ムササビ、ナザリックのみんなに裏切ると思われている
ユウ、父は裏切ると思っている
セバス、祝初台詞
ソリュシャン、同じく祝初台詞
モモンガ、年下に叱られて、ナザリックの象徴になる
ペロロンチーノ、あずかり知らない所でムササビとモモンガに呆れられる
異世界に転移してから、数日が経った、と思う。
なぜ思う、なのかと聞かれれば、一切寝ていないからだ。と言うか眠れない。多分、アンデッドの基本特殊能力、睡眠無効が働いているのだ。それが失われたモモンガさんが寝られるので間違いないだろう。その代わりという訳でもないが、予定よりも仕事が大幅に捗っている。もちろんそれ以外にも疲労無効により作業効率が落ちないのもあるが、それよりもアルベドとデミウルゴスの実務能力の高さよ。報告書は読みやすいし、要点はしっかり押さえてるし、指示を出しても理解が早いし、こんな部下がいたら楽でいいわ。リアルで、この二人がいたら世界を取れてたな。この二人がいなかったら、いくら疲労無効と睡眠無効があってもここまで進捗してなかったな。これだけスムーズだと仕事をするのも楽しい。身内びいきではないが、ユウが秘書として有能だったのも大きい。
仕事も一段落し、オレは自室の丸テーブルについて休憩している。右隣にはユウが座っていて、左後ろにはソリュシャンが控えている。いつもの三人だ。
ソリュシャンはオレ付きのメイドになっている。このソリュシャン、とても融通が利くようで、あまり堅苦しくしないでくれと言えば、それなりの言葉使いをしてくれている。流石にずっとデミウルゴスみたいな敬語では息が詰まる。
「ムササビ様、ユリ姉さんが作ったサンドウィッチです」
ソリュシャンはコトリと言う音さえ立てずにサンドウィッチが乗った皿をテーブルに置く。山のように積まれたサンドウィッチを少し揺れただけだった。ナザリックのメイドは例外なく優秀である。たとえ戦闘が主とは言えプレアデスとて例外ではない。アレだけのメイド好きが集まったのだ、さもありなん。
オレは『選面の無貌』を装着し、ユリに作らせたサンドウィッチを頬張る。『健啖家の暴食』を使い初めてからと言うもの、かなりの量の食事をしている。このナザリックで出される料理は、どれもリアルでは食べた事がないほどの美味であり、『健啖家の暴食』も相まっていくらでも食べられた。
この骨の身体になって、良かった点の一つはカロリーを気にしなくていい事だ。どれだけ食べ過ぎても蓄える脂肪がないから太りようがない。食べるのが好きな人間にとってはなんともありがたい。おっさん太りするのは避けたい男心なのだ。
「料理が出来る者が少ないのが残念だな。我はより多くの種類を味わいたいのだが。しかし美女が作った料理を美女に給仕してもらえているだけで幸せと言うべきか」
この世界では料理のスキルを持っていないと目玉焼きさえ作れないのだ。モモンガさんが発見したこの事実は、メイドとして優秀であれと生み出された者たちも例外ではない。『
こうしてオレがユリの作ったサンドウィッチを食べているのは、趣味と実益を兼ねたささやかな実験の為だ。ユリのコックのレベルは1だ。つまり最小の数字だ。これがどれほど料理の味に影響を及ぼすのかを確認しているのだ。結論から言うとナザリックの食材自体が良過ぎて良くわからないだ。レベルが高い方が旨いのは確かだが、どれくらいなのかオレの舌では分からなかった。これでもリアルではグルメで通っていたんだけど。明確にわかるのはバフの量くらいだが、これはユグドラシルと一緒だった。ここまでは趣味の話。実益はと言うと、現在プレアデスに仕事が無いから、出来るだけ仕事を与えているのだ。取り合えず、ソリュシャンにはオレ付きのメイドをしてもらっている。部下が仕事があるのにリーダーに仕事が無いのは拙いので、ユリにはオレの軽食を作ってもらっている。アイテムの効果ですぐに空腹になるので、そこそこの仕事量だろう。あんな美しい女性の手料理を何度も食べられるなんて役得である。
オレがサンドウィッチを平らげると、ソリュシャンが横に立つ。妙に艶っぽい顔をしている。なんだろう、美人系のソリュシャンがそんな顔をすると、なんか非常にエロい。リアルだったら口説いてたかも。今はそういう方面はアンデッド化の影響で抑制されているから、そういう気は起きないないが。
「ムササビ様、私を食べませんか」
え、何で急にアプローチ掛けてきてるの、ソリュシャンさん? 大胆過ぎません? 隣に
いやいや、これはオレが何か都合良い勘違いをしているだけだ。こんなペロロンチーノもびっくりのエロゲ―展開なんてないだろ。ここは落ち着いて、詳しく聞いてみよう。どうせなんかしょうもないオチが待ってんだから。
「うむ、もう少し詳しく言ってくれないか。我は前ほどの知能がないのでな」
「すみませんでした。お口に合うかはわかりませんが、私の肉をお召し上がりませんか」
余計にエロくなっただと!? ソリュシャンみたいなスタイルのいい美女が私の肉とか、響きがヤバイわ。ユウには聞かせられない。この身体になってなかったら理性が吹き飛んでたな。
ソリュシャンはおもむろにオペラ・グローブを脱ぎだした。
オレが内心慌てていると、ソリュシャンはサンドウィッチが置いてあった皿の上に、自分の人差し指を切り取り――乗せた。
そのまんま文字通りの意味だと! 勘違いした内容よりも悪くなるなんてあるのかよ。ヘロヘロさん、なんという業の深さですか。ブラック企業とはここまで人の心を破壊してしまうのですか。ネトラレ+カニバリズムだとか、流石についていけません。
