《死神》と恐れられた優しき剣士   作:はまち

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第3話【救い】

 李鈴の部屋は特別手術室からそう遠くない所にある。

 白いタイルの床に同じの壁に一つだけ色の違うブラウン色の横開きのドア。まるでこの部屋を強調したいかのように目立っている。

 

 ドアの横には《502号室 影山 李鈴》と書いてある。

 

「では私はここで待っているとするよ。話をしてくるといい。いい結果を待ってるよ」

「ああ、じゃあ行ってくる」

 

 俺はドアのテッテを握る。鉄の冷たさがての手のひらに伝わってくる。それは俺の心の中にも届いているような……

 

 ――このドアの向こうに俺の妹に当たる人、つまり家族の李鈴がいる。俺が家族に会うのは去年、母が亡くなって以来だ。

 俺のもういない家族は俺を知ってくれた。認めてくれた。俺が大嫌いな部分も家族だけは何も言わなかった。

 

 だが、今回は違う。いくら家族のような人だとしても今まで一度も会ったことのない殆ど赤の他人だ。もしかしたら顔を見られた途端怖がられ、拒絶されるかもしれない。もしそうなったら俺は今度こそ生きる気力を見いだせるだろうか?

 

 俺は覚悟を決めて、拳に力を入れてドアを開けた。まず視界に入ったのは白いカーテンだった。そのカーテンには人の形のシルエットが写っている。

 

 ――この奥にいるはずだ。

 

 俺は深呼吸してからカーテンを回り込んでその奥のシルエットを確認した。

 

 その奥にいた李鈴は白に統一させているベットに座り、窓を見つめていた。

 肩にかかるくらいの長さの朱色の髪、見ていたら吸い込まれるように綺麗な薄緑の瞳。

 顔の輪郭は入院中だからか少し細く、腕も触ったら折れてしまいそうだ。

 

 白いワンピースに身を包んだ少女は俺に気づき、俺を見つめ表情一つ変えずに微笑んだ。

 

「あなたが、私の兄さん?」

 

 透き通るような綺麗な声が耳に響いた。心臓がバクバクだった心が安堵し俺は無言で頷く。

 

「そう、嬉しいな。本当に来てくれるとは思わなかったから」

 

 俺は自然に話している李鈴を見て、体から思い何かが抜ける感じがした。

 

 ――ああ、そうか。俺は今まで自分が家族を亡くして本当に安心した時なんか一度も無かった。

 外に出れば自分が嫌になり自宅に帰れば孤独に襲われる。ネットゲームをしていても完全に安心したと思ってなかったんだ。

 

 自分でも気付かず苦しみを、悲しみを貯めに貯め続けてきたのが今消えてなくなったような気がした。

 俺は今、心の底から安堵していた。体が軽くなり、体の力が一瞬抜けて立膝になってしまう。

 

「どうしたの!? 具合でも悪いの?」

 

 もう一度声を効いた途端、涙が溢れそうになるのを必死にとめる。

 この子と一緒にいたらいつ自分の弱い部分を見せてもらうか分からない。だが、恐れはない。きっとこの子は俺の弱い所を見せてしまっても優しく受け止めてくれるだろう。

 さっき会ったばかりだが、なぜか確信があった。

 

 だが、今は俺がすべき事をするべき時だ。今この瞬間で俺の答えは決まっていた。

 そうと分かってるはず、はずなのにでも、もう少しこの感覚に浸っていたい。長い間感じられなかった家族の暖かい感覚に。

 

「とりあえず、そこに腰掛けて? 大丈夫?」

 

俺は静かに隣の椅子に腰を掛ける。それから数分、部屋には静寂が続いた。

数分の静寂を断ち切ったのは李鈴だった。

 

「そういえば、兄さんの名前聞いて無かったね……知ってると思うけど私は李鈴。あなたは?」

「海斗。影山海斗だ」

「海斗……さん? う~ん…」

 

なにか腑に落ちない様子で体を揺らしながら唸っている。やがて微笑むと。

 

「えへへ、何か兄さんに固くするのも変な気がするね。もし…良かったら呼び捨てでも良い?」

 

