元オーバーロード鈴木悟と元人間ムササビと   作:め~くん

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前回のあらすじ

モモンガ、年上らしい振る舞いをする。
アルベド、モモンガに頼られて密かにご満悦。
ムササビ、デスナイトを可愛いと思ってしまう。



ユウ、今作品の主人公格の一人なのに出番が一行だけ。


8 包囲とニグンと

 だだっ広い草原の中、20名ほどの武装した屈強な集団が馬を走らせていた。その中でも一際体の大きい男、この集団の長であるガゼフは焦燥感に駆られていた。

 この戦士団の任務は国境付近で目撃された帝国兵の発見、および討伐だ。

 今にも帝国騎士に襲われている村があるかもしれない。

 助けに来てくれる強者を願っている村人がいるかもしれない。

 どうしようもなく急く心を抑え、馬の負担を抑えながら走る。それでも馬の疲労はすでに限界に近かった。

 ガゼフが率いる戦士団は王都リ・エスティーゼを出た時は50を超える数だったが、今では半数以下の20になっていた。

 それには理由がある。

 始めの村に辿り着く時、すでに手遅れだったのだ。幾人の生き残りを残して皆殺しだった。ガゼフは生き残りの為に近隣の都市エ・ランテルまでの護衛に兵を割いていた。これが罠なのはガゼフは理解していた。上に立つ人間ならば、一度エ・ランテルまで戻る判断を下すべきだった。副官がその度に撤退を進言するのだが、ガゼフはそれを退けた。副官が正しいのを承知で、戦力を割いてまで襲撃者を追う判断を下したのだ。それは愚かな行為なのは誰が見ても明らかだった。それでも胸を打つには十分な行為だった。

 村が見えてきた。黒煙が上がってはいない。今までの村は全て火が放たれていた。まだ襲われていない村だ。ガゼフとガゼフの部下である戦士達は馬の速度を上げる。しかし、近づくにつれ、違和感を覚える。戦闘が行われた形跡があるのだ。村人が帝国の騎士を追い払えるはずがない。村人達の姿が見える。しかし巨大なアンデッドの姿も見えた。だが、アンデッドが村人を襲う気配は無く、村人もアンデッドを警戒していない。村の異常事態にガセフは馬を急がせる。

 この日、ある人物との出会いがガゼフの生き方を変える事になるとは、当人同士はもちろん、誰も予想だにしていなかった。

 

 村に着いたガゼフ達は隊列を組み、静かに広場まで進む。そこには代表者らしき人物達がいた。

 まずは何の変哲もない、この村の村長だろうと思われる人物。その隣には、この場にあまりにも不釣り合いな強大な力を感じる巨躯のアンデッドに、禍々しくも見事な黒の甲冑に身を包んだ戦士、王ですら見た事も無いだろう豪奢な布で作られたローブを着た南方出身者らしき魔法詠唱者(マジック・キャスター)が二人。片方の魔法詠唱者(マジック・キャスター)は実戦経験があるとは思えない佇まいだった。それに引き換え、もう一人はガゼフも見た事がない武術を修めているようだったが、どう見てもそれは近接系の武術であり、魔法詠唱者(マジック・キャスター)が習得するような類いでは無さそうだった。

 この奇妙な三人と一体のアンデッドからは、ガゼフが生まれて初めてと言っていいほどのとてつもない力を感じた。この者達の前では生物の覇者たるドラゴンすら、ただのトカゲと変わらないのではないかとすら思えた。

 見事に整列した部下達の中からガゼフは前に出る。

 

「――私は、リ・エスティーゼ王国、王国戦士長ガゼフ・ストロノーフ。この近隣を荒らしまわっている帝国の騎士達を討伐する為に王の御命令を受け、村々を回っているものである」

 

「王国戦士長……」

 

 南方出身者らしき者と村長らしき人物が呟く。

 

「村長、横にいるのは一体誰なのか教えてもらいたい」

 

 武術を修めているように見える魔法詠唱者(マジック・キャスター)が一歩、前に出た。

 

「その必要はありません。私の名はササビと言います。遠くの国から旅をしてきた魔法詠唱者(マジック・キャスター)です。こちらはモモンと言います。あちらに立っている二体は私達が召喚した者達です。この村が騎士に襲われているのが見えたので、助けに来た次第です」

 

 ササビの言葉を聞いたガゼフは感動した。弱き者を助けに来る強き者がいた。それだけで、奇跡を目の当たりにした気分だった。それも旅の者が、異国の民であるカルネ村の住人を助けたのだ。

 気付けば馬から降りて、頭を下げていた。

 

「この村を救っていただき、感謝の言葉も無い」

 本心だった。目には涙さえ溢れそうだった。

 

「私は報酬目当てに助けただけですよ。路銀が乏しくてね」

 

 そんなガゼフに魔法詠唱者(マジック・キャスター)は嘯く。旅人の強者なら、騎士と村人の両方を皆殺しにしてから奪う事も容易に出来たであろう。それを遠目からでも貧しいとわかるこの村に、報酬目当てで助けに来るなどあるだろうか。帝国騎士を容易に追い払える実力者に釣り合う報酬など、この村の全てを差し出しても足りないだろう。

 

「ほう、報酬か。しかし、この村では貴方達を満足させる額を出せるようには見えないが」

 

「ええ、ですから村を襲った騎士の身柄と装備を換金してもらいたい。出来るだけ高く買って下さいよ。そのお金で、この村の空き家を買おうと思っていまして」

 

 そういう事かとガゼフは合点がいく。報酬目当てと言っておく事により、額を吊り上げ、その金を村に渡すという訳か。腕だけではなく頭も強者なのか。なんと素晴らしい人間なのだろうか。

 ガゼフは手を差し出していた。知れず握手を求めていたのだ。

 突然の事に驚いたのか、ガゼフにはササビが僅かに戸惑っているように見えた。戦士長という地位に就くものが頭を下げ、握手を求めたのだ。この地の貴族を知る者なら、それは驚くだろうとガゼフは苦笑した。

 ササビは村人や戦士達から見えないように自らの身体で自分の右手を隠し出す。ガゼフにはササビが何をしているのか分からなかった。ガゼフ自身には宗教の事はよくわからないが漠然と何か南方の教義なのだろうかと推測した。

 ササビはおもむろにガントレットを外す。ゆっくりと皮も身も無い白骨の手があらわになる。その手をガゼフに差し出す。

 ガゼフは驚いた顔をしたものの、それを力強く握った。

 彼の仲間達にはその手が見えている。ここで握り返さねば信頼など生まれない。これは信頼の証に他ならない。わざわざ村人やガゼフの部下から、その白骨の手を隠したのだ。それは無用の混乱を避けるササビの配慮に他ならない。それを押してまでガゼフにだけ秘密をさらしたのだ。このササビと言う者は、力や知恵や優しさに加え、度量と度胸すら備えている。これほどの漢に会ったのは初めてだった。

 ササビは口元を緩める。

 

「実は呪いを受けていまして、これを解くのも旅の目的の一つなのですよ」

 

 そう言いながらササビはガントレットをはめなおす。

 

「それなら私が手助けをしよう」

 

 ガゼフはこの漢の役に立ちたいと思った。それは漢が漢に惚れると言っても差し支えがない。

 

「いえ、それには及びません。追われる身でもあるものですから、情報が洩れると厄介なのです」

 

 そう言われては引き下がらずを得ない。そもそもアンデッドに対する忌避感は誰にでもあるもの。このアンデッドの身体が周りに知られればどうなるかは、戦士長と言う地位でなくてもわかる。

 それにガゼフにはまだやらなければいけない仕事が残っている。

 

「そうですか。では本題である、この村を襲った不快な輩について詳しい説明を聞かせていただきたい」

 

「その者達なら、戦闘で殺してしまった数人を除いて全て捕縛していますから。直接、取り調べした方が早いでしょう」

 

「ほぼ全てを捕らえたのか!」

 

 ガゼフは驚きのあまり声を出してしまった。

 

「ええ、報酬は弾んでくださいよ」

 

 この手勢で数人しか殺さずに捕らえるのはどれほどの難易度だろうか。それも村人を守りながら。間違いなくガゼフと数人の部下では達成できないであろう。

 ただ感心してばかりはいられない。すでに夕暮れになりかけている。ガゼフは団を率いる身として、村長に泊めてもらえないかと聞く。するとササビが「捕らえた騎士達の監視も兼ねて、私が買う予定になっている家に泊まればいい」と提案してくれて、話が決まった。

 ガゼフはササビ達と話をするのを密かに楽しみにしていた。自らが幼き頃に望んだ『弱き者を助ける強き者』と言葉を交わすのを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カルネ村近くの大森林、辛うじて村が見える位置にアウラはいた。モモンガの命により、周辺を警戒する任に就いていた。今はそれに法国の部隊を監視する任も追加されている。

 そんな階層守護者としては至極簡単な任務に就いているアウラは不安を抱えていた。それは任務についてではない。モモンガをバッドステータス、詳しく言えば恐怖状態にした事実が心に突き刺さったままなのだ。その一件はモモンガに赦されてはいる。ムササビにも気に病まないようにと言われている。

