元オーバーロード鈴木悟と元人間ムササビと   作:め~くん

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前回のあらすじ

ソリュシャン、ムササビに自分を食べてもらおうとする
モモンガ、ネームセンスが「クソだせえ」と評価される
ユウ、ネームセンスで至高の御方々を絶句させる
ムササビ、デミウルゴスに頭がいいと誤解されたままなのを気付いていない
マーレ、ムササビの腕を圧し折る
デミウルゴス、捨てられるという恐怖もなく、至高の御方がいて、仕事も与えられているので、幸せを満喫している
アルベド、勝利の雄叫びを上げて、ムササビとデミウルゴスに呆れられる



ユリ、出番は無かったが、せっせと軽食作りに精を出している


6 惨劇と散策と

 オレは自室の豪華な作業机に置いてある鏡の前に座っていた。いつものように隣の席にはユウが、後ろにソリュシャンが控えている。モモンガさんが就寝中なので、その間だけセバスもついている。モモンガさんには睡眠無効の装備を外してもらっている。眠れなくなったオレが言うのもなんだが、やはり人間にとって睡眠は重要だと思うからだ。例えオレ達がスワンプマンだったとしても、人間なのだから。

 机の上にある鏡は遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモート・ビューイング)という遠くの場所が見れるマジックアイテムだ。それを操作してナザリックの周りを北側から時計回りで見て回っている。鏡の操作方法が、手をあれこれ動かすものなので、そばで見ているセバスとソリュシャンにはどう映っているんだろうか。自分で言うのもなんだが、間抜けな姿である。ユウにどう思われるかについては今更だから気にしていない。

 遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモート・ビューイング)から見える景色はアルベドの報告書通り、草原が広がっていた。地平線まで続く広大な森もあったが、このアイテムではその中まで見るのは難しい。どこかに知的生物の村でもあればいいんだけど。

 知的生物の村とは言ったが、実は人型生物の集落が存在すると思っている。

 昨日の夜、ナザリックの外に初めて出て気付いたのだが、この異世界、球体なのだ。空を飛びまわっていた時に、遠くの大きな木が天辺から見えてから下の方が見えてきたのだ。オレはこんなファンタジーの世界なのだから水平――例えば、世界の果てのようなものがあったり、浮遊大陸のようなモノの可能性も視野に入れていたのだが。デミウルゴスと別れた後、ナザリック外で活動するシモベ達に聞き取り調査をした所、この世界は驚く事に、一日24時間なのだ。しかも、ほぼぴったりと言っていい。そして、あまり意識してこなかったが、この異世界の重力や空気など全てリアルとほぼ一緒なのだ。この異世界は異世界と呼ぶにはあまりにも似過ぎている。この転移後の世界は分かりやすく言うと、まるで()()()()()()()()()()()()()()()()()()()なのだ。この世界そのものがスワンプマン――いや、奇跡のような確率で生まれるスワンプマンを生む世界(ぬま)なのかもしれない。

 ナザリックから南西10キロほどの地点を見ている時、森の近くに周りを麦畑に囲まれた村を見つけた。建っている家などから見て中世ヨーロッパ程度の文明レベルだろうか。

 拡大して村を観察する。

 どうやら、この村は襲われているようだ。完全武装した騎士のような人間が、中世なら普段着のような服装の人々を殺して回っていた。全身鎧(フルプレート)を装着してこれだけ走り回れるなんてリアルの人間からは考えられない身体能力をしている。それに引き換え、この襲っている者達の身のこなしが、とても熟練者とは言えないレベルだ。ユグドラシルの感覚で言ったら、ステがレベル1ケタ台くらいだろうか。

 

「体裁きだけで言えば新人警官以下かもしれないな」

 

 効率的な訓練方法が確立されていないのだろう。文明レベルから見れば妥当ではある。効率的な訓練方法が出てくるのは科学が発達してからだからな。

 

「ムササビ様、ケイカンとはたっち・みー様が就いておられた警察官の一種だと伺っていますが」

 

 うん? もしかしてセバスは警官を理解していないのかな。知っているか聞いてみると詳しくは知らないようだ。今度はソリュシャンに聞いてみるも、やはり知らないようだった。ユリは創造主である、やまいこさんの職業、教師と言うものがどんなものか知っていた。

 

「ではソリュシャン。ヘロヘロさんが就いていたプログラマーとは、どんな職業か知っているか」

 

「いえ、存じ上げておりません」

 

 これはユグドラシルの世界観に合う職業なら理解できるが、ユグドラシルに存在しえない職業は理解できないと言う事だろうか。

 おっと、今はそんな考察をしている場合じゃないな。

 

「その辺の話はまた後でしてやろう」

 

 オレは虐殺している者を指差す。

 

「セバスよ、この者たちの実力を何レベルくらいだとみる」

 

「はっ、レベルで言えば10未満だろうと見受けられます。これより細かくは私では分かりかねます」

 

 ふむ、オレと見立ては一緒だな。これがこの世界の標準なのだろうか。この者達が特別弱いのかもしれないが、しかし全身鎧(フルプレート)が安価とは到底思えない。それならこの村にも金属製の物があっていいはずだ。よく見れば軍馬もいる。これを個人単位で飼うのは難しい。やはり国家単位の武力集団と見るのが妥当だろうか。しかし、している事はただの虐殺だ。中にはいたぶってから殺している者もいる。異民族の弾圧をしているのだろうか。それなら素行の悪い兵で構成されていても不思議ではない。

 取り合えず装備とアイテムの質を見てみるか。オレはザ・クリエイターのスキル〈全装具看破〉を発動する。これは相手が装備している武具から相手がショートカットに設定しているアイテムまで、全てのデータが得られるスキルだ。一見、PVPにおいて有利なスキルのように見えるが、これはスキルでありながら情報系魔法扱いであり、相手の対情報魔法に引っかかるのだ。これを使うには膨大な対情報魔法用の魔法を使用しないと、相手の対情報魔法により痛い目に合う。要するに気軽に使えない、使いどころがあまりなく、使うにしても大量のリソースを使用する、究極の無駄遣いの烙印を押された職に相応しいスキルである。

 ただオレには、一度だけ対情報魔法を無効化できるガチャの当たりアイテムが幾つかあるから割と気軽に使える。

 〈全装具看破〉を使って騎士達の装備を見てみると、思っていた以上にゴミ装備だった。うちの一般メイドよりも遥かに劣る装備品だ。ユグドラシルで言えばレベル一桁用の装備だ。それに対情報魔法も掛けられていない。武器や所持アイテムのデータもユグドラシル時代と差異がない。どれくらいの攻撃力で、どういう効果があって、どれほどの割合で、なんの金属が使われているか、売却価格はどの程度かなど、手に取るようにわかる。装備に使われている金属も知っているものばかりであり、能力も使用金属からは妥当なモノだ。本当に()()()()()()()()()()()()()()()()()()()なのか?

