元オーバーロード鈴木悟と元人間ムササビと   作:め~くん

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第一章 元不死者の神と
1 終わる世界と取り残された二人と


 西暦2138年、地球は人が生物として生息できない星に成り果てていた。

 重酸性雨が空から降り、自然が死滅した陸と汚染された海。

 星空さえ拝めない薄汚れた大気。

 外を出歩くにはゴーグルとガスマスク。

 例え家に帰ろうとも空気清浄機がいる。

 人が生物として生きていけるのは、一握りの富裕層が住むアーコロジーのみである。

 世界が緩慢に終わりを迎えようとしている時代に、サービス終了日を迎える一つのゲーム(せかい)があった。

 その名は『ユグドラシル』

 DMMO-RPGと言えばユグドラシルというほど栄華を極めたが、開始から12年もたてば、その勢いも衰えるというもの。

 今では閑散として、プレイヤーもまばらである。

 

 

 アバターが異形種のみで構成された悪名高きギルド『アインズ・ウール・ゴウン』。

 社会人のみで構成された悪のロールプレイを興じる集団である。

 そのギルド拠点『ナザリック地下大墳墓』。

 

 

 その地下八階に位置する円卓(ラウンドテーブル)と呼ばれる広い部屋に41人分の豪華な椅子に囲まれた大きな円卓が一つ。

 そこにある異形の影はたったの三つだった。

 

「それでは、またどこかで会いましょう」

 

 その言葉と共に一つの影が消えた。

 二つの影、いや、二体の死の支配者(オーバーロード)が残された。

 一体は豪奢な漆黒のアカデミックガウンを羽織っていた。もう一体は一回り体が小さく、光沢のある白いシンプルなローブを羽織っていた。

 

「いやあ、ヘロヘロさん喜んでましたね、ムササビさん」

 

「ええ、頑張ってモーションを追加した甲斐がありました。ソリュシャンも最後に会えて喜んでいるでしょう」

 

 ムササビと呼ばれた一回り小さいオーバーロードは、その骸骨の外見には似つかわしくない朗らかな声で答えた。

 ヘロヘロというのは、ついさっきまでいたギルメンである。ブラック企業に勤めるプログラマーであり、体にむち打ち来てくれたのだ。しかし眠気が限界に達してしまったヘロヘロは、最後にギルドを維持し続けてくれたお礼と、またの再会を言い残しログアウトしていった。

 

「ふふ、ソリュシャンも喜んでる、か。ムササビさんらしいですね」

 

 ソリュシャンとはヘロヘロが作ったNPCである。決してプレイヤーの名前ではない。来てくれるかもわからないゲーム最終日の僅かな時間の為に、ムササビはただのNPCに過ぎないソリュシャンにモーションを追加したのだ。

 ムササビはギルドに入り、自分がNPCを作る時になって初めてプログラムを覚えた。そんなムササビが作るAIやモーションは、本職プログラマーとは比べて、決して上手いとは言えない。それでもその分、多くの時間と労力を費やす事で一般人が見ればさして粗のない仕上がりにしたのだ。事実、ソリュシャンの動きを見たヘロヘロは大変喜んだ。そもそもムササビにプログラミングを教えたのはヘロヘロだったから、その上がった腕と掛けた情熱が良く分かったのだ。

 

「ホントはソリュシャン以外のメイドたちにも会わせたかったんだけど、オレの腕では間に合いませんでした。それが心残りですね」

 

 なぜここまでムササビがするのかと言われれば、引退していくギルメン達に取り残されたNPCを不憫に思ったからだ。いや、そんな高尚な表現では語弊がある。ただNPC達が悲しんでいるように感じてしまった。同じく取り残された自分が悲しんでいるから、それに重ねてしまっただけかもしれない。だから引退したギルメンからNPCを譲り受けた。自分は取り残された訳ではないと言い聞かせるかのように。そして、そのNPC一人一人の設定にあったAIやモーションを加えていった。