 それでもである。

 突き刺さった傷が癒えたとしても、突き刺さったモノが抜けた訳ではない。アウラにはあの時に見た、恐怖に歪んだモモンガの顔が忘れられないのだ。

 アウラは左の生え際辺りに触れる。あの時、モモンガの杖が当たった場所。傷は治り、痕も残っていない。それでも痛みは残っている。時々あるはずない痛みを感じる。痛むと決まって不安に苛まれる。至高の御方に害をなした自分が生きていてもいいのだろうかと。自分の存在理由が揺らぐ。

 そこで隣にいる大きな黒狼型の魔獣フェンが心配そうに顔を覗き込んでいるのに気付いた。

 アウラは首を振って嫌な考えを吹き飛ばす。

 

「はあ、暇だねぇ、フェン。変わった動きは何もないしね」

 

 安心させるように、フェンに話しかける。

 この任務に不満がある訳ではない。確かに面白い内容ではない。それでも至高の御方の役に立つ事は嬉しい。それと与えられた役目が楽しいかは別問題なだけだ。

 不意に背後からデミウルゴスの気配が現れる。

 

「アウラ、ちょっといいかね」

 

 アウラは振り向き、ゲートから出てきたばかりのデミウルゴスを見る。

 

「デミウルゴス、どうしたの? 今はナザリックで指揮を執っているはずでしょ」

 

「ムササビ様からアウラへの御命令を伝えに来たのだよ。『現地のモンスターをけしかけて、監視対象の足止めをせよ。ただし自らが行うのではなく、シモベに全てやらせる事』だそうだよ」

 

 アウラはデミウルゴスの言葉を聞いて、すぐにシモベ達に命令を下す。命令を受けたシモベ達は森の奥へと消える。ものの数分でゴブリンの群れが追い立てられて来る。そのままゴブリン達は法国の部隊へと走り去っていく。ただ、法国の部隊は魔法で偽装している為、ゴブリンには視認できないのだが、そこはシモベが巧みに誘導し、ゴブリンと法国の部隊を物理的に接触させる。

 

「あんな部隊を足止めして、ムササビ様は何が狙い何だろう」

 

「それはね、ムササビ様はレベル100である我々が成長する事を期待されているのだよ。これ以上ステータス面では強くなれないとしても、今より上を目指してほしいと願っておられる。今の御命令でも、アウラとシモベに直接足止めさせるのではなくて、シモベを使って現地のモンスターで足止めせよという内容からもわかるね。アウラのテイマーとしての腕はムササビ様は疑っていないけれど、アウラの魔獣達が他のモンスターを操れたのなら、それはとても大きな戦力になると思わないかい?」

 

「それは思うけどさ。でも、なんで今なんだろう。まだ安全だって分かってないんでしょ」

 

「その疑問はもっともだね。ムササビ様は弱体化してしまったモモンガ様の穴を早急に埋めたいと思っていらっしゃるのだよ。ムササビ様は我々にモモンガ様の代わりを務める事を期待していらっしゃるのだよ」

 

「あたし達がモモンガ様の代わりなんて無理だよ」

 

「それでもムササビ様は望んでおられる。いえ、代わりが務まると考えておられる。我々はとても期待されているのだよ」

 

「期待……」

 

 アウラにはその期待に答えられるとは思えなかった。今の自分は至高の御方だけにとどまらず、弟であるマーレや、あのシャルティアにまで気を使われている状態だ。とても情けない状況に陥っているのだ。

 はあ、とアウラはため息を吐く。監視を続けている法国の部隊はゴブリンをはじめとしたモンスター達と戦っている。法国の部隊が使える魔法は第三位階までのようだった。天使召喚を中心にした戦術で応戦していた。それはアウラには見るべきところの無いレベルの低い戦いだ。素人ではないだろうけど、むしろ熟練者の戦いだけれども、これくらいのレベルならいくらでもいる。そんなものにどれほどの価値があるかはわからない。けれど、隣のデミウルゴスはつぶさに観察している。この戦いのどこかに知恵者にしか分からない価値があるのだろう。

 分からないから、隣の知恵者に聞く。そこには居心地の悪さから話題を変える為という意味も多分に含まれていた。

 

「デミウルゴス、何をそんなに見ているの? この人間達の戦いに何かあるの?」

 

「ふむ、この法国の部隊がどの程度の者達なのかを見ているのだよ。ムササビ様はこの者達とも接触を図るおつもりですから、報告をせねばなりませんからね」

 

「それなら、なんで足止めなんて御命令をしたんだろう?」

 

「それはだね。王国の戦士長――ガゼフと言う名前なのだがね。それと少し話をしたいと仰られていたよ」

 

 アウラにはデミウルゴスが自分の心情を理解して話題に乗ってくれたのが分かる。自分はやはり気を使われている。そんな自分が至高の御方の期待に答えられるとは思えない。せめて、これ以上迷惑を掛けないように、いつも通り振舞うように心がける。

 

「ふ~ん。そのガゼフって言う奴、ちょっと羨ましいなぁ。私もムササビ様とお話したいな。ね、デミウルゴス、ムササビ様はそのガゼフとなんの話をするか聞いてない?」

 

「色々と試す、と聞いているよ。どうも王国は長くなさそうなのだよ。ガゼフが取るに足らない人物なら、王国との関りはカルネ村までにするとのお達しだよ」

 

 至高の御方が決めた事は絶対だ。それに対してアウラにはなんの不満もない。むしろ当然だと思っている。でも、何故この村なのだろうかという疑問はある。

 アウラが疑問に頭を捻っているとデミウルゴスが優しく話し出す。

 

「ムササビ様は遊んでいらっしゃるのだよ」

 

「遊ぶ?」

 

「なんでも人間は元より、異形種へとなった至高の御方々も『楽しみ』がないと生きていけないのだそうだよ。特にムササビ様はこの『楽しみ』を重視しておられるそうで。この村やガゼフと話す事で何か『楽しみ』があるのだろうね」

 

「え、そうなの!?」

 

 アウラは大いに驚いた。ガゼフ云々はもう吹き飛んでいた。あの至高の御方々が生きていけない状態なんて考えた事もなかった。そんな事なんてあり得ないと思っていた。

 

「ええ、ただ生きていけないと言っても死ぬわけではないそうですよ。我々で例えると、至高の御方が居なくなったような状態になるとムササビ様は仰られていました。生きているが死んでいる状態だとね」

 

「モモンガ様やムササビ様がいなくなるなんて考えられない」

 

 至高の御方が誰もいなくなる。それは死よりも恐ろしい。そんな状態で生き続けなければいけないなんて、永遠に恐怖が続くようなものだ。

 

「それは私もだよ。心の臓が動いているだけと言っても誇張はないね。我々を守る為に、至高の御方々のほとんどが御身を差し出された。最期の最後までモモンガ様とムササビ様はナザリックの為に御力を使い、このナザリックを守り切りました。ならば我々は、その『楽しみ』を最大限実現させなければいけない。至高の御方々が頻繁にナザリックの外へと冒険にお出かけになられていたのは、それが『楽しみ』だったからだそうだよ」

 

「そうだったんだ。じゃあ、今も冒険に出かけたいと思っているのかな。それだったらあたし達が頑張って冒険に行けるようにしないと」

 

「そうだね、その為にもアウラは探索の任務を頑張らないといけないね。ムササビ様もモモンガ様と冒険できるようになるのを楽しみにしておられる。何でも、至高の御方の中でも、取り分けモモンガ様は冒険を楽しみにしておられたそうですよ」

 

「モモンガ様が!? だったらあたしはもっと頑張らないと!」

 

 アウラは両手を握り、名誉挽回のチャンスだとやる気をみなぎらせる。

 

「……アウラはまだ、あの事が心に引っかかっているのだね」

 

 デミウルゴスの声音は優しい。アウラ自身も周りにどれだけ迷惑を掛けているか理解している。

 

「ムササビ様はこう仰っていました。『心に突き刺さったモノはゆっくりと抜けばいい。痛むなら傷が癒えてからまた引き抜けばいい』と、私はどうも、その手の分野には疎くてね。流石はムササビ様だよ。我々に成長を促す御命令を下しながら、例え失敗し落ち込んだとしても、すぐに立ち直れなくても咎めない、立ち直れるまで待つと仰っているのだよ。弱体化されたモモンガ様の穴を埋めるのも我々の安全の為、これほどまでに慈悲深き主に仕えられる幸福はないでしょう」

 

 アウラはデミウルゴスに同意する。慈悲が具現化したような存在。そんな至高の御方にほんの少しでも傷をつける者がいたとしたら、絶対に許さないとアウラは決意を新たにするのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ムササビさんが購入する予定の家で、ガゼフさんとムササビさんとで同じテーブルについている。俺の隣にムササビさんが座り、ムササビさんの対面にガゼフさんが座っている。アルベドは俺の後ろに控えている。後は壁にシャドウデーモンが二体と、天井にエイトエッジアサシンが一体、張り付いている。デスナイトは外で手伝いの続きだ。