 昨日モモンガさんに言った世界征服は、容易く達成できるかもな。

 ノックの音が響く。オレが返事をすると部屋のドアが開く。振り向くとまだ少し眠そうなモモンガさんが部屋に入ってきていた。

 

「おはようございます、ムササビさん。外を見て回っているんですか」

 

「ええ、人間の村を見つけました」

 

「本当ですか!?」

 

 足早に近づいてきたモモンガさんがオレ越しに遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモート・ビューイング)を覗き込む。

 見た瞬間、モモンガさんが卒倒した。

 それを地面に倒れこむよりも早くセバスが支える。どうしたんだろうか、疲労無効の装備をしているので疲れが溜まっているとかではないはずだが。

 モモンガさんが青い顔してオレを見る。

 

「ムササビさんは、こんな惨劇を見ても平気なんですか?」

 

 モモンガさんの言葉でオレは気付く。この残虐なシーンを見ても何も感じていない自分に。眉一つ動かさず、この世界の情報を集めていた自分に。いつもの調子でセバスとソリュシャンに話をしていた自分に。

 同じ人間が襲われているというのに何も感じなかった。違う、今のオレは同じじゃない。オレは人間じゃなくなっているんだ。オレは自分を無意識にオーバーロードと認識していたんだ。

 オレは自分が至った思考に凍り付く。『我思う故に我あり』ならば惨劇を見ても心動かぬ自分は何なんだ。オレはオレではなく、オーバーロードになってしまったのではないか。いや、ぼかしても仕方がない。オレは元人間だと思っているオーバーロード、ムササビなのではないか。そもそも、オレは人間なんかじゃなくオーバーロードとして存在していたのではないか。ただのオーバーロードにムササビの記憶が植え付けられただけなのではないのか。オレは人間のスワンプマンですらないんじゃないのか。

 怖い。この考えはいけない。オレがオレでなくなる。オレが人間ではなくなる。発狂しそうになるところで精神が強制的に鎮静化する。戦慄する。この思いさえ沈静化されてしまいそうだ。また恐怖が這い寄ってくる。駄目だ、またオレの感情が抑制される。これは駄目だ! 駄目だ! このままじゃ駄目だ! オレの意識が死んでしまう! 違う、死ねないのだ。気が触れる事もなく抑制されて永遠に生きるのだ。心も、身体も、意識さえも知らぬ間に変容していくのだ。これじゃ、オレがオレじゃなくなる。オレじゃないまま永遠に生き続けるのだ。それは地獄に落ちるよりも恐ろしい。

 オレは助けを請うかのようにモモンガさんに縋りつく。

 

「モモンガさん! オレがアンデッドの体に心が引っ張られているかもしれませんって言いましたよね。オレ、人間じゃなくなっているかもしれません。何にも感じないんです。この無残な惨劇を見ても、道端で虫が死んでいるだけのような、なんの憐憫も湧きません。人間を自分と同じ生物だという気がしないんです」

 

「お、落ち着いてください、ムササビさん」

 

 セバスの支えから離れたモモンガさんの言葉を聞く前に強制的に精神が鎮静化する。まるで心が外部から歪められているかのように。

 

「お願いがあります、モモンガさん。この村へオレを助けに行かせてください。じゃないと、オレが、オレは、人間じゃなくなってしまう。このままじゃ、心までアンデッドになってしまう。オレの、人間の心がある内に、この心に従わせてください。もし、もしも、仮に、ナザリックに迷惑が掛かるなら、オレはここから出ていきます。このままじゃ、オレの自我が消え失せる」

 

 床を削るように頭を擦り付ける。恐怖で叫び出しそうになったが強制的に鎮静化される。自分が自分でなくなりそうだ。スワンプマン以下の生物ともいえないモノに変わる。ムササビと言う名の一体のアンデッドに成り果ててしまう。

 

「ムササビさん、しっかりしてください!」

 

 モモンガさんはオレの肩を力強く掴み、大きく揺さぶる。その衝撃で我に返る。

 

「ムササビさん、提案はもっと気軽にしましょう。俺はその提案に賛成します。さあ、助けましょうムササビさん。この村を。正義の味方みたいに。どうせ、いつかは外の戦力を確かめなければいけないんです。実はアンデッドが正義の味方なんて、逆にかっこいいじゃないですか」

 

 モモンガさんはオレの目をまっすぐに見つめていた。ああ、やっぱりモモンガさんはかっこいい。これこそオレが尊敬するモモンガさんだ。他人の為に普段以上の力が出せる、まるで漫画の主人公みたいなモモンガさんだ。

 

「――モモンガさん。そうですよね。あえてアンデッドが人助けをするなんてかっこいいですよね」

 

 オレは立ち上がり、思考を切り替える。そこでセバスがいるのにロールを忘れてた事に気付く。ここまで取り乱したのは初めてだ。

 落ち着け、まずは深呼吸、次に現状の把握だ。

 遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモート・ビューイング)を覗くと、村の外れで姉妹とみられる二人の少女が騎士に襲われていた。ユウと同い年くらいの三つ編みの少女が、小さい妹を庇っている。騎士が剣を振り上げる。今にも切りかかろうとしていた騎士の、金属の兜で覆われた顔を少女が殴りつけた。殴った手の骨が明らかにひしゃげている。

 そこに妹を想う愛を見た。

 この娘は絶対に助ける。オレの人間の心が燃え上る。オレはまだ人間だ。これを助けようと思わない人間など人間じゃない! 幾つも想定していたプランの中から最適なモノを瞬時に選び、言葉は発する。

