世界が俺を殺しにかかってきている   作:火孚

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皆様、明けましておめでとうございます。明けてから結構日がたってる気がしますが、そんなのは気のせいです。気のせいということにしてください(目逸らし
年末年始はそれなりに忙しく、更新が滞ってしまっていました。またペース上げないと……


いつも隣に

 色々とあった夜が明け、朝がやってくる。

 ふと、俺の脳裏にラジオ体操の時に流れる曲の歌詞が浮かんできた。

 しかし待って欲しい。この世界に希望なんて存在しないし、そう考えると俺にとっての朝って永久に来ないんじゃね?

 なんてこった。朝っぱらから悲しい現実を突きつけられて、俺の心はもうハートフルぼっこ。やまない雨はないけど、明けない夜は有ると言うことか。坂本さん、俺の心にも夜明けをください。

 

 

「……いや、何考えてんだろ」

 

 

 そう呟いて寝ぼけた頭を振ると、若干頭がすっきりする。

 直前まで意味わからないことを考えてたような気もするけど、それはきっとあれだ。俺じゃない第二の俺が勝手に考えていたことだ。

 先ほどまでの俺は意味不明なことを考える愚か者でしたが、今の俺は完璧です。

 因みにここ、幸福ですと言わないのがみそだ。

 ……ふむ、ちょっとまだ寝ぼけてるみたいですね。

 

 

「うーん……いつもよりちょっと早い、か」

 

 

 眠気を覚まそうと伸びをしながら時間を確認してみると、いつもよりも少し早い時間帯に目が覚めてしまったようだ。

 いつもならタケルくんが家を出ていく音で目が覚めるんだけど、今日はいつもと違ったせいか、眠りが浅かったようだ。

 ふとタケルくんはまだ出かけていないのかと探してみると、ちょうどこれから出ていこうとしている姿を発見した。ふむ、たまには見送るのも良いかもしれないな。タケルくんも送り出された方がやる気も出ることだろう。

 

 

「草薙、これから行くのか?」

「うおっ……わり、起こしちまったか?」

「いや、早く目が覚めただけだ。元々あと少ししたら起きるつもりだったしな」

「そうか……なんか悪いな、いつも」

「ばーか、流石にもう慣れたっつうの。何年飯作ってやってると思ってるんだ」

「うぐ、改めてそう言われると、ほんとお前には感謝しかねぇな……」

「ははは、そうだろうそうだろう。もっとあがめ奉っても良いんだぜ」

 

 

 実際俺も相当タケルくんの身の回りの世話を焼いてる自覚有るし、本人に感謝されるというのはむずかゆくも嬉しいものだ。

 大体俺が世話をしなくちゃ朝を水で済ますような奴なんだから、もう少し一般常識を身につけて人としての節度を持って行動して貰いたい。人間は水じゃ栄養とれないんだからね?

 少し気恥ずかしくなって笑ってごまかしていると、何故かタケルくんが微妙な顔をして俺のことを見つめているのに気が付いた。はて、一体どうしたのだろうか。

 

 

「どうした、草薙。俺の顔になんか付いてるか?」

「いや、そういうわけじゃないんだけどさ……なんか、その顔でその言葉遣いをされると改めて違和感しかねぇなって」

「それ言っちゃう? 草薙くんは親友に女言葉を強要する鬼畜男だったわけ?」

「い、いや。そういうわけじゃないんだが……」

 

 

 別に良いだろう、俺がどんな言葉遣いをしていようと。大体意識しないとこの言葉遣いが出てくるんだから仕方ないじゃないか。事情を知ってるタケルくんなら変な心配はいらないわけだし。

 ……とはいえ、この家にはまだ俺の事情を知らないマリも居るんだったか。うーん、確かに少し気を付けた方が良いな。

 

 

