いてくれないのだ。辛うじて視線だけ邪神に向けると、中空より取り出したマントを巫女姫に優しく掛けている所だった。それは神が持つにふさわしい上質なマントだった。王侯貴族でさえ持つ者はいないと思えるほどの一品だ。それにすさまじい魔力も感じる。それこそ六大神が残した元と変わらぬほどの品を無造作に扱うのだ。

 ニグンには邪神が何をしているのか理解できなかった。思考がまとまらぬニグンへ邪神は顔を向ける。

 

「年頃の娘を、あられもない姿のままにしておくのは忍びなくてな」

 

 邪神を自称する存在にしては、あんまりな程に人間臭い言葉だ。邪神は片膝をつけて座ると、巫女姫を抱き起し、目隠しを外した。そして『叡者の額冠』に手を掛ける。ニグンが何かを言うよりも早く邪神は口を開く。

 

「我のスキル〈装具支配〉は触れているアイテムを支配する事が出来るのだ。だから、この子が発狂する事は無い。安心するが良い」

 

 邪神は土の巫女姫に装着されている『叡者の額冠』を取り去るが、さっき述べたように発狂する様子が無い。取り外した叡者の額冠を中空に沈ませると、今度は赤い液体が満たされた小瓶を取り出す。その瓶には一体どうやって作ったかも分からない見事な意匠が施されていた。あの液体はもしかしたら伝説の赤いポーション(神の血)かもしれない。邪神はそれを巫女姫の顔に掛けると、自らが着る六大神が残した品にも見劣りしない見事なローブの袖で、彼女の血と共に優しく拭い去る。落下時に乱れた髪を白磁の指で慈しむ様に()かした後、そっと地面に横たわらせた。

 あまりにも慈悲に満ちて手慣れた所作に、邪神などではなく慈愛の神のように見えた。

 

「この少女は、何故このような凄惨な目に合っているのだ」

 

 少女の頭を撫でながら発せられた言葉に僅かな怒気を感じた。この邪神は巫女姫の惨状に怒りを覚えているのだ。それはさきほどの邪神の行動からも分かる。下手な事を言えば、殺されるだろう。しかし嘘を述べても、この邪神に通じるとは思えない。だが、本当の事を話しては法国の不利になるかもしれない。しかし、今更それが何だと言うんだ。神は死んだのだ。

 ニグンの頭はすでに冷えていた。ここで助かったとしても、それは遅いか早いかの違いだ。敵対してしまった以上、自分は無事では済まない。しかし土の巫女姫は違う。何故かは知らぬが、この邪神はひどく同情的だ。この子だけは助かるかもしれない。

 ニグンは意を決して口を開こうとした時、邪神が手を上げて制する。

 

「いや、少し待つのだ。何かの魔法が掛けられているやもしれぬ」

 

 邪神はニグンの頭の上に手を置いた。ニグンは祖国から監視をされていたのだ。自分の知らぬ何らかの魔法が掛かっていたとしても不思議ではない。

 

「我の第十位階魔法〈完全解除(パーフェクト・リセット)〉で貴様に掛かった魔法、スキル、呪い、その他、あらゆる効果が解除された。これで大丈夫だ。さあ、話すが良い」

 

 第十位階魔法、この圧倒的と言う言葉では足らない程の力を持つ邪神の言葉でなければ、ハッタリだと一笑に付していただろう。だが、遥か遠くの本国から土の巫女姫を一瞬で呼び寄せれた事を考えれば、それくらいの力を持っているだろうと思える。自分を監視していた魔法は多分、巫女姫を用いた大儀式で発動出来る第八位階魔法〈次元の目(プレイナーアイ)〉だろう。遠隔地を見るだけで第八位階だ、人間を転移させられるとなると第十位階であっても不思議ではない。それほどの魔法を使う邪神。自分がどうにか出来るとは思えない。

 ニグンは全てを包み隠さず話した。秘匿しておかなければいけない自らが所属している部隊の事を、人類の置かれている立場を、手段など選べる余裕が無い事を、法国自体も多大な犠牲を払いながら存続している事を。