 

「セバス! この騎士にレベル20前後のモンスターなら確殺できる程度の一撃を加えろ、殺せた場合はそれ以後は殺さずに戦闘不能にしろ、殺せなかった場合は少女二人を連れて即時帰還だ」

 

「ハッ!」

 

「それと、これより我は偽名としてササビを名乗る、良いな」

 

 オレが転移門(ゲート)を開くと、セバスはその中へ飛び込む。鏡を見ると転移門(ゲート)からセバスが現れる。少女の背中を切り付けていた騎士を一撃のもとに倒す。

 よし、とりあえずはオレの予想と相違はない。

 

「ムササビさん、私も準備が出来次第すぐにそちらに向かいます」

 

 モモンガさんがドアの方へ走り出す。オレも転移門(ゲート)に飛び込む。

 後ろから「行ってらっしゃい、大好きなお父様」とユウの声が聞こえた気がした。

 

 

 

 オレが転移門(ゲート)から出ると、すでにセバスがひざまずいていた。ナザリックの皆の忠誠心は半端ないな。緊急事態ですらこうなのか。

 オレが感心していると家の脇から一人の騎士が現れるのが見える。こちらに気付き近づいてくる。

 

「セバスよ、行け」

 

「ハッ!」

 

 瞬きする間に騎士のそばまで接近したセバスは一撃で騎士を気絶させる。そしてすぐにさっきいた場に戻りひざまずいた姿勢をとる。

 オレは尊敬に値する勇敢な少女の元へ行く。背中には剣で切られた傷がある。オレはアイテムボックスから下級治癒薬(マイナー・ヒーリング・ポーション)を取り出す。少女と目線を合わせる為にしゃがむ。

 

「言葉は分かりますか?」

 

 少女は妹を胸に抱きながら、こくこくと頷いた。

 

「良かった、じゃあ、このポーションを飲んで。傷が治るはずです」

 

 少女はポーションに手を伸ばさなかった。あれ程の勇敢さを見せた少女が怯えている。背後にいるセバスから僅かな怒りのオーラを感じる。おいおい助けに来たんだぞ、無礼だからと殺すとかは無しにしてくれよ。

 ゆっくりと下級治癒薬(マイナー・ヒーリング・ポーション)を少女に近づける。少女は目を見開き、オレの手を見ている。下級治癒薬(マイナー・ヒーリング・ポーション)よりもオレの骨の手を凝視していた。

 どうやら、この世界の人間にとってアンデッドは恐怖の対象のようだ。これは想定内だな。ならプランBでいくか。とりあえず、イエス、ノーで答えられる簡単な質問でいて、それでいてこちらの知りたい情報を聞く。

 

「魔法というものを知っていますか?」

 

「は、はい、村に来る薬師の、私の友人が魔法を使えます」

 

「そうですか、オレの名はササビ。元は人間だったのですが、怪物の魔法でこんな姿になってしまったんです」

 

 おどけるように肩をすくめて見せる。

 

「オレは魔法詠唱者(マジック・キャスター)だが、残念ながら治癒魔法の類いは使えないんだ、だから」

 

 もう一度、下級治癒薬(マイナー・ヒーリング・ポーション)を差し出す。傷を負った少女がおずおずとそれを受け取り、恐る恐る口をつけた。

 

「傷が、治った……」

 

 どうやら現地人にもアイテムの効果はあったようで、手の骨折も背中の傷も回復した。

 

「さて、名前はなんて言うのかな」

 

「あ、私はエンリ・エモット。こちらの妹はネム・エモットといいます」

 

 この村の規模で苗字があると言う事は、ある程度の文明と人口があるのはほぼ確定だ。それにしても口の動きと音声が合ってない。日本語が通じている時点でおかしいと思ったが、どうも自動で翻訳されているようだ。今更この程度の不思議では驚かない。名前の順も日本とは違って名前が先で苗字が後なのだ、日本とは文法が違う可能性が高いと言うのに、話し出したそばから訳されている。言葉を発するより以前に翻訳されているなんて、それこそ魔法のようなモノでもないと不可能だからな。

 考察はここまでにしておいて、早く村を助けに行かないと全滅してしまう。

 オレは立ち上がり、セバスの方へ振り返る

 

「セバスよ、お前は先に村を助けに行け。オレも後で行く」

 

 セバスは返事をすると村へと走っていった。オレは少女二人に聞こえないよう、〈伝言(メッセージ)〉で『オレが行くまで長引かせろ』と指示を出す。

 さて、エンリ達の守りはどうするかな。オレは実験を兼ねて小鬼(ゴブリン)将軍の角笛を取り出す。ここを襲っている者達のレベルが概ね一桁なら、これで十分だ。

 懐かしいな、あのクリエイト失敗。よく笑いの種にしてたっけ。

 

「エンリ、これを上げるよ。使用用と保険用と布教用だ」

 

 オレは小鬼(ゴブリン)将軍の角笛を三つ、エンリに手渡した。

 

「使用用、保険用、布教用? え、どういう意味ですか?」

 

「ハッハッ、気にしないでくれ、スケルトンジョークだよ」

 

 少女達は無言だった。これはすべったな。エンリは何かを言おうとして、口をパクパクさせている。緊張をほぐそうとして言ったジョークで余計に気を使わしてしまったな。

 

「え、えっと、その、死ぬほど寒いって、意味でしょうか?」

 

 この娘、いいよる。絞り出して言った言葉がそれか。こいつは大物だ。だが、嫌いじゃない。むしろ、こういう奴は好きだ。

 この程度でひるんでいてはジョークなんて言えない。これでこそ、オレだ。ほんの少し前まであれほど恐怖に支配されていたのに、すでに消え失せている。皮肉なもんだ、アンデッドだから自分じゃなくなっていって、アンデッドだからまだ自分でいられている。今のオレに出来るのはいつも通りに振舞い続ける事だけだ。

 

「早速、一つ吹いてみてくれないか」

 

 ゲームではアイテムを選択するだけで使用できるけど、この世界ではポーションは飲むか、掛けなければいけなかったし、食事は食べなければいけない。笛はやっぱり吹かなければいけないのだろう。

