世界が俺を殺しにかかってきている   作:火孚

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今まで書いてきて気が付いたこと。
戦闘描写が盛りあがらない……


辛勝の果てに

 ふらつく脚をなんとか動かしながら、ドラグーンの攻撃を躱し続ける。勝算があるわけでは無く、当たったら一撃でお陀仏だから避けているに過ぎない。幸い、魔力に操られているためか動きが単調で、避けることはそんなに苦労しない。とはいえ、だ。

 

 

「……ぐ、しまっ──」

 

 

 片足から力がぬけ、ガクリと膝を突いてしまう。慌てて床を転がり攻撃は回避するも、転げた衝撃で中身が凄まじく痛む。次同じ事をしたら、痛みで意識が飛ぶかもしれない。

 なんとか打開策を考えないといけないのは分かっていても、状況と痛みで思考が上手くまとまらない。第一、俺の武装は拳銃一丁。こんなものでどう戦えというのだろうか。

 どこかの逸般人は拳銃一丁でドラグーンを打倒して見せたようだが、あれは逸般人の並外れたバトルセンスとドラグーン自体が旧式だったから出来た芸当だ。……そういえば、その前にも一機違法改造済みのドラグーンを撃退してるんだっけ。やっぱ逸般人ってすげーわ。

 まぁそれは置いておいて、俺には並外れたバトルセンスなんてものはないし、このドラグーンは戦闘用かつ操縦者は存在しない。つまり、今ある武装で完全に破壊しきらないと俺に勝ち目は無いわけだ。

 この脚じゃ逃げることも出来ないし、武装的に破壊し尽くすのは不可能。出来ることといったら、誰かが助けに来てくれるのを祈ってひたすら耐え凌ぐことくらいだ。

 おあつらえ向きなことに、此処は教会。祈りを捧げるには事欠かないだろう。まぁ、そんな都合良く祈りが届くのなら、苦労はしない──

 

 

「──祈り、か。なるほど、だったら神様にも、手伝って貰わなきゃな……」

 

 

 ふと、この状況をなんとか出来そうな考えを思いつく。かなり一か八かの賭けになるけど、少しでも勝ち目があるのは少しも勝ち目が無い状況よりも幾分か心が楽だ。

 問題は、そろそろ体が持たないかもしれないということぐらいだ。よし、完璧だな。お願い誰か助けて。

 悲しみと痛みが混ざり合って霞む視界になんとかドラグーンの機影を捉え続けながら、ドラグーンの攻撃を必死で避け続ける。

 直線的な動きを逆手に取って機体を柱にぶつけるように立ち回っても、この野郎何でもなさそうに柱をぶち折って平然としてるし、ちょっと出力が違いすぎる気がする。

 とはいえ、それを嘆いていても何にもならない。なるべく柱を遮蔽にするように隠れ、壊されたら次の遮蔽に向けて走る。それを繰り返せばいい。それだけでいいのに、思うように脚が動かなくなってくる。

 またドラグーンがヒートパイルを構えるのを見て、次の遮蔽へ向かおうと一歩踏み出す。そこで感じたのは、再びの浮遊感。やばい、と思ったときには、既に吹き飛ばされた柱の残骸とともに床を転がっていた。

 柱が緩衝材になっているとはいえその破壊力が完全になくなるなんてこともなく、砕けた柱の破片と爆破の衝撃がただでさえぼろぼろだった俺の体にだめ押しとばかりにダメージを重ねてくる。

 正直、今の一撃で意識を手放さなかった俺は拍手喝采で褒め称えてもいいレベルだと思う。衝撃と痛みで頭の中はぐちゃぐちゃ、外見もぐちゃぐちゃにならなかったのは不幸中の幸いかもしれない。畜生、幸いが些細すぎる。

 最早全てを諦めて泣き出したくなってきたのをなんとかこらえて、壁に手をついて立ちあがる。諦めたら終了するのは試合では無く、俺の人生だ。おいそれと手放してしまうわけにはいかない。

