ミスがありましたら気軽にご指摘ください。
病院の廊下にカツカツと音が響く。見渡す限り続く白い壁、部屋の位置を示す色付きの矢印が無ければ確実に迷う程に色の変化がない。今海斗の後ろにあるドアを除けば。
―――空気が冷たいな。
歩いていて不意にそう思った。海斗は色に変わりがない廊下の奥を見続け、少し違和感を覚える。
―――やっぱ、慣れないな…しかし一年も片目を隠してただけでこんなに違うもんか……
ここに来る途中、散髪をし今まで伸び切っていた髪の毛をスッキリ切った。当然、片目を隠していた前髪も含めて。なぜいきなり散髪したのかというと前に李鈴とこんな事があったからだ。
「ねぇ、海斗ってさ。なんで片方の前髪だけ以上に長いの?」
「ん? ああ、ほら俺って目つき悪いだろ? だからその目を片方だけでも隠せば少しは怖がられなくて済むかなと思ってな」
「へぇ、私はそう思わないんだけど……」
李鈴がなにやら複雑そうな顔でこちらを見ていた。
「? どうした?」
「いや~そんな理由で隠してたとは……ねぇ?」
「なんだ、言いたいことがあったら言えばいいだろう」
「じゃあ、言わせてもらうけど。それじゃ余計怖いと思うよ」
「え? そうなのか!?」
「うん。普通に両目見せてるのと片目では多分倍くらい違う。速い内に髪切れば? 見てて暑苦しそうだし切ったほうが見た目がスッキリするよ」
「うーん、李鈴がそう言うなら切るよ」
―――という事があったから散髪したわけだが、一年間片目を隠して生きてきたせいかなんか違和感があって落ち着かない。まぁ慣れるしか無いだろうが。
冬という事もあり、廊下は冷えている。李鈴の部屋は暖房が付いていて、少し暑いくらいだったのだが。冷えた手をポケットに突っ込み速足で歩き続ける。
歩いてから数分、目的の部屋の前に付く。相変わらず色に変わりがないドア、隣には【特別手術室】と書かれてあるだけだ。事前に受け取ったカードをかざしドアを開けると、前とは違って既に明かりが付いていた。眩しさに目を細めるがすぐに慣れ人が居ることに気づく。
普段は陽気な声で話しかけて来るくせに真剣な顔でガラスの奥を見つめている竹田医師の姿があった。俺はなんの迷いもせず話しかける。
「こんにちは。今日はよろしくお願いします。竹田医師」
「こんにちは。海斗くん。言われなくともわかってるよ」
「どうしたんだい? まだダイブするには少し時間が速いと思うけど。ああ、李鈴さんは少し時間を貰えなきゃダイブ出来ないから10分経つまでには間に合わせるよ」
「ああ、はい。あと、代金の方はちゃんと遅れましたか?」
「大丈夫だよ。それにしても今思えば君もとんでもないことをしてくれたよね。まさか格闘ゲーム大会に出場してその優勝賞金で払うとは……」
「あの時はありがとう御座いました」
―――そう、俺はずっとどうやって払うかを悩んでいたのだ。200万という大金を学生がバイトをしたとしてもまともに払える額じゃない。そして俺はあるチラシを見つけた。それは格闘ゲーム大会のチラシ。日本一を決める大会なようで、賞金は300万。俺はこのチラシを見た途端、すぐ参加を決めた。何故なら賞金は300万、払っても十分お釣りがくる額だった。なので竹田医師に頼み込み無理やり大会に出場する人を一人倒すことを条件に参加してもらえることに。だがしかし、相手は日本一の大会までくる強者。ただのゲーム好きの俺がおいそれと挑んで勝てる相手では早々ない。
だが、俺が大会に出場することを決めた理由は俺が有利な条件だからだ。
なぜ有利なのか、それは今までの格闘ゲームだったら2Dだった。だが、今の格闘ゲームは3Dなのだ。それにゲームの中に入りキャラを自分の思い通りに動かすことも出来る。当然コマンドの機能もあるが、自分の思い通りに動かすことが出来る。そう、これが俺に取って有利な条件だ。SAOのβテストに参加し一日中プレイした俺はフルダイブの慣れに関しては自信があった。
なので、恐らく他のプレイヤーはコマンドを利用し最善のコンボで戦ってくるはず。それをコンボを使わずに全くの逆転の戦い方で優勝を勝ち取るという計画を立てた。