 巫女姫に関わる事は特に同情を引くように注力した。孤児院で育った事、才を見出され過酷な英才教育を施された事、蘇生魔法さえ使いこなすほど能力を獲得しながらも自らの意思で巫女姫になった事、せめて巫女姫だけでも助かってほしい一心だった。巫女姫の悲惨な運命を強調する事により、邪神の怒りが本国に向き、滅ぼされるかもしれない。だが、それがなんだと言うのだ。そもそもニグンの話が無くても、この邪神は法国を滅ぼす可能性だって十分にある。今のニグンには、巫女姫だけを助ける選択肢しか存在しないのだ。ニグンは英雄ではない。救世主になどなれぬ事は痛いほど理解している。

 

「この娘と人類の置かれている状況は把握した。だが、だからと言ってガゼフを殺す事にどれほどの意味があったのだ」

 

 邪神の言葉にニグンは今回の任務の狙いを全て話した。

 要約すれば、帝国の犠牲を少なく王国を併呑させて、人類の損耗を抑えて力を蓄える作戦だった。現バハルス帝国の皇帝は優秀なので、その下に統治された方が良いという判断だった。

 ニグン自身、ガゼフを愚かではあると思っていたが嫌悪はしていなかった。むしろ愚かである事を除けば好ましいとさえ思っていた。部下に慕われ、民には優しく、不正や汚職もしない清廉な人格者だからだ。人類にとって殺すには惜しい人材だ。だが、ガゼフを殺すのが一番犠牲が少ないのは歴然たる事実だった。なんの犠牲も出さずに生き残れるほど、人類の状況は甘くない。

 

「ならば、ニグンよ。ガゼフに何か言う事は無いか? どうせ最後になるやも知れぬのだ。貴様の考えを吐き出すのも一興だぞ」

 

 ニグンには邪神の考えが理解できなかった。だが、言葉に従う以外に選択肢はない。機嫌を損ねれば巫女姫が殺されるかも知れないからだ。

 ニグンはガゼフへと顔を向ける。二人の間には大声を出さなければ届かない距離があった。大きく息を吸い込む。自分の声が届くように。

 

「ガゼフよ! 貴様はそれほどの力がありながら、なぜその剣を人類の為に振るわない! 王国の、いや、国王の為だけに振るう事にどれほどの意味があるのだ! 貴様のそのワガママの為に、どれほどの人間が犠牲になると思っているのだ!」

 

 ニグンは吠えた。最期の言葉になるかも知れないのだ。なんの遠慮もしない。英雄に至れぬ者(ニグン)英雄に至らぬ者(ガゼフ)への怒りをぶちまけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ガゼフはカルネ村についてから驚きの連続だった。異国の民を助ける強者に会った。その者は神さえも凌駕するほどの力を持っていた。なによりも、ニグンの語った言葉が一番の驚きだった。この世界を知ってしまった。法国を知ってしまった。

 ガゼフは恥じた。自らの驕りに気付いたからだ。

 ガゼフは自らを王の剣だと自任していた。

 その王が治める王国は保護されていたのだ。それはスレイン法国に、目の前のニグンと言う男に、年端もいかぬ少女という生贄に、自分は守られていたのだ。弱者を救う強者だと思っていたガゼフ自身が、強者に助けられる弱者だったのだ。

 自分は怠けていたのだ。どうせ政治など分からぬと初めから逃げていたのだ。王国で行われた闘技大会で優勝してからも、師に無理矢理鍛えられ、さらに強くなった。それならば、今からでも政治を理解できるかもしれない。政治を勉強していたとしても今の状況を回避できなかったかもしれない。今より悪くなっていたかもしれない。それでも、それは言い訳にはならないはずなのだ。

 ガゼフはこの邂逅に感謝した。これが無ければ政治に関わろうとは決してしなかっただろう。

 『英雄に至れぬ者(ニグン)』が『英雄に至らぬ者(ガゼフ)』の人生を変えたのだ。その心を突き動かしたのだ。魔神をも超える力を持った漢の言葉でも変わらなかった漢が、その生き方を変える決意をしたのだ。ほんの少し違えば、こうはならなかっただろう。例えばモモンガだけでこの世界に来ていれば、違った結末を迎えていたかもしれない。もしかしたら、無慈悲にニグンは殺されていたかもしれない。

 ササビはすでに陽光聖典達を魔法で眠らせていた。本当に誰も殺さずに終わった。この後、あの者達をどうするかは分からないが、自分では閃かない上手い方法でなんとかするのだろうとガゼフは思った。始めはニグンに好印象を持っていなかったが、今ではもう一度、話をしてみたいと思うほどには気に入っていた。

 ササビがガゼフのそばまで歩いてくる。

 

「ササビ殿、巫女姫はどうするおつもりだ。良ければ、私で保護するが」

 