 エンリが小鬼(ゴブリン)将軍の角笛を吹く。なんとも間抜けな音が響く。ユグドラシルではすぐにゴブリンが召喚されたが、何故か出てこない。これは笛を吹いたに含まれなかったのだろうか。それだと、この世界でアイテムを使う難易度が格段に上がってしまう。

 ガサガサと茂みから音が聞こえる。そこからぞろぞろとゴブリンが出てきた。出てきた数が19体だ。ユグドラシルで小鬼(ゴブリン)将軍の角笛を使用して出てくる数と一致している。どうやら、とりあえず音を出るだけでいいみたいだ。これならそこまで難しくない。

 ゴブリン達はオレを警戒するように、エンリとネムを中心に展開する。アイテムを使用したエンリを主人と認識しているようだ。

 

「よし、お前達はこの少女達、エンリとネムを守るんだ」

 

 一番大きなゴブリンが前に出る。

 

「あんたは姐さんの味方なんですかい」

 

 喋った! こ、このゴブリン、喋るぞ! え、この世界のゴブリンはこんな低レベルでも人語を解するのか。ただ単に召喚した者達だから、自我があって知能が向上しているだけの可能性もあるか。戦力と性格の把握として守護者達全員と手合わせをしたが、総じて手強くなっていた。やはり、自我があるのはそれだけで強い。このゴブリン達もゲーム時代に比べて、手強くなっているだろう。

 

「こ、この方は私達を助けて下さったんです。この人から貰ったアイテムを使ったら貴方達が出てきたんです。だから、味方です」

 

 エンリがゴブリン達に説明する。ゴブリン達もオレとのレベル差には気付いているようだったので、事を荒立てようとする気は無く、すんなりと警戒のレベルを落とす。ただ、完全に警戒を解かない当たり、なんだがSPのようだ。

 さて、これで守りは大丈夫だな。オレは村の方へと歩き出す。数歩も歩かぬ所でエンリが声を掛ける。

 

「あ、あの、助けていただいてありがとうございます。それと、図々しいお願いなのは分かってます。でも、どうか、お父さんとお母さんを助けてください」

 

 すでにセバスが助けに行っているのに、さらにお願いする。セバスの強さを見れば、助けられるのは分かっているだろう。それでも、お願いするのだ。この少女の好ましい性格が良く分かる。助けに来てよかった。こんな子を見殺しにしてしまっていたら、俺は自殺していた。

 

「オレはこんなアンデッドの身体にはなってしまったが、人間だ。生きていれば絶対に助けてやる」

 

 『選面の無貌』をつけてリアルの自分の顔に変える。そして、エンリの方へ振り返る。

 

「それとオレはササビ()じゃない。ただのササビだ」

 

 ふ、決まった。これはなかなかカッコ良かったんじゃないのか。よし、まだオレはムササビだ。ここでこんな事を言う。この感性こそがオレだ。アンデッドなんかじゃない。

 僅かな余韻に浸っていると、今度は違う声がかかる。

 

「お待たせしました。ササビさん。準備は万全です」

 

 完全武装のモモンガさんが完全武装のアルベドを従えて転移門(ゲート)から現れた。やべえ、マジでモモンガさんが魔王みたいでかっけぇ。モモンガさんが準備をしたなら抜かりがある筈もない。もうなんの心配もないな。

 突如現れたモモンガさん達にゴブリンが臨戦態勢に移行する。モモンガさんはまだ見た目が人間だけど、今のアルベドは全身を禍々しい黒の甲冑で覆い、肌がどこも出ていない。手には巨大なバルディッシュを持っている。完全にボスキャラだわ。

 

「この人達はオレの仲間だ。安心してくれ」

 

 オレはエンリ達の警戒を解く。出てくるタイミングが悪いよ、モモンガさん。

 

「せっかく来てくれたのに悪いんですけど、モモンさんのする事が無いですよ。エンリ達の守りはゴブリンがいますし。村の救援にはオレとセバスで十分過ぎますし。しばらく時間を潰していてください」

 

「確かにセバスだけでも十分そうですからね」

 

 モモンガさんも今の状況を把握しているようだ。未だ敵の正体がわからないのだ。一応、村の制圧が終わるまでは分かれて行動した方がいいだろう。余計な手札を見せる必要もない。デミウルゴスのアドバイスも間違いなく聞いているだろうから、その辺の事も理解しているはずだ。

 

「モモン様、私はモモン様のお傍に控えているだけでも満足ですが、このまま散策というのはどうでしょう」

 

 アルベドさん、いちおうは戦闘中なのにこの発想。恋は盲目とは言うが、これが恋する乙女か……乙女と言うには、いささか(とう)が立ってはいるが。でも、悪くはないな。

 

「じゃあ、モモンさんとアルベドは散策でもしててください。オレは村へ行きますんで。何かあったら〈伝言(メッセージ)〉で連絡を」

 

 慌てるモモンガさんにオレは耳打ちする。

 

「アルベドと仲を深めるチャンスじゃないですか」

 

「いや、でも」

 

「アルベドの事、憎からず思ってはいるんでしょ?」

 

「そ、それは、そうですけど」

 

「じゃあ、いいじゃないですか。こっちの事はオレに任せてくださいよ」

 

 オレはモモンガさんの答えも聞かずに村へと向かった。ふふふ、雑用はオレに任せて、アルベドと二人っきりで距離を縮めてくださいね。

 うん、こんな事をするのがムササビだ。まだ、オレは大丈夫だ。アンデッドじゃない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あれ程、取り乱したムササビさんを見たのは初めてだ。あそこまでアンデッドの身体に心が引っ張られていると思わなかった。俺も『人化の秘宝』を使ってなかったら、ああなっていたのかもしれないのか。いや、人格者のムササビさんでああなんだから、異常な俺ならもっと酷くなっていたかもしれない。それこそ、自分の為だけに世界を征服していたかもしれない。