だが、ただ単に他のプレイヤーと違う動きをしたとしても確実に勝てる道筋にはならない。なので、正直これは賭けだったのだが、コマンド以外の細かい動きも出来る事を信じて様々な事を頭に叩き込んだ。格闘ゲームの基本的な動きから現実のプロレスや格闘技の関節技など簡単に言えば
後は受け流しとして使えるかもと剣技もついでに覚えた。とにかく戦いに役立ちそうなもの全部だ。
約束の戦いの日まで様々な技術を叩き込みついに、大会まで進んだ四国1位のプレイヤーと対戦した。ちなみに誰と戦うかはランダムらしかった。だが、他のプレイヤーはいきなり名も聞いたことのない初心者プレイヤーが挑んできたに過ぎず、誰が選ばれても反論の声は無かった。
結果から言うと、楽勝だった。一応プロのプレイヤーなので、すぐに学習され見切られると思ったので一発勝負で技を何個かといざという時のための必殺技も用意していたのだが、それを使うこと無く終わってしまったのだ。当然、この事でプレイヤーは焦ったらしい。なにせ俺の情報はコマンド以外の動きをしてくる。しかないのだ。見極めようとも数が多すぎて全部見切る事は不可能。俺はコレも狙ってたわけだが、まんまと引っかかってくれた。
そして、大会の日。東京の施設で行われた格闘ゲーム大会は過去最高の人数の観客となった。なにせ、意味不明な謎のプレイヤーが出場者を
俺は大会の出場者として出たのだが、あまりの人の多さに足が竦んだりした。そして、大会に開始。大会はトーナメント制で8名で行われる。俺は決勝まであまり技を披露せずに戦えたのだが、決勝だけは違った。
流石決勝まで上がってくることもありかなりの腕だった。相手は関東1位。俺は臨時の参加なので何処の代表とかは無かった。関東1位。奴だけは俺が今まで使って他のプレイヤーが見切れなかった技を見切り避けたのだ。しかも俺は戦いによって新しい技を使っていたので奴は初めて見た技を避けたという事になる。戦いは3ラウンドで1ラウンドが関東1位。2ラウンドが俺と3ラウンドまで続いた。
俺はラウンド毎に技を変えて戦ってたはずなのに奴は避けて反撃をしてきた。最初、見切られた時から同じ技は通用しないと分かっていたので俺はジリジリと使える技が少なくなってき、相手は避けられる技も多くなり追い詰められているのは俺の方だった。ただ相手はコマンド通りのコンボで攻撃してきて俺が避けて技を入れる。それを相手が避けるの繰り返しで少しずつ体力を減らして行くだけで残り時間ギリギリまでそれは続いた。動きは他のプレイヤーと大差はないはず。ただ単にとんでもない反射神経と速さで避けるのだ。正直今まで苦戦もせずに勝ち上がってきたため舐めていた。
そして、残り時間30秒まで続き、体力は相手の方が少し上。このまま行けば俺の負けは確実だった。
ステージの風の音が耳に響く。フルダイブしてる俺達は聞こえないがこんな戦いを披露してたら観客の歓声は凄まじいだろう。
―――残り30秒。体力は俺の方が少し少ない位か…正直、きついな。
俺が次の手について頭を回転してる中、相手は勝ち誇ったような笑みを浮かべ、始まってから一度も開いてなかった口を開いた。
「奇妙な技を使う奴だが、まだ甘いな。そんな腕でこの大会に優勝するつもりだったなんて笑えてくるぜ」
関東1位な伊達じゃないって事か。相手はネットでも有名になっていたプレイヤーだった。噂は無敵のプレイヤーと言われる程の腕の持ち主。この大会の優勝候補としてネットを騒がせていた。
「はっ! まだ決着はついてないのに余裕じゃないか。そんなんじゃ後悔することになるぞ」
「でかい口を叩ける者だな。ならば、終わらせてやろう。終わりだ。若き挑戦者よ」
相手が拳を高々と上げる。推測としてはこれからくるコンボは最低10コンボくらいだろう。賭けるしかない。今まで使ってこなかった技を使うしか無い。だが、今まで見切られてきたのにこの技は当てやすいとは言えない。簡単に避けられるのは大いに予想できる。何か、何か空きを作れれば……
「セァァァアア!!」
俺は可能性に賭けて地を蹴った。意識を相手の拳に集中させ、突っ込んでいく。途端、相手が勝ちを確信したのか、これまで以上の笑みを浮かべる。