「いえ、それには及びません。私達が預かります」

 

「しかし、ササビ殿達は追われる身なのだろう」

 

「追われる身ではありますが、それは面倒事を起こさない為です。危険だからではないのですよ」

 

 身をやつしてさえも周りに配慮できるササビに、ガゼフは器の違いを感じた。それに比べ、自分を恥じる。戦士長の地位に居ながら、何も知ろうとはしなかった。

 

「ニグンさんの話を聞く限り、王国内部に法国の手の者が相当数いるようです。私達なら四六時中一緒にいれますし、法国が取り返しに来ても何とでもなりますから。ガゼフさんにはお仕事があって、そうはいかないでしょう。それに王国の誰が法国と通じているか、当たりはついていますか」

 

 何も言えなかった。その通りだ。ガゼフでは守れない、何も知らない。何もできないのだ。巫女姫なる少女を預かれば、王国に害が及ぶのは分かっている。なら、今のガゼフは動けない。

 

「ササビ殿、私は今まで政治には関わってこなかったが、これからは勉強しようと思う。積極的に政治に関与しようとは思わぬが、それでも知る事で変わる事もあるかもしれん」

 

「良いと思いますよ。知識は武器になりますから。武器があれば、人を救う事も出来ます。今は下手に動かずに学ぶ事に注力するのが良いでしょう。貴族は揚げ足取りだけは優秀な者が多いですからね」

 

「そうだな。それで、ササビ殿はこれからどうするのだ」

 

「まずはこの神に等しい力がある内に陽光聖典達をなんとかします。ガゼフさんは先にカルネ村に戻って、オレ達は陽光聖典の追撃に入って今日は戻りませんと言っておいてください。明日には村に戻ります」

 

「ああ、了解した。王都を訪れる事があれば、ぜひ()()()を訪ねてくれ。歓迎したい」

 

「その時は()()と政治の話をしましょう。ガゼフさん」

 

 ガゼフとムササビは握手を交わす。

 ガゼフは人格こそは英雄級だが、実力となると半歩踏み込んだ程度で英雄には届いていない。

 ガゼフ・ストロノーフは未だ英雄に至らぬ者である。しかし、これからどうなるかは未知である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、眠らせたニグンさんを含めた陽光聖典はナザリックに送り終わった。世話はセバスとユリに命じているから悪いようにはしないだろう。

 ナザリックの皆も撤収を始めている。モモンガさんが生み出したデスナイトもすでにナザリックへ帰っている。

 ニグンさんの本音も聞けたし、これで情報を引き出しやすくなる。本音を知っていると尋問や交渉のしやすさが段違いだからな。

 法国の秘密部隊が丸々一つと国家機密の存在である巫女姫の確保、それに王国で王の近くにいて信頼も厚く、民に人気があり、政治に塗れてない人格者とも友好関係を築けた。終わってみれば、大戦果だな。オレのワガママから始まった事を考えれば、出来過ぎて怖いくらいだ。

 巫女姫はこちらで保護するとして、問題は陽光聖典の処遇だ。得られた情報によっては本国に返してもいいが、果たして敵に捕まって情報を吐いた秘密部隊がどうなるかと言う問題もある。しばらくはナザリックに住まわすのもありか。

 優秀さとか重要さとかを置いておいても、ニグンさんを死なせたくないんだよな。

 いっその事、仲間に引き込むか。この世界の案内人としては申し分ない。

 

「ササビさん。情報を聞き出した後の陽光聖典の人たちをどうするか決めてますか。もし、決めていないなら、出来るだけ穏便に済ましたいのですが」

 

 モモンガさんは優しいな。多分これはオレの浸食されつつある人間性を(おもんぱか)って言ってくれているのだろう。まだ大丈夫ですよ、そんなにすぐにはアンデッドにならないですよ。

 ニグンさんから法国の話を聞いている時にどうするかは決めてはいる。これは感情とかでは無くて、それがオレのルールだからだ。線引きと言っていい。

 ただカルネ村だからって訳ではないけど、出来過ぎだなとは思う。こういう言葉遊びは好きだけど。

 

「モモンさん、カルネアデスの板ってご存知ですか」

 

 首を振るモモンガさんにオレは簡単に説明する。

 

「船が難破してしまい海に投げ出されてた男が、壊れた船の板にしがみついていたとしましょう。その時、別の人もその板につかまろうとします。二人がつかまると、その板が沈んでしまうと考えた男はその人を水死させてしまいます。さて、これは罪になるでしょうか」

