元オーバーロード鈴木悟と元人間ムササビと   作:め~くん

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前回のあらすじ


ムササビ、ナザリックの地盤固め終了。
ユウ、姉と呼んでいいのはリスタだけ。
リスタ、お姉様、それほどまでに私の事を×2。
パンドラズ・アクター、私を息子と……。
モモンガ、家族が出来る。


デミウルゴス、縛りがなくなり、さらに知が進化。


14 ニグンの胃痛と伝説の始まりと

 私は創造神ヒマクルイを信仰している事になっているニグンだ。私はすでに神を信じていない。何故なら、六大神以上の存在を()の当たりにしたからだ。

 神以上の存在の前では宗教など、なんの意味もなさない。

 その神を超える存在であるムササビ様とモモンガ様は、この大陸を手にするおつもりだ。この大陸に住む全ての種族を支配下に治め、繁栄を約束すると(うた)っている。

 ただし、支配下に置く価値があればという注釈がつくが。

 優秀な種族はもちろん、善良である種族や、成長が期待できる種族であれば保護をする考えだ。そこに暫定的ではあるが人類は入っている。人類の中で過ごされて、人類が有益でも、善良でも無く、成長もなければ、滅ぼすお考えだ。

 また、人類を支配下に治めると決めたとして、全人類を全て保護する訳でもない。人類の中で選別される。例えば、悪の組織は滅ぼし、腐敗した国も滅ぼす。最悪、今日でエ・ランテルが滅ぼされる可能性は十分にある。その判断基準がどこにあるかが分からないからだ。ただ価値観は我々人類と似通っているのは確かだ。ムササビ様自身がそう仰っていたし、モモンガ様に至っては姿形が人類そのものだ。ムササビ様もアンデッドになる前は人類にそっくりの姿だったそうだ。

 だから、この大陸に置いて大した存在でもない人類をわざわざ見極めるのだろう。それは一時の感傷かもしれない。姿が似ている種族だから、リスタ様を哀れに思われて養子に迎えたのかも知れない。

 もしくはリスタ様を養子に迎えたのも人類を見定める一環なのかもしれない。モモンガ様とムササビ様は、そんなリスタ様と私とで一緒に冒険者パーティーを組んで、人類を中から見定めるおつもりだからだ。

 今はその冒険者登録をする為に、ムササビ様が創り出した馬に乗ってカルネ村からエ・ランテルへと向かっている道中である。

 馬車の(ほろ)で覆われた荷台にムササビ様とリスタ様と私以外に、カルネ村の生き残りであるエンリとその妹のネム、そしてマジックアイテムで呼び出されたジュゲムと名付けられたゴブリンが乗っている。

 このエンリと言う娘がネムを守る為に騎士へ殴りかかった姿に、ムササビ様は胸を打たれてカルネ村を助けたそうだ。そのエンリの英雄的とも言える行動がムササビ様を動かしたと言うならば、文字通りエンリがカルネ村を助けた英雄ともいえるだろう。

 ムササビ様もモモンガ様も、とても慈悲深くはあるが冷徹でもある。村を救った英雄とも言えるエンリの親だからと言って蘇生させてはいない。親を失って間もないのにエンリと離すのは可哀想だからという理由でネムを連れて来ているのにだ。

 エンリの両親も子供の為に身を犠牲にした。それは英雄的な行動とは違うのだろう。親が子の代わりに死ぬのは特別な行動ではないと考えているのかもしれない。エンリの親を蘇生させない事を気にしてはいる様子だが、だからと言って蘇生させる気は感じられない。そこには何かしらの明確な線引きがされている。

 それは私も無条件では蘇生してもらえない事を示唆している。自分の価値は自分で証明し続けるしかない。

 私があの時に殺されなかったのも、多分、エンリと似たような理由だろう。リスタ様を守ろうとしたから、ここにいる。私は首の皮一枚でつながっている状態なのだ。失敗を、いや、失敗しなくても、醜いマネをすれば、どうなるか分からない。

 その理由は、これから冒険者になり、アダマンタイト級にまで登り詰めて人類の英雄になる計画だからだ。その計画にどんな遠慮深謀があるかは分からないが、冒険者パーティーの一員として私に与えられた使命は二つ。英雄として尊敬を集める振る舞いをする事と、冒険者チームの一員になるに当たりムササビ様とモモンガ様に対等のパートナーとして接する事だ。

 これに失敗すれば、どうなるかは考えたくもない。ナザリック地下大墳墓なる場所を見るに、死ねるだけならば恩の字だ。殺されずに拷問を受け続けるかもしれない。アンデッドにされるかもしれない。

 最悪の場合は、私が原因で人類の滅亡が決定される。

 今までずっと人類の為に働いてきた私、ニグンが人類の歴史を終わらせるかもしれないのだ。洗礼名のグリッドも、性のルーインも捨てたとて、絶対的な力の前で部下を見捨てて自分だけ生き延びようと考えてしまったとて、人類を捨ててまでは生きてはいけない。私はそこまで強くも図太くもない。

 所詮(しょせん)、私は英雄に至れない凡人なのだ。

 これは凡人の私の肩に人類の存亡の一端が掛かっていると言っても過言ではない。それは身に余るほどの責任。

 私はこれから人類の英雄として生き、英雄として行動しなければいけない。自分など英雄には縁がないと思っていた。いざ自分がその立場になってしまえば、重圧で押しつぶされそうだ。吐き気すら(もよお)す。もし、今度ガゼフに会う機会があったなら詫びねばならんな。私は英雄と言うモノを理解していなかった。

 その為にも、私は英雄たり得る者で居続けなければならない。それを続けていく限り、生きていられるだろうから。

 戦力として考えるならば、私よりも有益な者はたくさんいる。それでも私を生かしているのには何か理由があるはずなのだ。それが、ただの神々の(たわむ)れだとしても、それに(すが)る以外に道はないのだから。

 その為には、今までの生き方を正反対に変えるなど当然なのだ。

 ムササビ様が大陸を支配した暁には、今まで抹殺対象だった亜人達とも同じ国民になるからだ。

 例えば、エンリのそばに常に周りを警戒しているゴブリンのジュゲムとも同じ国民になる。このジュゲムは魔獣登録をする為に連れてきている。人目に付くとまずい為、身体全体をすっぽりと(おお)う布のローブを被せてある。これで顔さえ隠せば、傍目にはゴブリンには見えない。

 ムササビ様はガゼフに、エンリとジュゲムの事を書状に記してもらっている。いざとなればどうとでも出来る力を持っていると言うのに、ここまで細やかに気を使う。ここからもモモンガ様とムササビ様の本気具合が推し量れる。亜人と同じ国民になる事に異を唱えたなら、どうなるか分からない。

 馬車が揺れた拍子でエンリと視線が合ってしまう。反射的に目を逸らしてしまった。エンリを見ると罪悪感に(さい)まれる。仕方がなかったとは言え、カルネ村を襲撃した者達の仲間だったのは事実だ。どんな理由があろうと、被害者側は許せるものでは無いだろう