拳が衝突する刹那、俺は自分の拳を相手の腕に滑らせるように距離を詰めた。受け流しだ。相手は体制が崩れ、相手の顔が歪んだ。
何とか作った空きを無駄にせず、すぐさま相手に固技をして動きを封じる。会場に響く歓声。俺の耳にも聞こえた気がした。
そこに初めてコマンドの遠距離技を使い、相手の体力が0なると同時、制限時間も0になった。
俺の画面に【win】という文字が現れ、俺は人生で最大の叫びを上げた。
今思うとあの時、少しでも遅れていたらカウンターを食らってたかもしれない。そう思うだけでも寒気がする。かなり苦戦したが、何とか勝利し賞金を勝ち取ることが出来た。
「全く、話をした私の苦労も分かってほしいよ」
竹田医師がやれやれとばかりの表情を浮かべる。
「しかし、海斗くんさぁ、いつの間にか私に敬語になったよね? 初対面の時はあんなに手厳しかったのに」
「これは、俺なりの敬意ですよ。絶対、李鈴を救ってください。失敗なんかしたら呪います」
俺は頭を深く下げる。
「さらっと怖いこと言わないでくれよ。言われずともっ。おっともうこんな時間か、もうそろそろダイブ出来る時間だね。それじゃ私は李鈴さんの準備をしてくるから」
そう言い、竹田医師は部屋を出ていった。どうしようか。先にダイブしているか。
やることが決まった俺は奥の部屋のドアを開けて電気をつける。部屋にはベットだけで、枕元には俺が使っているナーヴギアが相手ある。来た時に渡したはずだが、流石に仕事が速い。
俺はベットに横たわり、ナーヴギアをしっかり被る。深呼吸した後、目を閉じて言った。
「リンク・スタート!」
途端、目の前が真っ白に染まり、意識が途切れた。
再び意識を取り戻した所は青い空間だった。βテストの時と同じキャラメイキングにし、ネーム名に『シャドウ』と打ち込み、OKを押す。途端、再び目の前が白く染まった。まず視界に入ったのは漆黒に染まる宮殿。《黒鉄宮》
つまり、俺は再びこの世界に戻ってきたということだ。周りを見渡すと他のプレイヤーが続々と無の空間から現れる。俺は俯き岩のレンガ状の床が見える。そして試しに手を握ったり閉じたりしてみる。ちゃんと動く。現実より少し軽い体、段々と仮想世界に戻ってきたんだと実感し、嬉しさとワクワクがこみ上げる。
俺は拳を強く握り走り出した。
プレイヤーを避けながら街の中心の広場に疾走する。βテスターである俺はこの《はじまりの街》の構造を大体理解している。そして、この《はじまりの街》はちゃんと中心に向かうよう道を辿って進めば中心の広場に出るようになっている。
なので広場を集合場所としているが初めてログインする李鈴でも問題なく広場に付けるはずだ。
人集りを通り抜けやっと広場に付く。広場の真ん中には転移門と呼ばれテレポートができる。しかし、行ったことがある所じゃないと転移できないので今転移出来るのは《はじまりの街》の近くのフィールドだけだろう。広場には人が集まっており、俺と同じ人を待っているのかフィールドに出ようといている人達が広場に集まってくる。
竹田医師は李鈴がダイブ出来るまで10分は掛かると言っていた。ここに来るまで5分くらいかかったので10分以内には李鈴もここに来れるだろう。俺は特にやることもないので適当に暇を潰していると不意に声を掛けられる。
「あの…間違ってたらすみませんけど……シャドウ?」
少し心配そうに話しかけてくる人に視線を移す。黒い髪に同じく黒の瞳に初期装備のインナー部分も灰色というなんとも地味としか言いようがない見た目だった。李鈴には事前にユーザー名を教えてあるので李鈴が教えてくれたユーザー名なら、
「そうだよ、イヴ。というか、キャラの見た目も全部事細かく伝えてるはずなのになんで遠慮しがちに聞くんだよ…」
「そ、それだって少しは心配するでしょ!」
李鈴ことイヴは頬を膨らませてむ~と唸ってこちらを見つめてくる。俺はため息を付きながら問う。
「まぁいいけどさ。……なんか、その格好、言っちゃ何だが、地味じゃないか?」
「だって、現実の私って随分と派手じゃない? だからゲームくらいは地味でも良いかなって」
なるほど、そういう訳か。