「はぁ、わかったよ。確かに事情を知らない奴に聞かれたら不自然だって思われるしな。ただ、自然と女の言葉遣いが出てくるようになったらそれはそれで嫌なんだよなぁ……」

「おぅ……大変だな、お前って」

「その一端はお前が担ってたりするけどな? ……ってか、そろそろ出なくて良いのか?」

「おっと、そうだった。そんじゃ行ってくるわ」

「おぅ、行ってこい。帰ってくるまでにはなんか食えるもん用意しとくから」

「あぁ、期待しとく」

 

 

 少し笑って出て行ったタケルくんを見送り、はてさてどうしようかと頭を悩ませる。

 期待されてしまったわけだが、正直片手で作れる料理なんてそこまで多くは知らない。それに、少し前から練習してるとはいえまだまだ慣れていないのだ。美味いものを期待されても、応えられるとは限らないってね。

 

 

「それに、今日は二人多いわけだし……むぅ、どうしたものかな……」

「──すまんな、手間を増やしてしまったみたいで」

「うわっ!?」

 

 

 突然声を掛けられて驚いて振り返ってみれば、鳳が寝間着姿のまま此方を見ていた。

 一瞬マリに聞かれていたかと思って焦ったものの、鳳なら事情を知っているわけだし焦る必要もない。

 ……のだが、なんだろうか。鳳が向けてくる視線がなんか複雑な色をたたえているのだが。俺今なんか変なことしてたっけ?

 

 

「……随分、草薙とは仲が良いのだな」

「まぁ、それは……鳳だって知ってるだろ。中等部時代からの長いつきあいなんだって」

「それは知っている。だが、何年もご飯を作りに来ていたなど、初耳だ」

「だって他人に態々言いふらすようなものでもないし……」

 

 

 そもそも中等部の連中にそんな餌を投下したら(こと言ったら)、まず間違いなく茶々入れをしてくるに決まっている。

 俺は過去にゲイ扱いされたことを決して忘れていない。俺はそんなアブノーマルな性癖など持ち合わせておらず、至ってノーマルなんだと改めて主張したい。

 ──あれ、でもよく考えたら今の状況で女の子と付き合ったら百合になる?

 ふむ、この話はやめておこう。なんかしちゃいけない気がする。

 

 

「大体、鳳はほとんど中等部にいなかったじゃないか。知らなくても当たり前だろ」

「う、あの時はだな……いや、よそう。正直今もお前のことはよく分かっていないしな」

「ほほう、その言い方だと草薙のことは理解してるように聞こえるが?」

「そうだな……少なくとも、以前よりは理解してるつもりだ。とんでもない大馬鹿者で、とんでもないお人好しだということはな」

 

 

 なんとなくからかってみようかとも思ったけど、鳳の顔を見てやめておいた。苦笑しながらも、タケルくんのことを語るときは完全に乙女の顔つきになっている。

 けっ、人が苦労してるってのに近くでリア充しやがって。爆発しちまえ。爆発したとき一番被害被るのは俺だけどな!

 ……やっぱりそのままで良いです。畜生、リア充の笑顔は日陰者にとっては眩しいぜ。

 ってか、本当に眩しいな。なに、リア充って充実しまくると発光するの? リア充の充って充電の充だったの? なにそれエコかよ。環境にも優しいとか完璧だな。

 いやいや、流石にこれはおかしいだろうと発光源に目を向けると、位置としては鳳の顔がある所よりも遙か上。リア充は別に環境に優しいわけじゃなかったようだ。はて、それなら一体何充なんでせう?

 

 

「な……で、ででで……」

「うん? 自称大王がどうしたって?」

「でたぁ!?」

 

 

 鳳は悲鳴のごとき叫び声を上げると、洗練された動きでバックステップを取り……あれ、なんだろうこれ、すっごいデジャヴ。

 でも、ここにはお風呂場の霊は出てこないよな、と思いつつ光源をよく見てみると、ふよふよと宙に浮いてることが分かった。

 あぁ、これって人魂って奴か。なにげに初めて見た気がするな……というか、本当にタケルくんの家って何でも出るね。心霊スポットとかお化け屋敷なんてめじゃないな。

 

 

