世界が俺を殺しにかかってきている   作:火孚

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誰も救えず、救われず

 とある広場の、その中心にて。片や漆黒を冠する細剣を操る騎士が、片や瑠璃を冠する数多の剣を操る騎士が、互いに互いを喰い破らんと超速の域で戦闘を繰り広げていた。

 漆黒の騎士(ホーンテッド)が突きを放てば瑠璃の騎士(タケル)がそれを切り払い、返す刀で切り上げようとすれば、細剣が異常なまでにしなりその刃を弾き飛ばす。

 剣と剣がぶつかり合うたびに重質量同士が衝突したかのような轟音が響き、周囲にその衝撃の余波を迸らせる。一見すると、お互いに一進一退の勝負をしているように見える。しかし、タケルが肩で大きく息をついているのに対して、ホーンテッドは如何にも余裕そうな雰囲気を醸し出していた。

 一瞬双方の体がぶれたように見えると、二人の中心より若干タケルよりの位置で二人の剣が打ち合わされた。動き出しは同時だったにもかかわらず位置がタケル寄りということは、その分だけタケルの速度がホーンテッドに劣っているということだ。一合、また一合と打ち合わされるたび、段々とタケルの剣は押し込まれていく。

 

 

「ち、くしょ……ッ!」

「どうした魔女狩りぃ、太刀筋が鈍いぞ? そんな程度じゃ、誰一人救えやしないな!」

「……言ってろ!」

 

 

 鍔迫り合いの状態から強引に刃を押し出すと、タケルは後ろに飛び退いて構えなおした。その構えを見て、ホーンテッドがほぅと息を漏らす。今までの構えとは違う、突きのみを目的とした構え。タケルはまるで突き同士の勝負を挑むかのように、その構えのままホーンテッドへと向かった。

 

 

「僕に突きで勝負する気か? 随分と舐められたものだな!」

「……別に」

 

 

 突きの構えを崩さずに向かってくるタケルに対し、ホーンテッドは相対するように突きの構えをとると、待ち構える。

 後数歩で互いに刃が届くという距離まで来ると、不意にタケルは違うと呟く。そう、違う。舐めているわけでは無く、むしろ最大限に警戒しているからこその選択。単純な突きの勝負なら負けるだろう。だが……

 

 

「ラピス、()()()()()!」

 

 

 突如形状が変化した剣、いや、最早槍と呼ぶべき形となったそれをタケルは素早く持ち直すと、突然のことで対応の遅れたホーンテッドを一気に刺し貫いた。

 ぞぶり、となんの抵抗もなくホーンテッドの体を穿った槍は、再びタケルのかけ声と共にその形状を変える。

 

 

「次、フランベルジュ!」

 

 

 槍から姿を変えたのは、刀身が波打った形をとっている大剣。無理矢理形状を変えたせいで歪な貫通痕となっている傷跡を波打った刀身が滑り、更に傷を広げていく。

 ホーンテッドの腹部に空いた穴から血液が漏れ、足下を濡らしていく。しかし、当のホーンテッドの口から漏れたのは苦悶の呻きではなく、歓喜の狂笑。攻撃を受けたというのに、己の傷口を見てホーンテッドは高らかに笑った。

 

 

「ふ、ははは! くひゅ、ひひひひひ! 見たかナハト、今のめちゃくちゃな攻撃を! お陰で重傷さ、死んでしまうかもしれない!」

『くそ、形状を変えるなんて出鱈目を……! 遊んでないで本気を出してくれ、ぼくは不愉快だ!』

「落ち着けよナハト。一級同士の戦いは案外あっさりと決着が付くものだ」

「……は、土手っ腹に風穴開けてやったのにノーダメージとはな。どっちが出鱈目だ?」

「いやいや、少年。君の攻撃は確かに僕に届いたさ。ただ、ほんのすこーし……いや、全然足りなかっただけで」

 

 

 そう言ってにやりと笑うホーンテッドの腹部には既に先程の傷跡はなく、切り札ともいえる鬼札を切ってなおホーンテッドに届かなかったことに、タケルは忌々しげに舌打ちをした。

 形状を変えられると言っても、扱い方まで瞬時に最適のものを選べるかというと、そうではない。例えば、大剣を振り下ろす途中で槍に変えたところで、急に突きに転じることは不可能。扱いは形状を変える前に適切に選ぶ必要があり、達人ならば形状が分からずとも型を見ただけでおおよそどんな攻撃が来るかは予想が付けられるだろう。