「ふーん。じゃあ、早速この世界について色々教えるよ。とりあえずフィールドにでよう」
俺は久しぶりのこの世界の戦闘に胸を踊らせながらフィールドに出た。
草原のフィールドにフレイジーボアの足音が響き渡る。俺はイヴに戦い方、曰くソードスキルの出し方を教えていた。
イヴが近づいてくるフレイジーボアも睨んで構えるがソードスキル独特の派手なライトエフェクトとサウンドエフェクトは発生せず、軽々と突進をくらい飛ばされる。拍子にHPが2割くらい減る。
「イヴ。大丈夫か?」
俺はイヴに近づきながら話しかける。
「うん。ほんとに痛みは無いんだね。現実でくらったら骨の一本は余裕で折れる威力してるのに…」
「生々しい話をするな。どうだ? ソードスキルは使えそうか?」
「うーん。このソードスキルって奴発動しにくいよ~。ちゃんと構えは合ってるはずなのに…」
「さっきのは腰の高さが合ってなかったな。少しのミスは見逃してくれるが大きなミスをすると発動できない。慣れれば体に染み付いて勝手に覚えるようになるけど」
「そこまでになるのは難しいよ」
イヴは右手に持っている細剣に視線を落とす。なぜ細剣だというと、攻撃方法が単純な突き攻撃であり素早く、軽そうだからだそう。
「普通に振ってるだけじゃ駄目なの?」
イヴが細剣を上下に振り回しながら言う。
「それじゃ遅いし、威力が出ない。慣れれば簡単だと思うけどな……」
俺がフレイジーボアに視線を抜けるとちょうどフレイジーボアが立ち上がりこちらに突進するべく地面を足で削っている。
「よし、立てイヴ。いいか? 俺と同じ構えををしてみろ。上手く発動して無駄に動かなければ敵に命中するように勝手に体が動いてくれる」
イヴがわかったと言い。立ち上がり、俺と同じ、腰を落とし右手を腰の高さまで下げ、右手を突き出す。コレが基本的な細剣のソードスキルを使う細剣の構えのはずだ。イヴが構えた途端、派手な音がなり、刀身が青いライトエフェクトに包まれる。そして、突進してきているフレイジーボアに向かってちを蹴った。
いきなり動いたからか、イヴが「きゃっ」と声を漏らしたが、フレイジーボアに走り出したイヴは思い切り細剣を突き出し、フレイジーボアに当てる。フレイジーボアが細剣の先端で停止し、発光しながら四散してやがて消える。
「あ? え? 倒…した?」
「ああ、この構えを覚えておけば後のソードスキルは手の位置を変えたりするだけだから便利だ」
自分が倒したことに実感していないのか唖然とし、やがて、実感したのか満面の笑みで叫んだ。
「やっったーーー!!」
実はさっき倒したフレイジーボアは一番弱い雑魚だという事は言わないことにした。
そこから1時間くらい経過したか。戦っていくたびにイヴが構えを覚えてきて、戦い方も様になっている。予想以上に覚えるのが速かった。やる前は無理だと断言していたのに、習うより慣れろのタイプなのだろう。
何体目か分からないフレイジーボアをイヴが倒し、ふぅと一息。イヴの周りで速攻でモンスターを倒しまくっていた俺はレベルが3に。イヴはレベル2になった。この短時間でここまで上がるのは大したものだと思う。
流石に疲れたので大樹の下に座り、休憩する。ここら一帯のモンスターを全て殲滅したので、次湧くのは数十分後なのでそれまで休憩できる。
イヴは俺の隣に腰を掛け深い溜め息を付いた。そして俺が見ていた方向に視線を向け呟いた。
「綺麗……」
「そうだろ。本当に綺麗だ」
そこに広がっていたのは絶景だった。小鳥が辺りに
「本当に、ここが仮想世界なのか疑うくらい綺麗」
そう囁くイヴに視線を向ける。イヴはただ優しく微笑んでいた。だが、俺は、俺には感じられた。その目には不安を抱いている目だと。
「やっぱり、不安か…?」
そう問いかけると一瞬こちらに視線を向けたが、口元を緩めて俯いた。
「……まぁね。こうやってゲームしてるのも勿論楽しいけどやっぱり安心は出来ないな……」
―――今、ログインして1時間くらい経っているはず。あと30分くらいか…
「大丈夫さ、あともう少し遊んでればすぐ終わる」
―――ああ、人なんて褒めたこと無いから下手くそだな。
イヴはただ「うん」とだけ答え視線を景色に向き直す。