「な、何故付いてくるのだ!? こっちに来るな、あっちへ行け!」

「うわっ!? ちょ、なによあんた騒がしい……って、何それどうしたのよ!?」

「私が知るか! なんとかしてくれ!」

「何とかって、幽霊の対処法なんて私は知らないわよ! そんなことより数増えてきてない!?」

「こうなったら……こうなったらどちらかが死ぬまで相手してやる……ッ」

「ちょ、馬鹿あんた、狭いんだから暴れるんじゃないわよ!?」

 

 

 ……めじゃないな。取り敢えず鳳さん、多分幽霊は殺せないと思うので家を破壊しようとするのはやめてくれませんかね。

 放置していると本格的に家の解体を始めそうだったので、仕方なく鳳を落ち着かせる作業に入ることにした。

 これ、タケルくんが帰ってくるまでにご飯作れるかなぁ……

 

 

 

 

 

◇     ◇     ◇     ◇

 

 

 

 

 

「良いですこと!? 初戦の相手はポイント数が中位ですが、それはすなわちわたくし達より上ということですわ! 気を抜かずに全力で当たりましょう!」

「おー」

「ちょっと、やる気がなさ過ぎじゃ有りませんこと!? 特に杉波っ、何故関係ないとばかりにそっぽを向いているんですか!?」

「えー? お姉さんは前に出るわけじゃないしねぇ。特に今回は改造武器の持ち込みも禁止だし、やる気も出ないわぁ」

「斑鳩が改造したら、ペイント弾も立派な殺人兵器になっちゃうからね、仕方がないね」

「流石に模擬戦で人死にが出るような改造はしないだろ……なぁ、杉波? ……杉波さん? ちょ、おい何で目を逸らす!?」

「良い、草薙? ロマンには犠牲がつきものなのよ」

「アホか!?」

「アホで結構! 尋常じゃ届かないところもあるのよ!」

「……頭が痛い」

 

 

 一応出場を提出してしまった手前、一戦位はしなければならないと模擬戦直前のブリーフィングを開いているわけだが、見ての通りやる気があるのはウサギちゃんだけだ。他は皆やる気のやの字も感じられない。

 大体、シミュレーションでの惨事を経てなお、これだけやる気が保ててるウサギちゃんは素直に尊敬できると思う。

 鳳ですら気乗りしない顔をしているからもうこの試合勝てないと思うんだけど、俺って間違ってる?

 

 

「ええい、聞いてくださいまし! いいですか、ここで少しでも結果を出せば、落ちこぼれの雑魚小隊などと罵られることもないんですわ! それが分かっているんですの!?」

「いや、まぁ……」

「……事実だし?」

「実際雑魚小隊の名にふさわしいぽんこつっぷりだわねぇ」

「貴様ら、それを自分で言うのか……」

「でも、ぽんこつって部分は普通に納得できるかも……」

「むっきー! 当の本人達がその調子だから、いつまでたっても雑魚小隊のままなんですわ!」

「落ち着きなさいな、さるちゃん」

「うっきーって言ったわけじゃありませんわよ!」

 

 

 しゃーっ、と小動物らしい威嚇をするものの、ものの見事に全てを受け流されてしまっている。大体斑鳩とウサギちゃんの身長差って結構有るからね、仕方ないね。

 とはいえ、だ。確かに可能性が微少量しかないとしても、一縷の望みに掛けてと言うのは良いかもしれない。

 もしかしたら何かの間違いで俺達が優勝できるかも知れないし。そう、何かの間違いで。

 ……まぁまずそんな事態にはならないと思うけど。取り敢えず、対策くらいは立てておこうとまたも皆で話し始める。脱線ばかりで話が進まないのも雑魚小隊の特徴だ。

 

 

