世界が俺を殺しにかかってきている   作:火孚

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地の文多くて読みにくいかも


絶望の庭

 かすかな息苦しさと薄暗い暗闇の中で、俺は腹に響いてくるような振動を感じ意識を取り戻した。目の前に広がる闇を眺めながら、一体自分は何をしていたのかとぼうっとした頭で考える。

 そう、確かタケルくん達に模擬戦は棄権するようにいわれて、観客席から応援していたんだった。だけどその後、ホーンテッドが現れて……

 そこまで考えて、漸く俺の頭が覚醒する。崩れてくる塔の瓦礫で破壊された観客席と一緒に、俺は下まで落っこちてしまったはずだ。となれば、この息苦しさと暗闇は瓦礫の下敷きになっているから感じるものなのだろう。

 しかしまぁ、よくも瓦礫なんかの下敷きになって生きていられたものだ。腕の1本や2本……いや、現状2本目は使えないけど、兎に角腕や脚が千切れる程度で済んだら僥倖。最悪ぺしゃんこになりかねないというのに。

 とはいえ、生きていようと死んでいようと、ここから這い出せなければ同じようなものだ。俺はかすかに見えている光になんとかにじり寄ろうと体を捩り、ふと違和感を覚えた。

 なんというか、体に当たっているものが柔らかい。瓦礫が当たっていると言うには柔らかすぎ、かといって凄い柔らかいというわけでもない。そう、例えば誰が俺に覆い被さってるとしたら、こんな感触が──

 ──いや、やめておこう。今、死体が俺に覆い被さってきてるとか、ちょっと考えたくない。もしこの死体が動いたらとか考えちゃうと怖いし。あ、やべ。ちょっと怖くなってきた。

 余計な事を考えるのはやめて、俺は出口を求めて無心で体を動かし続ける。暫くして漸く地上の光をもう一度拝むことが出来た俺は、安堵の溜息と共にその場所に座り込んだ。気分は久々に娑婆の光を浴びた囚人のそれ。もしくはモグラ。モグラって漢字で書くと格好良いよな。土竜だし。

 ……いや、現実逃避はやめておこう。散々瓦礫の中を這ったせいで服も体もぼろぼろな上に、なんかドーム状の膜みたいなのが張ってあって直感で逃げられない奴だこれって分かっちゃったとしても、現実逃避で状況が好転するわけでもないし。

 取り敢えず移動しようと、俺は痛む体に鞭を入れて立ちあがる。痛みはするが特段深い傷もないおかげで、活動するのに支障は無い。いや、痛いのはバッチリ支障なんだけど、そんなこと言ってられないし。

 どうやら俺の立っていた場所は比較的大きな瓦礫が落ちてこなかったようで、崩れた瓦礫の山を移動しながら少し進むと、更に酷い状況に出くわした。

 そこかしこに瓦礫に体の一部が潰された異端審問官が転がっていて、即死できたものはむしろ幸運。致命傷なのに、すぐに死ぬことも出来ずにもだえているものも居た。

 あと少し瓦礫の崩れ方が違っていれば、俺もこの仲間入りをしていたかもしれないのだ。考えたくもないが、瓦礫に潰された上で悶え苦しみながら死ぬのは勘弁願いたい。

 

 

──タンッ

 

 

 と、突然何処からか銃声が響いてきて、俺は反射的に身をかがめてしまう。

 かがめてから、俺に向けて誰かが発砲してくるなんてことはほぼほぼあり得ないことに気が付いたけど、まぁそんなことは些細なことだ。

 問題は、()()()()()()()()()()と言うことだろう。今頃ホーンテッドはタケルくんとバトってるはずだ。だとすれば、発砲が必要な敵なんて存在しないはずなのに……

 しかし実際問題、断続的にではあるけど発砲音は続いている。明らかに誤射等の類いじゃないことはわかる。わかるのだが、解りたくないなぁ……

 発砲音を辿り進んでいくと、やがて発生源であろう騎士団(スプリガン)の一団が姿を現した。最新型ではないにしてもドラグーン一機を擁し、それを取り囲むように円陣を組んだ複数の異端審問官が見える。

 一体何と戦っているのかと、その周囲に目を走らせた俺は思わず苦々しい声を漏らしてしまった。

 

 

屍食鬼(グール)か……」

 

 

 屍食鬼。それは前回の大規模なテロで英雄と共に現れた、人の形をとる人ではない化け物。

 この屍食鬼の厄介なところは、魔力が感染して無際限に増えていくところにある。要は素早く動くゾンビみたいなものだ。頭を潰しても変な寄生虫は出てこないけど。というか、さっきの死体が動かなくて本当に良かったわ。洒落にならんもんね。