 それにしてもムササビさんって、ホント切り替え早いなぁ。そういう所、ユウにそっくりだ。そうじゃないな、『娘』としてそういう所を自分と似せて設定したのか。だから、本物の家族みたいなのかな。そういう部分を細かく設定したから、ユウをなんだかリアルの人間みたいに思えるのかな。俺なんて、カッコいいと思うモノ全部詰め込んだだけだから、恥ずかしくて今も会いに行けないでいるのに。

 その時、ムササビさんから〈伝言(メッセージ)〉が入る。

 

『デミウルゴスよ、『青い血の繁殖計画』は順調だぞ、って、モモンガさん!? しまった、〈伝言(メッセージ)〉を送る相手を間違えた。この話は聞かなかった事に』

 

 ……『青い血の繁殖計画』ってなんだろ。昔、ギルメンの誰かがイカの血は青いって言ってたな。地底湖にクラーケン系の水生モンスターでも配置するのかな。現在、入手手段がほとんどないゴールドを使わずに、傭兵モンスターを増やせたら戦力増強が捗るな。今頃はザコが相手とはいえ戦闘中にも関わらず、〈伝言(メッセージ)〉で仕事のやり取りをするなんて、流石は名経営者のムササビさんだな。

 それに引き換え、俺は一体何をしているのだろうか。スキルと魔法の検証をしただけで、アルベドとの仲だって何も進んでいない。正直、どう接していいかわからずに避けてさえいる。

 ユグドラシルの時も、皆がゲームから離れていった後も、ムササビさんがいたから希望を持てて頑張れていた。結局ほとんど一緒にプレイ出来なかったけど、それでも間違いなく心の支えになっていた。

 この異世界に来てからも俺を色々助けてくれた。四六時中メイドがいて疲れると言えばセバスだけにしてくれたり、儀仗兵が嫌だと言えば廃止してくれたり。何から何までお世話になりっぱなしだ。

 だから今度は、俺がムササビさんを支えてあげないと。恩は返さないといけない。

 俺はアルベドと二人で村とは反対方向の森へと歩いている。平原が広がっていて、森までまだかなりある。何を話せばいいのか見当もつかない。女性と話したのなんて、大人になってからは仕事かギルド内くらいしかない。

 オレが困り果てているとユウから〈伝言(メッセージ)〉が入る。

 

『もしもし、聞こえますかモモンガ様』

 

『も、もしもし? 聞こえているぞ、ユウ』

 

 もしもしって、電話みたいだ。〈伝言(メッセージ)〉でそんなリアルみたいな事をするのはムササビさんとユウくらいだ。

 

『何を話せばいいのか、分からなくなっているであろうモモンガ様にボクが助言いたします。〈伝言(メッセージ)〉はこのまま切らずに繋げていてくださいね』

 

『わかった、しかしどうやって、こちらの状況を把握しているのだ』

 

『お二人のご様子は遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモート・ビューイング)で監視しております。音声はモモンガ様のは〈伝言(メッセージ)〉を通じて、アルベド様のは近くに潜ませているシモベを通じて得ています』

 

 これは助かる。流石はムササビさんの娘だ。少々アレな所もあるが、なんというか人間を相手にしているような感じがして気が楽だ。それに昨日の俺の発言から、さらに気安い感じになっている気がする。このさりげない気遣いもどことなくムササビさんに似ている。

 

『わかった』

 

『お任せ下さい、少女漫画から仕入れた知識で必ずやモモンガ様の力になりましょう』

 

 この子、自信満々で何言ってんの? 最古図書館(アッシュールバニパル)には漫画も所蔵されてたけど。なんだか漫画由来の知識と童貞の力が合わさっても大丈夫な気が一つもしない。むしろ逆にダメになるような気がする。

 

「どうなされました、モモン様」

 

 長く〈伝言(メッセージ)〉でやり取りをしていたので、アルベドが何かあったのか気になったようだ。ユウの助言を受けているなんて知られたら恥ずかしいから、ただの定期連絡だと誤魔化しておく。

 

『ではモモンガ様、まずはお召し物を褒めるのはどうでしょうか』

 

 おお、それは基本だな。しかし、なんて言えばいいか。今の俺はナザリックの支配者モモンガではなく、ただのモモンだ。支配者風に褒めるなら出来そうだけど、そうじゃないなら、なんて言えばいいか。俺は服を褒めた記憶を呼び起こす。

 

「その鎧、かっこいいぞ。正にナザリックが誇る守護者統括というものだ。とても強そうだぞ」

 

『ひでえ』

 

 あまり女性を褒めた事がないから、上司のスーツを褒めている感じになってしまった気がする。これで女性の服を褒めたとしたなら、自分でもあんまりだと思う。まあ、服じゃなく鎧なんだけど。

 

「モモン様。そんなに褒められると照れてしまいます」

 

 アルベドが手を頬にあててクネクネしている。全身を黒く禍々しい甲冑で包んでいるから、ボスキャラが特殊行動を起こす前みたいで怖い。

 

『アルベド様、いい歳してちょろすぎます。ですが喜んでいますから結果オーライですよ、モモンガ様。アルベド様はちょろインの前提で進めましょう』

 

 相変わらず口が悪いな。ただ、同じくらい酷い事を俺も思ったから何も言えない。

 

『お次は、頑張りを褒めるのはどうでしょう。女性は頑張りを褒められるのが殊の外嬉しいらしいですよ。ボクはあんまりピンときませんけど』

 

 ううん? それは大丈夫なのか。まあ、頑張りを褒められて、嬉しくない人間はいないだろう。でも、あんまり女性を褒めた事がないから、どう褒めていいかが分からない。

 

「その、アルベドは仕事を頑張っているな。よくやってると思うぞ」

 

『やべえ』

 

 うん、なんか新入社員を褒めたみたいになってしまった。こうじゃないんだ。もっと気の利いたセリフを言えないのか、俺は。

 

「はい、モモン様。褒めてもらえて嬉しいです」

 

『ちょろい!』

 

 こんなんで良かったのか。なんだろう、アルベドは少し疲れているのかな。ムササビさんに仕事を減らしてもらえるように言っておこうかな。

 

『アルベド様はお喜びのようですが、モモンガ様のセンスではどうなるか分かりません。ですから、ここはもう手を繋いじゃいましょう。相手はちょろインですから、なんとでもなります。手を繋いで無言で歩くだけでも十分ですよ。モモンガ様もこれ以上、褒め言葉が出てこないでしょ?』