「で、ぶっちゃけポイント中位ってどのくらいの実力なんだ? 一応俺たちは個々人がそれなりに優秀なんだし、相手によってはなんとかなるんじゃないか?」

「草薙、今まで隊長やってきて何を見てたの? 一番の敵は身内に居るんだよ?」

「とても遺憾だが、鯨澤の言うとおりだ。言ってしまえば、これは6vs6の戦いではない。6vsその他全員のバトルロワイヤルだ」

「あれ? 俺達の小隊ってそこまでひどかったっけ!?」

「辛うじて鳳とセナちゃんがチームを組んでるレベルじゃないかしら」

「……あんたらって仲間なのよね?」

「二階堂さんも見たでしょ、というか居たでしょ。あのシミュレーションの場に。あれが私たちの全てだよ」

「人のこといえた義理じゃないけど、あんたら先ずはチームプレイ覚えた方が良いんじゃない?」

 

 

 それが出来たら苦労はしません。いや、緊急時のチームプレイは凄いんだよ? ただ、普段が壊滅的なだけで。

 しかしここまで来ると、立てる対策もないな。作戦はこうだ。なかまをおそうな。みんながんばれでも可。

 

 

「ところで杉波。あなた、本当は対戦相手のこと何かつかんでるんじゃありませんの? あなたなら調べればちょちょいでしょう?」

「あら、流石うさぎちゃんね。確かに対戦相手のことは調べたわよ」

「うさぎいうな! なら、それをさっさと教えなさいな。作戦は立てられずとも、知っていると居ないでは大違いでしょう」

「多分、会えば分かるわよ。なんたって──」

「──草薙は居るかぁ!」

 

 

 斑鳩が言葉を続けようとしたその時、いきなり部屋の扉が開かれ数人の生徒が入ってくる。

 この小隊ごとに割り当てられる部屋は、セキュリティこそないものの他小隊が開けることは滅多にない。各小隊が保持する情報にはポイントを稼ぐ上で重要なものも含まれていて、そういうものを部屋に保管している小隊も多く、下手したらその情報を巡って小隊間の抗争にまで発展してしまうこともある。それを避けるため、他小隊の部屋は暗黙の了解で入らないことになっている。

 まぁ、別にうちにそんなものがあるわけもないから大丈夫なんだけど。

 

 

「おい、貴様ら。一体何の用件だ」

「えっいや、あの……く、草薙くんは居るかなぁって……」

「お、俺か……?」

 

 

 威勢良く扉を開け放って入り込んできたのは、中等部時代のクラスメイトである……ええと、名前なんだっけ。ほら、中等部でキャラ付け失敗しちゃった。い、いの……いのなんたらくん。

 まぁいいや、忘れちゃったし。ここは思い出すまで田中とでも呼んでおこう。というか、あれだけ威勢良く入ってきたのに鳳に一睨みされただけでどもってしまうあたり、小物臭が凄いな。

 田中(仮)は、タケルくんを見つけるとどこか安堵したように咳払いをしながら、タケルくんに鋭い視線を送った。

 

 

「ん゛ん゛……草薙タケル。俺達はお前に宣戦布告をしに来た」

「あー……すまん、どういう意味だ?」

「お前ら雑魚小隊が今回のトーナメントに出場してくるという噂を聞いたからな。トーナメントでぼっこぼこにして、ハーレム築いて調子に乗ってるお前にお灸を据えてやろうと思ってな!」

「いや、ハーレムってお前……」

「あ゛ぁ゛!? この、お前以外全員女の子で構成されてる現状を見て、それでもハーレムじゃないと言い張る気かてめぇは!? しかもいつの間にか一人増えてんじゃねぇか! 紹介しろ!」

「い、色々込み入った事情があってうちの小隊に入っただけだ。マリだってそんな風に見られたら迷惑だろ」

「そ、そうね。別に私はタケルのハーレムとか興味ないし? なんだったら昨日タケルの家に泊まったときもへっちゃらだったし? ……裸見られたときは恥ずかしかったけど

「わぁ、満更でもなさそうなうえにトドメ刺しに行ってる」

「……名前で呼び合う仲のうえに、一夜を共にした仲か。ふーん、なるほどな」

「いや、これは事情があってだな!」

「事情があれば何でも許されると思うなよこんチクショウ! ばーかばーか! この、つり目! 剣術馬鹿! 草薙タケル!」

「何故フルネーム!?」

 