 ガゼフさんにはシモベ達が見えていない。王国最強ですら不可視化されると見えない程度でしかないという現実。この周辺国家の危険度は低いと見るのが妥当だろうな。未だこの世界の未知とプレイヤーの脅威があるが、少しは肩の重荷が軽くなった気がする。

 始めは騎士達が村を襲っていた状況などの聞き取りをしていたのだが、その後は和やかな雰囲気で会話が進んでいく。ガゼフさんはムササビさんや俺の事を聞いてきて、ムササビさんや俺はこの辺りの国の事などを聞いた。三十路を過ぎた俺が言うのもなんだが、ガゼフさんは気が若い。見た目での判断だが俺の十も上ではないだろうが、それでもこの歳と地位で少年のように目を輝かして俺達の話を聞いていた。もちろん、振る舞いは年相応を崩しはしなかったが、そこが逆に好感を持てた。

 しかし、そんな雰囲気も途中から雲行きが怪しくなっていった。ムササビさんの当たりがきつくなってきたのだ。

 ムササビさんは、ガゼフさんがナザリックの協力者足りえるかを試すと言っていた。これが試すという事なのだろう。多分、ガゼフさんを怒らせようとしているのだ。安い挑発に乗る者やすぐに感情的になってしまう人間が仲間にいると厄介なのは社会人ならみんな痛感しているだろう。

 確かに時間がないのは分かっているけど、あんまり好きなやり方じゃない。でも他のやり方が思いつかない。代案がないから、何も言わない。言えない。

 俺が何も言葉を発しないから、ムササビさんの追求が続いていく。ムササビさんも好きでやっている訳ではないのは分かっているけど、それでも気分の良いモノではない。本来はアインズ・ウール・ゴウンの最高責任者である俺がやらなければいけない汚れ仕事なのに。

 ムササビさんはガゼフさんの装備を一瞥して、口を開く。

 

「ガゼフさんは王国で最強の人なのに、装備は他の戦士の方と変わらないのですね。仮にも敵国騎士が相手の任務だと言うのに」

 

「いや、これは……」

 

 ガゼフさんが言い淀む。答えを待たずにムササビさんは話を続ける。

 

「なるほど、いつもの装備は取り上げられたと言うところですか。ガゼフさんの王への忠誠心を見るにそれと異なる派閥、貴族の横やりですか」

 

 ムササビさんはじっとガゼフさんの目を見ている。ガゼフさんは観念したように、ふっと笑う。

 

「……ササビ殿はお見通しなのだな」

 

「旅人に身をやつしていますが故郷では貴族階級でしたから」

 

 ムササビさんは自嘲気味に笑った。

 ムササビさんはガゼフさんと会話をしながら、合間に手で組んで口を隠し、〈伝言(メッセージ)〉を飛ばしてくる。内容は、この王国は長くない。良くて10年、悪くて今年中には無くなるだろうとの見解だ。権力闘争で自国の最高戦力を罠にはめるなんて亡国の兆しと言っても過言ではないのだそうだ。

 ムササビさん曰はく、軍とはコストパフォーマンスが悪い。だが、それを保有していない国はない。それは必要経費だからだ。それが過剰で国家運営が立ち行かなくなるなら削減もやむを得ないが、そうでないなら維持しなくてはならない。それを理解していない者が権力を持ち、少数ではなくなっている。これで国が滅びない訳がない。ここまできたら、権力者の少なくない人数が他の敵と通じているだろう。だから、自国の戦力――引いては防衛力が落ちても構わないのだ。後はどこかに攻め込まれるか、吸収されるか、乗っ取られて終わり、という訳らしい。それは俺でも理解できる。だから、ムササビさんはガゼフさんを試しているのだ。この終わりかけた国に、肩入れする価値がある人間なのかどうかを。

 ナザリックの事が無ければ、俺とムササビさんはガゼフさんと友好関係を築いただろう。リアルで権謀術数が渦巻く支配者階級にいたムササビさんなら、貴族社会でも容易く生きていけるはずだ。ガゼフさんのレベルで国家最強なら俺とムササビさんのレベルならどこでも生きていける。もちろん、他のプレイヤーを警戒しなければいけないが、二人だけならどこへでも逃げられる。最悪、ムササビさんが個人で保有する課金アイテムの数々でどうにでもなる。仲間とはいえ他人のアイテムを当てにするのは良くはないが。ムササビさんは今、ナザリックの為に苦労しているのだ。半分は俺の代わりに。

 ムササビさんの厳しい質問はまだ続いている。

 

「それだけの手勢で助けに来たんですか? その程度では仮に村が襲われていたとしても、村人の命を守るには手が足りないのではないですか?」

 

「それは……考えていなかった。失われてしまう命が、一つでも助かれば良いと」

 

「なるほど、ですが、これが罠だと分かっていなかったのですか? 自分の命の価値が分かってないのですか? 誰も貴方に進言しなかったのですか?」

 

 ムササビさんが矢継ぎ早に質問を浴びせる。なんだかリアルの時の嫌な取引先を思い出す。アウラが足止めしていられる時間はそんなに長くないから、こんな圧迫面接染みた事をしなくてはいけない。

 

「いや、罠だとは分かっていた。この隊の副長も進言してくれた。それでも私は退けたのだ」

 

 ムササビさんは大袈裟に首を振り、大きなため息は吐く。

 

「なるほど、貴方も、その副長さんも分かっていないみたいですね。周辺国家に武名が轟く、国家の最強戦力が死ねばどうなるかを。貴方はこの王国を滅亡の危機に陥れさせていたかも知れないのですよ。貴方の死が戦争の引き金になる可能性はどれくらいのものか、ご自分でもわかっているのではないですか。国家間の争いが本格化すれば、どれほどの民が犠牲になるか理解しているでしょう。それほどの地位にいながらそれが分からないなど、ただの怠慢です。民に対する裏切りだ」

 

 ムササビさんは語気を荒げて一気に言い放った。

 ムササビさんは容赦がない人だ。仮にこの村を滅ぼすのがナザリック存続に必要になれば、自らの手で滅ぼせる人だ。情に厚い人だけれども、情に流される事は決してない。俺もアンデッドの身体のままで心がアンデッドに浸食されていたなら、この村もガゼフさんも切り捨てるのになんの躊躇もしなかったと思う。仲間が残したナザリックの為なら、当然のようにそうしただろう。でも、今の俺は人間の身体なのだ。ナザリックの方が大切だけど、ガゼフさんも死なせたくないと強く思ってしまっている。そこまで割り切れない。

 ガゼフさんは俺が今まで会ってきた人の中でも相当の良い人なんだ。

 俺は小心者だ。ユグドラシル最後の日に、ヘロヘロさんを呼び止められなかったくらいのヘタレだ。だからナザリックの責任者として当然の事をしているムササビさんを止められない。

 もし、肩入れしないと決めたなら、ガゼフさんは法国の部隊に殺されるだろう。それは嫌だと思ってしまう。でも、声が出ない。ムササビさんは何も間違っていないから。法国につくのがナザリックの利益になるのなら、ムササビさんは法国につくだろう。ガゼフさんを助けたいと思うのはオレのワガママだ。

 

『モモンガ様、お悩みのようですね。天井に潜ませているエイトエッジアサシンが酷く心配していますよ』

 

 ユウ、良い所に。俺は口元を隠して、ユウに返事を送る。

 

『ああ、このままでは王国と敵対する事にならないかと危惧しているのだ』

 

『ご安心ください、モモンガ様。お父様はこういう人を責めるような事はお嫌いですが慣れておりますから、加減はお手の物です。それに、なんらかのアクシデントが起きても対処できますから、モモンガ様が思ったまま行動なされても大丈夫です』

 

 事も無げにユウは言った。それは俺の苦悩を笑い飛ばすかのように。こんな事をするのはシモベの中ではユウくらいだ。

 

『本当にそう思うか?』

 

『ええ、お父様は有能ですから。完璧な計画を立てて行動するよりも、ある程度の遊びを持たせてあらゆるものを利用して対処するタイプですので、どんなアクシデントがあろうとなんかしてくれます』

 

 すごい自信だ。これがユウ以外のNPCが言ったら過大評価し過ぎではないかと考えてしまうが、ユウならそれはないだろうと思える。それにユウの声には、なんだかムササビさんに対する親愛の情を感じる。娘として生み出されたからだろうか、他のNPCが俺達に向ける忠誠とは違う、絆のようなモノがある気がする。

 

『それにですね、モモンガ様。渉外役を仰せつかっているお父様は、ガゼフさんと二人で話とする事も出来たのです。それをモモンガ様も同席させたのには何か考えがある筈なのですよ。お父様は一つの行動で二つ以上の効果がある事をしますから。お父様はそうして今までずっと生きてきました。それにお父様にもっとワガママを言って下さいと言われたのでしょう。でしたら、ガゼフさんを助けたいと思うモモンガ様のワガママも計算の内ですよ。ボクが信じるお父様を信じてください、モモンガ様』

 