 

「ニグンさん、遅くなりましたけどカルネ村を助けていただきありがとうございます。すぐに言いたかったのですけど、機会がなくて」

 

 そして被害者である彼女は、私が襲撃した者の仲間だとは知らない。だから私のような者に、こうやってお礼を述べる。

 

「いえ、私は何もしていませんよ。ササビさんと出会ったのも、ササビさんがカルネ村を襲った一味を追いかけている時。なのでカルネ村を助けたとは言えませんよ」

 

 私はそういう事になっている。リスタもそのタイミングで知り合った事になっている。私をカルネ村を襲った人間の仲間などと話しても無用の憎しみを生むだけだと、ムササビ様は仰っていた。

 そもそもムササビ様は陽光聖典には罪が無いと考えているようだった。それに私の事を話せば、法国の秘密の作戦も、秘密部隊である陽光聖典の事も知られてしまう。それだけでカルネ村が危険にさらされる確率は上がる。ムササビ様は人類同士のいざこざに積極的に関わる事はあまりしたくないようだ。だから私はカルネ村の事件とは関係ない人物と言う事にしたのだろう。

 頭では妥当な判断だと理解できても、心までは理解してくれず痛みを訴える。これがムササビ様が(あた)(たも)うた罰なのかもしれない。英雄として、これは背負わなければいけない罪なのだろうか。

 ちらりとムササビ様を横目で見る。

 ネムを膝の上に乗せて遊び相手になっているようだった。ムササビ様の隣に座るリスタ様も一緒にネムの相手になっている。二人とも子供の相手が手慣れていた。親が死んでふさぎこみがちだったネムが笑顔を見せている。それはムササビ様とリスタ様の(いつく)しみの心がなせる業なのかもしれない。ムササビ様は子を持つ親であり、リスタ様は親を失った子である。ネムに気を掛けるのは当然だ。その姿は本当の親子のように見えた。

 それはこの親子がそっくりの恰好をしているから、よりそう見えたのかもしれない。

 ムササビ様とモモンガ様は人類の中に溶け込む為に装備の質を落としている。また、パーティーを組むに当たり、私達の装備の質をある程度ではあるが揃えている。

 ムササビ様もリスタ様も黒色のゆったりとしたフード付きのローブを着ている。丈の長い袖は裾が広くなっており手がすっかり隠れている。違いと言えばムササビ様が装備している立派なガントレットと二人が(たずさ)えている武器だ。

 ムササビ様は等身大もある大きな黒い杖を得物にしている。先端にこそオーブのような物が着いてはいるが、全体的なフォルムは南方の武闘家が使う(こん)という武器に近い。

 リスタ様の杖は見た事もない形状をしていた。ムササビ様曰く『魔法少女のステッキ』なるものの形状をしているのだそうだ。ただ、ムササビ様の言うそれは、小さい少女が好むようなカラフルな色合いらしいのだが、リスタ様が持っているのは色が黒系統で統一されている。それと魔法少女のステッキらしからぬ能力があり、低位のアンデッドを召喚できるそうだ。リスタ様はそれを大層気に入っておられた。多分、ムササビ様がアンデッドを呼び出す魔法やスキルを使うからだろう。しかし、杖の先がハートの形をしており、それを輪っかが囲っていて、その輪っかからは天使の羽が一対(いっつい)広げて生えているのに、何故アンデッドを呼び出すのだろうか。ジョークグッズの類いとしてムササビ様自ら作ったらしいのだが、どういうジョークなのだろう。

 私の装備はと言うと、色が黒を基調になった以外は陽光聖典の物と外見は大して変わらない。質はかなり向上していて、特に武器は防具に比べて相当の一品になっていて、アダマンタイト級でも持っている者はいないだろう強力な力を秘めたメイスだ。神聖系の力の他に装備者の能力を上げる効果もあるようだ。これがどこまでの性能を持っているかは実際に使ってみないと分からない。

 そして私とリスタには、それとは別にほとんどのステータス異常を無効にするアイテムを持たされている。これを突破できる者はデスナイトなどの伝説級モンスターを超える存在だけらしい。ただ、これほどのマジックアイテムですら、ムササビ様達からすればガラクタ同然だと言う。なんなら、壊れても構わないと仰っていた。

 ちなみに我々の装備は黒系統の色で統一されているのはイメージ戦略の一環だ。これから人々の羨望を集める英雄的な冒険者チームになる予定なのだ。象徴する色はあって困るものではない。黒色なのは、人間の中で活動されるモモンガ様の装備が黒色だったからであり、深い意味はないそうだ。

 そのモモンガ様はと言うと早々に御者台(ぎょしゃだい)へ移動して、景色を楽しんでおられる。

 私も御者台へと行こうか。正直、この場は気まずい。ムササビ様とリスタ様はネムと遊んでいて、エンリはとても恐縮しているように座っている。ジュゲムはそんなエンリに何かと話し掛けているがあまり上手くいっていないようだ。この中で私は何をしたらいいのだろうか。この状況でエンリにもネムにも掛ける言葉は持ち合わせてはいない。

 英雄になる任は受けても、装備の色は漆黒に変わろうとも、私の心は漆黒聖典(えいゆう)の様には成れないのだ。

 逃れるように御者台(ぎょしゃだい)へ移動する。そこには漆黒の全身鎧に身を包んでいるモモンガ様が座っていた。等身大はあろうグレートソードをクロスさせて背中に背負っている。

 私はモモンガ様の隣に腰を下ろす。

 

「どうしたんですか、ニグンさん」

 

「いえ、ちょっと。私はカルネ村を襲った側の者ですから、居心地が悪いと言うか」

 

 陽光聖典にいた()りは、必要な犠牲ならば無辜(むこ)の民でも殺す事もあった。だが、殺す事に何も思わなければ、戦いの前に祈りなど捧げない。神への信仰心で罪悪感を塗りつぶしているのだ。

 神の為、民の為、人類の為だから冷徹に人を殺せるのだ。

 人類の為、民の為、神の為だから罪悪感など感じないのだ。

 人間は――私のような英雄に至れない凡人程度では、そうしないと心がもたないのだ。例え、それが必要な犠牲だと分かっていたとしても、良心の呵責(かしゃく)からは逃れる事など出来ない。

 逃れる方法がたった一つ、それは狂う事だ。だが、狂ってしまっては、それは凡人などと呼べはしまい。それはただの狂人だ。神の為なら何でも出来るなら、それは狂信者だ。神の為であり、民の為であり、人類の為だからこそ、狂わずにいられる。

 私はどこまでいっても凡人なのだ。狂う事も無く、神に(すが)って生きてきた。

 今は神を超える存在である、ムササビ様とモモンガ様に縋って生きている。

 この世界に置いて、人類は何かに頼らなければ生きていけない存在なのだ。

 

「そうですか。まあ、実は私も似たような理由でして。エンリの親を生き返らせないと決めた時は、この重荷を背負っていこうと思ったんですけどね。やっぱり気まずくて、ハハ」