 

「……ならないと思います。それはしょうがないでしょう。他に助かる道がなかったんですから」

 

「ええ、実際、法的にも緊急避難として罪には問えないと定められています。人類全体で見た場合、オレはニグンさんがした事も、スレイン法国がしている事も、緊急避難に含んでしまってもいいと思うんですよ。法的な話とかそういう難しい話は抜きにしてね」

 

 そう。世界はカルネアデスの板の上にいるような、助かる人数が決まってしまっているような、どれほどの事情があろうとも助けられない事が起きる冷たい方程式で組み上げられている。全てを救えない事象で構成されている。ほんの少し違えば、生き残っていたのはガゼフさんかニグンさんか、どちらか一方だったかも知れない。モモンガさんの対情報魔法を使っていたのなら、スレイン法国に膨大な死者がでていたかもしれない。でも、今ならニグンさんもガゼフさんも、巫女姫も助けられる。そしてそれは一時しのぎでは無く、先の展望もある。

 今のオレなら、世界を構築する冷たい方程式を、全く新しい公式で解けるかも知れない。

 この体温を失った冷たい身体でその方程式を解くというも一興なのかもしれない。いや、血肉を失ったオレにとってはただの皮肉か。それが血の通った体温のある皮肉なら、それでも良い。今の身体に無いのは血と肉と皮なのだから。

 この世界では、公式さえ生み出せる神にも等しき存在なのだ。今度は()()()()()()()()()()()を導けるかもしれない。

 

「だからニグンさん達を罪には問えないと考えているんですよ。確かに法国は非道な事をしましたが、それ以外に手段が無かったのなら、それはオレ達の出る幕じゃない。そもそも陽光聖典はカルネ村には何もしてませんしね。決めたのは法国の上層部で、実行したのは囮の部隊ですし。それに――」

 

「それに?」

 

「オレはニグンさんに共感を覚えるんですよ。オレも人を救う英雄(ヒーロー)には至れなかった人間ですから」

 

 モモンガさんは不思議な顔でオレを見ている。急にこんな事を言い出したら、そうなるよな。ニグンさんの言葉を聞いて、ちょっと感傷的になっていたのかな。

 

「それはヘロヘロさんの事ですか?」

 

 モモンガさんが何気なく言った言葉にオレは少しビックリする。モモンガさんはあまり踏み込んだ話をしない人だったのに踏み込んできたからだ。モモンガさんにワガママを言わせたのが、そこまで効果があったのか。たった一回でこんなに変わるなんて一体どれだけ抑圧された人生を歩んできたのだろう。

 オレは今まで思うままに生きてきた。支配者階級に生まれると言う幸運もあった。家族にも恵まれた。やりたい事も、やらなければいけない事も全てしてきた。それで全てを手に入れられた訳ではないけども。それでも、それなりに幸せに暮らしてこれた。だからモモンガさんも幸せに生きてほしい。オレはもしかしたらモモンガさんを縛るモノから救える英雄(ヒーロー)になれるかもしれない。人間なんて些細な事で救われたりするものなんだ。あの時、些細な事で()()()を救ってくれたモモンガさんのように。

 

「いえ、違いますよ。オレはそんなにおこがましい人間じゃないですよ。話せば長くなるので、帰って一緒にお風呂に入っている時にでも話しますね」

 

「いいですね。俺も聞きたい事があるんですよ。その時に聞きますね」

 

「そうと決まれば、さっさと仕事を終わらしましょう。モモンさんとアルベドは戦闘跡の作成をしてください。オレはナザリックの皆に指示を出します」

 

 モモンさんとアルベドは、陽光聖典とオレ達が戦ったという痕跡を偽装しに散っていく。追撃をしているという(てい)になっているので、すこし時間が掛かるだろう。オレはその間、陽光聖典に何を聞くか、カルネ村にはどれだけの監視をつけるかなどの指示を細かく出していく。

 大方の指示が出し終えてモモンガさん達の手伝いに行こうとした時、オレのそばで寝ていた巫女姫がかすかに身じろぎをして目を覚ました。

 

「わたしは……しんだの?」

 

 巫女姫が虚ろな目でオレを見る。まだ意識がはっきりしていないのか焦点が定まっていない。

 

「……()()()()()()……さ、ま?」

 