 改めてドラグーンに視線を移そうとして、いつの間にか仕掛けが整っていたことに気が付いた。文字通り死ぬ気で避けていたおかげ周りに気を遣う余裕が無かったわけだけど、これは丁度良い。それに、俺の立ち位置もよく見てみればベストだ。運命の女神め、漸く味方する気になったか? でも、こうしてツキがまわって来はじめるとなんだか気味が悪いな……こう、どうせ後でまたぶん殴ってくるんでしょ? みたいな……

 でもまぁ、味方してくれる分には文句は無い。後は上手くいくかどうかは本当に運任せだし、出来ればこの調子で味方し続けて貰いたいものだけど。

 そんなことを考えていると、一際高くモーター音が響いてくる。あちらさんも決めに来るようで、ヒートパイルを俺に真っ直ぐ向けながらモーター音だけを高まらせていく。

 その姿は、まるで狙いを定めているかのようで。

 その音が音として認識できなくなるほど高くなったとき、ドラグーンは弓から放たれた矢のように一直線に俺に突っ込んできた。

 今までの速度とは比べものにならないそれを、俺は冷や汗を流しながらしっかりとその機影を見つめていた。チャンスは一度きり。避け損なったら凄惨な死が待っているし、賭けに負ければ生き埋めかもしれない。

 逃げ出したくなる脚を押しとどめ、目を見開いてドラグーンを見つめ続ける。まだ早い、まだ逃げる訳にはいかない。まだ、まだだ──

 まるで時の流れが緩やかになったかのような感覚にとらわれながら、俺はその光景を見つめ続ける。徐々に近づいてくるドラグーンと、俺に向けられるヒートパイル。最早彼我の距離は無いも等しくなり、俺を穿とうと鉄の杭が射出され──

 

 

「──ッ!」

 

 

 そこまで見た俺は、可能な限り身を逸らしてその攻撃を躱した。すぐ真横を何か通り過ぎていく様な風圧を感じ、直後に嫌な鉄臭さと轟音が響き渡る。

 ヒートパイルが穿ったのは俺の胴体では無く、俺の後ろにそびえ立っていた()()()()()()。支えを失った十字架の上部は轟音と共に壁に向けて崩れていくが、それを悠長に眺めている時間は無い。

 例えこの状況で教会が崩れたとしても、逃げられてしまえば意味は無い。ドラグーンには確実に、この場で瓦礫の下敷きになって貰わなければいけないんだ。

 

 

「そんなわけで、ぶっといのいくぞ……ッ!」

 

 

 奇しくもヒートパイルの射程のおかげでドラグーン本体に肉薄した位置に居た俺は、脚部にある関節部分にデザートイーグルを押しつけると躊躇いなく引き金を引いた。

 ゴウンッ、と到底拳銃から発せられる音では無いような轟音とと共に、反動を抑え込もうとした腕と身体に途方も無い衝撃が返ってくる。それと同時に直撃した箇所から激しいスパークが漏れるも、どうやら破壊には至らなかったらしい。ならば仕方がない、壊れるまで撃ち込むだけだ。

 ドラグーンが俺を引きはがそうと腕を振り上げたのを横目で確認しながら、全身で反動を抑え込みつつ立て続けに引き金を引き続けた。

 一発、二発、三発目でドラグーンの体勢が大きく崩れる。破壊とまではいかなかったようだが、このままならなんとか関節を破壊することが出来そうだ。

 間に合え、と四発目の引き金を引いたが、発射と同時にドラグーンの腕になぎ払われて受け身もとれずに地面を転がる。

 一体俺は何回地面を転げ回れば良いんだろうか。俺がコロコロだったら今頃床中埃一つ無いレベルだぞ。ところであれって正式名称なんて言うんだろう。別に今はそんなことどうでも良いか。

 纏まらない頭でそんなことを考えながら身体を起こそうとして、バランスを崩してしまう。あれ、おかしいな。なんだか右腕が異様に重く感じるんだけど。流石に疲労がたまりすぎたんだろうか。

 少しだけ心配になった俺は右腕の調子を確認しようと視線を下に下げて、バランスを崩した原因を知った。

 

 

「あぁ、なんだ……右腕が重いんじゃ無くて、()()()()()()()()()だけか……」

 

 

 左腕が無くなってるだけ、とは自分でもびっくりのパワーワードだ。だけど、他になんていえば良い? 腕が無くなったことを騒ぎ立てる? 痛みにのたうち回る?

