風で周りの草木が揺れて音を醸しだす。
その音に対抗するかのように巨大化したネペントの咆哮が重なる。
「ぎしゃああああぁぁぁ!!」
「うるせぇな……さっさと片付けてやる」
俺は刃物が擦れる金属音と共に背中の剣を抜く。
ネペントも臨戦態勢に入り、細くなった左右の触手を後ろに引く。
「だっ!」
俺がソードスキルを発動して地を蹴るのとネペントの触手が突っ込んできたのは同じだった。
だが、細くなった触手の速さは変化する前とは見違えるほど速くなっていた。
―――速いっ!?
細くなっているので、さっきみたいに受け流しは使えない。
だとしたら、垂直に斬るしか無いわけだが、正面から来る触手を垂直に斬ることなど不可能だ。
そう思っている間に触手は近づいてきて、ついに俺の体を貫通した。
「あぐっ!? ちぃ!」
2本の触手が一本は頬に掠め、もう一本は腹部に突き刺さっている。
刺された衝撃に必死に耐え、何とかソードスキルが中断される事は無かった。
せめて一本は……と思い、頬に掠めた触手を斜めに切り裂く。
片手剣単発斬り。《スラント》だ。
そして、腹部に刺さっている触手を斬る。
途端、腹部に刺さっていた触手は消滅していく。
2本とも先端が斬られ、一旦触手が持ち主の所に帰っていった。
その空きに左上の体力バーをチラリと見る。
細くなって速さも増したからか、細さに見合わず威力は高かったらしく、三分の一は削られていた。
「…くるるるる」
ネペントがこちらを睨み、奇妙な声で威嚇している。
そして、いきなり上を向き、口をがばっと開いた。
チャンスと思い、走ろうとしたが、次の瞬間、直ぐに足を止めた。
そして上を向いていた。
ネペントの口から毒液の球体が空中に放ち、一定の高さ、俺の居る当たりで爆発した。
「なっ!?」
爆発した毒液は分散して俺の所に振ってきた。
上から降ってくる毒液を回避する。別に避けれない速さじゃないので簡単に避けていると、あることに気がつく。
周りを見ると地面に毒液が所々に落ちていて、消えること無く存在していた。
つまり今この瞬間から、俺の移動範囲が急激に制限された。今の体力じゃ毒を食らったら致命傷になりかねない。
―――モンスターのAIにしては見事な戦略だ。まんまとハメられたか……今触手が来たら不味いな。
当然、ネペントが待ってくれるわけもなく、俺に向かって再び左右の触手が高速で攻撃してきた。
これは少し捌くのが大変そうだ。
だが、てっきり左右別々に攻撃してくるかと思いきや、左右の触手同士でクロスするように俺に攻撃してきた。
なぜだと思ったが、冷静に背中を少し後ろに倒し回避する。
簡単に避けられ左右に進んでいく触手。
だが、次の瞬間―――ある程度進んだ触手がグリンッとこちらに引き返してきた。
思わず顔を引きつらせ、左右から向かってくる触手をどう対処するか頭を回転させる。
―――どうするッ!? 片方は対処出来るかもしれないが左右両方は無理だ!
考え抜いた結果、一番の対処法は更に背中を後ろに倒して両方避けることだった。
だがそうすると自然と体勢を崩し、後ろに倒れる事に――――っ!
俺は後ろの光景に思わず息を飲んだ。
気にしていなかったが、後ろには確かにさっきの毒液で小さい毒沼が出来上がっていた。俺が倒れる位置に。
そうか、ネペントは最初からコレを狙って……!
俺は咄嗟に手が届く事を祈って毒沼の外に手を伸ばした。
ギリギリ手が届いたことに安心して、右手に精一杯力を入れる。
同時に足で思い切り地を蹴って体を浮かせて毒沼を飛び越えた。
俺が体勢を崩し毒沼の外で倒れ込んでいるのと同時に毒沼に2本の触手が派手な音を出して突き刺さった。
地面が割れて触手が突き刺さる。先端部分は斬られて無くなったとゆうのになんて威力だ。
もう少し回避するのが遅かったら毒を食らった挙句、さらに触手に攻撃されただろう。
そうなったら流石に体力が無くなる。無くならなかったとしても毒で死ぬだろう。
そうなりそうだった事を思うと背中にゾッと寒気が走る。
舌打ちを鳴らしながら体を起こそうと顔を上げた瞬間。
目の前に毒液の球体が迫ってきていた。恐らく俺が毒沼から逃れた時にネペントがブレス攻撃をしてきたのだろう。
俺は四つん這いのまま右にステップして何とか回避する。
俺ぐらいの身長くらいある毒ブレスが俺の横で通過する。
二~三回回転した後、右手で地面を思い切り叩き、飛び上がって着地する。
いつの間にか息も荒くなり始め、余裕が無くなってきた。
さっきの毒液をばら撒いてからの俺を毒液に落とし、それを回避した時の為のブレス攻撃。
これまでのコンボを考えるととてもモンスターのAIとは思えないくらい完璧な戦略とコンボだった。
俺も手が届いていなかったら今頃死んでいたかもしれないのだ。
「特殊個体なだけでコレほど頭が良くなる物なのか……?」
ネペントが再び威嚇の声を上げながら触手をうねうねさせている。
もうここまで来ると次なにをしてくるかなんて検討もつかない。
しかし、今現在も毒沼によって移動できる範囲は制限されている。また先程のような攻撃をしてくるかもしれない。
次同じ攻撃が来たら今度こそ回避出来るかわからない。
だとしたら、一刻も速く決着を付けたほうが良い。
俺はソードスキルの構えを取り、地を蹴った。
この攻撃に全てを賭ける!