 一人、また一人と引退していくギルメン達。

 残されるNPC達。

 そのすべてを譲り受けた。

 引退するギルメンの中には、自分は引退するのだから、作ったNPCを好きにしていいという人がいた。

 NPCの設定を変えてもいいと言う人もいた。

 消去して他のNPCを作ってもいいと言う人もいた。

 NPCのリソースもギルドの共有財産であり、それを引退する自分が占有するのは良くないからと言う人もいた。

 それに対してムササビは思うところは何もなかった。

 しょせんはゲームである。

 引退して装備やアイテムを譲り渡し、処分してくれてかまわないという人がいるのだから、同じデータ上の存在に過ぎないNPCが同じ扱いをされても仕方がない。特にこのユグドラシルは、装備を見た目から能力まで自作できるのだ、NPCに対する思い入れが装備品と同等でもそれほどおかしいわけでもない。

 それを理解した上でも、ムササビの手は止まらなかった。

 ムササビ自身は自分はなんて甘い人間だと思っているのだが。

 ムササビとはそういう男なのである。

 

「他のメイドにも、ですか。私なんて大半のNPCの、それこそソリュシャンの名前だって言われるまで忘れてたのに」

 

「モモンガさんはネームセンスゼロですからね。名前に関心が薄いんでしょう」

 

 ムササビとはこういう男でもある。つい失言をしてしまうのだ。だが、ムササビがアインズ・ウール・ゴウン最後の加入者だとしても、モモンガとの付き合いは長い。だからモモンガも慣れたもので「ムササビさんも人の事を言えないでしょう」と、いつも通りに笑って返すのだった。

 

「自分ではセンスがいい名前だと思って名付けているんですけどね」

 

 ムササビは肩をすくめる。

 

「「アハハハ」」

 

 楽しかった日々を思い出したように二人は笑う。

 

「本当にムササビさんがいて良かったです、仕事で海外に移住すると言った時は引退してしまうかと思いました」

 

「それでインの時間がまったく合わなくなってしまいましたけどね」

 

「いやいや、有名な経営者一族の中でも特に優秀だと特集を組まれる程ですからね。インする時間を確保するだけでも大変でしょう」

 

 ムササビは生まれながらの勝ち組である。モモンガの小卒という学歴ですらマシと称される世界で大卒である。そもそも、このギルドに入ったのもギルドメンバーの一人、大学教授をしている死獣天朱雀の教え子だった縁でだ。そこを卒業して社会人になってからメンバー入りを果たした。

 

「今度、日本に支社を出す計画があるんですよ。実現できればヘロヘロさんを引き抜こうと思っているんです。我が社に来てくれれば、ゲームをする余暇くらいはできますから。そうすればヘロヘロさんとまたゲームができるかもしれません。その時はモモンガさんも、一緒にゲームをしましょう」

 

 ムササビの申し出にモモンガは即答できなかった。なぜか言葉が出てこなかった。一緒にゲームをするのが嫌なわけでは決してない。

 ほんの数舜ばかりのわずかな沈黙が流れる。一秒にも満たないそれがモモンガに焦りをもたらす。これではまるでその()()()()()()を拒否したようになってしまうのではないか。しかし、それでも答えは喉を通れずにいた。

 その時、静寂を破るアラームが鳴り響く。それはユグドラシル終了まで残り30分を告げる音。

 

「もう、そんな時間か」

 

 モモンガはさっきまでの考えなど吹き飛び、寂しそうにそうつぶやいた。アインズ・ウール・ゴウンでの輝かしい思い出がアインズの頭を駆け巡る。

 突如ムササビが立ち上がる。さながらアクターのごとく大仰にマントをひるがえし、仰々しくモモンガにひざまずいた。

 ムササビの影武者ロールである。モモンガが魔王ロールをしていたので、支配者に影武者は付きものだろうと同じオーバーロードのムササビはその影武者のロールをしていた。

 

「さあモモンガ様、ギルド武器のスタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを」

 

 それを見たモモンガも席を立ち、ギルド武器を手にする。禍々しいエフェクトがギルド武器から放たれる。それは世界の終わりを嘆き叫ぶ顔をしているようにも見受けられた。

 

「最後は玉座の間で迎えましょう。あの場こそ、我らに相応しい」

 

 ムササビの言葉にモモンガは魔王のようにゆっくりとうなずく。その姿はすっかり板についていた。

 

「うむ。ナザリック地下大墳墓の主人として相応しい最後にしないとな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「では、我は準備をして参りますから、モモンガ様は先に玉座の間へ」

 

 ムササビはリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを使い、どこかへと転移してしまった。

 一人取り残されたモモンガは玉座の間へ向かう為に扉を開いた。

 豪華絢爛、この言葉の意味がどんな辞書よりも理解しやすく眼前に広がる。遥か頭上には輝くシャンデリアが一定間隔で吊り下げられ、廊下の床は大理石のように光を反射している。

 扉の脇には執事と6人のメイドが立っていた。6人のメイドの一人、金髪のメイドの名前はさっき円卓(ラウンド・テーブル)で聞いたからソリュシャンとわかるのだが、それ以外の名前が出てこない。ムササビならこのNPC達の名前だけにとどまらず、その設定さえ把握しているだろうに。それに引き換え自分はNPCにとっては良いギルドマスターではなかったとわずかに後悔をする

 モモンガはコンソールを開き、全員の名前を調べる。

 このNPCたちは結局、最後まで出番が無く終わってしまった。

 

執事(セバス)、そして六人のメイド(プレアデス)達よ、付き従え」

 

 モモンガは何でもいいから、役目を与えたかった。今できる仕事と言えば、自身の後ろを歩かせるくらいだ。

 モモンガが歩き出すとセバスとプレアデスがその後をついてくる。

 

 大きな廊下をしばらく歩いていると前方からNPCであるメイドが歩いてくる。41人いる一般メイドには全て名前が付けられているのだが、もちろんモモンガは覚えていなかった。

 モモンガの近くまで近づくとメイドは通路の隅により深くお辞儀をする。このAIを組んだのはヘロヘロを含む6人のプログラマーだ。

 そこでモモンガは思い出した。ムササビが新しいAIを付け足したと言っていたことを。

 

「仕事、ご苦労」

 

 モモンガの発した声に反応して、かすかではあるがメイドは感極まったように身を震わした。

 モモンガには、このメイドが本当にそこに存在し、主人である自らの労いに感激しているように感じた。そう思わせるムササビの仕事の細やかさに感心する。

 ムササビも自分と同じくらいアインズ・ウール・ゴウンを愛していたという思いが伝わってくるようで、モモンガの心が満たされる。

 しかしムササビが()()()()()()()()()()()()よりも、()()()()()を重視していた事にモモンガが気づくのはまだ先の話である。

 それからしばし歩き、玉座の間の前についた。

 モモンガはセバス達を巨大な扉の前で待機させ、中へと入る。

 ナザリック地下大墳墓の主たるモモンガすらも圧倒させる空間が広がっていた。

 

「おおぉ……」

 

 思わず声が漏れる。

 ここはまさにアインズ・ウール・ゴウンの結晶と言っても過言ではない場所。そこにある豪華が、精緻が、意匠が、ギルドメンバーが持つあらゆる能力の粋を集めて作られている。何百もの人を収めても余りある広さを有するこの場の、あらゆる所にそれがある。

 このナザリック地下大墳墓の最奥の部屋の最奥、数段の低い階段の先にメンバーと一緒に手に入れたワールドアイテム『諸王の玉座』が鎮座している。その横には一人のNPCが立っていた。こめかみのあたりから山羊のような角が生えてはいるが、純白のドレスを着た美しい女性だ。さすがにモモンガもこのNPCの名前は憶えている。

 アルベド。

 このナザリック地下大墳墓の守護者統括である。

 モモンガは天井から床までギルドメンバー全員の紋章を施した旗が垂れ下がっている壁を眺めながら、玉座までゆっくりと歩く。

 玉座の前に到着し、アルベドを無遠慮に眺める。

 手にはなぜか所持しているはずのないワールドアイテムを持っていた。

 しかし、それを咎める気にはなれなかった。自分は良き支配者ではなかったから。ギルドメンバーには去られ、残ったメンバーは一人。配下であるNPCの名さえ満足に覚えていない。支配者失格と言っていいだろう。

 

「せめてナザリックの主として守護者統括の設定くらいは知っておかないとな」

 

 自嘲気味に呟きながらも、どんな設定があるのか、好奇心が踊りだすのを感じながら設定を閲覧する。

 文字の洪水がモモンガの視界を埋めつくした。

 流石に全て読んでいたらムササビが来てしまう。スクロールして読み飛ばした長大なテキストの最後に『ちなみにビッチである。』と記されてあった。

 

「……え、何これ」

 

 NPCの頂点たるアルベドがこれでは、NPCを残していったギルドメンバーやムササビがなんだか救われないように感じた。モモンガは書き換えるべきか否か逡巡する。

 