 つまり、形状を変えて意表を突くのは、相手が仕組みを理解できていない間だけ。種が割れてしまえば、そこまで有効な手立てとすることは出来ないことになる。

 

 

「悪いが、どうやら僕の愛剣が君たちに嫉妬しているようでね。そろそろ決着を付けさせて貰うとしようか」

「上等だ。かかってこいよ」

 

 

 決着をつけるべく構えをとったタケルだったが、対するホーンテッドは笑みを深くするだけで構えようとはしない。その様子を訝しげにタケルが眺めていると、突如ホーンテッドは両手を広げ舞台に立っているかのような仰々しい礼をした。

 

 

「では、最後の決着を記念して特別ゲストをお招きするとしよう! 皆様、盛大な拍手でお出迎えください!」

「ゲスト……?」

 

 

 なんのことだ、と顔をしかめたタケルは、ホーンテッドの足元から次々に召喚される茨の中から、ホーンテッドがゲストと呼んだ人物が現れた途端に驚きで目を見開いた。

 それは、()()()()()()()()()()()()セナその人。セナを貫いている茨は真紅に染め上げられていて、力を失ったように垂れている手足はピクリとも動かない。

 驚きで一瞬固まったタケルは、即座に武器を構え直すとセナを貫いている茨を叩き斬り、セナのことを助け出した。切られた茨は灰のように崩れ落ち、開かれたセナの腹部の傷から更に血液がこぼれだす。

 

 

「くそ、血を流しすぎだ……! このままじゃ……ッ」

「よそ見していて良いのか、魔女狩りぃ……!」

「んな……」

 

 

 セナを抱いて咄嗟に飛び退いたタケルは、背中に激しい衝撃を受け瓦礫へと突っ込んだ。ホーンテッドはその様子を見て、実に嬉しそうに笑い声を上げた。

 

 

「くは、はははは! どう見たって助からない奴を助けるために、勝負を投げ出すか! 全く、これだから人間ってものは!」

「くそが……この外道……ッ」

「おおっと、人聞きが悪いね。僕はただ勝つための最善手を取ったまでだよ。綺麗事だけじゃ何もできない、これが戦いってものさ! ひとつ賢くなったな、少年! ギャハ、ギャハハハハ!」

 

 

 狂ったように笑い声を上げるホーンテッドを無視してタケルは蹌踉めきながらもセナを抱き起こすと、何が起きているかわからずに物陰に隠れていたマリの元へとセナを運んだ。

 衝撃を与えないようにそっとセナをマリの側に横たえると、怯えた表情で見つめてくるマリにタケルはそっと微笑んだ。

 

 

「わりぃ、ちょっとこいつのこと見てやっていてくれ。俺はやらなきゃいけないことがあるから」

「待ってタケル! なに、何が起きてるの……?」

「心配すんな。お前達は俺が絶対に守るから」

 

 

 そう言ってマリの頭を少し撫でたタケルは、武器の形状を慣れ親しんだ日本刀へと変化させると正眼へと構えた。その瞳には覚悟の色が濃く浮かんでおり、その闘志だけで並の敵なら震え上がっただろう。

 しかし――

 

 

「くふふ、()()()()? 薄っぺらい、薄っぺらいなぁ実に! 誰も守れないくせに、その力もないくせに守るなんて言葉を使うもんじゃないぞ!」

「言ってろ。ただ俺に覚悟が足りなかっただけだ。力を使うって覚悟がなぁッ――

 

 ――草薙諸刃流皆伝、草薙哮。問答無用で征かせてもらう!」

「覚悟だけでどれだけ変わるのか、見ものだなぁ魔女狩り!」

 

 

 三度両者が交わり、その衝撃波が周囲へと伝わる。

 その様子を物陰から眺めていたマリは、未だに状況が理解できずに混乱していた。

 何故こうなっているのか、タケルと戦っている男は誰なのか、そもそも何故自分を狙っているのか。何も、何も何もわからない。

 唯わかることは、タケルが必死に自分を守るために戦っていることと、自分のせいで目の前のセナが死にかけていることの二つのみ。その二つが、残酷な現実としてマリに重くのしかかっていた。

 眼の前のセナにマリが出来ることは何もなく、ただタケルが勝ってくれることを祈るのみ。

 幾度となく聞こえてきた戦闘音が不意に聞こえなくなり、周囲に静寂が訪れた。

 一体どちらが勝ったのか、タケルが敵を撃退してくれたのだろうか。その望みを持って物陰から様子をうかがおうとしたマリは、聞こえてきた声にその希望を粉々に打ち砕かれた。