 どうしてこんな所に屍食鬼が、とは思わない。俺はホーンテッドが死霊術士であることを知っているし、事実ホーンテッド自身もそう名乗っている。

 ということは、これはホーンテッドが呼び出したものなのだろう。死体なんて、テロの際に欲しいだけ集められたのだ。どれほどの数が居るのかすら解らない。

 とはいえ、屍食鬼が脅威たり得るのは装備の整っていない相手にのみだ。全身を魔力で冒されているため抗魔弾に耐性がなく、動きも生きている人間に比べたらぎこちなく、単調だ。対処法さえ知っていれば、多かろうとも異端審問官の敵ではない。

 だというのに、目の前の異端審問官達はどこか脅えるように忙しなく周囲を見回し、必要以上に弾をばらまいている。

 近付いたら、いや、下手したら声を掛けただけでも誤射されかねないこの様子に、俺は首を傾げる。

 彼らは一体何に脅えているのか。俺のその疑問の答えは、まるで狙ったかのようなタイミングで目の前に開示された。

 

 

──異端審問官達の、その命と引き替えに。

 

 

 初めに聞こえたのは、この惨劇が起こる直前にも聞いた歪な水音。まるで、獲物を刈り取る直前に己の存在をわざと知らせて恐怖を煽るかのように、その音は不思議と周囲に響いた。

 直後に、円陣の中央にいたドラグーンが重力を無視したかのように浮かび上がる──

 ──()()()()。浮かび上がったのではなく、あの茨にコックピットを貫かれ宙に舞いあげられたんだ。

 俺の居る場所にまで断末魔が響いてきて、それに追随するかのように複数の発砲音が発生する。

 その内の一発が茨を捉えたのか、茨が砂のように崩れ去り支えを失ったドラグーンが落下する。だが、あの状態ではコックピットに乗っていた操縦者は生きては居ないだろう。あんなものにぶち抜かれて生きていたら、それは人間じゃない何かか逸般人かのどちらかだろう。

 と、そんなことを考えていると、新たに茨の犠牲者が出たのか痛々しい悲鳴が響いてくる。

 しかし、茨ならさっき砂のように崩れ去ったはずだ。もしかしたら、別の個体が居たのか? そう考えて少し視線を巡らせた俺は、あまりの光景に顔をこわばらせた。

 別の個体、なんて話ではない。10本、20本ではきかないような茨の大群が、異端審問官(えさ)めがけて伸びていって居るのだ。

 先程まで異端審問官達が円陣を組んでいた場所は、たちまち茨に貫かれたものや、陣形が崩れたことによって接近を許した屍食鬼に食い殺されたもので溢れかえった。

 

 

「……夢、じゃないよね」

 

 

 もし夢だとすれば、これはとびきりの悪夢だろう。プロの異端審問官が複数人集まって、全く歯が立たない存在がすぐそばに居るのだ。全く生きた心地がしない。

 もしあの茨の大群に襲われたら、それこそひとたまりも無い。待っているのは明確な死だ。

 見つかる前にさっさとこの場を離れる他方が賢明だと判断して、俺はそっとその場を離れようとした。

 何事もなければ俺は無事にその場を離れることが出来て、タケルくんがホーンテッドを倒すまでじっと隠れていただろう。そう、()()()()()()()の話だが。

 人生において、たらればの話ほど無意味なものはないだろう。仮定は所詮仮定であり、その話をしたところで過去が変わるわけでもない。もし変わるんだったら俺は全力で仮定の話をするまである。

 結局の所、この殺意ましましな世界において何も起こらないなんてはずもなく、不幸と不運を掛けて二乗したような人生を歩んでいる俺は、此処でもまた運命の女神に右ストレートでぶん殴られる羽目になった。

 端的にいえば、群れからはぐれたらしき屍食鬼に後ろをとられていた。こいつ、気配もなく……!? なんて訓練された屍食鬼なんだ……ッ!