「今日で最後なんだ」

 

 その一文を消去する。空いた設定の隙間にモモンガは少しの寂しさを覚えた。「馬鹿だよなあ」と独りごちながら、その()()()()()()()()()()()()()()()()()を『モモンガを愛している。』と書いて埋めた。

 

「うわ、恥ずかしい」

 

 我に返ったモモンガは元に戻そうとした時、勢いよく扉が開かれた。

 

「お待たせしました、モモンガさん」

 

 慌ててコンソールを閉じてモモンガは振り返る。

 ムササビは自身が作り出したNPCを連れていた。

 モモンガもよく知るNPCだ。なにせ、ムササビがナザリックにいる時は、常に一緒にいたNPCだからだ。さっきいなかったのはムササビがソリュシャンに遠慮して、席を外させていたのだ。ヘロヘロはそのNPCに対して人間のように扱う行動を「ムササビらしい」と懐かしんでいた。

 このムササビが作り出したNPCは勇者をモチーフにしている。名はU・DQ(ユー・ディーキュー)通称ユウである。見た目は十代半ばほどの美少女だ。髪は黒色のショートボブ、目を大きく、生命力に溢れた魅力を持つ顔だ。簡易な金属製の肩当と胸当て、左手にはヒーターシールドを持ち、武器は腰に下げた剣が一本と腰の後ろに備え付けたナイフが一つ。服装は旅人が着ていそうな長袖の上下とマントをつけた出で立ちで、ゲームの勇者をイメージしたらこうなるような仕上がりである。ただ、一つ違う点を挙げるなら、出るとこが全く出ていないくらいか。

 能力も某国民的RPGの主人公である勇者を再現されている。それも家庭用ゲーム機が普及するきっかけになった機体でリリースされた四作品に絞ってだ。

 その記念すべき第一作がレベル30が上限だったため、それにならってこのNPCのレベルも30である。

 ムササビはユウを置いたまま、アルベドの前に立っていたモモンガの元までやってくる。

 

「やっぱり魔王と言えば、最後は勇者との対決でしょう」

 

 ムササビがそう言うとユウは階段の前まで歩いていき、その場で剣を抜いて構える。まさに今から魔王と戦おうとしているようだ。

 

「どうですか、この動き、苦労したんですよ。本職のプログラマーなら簡単にしてしまうんですけど」

 

「ふふ、いいじゃないですか。私も最高の魔王を演じましょう」

 

 モモンガは玉座に深く腰を下ろし、ギルド武器を構える。その姿をそのままゲームのラスボスとして使えそうなほど堂に入っていた。

 

「あ、待ってください。モモンガさん、これを」

 

「ちょっと、せっかく気合を入れたのに、なんですか?」

 

 出鼻をくじかれたモモンガは、ムササビが取り出したアイテムをみる。アイテムコレクターであるモモンガをしても初めて見る形状のアイテムだ。握りこぶし大の黄土色をしたくすんだ玉を、歓喜、憤怒、悲哀、愉悦、苦悶、憎悪の表情をした六人の小さな人間が背負って支えているような形をしていた。

 

「これはつい昨日、完成した、新ユニークアーティファクトです」

 

「新ユニークアーティファクトですか!?」

 

「ええ、ユグドラシルで究極の無駄遣いの烙印を押されている職業、造物主(ザ・クリエイター)。その固有スキルでしか作りだせない、あのワールドアイテムよりもある意味レアと言われる、ユニークアーティファクトの新しいのが出来たんです!」

 

 造物主(ザ・クリエイター)とはその名の通り、宇宙のすべての物をつくり支配すると言う設定の職業である。

 設定上この職業固有のスキル万物創造(ザ・クリエイト)(素材やアイテム、データクリスタルをアーティファクトに掛け合わせて新しいアーティファクトを作るスキル)で、ワールドアイテムに匹敵するユニークアーティファクトを作りだせる筈なのだが、そこは糞製作・糞運営で有名なユグドラシルである。このスキルで製作できるユニークアーティファクトは総数400種と発表されていたが、この最終日までに作られたユニークアーティファクトは、たった32種である。しかもそのすべてがワールドアイテムには程遠い代物であった。

