世界が俺を殺しにかかってきている   作:火孚

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出バトルドーム(久々


女三人の夜(異物混入)

「ボールを相手のゴールに……シュゥゥーッ!」

「え、何その変なかけ声」

「あ、ごめんね。このゲームをやるに当たって、一番重要な要素だよ」

「そうなの……?」

「うん。ほら、二階堂さんも一緒に」

「ええっと……ボールを相手のゴールにシュー」

「シュゥゥーッ!」

「待て待て待て貴様ら! 何をこの状況で遊んでいる!? というか遊んでいられるのだ!?」

 

 

 まるで久しぶりに集まった親戚の子供たちと遊ぶがのごときほのぼのとした空間の中で、鳳だけが信じられないといった様相で何かを叫んでいる。

 おかしいな、いったい何が気に入らないというのだろうか。

 マリは俺(や見えない誰か)と一緒に和気あいあいと遊んでいるし、家中で(見えない誰かが)はしゃいで走り回っている音が聞こえる。元気が溢れすぎて物が飛び交ったりもするが、危ないものや壊れ物などが飛んでない限りは大目に見るべきだろう。

 状況としては、物が宙に浮かび、そこかしこからきしむような音が聞こえ、この場にいる三人の誰のものでもない笑い声が聞こえるだけ。

 うん――いつも通りだな。

 

 

「慣れてるから?」

「慣れてるのか!?」

「ちょっと、うるさいわよあんた。近所迷惑とか考えられないの?」

「うるさいマフラー女! まともなことを言うんじゃない!」

「あんたの中の私ってどうなってるわけ!?」

「いや、そもそもそんなことを言っている状況じゃないだろう!? 明らかに、その、ゆゆゆ幽霊とか……」

「……へー? あんた、幽霊苦手なんだ?」

 

 

 にやり、とマリが口角を上げるのを見て、またけんかが始まるのかとため息をつきそうになった。お互い気に入らないなら関わらなければいいものを、逆に積極的に絡んでいくっていうのはやっぱりお互い相性抜群じゃないのかしらん。

 挑戦的なマリの口調に対して鳳が示す反応に戦々恐々としていたが、鳳は顔を青ざめさせるだけで反応を返さない。

 マリも予想が外れたのか、少し驚いたようにして鳳を見つめる。

 

 

「い、いい今……」

「今?」

「耳元に、生暖かい空気が……」

 

 

 がたがたと体を震わせながら、まるで後ろを振り返ったら死ぬとばかりにマリを凝視する。実際には誰かいるわけではないのだけど、大方騒霊が鳳の反応を楽しんで色々ちょっかいを出しているのだろう。

 まさかここまで幽霊が苦手だったとは知らず、なんとなく申し訳ない気分になる。

 何故って、怯えている鳳が面白いと思ってしまっているからだ。当然助ける気なんて毛頭ないけど。だって面白いんだもの。

 一方の見つめられ続けているマリは、さすがに居心地が悪いのか眉を少ししかめて身じろぎをする。

 

 

「ちょ、ちょっと……あんまり見てないでよ。別にあんたの後ろには誰もいないから」

「う、うそだ……ッ」

「どれだけ信用ないのよ私は! 別にこんな時に嘘ついたりしないわよ」

「だ、だが気配を感じるぞ! やはり何かいるのだろう!?」

 

 

 そういう反応をするから騒霊達が元気になるんだ、とは教えてあげないのが俺のやさしさだ。そのうち飽きて鳳に付きまとわなくなるだろうし、特に危険があるわけでもないから放っておいても大丈夫だろう。

 それよりも、この状況でやけに冷静なマリに違和感を覚えてしまう。確かに鳳は過剰に反応しすぎではあるが、初めて幽霊と出会っての反応がこれっていうのはどうなんだろうか。

 それとも、実は魔女達にとって幽霊っていうのは案外身近なものなのかな?

