オレがこの世界に転生して14年。
男だった前世の倫理観と格闘をしながらもすくすくと育っていたオレは、かなり重大なことに気がついていた。
『もしかしてこの世界はそこまで切羽詰まってないのではないか』
確かにこの世界で数年しか生きていないオレが判断できるはずもないのだが、正直この村の大人達だけで魔王軍を倒せそうな勢いがあるのだ。
この前だって、魔王軍の幹部と名乗る男が大勢の魔物を率いて村に攻め込んできたのだが、あいつらは年甲斐もなくはしゃいで壊滅させ、しかも撃退するだけでは飽き足らなかったのか鼻歌を歌いながら魔王城に攻め込んで行ったのだ。
遠足気分で行った為に魔王の部屋までは潜れなかったらしいが、魔王の娘の部屋を覗き見できる魔道具を置いてきたらしい。むしろそっちの方が難易度的には高いと思うんだが、あいつらの感性はおそらく一生理解することはできないだろう。
そんな化け物揃いのこの里、紅魔の里だが、住民の多くには共通点がある。
一つは住民のほとんどが地球でいう中二病であること。とはいえ、実際に力はあるから中二病とは言えるのだろうか。しかし世界中探しても、自分の名前をかっこよく名乗るためだけに雨や雷を落とすような種族などいない筈だ。……いないよな?
それともう一つは、黒髪に紅い目を持つという事だ。これは紅魔族なら全員が共通している事だが、オレは金髪に緑色の目を持ち、特徴にかすりもしていない。オレも生まれた頃は黒髪紅目だったそうだが、家の倉庫に入っていた剣に触った瞬間にこうなったそうだ。その数日後、オレは前世の記憶を思い出した。
特典を貰っておきながらも魔王討伐を目指さないのも少し申し訳ないので、思い出したその日からオレは剣の修行を始めた。それでも里の中で勝てない相手はいくらでもいる。
だからこそ、オレは里の外に出て行き、経験を積もうと思う。そんなオレを困らせている事が一つだけあった。それはーーーーー
「お姉ちゃん行っちゃうの……?」
……目の前の小さな少女、オレの妹であるもるどれ。元々男だったオレの様にはならず、可愛らしい性格をしていて里中の大人達に『紅魔の里の二大魔性の妹の一人』として可愛がられている。
6歳になった彼女はいつまで経っても姉離れをしてくれない事だ。確かに、ここまで引き止めてくれるほど大切に思ってくれるのは嬉しいのだが、その手段が6歳児とは思えないのだ。
村の周りに生息するかなり強い魔物ですら眠ってしまう睡眠薬を食事に入れて監禁しようとしたり。
既成事実を作って責任を取らせようとしてきたり。
それ以外にもえげつないものは幾つかあるが、それでも可愛い妹。涙目で謝られると許すしかないが、それでも里を出て行く事は譲れない。
「オレは魔王を倒しに行ってくる。まさかとは思うが、オレの妹が寂しいとか言う訳じゃないだろうな?」
「……わかった。でも一つだけ約束して」
「いいぜ。オレに出来ることならなんで「お姉ちゃんの処女が欲しい」も……え?」
「お姉ちゃんの処女が欲しい。あ、どっちのでもいいよ!」
「ま、まだ決められないと思うし、今度帰ってくるまでに決めておいてくれ!それじゃあもう行くから!」
「お姉ちゃん!私もう欲しいもの決まってーーーーー」
いくら可愛い妹でもあれは怖すぎる。普段から少しヤンデレ染みてると思ってはいたが、まさかあそこまでひどいとは。
少しでもこの場から離れるために急いで走り去るが、それに妹は苦もなく追従してくる。
「待ってよお姉ちゃーーーん!!!!!」
妹の笑顔が怖い!