 

 さながら名前をいうこと自体が悪口であるかのような言い分にタケルくんが悲痛な声を上げるも、色々と悪名のあるタケルくんの名前ならば悪口になりかねないな、と納得してしまったことは内緒だ。

 まぁ、田中(仮)の言い分はもっともだろう。こっちとしては厄介事押しつけられてるだけなんだけど、傍から見れば次々と女の子が小隊に増えていってるわけだし。

 うん、普通に羨ましいな。誰だってそんな奴爆発しちまえと思うだろう。俺だってそう思う。

 しかし、そこで思い出したのか頬を真っ赤に染めてる二階堂何某さん。ちょっと君チョロすぎませんかね、まだ出会って時間たってないでしょ君たち……

 僅かながらの同情の念を込めた視線を田中(仮)に送っていると、遂に涙腺が決壊した様子の彼は涙ながら高らかに宣言した。

 

 

「兎に角! 草薙、てめぇは絶対に潰す!絶対に、絶対にだ! 覚悟しておけよ!」

 

 

 そう言い残すと、きらきらと光る筋を残して田中(仮)は飛び出していってしまった。同じ小隊のメンバーであろう面々も、それを追いかけるように慌てて出て行ってしまう。

 ……そういえば、あの小隊の中に女の子一人も居なかったな。うん、なんかこう、どんまい?

 

 

「あーあ、草薙泣かせたー。後でちゃんと謝らなきゃダメだよ?」

「ねぇ、これ俺悪くないよな? 絶対悪くないよな!?」

「草薙が女の子侍らせてるのが悪いんじゃない? まぁでも、仕方ないわよね。むっつりだもの」

「いやいやいや、このメンバー集めたの俺じゃないから! 俺の意思介在してないから! ってか、お前も勝手にハーレムに組み込まれてたけど、杉並はそれでいいのか?」

「なぁに、草薙はこんな面白いことに私をハブるつもりなのかしら?」

「別に面白かねぇよ!」

「面白いわよ、私は」

 

 

 ごめんタケルくん、俺も面白いっす。

 いやしかし、此処まで明確に潰すとか宣言されると、かえってちゃんと勝ち進んでぶつかってあげたい気持ちがわいてくる。

 まぁちゃんとどっちも勝ち進んで、尚且つトーナメントでぶつかるとも限らないんだけどね。もし当たらなかったときは、なんかごめんってことで。

 

 

「うん、取り敢えずトーナメントでは一戦一戦頑張ろっか。どこかであの小隊とぶつかるかも知れないしね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『おらぁ、草薙ぃ! 隠れてないで出てきやがれゴルァ!』

「まさかほんとに当たるとか……しかも初戦だし……」

 

 

 フラグ建設ダメ、絶対。

 どうやらこの世界の神様は、些細なフラグも見逃してくれないようである。なんて働き者の神様なんだろう。でも完全に君努力の方向性間違えてるよ。

 取り敢えず働くなら俺に建ってる死亡フラグを全てへし折ってくれないかなと考えつつ、半ば現実逃避を始めるに至った現状を整理し始める。

 開始直後、斥候に出た俺と遊撃のために単独行動を取った鳳が、突っ込んできた敵前衛にものの見事に分断された。此方の懐深くまで潜り込んできた前衛は、遠距離の要であるウサギちゃんを牽制してその場に釘付けに。その間に高台を確保した敵狙撃手が四方に目を光らせているせいで、まともに移動すらままならないのだ。

 

 