 

 

「ところで、二階堂さんって霊感が子供の頃から強かったりするの?」

「へ? なんで?」

「えっと、この状況でやけに冷静だから、慣れてるのかなって思って」

「こんなのに慣れるって、どういう生活送ってれば慣れるのよ……」

「違うの?」

「違う違う。そりゃ、私だって幽霊は怖いけどさ。そこの恐がり女の反応見てたら、なんか冷静になっちゃって」

 

 

 そういって、マリは見えない何かを視線で探し回る鳳を指さして、少しだけ苦笑する。

 確かに、傍から見れば滑稽すぎる反応を見せられては、幽霊に脅えるのも馬鹿らしくなってくるかも知れない。因みに、鳳は自分が話題にあげられているとも知らずに、ついにおかしな踊りを披露し始めた。なにやってんだろあれ、ちょっと楽しそう。

 

 

「……そういえば、タケルの部屋のインパクトが強すぎて忘れてたんだけど」

「うん? なにを?」

「鯨澤は、何で平然とここに居るわけ? 送って貰うっていってなかったっけ」

「うん、だからこうして送って貰ったんだけど」

「……ちょっと待ってね。タケルに毎日送って貰ってて、今ここに居るのはなんの不自然でもなく、それどころか勝手知ったる我が家って感じだけど……なに、あんたら同棲でもしてるの?」

「まぁ、そんなところかな……言ってなかったっけ?」

「聞いてないけど!? い、いつから同棲してんの!?」

「うーん……一週間くらい前、かな? ちょっと色々あって」

「色々ッ……!? やっぱり、あんた達ってそういう関係だったんだ……なんか、距離感近いとは思ってたのよ……」

「うん?」

 

 

 なんだろう、なにやら誤解をされているような気がするのだけれど。色々って言うのは大変なことが色々あったって意味で、そういう下世話な話のことではないのだが。

 そもそも、俺とタケルくんの間でそんなことが起こるはずもないではないか。俺達はノン気なんだ……少なくとも、俺はノン気だ。そんな関係は望んでない。

 傍から見れば男女の同棲ってなるわけだから、あれやこれやと邪推してしまうのだろうか。本質は全く違うんだけどな……

 

 

「うんまぁ、いいや。それよりご飯の用意をしたいんだけど、手伝ってくれないかな? 私はほら、この通り片腕だから」

「そっか……タケルと鯨澤って……そっかぁ」

「……あ-、鳳? ちょっと手伝いを」

「ぬめって!? 今ぬめってしたぞ!? わ、わわ私は食べても美味しくないぞ!」

「いや、それこんにゃく……はぁ」

 

 

 ダメだこれ、二人とも俺の話なんか聞いちゃいない。

 取り敢えず食べ物で遊んだ騒霊には後で説教が必要だなと思いながらも、夕飯の用意をするために手を動かし始めた。

 ……いや、だから俺片腕しかないんだって。どうしろってんだ。

 

 

 

 

 

◇     ◇     ◇     ◇

 

 

 

 

 

 なんだかんだと騒がしくしながらも気が付けば時間はあっという間に過ぎており、外は暗くなり益々騒霊達が元気になる。まぁ時間がいつと問わず元々元気だけど。

 因みに、夕飯の献立はカレーだった。誰でも作れてなおかつ美味しいとか、素晴らしく偉大な料理だと思うんだ。

 タケルくんは何故か作れなかったけど。

 

 

「はぁ……私はここまで不器用だったのか」

「うーん、確かに形は不揃いだったけど、ちゃんと切れてたと思うよ?」

「そうねー、一口が大きいゴリラ女のあんたには丁度良い切り方だったわよねー。まぁ? 人間の私たちには大きすぎたけど? ぷーくすくすぅうあぃたたたた!? 痛い、痛いって! 本気で怒ることないでしょ!?」

「黙れ! 自分が多少上手く切れるからと調子に乗りおって……! なんかむかつくんだ!」

「せめて理由くらいはっきりさせなさいよぉ!?」

 

 

