「デク!! どういうわけだテメェェ!!!」
爆豪は、どういう訳か緑谷へ飛び掛かった。その形相に怒りの色を滲ませており。
「おい、爆豪! 落ち着けって!」
「離せコラ串がぁ!!」
「略すな! おい、急にどうしたんだよ?」
士郎は彼の隣に居たため、誰より早く対応出来た。
“個性”を爆裂させながら緑谷に迫ろうとする爆豪を、後ろから羽交い締めにしたのだが、それでも彼は止まろうとしない。
「あのクソナードが“個性”だぁ!? ふざけてんじゃ——」
「だから……落ち着けよ、爆豪っ!!」
「……っ」
士郎の檄を受けて、ようやく正気を取り戻す爆豪。フッと込められていた力が抜けていく。
「離せ。串野郎……」
「もう何とでも呼べよ……」
爆豪は緑谷を一瞥すると、その場から離れていく。
彼はこの後に行った持久走においても、結果こそしっかりと出したものの……ずっと、何かを溜め込むような顔を見せていた。
「んじゃあ、結果発表だ。口頭で発表するのは面倒だから一括表示する」
ホログラムに映し出された順位、結果は……最下位、緑谷出久で終わった。
「ちなみに、除籍は嘘な」
「「「!?」」」
相澤は、何ともあっさりと口にした。
「君らの最大限を引き出す。——合理的虚偽」
「「「はぁぁぁぁああ!?!?」」」
彼らの叫びも分からないではない。
特に緑谷など原型を留めていない驚き方だ。誰だか判別できない。
「あんなのウソに決まってるじゃない……。ちょっと考えれば分かりますわ」
隣に居た生徒。確か、名前は八百万といったはずだ。“個性”を駆使して、総合点において一位を獲得した生徒。
おそらくは頭も良いのだろう。優等生的な洞察だ。……士郎とは、少しばかり見方が異なっている。
「……いや、それはどうかな?」
「貴方は……確か、遅刻生の方。どういうことですの?」
……その覚え方には少しばかり言いたいこともあったが、完全に自業自得なので士郎は口を噤んだ。
「ほら、相澤先生は最初、“最下位は見込みゼロ”として除籍するって言ってただろ?」
「……まさか、最下位の緑谷さんが見込みゼロじゃなかったから除籍しなかったと……!?」
「そうじゃないかと、俺は思ってるよ」
合理性を常に重視している相澤なら、最下位であっても見込みのある生徒を落としたりはしないだろう。
彼風に言ったなら、それは合理性に欠ける行為だ。
「ちょっと待ってください……? それだと、最下位でなくとも見込みゼロと判断されていたなら……?」
「おそらく、落とされてたんだろうな。何ならクラス全員に見込みが無いと判断したら全員除籍なんてことも……」
「そ、それは流石にあり得ませんわ!!」
「はは、確かに。そこまで無茶なことは先生もしないさ」
もし彼らが、相澤が去年の一年生を“一クラス全員”……二十人もの生徒を除籍処分としていることを知ったら顔を青くすること請け合いだろう。
「合理的虚偽だなんて、よくとっさにそれらしいことを思いつくものですわね……」
「いや、分からないぞ? 俺が勝手に思ってるだけで、本当に合理的虚偽だったのかもしれないからな」
「貴方の考えを聞いてしまった後ではそうとしか思えませんわよ……」
「あぁ……なんか、悪いな」
「別に、結構でしてよ。知らないでいるのも不満と言えば不満ですし」
「そう言ってくれると、こっちとしても大いに助かるよ」
真面目な女の子なのだろう……と、士郎は彼女のことをそう理解した。最初に思った通り、優等生といった印象そのまま。
委員長や生徒会長といった役職がよく似合いそうだ。
「そうだ、お名前をまだ伺ってませんでしたね。ホログラムに表示されていたものはすぐ消えてしまいましたし……あの爆豪という方は串刺し串刺しというばかりで……」
「ああ、あいつ多分俺の名前知らない……」
「そ、そうでしたの……親しそうだったのでてっきり……」
親しそう……というのは、中々に新しい表現だと思うが、八百万から見たらそのように見えたのだろう。
若干天然が入っているのか、世間知らずなだけなのか……。
「俺は衛宮士郎だ、よろしく頼む」
「衛宮さん……ですか、よろしくお願いします。私は八百万百です。貴方とは“個性”も似ているようですし、お互いに切磋琢磨していきましょう」
「ああ、俺なんかでよければ。お手柔らかに頼むよ」
爆豪にしても八百万にしても、向上心の高さが目に現れている。ライバルとしてはこの上ない人物達で、学友としても個性豊かで面白い。
あの緑谷のように、自身と通ずる者も居るかもしれない。
これから訪れる高校生活に思いを馳せながら、士郎は差し出された手を握り返した。
*****
「おーい、緑谷っ!」
「え?」
士郎は、下校途中らしい緑谷を見かけ、声をかけた。
彼の他に二人……名前は忘れたが、ソフトボール投げで∞を出した女子生徒と、50メートル走でトップの記録をマークした男子生徒だ。彼は爆豪にメガネと呼ばれていたが、流石にあれは名前ではないだろう。
「えっと……確か、かっちゃんと一緒に居た人?」