◆◆◆
もるどれを何とか引き離してやって来たのは馬車乗り場。ここからオレの冒険の旅は始まる。のだが……
そこに居たのはオレのライバルを自称するゆんゆん。そして同じ日に旅立つ事になっためぐみん。どちらも小さい頃からの友人で、大切な仲間だ。
二人は一体何の用だろうか。別れの挨拶は前日に済ませたし、そもそもめぐみんはテレポート屋の時間に間に合うのだろうか。ここからだと少し時間はかかると思うのだが。
「モードレッド、あなたに一つ言っておきたいことがあります」
真剣な表情で何かを伝えようとするめぐみん。茶化そうとしていたが、この雰囲気の中で流石にそれが出来る程オレの神経は図太くはない。
「私は爆裂魔法を習得しました。それでも、今はまだモードレッドには及ばないでしょう」
「……というより、この里でモードレッドに一対一で勝てるような人なんて結構少ないと思うんだけど」
ゆんゆんはオレを一体なんだと思ってるのか。オレの家の向かいの家に住んでいる爺さんには連敗してるし、その妻の婆さんにだって引き分けに持ち込むのが精一杯だ。爺さん婆さんに勝てもしないオレが、里でも上位レベル?面白い冗談だ。
「ゆんゆんは黙っててください!どうせモードレッドは信じてませんから。………話を戻しますよ。それでも私は爆裂魔法を極め、あなたを超えてみせます!だから、私以外の人には負けないでください。………私にとって越えるべき壁として、居続けてください」
「わ、私だってめぐみんやモードレッドに負けないわよ!旅を終えたら、もっと友達だってできるかもしれないし………それに、二人を超えるような魔術師になってみせる!」
唐突な二人からの宣戦布告。
やっぱりこいつらが友人で本当に良かった。心の底からそう思える。ここまでオレを楽しませてくれる友人は前世を合わせてもほとんどいないだろう。
「………いいぜ、その挑戦受けてやる。それじゃ、次会う時には大魔導士様か?いや、ゆんゆんはまだしもめぐみんは無理そうだな」
「な、なんですとぉ!確かに今はあなたの方が上ですけど、今度会った時は絶対ぶっ飛ばしますからね!泣いて謝ったって許しませんよ!」
「爆裂魔法しか能がない貧乳魔法使いがオレを泣かすぅ?面白ぇ冗談だな」
「二人とも、最後の時間くらい仲良く過ごそうとしたりは………」
「「ない!!!!!」」
オレ達の返答に頭を抱えるゆんゆんだったが、生憎オレにも譲れないものはあるのだ。
そんな馬鹿なやりとりをしていると、何か焦った様子のゆんゆんがめぐみんの腕を掴み、何処かへ連れて行こうとする。
「痛い痛い痛い!なんですかいきなり人の腕を引っ張って!ゆんゆんは一般常識というものがないんですか!」
「それをあなたに言われたくないわよ!そんなことよりもうほとんど時間がないのよ!」
「………あっ」
オレを倒そうとする爆裂使いは、どうやら時間を忘れるドジっ子だったらしい。いつものめぐみんらしくないと言えばらしくないが、旅に出る初日はほとんどが緊張するものだろう。
テレポート屋の時間に間に合わせるためにゆんゆんがめぐみんを担いで走り去っていった。
………結局、宣戦布告以外には何がしたかったんだ?あいつら。まさか、励ましにきてくれたとか?………ないない。
そんな事を考えている間に、馬車の出発の時間はやってきた。馬車のおっさんに早く乗るよう急かされる。
14年間過ごした里をいざ離れるとなると、ちょっと寂しいものがあるな。だが、それを乗り越えてこそ魔王討伐は果たせるのだ。
その第一歩として、馬車の護衛だ。目的地のアクセルまではテレポート屋を経由しての馬車か、馬車のみの二つしかない。肝心のテレポート屋は料金が高いので、そんな大金があるなら武器を強くするのに使ってしまうオレにとって、それは選択肢に入らない。
そこで馬車のみで行くことになるのだが、紅魔の里の周りは魔物がうじゃうじゃいる。なので紅魔の里にくる行商人は大体現地で紅魔族の護衛を雇い、安全を確保するのだ。
その護衛になれば、馬車代が浮くどころか逆に報酬まで貰うことができる。それに現れた魔物とも戦闘を行う事が出来るので一石二鳥、経験値も貰えるので一石三鳥とも言える。あぁ、なんて美味しいんだ、馬車護衛。
◆◆◆
馬車が出発してから一週間。紅魔の里の周りにある森は何事も無く抜けられた。このまま目的地であるアクセルの街に到着するかと思っていたが、現実はそんなに甘くはなかった。
「ま、魔王軍だああああああああああ!!!!!」
……まさか馬車が
サモさんが可愛すぎて死にそう。