 ユウの言う通りだ。よし、ムササビさんを信じよう。しかし、どう止めたモノか。オレはあれこれと考える。が、良い案が浮かんではこない。

 俺は緊張で乾いた喉を潤す為、コップに口をつける。

 

『ガンバです、悟様!』

 

 俺は口に含んでいた水をすんでのところで噴き出しかけた。

 

『え、な、なんで』

 

『至高の御方が思うままに生きるのは当然では無いですか。モモンガ様はもっとワガママになってもいいのです』

 

『そっちじゃなくて』

 

『モモンガ様が酷く緊張しておられるようでしたので、リラックスさせようかと』

 

『そうでもなくて、なんで俺のリアルの名前を知ってんの?』

 

『ええ、それはですね、ボクがやまいこおか……コホン、失礼しました。やまいこ様にアインズ・ウール・ゴウンの女子会へ連れて行ってもらっておりましたので。その時にモモンガ様の真の名は鈴木悟だと聞いたのです』

 

『え、オレだけ!?』

 

『いいえ、他の至高の御方々の真の名も話題に出ていましたよ。ちなみにお父様の真の名も知っております。菱川周佑(ひしかわ しゅうすけ)でしょう』

 

 女子会で俺達のリアルの名前を出して、なんの話をしていたのだろうか。オフ会の時の愚痴とかかな。ああ、聞きたいような聞きたくないような。

 

『モモンガ様、お父様を止めなくてよろしいのですか?』

 

 そうだった、今は俺の女子会での評判なんてどうでもよかった。今はムササビを止めよう。ここでガゼフさんの命を助けても、致命的な失敗になる可能性はそんなに高くない。法国とも仲良くやれる余地は十分に残る。――違う、これは俺のワガママだ。オレは今から仲間にワガママを言うんだ。

 

「サ、ササビさん、そんなに言わなくても」

 

 自分で思っていたよりもかなり弱々しい声が出てしまった。結局、良い案が思いつかなかったので、ただただ止めるだけという情けない結論になってしまったのと、やはりワガママを言う引け目も影響しているだろう。

 

「いいえ、モモンさん。分かっていないなら、言わなければいけません。自分が倒れれば、その後にどれほどの死体が積み上がるかを知らなければいけない。それが地位ある者の責務だ。自己を軽々しく犠牲にしてはいけないのが地位ある者なんです」

 

 俺が止めに入っても、ムササビさんは止まる気配がない。それならとガゼフさんへ言葉は掛ける。

 

「あの、ガゼフさん。ササビさんは悪気があって言っている訳ではなくてですね。私達の国も、その、貴族の圧政が酷くて、いや、この国が酷いと言っているのではなくてですね、えっと」

 

 ああ、言葉が上手く出てこない。事前に準備が出来たらこうはならないのに。はあ、なんで俺って、こういうのに弱いんだろう。困った顔をしていたであろう俺に向かって、ガゼフさんは気遣うように笑いかける。

 

「そんなに慌てなくても全て承知している。ササビ殿は貴族だったと言う。これほどの立派な御仁が呪いを受けたからと国を離れる事になったのだ。どういう国だったのかは察せられる」

 

 ガゼフさんはあまり気分を害してはいないようだ。なら、ここはムササビさんの好感度を上げていこう。

 

「そうなんですよ。ササビさんは大貴族でありながら、そんな国を変えようとしたのですが道半ばで呪いを受けてしまって。だから、ちょっと熱くなってしまったんです」

 

 ちらりとムササビさんを見る。ムササビさんの表情は変わらなかったが、テーブルの影でひっそりと親指を立てていた。あぁ、ここまで計算していたんですね、ムササビさん。さすがはアインズ・ウール・ゴウンの周瑜とその『娘』のユウだ。

 

「モモンさん、オレはそんな大それた人間では無いですよ。ガゼフさん、すみません。言い過ぎました」

 

 ムササビさんはガゼフさんに頭を下げる。

 

「いや、ササビ殿が謝る事など何もない。ササビ殿の言は至極もっともだ。反論の余地もない。私の考えが浅はかだったのだ。ササビ殿は呪いを受けた身でありながら異国の民を助ける人格者だ。民を思う気持ちから出た言葉なのはよく存じている。それほどの力をもっているにも関わらず、国に尽くそうとしていた御仁だ。周囲への配慮は欠かさぬのだろう。貴方ほどの者から見れば、私など至らぬところばかりの武骨者に映っていても仕方がない」

 

 ガゼフさんの言葉にムササビさんは照れくさそうに頬をかく。

 

「そこまで持ち上げられると流石に恥ずかしいですね」

 

「いや私は貴方達が神だと名乗れば信じてしまいそうなくらいの力を感じるのだ。むしろ戦いの神だと言えば、やはりと言ってしまいそうだぞ」

 

 神って、まあ、レベルが10違えば勝ち目がほとんどないんだし、こんなにレベルが離れていたら、そう感じてもしょうがないか。NPC達が気配のようなモノを感じられるのなら、現地の人間も強者の気配的なものを察知できる者がいても不思議ではない

 さっきまで照れ臭そうにしていたムササビさんが、困ったような顔をして話し出す。

 

「その事ですが、これは御内密にしておいてほしいのです。我々のこの絶大な力はいつでも出せる訳ではないのですよ。一度使うと、しばらくは行使できないのです」

 

 ムササビさんは突然そんな事を言い出す。これは多分、神と見紛う力を際限無く行使できると思われるのはまずいという判断だろう。

 

「なるほど、その神にも等しい力には秘密があると」

 

「ええ、そうです。詳しくは内緒ですが」

 

「私は随分買われているのだな。安心してほしい、秘密は死んでもしゃべらぬ」

 

 ガゼフさんはムササビさんに認められた。これでよっぽどの事が無い限り王国と敵対関係にならないだろう。一安心だ。

 家の外からガゼフの部下の足音が聞こえる。後は法国の部隊次第だ。プレイヤーがついていないのなら、無事終了だ。このまま何も問題が無ければいいのに。

 家に入ってきた戦士が大きな声で告げる。

 

「戦士長。周囲に複数の人影。村を囲むような形で接近しつつあります!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 オレとモモンガさんとガゼフさんは民家の影から村の周囲を見渡していた。呼びに来た戦士の報告通り、村は包囲されている。統一された服装の者達の他にユグドラシルにいたモンスター、炎の上位天使(アークエンジェル・フレイム)がいる。アウラに足止めさせた時の報告は、すでにデミウルゴスから受けている。この者達が使う魔法は全てユグドラシルと同じ。その性能もユグドラシルと変わらない。

 もう一つのデミウルゴスの報告だけど、アウラはまだへこんでいるようだった。フォローはしてくれたようだが、どこまで効き目があるやら。あのくらいの年頃はすぐにケロっとしている事もあれば、何日も気にしたりと難しいんだよな。いや、見た目通りの歳をした人間に当てはめたらの経験則だけど。

 天使の中に一体だけ一つ上の位階で呼び出せる監視の権天使(プリンシパリティ・オブザベイション)がいる。その近くに立つ、一人だけ装いが少し違う者が隊長だろう。

 

「この村に何かある訳でもなし、遠くの異国から来た私が狙いなはずもない。これはガゼフ殿が狙いでしょうね」

 

 しかし王国の最高戦力が辺境に来るとはね。権力はさほどだけど、地位と人柄は申し分ない。想定していた中でも上位の好条件だ。あんな詰問するような事は好きじゃないけど、時間も無かったし、しょうがないよな。そのおかげでガゼフさんという人間が良く理解できたのは事実だ。

 ガゼフさんはどうしようもなくバカと言う事が分かった。どうしようもない人だけど、こんな人が少なくなったから、あんなリアルになってしまったのだ。死なせたくないな、こういう人。モモンガさんも止めに入るくらいには好きそうだし、オレも嫌いじゃない。

 あんまり好きな手段じゃないけど、ユウに手を回させた甲斐があったな。モモンガさんはワガママを言えたし、本音も分かったし、うん、出来る限りガゼフさんは助ける方向で調整しよう。ただ、王国はリアルによく似ていて、あまり好きにはなれないんだよな……。

 

「そうだろうな。あれほどの数の天使を召喚できる者を集められるのは、おそらくスレイン法国。それもこの任務から考えて特殊工作部隊群、噂に聞く六色聖典だろう。数も腕も相手が上だ」

 

「六色聖典……ですか」

 

 特殊工作部隊群ね。白で統一した姿から見て、後五つ違う部隊がいるのだろう。こういうのは別々の役割に特化しているものであるから、この者達は戦闘分野の部隊の一つなのだろう。国家の裏の部隊がこの程度なら、現地の人間の戦闘力も察せれるというものだ。

 装備の方はどの程度かな。〈造物主(ザ・クリエイター)〉のスキル〈全装具看破〉を使用する。さっきの騎士達とは比べものにならない程の上質な装備だ。そしてオレ達と比べものにならない程の低レベルだ。この世界では第三位階魔法を使うレベルだと、この程度なのかもしれない。

 次はアイテムを見ていく。幾つかのポーションくらいで、こっちも特に変わったモノはなさそうだなぁ――て、魔封じの水晶! ユグドラシルのアイテムをなんで六色聖典の隊長が持っているんだ!? もう法国に取り入ったプレイヤーがいるのか!? 早すぎる、そんな短時間で軍事行動を決められる階級に食い込めるものか、初めからこの世界のレベルが分かっていたなら出来るかもしれないが、それはありえないだろう。逆に良く考えずにしたとしたら、そんな短絡的な人間がこんな手の込んだ事をするか?