 

 モモンガ様はなんとも人間臭い苦笑いを浮かべた。

 現在私が(すが)っている神を超える存在も、自分と似た理由で御者台にいた。

 ムササビ様が、私とモモンガ様は気が合うんじゃないかと仰っていたが、こういう所なのだろうか。ムササビ様が言っていたように、モモンガ様達と我々人類はあまり違いが無いように見える。

 しばしの無言が続く。双方が言葉を探しているようだった。それは人類同士でよくある見慣れた光景だ。

 強い風を全身で感じる。周りの景色が凄い速さで後方へと流れていく。スレイプニールを超える速度で馬車が駆けている。この二頭引きの馬車を引いているのは馬のアンデッドだ。これほどのスピードを出せるアンデッドはどんなものなのだろうかとよく見てみる。

 (かすみ)のような(もや)がまとわりついた骨の身体から淡い光を放っている。その光は濁った黄色と鮮やかな緑色で、靄のそこかしこで点滅している。

 うん、これは、とてもソウルイーターに似ているアンデッドだ。そっくりと言っても良い。

 いや~、まさかな、うん、そんなはずが無い。たった三体でビーストマン10万体を殺し、都市一つを滅ぼした伝説級のアンデッドだぞ。これを竜王国の近くに放り込んだら、あの国の問題は解決するではないか。いやいや、ないない。それほどの化け物がただの馬車引きをしているなんて。漆黒聖典が雑用しているようなものだぞ。

 

「あの、モモンガ様。もしかしてですけど、この馬車を引いているのはソウルイーターという名前のアンデッドですか?」

 

「そうですよ。この世界にもソウルイーターはいるんですね。あ、それとニグンさん。この姿の私はモモンですからね」

 

 そんなに軽くソウルイーターだと肯定されても。陽光聖典が竜王国でビーストマンを相手にするのは結構大変だったんですよ。そのソウルイーターからしたら三万分の一以下ですけども。

 人の儚さを感じている私にモモンさんが話し掛けてくる。

 

「ササビさんが言っていたんですけど、心の中でも呼ばないといけない名前で呼んでいたら、呼び間違いは減らせるそうですよ。ニグンさんもそうしたらいいですよ」

 

「そ、そのような事は出来ませんよ」

 

「私達は対等なパートナーなんですから構いませんよ。ナザリックにいる時に間違って呼んでも大丈夫ですから。……多分」

 

「多分!?」

 

「いや、私達は気にしませんけど。ナザリックの皆がどうかなって思ったら、ちょっと。でも、すぐにどうこうする事はないと思うので安心してください」

 

 私は試されているのか。しかし、ここで従わぬわけにもいかない。これからは心の中でもモモンさん、ササビさん、リスタ、と呼ぼう。それで何かあった時は、ササビさんがなんとかしてくれると信じよう。

 

「あ、そうだ、ニグンさん。エ・ランテルに着いたらちゃんと英雄っぽく振舞って下さいね。私も英雄みたいにしますから。カッコよく目立てたら言う事無しですよ」

 

「それが実はあまり自信が無くて。陽光聖典の隊長をしていたとは言え、秘密部隊なので目立つ事は御法度だったんですよ。身分を隠して表の仕事もしていましたし」

 

「あぁ、そうでしたね。表は普通の公務員で、裏で秘密部隊の隊長をしていたんでしたね。……いや、でも、そう言うとそれだけでヒーローっぽいな」

 

「え?」

 

「いや、なんでもないですよ。それなら自分がカッコいいと思う人のマネとかどうですか」

 

 私は漆黒聖典のある隊員を思い浮かべる。実力も人格も(まご)うこと無き英雄である。

 

「私の柄ではないですね。人としての格が違い過ぎると言うか」

 

 それにその人でも勝てるか分からないアンデッドが文字通り馬車馬のように働かされている状況が目の前にあると、素直にカッコいいとは思えなくなってきた。なんというか、滑稽さを感じてしまうと言うか。所詮(しょせん)、人の身では英雄だろうと高が知れているという事か。

 

「そうなんですか。でも、カルネ村で対峙した時のニグンさんはけっこうカッコ良かったんですけどね」

 

「そ、そうですか。それはどうもありがとうございます」

 

 私にはササビさん達の強さに酷く狼狽していた記憶しかないのだが。その姿のどこが琴線(きんせん)に触れたのだろうか。

 モモンさんが何かに気付いたように話し出す。

 

「あっと、いけない。そろそろ時間だ。まあ、私は気まずいだけでここにいる訳じゃないんですよ。こうやって制限時間が過ぎてソウルイーターが消えてしまう前にスキルで追加しないといけないんですよ」

 

 ソウルイーターがまた一つ気軽に追加された。そのすぐ後に馬車を引いていたソウルイーターの一体が馬車を引く馬具、馬車ハーネスを残して消える。馬車ハーネスが落下を始める前に新しく追加されたソウルイーターがその場に収まった。伝説級のアンデッドにもなるとこれほどの早業も軽くこなさるのか。まあ伝説級のアンデッドに、こんな雑技を見せられても悲しくなるだけなのだが。

 ビーストマン3万体以上に値するアンデッドがこんなに雑に消費されている。そもそも私達が馬車で移動しているのはササビさんが馬車に乗りたいと言ったからだ。いちおう、魔法で見えなくしているそうで、誰かに見られる心配はないらしい。エ・ランテルが見えてきたら馬車から降りて、徒歩で検問所へと向かう手筈だ。そんな手間をかけてまで馬車に乗りたかったそうだ。その為だけにソウルイーターが消費されていく。

 フッ、人だけではなく、伝説(ソウルイーター)ですら神を上回る者の前では儚いものだな。

 

「ところで、このソウルイーターはスキルでどれほど生み出せるんですか。まさか無尽蔵とかでは無いですよね」

 

「流石にこんな低レベルアンデッドでも、無尽蔵って訳にはいきませんよ。回数制限がありますし、回数が回復するのに時間もいりますし」

 

「これが低レベル……。最強クラスのアンデッドで、確実に私よりも高レベルなのですけど」

 

「いや、違うんですよ。決してニグンさんのレベルが低いって言っている訳ではないんですよ」

 

「ハハ……お気遣いありがとうございます。けれど、このソウルイーターよりも私の方が遥かに弱いのは事実ですから。ところで、これはちょっとした好奇心で聞くのですけど、モモンさんはもっと強いアンデッドも生み出せたりするんですか」

 

「え、まあ、生み出せますけど、あんまり軽々しくは使えませんよ。こっちは戦闘でもそこそこ使い道がありますからね」

 

 いくらモモンさんでも回数制限はあるのだ。だが、いったい、これ以上のアンデッドを何か月で一体呼び出せるのだろうか。仮に月で一体でも生み出せれば、それだけで世界が終わるかも知れない。何故なら、モモンさんが生み出したデスナイトの一体は数日経っている今でさえ、この世に存在し続けているのだから。このソウルイーターは時間制限があるようだが、何か特別な方法でこの世にとどまり続けさせる(すべ)があるのだろう。