 いやまぁ、単純に俺が気が付かなかっただけだけどね。気配とか読めんし。

 気が付いたときには既に手遅れ。振り向いて目と目が合ったとたんに始まったのは恋ではなく、弱肉強食で命がけのバトル。

 いや、言いようによっては目と目が合った瞬間に好きだと気が付いたかもしれない。ただし餌としてだけど。

 

 

「グオオォォォッ!!」

「ってそんなこと考えてる暇無いぃぃ!?」

 

 

 一方通行の好意はお断り。なんて告げる暇もなく、飛び掛かられた屍食鬼に押し倒されて喉元に食らい付かれそうになる。

 慌てて下から屍食鬼のあごを突き上げて口を閉じさせるも、膂力は圧倒的に向こうが有利。その上、振り解こうと突き上げてる手を離せば、たちまち喉を食い破られて死ぬだろう。

 万事休す、というか実質詰んでないこれ? なんかこう、物語の流れで唐突に力に目覚めたりしないかな。

 半ば諦め加減でそんな風に考えるも、そう都合良く力に目覚められるのであれば苦労はしない。なんの打開策もないままじりじりと力負けしていき、徐々に開かれていく屍食鬼の口が近付いてくる。

 生暖かい息が首筋にかかり、もはやなりふり構っては居られないと決意を固め、唯一携帯していたハンドガン(デザートイーグル)へと手を伸ばした。

 そんなことをしたら屍食鬼を押さえられなくなる? そんなことはない。なんていっても、人間には()()()()()()()()()()

 

 

「ぼろぼろになってたって、引き金を引くくらいなら──ッ」

 

 

 密接距離から外すなんて芸当が出来るのはタケルくんぐらいだ。俺なら外さないし、外れない。斑鳩にバースト機能は取り外させているから、何を憂うこともない。

 ホルスターからデザートイーグルを抜くと、銃口を屍食鬼へと押しつける。依然として屍食鬼の口は俺の首元に迫ってきているが、これでゲームセットだ。

 

 

「──吹っ飛べ!」

 

 

 火薬の炸裂音と重厚な反動と共に吐き出された銃弾は、文字通り屍食鬼を吹き飛ばしその胴体に風穴を開けていた。

 とはいえ、そのことを喜んでいる暇は俺にはない。至近距離で炸裂音をもろに聞いたせいで頭がきーんとしていて、碌に確認も出来ない状態だった。

 てか、デザートイーグルってこんな凄まじいものだっけ? 拳銃の中では最強クラスだってだけで、威力自体はアサルトライフルと同等程度だったような……

 これは、もう一度斑鳩に詰め寄る必要があるな。あいつならしれっと弾が三発でなくなった代わりに、威力を三倍にした、とか言いかねん。と言うかそれしか考えられない。俺はいつか斑鳩の作る武器で殺されるような気がする。

 

 

「──って、そんなことしてる場合じゃないや……」

 

 

 よろよろと立ちあがると、なんとか脚を動かしてその場を離れる。今の銃声で、あの場所には確実に他の屍食鬼がやってきてしまう。それに出くわしたら、今度こそアウトだ。

 なるべく足音を潜め、物音がすれば素早く身を潜めて周囲を伺う。そんな極限下の行動で、俺の体力と精神力はガリガリと音を立てて削れていく。

 見つかったら即アウトな上に、今の俺は十全に動くことも出来ない。これ、俺の寿命がマッハで縮んで行くのがわかるわ。物理的にも精神的にも長生き出来そうに無いなこの世界は。

 

 

「はぁ、はぁ……ちょっと、休憩……」

 

 

 疲れが頂点に達して、俺は周囲の警戒もそこそこにドサリと腰を下ろした。精神状態のせいもあって、普段の行動の何倍も余分に疲れてしまう。余り長く休憩していられないと分かってはいるものの、一度落ち着けてしまった腰をもう一度あげるのは骨が折れそうだ。

 深く息を吐いて、見えることの無い空を見上げる。そこには太陽も青空も無く、ただ無機質な魔法陣が幾重にも重なり流動しているだけ。

 魔法についての知識はそれなりにあるが、その魔法陣がどんな式から成り立っていて、どうすれば対抗できるのか全く分からない。多分、俺なんかじゃ理解できないような、高度なものなんだろう。

 故に、この結界の中から逃げ出すことは不可能。ひたすら逃げて、ひたすら隠れて、タケルくんが一分一秒でも早くホーンテッドを撃退してくれることを願うしか無い。

 ……改めて考えると、本当に無理ゲーやらされてる気分になるな。死にゲーのくせにオワタ式とか、鬼畜仕様にもほどがある。よくある神様転生系の主人公ならそれもチートでなんとかするのだろうが、俺は極一般的な人間で主人公ですらないんだ。クリアできる気がしない。

 そもそも、俺ってなんでこの世界に転生したんだっけ? 転生トラックに轢かれた記憶は無いし、そもそも厄介事に首を突っ込む趣味は無かったはずなんだけど。理由はなんにせよ、どうせ転生するならもっとほんわかした世界が良かったです。