 ――違う、もしかしたらオレは思い違いをしていたのかもしれない。オレはてっきり他のプレイヤーがいたとしても、同じ時間に現れたと思っていた。だけど、そうとは限らない。例えば、数日や数か月、数年のズレがあるかもしれない。もしそうだとしたらとても厄介だ。相手はすでにこの周辺の国を支配していても不思議ではない。

 いや、待て、あの水晶に入っている魔法は第七位階だ。どういう事だ。仮に法国にプレイヤーがついているとして、あの程度の魔法を入れるだろうか。このスキルではどんな魔法かまでは分からないが、レベル100の狩場で使う魔法は概ね第八位階からだ。第七位階では弱過ぎる。そもそもレベルがカンストしていないのか。いや、それなら大人しくしている方が良いだろう。よっぽどの何かが無い限りレベルカンスト勢には敵わない。仮に罠だとしても、意味がない。これでは余計な警戒を与えるだけだ。警戒を与えるのが目的としても、そもそも警戒しなければいけない未知の世界でやる意味がない。

 分からない、なんの意図があるんだ。それとも何も考えていないだけか。その可能性も大いにある。十分な教育を受けていた人間なんて、ほんの一握りなのだから。

 ……待てよ、この世界がユグドラシルと融合したような世界でユグドラシルの魔法が存在する世界なら、ユグドラシルのアイテムがあってもおかしくない。それはスワンプマンよりかは遥かに確率が高い。この世界にはユグドラシルのアイテムが存在している可能性もあるのか。それならワールドアイテムもあるかもしれない。それに魔法のあるリアルとよく似た世界なら、儀式や月の満ち欠け等で普段以上の魔法が使える可能性もあるか。地球の魔術でもよくあるパターンだからな。

 オレが考え込んでいると、ガゼフさんが言葉を掛けてくる。

 

「良ければ雇われないか? 報酬は望まれる額を約束しよう」

 

 さっきまで話していた時よりも固い声音。ガゼフさんはオレが考え込んでいるのを見て、六色聖典が相手ではオレ達でも分が悪いと思ったのだろうか。それとも国の諍いに巻き込むのは良しとしなかったのだろうか。

 どっちにしても性格の良さがにじみ出ている。

 法国にプレイヤーがいた場合、ここでガゼフさんに雇われて味方したなら、こちらの存在がバレる。そうなると法国の者達は絶対に確保しなければいけない。プレイヤーに関する情報を聞けるかもしれない、プレイヤーがいなくてもユグドラシルのアイテムについて聞けるかもしれない。この者達は重要な情報源だ。王国には恩を売れる。すでにプレイヤーがいるなら、こちらも街に紛れて情報収集するのが得策だな。人ごみの中なら情報魔法を使われたとしても誰がプレイヤーかまでは分からない上に、こちらの情報魔法に反応があれば把握できる。

 逆にガゼフさんに雇われなければ、ガゼフさんが死ぬだろう。それはモモンガさんが悲しむ。オレも悲しい。そして、オレ達が悲しむとナザリックの皆も悲しむ。アイツらはそういう奴らだ。なら、取る選択は決まっている。さっき、出来る限りガゼフさんを助けるって決めた所だろう。相手にプレイヤーがいたところで、何とかしてやる。ここにはルールも何もないんだから。ユグドラシルの時みたいに容赦をしなくても、構わないのだから。

 すう、と息を吸い込む。少しして、軽く吐き出す。

 

「三つ条件があります。一つ、私達だけで戦わせていただきます。一つ、これから起きる事は他言無用でお願いします。一つ、あの者達の身柄は私達が預からせていただきます」

 

 オレ達だけで戦えば、死者を出さずに戦いを終われるだろう。どんな第七位階魔法が入っていたとしても、こちらに大きな被害が出る事はない。ガゼフさんはオレ達の防御魔法とアルベドとデスナイトの守護があれば安全だろう。もちろん相手側の出方しだいでは、皆殺しも視野には入れておく。命が掛かっている戦いである以上、それは覚悟しておくべきモノだ。じゃないと、いざという時に動けない。

 

「ここであの者達を王国に引き渡せば、証言から私達の存在が王国にバレます。そうなるとガゼフさんを上回る戦力として王国からは何かしらの行動を起こされます。その情報は法国にも伝わるでしょう。私達が六色聖典を倒したと知られれば法国からも追われる身になってしまいます」

 

 もっともらしい理由をガゼフさんに伝える。もちろん、それも嘘ではないから問題はない。

 法国にプレイヤーがいたとしても、相手は相当杜撰だ。こっちにはデミウルゴスにアルベドがいる。それにまだ会ってはいないけど、パンドラズ・アクターも同程度の知能を有しているはずだ。PVPならモモンガさんも強い。俺は職業構成上ステータスはさして強くはないけど、 P  S (プレイヤー・スキル)ならある。いざとなれば、課金アイテムも山ほどある。よっぽどの相手ではない限りは勝てる。それでモモンガさんとナザリックの皆が悲しまなくてすむなら安い。オレ達で倒せないような相手なら、現地の国に取り入る必要もないはずだ。オレ一人だけならこんな大胆な手には出ないが、モモンガさんがいる。一人と二人では取れる手段の数が段違いだ。

 オレ達二人を加えたナザリックの脅威になる相手となると無数にいるが、倒せないとなると数えるほどしかいない。倒せない相手であったとしても、ナザリック地下大墳墓で迎え撃つ限りでは負けは決してない。

 

「しかし、旅の身であの数の身柄をどうにか出来るようには思えないが」

 

 ガゼフさんは当然の疑問を口に出す。

 

「私達から神にも等しい力を感じるのでしょう。それなら、どうにでもできると思いませんか」

 

「ふっ、そうだな。愚問だった、その条件を飲もう。貴殿なら悪いようにはしないだろう」

 

「ではガゼフさんは責任者として同行していただき、部下の方たちは万が一の為に村人の警護をお願いしても良いでしょうか」

 

 ガゼフさんは了解の意を示し、部下に命令を伝えに行く。オレとモモンガさんは作戦会議をする為に周りに声が聞こえない距離まで離れる。

 

「で、ササビさん。どんな作戦で行くんですか」

 

 この感じ、ユグドラシル時代を思い出す。ここにぷにっと萌えさんがいれば何か作戦を出していただろう。提案された作戦を多数決で決めて行動開始が、いつものアインズ・ウール・ゴウンだ。

 

「そうですね、ここはオレの微妙魔法コレクションの中から、あの対情報魔法を掛けます。モモンガさんのは切っといてくださいね。相手は何故か魔封じの水晶を持っていましたが、中身は第七位階魔法でした。魔封じの水晶がプレイヤー由来なのか、この世界に元々あるある物かは分かりませんが、そんな位階の魔法を大事に持つようなレベルです。仮にプレイヤーだったとしても、レベルがカンストしてない可能性が高いです。攻撃系の対情報魔法なんて発動したら、相手に関係修復不能なまでのダメージを与えるかもしれません。まあ、そんな低レベルで情報魔法なんて使うかは分かりませんが」

 

「ああ、あの対情報魔法ですか。どうやって有効利用できるかとよくぷにっと萌えさんと話していたやつですね。それはナイスアイディアです」

 

 モモンガさんは納得したようで対情報魔法を切る。

 現状、六色聖典はガゼフさんが罠にハマり、自軍が圧倒的有利だと考えているだろう。その状況でこちらの話に耳を傾けない可能性は高い。まずは話し合いのテーブルに着かせなくてはならない。それには相手にこちらが脅威と認識させなければいけない。あの魔封じの水晶を使用させるのが一番確実だろう。

 さて、どうやってそれをするかだ。相手の背後にプレイヤーがいる可能性がある。脅威になるレベルでは無さそうだけれども、悪意のあるプレイヤーかどうかまでは分からない以上、こちらがプレイヤーだと断定できる情報を与えたくない。出来れば虚偽の情報を流したい。まだ六色聖典を無傷で法国に返すという選択肢がある限り、その辺をちゃんとしておかなければいけない。

 ――ここは一芝居打つか。さっきガゼフさんは神にも等しい力を感じると言っていた。魔法がある世界で神と言う概念があるのだ、魔神とでも名乗れば信じるかも知れない。背後にプレイヤーがいたとしたら、この世界には魔神なる存在がいると誤認する可能性もある。第五、六位階の魔法を使っていけば、魔封じの水晶の中身が攻撃系統なら使用するだろう。しばらくして使わなければ、回復系統と判断して隊員に攻撃を仕掛けていけばいい。それでも使用しなければ捕縛だな。

