デスゲームとなったSAOでは《圏外》に出ることすら危険が伴う。
なのに迷宮区に入ったら最後、死を覚悟する程度の決意はしておいたほうが良い。
迷宮区のモンスターはフィールドのモンスターよりもレベルが高いし、強さや大きさも変わってくるので、最低でも4人パーティーで入るのは当たり前となるだろう。
だが、現在第1層では違う、迷宮区に入る無謀とも言える行動に出る人が少ないからだ。
そんな迷宮区でも安全地帯が存在する。
俺はちょうどイヴを抱えながらその安全地帯の目の前に来ていた。
薄暗い迷宮区でも強調されているような赤色をしている両開きの扉だ。
俺はもう一度おんぶしているイヴを上に上げてお尻部分を左手で支えながら開いた右手で重そうな岩扉を開けた。
いかにもホラーゲームの軋んだ木のドアよりも低いトーンで再生された開き音と共にゆっくりと扉が開いていき、俺が入れる程度に開くと素早く中に入って扉を閉める。
やっと安全エリアに入った事で安堵の息を吐くと、床にイヴを仰向けに寝かせる。
岩か鉄かわからないが、その地面に直接寝ているのだから寝心地は相当悪いだろう。
俺でもこんな所で熟睡など不可能だ。しかも、外から中が静かなだけにモンスターの徘徊している足音や鳴き声が聞こえるのだ。
まともに寝れる人など居ないだろう。
直ぐに起きるだろうと思ってイヴの頭を軽くさすりながら目を多少隠していた前髪を横に流す。
それと同時にイヴの両目がゆっくり開かれた。
最近同じような展開でビンタを食らいそうになったので、今回も何処から来ても良いように右手を構えていると、今度は直ぐにビンタが飛んでくることはなかった。
しかも開かれたイヴの両目は半分くらいだった。
目を漫画で表現するなら必ずとろ~んという表現をするだろう目でイヴは小さく呟いた。
「…………夢?」
「……夢じゃないぞ、起きろ」
そう言いながら軽くペチッとイヴの頬を叩くと、今度はちゃんと両目が開かれて、そのまま起き上がる。
「あれ、ここは何処なの?」
「ここは迷宮区の安全エリアだ。イヴがいきなり気を失ったから抱えてここまで連れてきた」
「抱えっ!? ……ん、うん。ありがとっ………そっか私あのまま疲れて段々意識が薄れてそのまま気を失っちゃったんだね」
何故か、一瞬だけ動揺の表情に変わったが、特に気にせずに話を続けた。
「ああ、流石にこの手のゲームを初めて数週間も経っていないイヴをアレだけ特訓させたんだ。無理もない……」
「別にシャドウのせいじゃないよ、お陰で私は強くなれたし……」
するとイヴが突然顔を俺の顔にわずか10センチくらいの距離まで近づけてきた。
「これで今度はシャドウと一緒に戦えるよ!」
嬉しそうにはにかんだ。
俺はそんなイヴに思わず笑みを浮かべながら言った。
「確かにイヴは前とは比べ物にならない程に強くなったはずだ。これなら順調にレベル上げが進めばフロアボス攻略にも一緒に行けるかもな」
「フロアボス………」
「ああ、いつになるか分からないが、その内この迷宮区20階層も攻略されるだろう」
「その時まで、レベル上げ頑張んないと……」
イヴはシャドウには見えない腰の後ろで右拳を握る。
―――やっと、やっとシャドウと一緒に戦える、もうあんな寂しい気持ちにならなくて良いんだ。私って元々そんなに寂しがり屋じゃないと思ってたんだけど………もしかしてシャドウが来てから甘えてるのかな。気をつけないと、最近多分この私の何処かにある寂しい気持ちで急に胸が苦しくなったりしてるんだ、そうに違いない。
イヴが妙に顔を俯かせているから、俺はその間に見てくれは凄く重そうな岩扉を片手で開ける。
現実でこんな俺の身長以上の扉を開こうとしたら両手で思い切り押しても少し動く程度だろう。
「イヴ、今日は一旦帰ろう。疲れたろ?」
俺が一度顔を外に出して近くにモンスターが居ないか確認した後、振り向いてイヴに言う。
するとイヴはいつの間に立ち上がったのか、そこにはいつもの眩しい笑顔を浮かべていた。
「うん!」
それから二ヶ月後、ひたすらにレベル上げと迷宮区の攻略を繰り返した後のある日。
俺は早朝から《トールバーナ》の商店で消耗品のポーションなどを買っていた。
まだ早朝だからか、人はNPC以外にいない。
こんな時間帯にいる人は昨日の夜からぶっ通しで迷宮区にこもっている人くらいだろう。
まぁ、そんな何日もあんな所にこもるなど精神的にも疲労が必ず出るし、疲労が積み重なると大きなミスを引き起こしかねない。