ソリュシャンの顔を見れば僅かに朱が差している。なんで照れてんの? そりゃ、『食べちゃいたいくらい可愛い』とかいう表現はあるけど、物理的に食べたい訳じゃないよ、ソリュシャン。
異世界に転移してからの経験を元に考えれば、ナザリックのみんながオレに何かを提案するだけでも、かなりの勇気を要しているはずなのだ。それを無下にするのは心苦しい。そりゃ、グルメですから色んな珍味を食べてきたけれども、人間の指――厳密には人間ではなくて、人間の見た目をしたスライムのだが――を食うなんて流石にちょっと遠慮したい。今現在こうして会話している人間の指なんて食えるか。
あれぇ、おっかしいな~。こんな美女に好意を寄せられるなんて夢のようなシチュエーションなのになんでこんなホラーなの。どんなに食べても悲鳴を上げない胃が痛い。あ~、何とか傷つかないように断らないと。
「ふむ、なるほど。我が色んな味を楽しみたいと言ったからか。しかし、それはまた今度にしよう。先にデザートを食べるは無粋というものだ」
「そうですか」
なんで残念そうに喜んでいるですかね、この娘は。ヤバイ、スライムの気持ちが分かりません。しかも、これって先送りにしただけでいつかは食わないといけなくなりそうだ。
ソリュシャンが皿に乗っていた指を持った瞬間、それはスライム状になり吸収されていき、指も元通りになっていた。
……これはいつかオレの料理に混ぜられるかも知れんな。覚悟だけは決めておこう。これも上に立つ者の務めだ。
「お父様、なんで食べる方向で覚悟を決めた顔をしているんですか。そこは一線を守る努力をしてください」
ソリュシャンに聞こえないようにユウが耳打ちする。ヤベエ、その通りだ、うっかりするとアンデッドに引っ張られ過ぎて、発想が人間ではなくなるところだった。これは気を付けないと。そしてオレの表情だけで内心を読み切ったユウもヤベエ。そんな具体的な設定は書いてないよ。だとすると、やっぱり……。
そんな事を考えているとモモンガさんから、『もうすぐ着きますよ』との〈
オレとモモンガさんは頻繁に〈
部屋にノックの音がすると、そのままモモンガさんが入室してくる。
本来ならば、ソリュシャンが扉を開けなければいけないのだが、そういう儀礼関係を全てやめさせている。モモンガさんの心労が半端なかったからだ。
オレはリアルでも何人もの秘書がついていたので慣れているが、モモンガさんには四六時中可愛い女の子が近くにいる事は相当のストレスになっていたようだ。なので、モモンガさんに付いているのはセバスだけであり、護衛も兼務してもらっている。
オレの部屋にモモンガさんが入る時は、セバスは扉の外で警備を兼ねた待機をし、ソリュシャンはセバスの補助につくように通達も出している。
モモンガさんがオレの向かいに座る頃には、オレとモモンガさんとユウだけになっている。
「はあ~、やっと気が抜ける~」
「モモンガさんもちょっとは慣れてくださいよ。このナザリックの最高責任者なんですから」
「いや~、分かってますよ。ムササビさんが手を回してくれなかったら、ストレスでおかしくなってたかも知れませんよ。私が言ってもダメだったのに、ムササビさんに任せたらあれよあれよという間に、お付きのメイドは居なくなるし、ぞろぞろと儀仗兵がついてくる事も無くなるし、とても快適になりました」
現在が非常事態だからと押し切っただけだけどね。もちろん代わりの仕事を与えたのも大きいだろうけど。何かをやめされる時は代わりの何かをやらせるのは基本だからね。これは知っているか知らないかの違いでしかないから、モモンガさんも次からは上手くやれるだろう。
「さて、モモンガ様、お父様。第四回至高の御方会議を始めましょう」
ユウの言葉で本題に戻る。モモンガさんがオレの部屋に来たのはこれをする為だ。主にそれぞれの経過報告と業務連絡、提案だ。
「さて、業務連絡ですが、ナザリックのみんなに対してはこのまま支配者ロールを続ける方向で行きましょう」
モモンガさんは賛成だった。オレもいわゆる社長をしていた人間だから言えるが、急にフレンドリーに接しても部下が対応に困るだけだ。こういうのはじっくり行かないと。みんながみんなソリュシャンみたいに融通が利くとは限らない。何より、ナザリックのみんながそれを望んでいる。
「次に、アイテム等はNPCに上げないように、上げる時は二人で決めてからにしましょう。信賞必罰は組織の要ですからね」
「そうですね。私達が声を掛けるだけでも凄い反応しますもんね」
オレ達の言葉は御神託すら超えて、神の御言葉だからな。声を掛けられるだけで極上の褒美な訳である。物をあげようものならどうなるか分からない。
「そっちの進捗状況はどうですか、モモンガさん」
「だいたい終わりましたよ。治癒魔法およびポーションの効果は、傷の程度ではなくHP量に依存で間違いないですね。あと、装備に関してもゲーム通りで、装備が出来ない武器は手に持って運べたりしますけど、武器として使おうとした途端に手から離れましたね」
「装備に関しては、ザ・クリエイターのスキル<全装備可能>があるオレには検証できませんから、助かります。こっちの微妙魔法コレクションも検証が出来るものは全て終わりましたよ。ほぼゲーム通りでしたけど、違いがあったのは後で文書にまとめます」
「これで検証はあらかた終わりましたね」