 無駄なことを考えて幾分か体力の回復した俺は、壁を手になんとか立ちあがると再度歩き出すために脚に力を込める。ぐずぐずして屍食鬼に見つかったら、堪ったもんじゃない。

 歩き始めながら再び周囲に警戒を放った俺は、異音を耳にしてその足を止めた。異音、といってもあの水っぽい音じゃ無い。どこか甲高い、モーターが駆動してるような音。

 その音の正体に俺が気が付いたのと、()()が俺の前に姿を現したのはほぼ同時だった。

 赤黒い外装に包まれた金属製のボディーと、人の形を模して作られたのであろうシルエット。元は異端審問官側の重要な戦力であるはずの強化外骨格(ドラグーン)が、その牙を俺に向けていた。

 ぱっと見た限り、武装らしい武装は保持していないように見える。だけど、よく見てみればその腕には四角い箱のようなものが装着されていて、俺にはそれに見覚えがあった。その武装の先端を俺に向けたまま、ドラグーンは一直線に突っ込んできた。

 避けようと脚に力を込め、次の瞬間ガクンと俺の視点が下にずれる。地面が抜けたかのような感覚にとらわれるが、事実は違う。酷使し続けていた脚が限界を迎えたのか、一瞬だけ力が抜けてしまっていた。

 結果的にはそれが功を奏したのか、箱は俺の頭上を掠め後ろの壁に接触する。その途端、文字通り壁が()()()()()

 後ろの壁のことを気にする余裕も無く、壁が消し飛んだのとほぼ同時に俺はドラグーンに轢かれて宙を舞うこととなる。かなり減速していたとはいえ、相手は重質量の金属の塊。これは立派な交通事故である。

 おいこら免許持ってんのかてめぇ。などと言っている場合では無く、ほとんど受け身もとれないまま俺は地面を転がった。幸い死にはしなかったけど、確実に骨が何本か逝ってるんじゃないかって激痛が俺を襲う。

 

 

「ぐ、がぁ……ッ」

 

 

 冗談抜きで、痛い。痛がってる場合ではないのは分かっていても、痛いものは痛いんだから仕方がない。

 息を詰まらせながら床を転げ、なんとか立ち上がろうともがく。床を転がっていてはいい的にしかならない。早く立ちあがって、隙を見て逃げ出したらどこかに隠れ──

 

 

「──は、ぁッ……!」

 

 

 ドラグーンが腕を振り上げたのを見て、俺は床を転げて回避行動をとる。パンチ、といえば軽い攻撃のように聞こえるが、それを放つのが金属の塊となれば破壊力も違ってくる。事実、少し前まで俺の居た場所の地面はひび割れ、少しばかり陥没している。あれに殴られたら、なんて考えるまでも無く即死だ。ちょっと即死イベント多すぎませんかね。

 気力を振り絞るようにして立ち上がり、擦れかけた視界にドラグーンの姿を捉える。以前相対した機体は隠密(パンシー)仕様で、機体もコンパクトにまとまっていた。それに比べると、今目の前にある機体はメカメカしさが全面に押し出されていて、いかにも戦闘用ですと言わんばかりの外見をしている。

 そんなゴツイ機体が持っている武器は、対照的に実にシンプルだ。H.E.A.T Pile Driver(ヒートパイル)といえば、メカ系のアニメとかにはよくよく出てくる名前だろう。詳しい仕組みは知らないけど、杭打ち機の要領で敵に爆薬と純粋な質量を叩きつけ、装甲を食い破るとんでも兵器だったはずだ。斑鳩(へんたい)が熱弁していたからよく覚えている。

 ただ、ちょっと待って欲しい。その特性からも分かる通り、その武器の使用用途は対機械、或いは対魔導人形(ゴーレム)であり、断じて対人目的のものじゃ無い。そんなもの喰らったら凄惨な死体ができあがってしまう。いや、むしろ死体が残るかどうかすら怪しいな……

 唯一幸運なことは、目の前の機体が銃火器の類いを一切装備していないことくらいだろう。裏を返せば楽に死ぬことは出来ないと言うことに他ならないけど。

 

 

「……ったく、本当に冗談じゃねぇ……」

 

 

 思わずそう呟いてしまうほど、状況は絶望的。それでも、これくらいの絶望は乗り越えなきゃこの先生き残れないっていうのが気が滅入る。

 ふと、ドラグーンの後ろに巨大な十字架がそそり立っているのが見えて、俺は苦笑した。どうやら、神様は自分のお膝元で俺をいたぶるのが趣味な様だ。

 

 

「来いよ……追い詰められた鼠は虎をも喰らうってとこ、目に焼き付けてやる」

 

 

 さぁ、小便は済ませたか? 神様にお祈りは? 部屋のスミでガタガタふるえて命乞いをする心の準備はOK?

 

 

 ──俺は、出来たぞ。マジ誰か助けて。


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