そんな自殺行為にも等しい事をする人など居るはずもなかろう。
だから、俺とイヴも一日迷宮区に潜るのは二時間程度、長い日で半日居ることもあるが、その時はこまめな休憩を挟んで居る。
βテストの時に速さ重視で攻略していた時とは違って、今はイヴがいるのだ。
少ない危険も排除して何事も安全第一で無ければならない。
そんな事を考えながら消耗品を買い終わった俺は次の目的地向かう。
まぁ、目的地と言ってもすぐ隣なのだが。
直ぐ隣は雑貨屋だ。雑貨屋は消耗品以外の色々な物が売られているいわゆる何でも屋だ。
もっと上の階層に行けば掘り出し物やマジックアイテムなどが売られている事もあるので、ベータテスターは上の階層でこの雑貨屋に通う人も多いだろう。
そんな何でも屋だが、第1層《トールバーナ》ではそうではない。
この第1層に限り、普段はランダムな品物も決まっている。
そして俺の目当てはこの雑貨屋で売っている寝袋だ。
寝袋と言っても現実にあるようなコンパクトで寝心地がベットと同等にもなっているものとは違って、まるでただ単に体を暖かくしながら寝るだけの機能くらいしかない。
携帯電源でクーラーや暖房が効いてどの時期でも心地よく寝れたり、バックに入るくらいまでコンパクトになる機能は備えてないのだ。
数年前はそれが普通だったらしいのだが、今の高性能寝袋に慣れている人達にとっては考えられない話だろう。
まぁ、俺は昔に一度だけ寝たくらいしか無いが。
俺はシートを広げてその上に色々な品が置いてある中の見るからに寝袋のアイテムをタッチする。
するとぽん、という音と共に購入メニューが表示される。
値段は500コル、まあまあな値段だが今まで迷宮区の攻略やクエストをやってきた俺はこの位の出費はどうということはない。
下の欄の右矢印を押すと左右の矢印の間の数字が1から2に変わる。
そして下の購入ボタンを押すと、瞬時に寝袋がアイテムストレージにしまわれた。
コンパクト機能もない寝袋だが、幸いSAOでは制限はあるが、某猫型ロボットのポケットのような機能があるので、幾ら大きかろうと気にすることはない。
買い物を済ませた俺はイヴが居るアクセサリー店に直行。
別に急いでるわけでもないので、早歩き程度で向かうと直ぐに腰を落としながら何かを見つめているイヴを見つける。
距離があるので、画質の荒さが目立って表情は見えないがどうやらペンダントを見つめているようだ。
イヴに近づくが、足音をしているのにも関わらず、未だにペンダントを見るのに真剣なイヴにそっと肩に手をおいた。
「わひゃあっ!?」
いきなり上擦った声を上げて素早くこちらに振り向いて立ち上がったイヴはまたもや少し上擦った声で話し始めた。
「ど、どうしたの、シャドウ」
「いや、俺が近づいても気づかないくらいに真剣に見てるもんだからさ、買うんだったら買っていいぞ。しかし、一体何を見てたんだ?」
俺がイヴの横に顔を出そうとした時、俺の視界を革装備が覆う。
そして、何かを言う暇もなく振り向かされてイヴに背中を押されながら歩いた。
段々店に遠くなりながら俺はイヴに驚いた声で聞いた。
「お、おいイヴ。なんでいきなり背中を押してくるんだ!? 買わなくて良いのか?」
「買わなくていいから! 速く行こ!」
俺はイヴに背中を押されながら歩いた。
イヴは頬を桃色に染めながらアクセサリー店に振り向いた。
イヴが見ていた所にはハートを垂直に割ったペンダントが二つあった。
赤と青に色が分けられていて、丁度大きさも二つのペンダントを合わせたら半分赤、半分青の一つのハートが出来るようになっている。
自分がシャドウに声を掛けられるまで考えていた事を思い出すと、更に顔が赤くなるのを感じて直ぐに視界からアクセサリー店が無くなるよう振り向いてシャドウの横に並んだ。
寝袋を買ったのは、なにも迷宮区で何日もこもるために買っではない。
迷宮区の攻略を初めて二ヶ月、攻略に参加している人は数えれるくらいしかいないが、順調に進んで今は迷宮区階層15まで来ている。
もう少しでボス部屋が発見されるだろうが、レベル上げをし続けたお陰で第1層のモンスターではもうレベルがとても上がられない程になっていた。
ちなみに俺とイヴも現在レベルは13である。
だが、流石にイヴが攻略にも疲れてきたのでたまには何処か違う所に行きたいと言うので、今日は俺がβテスト時に行った第1層の西側にある山脈の頂上までピクニック感覚で行こうとなった。