 巫女姫がオレへと力なく手を伸ばす。()()()()()()とは神の名だろうか。オレを信仰する神と間違えているのか。

 

「じんるいを……おまもり……くださ……い」

 

 巫女姫の言葉に衝撃を受けて、膝を突く。

 自分が死んだと誤認しているのに、それを願うのか。オレは伸ばされた手を握る。体温の失ったオレよりも、さらに冷たい手で(すが)りつくように弱々しく握り返してくる。孤児として生まれ、大人になれぬまま死んで、神に出会って初めに言う言葉がそれか……それなのか? この子のこれまでの人生は一体なんだったのか。こんな子供が死んで、最初に願うのが人類の守護なのか。

 これではオレ達のいたリアルよりも最悪じゃないか! ――精神が沈静化してしまった。落ち着け。今のオレは神にも等しき力を持つ邪神ササビだ。世界の運命に抗える存在だ。

 

「娘よ。我は汝の言う、()()()()()()、ではない。だが、安心するが良い、人類は我が守ろう。そして汝には違う人生を与えよう。汝は死んでいないのだ。まだ生きている。他に何か願いは無いのか。人類の平和以外の願いは。汝の育った孤児院に送ってやる事も出来るぞ」

 

 巫女姫は力なく首を振る。

 

「わたしが……育った孤児院は……亜人に襲われて……無くなりました。全員、食べられて、骨も残っていません」

 

 先ほどよりも意識がはっきりしたのだろう、少し良くなった滑舌でそう言った。

 なんの感情も無く。

 それは物から手を放せば落ちるような、運に見放されれば命を落とすような、それが当たり前の自然の摂理のような、なんの悲しみも無く、ただ事実を述べているようだった。

 この子はオレやモモンガさんと一緒で、()()()()()()()()()()()()()なんだ。『叡者の額冠』を着けなくても、心が壊れてしまっているのかも知れない。蘇生魔法の使い手である巫女姫が、復活を願わなかった。すでに彼女の中では生き返らない人間なのだ。蘇生魔法は魂に掛ける、それならば、名前も顔も知らない、遺品も何も残っていない、そんな者を生き返らせる術をオレは知らない。巫女姫に蘇生の短杖(ワンド・オブ・リザレクション)を渡したとして、それがこの子の為になるとは思えない。何よりも、ほんの数時間前にエンリの親を生き返らせなかったオレには何もしてやれない。それはエゴだ。ナザリックになんの利益も無い。モモンガさんにも、重荷を背負わせてしまったのに出来る訳がない。やはり、どれほどの力があったとしても有限の力である限り、どうにも出来ない事があるのだ。神とて無限の力がある訳じゃない。

 なら、情報を引き出した後で法国に送り返すか。いや、現状のままなら、また巫女姫になるだけだ。この『叡者の額冠』を返さなければ巫女姫にはなれずに済むだろうが、戦闘には駆り出されるだろう。法国を取り巻く環境は戦力を遊ばせておけるほど甘くはない。

 それなら、この子には違う人生を。

 

「ならば、他に願いは無いか? どんな願いでも、とはいかないかも知れぬが、それでも汝をスレイン法国から一瞬でリ・エスティーゼ王国まで呼び寄せれるくらいの力ならあるぞ? 何かないか? 汝自身が欲しい物は何もないのか? もし、人生をやり直せるとしたら、何が欲しい?」

 

 まどろみの中にあるような顔の巫女姫は、何か思案しているようだった。

 

「なんでも良いぞ。我は慈悲深き者として通っているのだ。どれほどの無茶な願いであろうとも、どれほどバカな想いでも、我の怒りに触れる事はないぞ」

 

 巫女姫が握っていた手に力が入る。完全に目が覚めたのか、目に光が灯る。

 

「…………家族が欲しい……私を残して逝かない家族が……」

 

 巫女姫が弱々しくつぶやいた。

 考え抜いた末に出た願いがこれだ。こんな当たり前な願いがそこまで考えないと出ないのか。

 

「……ならば、今日から我が――オレがお前の父親だ。血も種族も繋がってはいないが、お前はオレの娘だ。オレには娘が一人いるから姉も出来るぞ。安心しろ、その娘とも血も種族も繋がっていない。今からオレ達は血も種族も繋がっていない家族だ。何も繋がっていないからこそ、もう決して家族でなくなる事は無い。オレ達は強い、お前よりも先には絶対に死なん」

 