 

「一日で四回しか使えないんですよ」

 

 ふう、もう私は人生において驚くことはないだろう。私がいるこの世界は一日4回くらいは滅ぶほど脆かったようだ。人類は大海に浮かぶ木の葉のようだと思っていたが、大陸自体が木の葉だったようだ。この世界は生物は全て絶望の中にあったのだな。

 

「そうそう、初めてニグンさんと会った時のデスナイトがまだ消えないんですよ。死体を媒体に使ったからなんでしょうかね。いつ消えるかわかりますか」

 

 この御方は私に何をお求めになっているのだ。一体で都市をも滅ばす化け物がいつ消えるかだと。何、絶望を前に神に祈っているようなセリフを言っているんですか。呼び出したのは貴方で、祈られるのも貴方で、祈りたいのは私だ。あんな伝説級のアンデッドが消えずに存在し続ける方が絶望ですよ。伝え聞くから伝説であって、気軽に存在し続けれたら伝説でも何でもないではないか。死体を用いれば少なくとも数日以上もこの世にとどまり続けるとか、聞いた事がない。

 ……こっちについて正解だった。こんなもの法国は元より、評議国も敵う訳がない。この人達の気分でこの世界が終わる。

 

「あ、おっきな城壁が見えてきましたね。そろそろ馬車を下りないと、ニグンさんはササビさん達に言って来てください」

 

 モモンさんが何も指示しなくてもソウルイーター達がゆっくりと止まる。何故これだけの力を持っていながら我々人類を見極めようとするのだろうか。

 

「ここから、私達は英雄ですよ」

 

 そう言ってモモンさんは英雄を超える伝説(ソウルイーター)を消した。

 なんとも、あっけないものだな。私が陽光聖典で行ってきたことは一体なんだったのだろうか。

 部下達も各々ガンバレよ。とりあえず、こっちの陣営が負ける事は無いようだ。胃が持つかは知らぬがな。

 私はすでに胃が痛い。

 

 

 

 冒険者登録はすぐに終わったが、魔獣登録にはジュゲムを写生しなければいけないのでもう少し時間が掛かるようだ。エンリはその飼い主に当たるので、ここで待たないといけない。ササビさんはジュゲムの絵を書くところを見る為に残った。ササビさんは絵を(たしな)むそうで、この世界の技法がどういうモノがあるのか興味があるそうだ。あれほどの強さを持ちながら、芸術にも明るいのか。あとネムも絵を描くのを見たいと言うので、ササビさんの膝の上に乗って一緒に絵が描いている様子を見ていた。その様子を見てエンリは慌てていた。私にはどうする事も出来なかった。

 残りの私とモモンさんとリスタで、冒険者組合に紹介された安宿を取りに行く。

 エ・ランテルの街を歩きながら思う、肥沃な大地にありながら庶民の生活ぶりは法国以下だと。実際に見てみると聞いていたよりも酷い。これほどまで恵まれた立地にありながら、一体何をしていたのだ。これならもっと早い段階で帝国に併呑(へいどん)させていれば良かったのだ。人類は無駄な時を過ごしてしまった。だが、それも今となってはどうでもいい事だ。ササビさん達に認められれば、人類は安泰だ。今は出来る限りササビさん達に人類の良い所を見てもらおう。

 実際に泊まる予定の宿まで来てみると、想像以上にボロかった。一階は酒場になっていて、二階と三階が宿になっている良くある宿屋だ。

 ウエスタンドアを開けて中に入ると、掃除も行き届いていない何とも言えない汚さだった。ゴミの残る床にみすぼらしい机、そこで昼から飲んだくれている小汚い低級冒険者達。こんな場所にあの二人は本当に泊まるのだろうか。この宿にするのはササビさん達の希望なのだ。とは言うものの、ササビさん達は夜にはナザリックに戻るので、実際にここで寝泊まりする訳ではないのだが、それでも酷い。

 冒険者達の値踏みをする視線を受けながら歩く。貴様らが値踏みしているのは神すら超越しているモモンさんと、この歳で英雄級に足を踏み入れたリスタだぞ。飲んだくれがそんな存在を計れる訳がないだろ。見の程を知れ。下らん人間共だ。

 ため息が出そうになるのをこらえる。それは英雄らしい振る舞いではないからだ。私の肩には人類の命運が乗っているのだ。こんな飲んだくれ共とは違う。

 私を駆け出しの冒険者と信じて疑わない見る目の無い主人から四人部屋の鍵を受け取る。

 みんな一緒の部屋だが、リスタも夜になるとナザリックに帰還するので問題は無い。私は留守番だ。本音を言うと、ここの方が気が楽と言っていい。いくら仲間になったと言えど、六大神さえ使えたか定かではない第十位階魔法を使うモンスターが闊歩する所で安眠出来るほど肝は据わっていない。それを言うなら、モモンさんもササビさんも第十一位階魔法を使えるのだが。いや、第十一位階魔法ではなく、超位魔法というのが正式名称だったか。あの二人はあらゆる事が超越している。

 モモンさんが階段へと歩き出すと、その先に小汚い冒険者がスッと足を出す。おい、飲んだくれ。貴様が何をしたか分かっているのか。今、貴様が試そうとしている御方は神をも超える存在なのだぞ。

 モモンさんがその足を軽く蹴り払う。

 

「すまないな、足があまりにも短すぎて見えなかったようだ」

 

 これがモモンさんの中の英雄像なのか。私の聞き間違いでなければ、若干声が上擦っていたような。モモンさんと今まで話してきた中で感じた印象は、その強大な力を抜きにすれば、ただの一般人だ。それも荒事とは無縁だった、比較的安全でモンスターの生息地から遠い場所にいる一般人だ。その中身はササビさんが言う通り、慎重な所が多々ある調和を重んじる人そのものだ。もちろん、そういう演技をしているだけなのかも知れない。ただモモンさんがそうする以上、私もそれに合わせないといけない。このままでは荒事に慣れてない人間が頑張って英雄として振舞ったのに、自分は何もしない者だと思われるかもしれない。それは人類の心証を悪くしてしまう。引いては人類の滅亡に繋がっていく。

 私も何か英雄としての行動を取らないといけない。しかし秘密部隊にいた身としては、こういう事とは縁が無かったので何をどうすればいいのか、さっぱり分からん。

 私がそんな事を考えていると絡んできた冒険者が下卑た笑いを浮かべる。

 

「俺は寛大なんだ。そっちの女を一晩貸してくれたら許してやんぞ」

 

 冒険者はモモンさんの横にいたリスタの肩に手を置いた。

 

「「「え」」」

 

 私とモモンさんと他の冒険者達の声が重なった。

 なん……だと……。き、貴様ァー! 貴様は何を言っているんだ! 貴様の性的嗜好でこの国が、人類が滅びるかも知れんのだぞー! その汚い手を退()けろロリコンがぁ! 見ろ! 貴様の連れを! 私達と変わらず「え」と声が漏れていたぞ! もう貴様にパーティーの居場所などない! ここにササビさんが居たら、世界が終わりを迎えていたかも知れなんのだぞ! このクソロリコンが!