もうフィールドのモンスターで苦戦する奴はいないので、安心して出かけられる。
《トールバーナ》から出てから走ること1時間、目的の山脈近くまで来たのだが、俺は奥に人影が実体化していくのを見つけて足を止めた。
それに続いてイヴも足を止める。
「どうしたの?」
俺の顔を後ろから覗き込んでそう言ったイヴを一瞥した後に再び奥の風景に目を懲らしめた。
奥の方には先程俺の視野範囲に入った人がなにやら激しく動いている。
表情どころか服装も何だか見えないくらいに遠いが、その動き方から恐らくモンスターの戦闘中だと分かった。
それを確認するやいなや俺はイヴに言いながら地を蹴った。
「イヴ、あれは恐らく戦闘中だ。危険かもしれん、助けに行くぞ!」
「う、うん!」
イヴからじゃギリギリ視野範囲に届いて無くて人影が見えてないのか、少し不思議に思いながら俺に着いて来た。
システムの上限ギリギリのスピードで奥の人影に疾走していく。
耳に風が
数十秒ほどで表情や格好が確認できる程の郷里に来た時には見えていた人影が一つじゃなく二つの事に気づいた。
二人共このゲームでは少ない女性プレイヤーだ。
革の装備に胸当てが付いている程度の軽装備から《始まりの街》から出てきた初心者だと分かる。
青髪のボブヘアが特徴的な少女と茶髪で肩より少し下くらいに伸ばした髪にアホ毛が立っているのが特徴的な少女だった。
どちらの表情も俺が現在で何度も見てきた恐怖の表情になっている。
相手しているのはフレンジーボア3体、2対3という一件不利な状況だが、フレンジーボアは他のRPGで言うスライムなどに入る雑魚なのだ。
いくら初心者だとしても、余程なミスと棒立ちになってさえいなければ負ける―――死ぬ事は無いはずなのだが、二ヶ月前に始まったデスゲームのせいで死に対する恐怖で足が竦んで動けなくなったり、思うように動けなかったりするのだ。
なので、フィールドに出た時の死亡数が急激に上がっているのは明確だ。
二人の少女が苦戦しながらも3体フレンジーボアの突進攻撃を身を投げ出して避けたり、剣の腹で防御している。
怖いからなのか、攻撃には移せないようだ。
二人で声を掛け合いながら上手く連携しているようだが、動きが硬すぎて直ぐに3体に追い込まれる。
そう思ったのも束の間、青髪の少女が剣で突進を防御した数メートル先で茶髪の少女が横に身を投げだして回避した刹那。
どんな悪運が重なったのか、青の少女が防御のせいで動けないからなのか、茶髪の少女が回避した事で動けない青髪の少女にフレンジーボアが突進し続けていた。
「……しまっ!?」
茶髪の少女が叫ぶが、声だけでどうなる程甘くはない。
ついに青髪の少女とフレンジーボアが衝突した。
数回転がりながら数メートル飛ばされた少女の体力が少し減少する。
たかが一回食らって程度。
今までのゲームだったら、そう思えただろうが、ゲームの中の死=現在の死になっているこのゲームでは一回食らったくらいでその恐怖で全身が包まれる。
衝撃でよろけながら体を起こした青髪の少女だったが、奥で自分に向かって今まさに突撃しようとしているのを見ると顔を青ざめて足で地面を削りながら後ろにズリズリと下がりながら掠れた声を漏らす。
「…いや……いやっ……いや……」
頭を左右に振りながら掠れた声で漏らしている間にフレンジーボアは突進を開始する。
「いやーーーーッ!!」
強く瞼を閉じて叫んだ少女の前に割り込んだ俺は突進してくるフレンジーボアを蒼白の軌跡を残しながら垂直に斬りつけた。
直後、心地良い手応えとダメージエフェクトが四散して、フレンジーボアはその体をガラスの破片に変えて消滅した。
俺は一息吐いた後、奥に居るイヴに話しかける。
「イヴ、そっちは大丈夫かー?」
奥でイヴが恐らく自分のせいで青髪の少女を殺してしまいそうになるのを見て頭を抱えている茶髪の少女を慰めながら右手でグットを作るのを確認すると、俺も後ろの少女を確認しようとして振り向いた時。
後ろにフレンジーボアが突進して来ているのが見えた。俺は今まで来にしていなかった3体目の存在を忘れていた。
俺が顔を引き締めると同時に青髪の少女が振り向いてフレンジーボアを確認した。
「きゃっ!?」
俺はまた声を上げる前に少女の左肩に左手で掴んで少女を俺の後ろに回した。
そして片手剣専用斜め斬り、《スラント》の構えを取る。