優先順位が高い項目はほぼ終了だな。
「ムササビさんは何をしていたんですか」
「今は色々なパターンを想定して、プランを考えていたんです」
「へ~、それはどんな」
「例えば、言葉が通じない、魔法が無い、人間がいない、知的生物がいない、魔法が効かない、文化の違い、その他諸々ってな具合です。殆どの場合にとって一番厄介なのは文字の習得ですかね」
文字があれば、文明がある。文明があれば変化のスピードが早い、それに伴い知らなければいけない事が増える。逆に知的生物自体がいないパターンだと、驚異となる生物の習性だけ調査してナザリックに引きこもれば、後はなんとでもなる。
「そうそうモモンガさん、それとは別に頼んでいた仕事はしてくれましたか」
「ちゃんとしましたよ。アウラにシモベを使ってナザリック近くの森を探索および調査して貰う、ですよね。でも、なんで私が直接アウラに会って言うようにって念を押したんですか?」
「モモンガさんが直々にするからいいんじゃないですか。まだモモンガさんはアウラちゃんが苦手ですか?」
少し気まずそうに目を伏せるモモンガさん。
「そう言う訳ではないんですけど、アウラを見るとビクッてなるというか、身体がこわばるというか、あのバッドステータスに掛かった時の恐怖がよみがえってきまして……その、怖いんですよ」
トラウマみたいになってしまっているのか。これは思っていたより根が深いな。まあ、でもソッチ系の訓練をしていない一般人が、モンスターと殺し合いをしているような人間でも動けなくなるような恐怖を味わったんだからな。軍人が『
「モモンガさん、できればでいいんですけど、アウラとスキンシップを取ってくださいね、その時はマーレにも忘れないでくださいよ。子供に対して、分け隔てはよろしくないですからね」
「あの、スキンシップってどうすれば」
「頭をナデナデとか、ギュッとハグしてあげるとか」
「ナデナデとハグ、ですか……」
子供は一人が基本の現代だと、子供の扱いに慣れている人は少ない。兄弟がいる人なんて
「ところでその本はなんです」
モモンガさんは話題を変えるように、離れている執務机の上にある本の山を指さす。そんなにこの話題を変えたいですか。無理強いした所で何か良い結果が得られる訳でもなし、それに乗っかる。
「『金枝篇』です。リアルにある呪術に関して書かれた本ですね」
「え? リアルにも魔法があったんですか?」
モモンガさんの目がキラキラ輝いている。さっきまでの気まずそうな顔はどこに行ってしまったのか。これは間違いなく勘違いしている。
「多分、モモンガさんが思っている魔法ではないですよ。効果の程はおまじないみたいなモノです。でも、こちらだと本当の魔法みたいな効果があるかも知れませんからね。なにせオレ達が魔法を使えるんですから」
「確かにそうですね」
「内容なんですが感染呪術と類感呪術があるんですけど――」
と、オレが説明をしていると、モモンガさんが半ば放心している。モモンガさんはちょっと難しい話をするとすぐこれだ。分かりやすく説明をしてもいいのだが、これは内容はそれほど重要でもないし、結論だけ言うか。
「要するに、真名、自分の本当の名前が知られたら不味い可能性があるんです。本当の名前がリアルの名前なのか、アバターの名前なのかは分からないですが、とりあえず外で活動する時は偽名を使おうと思うんですよ。とりあえずオレはササビにしますけど、モモンガさんはどうします」
「え、急に言われても」
しばらく考えたモモンガさんは立ち上がり
「モモン・ザ・ダークウォリアー」
「「は?」」
「……モモン・ザ・ダークウォリアー」
「「クソだせえ」」
「ム、ムササビさんならなんて名付けるんです」
「そうですねえ。ブラックナイト、でしょうか」
「「普通」」
「コホン、お父様、ここは僕が手本を見せましょう。――『深淵なりし益荒男』とかどうでしょう」
「「……」」
「深淵なりし益荒男」
「「……」」
「あれ、聞こえませんでした――」
「聞こえているよ。イタイわ。イタ過ぎるわ。そもそもなんで過去形なんだよ」
「それはですねえ――」
「いや、ヤメテ。聞きたくない。それに、そんな名前を名乗っても、毎回「え、それ名前なんですか?」とか聞かれて面倒臭くなるだけだわ!」
自分の身内ともいえるユウにクソ恥ずかしい設定を垂れ流されたら、いたたまれなくなる。
「お父様だって、ブラックナイトってなんですか、至高の御方であるモモンガ様が誰に仕えるって言うんですか」
クソ、痛いところを突いてくる。我が娘ながら恐ろしい。
「アッハッハッハッ、ホントの家族みたいに仲が良いですね。ムササビさんとユウは」
「ちょっと、なに大笑いしてるんですか。ザ・ダークウォリアーさん」
「止めて下さいよ。モモンです。俺の名前はモモンですから」
「じゃあ、オレもササビですから」
「何をいまさら偽名で自己紹介し合っているんですか、お父様達は」
ユウはあきれ顔だった。
ハンドルネームも偽名みたいなもんだけどな。今のオレ達が仮にスワンプマンだとしたら、ハンドルネームが生まれた時からついていた名前になるから、それが真名になるかも知れないけど。なら、支配者の気配はいったいどこに付随しているものなのか。気配なんて表現しているのだから、アバターの身体から発しているのだろうか。それなら、ただ探知しているだけなのかもしれない。
「ユウ。お前達が感じる支配者の気配って探知無効を突破するのか」
「さあ、分かりません」
