外からざわざわと微かに聞こえてくる。
デスゲーム宣言を受けてから30分経ったというのにまだ広場に残っている人が居るらしい。
外の声は微かな物だが、俺達がいるレストランに比べたら大きく感じる。
俺とイヴは落ち着くためレストランに入ったものの、一言も喋っていない。
俺たち以外にレストランに入ってくる人は当然居るはずもなく、二人の沈黙の時間だけが過ぎていく。
イヴは席に着いて以降、顔を俯かせて前髪で表情が見えない。
ただ、頼んだジュース的な何かをズルズルと飲んでいるだけだ。
30分もその状態が続いているため、そろそろ少しずつ飲んでいる飲み物が無くなりそうだ。
飲み物が無くなったらそのまま飲もうとし続けるのか気になる所だが、それまで放っておくわけにもいかない。
なんて話しかけようか迷いながら頼んだコーヒーに口を付ける。
―――不味い訳ではないが…正直コーヒーと言われなかったら何だか分からんな。これから生活していくのだからせめて上手い飯にありつきたい物だ。
というか、砂糖やミルクどのくらい入れるか聞かれなかったが、そこは勝手に決められるのか。正直俺はブラック派なんだが……。
くだらない事を考えていると、イヴの方から話しかけてきた。
「ねぇ……私達って本当にこのゲームでHPが無くなったら死んじゃうのかな…もう、私ここで死んじゃうのかな……」
だが、30分以来の一言は、とても弱いものだった。
―――嘘を言ったって後に辛くなるだけ、すぐにバレる。
俺は意を決して本当の事を言った。
「科学的に言えば、俺達の脳を焼き殺す事は可能だ……」
俺が言った途端、再び俯いて「だよね……」と言う。
やはり、受け入れきれていないのだろう。この地獄のような現実に。
―――俺もβテストをやったが、SAOは比較的難易度が高いゲームだ。普通に慎重にやっていたとしても一回も死なない事など不可能に近い。
特に俺はスピード重視のプレイヤーだったので、他のプレイヤーの倍以上は死んだ。層が上がっていくに連れ、レベルに追いつけず死んだし、時にはゾンビ戦法もしなくちゃいけない所もあった。
だが、情報は有り余るほどある。慎重に進めば大丈夫なはずだ。後は俺の腕次第か……。
「……俺はβテスターだから、経験もあるし仮想空間での戦闘は人一番慣れているつもりだ。絶対にイヴは俺が守る。だから、安心しろ。絶対に死なせはしない」
「……うん」
俺は心の中で誓った。
何があってもイヴを守ると。茅場の好きにさせてたまるか!
やっと見つけたんだ。自分の帰れる場所を。こんな事で死なせる訳にはいかない。
「そこでだ。まず生き抜くためにはそれなりの装備が必要だ。だから、今から俺たちはここに向かう。
ウィンドウで地図をだして、その場所に指を当てる。
「なにここ? 森?」
「具体的にはこの森の近くの村だが、この村ではアニールブレードといって第3層までは使える武器が手に入るクエストが受注できる。細剣のイヴもそれに伴った武器がもらえるはずだ」
「このクエストは人が集まると効率が下がるから速くいかなければならないんだが……まぁ、今から走って行けば間に合うと願おう」
「詳しい話は村に着いたらしよう。今は速く村に付くことを最優先にしよう」
一旦説明を終えると俺達はレストランを後にした。
フィールドの草原を二つの影が疾走する。
風を斬る音が鳴り響き、時々ザシュ!と音がなり、青いポリゴンが四散して空中に溶けていく。
全速力で疾走して5分程度経った頃、少しでもレベルを稼ごうと一発で倒せる弱い敵をすれ違い様に倒して行っているのだ。
後もう少し。ホルンカ村まで直行―――っ!!