 

 何と言うか、こういう身も蓋も無い言い方がムササビさんに似ていて、本当の娘みたいだ。もし、俺に親友と呼べる程の仲の良い友人がリアルに居て、その子供と小さい頃から遊んでいたら、こんな感じになっていたのかもな。いや、まだこんな大きい子供がいる歳でもないな。例えば、そう、俺に歳の離れた兄弟がいたら、こんな感じなのかも知れない。俺が育った経済状況からはありえない話だけれども。

 ああ、思考が脇にそれてしまった。手を繋ぐにはアルベドが横にいないといけない。後ろに歩かしたまま手を繋ぐのはムリだ。

 

「アルベドよ、せっかく散策をしているんだから。私の横を歩かないか」

 

「はい。モモン様」

 

 アルベドは嬉しそうに駆け寄り、俺の横を歩く。さあ、後は手を繋ぐだけだ。しかし、いざ手を繋ぐとなるとかなり緊張するな。どういう風に手を繋げばいいんだ。そんなの分からないぞ。自慢じゃないが、嫉妬マスク所有者である俺には荷が重い。

 ――あぁ、何もできないまま、黙々と歩いているだけになってる。どうしよう。

 そう言えば、いくらゴブリンがエンリ達を護衛しているからって、離れ過ぎるのは良くないよな。何か不測の事態があったら困るよな。俺は方向転換してエンリの方へ歩く。

 来た道を黙々と戻る。無言が辛い。

 

『マジで、この童貞は』

 

 ちょ、ユウ、辛辣過ぎない。そんな、吐き捨てるように言わなくても。確かに時間稼ぎばっかりしてしたけど……。いや、言われても仕方がない。30過ぎたおっさんがこんなにうじうじしていたら、自分が見ててもイライラする。

 

『緊張しなくても大丈夫です。ぶっちゃけ、モモンガ様にならナニされても喜びますから。自信もっていきましょう。どんな繋ぎ方でも問題無いですよ』

 

 本当に身も蓋も無い。いや、そうだろうなとは思ってるよ。でもね、こういうシチュエーションで女性と手なんて繋いだ事なんてないから、どうしてもね。変に意識をしちゃうというか、そのね。

 俺が心の中で言い訳を羅列していると「ところでモモンガ様」とアルベドが話し掛けてきた。

 

「誰と〈伝言(メッセージ)〉を繋げておられるのですか」

 

「な、何を言っているのだ。何を根拠に」

 

 出来る限り平静を装って誤魔化す。あまり装えている自信が無い。

 

「その、何もない時に、急に頷かれていては分かってしまいます」

 

 し、しまった。それは怪しい。こんなところで電話でもペコペコ頭を下げる社会人の性が出てしまうとは。て言うか、ユウも見てたんなら言ってよ。

 

『すみません、モモンガ様。周囲の監視も兼ねて、引きで見ていたので細かい動きまでは分かりませんでした』

 

 それはわからないな。あれ、でも、という事は、俺が支配者ロールをしながらナザリックを歩いている時も、不意にムササビさんから来る〈伝言(メッセージ)〉に逐一頷いていたって事か。恥ずかしい。

 

「あぁ、本当にあのあふれんばかりの知性が、私達などの為に失われてしまったのですね。本来なら我が身でお守りしなければならないのに」

 

 アルベドが悲しみで崩れ落ちる。昨日もデミウルゴスにソレをやられたよ。なんなんだよ。

 俺の評価、なんでそんなに高かったんだよ。そして今の俺の評価よ。――はぁ、俺ってそんなにダメなのかなぁ。俺の知能は何も失われてないよ、元々こんなだよ?

 ムササビさんが言いくるめてハードルを下げてくれなかったら、俺はこの期待に答えようと躍起になっていたかもしれない。もしムササビさんがいなかったら、俺は誰にも本当の事を言えずに、相談も出来ず、身体も人間じゃなくてオーバーロードのままだった。そうなっていれば、どうなっていただろうか。今の俺は保てなかった筈だ。ギルメンの子供同然のNPC達の為に支配者を続けていただろう。いや、そうじゃない。NPCの為じゃない、自分の為だ。そこに残るギルメンの面影に縋り続けているだけだっただろう。ギルメンのムササビさんが居なければ、NPCをギルメンの代わりにしていただけだ。

 アウラに怪我をさせてしまった時に気付いただろう。俺は何よりアインズ・ウール・ゴウンが、あのギルドメンバーが大事なだけの、ただの異常者なんだ。NPC達が大事なのも、ギルメンのNPCだからだ。あのNPC達だから、大事な訳じゃない。

 でも、今は違う。よく話するユウにはムササビさんのNPCだからとかは関係なく、年の離れた友人のように感じている。ユウが特別人間臭いのもあるかもしれないけど。

 だから他のNPC達も仲良くなれば、ギルメンのNPCではなく、一個人として見れるかもしれない。現にアルベドに対しては、この体たらくを見せてしまっているのだ。これは個人として見はじめているからではないだろうか。今のアルベドは兜で顔が隠れているのだ。照れる要素なんてないのだから。支配者として振舞うなら上手く話せるのに、そうじゃないなら途端に出来なくなる。俺は何もない人間なのかな。

 今はアルベドにかっこいい所を見せないといけないのに、それすらユウ頼みで、しかも自分の失敗で足を引っ張っている。

 こんな空っぽの俺に何が出来るのだろうか。

 目の前で悲しんでいるアルベドをなんとか出来ないで、ムササビさんを支える事なんて出来る訳がない。

 いや、違う。この考え方がダメなんだ。ムササビさんは関係ない。

 アルベドは俺達が犠牲になったのを、アウラが俺にバステを掛けた様に、気に病んでいるのだ。なら、例えどれだけかかろうと、俺が違うと否定しないといけないんだ。それはダブラさんの娘としてとか、俺が設定を書き換えてしまったとかではなく、そう言うのが何もなかったとして、それをしてあげるのが人間なんだ。ムササビさんがアンデッドの身体に人間の心が引っ張られていくなら、俺は人間らしく振るわなければいけない。