 オレは思わず巫女姫を抱きしめていた。巫女姫もオレの血も通わぬ骨の身体を強く抱きしめる。

 

「はい、我が父なる神よ」

 

 少し誤解があるようだ。誤訳されている訳ではないだろう。これまでを思い返してみても、それは無い。村長やガゼフさんと話している時も、色々言葉遊びなどを試して見たが、意味合いはちゃんと通じていた。それなら、ゆっくりと誤解を解いていけばいい。もう、オレ達は家族になったんだから。それよりも先に聞く事がある。

 

「娘よ。名前はなんて言うんだ」

 

 反応がない。未だに強く抱きしめられていて、巫女姫の顔がオレの肩に乗っているのでどんな表情をしているのかが分からない。名を聞かれて困る事なんてあるのだろうか。いいや、そんな事はどうでもいいか。名前を口にするまで、待てばいいのだ。

 

「――名は巫女姫になる時に捨てました。巫女姫になる時に私は死んだのです。父よ。良ければ、私に名前を授けて下さい」

 

 そう言う事か。この子は信仰していた神を捨てたのだ。この子にとって、オレが神なのだ。父と子なのだ。この子は生まれ変わったのだ。

 これは名前を考えないといけない。娘のU・DQ(ユウ・ディーキュー)の名は、()()()が好きだった国民的ゲームにあやかった物だ。ならアイツが好きだった、もう一つの国民的ゲームにあやかろう。そのゲームの象徴と言えばクリスタルだ。そのまま名付けてしまうと、普通のクリスタルと混同されてしまう可能性もあるから、少し変えよう。どこまでいってもオレ達の言葉は翻訳されているだけなんだから。それなら、オレがムササビの名の頭の文字を落としてササビと名乗り、モモンガさんは後ろの文字を落としてモモンと名乗っているから、クリスタルの頭と後ろを落として、リスタにするか。

 うん、いいな、この子の新しい人生が今から始まるんだ。リスタートの意味も兼ねて、それにしよう。

 

「リスタだ。お前の名前は今からリスタだ」

 

「はい、私の名はリスタ。今からリスタとして生きます」

 

 オレの頬に触れているリスタの頬が濡れる。これはオレのワガママでエゴだ。それでも、やって良かった。この子には幸せと愛情を。

 

「――ササビさん。やっぱりロリコンなんじゃ……」

 

「聞こえてますよ、モモンさん」

 

 モモンガさんとアルベドが戻ってきていた。さっきのを見られていたと思うと、なんだか恥ずかしい。

 辺りを見ると激しい戦いがあったかのように荒れ果てている。これなら偽装工作は完璧だな。

 

「ササビさん、その子を養子にするんですか?」

 

「ええ。名前はリスタです。名前を捨てたと言うので、オレが名付けました。モモンさんはナザリックに部外者を入れるのは反対ですか?」

 

 モモンガさんはナザリックに対する思い入れが半端ないからな。反対されたら、カルネ村の家に住まわせようか。

 

「いえ、私は賛成です。そりゃ、どこの誰とも分からないのに踏み荒らされるのはゴメンですけど、ササビさんの娘なら歓迎ですよ」

 

 今、この場で決まったばっかりなのに、もうオレの娘か。これは相当だな。モモンガさんも()()()()()()()()()()()()

 

「じゃあ、ナザリックに帰りましょうか、ササビさん」

 

 手を差し伸べるモモンガさんに、オレは抱きしめている状態からお姫様抱っこに変えてリスタを渡す。受け取ったモモンガさんは呆気にとられた顔をしている。

 

「モモンさんはリスタと先にナザリックに戻っていてください。オレはアルベドと少し事後処理をしてから帰りますから。その後、ちょっと休憩をはさんで、陽光聖典から話を聞いて今日の仕事は終了ですよ」

 

「ちょっと、この子はどうすればいいんですか?」

 

 モモンガさんはリスタをお姫様抱っこしたまま困っている。そして、その後ろに立っているアルベドから不穏なオーラが出ている。いやいやいや、リスタなんてどう見ても中学生か小学生ですよ? なんで嫉妬してるんだよ、アルベド。ちょっと、フォローを入れておこう。

 

「陽光聖典と同じ場所に居させてあげてください。ニグンさんと多少は顔見知りのようでしたので安心するでしょう。モモンさんは子供の相手が苦手みたいですから、ちゃんとしてくださいね。将来、アルベドとの間に子供が出来たら大変ですよ」

 

「な、ササビさん、何を言ってるんですか」

 

「そんな、ササビ様、気が早いです」

 

 慌てるモモンガさんと、頬に手を当て蠢くアルベド。この二人、やっぱりちょろい!