フルフルと首を振るユウ。それならとモモンガさんがアイテムボックスから探知無効の指輪を取り出し、指にはめる。
「どうだ、ユウ。モモンガさんから支配者の気配を感じられるか」
「全然感じられません。お父様の威厳くらい感じられません」
「ハッハー、コイツ~」
隣に座るユウのおでこを骨の指でコツンとつつく。つつかれた場所をユウがゴシゴシと服の袖で拭う。ヤメロ、割と傷つく。
それを見て、すでに着席していたモモンガさんがしみじみと呟く。
「正直、ムササビさんとユウの関係が羨ましいです。文字通り四六時中ずっと一緒にいて、こんなにバカをやれるほど仲がいいなんて。私にも
「ええ、モモンガ様にご子息がいるんですか。それはつまりボクのお兄様と言っても過言では無いですよね」
「いや、なんでだよ。過言だわ」
なに自分をモモンガさんの隠し子みたいにいってるんだよ。そりゃ、種族は同じドッペルゲンガーだけど、
「……本当に羨ましい。ナザリックのみんなもユウくらい気安かったら良かったのに」
まだ一週間も経ってないのに、だいぶ参っているなモモンガさん。ずっと異国にいて、知らない人が常に周りにいるようなものだし、負担は大きいか。オレも精神作用無効が無ければ、こうなっていたかもしれないんだよな。こうやってユウとも平常心で話せてたかも分からない。
ユウは急に立ち上がり、アクターのように両手を広げた。
「ボクがなんとかしましょう。『
「ガハッ!」
モモンガさんはうめき声をあげてテーブルに突っ伏した。クリティカルヒット無効が消失したモモンガさんには大層効いたようだ。ふふふ、本当にユウのような者をご所望ですか、モモンガさん。この程度はまだ序ノ口ですよ。二人きりだと、もっとエキセントリックなんですよ、はあ、精神作用無効があって良かった。
「ユウ、それについては何もしなくていいよ。ナザリックのみんなも支配者として振る舞われる事を望んでいるみたいだから。それは追々していこう」
「はい、お父様。『
「「ガハッ!」」
今度はクリティカルヒット無効があるオレも効いた。精神的ダメージには働かないようだ。いや、あんなアクターみたいに仰々しい動作で言われたらクリティカルヒットじゃなくても効くか。
モモンガさんがテーブルに突っ伏したまま大笑いする。
「アッハッハッハッ、このバカをやっている感じ、何だかユグドラシル時代に戻った気分ですよ。なんとなくですけど、ユウは他のNPCと違う感じがしますよね。ムササビさんがいるからですかね」
「明確に『娘』として生み出されたからじゃないですか。設定にそんな事を書いていたの、いくら変人揃いのアインズ・ウール・ゴウンでもオレだけでしたからね」
モモンガさんの目は遥か遠くを見ていた。手の届かない昔を見ているようだった。モモンガさんの時は、あの時代で止まってしまっているのかもしれない。オレの時が止まってしまったように。
それでも時間は過ぎていき、戻りようがない。人間は今しか生きられない。やらなきゃいけない事は無くなってくれない。やるしかないのだ。それでも――。
「モモンガさん、気分転換に外に出てみませんか」
「え?」
「実験を兼ねたイタズラをしましょう」
オレは思いっきり、いたずらっ子のような笑顔を浮かべた。息抜きも必要なのだ。
デミウルゴスはこの異世界に転移してから数日、充実と焦燥とを感じない時は無かった。やっと至高の御方々にご奉仕できる喜び、そしてシモベの為に犠牲になられた御方々に対する罪悪感。自らの生まれた理由はなんだ。至高の御方の役に立つ事だ。しかし結果は足を引っ張っていたに等しい。
初めて至高の御方の英知が失われたと聞いた時、デミウルゴスは不敬にも試されていると思ってしまった。だが、ムササビが懇切丁寧にその誤解を解いた。現に、その知を代償にナザリックだけが存続し、周辺は異世界と化しているのだ、疑える訳がない。この世の至宝――ワールドアイテムですら見劣りをしてしまう聡明なる頭脳――が失われたのだ。危機の際にはこの身を犠牲にしてでもお守りしなければならないのに、自分達が守られてしまったのだ。その代償に失われたモノはあまりにも大きい。自らの矮小な知能では贖いきれない。しかし、知恵者として生み出されたのならば、是非もない。補えなくても、補わなければいけないのだ。
不甲斐無さと期待がデミウルゴスを駆り立てる。ナザリック一の知恵者の限界を超えさせる。
この異世界を見渡しても随一であろうか言われる知恵者が、更なる高みを目指すのだ。どこまでの境地に達するかは誰にも分からない。
デミウルゴスはナザリックの入口に立っていた。ここでナザリック防衛の最終チェックを部下の高位悪魔達としていた。
その時、ナザリックの奥から見知らぬ二人が歩いてきた。一人は漆黒の
一瞬、敵かと身構える。その二人からナザリックに所属するモノから発せられる気配がなかったからだ。そんな者達が第一階層につながるゲートがある場所から出てきたのだ。侵入者と判断するには十分だろう。だが、気配そのものが無い事に気付く。姿を現しているのに気配が無いのだ。仮に侵入者だとするなら、それは不自然である。そのままナザリックに侵入してしまうか、後ろから襲撃してしまえばいい。わざわざ姿を現して近づく必要などない。ならば敵対者である可能性は限りなく低い。身内だとするなら、導き出される答えは一つだ。
「これはこれはモモンガ様、ムササビ様。近衛もお連れにならずにここにいらっしゃるとは、いったい何事でしょうか。それにそのお姿」