 もちろん、究極の無駄遣いと言われる職業である。その職に就いている者の数も少なかった。ユグドラシル全盛期でさえ、上位10ギルドの中でこの職を取っている者は、ムササビを除けば、新しい発見だけを追求したギルドに片手で足りるくらいしかいなかった希少職だ。

 ちなみに万物創造(ザ・クリエイト)はユニークアーティファクト以外も作製される。

 余談だが、ムササビが超希少金属数種類と希少なアーティファクト数種類を使って、小鬼(ゴブリン)将軍の角笛というゴミアーティファクトが出来た件は、オフ会などでは誰かが間違いなく話す、アインズ・ウール・ゴウンお決まりの鉄板ネタになっている。

 

「ユグドラシル33種類目のユニークアーティファクト。その名も『人化の秘宝』です」

 

 秘宝。その言葉だけでモモンガの期待は高まる。

 

「それで、これにはどんな効果が?」

「その名の通り、人間以外を人間にするアーティファクトです。とは言っても、見た目が人間になって、各種魔法、スキルで判定しても、人間と表示されるようになるだけで、根本的には異形種なんですけどね。例えて言うなら虚偽情報・生命(フォールスデータ・ライフ)が虚偽情報をプレイヤーに与えるように、人間であるという情報をゲームシステムそのものに与えるアーティファクトってところです。ですから、種族レベルもそのままですし、ギルドの異形種縛りにも抵触しませんから、安心してください」

 

「おお、なんだか凄そうですね。ゲームシステムにって事は、異業種が入れない街とかにも入れるようになるんですか?」

 

「ええ、そうです。ただ、その代わりとして種族の基本特殊能力が失われるんですよ。アンデッドならクリティカルヒットや精神作用に、毒、麻痺等の一部のステータス異常などの無効に、飲食不要やネガティブエナジーでの回復、それにダークビジョンの能力がなくなっちゃうんです。その代わり、弱点もなくなるんでイーブンですね。種族レベル由来のは残っているんですけど」

 

「そのへんのバランスはユグドラシルらしいですね」

 

「まあ、つまり、結論を言うと微妙ユニークアーティファクトです」

 

 ムササビがおどけた様にそう言うと二人は笑い合う。

 

「これをモモンガさんに使って頂きたいんです」

 

 モモンガは急に真面目な声を出すムササビに戸惑う。

 

「非公式ラスボスと謳われた異形種DQNギルド、アインズ・ウール・ゴウンのギルドマスターの種族が実は人間だった、とか面白いじゃないですか」

 

「ムササビさんはそういう、実はとか、あえてとか、逆にとか、好きですものね」

 

「そういうの燃えるでしょう」

 

 それくらいならいいかとモモンガは思う。異形種で無くなるわけでもないし。それにレアアイテムを使ってみたい欲求もある。ただでさえ、モモンガは貧乏性なのだ、レアアイテムを使った経験なんて数えるほどしかない。

 モモンガは『人化の秘宝』を受け取る。

 

「ムササビさん、人間になると言っても見た目はどうなるんです? ランダム生成ですか?」

 

「あ、それは作れるんですよ。それでリアルのモモンガさんをベースにちょっと顔を良くして、背を足しました。体の方も細マッチョにしておきましたよ。魔王の真の姿が、たるみ出した30代の肉体なんて嫌でしょ」

 

「ムササビさんもすぐにそうなりますよ」

 

「いえいえ、オレはまだ三十路までには猶予がありますし、上流階級らしくスポーツを嗜んでますから」

 

「ふふふ、残念ながら体の衰えからは抗えませんよ」

 

「そのセリフ、おっさん臭いですよ」

 

「そうですね。はあ、いやだなぁ、年は取りたくない」

 

「モモンガさん、そのセリフもおっさん臭いですよ。さあ、バカな事を言ってないで早く『人化の秘宝』を使ってくださいよ」

 

「そうでしたね、もうあんまり時間もないですし」

 

 いつものような会話は終えた後、さて、とモモンガは考える。このアイテムで人間

の姿になるとして、どういう魔王ロールをしようかと。確かユウは、『ムササビの娘にして、世界の崩壊を阻止し人類に平和をもたらす勇者』と言う感じの、基本的には典型的な勇者の設定だったはず。ならばそれを踏まえたモノにするか。

 しばし考えた後、

 

「最後なんだし、思いっきり魔王をするか」

 