 オレは思いついた作戦をモモンガさんに伝える。後はナザリックの皆とガゼフさんにも説明する。

 打ち合わせを終えたオレ達は村を出る。六色聖典の隊長とおぼしき者の元まで歩いて進んでいく。オレとモモンガさんを先頭にして、少し離れてアルベドとデスナイトがガゼフさんを守りながらついていく布陣だ。

 相手は警戒しているのか、天使に襲われる事も無く進んでいけた。六色聖典はオレ達を包囲するように展開していく。ただの一人も功を焦る者がいない。よく訓練されている部隊だ。やはりナザリックの面々は戦闘に関する報告は辛口になるようだ。デミウルゴスに法国の部隊の感想をアウラに聞くように命令しておいたのだが、その答えは大して見るべきところが無いだった。レベル100からみたらそうなのかもな。この辺の評価の違いも確認しておかないとな。

 隊長まで30メートルほどの距離まで近づいた頃には完全に包囲されていた。

 リアルでは何人もの軍人に会ってきた。その中には実際に人を殺してきた人もいた。隊長らしき者からリアルであった歴戦の軍人と似た印象を受ける。この人は命令があれば躊躇なく人を殺せるだろう。理知的ではあるが、暴力を生業としている獰猛な雰囲気をまとっている。特殊部隊の隊長は伊達ではないのだろう。これほどの人材でも、レベル100基準では十把一絡げにされてしまうのか。リアルのオレ達から見たら、相当優秀な人間なのにな。

 六色聖典の隊長らしき人物がオレ達を見回すと表情を険しくさせる。

 

「ガゼフよ。周辺国家最強ともあろうものが、どこの馬の骨とも知れぬ者だけにとどまらず、アンデッドの力まで借りるのか」

 

 アルベドから不穏なオーラを感じる。どこの馬の骨が気に入らなかったのかな。今のオレは人の骨なのかすら不明な、なんの骨とも知れぬ身なんですけどね。

 オレの特技、腹話術で〈伝言(メッセージ)〉を送りアルベドに釘を刺しておく。他の者にも何があっても手出し無用とは言っているが大丈夫だろうか。いや、心配する必要はない。あいつらの忠誠心は本物だ。命令に背くとは思えない。

 今は目の前の事に集中する。さあ、演技を始めよう。

 オレはさながらアクターの様に両手を広げた後、カーテンコールの様に大きく頭を下げる。

 

「まずは自己紹介から始めましょう。私はガゼフさんに雇われた旅人。名をササビと申します。後ろにいるのはモモン。他の二体は私達が召喚した者です。そちらの代表者の名前を聞いてもよろしいでしょうか」

 

 しばしの沈黙の後、隊長らしき男は「ニグン」とだけ答えた。

 

「よろしくお願いします、ニグンさん。私達は貴方達と話をする為に来ました」

 

 ニグンは逡巡の後に、顎をしゃくり話を促す。

 

「ありがとうございます。私の話はただ一つ、ガゼフ殿を見逃してほしいのです」

 

「ふん、どんな話かと思えば、それは無理な相談だ。我々の任務はガゼフの抹殺。そして目撃者の殲滅だ」

 

 これでこの事件は法国の離間工作で確定したな。しかも、それは表の目的で真の目的は王国最高戦力の抹殺。後は弱体化した王国に帝国が攻め込ませるように仕向けると言った所かな。問題はこれが、少なくても第七位階を使えるプレイヤーがさせるかと言う点だ。ガゼフさんが最高戦力の時点で、王国の戦力なんて高が知れている。第七位階が使えるのなら一人で王国を滅ぼせる。なら、法国の背後にプレイヤーがいないと考えるのが妥当か。

 もしくはプレイヤーが異世界の人間を使った戦略ゲームを楽しんでいるだけかも知れない。悪趣味だが無い話ではない。オレみたいなアンデッドの、いや、異形種のプレイヤーならやりかねない。オレがカルネ村の虐殺を見て、何も感じなかったように、そんな生身の人間をコマの代わりにしても何も感じないのだろう。オレも一人だったなら、どうなっていたか分からない。

 それでもだ。そんな反吐が出るような行為をする人間だとしたならば、相容れない存在だ。そんな危険な人物はモモンガさんが知る前に始末しよう。そんな血生臭い話は一般人だった――その中でも、血を見ただけで卒倒してしまうモモンガさんには刺激が強過ぎる。オレは支配階級だった以上、そういう話とは完全に無縁と言う訳にはいかなかった。支配階級同士の争いでは代理として、いわゆる負け組が血を流す。比喩ではなく、本物の血が流れて、死ぬ。実際に殺される現場も見ている。慣れてしまっている。オレならプレイヤー(リアルの人間)が相手でも躊躇しない。

 どっちにしても話を聞いてからだ。覚悟はできている。

 

「そうですか。こちらとしてもガゼフさんは雇い主。殺される訳にはいきません。そうなると私達は貴方達を倒さなければいけません。先に言っておきますが、我々には第三位階などと言う児戯にも等しき魔法は効きませんよ」

 

「下らんハッタリだ。スケリトルドラゴンでもあるまいし、魔法が効かぬなど」

 

 ……スケリトルドラゴンに魔法が効かないって、この辺りの人間は強くてもレベル40程度なのか。それで何かしらの儀式か時期でしか行使できない第七位階を魔封じの水晶に入れているのか。プレイヤーの関与よりもそっちの方がしっくりくる。

 

「ハッタリかどうかは試してみたらいいでしょう」

 

 オレは挑発するように両手を広げる。

 話し合いにおいて、最も大切なものは何かと問われれば、オレは暴力だと答える。厳密に言えば脅威度だ。どんな人間でも脅威のある者の話は聞く。だが、驚異の無い者は容易く無視される。それは子供の時からそうだ。脅威がある子供が無視される事はないが、無い子供が無視をされるなんてザラにある。

 六色聖典はオレ達に脅威を感じていない。だから話し合いに応じない。だったら、脅威を感じてもらうまでだ。もちろん、穏便な方法で。ただし、ここで大事なのは多少の死者は出ても仕方がないの精神だ。絶対に手を出してこない暴力など暴力ではないし、脅威になりえない。必要があれば手を下す覚悟がいる。

 

「どうしたのですか。かかってこないのですか。どちらにしても、我々を倒さなければガゼフさんを殺せないでしょう」

 

「ふん、お望み通り魔法を放ってやれ」

 

 ニグンの命令に、オレ達を囲む六色聖典の隊員が数々の魔法を放つ。そのどれもがオレとモモンガさんに通じない。幾多の魔法を叩き込まれて平然と立つオレ達を見て、六色聖典に動揺の色が浮かぶ。

 

「なんだと……、トリックがあるに決まっている。大方どこかの遺跡で手に入れた希少なマジックアイテムの効果か何かだ。天使達を突撃させろ。物理は防げん筈だ」

 

 ニグンは早い判断で部下に命令を下し、十数体の天使を襲い掛からせる。迫りくる天使をオレとモモンガさんは、デモンストレーションの一環として素手で倒す。これだけのレベル差があれば、脆弱な魔法詠唱者(マジック・キャスター)でも自身の筋力だけで十分だ。ある意味、魔法で倒すよりもインパクトがある。

 ガゼフさんに向かった天使はアルベドとデスナイトが一撃で屠る。

 

「バカな! 魔法詠唱者(マジック・キャスター)が素手で天使を倒すだと……。それにそこのアンデッドの強さ、まさか、あの都市一つを滅ぼせる伝説のデスナイトか!」

 

 デスナイトで都市一つが滅ぼされるのか……。スクワイアゾンビを作れるから、この世界の人間のレベルには天敵か。それにしても、デスナイトが伝説のアンデッドね。スケリトルドラゴンといい、デスナイトといい、これはもしかして、今まで警戒に警戒を重ねていたオレとモモンガさんがバカを見るパターンなのではないだろうか。この世界には脅威が無くて、オレ達以外のプレイヤーも存在しないかもしれない。

 まあ、どっちにしろ、今は魔封じの水晶を使用させるのに注力しようか。

 

「いかにも、このアンデッドはデスナイトです。こちらのモモンが召喚いたしました。そして私達二人は、れっきとした魔法詠唱者(マジック・キャスター)ですよ」

 

 オレはそう言って、第五位階の〈龍雷(ドラゴン・ライトニング)〉を〈魔法最強化(マキシマイズマジック)〉と〈魔法三重化(トリプレットマジック)〉を使って監視の権天使(プリンシパリティ・オブザベイション)に放つ。オレの手のひらより生まれた、雷で構成された巨大な三頭の龍が目標に襲い掛かる。直撃した瞬間、目がくらむほどの閃光と共に天使を消しさった。

 六色聖典にざわめきが広がる。特殊部隊の人間と言えども第四位階で召喚された天使が一撃で倒される出来事とは、これほどの衝撃を与えるものなのだろう。

 さあ、その魔封じの水晶を使え。そして、話をしよう。交渉のテーブルはいつでも空いている。

 ニグンは震える声を絞り出す。

 