帰ったら色々勉強しないとなと思う海斗と一緒に数分の時が流れる。
数分後、そろそろモンスターも再びわき始める頃。
シャドウとイヴが景色を見るのを止め、立ち上がり次のモンスターに備えていた時。
「…? 全然わかないな…」
「どうしたんだろ?」
時間的にはここら一帯のモンスターが殆ど湧いて出てきても良いはず。
だが、周囲にモンスターの姿は微塵も見つけられない。
「変だな。バグか?」
「あれ?」
「ん、どうしたイヴ」
「今アイテムの整理しようと思ってウィンドウ開いたんだけどさ、どこにアイテム欄があるのか分かんないから適当に押してたんだけど」
「この欄のここってさ、なんで空白で何も無いの? コレもバグってゆうの?」
「えっ」
そんなバカな。
イヴが指した所はウィンドウメニューの一番下の欄の下。
そこに在るべき者がない。
「確か…そこにはログアウトボタンがあったはずだ……」
「え!? ログアウトって私達がゲームから出ることだよね。それがないって…」
「一言で言えば、ログアウト出来ないって事だ。発売初日に色々なバグや不具合があるのはよくあることだ。だが、ログアウト出来ないバグなんてとんでもない事になるぞ…」
他の人達も気づいている頃だろう。フルダイブに疲れてログアウトする人達も出てくる時間帯のはず。
「そうだ、GMコール!」
GMコール。それはその名の通り、ゲームマスターに不具合やバグの報告が出来る。
だが、反応は無かった。
「どういう事だ…? こんなバグ、天才プログラマーと言われた人が犯したミスとは思えない」
イヴと目が会い、イヴが付け足すように続きを言う。
「と、いうことは…もしかして―――」
「「!?」」
思考を回らしている途中に大きな音が耳に入り驚いて音の方向に目を向ける。
「《始まりの街》の方向だ―――ん?」
突如俺の横から青い円形が浮かび上がる。
青い円形のよく映画で出てきそうな移動ポータルみたいな感じだ。
「入れってこと…?」
イヴが警戒して2歩下がった。当然だ。俺も怪しんでいるのだから。だが、
「入ってみない事には分からない。行ってみよう」
イヴも渋々頷き俺に続きポータルを潜る。
抜けた先は《はじまりの街》の中心だった。
見渡すと周りから同じようなポータルが現れていて、そこから人が続々と出てきていくら広い広場でも大勢の人で埋められる。
周りから「なんだ?」「どうしたんだ?」などの不安の言葉が聞こえる中。
イヴも不安に襲われ俺に目で訴えてくる。
俺はイヴの頭をポンポンと叩き、安心しろと伝える。
―――やっぱ周りもざわついてるよな…しかし、この状況が何時まで続くもんか……
そう思った途端、空から突然、紅いローブが音もなく現れた。
「な、何だあれっ!?」
そう一人の男の声で広場に居た全員が紅いフードに目を向ける。
間違いない。あれはGM用のアカウントの姿なはずだ。
だが、急いでいたのかあるのはローブだけで中に人は入っていない。
口という器官が存在しない紅いローブから声が聞こえてくる。
「プレイヤーの諸君。まずは初めましてかな―――ようこそ、私の世界へ」
「私の名は茅場晶彦。今この世界をGM権限として操作出来るのは私だけだ」
「なっ……」
広場にいる人間が全員息を詰まらせた。ただ一人を除いて。
イヴだけは事の重要差を分かっておらず?マークが頭上に出てきてもおかしくはない。
当たり前だ。李鈴は俺にこのゲームを遊ぶためにログインしただけであり、SAOの詳細なんて知る由もない。
ましてや今、浮遊しているローブの正体がSAOの開発に関わった人間であり、ナーヴギアの基礎設計をした者だとは。
広場の音が消え、少し前に流れてた街のBGMも止まっている。
そんな様子も気にすることもなく、茅場晶彦と名乗る紅いローブは話を続ける。
「諸君は既にログアウトボタンが無くっている事に気づいているだろう。だが、安心してほしい。これはバグなどではなく、SAOの仕様である」
「諸君はもう自主的にログアウトできない」
―――言っている意味は大体わかった。まだ付いてこれる。だが、自分でログアウト出来ないとは言え、外からナーヴギアを外されたりすればログアウトできるはず。