 モモンさんは困ったようにロリコン冒険者の肩に手を乗せると、突如ロリコン冒険者が呻き声を上げて、うずくまる。

 モモンさんが何かしたのかと思ったが、当の本人は全身鎧を着ていても分かるくらいに戸惑っている。

 

「……無言の腹パン」

 

 モモンさんがそう呟く。それがどういう意味の言葉なのか分からないが、どうやらリスタがロリコンの腹に拳を叩き込んだようだ。

 英雄級ともなれば、魔法詠唱者(マジック・キャスター)と言えども金級の戦士と変わらぬ筋力を持っているのだぞ。鉄級の冒険者では歯が立たんわ。

 呻き声を漏らして倒れているロリコンへ、ゴミを見るような目で一瞥(いちべつ)したリスタはそのまま階段へと歩き出した。取り残されたモモンさんが「カッコいい」と呟いて、その後をついていく。

 不味い、私だけが目立っていない。このままモモンさんについて歩くだけでは、何も良い所がなく終わってしまう。まだ人類の良い所を何も見せていないではないか。私も何かしなければ。

 冒険者に背を向けたまま私の背後に炎の上位天使(アークエンジェル・フレイム)を三体召喚する。

 炎の上位天使(アークエンジェル・フレイム)の剣をロリコンとその仲間に向ける。

 

「これが私達の力だ。どうだ、見定められたか」

 

 酒場にいる者達がざわめく。私が召喚した天使に驚いているようだ。だが、どうやらそれが第何位階の魔法かは分かっていないようだった。まあ、それも当然だろう。王国は魔法が軽視されているからな。まったく、これが法国が努力した結果とは、なんとも度し難い。

 ふん、これくらいキメればいいだろう。私はあんまりこういう事は得意ではないのだがな。召喚した天使を消して、モモンさんの後を追う。

 階段を途中まで登った所で立ち止まり、酒場から聞こえてくる声に耳をすませる。

 「ち、治癒魔法を……」とロリコンが呻いている。「寄るな変態」「お前とのパーティーは解消だ」と仲間だった冒険者が吐き捨てていた。

 ふん、当然の報いだ。まったく、危うくロリコンの手によって人類が滅びる所だった。ふふ、私は人類を救ったのかもな。部屋を確認したら、次は薬師の所だ。冒険者組合で聞いたところによると、エンリの友人はエ・ランテルでも優秀な薬師の孫だそうだ。正直、陽光聖典での私の仕事は対亜人と言う事もあり、リ・エスティーゼ王国とは真逆の方角へ赴く事が多く、バレアレの名は聞いたことが無かった。ただ、少しだけ楽しみでもある。王国のポーション技術はどの程度の物だろうか。法国があれだけの労力を払って、人類の平和を保っていたのだ。せめて、技術くらいは上がっていてほしい。

 二階に上がると、廊下の先でモモンさんとリスタが私を待っていてくれた。

 リスタが私をじっと見ている。リスタ、何だか睨んでいるように見えるのですが。それともただ見ているだけなのですか。リスタは表情が乏しいので何を考えているのか今一つ掴めない。

 リスタの隣に立っているモモンさんが声を掛けてくる。

 

「さっきのカッコ良かったですね。ニグンさんに良い所を全部持ってかれてしまいましたよ。私も頑張ったんですけどね」

 

 あ、いや、別に横取りのようなマネをするつもりは。あ、もしかして、リスタは私に見せ場を奪われたと思って睨んでいるのか。

 うぐ、胃が痛い。

 

 

 

 宿屋を後にした私達三人は、バレアレ家へと向かう。ササビさんから、今からバレアレ家に向かうと〈伝言(メッセージ)〉で連絡があった。時間から考えて、先にササビさん達が着いているだろう。

 バレアレ家へ向かって歩いていると空気に薬草の匂いが混じり出す。どうやら、目的の区画が近づいているようだ。区画の中でも一際大きい店が目的地だ。いや、店と言うよりは工房が繋がっているような建物と言った方が近いだろうか。

 その建物の扉を開けると、上部に取り付けられている鐘が大きく鳴る。

 

「あ、いらっしゃいませ」

 

 エンリの隣にいた青年の声が静かな店内に響く。私は手で、その青年の隣にいるエンリの仲間だと伝える。エンリと話していると言う事は、この青年がンフィーレア・バレアレか。すでにこの都市で有数の薬師であり、さらには第二位階の魔法を使える非常に優秀で将来有望な青年だ。

 店内には私達以外の客がいないようだった。ササビさんは物珍し気に店内を見て回っていた。エンリがンフィーレアと話しているので、気を利かせているのだろう。ネムはエンリの傍らに、ジュゲムはエンリとササビさんとの間に立っている。このゴブリンにとって私達の方が危険だと言う事だろうか。

 私達はササビさんの元に行く。部外者がそばで聞いていては言いにくい話もあるだろう。店内が静かだから聞こえてしまうが、それでも配慮と言うのは必要だ。

 

「村が襲われて、両親が殺されて……」

 

 エンリの沈んだ声が客のいない店に響く。ズキリと胸が痛む。今は祈りを捧げる対象さえない、ただの凡人なのだ。心も動き、冷徹にもなれない。

 

「そんなことが……」

 

 エンリを気遣うンフィーレアの戸惑いながらも優し気な声。そんなンフィーレアに心配を掛けさせないようにするエンリ。なんとも初々しい。ただ、エンリはンフィーレアほど気があるようではなさそうだが。

 本来ならば、エンリの両親もこのような光景を見られたかもしれないのだ。私が何かを言える立場ではないのは承知しているが、それでも、もう少し違う未来があっても良かったのではないだろうか。それを言うなら私とて、あの時にササビさんの魔法でリスタが落ちてこなければ、殺されていただろう。そういう結末も間違いなくあったはずなのだ。

 私が仮定の想像を思い巡らせている間も、エンリとンフィーレアのやり取りは続いていく。

 

「私も背中を切り付けられて」

 

「えぇ、大丈夫なの!」

 

「心配しないで平気よ、ササビ様に助けてもらったの。真っ赤なポーションを飲んだら、大ケガが一瞬で治ったの」

 

 赤いポーション? 神の血の事か!? ササビさんは口止めしていなかったのですか! ササビさんの方へ振り返ると、あっという顔をしていた。口止めするのを忘れていたのですか!?