デミウルゴスは自らの推測に自信があった。万が一、予想が違っていて誰かを至高の御方と間違えていたならば自らの命で償うつもりであった。
「なぜ私とわかったのだ。支配者の気配のようなものは出ていないと思うのだが」
「このナザリックで姿を見せたまま気配を消そうとなさるのは、至高の御方々を置いて他にはおりません。この気配はナザリックの一員の証ですから」
モモンガは「なるほど」と呟いて頷く。本来のモモンガならば瞬時に理解したであろう、とデミウルゴスが悲痛な思いを抱く。だが、ここで悲しみに暮れるのは不敬である。それは転移する前の、優れた頭脳を持っていたモモンガの賢明な判断と実行力に疑問を呈する事だからだ。モモンガがそれしか方法が無かったと言うならば、それは真実に違いない。世界の為にナザリックを去らなければいけなかった至高の御方々に対して、恐れ多きも捨てられたなどと思い違いをしていたシモベなどでは、それ以上の方法を思いつくはずもないのだから。
デミウルゴスは気持ちを切り替えて、もう一度ここへ来た用件を聞いた。
モモンガから出た言葉は「ふ、デミウルゴスならわかるであろう」だけだった。
この程度ならデミウルゴスが分からないはずがないという期待を感じた。それに答えなければ知恵者として生み出された存在意義が無くなってしまう。デミウルゴスは頭脳が燃え上がるほどに働かせる。幾つもの可能性が頭に浮かぶが、どれであるか決めかねる。これを考えたのはムササビであろうとは予測できる。何かをするならば、アインズ・ウール・ゴウンの知恵者の一人に数えられていたムササビが考えるのが合理的だからだ。失われた知もムササビの方が少ない。今でもデミウルゴス自身は、ムササビの知は自分を超えていると思っている。ムササビはその誤解が解けていると思っているのだが。
ムササビ自身がアインズ・ウール・ゴウンの名に懸けて嘘をつかないと宣誓した上で、自分とモモンガの知能の程度と現状を、デミウルゴスとアルベドに告げた。ナザリックが誇る知者二人は、アインズ・ウール・ゴウンが誇る知者二人の境遇に涙した。
英知の結晶のようなモモンガの頭脳は人間程度にまで落ち、ムササビはいささか衰えてしまった知を持って、モモンガの穴を埋める為に悲しむ間もなく奮闘している。
さらにその後ムササビからもたらされた事実がその涙を吹き飛ばした。至高の御方々は一人の例外もなく全員が元人間であり、脆弱な人間から至高の御方足りえる力を身に付けたとムササビが説明した。ナザリックのシモベは、初めから『そうあれ』と生み出され、初めからこの強さであり、この知能だった。至高の域に達するまでどれほどの研鑽を積んだのか、どれほどの修練を積んだのか。想像すらできなかった。その想像を絶するモノがシモベを助ける為に失われた。
だから、報いねばならない。期待に答えなければならない。不可能であろうと可能にしなければいけない。至高の御方々は人間から、至高の域に達したのだ。ならば、デミウルゴスもその域を目指さなくてはいけない。例え、不可能であろうと可能にしなければいけない。
「これ以後、我々がナザリックから一歩でも出たら、この姿の我はササビ、この姿のモモンガ様はモモンと名乗る、と言えばわかるな」
デミウルゴスが困り果てているのを見て、至高の御方々の中で最も慈悲深きムササビが助け船を出した、とデミウルゴスは思っているが実際はモモンガの失言のフォローに回っただけである、どちらにしても優しさから来ている為、判別は難しい。だから、自らの頭脳もナザリックを救う為に損なわれたと言うのに、不甲斐ないシモベを導いてくれるムササビに報いねばならないとデミウルゴスが考えるのは当然とも言えた。与えられた温情から考える。この期待に答えなければいけない。
まずは、なぜ姿を変えているのか、気配を消しているのか、そしてナザリックを一歩でも出たら、名を変えるのか。これらから推測されるのは正体を隠さねばならないと言う事だ。ではナザリックを一歩でも出たら、正体を隠さねばならない理由とは何か。今、ナザリックの周辺では隠蔽工作と防衛システム構築の真っ最中である。そんな時に外へ出るとしたら視察だ。気配を消して視察をする。つまりはシモベがモモンガやムササビに気付くと、気を使ってしまうからと配慮したのだろうと当たりをつける。
慈悲深きムササビらしい配慮だ。
しかし、いくらユグドラシル時代よりも知が失われようと、今のムササビがそれだけではないはずだとデミウルゴスは考える。まだ何かある。何故、わざわざこんな事をしたのか、が抜けている。本当に誰にも気づかれずに視察をするならば、気配だけではなく姿も消してしまえば良いだけの話。しかし、それをせずに姿を見せたまま歩いてきた。ここで見つかれば、デミウルゴスが誰か供回りをつけさせるのは分かりきっているはずだ。至高の御方だけで外に出るなど見過ごせる訳がない。それはムササビも分かっている筈である。ならば、ここまでは計画通りだろう。ここで謎になるのは、視察だけならば偽名を名乗る必要がないのだ。そもそも姿も名も知らぬシモベがいればそれだけで警戒に値する。つまり『ナザリックから一歩でも出たら』と言った意味は、これ以後の先まで、この名を使うと言う意味だ。そしてそれはナザリック外限定で使う。想定される答えの中で最も可能性が高いモノは――。
「なるほど……そういうことですか」
デミウルゴスは読み切った。あらゆる想定が完了した。