『各自、状況送れ。大丈夫か?』

『こちらは突出してきた前衛を一人片付けた』

『おぉ、ないす鳳』

『は、張り付かれていてまともに身動きも出来ませんわ! 草薙、どうにかしてくださいまし!?』

『悪い、しばらく耐えててくれ。なんも思いつかん』

『そんな殺生な!?』

『ちょっとタケル!? 私こんな激しい戦闘になるなんて聞いてないんだけど! 助けてよ!』

『ええい、役立たずの魔女は黙っていろ! 貴様を助けてなんになる!?』

『態々手伝ってやってるのにその言い分はあんまりじゃない!?』

 

 

 ぎゃいのぎゃいのと騒がしいインカムから察するに、状況はかなり絶望的のようだ。この状況でも確実にワンキル取っている鳳は流石といわざるを得ないけど、逆に鳳でもそれ以上動けないということがこの状況のヤバさを物語っている。

 中等部時代のクラスメイト共は、馬鹿の集まりではあるものの実力自体は確かにあるのだ。そんな彼らが、アホな理由とはいえ打倒タケルくんの意志の下一つになって動いている。そりゃ強いに決まってるわな。

 

 

『あー、鯨澤はどうだ?』

「皆と似たり寄ったり。少なくとも片手でどうにか出来る状況じゃなさそうかなぁ」

『だよなぁ……どうしよう、これ』

「いやいや、しっかりしてよ隊長さん。なんかこう、一発で形勢が逆転するような名案はないの?」

『俺がそんなもの考えつくようなたまに見えるか?』

「だよね、本当にどうしようか」

 

 

 現状、彼我の戦力を比べてみてなんとか対策を立てるしかない。幸いにも此方はまだ脱落者ゼロだ。整理してみれば案外光明が見えるかも知れない。

 向こうは、前衛が一人減って残り三人。そのうち、大声でタケルくんを威嚇する田中(仮)の居場所は分かるもののウサギちゃんや俺に張り付いてる敵の位置は不明。後は、高台に狙撃手が二人。狙撃銃じゃないと距離的に届かない位置な為、ウサギちゃんをどうにかしないと片付けるのはまず無理だ。

 一方此方は、前衛は鳳一人。タケルくんは銃撃戦では戦力外通告だし、マリも撃ち勝つのはまず無理だろうから除外。俺は俺で怪我してるから数には入れず、斑鳩は前に絶対出て来ないから戦力外。ウサギちゃんは狙撃手だが、張り付かれているうえに極度の緊張状態のせいでまるで当てにならない。

 ふむ、つまり現状1vs5?

 

 

「……あれ、詰んでない?」

 

 

 ふえぇ、雑魚小隊のメンツが予想以上に雑魚だったよぅ。鳳以外全員戦力外って一体どういうことなんですかね。雑魚小隊の雑魚の名に偽りはなかったようです。

 

 

「最早この作戦しか残されてないみたいだね……」

『何か良い作戦があるのか?』

「各々高度の柔軟性を維持しつつ臨機応変に対応してね!」

『それ作戦じゃなくね!?』

 

 

 馬鹿野郎、士官学校を首席で卒業するような優秀な指揮官が提唱した作戦だぞ。間違ってるわけないだろ。

 まぁでも、いくら首席で卒業しても間違うことはあるよね。それが歴史的な大敗を喫する結果となっても仕方ない仕方ない。因みにこの作戦、別名は行き当たりばったりである。こんなアホな作戦よく通ったよなほんと……

 

 

 

 

 

◇     ◇     ◇     ◇

 

 

 

 

 

 暗く、光の届かない場所。賑やかな表の世界とは隔絶された、静かで寂しい闇の世界。

 その闇に紛れるように、その闇を纏うように、静かに静かに、うごめく影がある。

 

 

──ズギュル、ズギュル

 

 

 まるで意思を持つかのように蠢く茨の鞭は、蛇のようにどくろを巻いて時を待つ。

 遠く離れたところに運ばれた、己の同胞の芽吹きの時を。

 そしていずれ訪れるであろう、己が表の世界に解放される時を。

 獲物達が発するであろう、絶望の断末魔を。

 与えられる絶望色の魔力を蓄えながら人知れず密やかに成長するその植物は、ただひたすらに時を待ち続けていた。


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