「かっちゃん? ああ、爆豪のことか。そう言えば勝己って名前だったな、あいつ」
「ぼ、僕に何か……?」
「いや、そう構えないでくれよ。——ソフトボール投げ、すごかったな」
「え……? あ、あの……ありが、とう?」
「お前みたいな奴と同じクラスで嬉しいよ。俺は衛宮士郎だ、よろしくな」
「あ、よ……よろしく、緑谷
「え、出久って……いずくって読むのか?」
「う、うん。デクっていうのは元々かっちゃんの悪口で……」
「なんだ、そうだったのか……。俺はなんか、ガッツがある感じで嫌いじゃないんだけど……」
「ほらほら! やっぱり頑張れって感じで正しかった!」
楽しげに声をあげたのは緑谷の隣にいた女子生徒だ。
「あ、私は麗日お茶子。よろしく、衛宮くん!」
「む、そういう流れか! 俺は私立聡明中学出身、飯田天哉だ」
「ああ、二人もよろしく頼むよ。駅までなら、一緒に帰ってもいいか?」
「もちろん構わないとも! 二人もいいだろう?」
飯田の勢いの良いハキハキとした呼びかけに、二人とも笑顔で頷いた。
「助かるよ。今日知り合った二人……爆豪の奴は虫の居所が悪いみたいでさっさと帰っちまうし、八百万は車だって言うから……」
今日唯一まともなコミュニケーションが取れた二人だ。
交流を深めようと思い、帰路に誘ったのだが……理由はそれぞれ違うが、結果は失敗に終わった。
士郎と言えども、入学初日からぼっちというのは来るものがある。
「まとまりのない二人だな……両極端じゃないか……」
「共通点ゼロの二人だね……」
「それは認めるけど……二人とも個性的で面白いと思うよ」
本人に自覚は無いが、士郎の他人に対する許容範囲は常識外れに広大だ。彼は、悪人でない限りはどんな人格も大抵は受け入れる、特殊な精神性を有していた。
「八百万くんはともかく爆豪くんはな……ヒーロー志望でアレは酷いぞ?」
「アレで悪い奴じゃない。まあ、性格はちょっと問題あるけどな……」
「かっちゃんのアレを、“ちょっと”で済ませられる衛宮くんが大物なんだと思うよ……」
「もしかして包容力すごいんかな、衛宮くんて?」
「包容力なのか!?」
他愛ない会話をしながら、駅へと向かう四人。
彼らの高校時代、最初の一日目。ヒーローという茨の道を歩み始める彼らの始まりにしては静かなものだが、これで良いのだろう。日常を大事に出来なければ、きっと彼らは崩れ落ちる。
波乱の高校生活は、こうして幕を上げた。
*****
雄英の通常授業は、午前と午後で大きく分かれる。午前中は高校生にとっての必修科目、普通教科の授業だ。これが無くては、高校卒業という“資格”を生徒に与えることが出来ない。当たり前だが、雄英は高等学校なのだ。最低限、そこは守らねばならない。
そして午後。生徒たちにとっては待ちに待った科目が始まる。
すなわち——ヒーロー基礎学。
「わーたーしーがー!!」
これもまた、待ちに待った台詞。誰もがよく知る……言わずと知れたナンバーワン。
士郎も憧れを持つ、掛け値無しの平和の象徴。
「普通にドアから来た!!!」
オールマイト。現世代において間違いなく最高のヒーローだ。
「ヒーロー基礎学! ヒーローの素地を作るための様々な訓練を行う科目だ!! 早速だが今日はコレ!——戦闘訓練!!!」
(来た……!)
士郎はこれを、待ち望んでいた。
彼は本当は、もっと人助けに役立つ“個性”を求めていたのだ。こんな……誰かを傷つけるばかりの攻撃的な“個性”など、望んではいなかったのだ。
それでも、授かってしまったものを変えることは出来ない。
士郎は考えた。何に一番、この力を有用に活かせるのか。
どう考えても思い浮かぶのは戦闘だ。災害救助等にも使えないわけではないが、本来の使い方からは外れている。
誰かを傷つけることに秀でているなら……せめて悪党を懲らしめて、良き人々を守りたい。士郎はそう結論を出した。
——だから、衛宮士郎は強くあらねばならない。何者にも、どんな困難にも屈しないために。
「そしてコイツに伴って……こちら! 君たちの個性届と要望に沿って誂えた——
士郎が出した要望は……弓を使う関係から、腕から肩にかけてを阻害しない構造。そして、身軽さを保つために軽装で、尚且つ最低限の防御力を確保するというもの。
「格好から入るのだって大切なことなんだぜ、少年少女たちよ!!」
肩周りを露出したボディアーマー。頑丈な皮のパンツと、重厚なブーツ。それらは一括して黒を基調とした色で統一されており、ヒーローというよりも兵士と言った方が正しいようなデザインだ。
しかし。
「自覚するのだ!!! 今から自分は……!!!」
真紅で彩られた外套が、全てを一新させる。
「——ヒーローなんだと!!!!」
赤色は、否応なく情熱を感じさせ……“正義の味方”を印象づける。見るものに勇気を与えられる、自身のトレードカラー。
この赤い背中で、弱き人々全てを背負えるようになるため、自分はこの場に存在しているのだ。
「さあ始めようか!! 有精卵ども!!!」