「ああ、今はデミウルゴスを連れれば良いであろう。しかし
ムササビの顔に宿るのは信頼である。ムササビの言葉を聞いて、やはり間違っていなかったと確信する。これは顔見せも兼ねているのだと。
「私ごときが至高の御方々を許すなどと恐れ多い」
「良い、全て我らを思っての事」
ムササビは簡潔に答える。これは白紙委任状に近い。ムササビはデミウルゴスに身の安全にかかわる一切を任せるという意味にも取れる。
「では、デミウルゴス。我との答え合わせを。そして未だ理解できていないモモンガ様に説明を」
モモンガには理解の色が浮かんでいなかった。むしろ反対に表情は沈んでいる。目の前の現実がデミウルゴスの心を千々に乱れさせる。
デミウルゴスが片膝を突く。いつもの敬意を表してモノではなく、全身の力が抜けたようにくずおれ、目頭を押さえる。
「おいたわしい、モモンガ様の英知はやはり失われてしまわれたのですね」
震える声に嘆きが混じる。
この現実を突きつけられれば、こうなってしまうのも仕方がない。
ムササビがデミウルゴスの肩にそっと手を置く。
「面を上げよ、デミウルゴス。我々は汝らがいるだけで満足だ。さあ、説明を。我も汝の思考プロセスを聞きたい。今ではデミウルゴスが上なのだからな」
あくまでもデミウルゴスが上位と言うムササビ。これは例えデミウルゴスが失敗してしまっても、それを許すと言っているに等しい。このナザリックで至高の御方が絶対である。絶対なる主の知恵を凌ぐ者が失敗をしたなら、それはすなわちナザリックにいる誰もが不可能であったのだ。つまり失敗にあたらない。正に慈悲の権化のような振る舞いだ。
ムササビは額面通りの意味で言っている事にデミウルゴスは気付いていない。ただ、これに関してはデミウルゴスが推察した通りの意味も含めて言ってはいるので、この勘違いは責められない。ただ、意味の主と副が逆になっただけなのだ。
デミウルゴスは先ほどまでの思考を分かりやすく要点を絞って説明する。
「やはり今の我ではデミウルゴスには敵わぬか。汝のような有能なものに支えられて、とてもうれしく思う」
デミウルゴスがした説明はモモンガ達がここに来た理由だけだったので、今なおムササビが誤解が解けていない事を知らずにいる。これもムササビを責められない。なまじモモンガの誤解が解けてしまっている為、ムササビの誤解が解けていないのに気づかないでいるのだ。
「勿体なきお言葉。元より至高の御方々の知が失われたのは我らシモベの責任。ならば例え補えなかったとしても、全力で奉仕するのはシモベの務めでございましょう」
「そう気に病むものでない、デミウルゴス。モモンガ様も我も、ナザリックのみんなを守れただけでも満足している。汝らが煩悶する姿など見たくは無いのだ」
モモンガもそれに同意するようにゆっくりと首肯する。
ナザリックの出口前まで歩いて来たムササビが、振り返り両手を広げる。
「さあ外に出れば、我はムササビでは無くササビだ。敬称も『様』ではなく『さん』だ。我もモモンガ様をモモンさんと呼ぶ。デミウルゴスよ、敬語をなくせとは言わぬが、せめて守護者相手程度には緩めよ」
そう言ってムササビが一歩、外に出る。
「モモンさんも口調を崩してくださいよ」
ムササビはモモンガに笑いかけた。モモンガも外に出る。
「ササビさん、分かりましたよ」
モモンガはデミウルゴスの方を向く。
「デミウルゴスも楽にしろ。これは命令だぞ」
ムササビのような、いたずらっ子の顔をして言った。命令と言われれば従うのがシモベの務めだ。
霊廟の外は白い墓石が点在していた。枝を垂らす巨木がそこかしこに生えていて、何本も建つ白いドリス式の柱と陰影を作っていた。
頭上では星空が広がっている。自然が消え失せたリアルから転移してきた者なら深い感動を覚えたであろうが、それ以外の者にとってはなんの感慨も無い、ただの夜空に過ぎなかった。
デミウルゴスも美しいとは思うが何時もと変わり映えのしない空へ、ムササビは飛び出していた。
空を見上げていたまま固まっていたモモンガが我に返る。
「ちょっと待ってくださいよ、ササビさん。この姿だと〈
小さな鳥の翼を象ったネックレスを首にかけたモモンガは中に込められた〈
はるか上空でムササビが叫んでいた。
「すごい、本当にすごい。こんなにも上空を飛んでいるのに全然近づいている気がしない。なんだよ、この無限みたいな奥行き。あー、ブループラネットさんにも見せたかったー! すっごい喜んだだろうなー! ――鎮静化した。でもいい、この空を見れただけでも価値がある。クッソー! なんでオレ達だけなんだよ! 他のギルメンはなんでいないんだよ! 居たらもっと楽しいじゃないかよ!」
ムササビは一度鎮静化が起きても変わらずに力の限り叫んでいた。デミウルゴスはムササビから精神が鎮静化する現象を聞いている。この異世界に来てから起きるらしいが原因は不明である。
ムササビが真顔でモモンガの方へ飛んでいく。また精神が鎮静化したのだろうか。あれほど慈悲深き御方が喜びも楽しみも過ぎれば抑制されてしまうのはなんたる悲劇か。デミウルゴスは原因の解明に全力を上げる決意を新たにする。
「すごいですね、モモンさん」
ムササビは空へと両手を広げている。その先には無数の財宝のごとき煌きがある。
「そうですね。まるで宝石箱のようです」