刹那、俺が今まで強化し続けたアニールブレイド+4の刀身がミスグリーンに発光してシステムアシストで腕が勝手に動くのに自分で力を入れてスピードとパワーを上乗せした。
「セアッ!」
突進してきたフレンジーボアに丁度振り下げた剣が当たってフレンジーボアの頭に斜めの切り口が出来た。
直後にフレンジーボアは破片へと変わった。
無事に倒せた俺は一旦姿勢を直立した後、右手の剣を背中の鞘にしまう。
そして、後ろに振り向くとそこには地面にぺたりと座り込んで俯いている少女がいた。
とりあえず、大丈夫か? と声を掛けようとした瞬間、少女の俯いている地面に一粒の涙が落ちた。
続けてもう一粒、もう一粒と地面に落ちていく。
俺は現実で人見知りでは無かったが、人と余り接して来なかった俺は目の前の少女が泣いている光景にどう対処すればいいか分からずに唖然とするしか無かった。
―――こんな時、どうすればいい………そうだ、イヴだったら俺はどうする? 目の前に居る少女がイヴだったら………俺がする行動は一つ。
俺は地面に膝を付いて俯きながら涙を流している少女の体を起こす。
それで少女の顔が俺の前に現れた。
整っている顔の輪郭に髪と同じく、髪よりも凄く薄いが青い瞳。
俺は少女の瞳を覗き込むように見ながら優しく微笑んだ後、背中に手を回して優しく少女の体を包んだ。
二ヶ月程前にこんな光景を見たような気がするが、当然だ。
俺は今、目の間に居る少女をイヴだと思ってこの前の行動をインプットしているのだから。
俺の前でイヴと茶髪の少女が顔を真っ赤にしているが、イヴだと思ってインプットに集中している俺はそんな二人を気にしている暇など無い。
俺に抱かれたので必然的に俺の右肩に頭を乗せた少女は余計に涙が溢れた。
そのまま励みの言葉を求めるかのように恐怖で掠れた、涙で震えた声で呟いた。
「……怖かった……私、もうここで死んじゃうと思ったから……うっ……」
俺は目を細めながら少女の背中を優しく擦りながら呟く。
「大丈夫……安心しろ………」
それから数分の間、俺は優しく呟いた。
「落ち着いたか……?」
「………」
俺は少女の肩を両手で掴んで話しながら言った。
だが、少女は頬を朱色に染めながら目を泳がしているためか聞こえないらしい。
「……おい?」
「ふぇっ!? あっ、え、ええ。大丈夫………」
俺が声を掛けた途端、更に顔を赤くしてたどたどしく返事をした少女を見て、俺は自分がしてしまった事を悟った。
―――しまった。何かしてあげる事を考えていただけだから相手の気持ちなど考えてなかった。
俺はそう思うと急に気まずくなり、直ぐに立ち上がった後、振り向いて喋る。
「じゃ、フィールドに出る時は気をつけろよ。行くぞ、イヴ」
そう言い残して俺は少し駆け足でその場を去った。
その場には青髪の少女と茶髪の少女が残った。
茶髪の少女が、隣に居る青髪の少女に向きながら言う。
「えー、とりあえずあの人も言ってくれたし今日は帰る?」
「………うん」
また俯いて返事をした青髪の少女を見た茶髪の少女は悪戯っぽく笑いながら右手を口辺りに添えながら、
「あら、もしかして仮想世界の方でいい男見つけちゃった?」
それを聞いた青髪の少女は髪の色に合わない程に顔を真っ赤なる。
「ばっ!? ち、違うわよ! それに、あの人にはもう女の子が付いていたし………」
「じゃ一応視野には入れてたんだ?」
「な、なわけ無いでしょ! さ、さっさと帰るわよ!」
青髪の少女がそそくさと《始まりの街》に戻ろうと一歩踏み出した時、茶髪の少女が呟いた。
「……そういえば、助けてくれたのに名前もお礼も言えてなかった……」
「あ、たしかに」
その言葉に青髪の少女が再び振り向いて言った。
茶髪の少女は微笑みながら、
「お礼の為にまた会えると良いね」
「……うん」
「あ、そこはうんって言うんだ?」
「ち、ちっがうわよ! お礼のためよ、お礼のため!!」
どこまでも続くような広い草原で少女の怒鳴り声が響いた。
最後までお読み頂きありがとうございます。
大分時間が空いてしまいましたが、不定期投稿や別の作品を更新していたため、こちらが遅くなってしまいました。
すみません………。
そして、いつの間にかしおりが5件も来てました。
嬉しい限りです。
こんな不定期更新の作者ですが、これからも宜しくお願いします。
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