 と呟いたモモンガは勢いよく立ち上がる。

 

「いいですね、モモンガさん。思い残しのないように中二全開で行きましょう」

 

 未だ中二病のムササビの言葉に鷹揚に頷いて答え、ユウに顔を向ける。

 

「よくぞここまで辿りついたな、勇者よ。しかし、遅かったようだ。この世界、ユグドラシルはもうすぐ終焉を迎え、万物が無に帰す。それは抗えぬ運命なのだ」

 

 モモンガはカツカツと音が鳴るように歩き、階段の前まで行く。そして芝居がかった動作で、空を抱くように両腕を広げる。

 

()()な、私は、いや、私たちアインズ・ウール・ゴウンはこの世界の崩壊を止めようとしていたのだよ。幾人の我が同胞がこのナザリックを離れ調査をした。しかし、判明したのはユグドラシルの死を止めるすべが無いという事実のみだった。故に、残された私とムササビは方針を変えた」

 

 モモンガはローブを翻し、『人化の秘宝』を掲げる。

 

「数多の実験の結果、私の力を()()()暴走させる秘法と、我が腹心たるムササビが作りし秘宝とを用いれば、このナザリックだけは守れると分かったのだ」

 

 モモンガは頭上に掲げた『人化の秘宝』を使用する。その瞬間、モモンガは光のエフェクトに包まれる。光の中のシルエットが一回りほど縮み、光が止むと、さっきまでモモンガがいた場所には、幾分かイケメンになって手足と身長が伸びた鈴木悟がいた。

 

「その代償として、私は人間に戻ってしまうがな」

 

 ゆっくりとモモンガは玉座の前まで進み、振り返る。

 

「さて、勇者に人間である私を倒せるのかな」

 

 玉座へ腰かけようと肘掛けにつこうとした手が空振り、玉座に尻もちをついてしまう。アバターのサイズが一回り小さくなったから目測を誤ったのだ。

 

「ちょっと、最後までビシッと決めてくださいよモモンガさん。途中までは、モモンガさんマジかっけーだったのに」

 

「後は、()()、を使うだけだったのにな」

 

「いやいや、これでも十分すごいですよ。即興なのに上手くオレの好きな言葉を使って」

 

 弁の立つムササビの素直な賞賛に照れ臭くなる。

 

「フフフ、魔王モモンガにとって、この程度は造作もないのだよ」

 

 魔王ロールで気取ったように答えるが、実際は事前にあれこれ考えていたセリフを少し改変しただけなのではある。もちろん、そんな事はおくびにも出さない。おくび(げっぷ)を出せる身体になっていたとしても。

 

「アルベドよ、『我が前にかしづけ』。ユウよ、ムササビに『付き従え』」

 

 アルベドとユウの位置が逆になり、アルベドはひれ伏し、ユウは剣を鞘に納め、ムササビの横に立った。

 

「これで()()が出来ましたね」

 

 視界の隅に映し出される時間が終了5分を切っていた。

 この楽しい時間が残り僅かだとモモンガの心が陰鬱としていると、しみじみとムササビがつぶやく。

 

「終わってしまいますね」

 

 アバターなので表情が変わらないが、どこか感慨深げな雰囲気だ。

 それがモモンガには物悲しく思える。まだ自分は、そこまで心の整理が出来ていない。これだけしかないモモンガは、他のモノもあるムササビとは違うのだ。

 

「ムササビさんは色んなゲームの最後を見てきてるんですよね」

 

 気が付けば、そんな言葉が漏れていた。

 

「まあ、ゲーマーでしたから、他のDMMO‐RPGではバリバリの前衛もしてましたし、弐式炎雷さんやぷにっと萌えさんがプレイしてたアーベラージではランカーだったんですよ。弐式炎雷さんにはかないませんでしたけど。それも、とっくの昔にサービス終了してしまいましたけどね」

 

 アインズ・ウール・ゴウンのメンバーが自分の知らないところで他のゲームで遊んでいる。それは今でも寂しく感じる。もちろん、それでどうこう言うつもりはない。ないが、この時だけは負の感情がくすぶってしまった。やはり自分にはこの世界(ユグドラシル)しかないのだ。リアルには、鈴木悟(モモンガ)の世界など広がってはいない。

 

 ただ、鈴木悟があるだけ。

 