モモンガもブループラネットを思い出していた。久しぶりにその蘊蓄を聞きたくなったのだ。すっと横に視線を向けると、そこには子供の様に目を輝かせていたムササビがいた。モモンガは一人ではない。横に誰かがいる、それだけで少し救われる気がした。そして、これほどまでにムササビが喜ぶのなら、手に入れたいと思った。この世界を。
モモンガがそんな事を考えているとも知らずにデミウルゴスは口を開く。
「そうかもしれませんね。この世界が美しいのはモモンさん達の身を飾る宝石を宿しているからではないかと」
この言葉にモモンガが一瞬イラっとした事にデミウルゴスは気付かない。何故なら、次にモモンガが発した言葉があまりにも衝撃的だったからだ。
「この世界が欲しい――そう、世界征服なんて面白いかも知れないな」
世界征服、なんと甘美な響きだろうか。デミウルゴスという存在の核とも言うべき部分が甘く痺れる。まるでそれを成す為に生み出されたような気がしてくる。決して、そのような設定など書き込まれていないはずなのに。それはウルベルトからデミウルゴスへの言外の望みだったのかも知れない。
デミウルゴスが何を言うのを遮るかのように、ムササビがその言葉に食いつく。
「いいですね、世界征服。オレもウルベルトさん達と世界征服を語り合ってました。オレに全てお任せくださいよ」
そのままデミウルゴスの方へ向き、その両肩に手を置く。
「デミウルゴスよ、喜べ。オレはウルベルトさん達と色々世界征服のプランを考えていたんだ。どのプランにするかは、この世界の情報を集めてからだが、それまではできるだけ接触を避けろよ」
「ウルベルト様が考えたプランですか。それは興味深いですね」
デミウルゴスはこの異世界に移転して一番の笑顔を浮かべた。
「正確にはウルベルトさん、ばりあぶる・たりすまんさん、ベルリバーさん、るし★ふぁーさん、そしてオレだ。色んなパターンに合わせて100以上は考えたからな」
「ウルベルトさん達とそんなことを考えてたの? ユグドラシルの一つを世界征服するって事だと思っていましたよ」
「いやあ、それから発展してリアルだったらとか、違うファンタジーの世界だったらとか、色々な世界の征服方法をみんなで考えるのが楽しくなっちゃいましてね」
モモンガも全貌を知らなかった世界征服計画。そこにどれほどの智謀が張り巡らされているのか。そこには全盛期の至高の御方々の英知が込められている。考えるだけでも歓喜がデミウルゴスを震わせる。
「ほら、モモンさん。今から面白いシーンが始まりますよ」
ムササビの指差す方向へ、デミウルゴスは目を向ける。大地が大海原のように波打っていた。ナザリック外壁に向かい四方から高波のような土砂が押し寄せている。ナザリックの壁にぶつかって土の波は辺りに散り、堆積していく。
「〈
モモンガは感嘆の声を上げる。マーレはナザリックの巨大な外壁の上に立ち、魔法を唱え続けている。
「デミウルゴス、少し離れていろ。今度はマーレに試してみようと思う。何があっても決して手出しするなよ」
ムササビは探知無効の指輪をデミウルゴスに見せた後、〈
この時のムササビに、デミウルゴスが考える
モモンガとムササビは気付かれないようマーレから距離をとって外壁に降り立つ。デミウルゴスも付き従い、その少し後ろに降り立つ。こっそりと足音を立てないように近づくモモンガとムササビをデミウルゴスは見守る。
5メートルほどまで近づいて、マーレに気付かれた。
「だ、誰ですか。も、もしかして『ぷれいやあ』の方ですか」
警戒するマーレにムササビは手を上げて敵意がないのをアピールしながら、さらに近づいていく。
「私はムササビの友人で、アズナブルと言う者なのだが、ここはアインズ・ウール・ゴウンの本拠地ナザリックであっているね。私達も知らぬ内にこの世界に転移したようなのだ」
ムササビの声が変わっている。ムササビがエントマから口唇虫をもらっていたのは、この為だったのかとデミウルゴスは得心する。これならばムササビとはわかるまい。
「ム、ムササビ様のご友人の方ですか。あの、な、なんのご用でここに?」
「うむ、非常時故に協力を申し出ようと思ってね。今はギルドの違いなど些細な問題だ」
太陽のような明るく友好的な笑顔を作るムササビ。しかしマーレの警戒は解けないようだ。
「ど、どうやってここまで?」
マーレは後ずさり距離を取る。
「不可知化を行ってここまで飛んで来たのだ。異世界には何かあるか分からないからね」
おどおどとした様子のマーレに、ムササビが手の届く範囲まで近づいた時、メキョっとエグイ音が鳴った。ムササビの腕が良からぬ方向へひん曲がっている。マーレのスタッフで殴られたのだ。袖の中身が骨だけなので、アウラの時のような流血沙汰にはなっていないが完全に折れているだろう。この事態に忠臣デミウルゴスは動かない、それは決して手を出すなと命令されているからではなく、ここまで全て予想通りだったからだ。デミウルゴスはムササビの限りない慈悲に心を震わす。ムササビは予想外の事態と激痛に身を震わせているが。
マーレは後ろに飛びずさり、距離を取る。
「デミウルゴスさんが警戒網を作ったんです。誰にも気づかれないなんてあり得ません」
マーレはきっぱりと言い切った。信頼の厚さにデミウルゴスは少しだけ嬉しくなる。
ムササビは慌てたように手を前に突き出す。
「待て、我だ。ムササビだ」
ムササビは慌てて探知無効の指輪と『選面の無貌』、そしてエントマからもらった口唇虫を外しムササビだと証明する。モモンガも指輪を外し、兜を取る。
「え、モモンガ様、ムササビ様……」