もう殆ど敬語じゃないし今更何を。と言いそうになるのをグッと抑え、

 

「ああ、良いよ。好きなように接してくれれば」

「本当に海斗が来てくれて嬉しかった。ずっと一人だったから……」

 

李鈴は右手を胸に当てながら目を細める。が、俺にはそれが偽りの笑顔だとすぐわかった。

俺はずっと人に嫌われ続けてきた。だから自然と人の顔色を気にするようになってしまった。もしかしたらこの人は大丈夫かもしれない。そんなに怖がれなかったら良いな。などの淡い期待を込めながら見るようになってしまったため、俺は顔で人の感情を大体分かるという覚えたくなかった特技を覚えてしまった。

 

――今この子が見せている笑顔を偽り。そして瞳に明るさが消えた。俺と同じ瞳だ。

きっとこの子は俺と同じかそれ以上の苦しみを持っている。そして、俺が日常的に見ている恐怖に襲われた目。

 

俺は一瞬体が氷のように冷たくなるのを感じたがすぐにもとに戻る。もしも李鈴が俺の顔に怯えている場合、最初に恐怖を感じるはず。だが、最初李鈴の瞳には恐怖が無かった。

つまり、李鈴はまた別のことに恐怖している? しかし何に?

 

とにかく会話を続けようと部屋を見渡す。

 

「確かにここじゃ何もないし、暇そうだもんな」

 

この部屋には李鈴以外入院している人は誰もいない。廊下を歩いている時も思ったがこの階には恐らくここしか病室はない。つまりこの部屋は李鈴専用なのだろう。

だが、一人の女の子が使うにしてはこの部屋はだいぶ広い。見ただけでは具体的な広さは分からないが俺の部屋よりも数倍は広いのが分かる。

 

「この部屋には私以外しないし、いつも私の検査をしてくれる立花さんも話してはくれるこどいつもって訳にはいかないし、なんか遠慮してるって感じがするの」

 

さっきから話しているごとに顔が暗くなっているのが分かる。もう一般人が見ても分かるくらいに。やがて、李鈴は暗い顔のまま呟くように言った。

 

「私ね―――自殺しよう思ってたの」

 

俺はその言葉を聞いた途端目を見開いた。

 

「自殺……?」

「うん、私は一年半くらい前にこの病院に入院したの。それで病気を治すために手術をしようとしてたんだけど、私には麻酔が効かないことを告げられて、先生達も何とかしようとしてたんだけど。でもどれも駄目だったらしくて……」

「それで先生の皆に迷惑かけて、お父様もわざわざこんな遠い所まで御見舞に来てくれて……でもある日、お父様の顔に違和感を覚えたの。だから私は自分の状態なんか分かんなかったし分かりたくなかった。でも、聞かなくちゃでって思って聞いてみたの。私は今どういう状態なの? って」

 

李鈴の顔は暗くなる一方、苦しさも浮かんでくる。でも止める手を必死に抑えた。今李鈴は自分の過去を話している。きっとコレは李鈴並みのSOSだ。俺も救われた。だから俺も同じ方法で君を救う。

 

「そしたら先生達じゃ私の体質はどうにも出来ないって。私の病気は進行が遅いけどこのままじゃ後3年後には死んじゃうって事も教えてくれた。でもまだ字時間はたっぷりあるからきっと解決する方法が見つかるって慰めてくれたの。でも、お母様が亡くなってお父様は何処かに行ってしまって寂しかった。でも私には悲しむ資格なんてない。私なんかより本当の子供の海斗の方がずっと悲しいはずだって。孤児の私にはそんな事は許されない」

 

段々と声が震えていく。だが、俺は震える声で言った言葉を聞き逃さなかった。

 

「え!? 自分が孤児だって事をもう知ってるのか!? でもなんで……」

「知ったのはここ最近。最初はお父様の雰囲気でなんとなく感じたんだけど、でも私には実は兄さんがいるって言われて確信した」

 