 

 

「結局この程度か。君が言う覚悟とやらは、どうやら戦いの勝ち負けには何ら影響しなかったみたいだな」

 

 

 血を吹き出して崩れ落ちるタケルをにこやかに見下ろしながら、ホーンテッドはそう言ってくつくつと笑い声を漏らした。その光景が意味することは、タケルが負けたということは――

 

 

「――おや、マリさん。僕の勇姿を見ていてくれましたか? あぁ、そんな怯えた表情のあなたも素晴らしい! もう暫く堪能していたいところではありますが、そろそろ帰りましょう、さぁさ!」

「いや……なに、あんた……来ないで……ッ」

「来ないでとは、地味に傷つくことを……っと、そういえば今のマリさんは記憶が無いんでしたっけ?」

『うっかり屋さんだね』

「いやいや全く! 僕とマリさんの甘々で甘美な日々を忘れてしまっているだなんてなんて可愛そうな……」

『いや、妄想を垂れ流してないで記憶を戻してあげなよ』

「おっと、そうですね。ではでは」

 

 

 ぱちん、とホーンテッドが指を鳴らした途端、マリの目が驚愕に見開かれた。

 そうだ、何故忘れてしまっていたのだろうか。自分は守ってもらうような存在なのではなく、()()()()()()()()()()()()()()()()

 力が抜けたようにその場に崩れ落ちたマリを見て、ホーンテッドはまた愉快そうな笑い声を上げる。

 そして、項垂れるマリに追い打ちをかけるように声を投げかけた。

 

 

「ところでマリさん。あなたの望みは魔法で人を救うこと、でしたっけ? それで、あなたは誰かを救えましたか?」

「……ッ」

「そう、そのとぅり! あなたの言う魔法では、人を傷つけられても救うことなんて出来やしない! この惨状を見てくださいよ、まさに死屍累々! 魔法で人を救う? やめてください、お腹が攀じ切れてしまいます!」

「やめて、やめてよ……!」

「くひひひひ! 自覚をしてください、マリさん! あなたは誰ひとり救うことなんて出来やしない! あなたの大切な人も含めて、誰ひとりね!」

「……え?」

 

 

 ホーンテッドの放った一言に、マリは聞き違えたかと己が耳を疑った。

 ()()()()()()()()()? そんな、まさか。だって、だって……

 

 

「救おうにも、()()()()()()()()()()()()どうやって救うんです!? あぁ、でも甦らせるというただ一点においては救えるかもしれませんねぇ!? その場合、自我を伴わないただの木偶人形の完成ですが! ギャハハハハ!」

「嘘……だって、私はちゃんと声を……あの子達の声を……!」

「声ぇ? あぁ、そうでしたね。聞かせて上げなさい、ナハト」

 

 

 認めたくないと、必死に抵抗するマリに叩きつけられたのは、残酷な現実。

 ホーンテッドがナハトと呼んだ剣から聞こえてくるのは、マリにとっては懐かしさを含むとても聞き馴染んだ声で。それを聞いて、今まで自分がやってきたことは無駄だったのだと悟ってしまったマリは、目の前が真っ暗になった。

 その様子を、ホーンテッドは実に楽しそうに、実に嬉しそうに眺めていた。

 

 

「これでわかりましたか? マリさん」

「いや、聞きたくない……わからないよ……ッ!」

「これが現実、これが真実なんですよ、マリさん――」

 

 

「――魔法じゃ、誰も救えないんです」

 

 

 

 

 

◇     ◇     ◇     ◇

 

 

 

 

 

 目が覚めたら、そこは雪国でした。

 なんて、全く脈絡のない展開に巻き込まれるとは、正直俺も予想してなかったわけだけど。でも、巻き込まれちゃったもんは仕方がないよね? だって不可抗力だし。

 それにしても、一面銀世界とはよく言ったものだ。見渡す限り白白白。地上も天空も白白白! うん、ここ雪国じゃないね? よく考えたら全く寒くないし、白いのだって別に雪ってわけじゃなさそうだし。

 いや、それじゃここはどこなんだよって話になるわけだけど。そんなの俺の知ったこっちゃないし寧ろ俺が知りたいくらいだ。一体どこなんだここは。

 

 

「ここは()()という定義付けが出来る場所ではありません。それでも尚何処かと聞かれるのであれば……ご主人の精神世界、ということになるでしょう」

 

 

 なるほど、精神世界か。一面真っ白なのも、脈絡のない場面転換も精神世界なら納得だな。教えてくれてありがとう、知らない人。って――

 

 

「誰だ今の!?」

「アルマです」

「簡潔な自己紹介をどうも! で、誰だよ!?」

 

 

 なんで俺の精神世界に誰かがいるんだよ。まさかニュータイプか? 心の底で通じ合っちゃったのか?