 ……不思議と腕が無くなったショックも、その痛みも感じなかった。それは、単純に俺の処理能力が追いついていなかっただけだったのかも知れない。けれど、それはむしろ好都合。そんなものあっても、邪魔なだけだ。

 俺はゆっくりと視線をドラグーンに向け直すと、右手をなんとか持ち上げて銃口を関節部分へと向ける。ふと、あのバカみたいな銃弾を四発も浴びて未だに稼働している関節に驚くべきなのか、それともたった四発で関節部分を損傷させてしまう拳銃に驚くべきなのかを考え、やっぱり斑鳩(へんたい)の作る武器は頭がおかしいなと納得することにした。もうサイドアームってなんだっけってレベルの破壊力だし。

 ドラグーンはこの場所から逃げだそうとしているのか、吹き飛ばした俺には見向きもしないで出口へと向かおうとしている。その判断は正しいだろう。わざわざ自分が潰されるリスクを背負わずとも、放っておけば俺はいずれ落下してくる瓦礫の下敷きになるのだから。

 だけど、俺にだって一人寂しく瓦礫の下敷きになるような趣味は無い。別に一人じゃ無きゃ良いって訳でも無いけど。

 

 

「……一人だけ逃がすわけ、ねぇよな?」

 

 

 狙いを定めて、引き金を引く。最後の一発だとか、外れたらどうしようだとか、そんな考えは頭に浮かばなかった。撃てば、当たる。どうしてか、そんな確信めいた考えだけが俺を支配していた。

 到底右手1本だけでは抑えきれないはずの反動は、その時だけは何故かとても小さく感じた。吐き出された弾丸は何に阻まれることも無く突き進み、吸い込まれるように関節へと着弾する。

 幾度も衝撃を受け続けた関節は遂に破損し、ドラグーンはバランスを崩して転倒した。

 地面に倒れ込んだドラグーンは、まるで怨嗟の声のような咆哮を上げる。しかし、直後に落下してきた巨大な鐘に押しつぶされて、その姿は見えなくなった。

 

 

「は……ったく、ざまあ見ろ、だ……」

 

 

 ドラグーンが視界から消えたのを見て、俺はにやりと笑みを浮かべる。今の射撃、かなりの凄技だったんじゃないだろうか。くそぅ、何でこういうときに限って自慢できる奴がそばに居ないんだ。あ、でも自慢できる奴がそばに居たらそもそもこんな事態にはならないか。

 ガラガラと音を立てて瓦礫が落ちてくるのを眺めながら、そんなどうでもいいことを考えてしまう。いや、本当はドラグーンも無力化したところだしさっさと逃げ出したいところなんだけど、どうにも体が動いてくれそうにない。まぁ、ただでさえぼろぼろだったのにボールのように地面を転がされてれば、力尽きるのも当然なんだけど。

 それにしても、自分で引き起こした建物の崩落に巻き込まれて自滅とか、笑い話にもなりそうにない。っていうかこんな死に方嫌なんだけど、どうにかなんないかな。

 

 

「転がってけば、ワンチャンあるか……? 丁度腕一本なくなって、転がりやすくなったし……」

 

 

 冗談のつもりで口に出してみると、案外それでなんとかなるんじゃないかと思えてくるから怖い。まぁ、もしこれで生還することができたら持ちネタが一つ増えるし、取り敢えず転がってみるか。今日一日でかなり地面転がってるし、最早転がりなれているまであるからな。地面は俺の庭だぜひゃっほぅ!