「バ、バカな。上位天使が一撃だと…、貴様は何者だ! ササビなど言う名は聞いたこともない! 貴様の本当の名前はなんだ!」」

 

 さてさて、そろそろクライマックスにいきますか。

 

「本当の名前か、我が名はササビで間違いないぞ。ただし――」

 

 オレは『選面の無貌』を外し、オーバーロードの顔を外気にさらす。

 

「――人間ではなく、魔神だがな」

 

 ニグンの顔が驚愕に歪み、怒りへと変わる。

 

「……貴様、封印されていた魔神か! 見下げ果てたぞ、ガゼフ・ストロノーフ! 貴様は愚かではあっても邪悪ではないと思っていたぞ! よもや魔神の力を借りるとは!」

 

 ガゼフさんにはオレの顔を晒す事は事前に伝えている。なのでガゼフさんはなんのリアクションも示さない。それがさらにニグンの怒りをかき立たせたようだ。

 好都合な事に、この世界には魔神が存在するらしい。ニグンの反応からも恐れられているのが分かる。それじゃあ、もう少し悪役っぽくするかな。

 

「ほう、我ら以外にも魔神がいるのか。ソイツらがどうなったかは知らぬが、我らを倒せる者など存在せぬぞ?」

 

 これで魔封じの水晶を使ってくれるかな。中身が即死系や範囲系の魔法だったとしても、ガゼフさんにはたっぷりバフ等の魔法を掛けてるから問題無い。

 六色聖典の隊員達の顔が恐怖に染まり、口々に「魔神……」とつぶやく。漏れ出るようだった声が、やがて喧噪へと変わり、ニグンにすがるような悲鳴になる。

 

「隊長、我々はどうすれば! 魔神が相手では敵うはずがありません!」

 

「ええい、落ち着け! こちらには切り札がある!」

 

 ニグンの咆哮のような声が響く。隊員達が一斉に動きを止めた。その顔には僅かな希望に縋る者の表情が浮かんでいた

 

「くくく、残念だったな、魔神よ。今の私には単騎で魔神を滅ぼせる最高位天使がいる」

 

 隊員達が鬨の声を上げる。さっきまでとは打って変わり隊員達に戦意がみなぎる。流石は特殊部隊の隊長だ。一瞬にして士気を戻した。

 ニグンは懐より魔封じの水晶を取り出す。あの水晶には召喚魔法の〈第七位階天使召喚(サモン・エンジェル7th)〉が入っているのか。この程度の天使に滅ぼされる存在が魔神とは。うちのプレアデスより弱いじゃないか。

 

「総員、時間を稼げ。今より、最高位天使を召喚する!」

 

 天使が一斉に突撃してくる。そのほとんどがオレとモモンガさんに襲い掛かる。次々と剣が刺さるが痛みは全くない。なんとも不思議な感覚だ。

 

『ムササビさん。この世界は思っていた以上に危険が少ないみたいですね。第七位階――主天使が最高位天使だなんて』

 

 ……このタイミングで、そんな世間話をするみたいに〈伝言(メッセージ)〉を送ってこないでくださいよ。ノーダメージとは言え、二人して体中に剣が刺さってる状態ですからね。視界は天使で埋め尽くされてモモンガさんが見えませんけど。

 こんな状態じゃ、すぐ隣にモモンガさんがいても声が聞き取りづらいので〈伝言(メッセージ)〉で返す。

 

『そうですね、後は力を見せつけてやれば、大体ミッションクリアです。戦力差は途轍もないですから交渉も楽でしょう。ナザリック周辺には強力なプレイヤーの影もなさそうですし、さっさと終わらせてナザリックに帰ってお風呂にでも入りましょう』

 

『良いですね、お風呂。では、今度は私が魔法を使って力を見せていきますね』

 

 モモンガさんの気が抜けてしまったのかな。ずっと気を張っていたからな。当面の危機は去ったと見て間違いないしな。気を張り続けれる人間なんていないのだ。抜ける時に手を抜くのが、社会人を続けるコツというものだ。

 モモンガさんが〈負の爆裂(ネガティブバースト)〉で天使を一掃する。視界を埋め尽くしていた天使が消えた先に、勝ち誇ったニグンが見える。

 

「もう遅い! 召喚は止められん! 見よ、最高位天使の尊き姿を! 威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)!」

 

 ユグドラシルで見たままの姿の威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)が現れる。天使の翼の集合体のような物に笏を持つ手が生えているだけの異様な姿。夕闇が迫る草原が、昼間の様に明るく照らされる。こんな周りを照らす効果はユグドラシルにはなかった。こういう細かい所も現実に即するようになっているのか。

 

「二百年前、大陸中を荒らし回った魔神の一体を単騎で滅ぼした最高位天使だ。もう貴様達に勝ち目はないぞ。この存在に勝てる者など存在しない!」

 

 主天使に倒される程度の存在が大陸を荒らし回る……か。これはこの周辺国家だけが低レベルなんじゃなくて、この大陸全体が、もしくはこの世界の国家自体が全般的にレベルが低いのかもしれない。と、なれば警戒するのはカンストプレイヤーかワールドアイテムだけだ。ただのプレイヤーとか、この世界で強者と呼ばれるレベルでは脅威にならないな。

 これならモモンガさんと一緒に冒険へ出かけられるようになるのも、すぐかも知れない。ふふ、楽しみだな。

 

「言葉も無いようだな。貴様が魔神であろうと、最高位天使の前では怯えるのも無理はない。威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)とまともに戦える存在など、最強の種族であるドラゴンロードか伝説の怪物、国堕としくらいだ」

 

 ドラゴンばかりかドラゴンロードもそんなに弱いのか……。人間だけが弱いんじゃなくて、生物全般が弱いのか。それはちょっと拍子抜けだな。

 

『ムササビさん、ドラゴンがそんなに弱いって、なんかガッカリしますよね』

 

『まあ、それだけ危険が少ないって事でいいんじゃないですか。自然の中を探検するだけでも楽しそうですよ。色んな国を巡るだけでも良いと思いませんか』

 

『ああ、楽しみですね。他のギルメンもいるかもしれませんし、ムササビさんが言うスワンプマンだとしても、会いたいですね』

 

『そうですね。例えギルメンがそうだとしても、その時はオレ達もスワンプマンだと言う事ですから、それはもう、本当の仲間と言っても差し支えないですよね』

 

 そう、例え本物でなかったからってなんだと言うのだ。それでも会いたい人はいるんだ。モモンガさんはそれでも、アインズ・ウール・ゴウンの皆に会いたいんだ。

 

『あの頃みたいに冒険がしたいなぁ』

 

 モモンガさんは昔を懐かしんでいるような声を出す。

 

『一段落したら、一緒に冒険へ出かけましょう。ナザリックの皆も何人か連れて行って。もちろんナザリックには頻繁に帰りますけどね。みんなが寂しがるから』

 

『そうですね。もう我が家はナザリック地下大墳墓ですからね』

 

 オレ達の我が家はナザリック地下大墳墓なのだ。そこしか帰る場所がないんだ。

 

「ええい、最高位天使を前にしてなんだ、その余裕の態度は!」

 

 おっと、ニグンの存在を忘れる所だった。さっさと威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)を倒して、話を聞きますか。

 

「いやいや、余りにも脆弱な天使が出てきて驚いてしまったのだよ。それが最高位なのかね? そんなモノが本当に魔神やドラゴンロード級の強さを持っているのか?」

 

「貴様ら魔神などに教えてやる事などない!」

 

 この勝ち誇った態度もあとちょっとの運命なのか。ちょっと可哀想な気もするな。

 

「そうか、それは残念だ。ならば倒すしかないのか」

 

「倒されるのは貴様らだ。〈善なる極撃(ホーリー・スマイト)〉を放て!」

 

 威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)が持っていた笏が砕け散り、その欠片が威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)の周囲をゆっくりと回り出す。

 〈善なる極撃(ホーリー・スマイト)〉が発動され、光の柱がオレとモモンガさんに降りそそぐ。

 熱いとか冷たいとは違い、それでいて鈍痛でも疼痛でもない、今まで感じた事がない不思議な痛みを感じる。どう形容すればいいのか。身体が溶けていくと言うか、霧散していく感覚というか、ただ魔法の威力が低いので痛み自体がとても小さい。戦闘に支障をきたす程じゃない。モモンガさんはオレより魔法耐性が高いから、もしかしたら痛みを感じてないかもしれない。それくらい大した事がなかった。

 隣にいたモモンガさんが〈負の光線(レイ・オブ・ネガティブエナジー)〉をオレに照射してくれる。

 

「よくこうやって負のエナジーで二人だけ回復してましたよね。なんだかユグドラシルに戻ったみたいだな」

 

 モモンガさんは今度は自分自身に向かって魔法を唱えようとする。

 

「あ、ダメですよ、モモンさん」

 

 オレの制止が間に合わず、モモンガさんが吹っ飛んだ。まったく、モモンガさん何してんですか。今のモモンガさんは負のエナジーで回復しないんですよ。気分がユグドラシル時代に戻り過ぎですよ。