 なんて考えていると、ふと先程の会話に違和感を覚えた。別にアルマという声の正体に心当たりがあったわけではなく、寧ろ違和感があったのは俺の言葉。なんかこう、いつもとは違った感じの……

 

 

「って、声か! 声が男物っぽく……!」

 

 

 そう、一瞬気が付かなかったものの、声がいつもより低くなり男の声に聞こえるのだ。いつもより低いっていうか、本来はこっちが俺の本当の声なんだけど、まぁ気にしてはいけない。

 そして、声が男のものになっていると確認した俺が次に確認したのは、マイサンの存在。そう、ここは精神世界。ならばきっと……

 

 

「マイサアアアァァァン!!」

「……ご主人、頭大丈夫ですか?」

「ばっかやろうお前……ばっかやろう! マイサンが帰ってきてくれたんだぞ! 長い家出から帰ってきたんだぞ! これを喜ばずにいられるか!」

「はぁ……」

 

 

 なんか呆れたようなため息が聞こえるが、そんなことは俺の知るところではない。遂に俺は男としての体と再会できたんだ。不覚にも目に涙まで浮かんできた。

 俺が感涙して喜んでいると、先程の声が何処か遠慮がちに声をかけてきた。

 

 

「それで、その……ご主人は自分の置かれた現状をお忘れで?」

「は? 現状? マイサンが戻ってきてくれて超喜んでる最中だけど?」

「いえ、そうではなくてですね……はぁ、大丈夫かな……」

 

 

 全く失礼な、何だそのため息は。大体、俺の置かれてる現状って言ったって。

 ええと、瓦礫の下敷きになって、食屍鬼に追いかけられて、ドラグーンに追い回されて、また瓦礫の下敷きになりかけて……って、ほんとよく生きてるな俺。

 そんで、その後は確か……

 

 

「……ん? あれ? そういえば俺満身創痍だったじゃん? しかも腹にぶっといもんぶっ刺さってたじゃん? これ死んでんじゃね?」

「ご安心を、ご主人。まだ死んではいません。辛うじて、ですが」

「なにそれ全然安心できない」

 

 

 辛うじて生きてますよ、死ぬ寸前ですが。なんていわれて安心できるやつが何処にいるというんだ。

 

 

「というかそもそも、お前は誰だ? アルマとか言ったけど、何処にいるんだよ」

「今はご主人とのパスが弱いので、声しか届いていません。ですが、本契約を結んでくださるのでしたら、姿をお見せしましょう。それに、窮地を脱する補助も出来ます」

「は? 契約? なにその……え? ちょっと待って、私の正体はレリックイーターですなんていわないよな?」

「いえ、違いますが」

「あぁ、良かった……」

「私はご主人のいうところの魔導遺産です」

「あ、ダメだこれレリックイーターよりも質悪いの来ちゃった」

 

 

 異端審問官が魔導遺産と契約なんて結べるわけねぇだろ! と心の底で叫ぶも、なんとなくそれしか方法はないんじゃないかって気がしてくる。だって腹に開いた風穴をどうやって治療すればいいっていうんだ。

 とはいえ、即決できるものでもない。下手したら犯罪者として追われかねない事態になるんだ、簡単に決められるわけがない。

 

 

「その、返答は今すぐじゃなきゃダメか? 時間制限とかあるのか?」

「いえ、特に時間制限はありませんが……」

 

 

 良かった、それなら考える時間が設けられるな、と胸をなでおろした俺の耳に、アルマの言葉の続きが飛び込んでくる。

 

 

「あんまり時間をかけすぎると、ご主人の命が尽きますよ?」

「実質時間制限ありじゃねぇか!?」

「いえ、私はご主人の命が尽きても別に気にしないので」

「いや、そこは気にしろよ!」

 

 