 

 

 

 

 

◇     ◇     ◇     ◇

 

 

 

 

 

 直前まで轟音とともに崩壊していた教会は、今やただの瓦礫の山とかして当たりに粉塵を巻き上げていた。内部での支えを失っていたのか、崩れなかった場所など存在せず、完全に更地とかしてしまっている。

 そんな、未だに粉塵舞い上がる残骸の側に、まさに死に体と言った様子の少女が呆然と空を見上げていた。

 纏っている衣服はボロボロで、血と埃に汚れて元の柄すらわからないほどになってしまっている。全身には無数の傷がはしっており、左腕に至っては何かにもぎ取られたのか欠損してしまっていた。元の様子など見る影もないほどに傷ついているセナは、しかしその口元には笑みを浮かべていた。

 

 

「おぉ、本当になんとかなっちゃったよ……試してみるもんだな」

 

 

 なにかに納得するかのように一人頷いてみせるも、セナは不意にその表情を苦悶のものへとかえる。今までは緊張の糸が張っていたためか、痛みは感じつつもそれは体をなんとか動かせるレベルのものだった。しかし、傍から見ずともセナの今の容態は非常に重い。瀕死と言い換えてもいい。そんなセナが、安堵の余り緊張の糸を切らした、となれば、当然のように体中が悲鳴を上げていることに気が付くだろう。

 一斉に襲ってくる激痛に耐えられる道理は無く、セナは掠れた声で苦悶の悲鳴を漏らす。それでも薬師(シーリー)としての意地故か、手が傷を癒やそうとするかのように虚空を彷徨う。片腕1本、それも碌な装備もなしに治療など出来るはずも無いのに、だ。

 結局その手は彼方此方を彷徨った末に、左腕が千切れた傷の根元を押さえるにとどまる。放っておけばいずれ失血死しかねない傷だと分かっていても、今のセナにはそれくらいしかすることが出来なかった。

 

 

「はぁ……こりゃ、皆にまた、心配……かけるな……」

 

 

 あと、また看護担当のお姉さんに怒られるな。

 続けてそう呟いたセナは、苦笑するかのように僅かに身体を震わせた。何かと怪我が多くて、さらに薬師という関係上それなりに顔見知りになっており、出会えば開口一番自分の身体を大切にするように云々とお説教を喰らう間柄になってしまっていたりする。

 

 

「あの人、説教長いからなぁ……」

 

 

 出来れば説教は御免被りたい、と些かに瞳を濁らせたセナは、直後に全ての空気を飽き出すかのような深い深い溜息を吐いた。

 

 

 ──()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 無論、セナにしてみればこんなところで死ぬつもりなど毛頭無く、かといってこの場から動くことは叶わないために、さっさとタケルがホーンテッドを討ち取って探し出してくれるのを祈るほかに無い。

 そして、もし仮に。仮にではあるが、発見が遅れてしまった場合。

 薬師である故に、自分の命が後如何ほど残っているのかは、セナ自身が一番把握していた。そう長くは持たない。このままではいずれ……

 そこまで考えて、己の嫌な考えを振り払うかのように吐いた息を吸い込もうとしたセナは──

 

 

──ズギュル

 

 

「──あ、ぇ……?」

 

 

 上手く、息が吸い込めない。実は肺もやられてしまっていたのだろうか、とぼんやりとした頭で考えたセナは、()()()()()()()()()()()()()()をみて漸く悟った。

 そのいずれが、唐突に訪れたことを。

 それは、セナが考えていたよりも早く、そして何より暴力的で。

 やっぱりクソゲーだこんな世界、と心の中で毒づいたセナは、腹部を茨にて刺し貫かれた状態で暫くもがいた後に。

 不意にその体からは力がぬけ、ただただ腹部から流れる血液が茨を赤黒く染めていった。


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