 

「アルベド、その話はもう止めよう。俺はナザリックが無事だっただけでも嬉しいんだ。何も後悔はしていない。今もこうして、アルベドと話ができるだけでも幸せなのだ」

 

 アルベドの動きが止まった。……えぇ、どうしたの、何が起きたの? 何かまずい事でも言ってしまったのか。俺はムササビさんと違って、まだシモベ達とあまりコミュニケーションをとってないから分からない。

 

『フッ、ボクはもう必要ないみたいですね』

 

 え、どういう事。俺、もしかして見限られた。そんなにひどかった、今の言葉。

 

「くふー! 私も幸せです!」

 

 アルベドから奇声が発せられる。え、なんで。いったい、どうしたんだアルベド。ええい、分からない事は考えても仕方がない。

 

『ああ! アルベド様の心がオーバーフローしてしまいました。お父様がせっかく、モモンガ様は大人の女性が好きだから淑女然としていた方がいいって助言してくれていたのに』

 

 ムササビさん、そんなとこまで手を回していたんだ……。

 

「あ、あのー。も、もしかして、……くふふふ、そのー、私とだけ話ができるのが……くふ~、幸せだったりしますか……」

 

 えぇ、何言ってんの。さっきまでのアルベドとは別人みたいだ。ここはそうだと言った方がいいのか。いや、待て。ムササビさんは子供には分け隔ては良くないと言っていた。

 

「いや、ナザリックの皆も一緒だ」

 

「……ですかー。ですよねー。だと思いましたー」

 

 選択肢を間違えた! 露骨にアルベドのテンションが落ちてる。ここはムササビさんじゃなくて、ペロロンチーノのエロゲ―を参考にする所だったか。そもそもムササビさんが言った子供って、こういう意味じゃなくて、年齢的に小さい子供って意味か。そもそもNPCを本当にギルメンの子供みたいに思っているのは俺だけか。いや、普通に考えたらそうか。ムササビさんもユウを『娘』として作ったから、そう接しているだけか。

 ここはムササビさんを見習って気持ちを切り替えよう。

 うん、とりあえずエンリ達の所に戻るか。あんまり離れ過ぎたらまずいのは確かだし。

 アルベドは俺が選択肢を間違えてから若干テンションが落ちてしまっていたが、二人でエンリ達の元まで歩いている内にみるみる元に戻っていった。女性って良く分からない。どこに機嫌を直す要因があったんだ。

 エンリとネムは相変わらずゴブリンに守られていた。エンリ達はすでにゴブリンには警戒心を抱いていないようだ。幾体かのゴブリンは少し離れ、周囲を警戒している。アイテムで召喚されただけのモンスターも自我を持っているのか。じゃあ、ナザリックのPOPモンスターもそれぞれ性格が異なるのだろうか。その辺は、また後で確かめよう。もしかしたらムササビさんは、すでに把握しているかも知れない。

 エンリとネムはムササビさんの人間性の象徴のようなもの。せめてこの二人だけでも幸せにしないと。仮に、何かあったとしても、この二人だけはナザリックで保護しよう。

 そう決意したところでムササビさんから〈伝言(メッセージ)〉が入る。

 

『モモンガさん、そっちはどうですか。こっちはデスナイト無双ですよ。現地の人間は見立て通りの強さのようで、俺が召喚したデスナイトに手も足も出ないようです。ユグドラシル時代は死ぬのが仕事、肉の壁ならぬ骨の壁と言われたデスナイトが大活躍ですよ。燃えますよね、こういうシチュエーション』

 

 ムササビさんは相変わらずだな。それでも気持ちを切り替えるのが上手くても、問題が消えてなくなる訳じゃない。これからもずっとムササビさんはアンデッドの身体に心が引っ張られ続ける。

 今の俺に出来る事は、自分の役目を果たすくらいだ。まずは色々頑張って、アルベドの設定を書き換えてなくても惚れられる程の男にならないと。ムササビさんの事だ、自分があんな状態になっても、俺の為に手を回してくれるだろう。だから、せめて俺の事でムササビさんの手を煩わせないようにしなくては。

 ナザリックのNPCは俺達の魔法とかスキルを見ると喜ぶみたいだし、ここはユグドラシル時代によく使っていたデスナイトを呼ぼう。アルベドも喜んでくれるだろう。

 特に意味がないが気合を入れて〈中位アンデッド作成〉を使う。ナザリックで実験した時は普通にデスナイトが出てきたのに、今はデスナイトが出てくるはずだった中空からドス黒い靄が生まれただけだった。

 あれ、もしかして失敗した? この世界ではスキルの使用が失敗する場合があるのか。それにしても、このタイミングでやめてくれよ。自分の引きの悪さが嫌になる。などと考えていると、生み出された靄が、そばにあった騎士の死体へと重なる。それが溶け込み、死体が蠢きだした。突然の事態に戸惑っていると死体がギクシャクと起き上がり、みるみるデスナイトへと変貌していった。

 死体そのものがアンデッドになるんなんて、ゲームではなかった効果だ。これは後でムササビさんに報告しないと。

 エンリとネムがデスナイトを見て怯えているのに気が付く。この二人だけでも幸せにしないとって思ってた矢先なのに。俺って、この世界に来てからこんなのばっかりだ。召喚されたゴブリン達も警戒の色を強め身構えている。それに伴いアルベドから不機嫌なオーラが漏れる。

 

「アルベド。この二人はササビさんが助けた二人だ。何かあればササビさんが悲しむ。そして、同じ人間である俺も悲しい」

 

「はっ、申し訳ありません」

 

 NPC達の殆どはカルマ値が低い。仲間達が残していった子供と言っても差し支えない者達。その考えは尊重してあげたい。でも、それはムササビさんが直面している問題とぶつかってしまう。どちらかを選ばなければいけないなら、俺はムササビさんを選ぶ。でも、まだどちらかしか選べない状態じゃない。だったら、調整するのはギルドマスターである俺の役目だ。

 

「アルベドよ、少し話がある」

 

 アルベドと共に、エンリ達から少し離れる。何故かアルベドの機嫌が良い。理由は分からないが好都合だ。機嫌の悪い相手に話をするのは気が重くなる。営業先が機嫌が悪い時なんて最悪だからな。