 

「あ、赤い液体……、それって、もしかして……」

 

 不味い、ンフィーレアが神の血に食い付いた。当たり前だ、薬師にとっては生涯の目標と言ってもいい代物だ。ここはどうにかして誤魔化さなければ。

 私が何かを言うより早くエンリが口を開く。

 

「あ、それと私、ササビ様に買われたの」

 

 この娘、なんというものをぶっこんでくるんだ。それをこのタイミングで言う必要がどこにある。誤解しか生まないだろうが。エンリはンフィーレアを安心させる為に言ったのだろうが、どうみても逆効果だ。

 

「え、それって、……まさか、奴隷になったって事」

 

 こんな言葉がすぐに出てくるあたり、やはりリ・エスティーゼ王国の奴隷問題は根深い。しかし、無理もない。神の血の価値を考えれば、人生全てで払ってもまだ足りぬ。全てを売り払ってしまったと勘違いするのも無理はない。

 

「違うよ、そういう意味じゃないから」

 

「そ、そうだよね、あは、あはは」

 

 ンフィーレアは乾いた笑いを漏らす。ササビさんの顔が引きつっている。

 

「大丈夫、ネムも一緒に買われたから」

 

「ええっ」

 

 ヤメロォ! 娘! それ以上、口を開くな! 何が大丈夫なんだ! お前の頭の中ではどういう思考が行われているのだ! まさか姉妹が引き裂かれた訳ではないから安心してっとでも言う意味たっだのか!? 余計、事態が悪化したわ! ササビさんが小刻みに震えてしまっているではないか! ホント、よすんだ! これ以上ササビさんを言葉のナイフで刺さすのは止めるんだ!

 ああ、なんという事だ……。リスタがさっきの冒険者(ロリコン)を見ていた目をササビさんに向けている。止めて下さい、ササビさんの心が死んでしまいます。

 

「安心して、ササビ様は夜にも訪ねて来てくれて、とっても優しくしてくれたから」

 

「えええっ!」

 

 あり得るか―! ぶっ刺したぞ! この娘、さらにぶっ刺したぞ! ササビさんの心がズタズタになってしまう!

 それとリスタ、ササビさんにゴミを見るような目を向けないでもらえないか。誤解だから、そう言う意味では決してないから。

 

「もちろん、その時はネムもいっしょだよ」

 

「え……」

 

 当たり前の様に追撃の言葉のナイフがササビさんを襲う。

 固まるンフィーレアと私達をよそに、さっきまで大人しかったネムがハイハイと手を上げる。

 

「私、ずっとササビさんに抱いてもらってたの」

 

 ササビさんが膝から崩れ落ちた。

 あぁ、ネムよ、少し言葉を間違えてしまったな。意味が変わってしまったぞ? そこはせめて抱きしめてもらったと言うんだぞ。

 フッ、……これは滅びる! 人類が滅んでしまう! この姉妹は言葉の選択が絶妙すぎる! 分かってて言っていないか!? ササビさんの評判はもうゼロだ!

 唖然としているンフィーレアの前までリスタは歩いていく。そうだリスタ、養子に迎え入れられた娘としてササビさんを全力でフォローをしてくれ。

 

「私とお父様はお風呂で身体の洗いっこをする仲」

 

 リスタ、何故ササビさんをぶっ刺すのに全力を出した。今それをンフィーレアに言う意味はなんだ。もしかして、今日ササビさんがネムの相手ばかりするから、拗ねてしまったのか。リスタの不意打ちでササビさんが完全に動きを停止してしまったぞ。ここからササビさんはなんの英雄になれるのだ。ロリコンの英雄か? それは竜王国のヤツで間に合っているぞ!

 そうだ。モモンさん、ここは貴方が誤解を解いてください。て、ちょっと、貴方も何、やっぱりササビさんってロリコンなのでは、って顔をしているんですか! 貴方がそんな疑いの目を向けると私まで不安になってくるでは無いですか! いや、ありえん、ありえん、ササビさんはただの子供好きなだけだ。そこに性的な意味は無いはずだ。そんな事があり得るか!

 崩れ落ちていたササビさんがおもむろに立ち上がる。

 

「あ~、その、この赤いポーションを譲る事は出来ます。ただし、幾つか条件がありますが」

 

 ササビさんは神の血を片手に、何食わぬ顔で無理矢理話の流れを断ち切った。この御方はやはり大人物のようだ。その顔には今までの動揺など微塵も感じさせなかった。なんというポーカーフェイスだ。

 だが、そんなササビさんとは裏腹に、私は胃が痛い。

 

 

 

 赤いポーションを出したササビさんが出した条件は、赤いポーションの研究をカルネ村に移住して行う事だった。これは秘密の漏洩と情報が漏れた時の混乱を抑える為だ。

 ンフィーレアは元より、その祖母であるリィジー・バレアレもこれを承諾した。ただ、色々としなければいけない事があり、移住するにはしばらくかかるようだ。有名な薬師だ、それも仕方が無いだろう。

 ササビさんは他にエ・ランテルの冒険者の中で有用なタレントを持つ者に心当たりが無いか聞いていた。帰ってきた答えは漆黒の剣と言う銀級冒険者に『魔法適正』と言うタレント持ちがいるそうだ。魔法の習得が倍ほど早くなると言う文句なく有用なタレントである。魔法詠唱者の地位が低い王国では無く、帝国の都市部か法国で生まれていたなら素晴らしい人生を送れていたかもしれない。

 その漆黒の剣と上手く知り合いになる為にンフィーレアは一計を案じ、漆黒の剣と我々に指名の依頼をする手筈になった。依頼内容はカルネ村まで行って薬草の採取をする為の護衛だ。これに同行してエンリとネムもカルネ村に安全に帰れると言う寸法だ。この青年は薬師の分野以外でも優秀なようだ。

 バレアレ家での話し合いが終わって、宿の部屋に戻った時には日が暮れていた。

 

「あ~、ナザリックに帰るの気が進まないな~」

 

 魔法で全身鎧から一般人が着るような服に変えたモモンさんはそう(ひと)()ちた。

 この人は何を妻と喧嘩した夫みたいな事を言っているのだ。私に何を求めているのだ。どう返せば正解なのか、まったくわからん。本当にこの人と私は気が合うんだろうか。

 ここにササビさんが居てくれたら何か言ってくれるだろうが、残念ながら今は私とモモンさんしかいない。他の皆はバレアレ家にいる。ネムがササビさんとリスタから離れたがらなかったから、もうしばらくバレアレ家にいる事にした。やはり、ササビさんは子供好きだと感じる。断じてロリコンと言う意味ではない。

 

「その、モモンさんは何故ナザリックに帰りたくないんですか」

 

「いや、帰りたくない訳じゃないんですよ。ただ……、あ、そうだ。ニグンさん、女性とどんな会話をしたらいいか、わかりますか」

 

 意味を図りかねる質問だ。これはどう答えたらいいのだ。あぁ、またキリキリと胃が痛み出す。何故、この御方達は私の胃を狙い撃ちにするのか。だが、どんな試練でも私は乗り越えねばならん。そこに人類の命運がかかっているのだから。

 

「その女性とはナザリックの者なのでしょうか」

 

「そうです。仕事の話なら出来るんですけどね。それ以外の話は、どうやればいいか分からないんですよ」

 