 宙を舞うモモンガさんの頭が地面にぶつかる前に、アルベドの膝枕がそれをインターセプトする。旗から見たらバカップルがダイナミックに膝枕されにいったようにしか見えない。ただ神器級全身鎧(ヘルメス・トリスメギストス)を装備したアルベドの膝枕では痛そうだ。

 あれ、アルベドってこんなキャラだったけ? 全部を覚えてはいないけど、そんな茶目っ気たっぷりなキャラではなかった筈なんだけど。もしかしてモモンガさん、他にもアルベドの設定を書き換えたのかな。でも嘘をついているようには見えなかったよな。

 ――そうか、セバスがなんで設定がほとんどないにも関わらず、たっち・みーさんにそっくりな性格でも無く、あんな執事然としているか不思議だったけど、NPCを作った時や設定を書いた時の感情や想いも反映されるのか。

 モモンガさんがアルベドの設定を書き換えた時に、自分が消してしまった設定の空白部分が、自分自身のぽっかりと空いてしまった心のように思えて埋めてしまったと言っていたけど、そういう事なのか。アルベドはモモンガさんの心を埋めるような愛し方をするようになったのかもしれない。例えば、今みたいにモモンガさんがバカな失敗をしたら、一緒にバカをするようなフォローの仕方を選ぶ愛し方になったということか。普通にモモンガさんを受け止めたら、恥を掻くのはモモンさんだけになってしまうから、自分も一緒に恥を掻いて、モモンガさんの心に寄り添って埋めているのか。

 もしも、そうだとしたら、この世界は()()()()()()()()()()()()()()()()。正に奇跡としか言えないような。これはアルベドに確かめてみる必要がある。

 なら、この茶番劇はさっさと終わらせる。早く確かめたい。本当にそんな奇跡が起きているかを――ふう、興奮し過ぎて沈静化してしまった。落ち着け、それはこれが終わってからだ。まずはこの最高位天使の処理が先だ。

 

『どうしますか、モモンガさん。私が倒しましょうか?』

 

『いえ、ここは私が倒します』

 

 モモンガさんは〈暗黒孔(ブラックホール)〉を放った。

 威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)が死んだ。

 モモンガさんが膝枕されながら、魔神をも滅ぼす最高位天使を倒してしまった。うん、なにこれ、本当に茶番劇みたいになっちゃったんだけど。いやいや、オレが言うのもなんだけど、ニグンに同情しちゃうわ。こんな幕切れとか可哀想過ぎる。ここはオレだけでもシリアスを続行してやろう。

 オレはモモンガさんの影武者をしていた時のような、魔王然とした振る舞いでニグンの方を向く。

 

「ふ、最高位天使は倒されたようだぞ」

 

 オレは決め顔で言った。

 そのセリフは見事に無視された。

 ニグンは茫然自失になっている。

 それはそうだわ。自分の魔法で吹っ飛んだ魔法詠唱者(マジック・キャスター)が、全身甲冑姿の戦士に膝枕されながら、切り札の天使を倒したんだから。メンタルが強いと言われてるオレでも心が圧し折れる自信がある。今のモモンガさん、ギルド一えげつないわ~。

 半ば虚ろな目をしているニグンがうわ言の様に呟く。

 

「ありえない……こんな……ありえん。最高位天使を一撃で消滅させる存在なんか、いちゃいけないんだ……。お前達は、何者なんだ」

 

 何者か、か。そうだなぁ、魔神のままじゃインパクトが薄いから他の神を名乗るか。弱い存在と混同されても面倒だしな。

 

「貴様達が言う魔神なる存在はどうやらとても脆弱な神のようだ。ならば、我は邪神――大邪神ササビとでも名乗っておこうか」

 

「魔神をも遥かに凌ぐ邪神、大邪神ササビ……そんな存在、敵う訳がない。世界が終わってしまう……」

 

 ニグンの心情を代弁するかのように日が完全に落ちて、闇が広がる。

 その時、空がひび割れる。敵さんがオレの対情報魔法に引っかかったようだ。

 

「どうやら不埒な覗き魔がいたようだ。お前は何者かから監視されていたようだぞ。だが、我の魔法によってそれは阻止されたがな」

 

 

 ひび割れた空からほぼ全裸の美少女がぼとりと落ちてきた。半透明の薄衣をまとっただけの真っ裸よりも余計にエロい少女が、目隠しをされ鼻血を流しながら仰向けになって倒れている。姿は言うならばユグドラシルなら見えてはいけない所が完全に露出してしまっているので問答無用でアウトだ。年齢的にもペロロンチーノのストライクゾーンなので社会的にも人間的にもアウトだ。

 え、何が起きたんだ。

 いや、オレの魔法はちゃんと発動されている。この微妙魔法は、情報魔法を使ったパーティーの一人をこちらに呼び寄せるもの。問題はなんで情報魔法を使った者達の中にこんな少女がいるかだ。この鼻血は落下の衝撃が原因ではない。この魔法で呼び寄せられた者は無敵時間がある。これは実験済みで、この世界でも同様の効果がある。このケガは落ちてくる前に法国で受けたものだ。

 少女はピクリとも動かない。気絶等の状態異常がある訳でもない。それなのにこの反応の薄さは、多分すでに心が壊れているのだ。

 わずかに膨らんだ胸が弱々しく上下している。呼吸も浅い。

 とうに失われた全身の血液が沸騰しそうだ。彼女はなぜ、このような悲惨な目に遭っているんだ。誰がこんな酷い事をしたんだ。この情報魔法は世界の基準では考えられないレベルだ。なら、使用できるのは極々少数の人間だ。それはプレイヤーかもしれないし、現地の強者かもしれない。

 だけど、それはどうでもいい。そんな()()()()なんてどうでもいいんだ。今はオレの中に燻る怒りこそが重要だ。こんな幼い少女を、少なくとも第七位階を使えるほどの能力がありながら、周りの人間と比べて、それほど強大な力を持ちながら、そんな事をしたと言うのならば、オレは――ふう、また精神が鎮静化してしまった。冷静になれ、まだそうと決まった訳じゃない。

 切り替えろ。

 予断はいけない。

 とりあえずモモンガさんと相談しようと振り返る。

 

「……ササビさん」

 

 モモンガさんが膝枕されながらドン引きしていた。

 いや、モモンガさん、この対情報魔法は情報魔法を使ったパーティーの一人をこっちに呼び寄せる魔法だって知ってるでしょ。なんでドン引きしているんですか。オレから言わせてもらえば、まだ膝枕されたままのモモンガさんにドン引きですわ。

 

「ササビ殿……」

 

 違うんです、ガゼフさん。オレの魔法で空から、ほぼ裸体で目隠しされた鼻血を流している少女が降ってきただけなんです。あかん、誤解しか生まない。

 

「……ウガァァ……」

 

 デスナイト!? なんで心を持たぬアンデッドが引いてんだよ。それほどか? それほどなのか!? って、これモモンガさんのデスナイトなんだから、モモンガさんが引いてるんだから当たり前じゃん。

 あとアルベド、なに、流石はムササビ様みたいな感じでサムズアップしてんの。オレがいつもやってるみたいに見えるだろ。なんなの、カルマ値極悪に適う悪事なのこれ? まあ、未成年略取及び虐待だから、けっこうな重罪か。

 重罪と言うなら、この少女をこんな目に合わせた人間だ。その次にこの少女の事を知っていながら助けようとしなかった人間。

 例えば少女の惨状よりも、少女がここにいる事に驚いているニグンだ。理由如何によっては、その報いを受けてもらう。もしも自分だけ命乞いをしようものなら――容赦しない。この少女にした所業に直接関係した者には、それ以上の目に会わせてやる。ナザリックにはニューロニストがいるのだ。あいつの存在意義を思う存分発揮してもらおう。

 オレは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()




ほぼ二か月ぶりの更新です。
分量が今までの約倍ほどに膨らんでしまいました。それプラス、パソコンにポチポチと書き続ける生活が腰に悪かったようで腰痛に苦しんでました。痛くて進むスピードが半減、書い量が倍で、合わせていつもの四倍の時間がかかってしまいました。
もう痛みが引いたので、次の更新は今回より早く出来ると思います。


原作のIFストーリーの様な感じを出したい為に原作のストーリーをなぞるように進めてきた今作も、やっと今話のラストからオリジナル路線に突入します。


今作では『NPCの設定を書いた時のプレイヤーの心情が、NPCの性格に反映される説』を採用しております。これはこの先も重要な要素になっています。
アルベドもその影響を受けています。


今回の本文にも書いていますが、この作品ではガゼフさんはとある人物との出会いによって生き方が原作と変わります。


アウラはまだへこんだままです。そもそもモモンガさんにぶん殴られてから、そんなに日が経ってませんからね。


ガゼフを包囲しているニグンは死亡フラグに包囲されています。始めはムササビも高評価だったのが、謎の某巫女姫が空から降ってきて大暴落。
次回はそんなニグン視点から話が開始します。

ニグンはこの先生きのこる事が出来るのか(棒)

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