 

「アルベドは人間が嫌いか?」

 

「好きではありません。ですが、元人間だった至高の御方々が、と言う意味ではありません」

 

 無条件で人間が嫌いという訳ではないのか。だからと言って、ここで人間と仲良くするようにと命令しても意味はない。俺はムササビさんみたいに口が上手いわけじゃない。どう言えばいいのか。

 そこにユウから〈伝言(メッセージ)〉が入る。

 

『モモンガ様がお父様の事でお悩みなのは分かります。ですが、ボクはご自分の気持ちをそのままアルベド様にぶつけるのが良いと思います。お父様は、分かり合おうとする者同士に限り、本心を誤魔化さずに話せば分かり合えると言っていました。ボクはずっとお父様についていたので、至高の御方々の人となりはよく存じ上げております。一番長くナザリックに居てくれたモモンガ様は特によく存じ上げております。アルベド様は本気でモモンガ様を愛しているのです。アルベド様なら、ありのままのモモンガ様を受け入れてくれます」

 

 俺の背中を押すようにユウが熱く語る。

 アインズ・ウール・ゴウンのギルドマスターであるモモンガとしてではなく、鈴木悟個人としての考えを正直に話そう。そうしないと理解し合うなんてできない。すぐにできなくても、出来るまで話し合えばいいんだ。

 流石に俺の一存で支配者ロールをやめる訳にはいかないから、口調はモモンガのままで話す。

 

「これはモモンとしてではなく、アインズ・ウール・ゴウンのギルドマスターとしてでもなく、一個人のモモンガとして言う。まだムササビさんにも話していないが、私は人間にとどまらず、この世界の住人に対して極力友好的に接しようと思っている。もちろん、ナザリックが一番なのは言うまでもない。デミウルゴスから聞いていると思うが、昨日の夜に私は世界が欲しいと言った。世界征服も面白いかもしれないと。あれはムササビさんに一任しているが、私個人としては、この世界をこのまま欲しいと言う事だ。暴力と圧政をもって手に入れたい訳ではない。もちろんムササビさんは慈悲深い人だ。私と同じ思いだと確信している」

 

 俺は一息で言葉を吐き出す。偽りない本心であり、ムササビさんの現状を鑑みた落し所としては、これが最良だろう。俺も無益な殺生が好きな訳じゃない。

 

「まだ、ムササビ様にも言っていないのですか……」

 

 アルベドは身体を震わしている。始めに話を聞いたというプレッシャーを感じているのだろうか。まあ、俺もリアルで社長からこんな事を言われたらこうなる。しかしアルベドは、俺みたいに一介の平社員ではなく幹部だ。こういう話もする状況が出てくるだろう。慣れてもらわなければいけない。もちろん、俺も本心を話すのに慣れないといけない。

 

「ああ、話すのはアルベドが初めてだ。これはアルベドだから話すのだ。もう一つ、私は言わなければいけない事がある。私は頭脳面だけではなく、精神面でも弱くなってしまっている。この惨劇、お前達からすれば惨劇でも何でもないだろうが、人間が虐殺されるのを見ただけで、私は情けない事に卒倒してしまった。もしお前達が、私をナザリックのトップに相応しくないと思うのなら、ナザリックの全てをムササビさんに任せ、ギルドマスターを退こう。お前達の知るモモンガよりも遥かに弱くなった私でもいいと言うのなら、私はずっとナザリックの為に尽力しよう」

 

 勝手にギルドマスターを辞められないけど、ナザリックの皆がそう思うならムササビさんも反対は出来ないだろう。

 

「こんな私だが、アルベドは付いてきてくれるか」

 

 アルベドは兜を取り、跪く。神妙に答える。

 

「私はどこまでもモモンガ様についていきます。例え何があろうと」

 

 ……これは分かってくれたのだろうか。すぐに結果が出る訳もない。今はアルベドが受け入れてくれただけで良しとしよう。

 

『モモンガさん、こっちは終わりました。エンリとネムを連れてきてくださいね、それと村長と交渉する事になったんですけど、オレがしちゃっていいですよね』

 

 戦闘が終わったようだ。こっちも一つ問題が片付いた。初めての現地人との接触は幸先の良いスタートを切れた。

 

『もちろんですよ。アインズ・ウール・ゴウンの渉外役はムササビさん以外いませんよ』

 

『では村に着くまでに、モモンガさんに細かい説明をしますね』

 

 ムササビさんがこの村で振舞う設定を話し始める。俺達は遠くの国から魔法で飛ばされた旅人と言う事にするらしい。それ以外も細かい注意点を幾つか上げていく。

 いつかムササビさんに恩返しができるように頑張ろう。俺は栄光あるアインズ・ウール・ゴウンのギルドマスターなんだから、ギルドメンバーを支えるくらいはできる筈だ。例え今すぐにはムリだとしても。




一万字程度で終わるかなと予想していた今回の話、終わってみれば一万八千字強にまで膨れ上がってしまいました。
次からはギャグ成分の少ない話が数話ほど続きます。大体第一話くらいのシリアスとギャグの割合になる予定です。



ムササビの活躍はカットです。その上、活躍したのはデスナイトです。
そして可哀想な事に、ムササビは原作のモモンガさんの苦労が降りかかります。人間を同族を認識できないなんて、普通の人間には今話のムササビくらいショックを受ける人はいると思うんですよね。原作の転移してきたプレイヤーの中でも苦悩して自殺を選んだ人もいるんではないだろうかと。なんでもできる力と人間を人間とも思えない心、そして寿命の無い身体。完全に魔王そのものではないでしょうか。



やっとエンリさん登場。この作品では角笛を三つ手に入れます。もちろん、ギャグの為だけに三つ渡したのではなく、三つとも使用される予定です。ただし、かなり先になる予定ですが。ムササビに対するリアクションがマイルドなのは、先に見た目は人間のセバスを見ているからです。



モモンガさんは前回に引き続き、今回ではアルベドには素直に自分の気持ちを言えるようになりました。さらにアルベドとの仲も進展しました。目指せ脱童貞。

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