 オレはリスタの目元を指で拭う。良く見なければ分からないほど小さく、はにかんだ顔をした。この子は元々、感情表現が苦手なのかもしれないな。ま、ユウなら仲良くしてくれるだろう。

 ナザリックに帰るモモンガさんは支配者然とした顔を作ってから〈転移門(ゲート)〉をくぐった。

 

「やっべ、モモンガ様かっけ。くふふふふ」

 

 そうだろうか。普通に帰っただけだよ。それにモモンガさん、さっき自分の魔法で盛大に吹っ飛んでましたよ。これが愛の力なのか。――それともこれが()()()()()()なのだろうか。

 さて、アルベドと二人っきりになった。これから先の言葉は誰にも知られない。これで心置きなく本題に入れる。

 

「アルベドよ、汝はモモンガさんをどう愛しているのだ。汝の恋を応援する者として、その辺を知っておかなくてはいけないと思ってな」

 

「モモンガ様の心を満たせるように、私の愛で包み込みたいと思っております!」

 

 即答だった。手を組み、キッラキラの瞳でオレを見つめる。容姿が悪ければ痛々しく見ていられないレベルで顔を輝かせている。美人だからなせる業だ。

 オレの予想は当たっていた。設定を書いた時の心情が反映されている。

 今でも覚えている、ユウに設定を書き込んだ時の事を、そして、ユウに()()()()()()()()()()()。ならユウは、()()()()()。最期に書き込んだ人間が優先されるなら、それはオレじゃない。るし★ふぁーさんだ。もちろん、るし★ふぁーさんが何を書いたかも知っているし、覚えている。特に問題があるものでは無かったから、これはそれほど、考慮しなくていいだろう。ユウの設定は今でも(そら)んじれる。後はどこまで()()()()()()()()、だ。それが重要だ。

 オレにとって、一番大事なのはユウの()()なのだ。モモンガさんでも、ナザリックでも無い。

 もちろんアインズ・ウール・ゴウンは大切だ、それよりもモモンガさんが大切だ、そしてモモンガさんよりも()()()()()が大切なんだ。それはナザリックがユウの居場所だから。オレにとって、それが一番大切なんだ。自分でも、()()()()()()()()

 事後処理と言う名のアルベドに対する事実確認が終わって、オレはナザリックの自室の前まで戻ってきていた。

 残っている仕事は、陽光聖典とリスタから話を聞くだけだ。その後はモモンガさんとゆっくり風呂に浸かって今日は終了だな。まあ、オレは寝られないけど。

 オレは機嫌が良かった。

 このドアを開ければ部屋にユウが待っている事もあるが、それよりもアルベドから聞いた答えが予想通りだったからだ。

 『選面の無貌』を着けて、周佑の顔に戻ったオレの表情はほころんでいた。

 ドアを開けるといつものように『一番大切な存在(ユウ)』が立っている。

 ただ、何故かプルプルと震えていた。これはアレだな。

 

「どうしたんだ、ユウ」

 

「信じて送り出したお父様がエヘ顔で農家の娘を  二  人  も(ダブルピース)買って帰ってくるなんて」

 

「やめろ、字面が悪すぎる!」

 

「しかも、娘であるボクと同い年の娘を……」

 

「自分が最低のクソ親父に思えてきた!」

 

「あまつさえ、もう片方はその妹でロリ……」

 

「さらに追撃! 娘には辛過ぎる現実、リスカしてもおかしくない!」

 

 確かに客観的に見たらその通りだった。オレは何をしてんだ。

 さらにユウがニコニコと、

 

「お父様、まだボクに言う事があるでしょう?」

 

 と、言ってきた。ああ、もう()()も繰り返してきたやり取りだから、勝手に次の言葉が出てくる。

 

「コホン、ユウよ、お前に新しい妹が出来たぞ」

 

「信じて送り出したお父様がエヘ顔で見知らぬ妹まで連れて帰ってくるなんて!」

 

 いつもの一連のボケが終わって二人でケラケラ笑い合う。

 オレはまだユウに言わなければいけない事がある。それは冗談ではなく、冗談のような夢物語。聞いてしまうと覚めてしまって、二度と見れなくなるかもしれない希望。

 それでもオレは躊躇わない。オレは思うままに生きてきたから。後悔が無い訳ではないけれど。

 

