なので、これで最後かも?
深夜廻、楽しみですね!
ビータ欲しいよ
また借りてやろいかな・・・
本当に、この町は奇妙な町だ。
郷愁すら覚える町並み、人通りの少ない静かな立地、まるで〝ナニカ〟共の為にあるようだ。
「せんせい・・・」
「大丈夫、私から離れないで」
私の勘違いであってほしいが、私とこの子が照らす先には〝黒く奇妙に細長い歪な影〟が、交差点の弱々しい街灯に照らされて立っていた。
明らかに人ではない。子供が描いた〝怖いもの〟が、そのまま這い出てきた様な解り易い姿に、私の服の裾を掴むこの子の力が強くなる。
まだ、遠くに見えるのに、心臓が早鐘の様に脈打つ。
息がし辛い、冷たい汗が吹き出てくる。
蒸し暑い、夜の気温のせいじゃない。全部、目の前に立ち尽くしている〝影〟のせいだ。
あの〝影〟が、この距離に居るだけで言い様の無い圧迫感に襲われる。
私は少女を確りと抱き寄せ、ランタンを〝影〟が居る正面へ突き出す。
嗚呼、ちくしょう。情けないな。
大丈夫と言ったのに、足が前に出ない。このまま、回れ右で家に帰ってしまいたい。
だが
「行こう」
「うん」
それは出来ない。
私が居なくても、この子はきっと一人でも、姉を探す為にこの夜を往くだろう。
震える体を抑え込んで、一筋の小さな灯りを頼りに〝ナニカ〟が蔓延る町を歩いていくのだろう。
私は大人だ。この町に越してくるまで、夜の怖さを忘れてしまっていた大人だ。
何も知らなければ、この町でこの子達に出会わなければ、一生思い出す事は無かっただろう。
しかし、私は改めて夜の怖さを見た、知った。
ならば当然、この子をこんな夜に一人往かせる訳にはいかない。
幸いか、あの〝影〟はよく見る。
だが、今まではここまでの圧迫感を感じた事は無かった。精々、「ああ、また居る」程度の気配しかなかった筈なのに、今私達の目の前に立ち尽くしている〝影〟は違う。
今まで、私が見てきた〝ナニカ〟とも違う。恐怖、恐ろしさ、怖さがそのまま、あの〝影〟に姿を変えたと言ってもいい程の言い知れぬ感覚が身体中を這い回る。
「ちょっとだけ、臭いよ?」
「うん」
私の仕事は探偵事務所の調査員だ。
日々様々な依頼がやって来る。
その中には、調査とは言えない雑用と言ってもいい依頼もある。
ペットの散歩の代行や謝罪の代行、調査員とはなんだったのかと言いたくなる様な仕事もしてきた。
そして、その調査員としての仕事で、意外と多いものが〝怪奇・心霊スポット〟の調査だ。
山や海、廃校や廃ビルに廃線になった駅等々、様々なそういう場所を見てきた。
その調査の中で、ある山村の調査に赴いた時、案内役であった老猟師から聞いた話だ。
「せんせい、けむたい」
「ごめんね?」
そう言った〝モノ〟は煙草の煙が嫌いだ。
これは老猟師が仕事をする山ではだが、彼方から寄ってきて人に悪さをする輩は、煙草の煙が嫌いで気配を感じたら一服するといい。
あの老猟師はそう言っていた。
山の方法が町で通用するとは思えないが、試してみる価値はあると思う。
正直、この子が居るところで吸いたくはなかったし、私もそれ程煙草は好きではない。どうしても、無理矢理気分を変えたい時に吸うだけ。
この煙草も、一年程前に買って二本吸っただけの箱だ。
渋くて苦い、鼻につく臭いの煙がこの子に行かないよう、この子を抱き寄せた反対側の口の端に挟む。
この子から煙草の臭いがしたら、あの姉に何を言われるか分かったものじゃない。
「大丈夫、大丈夫、大丈夫」
自分に言い聞かせる様に繰り返し、〝影〟が佇む街灯へと向けて、この子を抱き抱えゆっくりと歩みを進める。