そんな俺の考えは次の言葉で粉々に崩された。
「そして、外部に剃るナーヴギアを取り外し、または停止によりログアウトもありえない」
「もし、その行為が実行された場合、ナーヴギアが君たちの脳を焼き尽くし、生命を停止させる。つまり、殺すということだ」
もう広場には音もなく、驚愕の声も無かった。ただ、静かに空気が冷たくなっていく。
「また、停電などの事故を防ぐため、十分の外部電源切断、2時間のネットワークの切断は許される」
「が、ナーヴギアの分解や破壊を行った場合、君たちの脳が焼かれることになる」
「そして、今この瞬間はテレビやラジオで放送されているので知らない人間が居ないこともない。安心したまえ」
「しかし、警告を無視してナーヴギアの取り外しまたはそれ以外の行為によって、およそ200名のプレイヤーが脳を焼かれ帰らぬ人になっている」
広場の空気の冷たさは最大にたっし、広場の人達は掠れた声を漏らすか苦笑いをしているか、俺達の様に唖然としているか。
広場の全員がこの事実の意味が分かれていない。いや、分かりたくないと言ったほうが正しいだろう。
俺自信もそうだからだ。
「また、現実の君たちの体は2時間の猶予の内に病院や施設へ送られるだろう。なので、君たちは安心して、ゲーム攻略に励んでほしい」
ある男が茅場晶彦に問い詰めた後、確信していることが一つだけある。
それはこのゲームでHPが0になった瞬間現実の自分たちも死ぬと――。
「諸君がゲームからログアウトできる方法はただ一つ。アインクラッド第百層のボスを倒し、ゲームをクリアすること。もし第百層の最終ボスを倒すことが出来た瞬間、生き残ったプレイヤーが無事ログアウト出来ることを保証しよう」
「最後にここが唯一の現実である証拠を見せよう。アイテムストレージに入っている私からの細やかなプレゼントがある。確認してくれたまえ」
俺はアイテムストレージに見たことがないアイテムが有ることに気づき、それをオブジェクト化する。
「これは、手鏡?」
俺は不思議に思い鏡を覗いていると隣のイヴが白い光に包まれた。続いて周りの人達も光に包まれていく。
「イヴ!? なっ!?」
途端、俺の体も白い光に包まれ視界がホワイトアウトした。
すぐに光からは開放され、試しに体を確認するも特に変化は―――ん? 少し身長が縮まっているような――っ!?
隣のイヴを見てみると自分の体の変化に気づいた。
隣には朱色の鮮やかな髪に薄緑の瞳、それに少し細すぎる体。
コレは正真正銘―――
「李鈴?」
「海――斗?」
「なるほどな…」
いつの間にか声のトーンも変わっていて、周りの男女比も変わっている。これに関してはあまり考えたくはない。
―――ナーヴギアはヘルメット状で頭を覆っている。なのでこんなに繊細に現実の顔を再現できる。
あと一つ、ナーヴギアは初めてログインする時、何かの確認とか言って体のあちこちを触らなくちゃ行けない。
スマホの指紋認証の為に何回の指を押し付けるのと同じ部類だと思っていたが、こんなことも出来るのか。
恐らく、李鈴にもその動作を行ったはず。
どうやら、茅場晶彦がこの世界を操作できるのはあながち嘘ではないらしい。
広場の人達が手鏡でざわついている時にいつの間にか茅場晶彦の姿は消えていた。
――――――
少しの静寂の後、一万人のプレイヤーが理解した。この状況を。
「なんなんだよ…なんなんだよこれ!」
「ふざけんなよ!! 俺たちここからどうすんだよ!!」
「そんな…そんな…」
怒り、絶望、罵声、驚愕。
広場にいる一万人のプレイヤーが一気に自分の感情を解き放った。
イヴもこの状況を理解できたのか、それとも信じたくないのかは分からないが倒れ込み頭を抱えて俯いていた。
俺は奥歯を強く噛み締め、拳を血が出そうになるくらい握った。
―――こんなこと許されるかけがない。一万人の命をまるでゲームの様に弄んで、大勢の人を殺した。
そして、何より李鈴をこんな思いをさせた茅場晶彦を許せなかった。
―――落ち着け。こんな時、感情に身を任せる事がどんなに危険か俺は知っているはずだ…
俺は感情を落ち着かせ、李鈴を落ち着かせる為に近くのNPCのレストランに入った。