李鈴は凄い特技を持っているらしい。だが、雰囲気で分かっても自ら答えに気づくとは李鈴はかなり頭がキレるらしい。

 

「だから怖かった。私の体質を解決できる方法が見つかった時」

「医療用フルダイブ機の事か」

「うん、その時を聞かされてそれを使えば私は治るって。でもそれを使うのに沢山のお金が必要になる事も知って…それをお父様がいなくなったから私の兄さんに払ってもらうしかないって知ったから。何処かにいる兄さんは私よりずっと悲しい思いをして苦しんでるはずなのに、私のせいで迷惑かけてっ……こんな会ったこともない赤の他人同然の私なんかの為に来てくれるのかなって。でも来てくれなくても文句を言う権利なんて私にはないって思ってたの。だからっ来なかったら、その内死ぬのだったらこれ以上迷惑掛けれない。だから死のうと思ってたっ……」

 

さっきよりも声が掠れて震えている。言葉の間にしゃっくりが出始め、瞳が滲んでいた。

 

「だから、嬉しかったっ…来てくれた時、凄く嬉しかったっ」

滲んだ瞳から大粒な涙が溢れていく。

 

――李鈴も俺と一緒だったんだ。自分を嫌いに思って相談も出来なくなって、自分を追い込んで…李鈴はきっと俺よりも追い込まれていたんだ。

 

だったら今の俺がすべき事は李鈴を救うこと――

 

俺は泣きじゃくる李鈴を体を包み込むように腕を背中に回した。途端、李鈴が「えっ?」と声を漏らしたが、すぐに優しく微笑み俺に体を預けてくる。

 

「俺がここに来た理由は家族がいると分かったからだ。そして、君に救われた」

「救われた? 私に?」

 

――ああ、ダメだ。李鈴と一緒にいたら自分の弱い部分をどうしても隠しきれない。

 

「ああ、君に救われた。俺は母さんを失ってから苦しみと悲しみの日々だった。俺は自分が大嫌いで自分に苦痛を溜め込んでた。俺はこのまま孤独で生きていくと決心していた。

でも俺は何処かで家族のような俺を分かってくれて認めてくれる人が欲しかったんだ。

だから、君に会えた時、自分の中の苦痛や悲しみが全て消えた気がしたんだ。だから俺は君に救われた」

 

俺は李鈴の頭を優しく撫で、話を続ける。

 

――今だったら、少しは泣く権利はあるか……

 

「俺は決して君の事を迷惑だなんて思ってないし、むしろ感謝してる」

「私、役に立ってるの? 今まで迷惑しか掛けてない私が?」

 

李鈴から嗚咽が漏れ始め、震える声は近くにいてもギリギリ聞き取れるくらいだった。

 

「ああ、十分すぎるほど立ってる。他の誰かが君を迷惑だと思っていても、俺だけは君の事を迷惑だなんて思ってないから。だから自分を自虐しなくて良いんだ」

「ほら、自分の事を分かってくれる人がいるって安心するだろう、暖かいだろう。俺はこの暖かさに救われたんだ」

 

俺は李鈴の華奢すぎる体を少し強く抱きしめる。

抱きしめていても李鈴の体温が伝わってくる。李鈴が何か言っているが、もう聞き取れないほど泣きじゃくっているようだった。

 

 

いつまでそうしていただろう。俺達は夕日が差し込む部屋の中、泣き続けた。まるで今までためてきた苦痛を全て出すかのように。

 

「……待たせてるしそろそろ出たほうが良いか」

 

俺はそのまま立ち上がろうとすると、何か引っかかるような重さを感じた。

下を見てみると寄りかかってる李鈴を見つけた。軽すぎて少しいるのを忘れてしまっていたらしい。

ふと李鈴の顔を覗いてみるとそこには美しい寝顔があった。夕日に当てられ朱色の髪は少しオレンジかかっていて、神々しく輝いている。

 

しばらく見とれてしまう自分に恥じながらも、冷静になり今この状況を思い返してみる。

 

――我ながら恥ずかしい事をしてしまったな。……これマジで速く部屋から出ないとまずくないか? 今竹田医師が入ってきたら疑われてもおかしくはない。というか間違いなく誤解される。