足が震える、喉が渇いて口内がネバついて貼り付く。
懐中電灯とランタンが照らす〝影〟に近付く度に、心臓が爆発しそうに跳ねる。
振り向くな、振り向くな、振り向くな。
私は内心で祈る。
頼むから、私達に振り向いてくれるな。
そのまま、電柱とにらめっこしてろ。
「ひっ」
〝影〟を照らす少女が息を飲んだ。〝影〟が私達に振り向き見たのだ。
子供の落書きの様な、歪で不揃いの目と口。
何処を見ているのか解らない筈なのに、何故か私達を見ていると解る目。
白く小さな、塗り忘れともとれる何かを呟いている口。
それらを持つ〝影〟が、私達に電柱から振り向き、ラジオのノイズを高くした呟きを漏らしながら、私達に近付いてきた。
「くうぅ!」
少女を抱き抱え、迫る〝影〟とは反対方向に走り出す。
私はあまり足が速い方ではないが、あの〝影〟よりは速い様だ。
言い様の無い恐怖を掻き立てる呟きが止まない。
「せんせい、せんせい」
「どうしたの?!」
「あのかげ、へんだよ」
ちらりと目線を背後に居る〝影〟向けると、確かにこの子の言う通りに変だった。
私達を真っ直ぐに追わず、何かを避けながら追ってきている。
何を避けているのか不思議にだったが、少女が懐中電灯で照らした先に、私が残した煙草の煙が漂っていた。
どうにも息苦しいと思ったが、煙草を口の端に挟んでいた事を忘れていた様だ。
何と言う間抜けかと、自責したいところだが収穫はあった。
あの〝影〟は、煙草の煙が苦手だ。
他の〝ナニカ〟も同じかは解らないが、これは重要な情報だ。何せ、〝影〟が煙草の煙が届く範囲からは近付いてこない。
表情は変わらず、何を考えているか何処を見ているのかも解らない顔だが、今は悔しがっている様にも見える。
今火を着けている煙草も半分以下になっている。早く、〝影〟から離れなければ。
「大丈夫、もう、追ってこないみたいだ」
少女は僅かに震えながら頷く。
私でこれだ。この子はどれだけ怖いのか、想像がつかない。
「せんせい、こわいよ」
「大丈夫、私が居るさ」
こんな陳腐な励まししか出来ないのか、私は。
この子は小さくか弱い、なのに、自分の為に居なくなってしまった姉を探しに、この恐ろしい夜に居なくなってしまった姉を探しに来ている。
「言ったでしょ? 今だけ私は探偵だって」
「うん」
「だから、この探偵先生に任せなさい」
なら、陳腐でも何でもいい。何でもいいから、私は探偵を演じよう。
この子の不安が少しでも紛れるよう、私は嘗ての憧れを演じよう。
探偵とは、迷える人々の道標となれる存在だから。
「よし、先ずはお姉ちゃんが居なくなった空き地に行こう」
「うん、たんていせんせい」
だから私は、精一杯探偵先生をやりきる。
そうすれば、この暗闇の中でもこの子の顔は、少しだけ明るくなるから。
私はショルダーバッグの位置を直して、煙草を携帯灰皿へと押し込む。
念の為、煙草とライターはすぐに取り出せる様にしておこう。煙草とライターを鞄から上着のポケットへ移し、ランタンを掲げ直す。
先は暗く、あまり遠くは見通せない。
それでも、私達は懐中電灯とランタン、この二つの灯りを頼りに進むしかない。
「おねえちゃん」
「大丈夫、私が見付けるよ」
大丈夫、人よりほんの少しだけだけど、探し物が得意な私が付いてるから。
だからきっと、見付けてみせる。
私は偽者だけど、今だけは探偵だからどれだけ夜が、暗く彼女を隠しても必ず見付けてみせる。
私は少女の小さな手を繋ぎ、何もかもを覆い隠す夜を往く。
あるとしたら次は
妹ちゃん視点の日記からかな?