 モモンさんはユウ様とは普通に話しておられたので、女性が苦手と言う訳ではないのだろう。と、なればその女性はユウ様のように積極的に話し掛けてくるような人では無いから、どんな会話をしていいか分からないのか。いや、この街での行動を見る限り、女性相手だろうとそつなくこなしていた。すると、単純に恋愛話だろうか。モモンさんもササビさんも相手の考えを尊重しているように見られる。横紙破りのようなマネは好かないのだろう。それを考えるとその女性がモモンさんに好意を寄せて、モモンさん自身も憎からず思っているとみるのが妥当だろう。そうでなければ、ここまで悩まないはずだ。まあ、恋愛におけるよくある話だ。これだけの力があれば思うままに生きられるだろうに、やはり小市民な性格をしているのか。ここはその前提で話をするしかない。

 

「それならば、普通に仕事の話をすればいいのではないでしょうか。その女性はモモンさんの事を想っているのでしょう。別に仕事の内容を秘密にしなければいけない訳ではないのでしょう」

 

「え、なんでその女性に好意を寄せられていると分かったんですか?」

 

 この人は恋愛経験が無いのかも知れんな。こんな話を振る時点で、だいたい当たりはつくでしょうに。

 

「陽光聖典の時は予備役を含めて100人以上の隊員を抱える長でしたから。そういう相談をされた事もありますからね」

 

「ああ、そうでしたね。凄いな、そんな人数の部下を持っていたなんて」

 

 それはジョークで言っているのか。笑っていいのか分からん。今日一日一緒にいて本気で言っている気もする。あぁ、どっちが正解なのだ。分からん。ならば、どちらでも良いように返答しよう。

 

「ナザリックを見る限り、100人では利かない数の部下がいるようでしたけど」

 

「え、ああ、そうですね。実質的な指揮をしているのはササビさんなモノで。あまり自分の部下って感覚がないと言うか。どちらかと言うと友人の子供みたいな感覚でして」

 

 あぁ、なるほど、そういう事か。つまり、友人の子供から好意を寄せられている状況と言う訳か。と、なれば無難な方法を進めた方が良さそうだ。

 

「それでしたら、その女性とは共通の話題である仕事の話から初めていけばいいのではないでしょうか。無理に話題を合わせるよりはずっといいと思いますよ。そこから他の話題に広げていくのはどうでしょうか」

 

「あっ、そうか、これも営業の一種だと思えばそんなに難しくないか」

 

 いったいこれほどの力をもっている人が何の営業すると言うのだろうか。この人が来た時点で言いなりになる以外の選択肢がないだろう。まさか珍しい武器でも売り込もうと言うのか。いやいや、そんなバカな。

 あり得ない想像をしていると、ノックの音が聞こえてくる。こちらが返事をする前に部屋の扉が開く。

 

「ただいま~」

 

 ササビさんが一人で部屋に入ってきた。

 

「あれ、ササビさんお一人ですか」

 

「今日はリスタもバレアレ家にお泊りです。ユウが寂しがるかもしれませんけどね、いや、羨ましがるかも知れないかな」

 

 ササビさんは何を言っているんだろうか。ユウ様が何を羨ましがるのだろうか。

 

「うん? ニグンさんが困惑した顔をしている。もう、モモンさん、いったい何をしたんですか。ニグンさんも適当にあしらっていいですよ」

 

 適当にあしらえと。伝説のアンデッドであり、たった3体でビーストマン10万体を滅ぼしたソウルイーターを気軽に呼び出せる存在を? 一日に12体と言う事は単純計算で40万体を殺せるんですよ。それに困惑していたのは貴方の発言であって、モモンさんが原因ではないですからね。いえ、さっきまで恋愛相談染みた事をされて困ってはいましたけど。

 ササビさんはモモンさんの隣に腰を下ろす。

 

「モモンさんは、ナザリック関係と昔の仲間を悪く言わなかったら、だいたい大丈夫ですよ。むしろ、かなり寛容ですから安心してください」

 

「なんですか、それは」とモモンさんは抗議の声を上げる。

 

「でも、そうでしょ?」

 

「いや、それは、そうかもしれません」

 

 そうなのか。なるほど、と言う事は逆にナザリック関係を褒めれば私の印象も良くなるのではないか。見え透いたお世辞など言えば逆鱗に触れるかも知れぬが、幸いあのナザリックにお世辞を言わなければいけない場所などない。どれも手放しで賞賛できるものしかない。これはやってみる価値はある。

 

「いえ、あのナザリックに悪い部分などどこにあるのでしょう。私が捕虜としていたあの場所も地下だというではないですか。地下に空を作ろうなど、凡人には発想も出来ませんよ。あの見事な夜空を作った人には一度会ってみたかった。あれほどの見事な星空を見た事がありません。あの空の前では、どんな芸術も意味をなさないでしょう。それも、夜だけではなく昼まで作れるとは」

 

「そ、そうですか。いや~、ニグンさんにはあの夜空の良さが分かるんですか」

 

「ええ、対亜人の任務柄、野外活動が多くて人里を離れた所へも良く(おもむ)いていたので。星を読むのは必須の技能なのですよ。この世の星空とは全然違うのに、なんの違和感も無い。もう一つの星空を創造したに等しい偉業ですよ」

 

「いや、あれは私達が居た世界にかつてあった夜空なんです。それを写しただけの物なんですよ」

 

「そうだとしても、私は夜空を描いた絵画を幾つか拝見した事がありますが、あれほど見事な物は見た事がありません。それに私達のような捕虜に出される食事も、この世の物とは思えないほどの美味でした。料理を運ぶメイドも絶世の美女ぞろいで、着ているメイド服すら素晴らしいモノでした。あれ程細緻(さいち)でありながらメイドとして華美になり過ぎない見事な刺繍が施された服など、王族でも持ってはいないでしょう。あれを作った人物のセンスの高さが伺えます。正にナザリックは至高の楽園ですよ」

 

「いやー、そうですよね。ナザリックって良い所ですよね」

 

「チョロい、チョロいな~、モモンさん。思ってたよりチョロい」

 

 と、ササビさんが茶化すが、そのササビさんもどこか嬉しそうに見える。

 

「ええ、そんなにチョロいですか」

 

 モモンさんはそう反論するが顔はとてもにやけている。うむ、これはかなり心証が良くなったはずだ。思ったままの賛辞を送るだけで人類の命運が伸びるなら、これほど良い事もあるまい。誰も傷つけず生き延びられる道があるのなら、私だって初めからその道を選びたかった。陽光聖典の隊員達とて、亜人を殺す事が至上の喜びなどと言う者はいなかった。亜人に憎しみを持つ者もいたが、それでも亜人を殺すのが最上の理由では無く、人類にとって害悪だから、殺さないとこちらが殺されるからと言う理由の方が大きい。

 これはササビさんにも思っているままを言って、心証を良くしておこう。

 