一瞬止まりそうになるのを抑え、思考を回す。
ゴウウルフ。
そこら辺にでる狼の形をしたモンスターの長みたいなもので、たまに出現するモンスター。
こちらは雑魚とは違って近づいた途端、ターゲットされ攻撃してくる。
しかも初手の攻撃が高速で突撃系の噛み付きをしてくる厄介な敵だ。多少レアなモンスターからか、攻撃力は高く同じレベルでも体力の3分の1は持って行かれる。
しかもレベル3。俺達と同レベルだ。
ゴウウルフの頭から少し紅いカーソルが表示されている。これは自分のレベルと同じ場合、近い場合の合図だ。
―――どうする!? このまま近づけば間違いなく攻撃してくる。俺は回避できるかもしれないが、イヴは間違いなく回避はできないだろう。
今の状況で少しでも体力を減らすのは避けたい。だが、止まって戦闘するのも付くのが遅くなる。
一番いい方法――――これしか思いつかない!
「失礼」
「えっ!?」
そう言って俺はイヴを抱き上げた。
―――いわゆるお姫様抱っこというやつか。まぁこれが一番持ち上げやすいし、コレしかまともに知らない。
やはり、仮想空間だからある程度軽い! これなら…!!
「うおお!!」
俺は全力でゴウウルフを大きく飛び越えた。
実はゴウウルフは敵視範囲が案外狭い。範囲に入らなければ、ターゲットにされる事は無い。
少しふらついたが、スピードを落とさずに着地し、走り出す。
どうやら格ゲー大会で色々な動きをしていたことは無駄にならなかったみたいだ。
「下ろすの面倒だからこのまま村まで直行する」
「ええ!?」
無事ホルンカ村まで付くことができ、イヴを下ろす。
「どうした? 少し顔赤いぞ。疲れたか?」
仮想空間では息切れは起きないはずだが……。
「大丈夫…少し疲れただけだけ……」
「ああ、なら良いんだが」
「とりあえず、村に着いたからクエスト受注しに行こう」
ホルンカ村は小さい村だが、鍛冶屋や宿屋など、必要な設備はきっちり整っている。
用があるのはこのレストラン風な家。
ここで間違いないのをしっかり確認したあと、ドアを開ける。
なぜ、確認するのかというと、リアル感を追求するためかたまに入った途端全力で接客してくる店がある。
そいう店はNPCの為か中々抜け出せず、苦労したことがしばしばあったからだ。
カランっと音と共にドアを開き、中に入る。
中には3つくらい机と椅子があるが、誰も座っては居ない。
適当な椅子に腰を掛けると、奥で大鍋をかき混ぜている人がこっちに近づいてくる。
「いらっしゃい。残念だけど何も無くってねぇ」
「水で結構」
そう言うとスタスタと奥に入っていく。
なぜ、奥で鍋をかき混ぜているのに何も無いと言うかというと、そこにクエストの鍵があるかだ。
ちなみにここでお構いなくなど、言ってしまうと本当に何も出てこない。本当にリアルすぎるゲームだ。
「はい。水だよ」
水を置いた途端、頭にはてなマークが現れる。
クエストを開始できる印。
「何かありました?」
俺がそう言うと顔が明るくなり、話し始めた。
同時にはてなマークが!マークに変わる。
クエスト開始された合図。
どうやら子供が毒に陥ってしまい、その子供のお母さんは頑張って看病をしていたという。
その毒を治すには村の近く森の中に現れるリトルネペントと言われるモンスターの胚珠が必要らしい。
なので、俺達にその胚珠を取ってきてほしいとの事。
簡潔にまとめたが、実際は長苦しい話を聞かされてちょっとしんどい。
スキップ機能なんかあるわけないので最後まで聞かなくてはならないのだ。
やっと話が終わると俺はテーブルの水を一気に飲み干し、勢い良く立った。
「任せてください」
そうしてレストランを後にした。
「どうした? イヴ。行くぞ」
森に入ろうとした途端、イヴが歩くのを止める。
「えへへ、ちょっといざってなると、案外怖くなるんだね……」
俺は微笑みながらイヴの頭に手を乗せる。
「大丈夫だ。絶対に守るといったろ? イヴの命は俺が保証する」
イヴは頷く事もなく、ただ優しく微笑んだ。
俺も拳を強く握り、森へと入って行った。