 しかし、自分が座る玉座の横に立つ、ムササビと言う幾何(いくばく)か歳が下の男には他の世界(ゲーム)があって、リアルには友人も家族も地位も部下も夢もある。自分に無いものを全て持っている。自分にそれがあるのはここ(ユグドラシル)だけなのだ。

 さっきの自らのセリフにしてもそうだ。自分の力を引き換えにしても、自分は鈴木悟に戻ってしまったとしても、ユグドラシルの、せめて輝かしい時間の結晶たるアインズ・ウール・ゴウン、その拠点のナザリック地下大墳墓だけでも存在し続けてほしかった。そんな思いがあったから生まれた言葉なのだ。

 

「ムササビはいいよ。他にもあるんだから。俺にはこれしか無いのに」

 

 口に出てからモモンガは自分の本音に気付く。言葉遣いが素に戻っているのにも気付かずに。

(何を言っているんだ。ムササビさんがいなければ、自分は永い時間をたった一人で過ごすハメになっていた。そんな日々が続けば、自分は気が狂っていたかもしれない。それなのにこんな最後の最後に何を言っているんだ。もしかしたら、ムササビさんは半ば付き合いで残ってくれていただけかも知れないのに。この優しい男は、ムササビはそんな男なのを俺は嫌というほど、よく知っているのに)

 いつも心の片隅にあった小さな思いが、それを否定出来るだけのモノがあるのに消えない思いがモモンガの中に膨らんでいく。

 

「ムササビさんは――」

 

「モモンガさん!」

 

 ムササビは強い語調でモモンガの言葉をさえぎる。

 

「オレは結構な数のゲームをしてきました。もちろん、やってたゲームは全部面白かったです。色んなギルドやグループにも所属しました。エースになったり、ギルマスになったりもしました。大会にでて優勝したゲームもあります。それでも、このユグドラシルは別格でした。このアインズ・ウール・ゴウンのみんなは最高でした」

 

 堰を切ったように喋り出すムササビ。

 

「ウルベルトさんと悪を語るのも楽しかった、ペロロンチーノさんとのエロゲ談義も楽しかった、たっち・みーさんと特撮ヒーローの話をするのも楽しかった、るし★ふぁーさんと一緒にイタズラするのも楽しかった、ぶくぶく茶釜さんにいじられるのも楽しかった、ぷにっと萌えさんと新しい戦術を考えるのも楽しかった、ブルー・プラネットさんと自然を愛でるのも楽しかった。ダブラ・スマラクディナさんとホラー映画を鑑賞するのも楽しかった、ヘロヘロさんにプログラムを教えてもらうのも楽しかった。他にも、いっぱい、いっぱい、楽しい事がありました」

 

 突然の発露を聞き、モモンガは思い違いに気づく。

 ムササビにとって数あるゲームの一つに過ぎないのではないかと疑っていたのだ。

 もちろんそれで思い入れが無いとは言わないが、それでも自分の程ではないのではないかと考えていたのだ。

 

「そうか、楽しかったんだ……」

 

 ムササビの思いと自分の思いは一緒だった。それだけで救われた気がした。ギルドのメンバーがムササビとの二人だけになって、そのムササビとインの時間がほとんど合わなくなって、一人きりでユグドラシルに過ごす時間が増えてきて。酷く寂しい時間の中、ムササビと二人でプレイする時間と、いつかギルドメンバーが戻ってきてくれないかという希望を支えに、このナザリックを維持してきた。

 その苦労が報われた気がした。

 もし、アバターの表情が変化できていたなら、モモンガの顔は乾季の雨に打たれたようになっていただろう。

 

「……また、一緒にゲームをしましょうね、モモンガさん」

 

 ほんの少し前には答えに詰まってしまった言葉。

 

「……はい、その時も一緒にしましょう」

 

 今はすぐに答えられた。

 視界の隅に映る時間は残りわずかとなっている。

 

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                    0:00:00

 

 12年間続いた世界(かのうせい)が0に収束する。

 そして、それは誰にも知られずに拡散を始める。

 

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                    0:00:02

 

                    0:00:03

 

「「あれ」」

 

 こうして『世界の可能性はそんなに小さくない』とのたまったゲーム(せかい)が終わり、新しい異世界(せかい)が始まる。




独自設定 職業ザ・クリエイターとユニークアーティファクト

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