俺は起こさないように李鈴をベットに寝かすとつい視線が顔に行ってしまうのを耐え、自分の部屋を後にした。

 

 

部屋を出るとすぐ隣で腕を組んで壁に寄りかかっている竹田医師を見つける。

 

「えっと遅れてすみません。俺どのくらい中にいましたか?」

「おかえり。そうだな、30分くらいかな」

 

なんか竹田医師がいつにもましてニヤけている気がするが気の性にしておこう。

 

「でもその様子じゃ答えを決めたようだね。目つきも前と変わってる。何かあったかい?」

「え、ええ、まぁ……はい。答えが出ました。俺はあの子を――李鈴を助けたいです。やっと手に入れた幸せを失うわけにはいきません。何としても、李鈴を助ける為なら払います」

「その意気だよ。私が君がその答えを出してくれると信じていたよ。早速手術を何時するのか決めよう。代金は終わった後で分割でも構わない」

 

「あ、そのことについてちょっと話が――」

 

 

 

 

 

俺はあの日から毎日李鈴のあ見舞いに毎日来て、ついにこの日が来た。

李鈴はベットに座って不安そうな顔をしている。当然だ、俺はこの日を待ち望んでいたが李鈴にとっては手術の日なのだ。

 

「怖いか?」

「まぁね……少し怖いかな。だって成功するかも分かんないし」

 

俺は半目にして暗い顔をしている李鈴の頭を撫でながら優しい声で、

 

「大丈夫。ネガティブに考えてたら成功するものも成功しなくなるぞ。俺と一緒に2時間くらいゲームしてたら終わるさ」

 

今日は11月6日。試作品のフルダイブ機には手術をしている間、ゲームができる機能がついている。だから、俺もゲームができるようにソードアート・オンラインのサービス開始日に手術をするのに決定した。

 

――あとソードアート・オンラインにログインできるまで20分くらいだろう。その間にできることは李鈴を元気付けてやるだけだ。……元気付けると行っても何をすれば良いんだ?

 

少し何をするべきか考えていると李鈴が恥ずかしそうに話しかけてきた。

 

「ねぇ、今から元気付けて貰うから少し動かないでね?」

「ん? ああ」

 

何をするのかと思ったが、李鈴が希望しているなら受ける以外選択肢はない。俺は「分かった」と付け加えてその時を待った。

 

「少し…目を瞑っててくれる?」

 

――本当に何をする気なのだろう? まぁいいか。

 

俺は深く考えずに目を瞑った。その数秒後―――お腹の辺りに温もりを感じた。

恐る恐る目を開けてみると、李鈴が俺の腰の辺りに抱きついていた。

 

――は? え?

 

俺は一瞬動揺したが、そうかコレが李鈴なりの元気付け方なのだ。だから問題ないと無理やり良いように解釈した。ふと李鈴が俺の手を自分の頭に付けた。細いため息をしながら李鈴の頭を撫でた。

下から「えへへーあったかーい」と聞こえた気がしたが恥ずかしいので気のせいにした。

 

ようやく李鈴から開放された俺はドアに向かって歩きだす。ふと、後ろに振り返ってみると李鈴が顔を真赤にして毛布を握りしめながら俯いていた。

 

――流石に恥ずかしいよなぁ。さっきあったことは近いうちに忘れるとしよう。

 

李鈴は顔をあげるとこちらを見ている俺に気がついたようで顔を耳まで赤くしながら体がビクンッと跳ねた。しばらく動揺してたようだったが、やがて恥ずかしそうに笑いながらこちらに手を振ってきた。

俺も段々恥ずかしくなってきたので、手を振り返しそそくさとドアの取手を握った。

手のひらに鉄の冷たさが伝わってくる。

 

――あの時と同じだ。だが、あの時と違うところがある。それは俺の気持ちだ。前よりも前向きに生きれるようになり、なりより李鈴とであい心が晴れた。

 

俺はスッキリした気持ちで部屋を後にした




次回 仮想世界へ行きます

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