いきなり正体を現したムササビ達に驚いたマーレは、自分がしでかした事態に気付き震え出す。
「良い。これはマーレへの試験だったのだ。我はこの結果に満足している」
そう説明するムササビの後ろでは、モモンガがマーレから見えぬようにムササビの背に隠れて、〈
治療を終えたモモンガはマーレに近づき頭を撫でる
「モモンガ様……」
頭をなでられたマーレが顔を赤くする。
「マーレは不審な侵入者に適切な対処をした。ムササビさんを攻撃したのは正解だったのだ。だから何も怖がる必要などない。仲間を殴るのはこたえただろうが」
モモンガはムササビに言われた事を思い出し、マーレをギュッと抱きしめた。マーレの顔がますます赤くなる。
「あの、モモンガ様とムササビ様は……ど、どうして、こんな事をしたのですか?」
モモンガは言葉に詰まる。モモンガ自身もなぜこうなってしまったのかは分からないからだ。
モモンガの背後にアルベドが舞い降りる。ムササビが〈
モモンガがマーレを抱きしめているのを見たアルベドが、一瞬だけ百年の恋も冷めるような物凄い形相をした。それを見てしまったムササビは同じく物凄い形相をした。一連の出来事を見ていたデミウルゴスは背中に冷や汗をかく。だが、モモンガはそれを見ていなかったようなので、デミウルゴスとムササビは無かった事にした。
「それはね、ムササビ様がアウラを気に掛けていたからよ」
アルベドも何事もなかったかのように話し出す。もちろん、デミウルゴスもムササビもそれには突っ込まない。大人の対応である。
「どうして、お姉ちゃんが出てくるんですか?」
アルベドがすらすらと話し出す。アウラはモモンガに手をかけてしまった事を気に病んでいる。同じ境遇の者がいれば幾分か和らぐ筈。それが自分と近しい者なら尚更である。そこでムササビはマーレに攻撃させるように仕向けたのだと。それだけだと露骨過ぎるので、試験も兼ねるようにしたのだと説明する。
「そうですよね、ムササビ様」
「う、うむ。そうだ。流石はアルベドだ」
ムササビ自身は、殴られてから利用できるなと思いついたのだが、ここでその説明をするとマーレのダメージが計り知れないので止めた。この行為がデミウルゴスとアルベドのムササビの頭脳に対する勘違いを助長させてしまうのだが、もちろんムササビは気付いていない。
そんな事が起きているなど露知らずモモンガはマーレに話しかける。
「うむ、マーレよ。手を止めてしまって悪かったな。再び隠蔽工作を開始してくれ」
「は、はい、ではモモンガ様、ムササビ様。失礼します」
マーレはてってってっとモモンガから離れて、作業を再開する。モモンガはアルベドの方を向く。
「それでアルベドはどうしてここに」
「はい、ムササビ様に星空がキレイだから見に来ないかとお呼ばれされまして。このような汚れた恰好でお目通りしてしまい、申し訳なく思ってます」
モモンガはどぎまぎしながらアルベドと会話している。それを温かい目で見守りながら、さりげなく遠ざかっていくデミウルゴスとムササビ。十分に離れたところで気付かれないように空へと飛び立ったムササビが、隣のデミウルゴスに話しかける。
「アルベドに今リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを渡そうと思うのだがどう考える。記念すべきモモンガさんからの初めてのプレゼントには申し分ない上、立場上持っていた方が効率的だ。初めての褒美を渡す相手としても角がたたないだろうし、何より『
デミウルゴスはにやりと笑みを浮かべ、同意する。
「そうか、では〈
モモンガに〈
「見事な采配です。ムササビ様」
「今のオレは、ただのササビだよ」
ムササビはデミウルゴスにそっくりな笑みを浮かべる。
デミウルゴスはこの異世界に移転してから数日、充実と焦燥とを感じない時は無かった。しかし、それにもまして幸福を感じない時は無かった。至高の御方々の慈悲により生かされた我が身のなんと幸せなのだろうと。このような慈悲深き主に仕えられる幸せを噛み締めるデミウルゴスだった。
「おっしゃーーー!!!」
遠くからアルベドの絶叫が響いてくる。顔を見合わせ肩をすくませるデミウルゴスとムササビだった。
お待たせしました。リアルで用事が重なってしまい遅れてしまいました。
人間って思った事を素直に言える相手がいると精神衛生上とても良いと思うんですよね。凄いと思った人には凄い、羨ましいと思った人には羨ましいと素直に言える人って精神的に健康な人って多いと思うんですよね。逆に凄いと思っても貶したり、羨ましいと思っても妬んだりして、素直に思った事を言わない人で精神的に健康そうな人って見た事ないんですよね。
そういう訳で鈴木悟救済とは直接の関係はありませんが、この話でモモンガさんはムササビへ素直に羨ましいと言えるようになりました。
ソリュシャンって、しっかりしてそうだけど、けっこうアグレッシブなですよね。webでは食べ残しを有無を言わさず食べちゃったり、椅子になろうとしてたりしてましたからね。色んな物を食べたいって言ったムササビが、食べれない物まで食べれるアイテムを使ってたら、自分の指を食べさせようとするくらいはするのではないでしょうか。
デミウルゴスの世界征服はムササビにインターセプトされました。これでデミウルゴスが暴走する事はないです。しかし、ムササビは誤解が解けていると思ってますが解けてません。
次回はやっとカルネ村です。