「ユウ、お前は菱川 祐紗(ひしかわ ゆうさ)の生まれ変わりなのか?」

 

 ユウの設定には『菱川祐紗(いもうと)の記憶を受け継ぐ生まれ変わり』と書かれている。その設定を知っている人は、今のナザリックにはいない。

 

「ボクはU・DQですよ。()()()

 

 そして菱川祐紗がこの声でオレを兄さんと呼んでいた事も、誰も知る者はいない。

 ただ、この菱川祐紗の記憶がオレの記憶由来の可能性がある。他にも主観的な意識だけが無い人間(哲学的ゾンビ)の可能性もある。哲学に傾倒していた祐紗が、生まれ変わったと思ったら哲学的ゾンビだったなんて笑い話にもならない。スワンプマンかもしれないオレにはお似合いかも知れないが。それでも、確かめる手段なんてないけれども、出来れば本物の生まれ変わりだったら良いと思う。

 

「さあ、お父様、そろそろ尋問を始める時間ですよ」

 

「そうだな、残っている仕事を終わらしたら、モモンガさんと一緒にお風呂だ」

 

 ナザリックのスパは、るし★ふぁーさんの悪戯がいっぱいあったな。多分、全部解除できたはずだけど。

 

「男同士、風呂場、真夜中、何もないはずがなく」

 

 ユウがそう呟いた。

 

「いや、何もないよ!?」

 

「ナニもない(意味深)」

 

「確かにナニも無い!」

 

 こんな時にこんな下品なネタをぶっこんでくるなんて、なんて祐紗らしいんだ。ホント、死んでもそれは治らないのかよ。

 七年前のオレはお前を救える英雄(ヒーロー)になれなかった。

 お兄ちゃん、今度は英雄(ヒーロー)になれるかな、祐紗。




独自設定 完全解除(パーフェクト・リセット) 〈装具支配〉
独自解釈 土の巫女姫 巫女姫としての設定はウェブ版から キャラと生い立ちはオリジナル


という訳で、IFストーリー感を遺憾なく発揮した話でした。
死亡フラグが立ち過ぎたらどうなるのか。まあ、こうなります。ニグンさんはムササビの覚えも良いので生き残ります。と言うよりも、現地勢の中でも、出番の数は上位に来る予定です。そもそも今回のニグンのガゼフの絡みは、はじめから考えていた話の一つです。なので、この先もニグンさん絡みの話があるのに死んでもらっては困るんですけどね。


今回の話のようにガゼフさんが法国の実情を知れば、生き方を変える可能性は十分にあると思うんですが、どうでしょうか。


ムササビはモモンガさんと違って狂ってないと思った? 残念ムササビも狂ってました。
モモンガさんが無自覚に狂っているとしたら、ムササビは自分が狂っているのを自覚していますので、余計に質が悪いかもしれません。ここまでこの話を読んでくれた人なら分かっているでしょうが、ムササビはロジカルな思考しながら善悪も他人の心の機微も理解できています。その上で自覚的な狂気を保持し続けてもいます。しかし、その精神はアンデッドに浸食されていくので、ある意味、原作モモンガさんよりやべえヤツです。
その上、ムササビが最初に精神の沈静化が起きたのは、異世界に転移してユウの声を聞いた時ですから中々のシスコンですよ。
ちなみに周佑(ムササビ)祐紗(ユウ)には恋愛感情的なモノは一切無い兄弟なので、そういう展開はありません。


ユウの謎の一端が明かされました。NPCの中でユウだけがリアルを認識できるのは、リアルの記憶があるからです。モモンガに対しても柔軟に対応できるのは、祐紗の記憶のおかげです。


1500万人以上いる法国で、100万人に1人の巫女姫。一方英雄の領域に到達しているのは漆黒聖典の面々。現役だけ10人以上いて、引退者等を含めれば巫女姫の数を上回るでしょう。希少性では巫女姫の方が上なので巫女姫の方が優先される事もあると思うのです。


家族が増えるよ! やったねリスタちゃん。ただし増える家族は狂人骸骨と勇者とのたまう妹兼娘兼姉。


次回は原作で言う一巻のラストと同じで、ナザリックの方針が決まる話になります。この作品でも序章のラストという位置付けです。

次の更新時には、タグにニグン生存ルートを足そうと思います。こんな感じで今後もタグが追加されます。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。