 あっさりと恐ろしいことを宣うアルマにツッコミを入れ、そんなことしてる余裕はないと気が付き急いで契約を受け入れることのメリットとデメリットを天秤にかける。

 受け入れることのメリットは、この窮地を脱することができるといったところだろう。対するデメリットは、死ぬ。うん。

 

 

「よし契約しよう今すぐしようそうしよう!」

「ご主人、将来悪い男に騙されそうな性格してますね」

「うるせぇ死ぬより犯罪者になる方がまだマシってだけだよ! そんなことより契約するのか、しないのか!?」

「なんで私が契約を迫られる側になってるんでしょう……まぁ、いいでしょう。では、本契約を開始します。と言っても、双方の同意があるので幾つかの確認を取るだけで終わりますが」

 

 

 アルマはそういうと、一回言葉を切って間をおいた。そして、今までと同じ声色で、今までと全く変わらない調子で、告げる。

 

 

「鯨澤聖那。あなたは()()()()()()()()()()()()()。アルマはあなたの願いに応じて力を貸そう。助けもしよう。だがその対価は……()()()()()()()()()()()()()()忘れないように」

 

 

 そう言ってアルマは……姿を表した、()()()()()()()()()()()姿()()()()()()は、ニッコリと微笑んだ。その微笑みはどこまでも悪びれがなく、どこまでも純粋で、そしてどこまでも残酷なものだった。

 

 

「ご主人、契約の内容はきちんと確認しなきゃダメですよ。だから言ったんです。悪い男に騙されそうだって」

 

 

 騙した本人が言うセリフじゃねぇと、そんなツッコミを入れる元気は、今の俺にはなかった。

 

 

 

 

 

◇     ◇     ◇     ◇

 

 

 

 

 

 項垂れたままのマリに、一歩ずつホーンテッドは近づいていく。両手を広げ、さも愛しいわが子を抱擁せんとする父親のように、その顔に慈愛の表情を浮かべて。

 

 

「安心してください、マリさん。あなたの魔法では誰も救えませんが、別にそんなことはどうだって良いじゃありませんか。救えないなら、救わなければならない対象をすべて排除すれば良いんです。そうすれば、二度と救えなかったと嘆く必要はなくなる! ふは、ふはははは! どうです!? いいアイデアでしょう!?」

「どこがだ。バカバカしい」

「ぁえ?」

 

 

 ゴバッ、と何かが潰れるような音とともにホーンテッドが横に吹き飛び、瓦礫に突っ込んだ。何が起きたのかと目を見張ったマリの耳に、最早聞き慣れたと言っても良い忌々しい声が聞こえてきた。

 

 

「救う救うと大言吐いて、結局一人も救えないのか、貴様の魔法は」

「んな……仕方ないでしょ! それに、あんたらのせいで魔法が使えないんじゃない!」

「首輪のことを言っているのか? なら安心しろ、それはもう起爆しない。理事長を脅して解除させたからな」

「は? な、なんであんたがそんなこと……」

「仲間を助けるためだ、貴様を助けるためではない。気色の悪い勘違いをするな」

「な、してねーし! ちょっと妄想がすぎるんじゃないの!?」

 

 

 こんな状況にもかかわらず、出会った途端にいがみ合いを始める桜花とマリ。しかし、笑い声とともに身を起こしたホーンテッドを見て即座にいがみ合いをやめると、ただ敵を倒すためだけに気持ちを一つにする。

 

 

「奴は私が抑える、その間に鯨澤を頼んだ。そのくらい、貴様が得意とする魔法ならどうということはないだろう?」

「うっさいわね、私なら鯨澤を助けながらあんたの手助けだってしてやれるわよ?」

「は、貴様の手助けなど御免こうむる。それを鯨澤を助けられなかった言い訳にされてはたまらんからな」

「こんの……相変わらず愛想のない!」

「貴様に見せる愛想など持ち合わせていない! 良いからさっさと鯨澤を助けろ!」

 

 

 一つにはならなかったが、なんとか共闘する流れにはなっていた。

 そして……

 

 

「ふひひ、これは美しいお嬢さんだ。是非とも壁に飾って鑑賞したい……それに、マリさんとも仲がいいようですしぃ? さぞ楽しい光景になるでしょうねぇ!」

「「気色悪い」」

 

 

 二人同時に吐き捨てると、それぞれの目的のために動き出した。

 敵を倒し、仲間を助けるという、そんな願いの元で。




年度明けは忙しくなると思うので、更新速度はガクッと落ちるかもしれません

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