俺がソードスキルの効果もあってか高速でネペントに距離を詰める中、ネペントも高速で触手で攻撃してきた。
左右の触手同士の距離が開いている事から、恐らく腕狙いだろう。本当に何処までAIが発達しているのか。
今度は無理に避けるつもりなどはない。なんたって次は無いのだから。
俺は右腕だけには当たらないようにして左にズレながら走る。
左にズレた事により、右腕を習っていた触手は少し掠める程度で済んだ。
だが、ズレた影響で左腕は根本から斬られてしまった。
「……ッ!!」
左腕が無くなった事により、激しい衝撃と痺れが体を襲う。
一瞬視界がハイライトしたが、何とか走り続けた。
左腕がなくなってバランスが悪くなり少しフラフラしてしまう。
だが何とか走り続け、ついにネペントの口に剣が届く所まで来た。
「うおおおッ!!」
口にめがけてジャンプし、まず垂直に斬り下ろしからの斬り上げてV字のような軌跡を作る。
片手剣2連撃斬り。《バーチカル・アーク》
ソードスキルが発動し終わり、そのまま着地する。
ソードスキルを2連撃当てた程度じゃまだ倒せない。
なので――――――!!
次の攻撃に移ろうとした瞬間、ネペントが最後の抵抗を見せた。
「ギャアアーーーッ!!!」
「なっぐっ!!」
口から鼓膜が破れる程のバカでかい音量の咆哮が鳴り響いた。
爆音により、一定時間プレイヤーの自由を奪う《バインドボイス》だ。
俺も耳を塞ぎたくなるが、左手は無いため耳が塞げない。
仮想世界だから現実世界の鼓膜には何ら影響は無いだろうがそんなの関係なしにただ単にうるさい。
ネペントの抵抗により体がふらつき始め、意識が遠くなりそのまま倒れそうになる。
だが、何とか意識を持たせ、踏みとどまる。
そのまま上を向き、ソードスキルを発動させた。
刀身が青いライトエフェクトに包まれ、ネペントに突き刺さりながら口ごと垂直に斬り上げた。
片手剣単発垂直斬り。《バーチカル》
ソードスキルが終わった事で刀身の光が薄れていく、刹那。
再び刀身がライトエフェクトに包まれ発光する。
俺は口に右上から斜めに斬り下ろした。
流石に体力が無くなったネペントが咆哮と共に欠片となって消えていく。
俺は剣を離し右手をついて着地した。
ソードスキルにはそれぞれ硬直時間とクールタイムが設定されている。
単発スキルはクールタイムも短く、硬直時間も存在しない。
2連撃から硬直時間があり、連撃数が増えていく毎に硬直時間は増えていく。
当然クールタイムも同然に増えていく。
硬直時間はソードスキルによって例外はあるが、大体そんな感じなのだ。
そして上手く使えば、単発ソードスキルだけで連撃が続けられるのだ。
バインドボイスで邪魔が入ったものの、単発のソードスキル二種類に2連撃のソードスキル。
コレで実質擬似的な4連撃が作れる。
ただし、コレにはソードスキルを最低でも三種類は使うため、クールタイムによって次に使えるソードスキルが制限されてしまうのが弱点である。
そして、コレを行うにはソードスキルが終わった後のすぐに次のソードスキルの構えを取る必要がある。
感覚が難しいソードスキルは初心者には扱いが苦労する。
なので、この小技が出来るのはβテスターくらいだろう。
何とかネペントを倒した俺はゆっくり立ち上がった。
落ちていた剣を背中の鞘に収める。
今すぐ休みたいがここはまだモンスターが出るフィールドだ。
油断は出来ない。直ぐに村へ帰ろうと村の方向へあるき始める。
体力を見てみるといつの間にかレッドゲージ付近まで達していた。
左腕を切断された時のダメージは相当なものだったらしい。
最後にアイテムウィンドウにネペント胚珠があることをしっかり確認し、村へ歩く速度を上げた。