「ユウさんも素晴らしい少女ですよ。捕虜にされて、不安な状態が続く我らに優しく声を掛けてくれました。あれほどの美しい容姿と心を持った女性など見た事がない。あれは正に女神と形容するのが相応しい」

 

「く、ふふ、へへへ、はあ~、ダメだ。顔がニヤけてしまう。やっぱり、オレは親バカだなぁ。自画自賛って言われてもいいや。ユウは可愛くて超良い子ですよ」

 

 今日一番の笑顔をしたササビさんが親指を立てた。途方もない力を持っているササビさんも一人の親に過ぎないと言う事か。

 

「と、違う違う。褒め殺されに帰ってきたんじゃないんです。ナザリックに帰る時間だから帰ってきたんですよ。モモンさん、アルベドが首を長くして待ってます。オレもやらなければいけない仕事が残ってますから帰りますよ」

 

「そうですね。帰りましょうか」

 

「あれ、いやに素直ですね。何かありました」

 

「いえ、別に何もないですよ」

 

「そうですか。では、ニグンさん。留守番を頼みますね」

 

 小首をかしげながらササビさんは〈転移門(ゲート)〉を出して、その中へ消える。モモンさんもそれに続いてその中に消えていった。しかし、今のササビさんとモモンさんのやり取りはどう見ても普通の人間だったな。確かに精神構造は私達と似通っているかも知れんな。

 さて、明日は漆黒の剣のチームワークや人柄を確かめなければいけない。それが良ければ人類を鍛えるモデルケースにするとササビさんは言っていた。

 明後日には森の賢王と呼ばれる魔獣と戦わなければいけない。これは手っ取り早く名声を高める為だが、モモンさんとササビさんは手を貸してくれるだろうか。まさか、私とリスタだけで、いや、もしかしたら私だけで戦わなければいけないとかはないだろうな。伝説の魔獣と一騎打ちとか英雄的ではあるが、私には不可能だぞ。

 ……いや、考えても仕方ないか。

 

「もう寝るか」

 

 色々諦めた私は、ありきたりの結論に至る。考えても仕方ない事は止めて、寝る、である。体調を万全に保つのが何よりも確実なのだ。

 明日、ンフィーレアに良く効く胃薬を教えてもらおう。

 はあ、胃が痛い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ここはナザリック地下大墳墓にある会議室。ここでは第一回『ナザリック善人とはどういった存在か』会議が行われている。参加メンバーは発起人であるデミウルゴス様とナザリックの善人代表としてセバス様、ユリお姉様、ペストーニャ様、現地の人間としてカルネ村を襲った者の中でお父様が見どころがあると確保しておいたロンデスさん、リアルでの価値観から意見を述べる為のボクで、計6人だ。

 

「さて、これで第一回『ナザリック善人とはどういった存在か』会議を終わります」

 

 デミウルゴス様が会議の終わりを告げると、参加者が元の仕事に戻っていく。セバス様とユリお姉さまとロンデスさんは明日、リ・エスティーゼ王国へと赴く為に準備をしなければいけない。ボクが現地に行くのは明後日の予定だ。ペストーニャ様は陽光聖典の世話がある。

 デミウルゴス様は会議で出た情報をまとめている。これは後日、現地で活動するシモベ達に配布される。

 

「デミウルゴス様、ちょっといいですか」

 

 デミウルゴス様は書類から目を放し、ボクの方に振り向く。

 

「お父様の事でお話が。これは大変不敬な行為なので秘密にしてほしいのです。このようなお話は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()にしかできませんので……」

 

 ボクのようなリアルの記憶とNPC側の視点を持つ者にとっては、貴方のような最高の知恵者でも思い通りに動かせますからね。縛りが無くなった貴方ではこの話は拒否できません。

 ボクはお話の内容を話し終える。

 

「なるほど、確かにユウ様の言う所の『偽りのお父様』は、ウルベルト様にささげる世界には相応しくありませんね。消えていただくのが良いでしょう。ウルベルト様もその『偽りのお父様』を良く思っていないでしょうしね」

 

 デミウルゴス様は話が早くて助かります。ええ、ウルベルト様自身が『偽りのお父様』はお嫌いとボクに話してくださいましたからね。

 これはボクとウルベルト様だけの秘密です。

 デミウルゴス様、貴方にも言いませんよ。察しはついているでしょうけどね。これは言わぬが花なのですよ。とても、あの御方らしいでしょ。

 

「ですが、この事をモモンガ様にお話ししないのですか?」

 

「いえ、それは出来ません。これはるし★ふぁー様がそうあれとお決めになった事。何より、るし★ふぁー様がこうお決めになった事はウルベルト様も知っておられます。なのでモモンガ様に言ってはいけないんですよ」

 

「なるほど、確かにそうだね。モモンガ様は、至高の御方々が私達にそうあれと望んだ事を出来る限り尊重しようとしておられる。ならば、秘密にしておいた方がいいね」

 

 これは、るし★ふぁー様の御意向であり、ボクの意思であり、大好きなお父様の為。お父様、どうか安心してください。どう足掻いても、そうなるように()()()()()()()()()()()()()()()のですから。

 

「しかし、この話は他の者に漏れるのは良くありませんね。この事は私とユウ様の秘密にしましょう」

 

「ええ、そうですね。今後一切、この話はしない方がいいでしょうね。例え、()()()()()()()ね」

 

 さて後は、偽りのお父様を殺して差し上げられる武器を手に入れるだけですねぇ。そんな都合良いモノがどこかにありませんかねぇ。




先月中に更新を、とか言ってたのにこの体たらくだよ。次の更新こそ頑張ろう。

独自解釈 召喚魔法はその位階よりも下位の者を召喚する場合、三体以上を一度に召喚できる。書籍版で下位の者なら複数召喚できる旨の発言と、WEB版リッチが第4位階死者召喚(サモン・アンデッド・4th)でレベル16のスケルトン・ウォリアーを四体召喚出来た為、少なく見積もっても最低三体以上は出来るだろうと解釈


ニグンさんが大活躍しましたね(棒)。この話を見て分かる通り、ニグンさんは原作モモンのポジションに着きます。周りからの勘違いや重圧に翻弄されます。もちろん、カッコいい場面も用意されています。

ニグンさんに対するモモンガさんの好感度がMaxだよ。チョロインさんは伊達じゃない。ついでに元から高かったムササビからの好感度もさらに上昇。ニグンさんの英雄伝説はここから始まるのです。

モモンガさんとニグンさんはけっこう気が合うと思うんですよね。WEB版を見る限り、考え方が割と似ていますし。一日で二人の仲はそこそこ良くなっています。鈴木悟さんに新しい仲間と呼べる人が出来なければ、鈴木悟救済ルートにはなりえないですしね。

奴隷は二度刺す、覇王炎莉は滅多刺す。覇王炎莉の前ではムササビさんもこの通りです。

ユウがデミウルゴスを『偽りのお父様』を殺す仲間に引き込みました。

次回は漆黒の剣とハムスケの登場とユウの冒険が始まります。そして急展開もあります。

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