 ぎちぎちとめり込んでいくアームロックに悲鳴を上げながら、あれだこれだと騒ぎ始める二人。楽しそうなのは結構だけど、夜なんだから静かにしないと壁ドンされるぞ。

 騒がしい二人につられてなのか、今日はこの部屋に棲む霊達も賑やかだ。それに鳳が脅えて騒ぎ霊達が更に元気になるっていう負のスパイラルに入ってるけど。

 そんな賑やかな光景を傍で見ながら、ふと俺自身も楽しんでいることに気が付く。いやまぁ、俺に被害が及ばない範囲で他人が不幸になるのは見てて楽しいっちゃ楽しいんだけど。性格破綻者? これくらいは許されても良いと思うの。

 というか、別にそれとは関係なしに。いつもこの時間はタケルくんがバイトでいないから、部屋にいる人間は俺一人なのだ。今更騒霊達に驚くわけもなく、向こうもそれが分かっているのかたまにちょっかいを掛けてきてもそれだけ。今に比べれば遙かに静かだ。

 だから、この騒がしい空気が新鮮というか、なんかそんな感じなんだ。騒がしいのは学園でもだから慣れてるはずなのに、おかしいな。

 

 

「鯨澤! そこで笑ってみてないで助けてくれ! な、なな慣れているんだろう!?」

「んー? 慣れてるけど、それが助ける理由になるかな?」

「見捨てるつもりなのか!?」

「別にそうはいってないけど。取り敢えず、反応したらそれだけ付きまとわれるから平常心が大事だよ」

「そんな無茶な……ッ!」

 

 

 いや、無茶って。英雄に単身殴りかかった君が言って良い言葉じゃないだろうに。

 脅えるポイントがいまいち分からないと思いつつも、仕方がないので鳳にまとわりついている騒霊達にシッシッと散るように合図を送る。

 いつもはあんまり効果がないんだけど、今日は満足したのか三々五々と散っていき、それに合わせて鳳を悩ませていた怪奇現象も止まったようだ。

 漸く安心したように人心地着いた様子の鳳は、若干の涙目になりながら俺の方へと視線を送ってきた。何故か尊敬の念がこもっているような気がするのは気のせいだろうか。

 

 

「すまない、鯨澤。私はああいった類いが大の苦手でな……しかし、いつもこんな風なのか?」

「いや、今日は鳳と二階堂さんが来てたからじゃないかな。いつもはもっと静かだよ」

「とはいっても、やはり幽霊は出るのだろう? 鯨澤は凄いな……」

「単純に鳳が苦手すぎるだけなんじゃないかなぁ……」

「いや、流石にこんな部屋に一人でいても平然としてられるのはあんたくらいでしょ。私だって一人で居たら不安でたまらないわよ」

 

 

 うーん、せやろか? 見た目というか騒がしさに騙されるかも知れないけど、別にこの部屋に悪霊の類いは居ないんだけどなぁ……

 ……あれ? そもそも普通の部屋には幽霊が居なくね? もしかしてタケルくんの部屋って普通じゃない?

 なんということだ……余りに慣れすぎてて全然違和感感じなかったわ……

 

 

「……さて、ここで一つ重大な問題があるわ」

「へ? 重大な問題って?」

「お風呂よお風呂! この部屋で一人で入るとか無理だし、かといって鯨澤を連れだって入るとしても、そこのゴリラ女も私も一人で待つのは流石に無理よ」

「なら、二人で入れば良いんじゃないかな……?」

「「無理!!」」

「そ、そっか……」

 

 

 その呼吸の合い方なら別に問題ないのでは、とはいえない俺である。言ったとしてもまた呼吸ぴったりで否定してきそうだし……

 しかし困った。入らないなんて訳にはいかないし、かといって一人で入りたくはないらしいし。一体どないせいっちゅうねん。

 

 

「なら、三人で入るとか……」

「……」

「あ、あはは。流石に冗談……」

「「それだ!」」

「それなの!?」

 

 

 いや、事情を知らないマリは良いとして、鳳は俺が元々男だって知ってるだろうに。良いのかお前、俺に裸見られても。

 ……もしかして男としてみられてない? いや、体は確かに女だけどさぁ。なんか、こう……

 なんだかなぁ……

 

 

 

 

 

◇     ◇     ◇     ◇

 

 

 

 

 

 あっちを見ても肌色。こっちを見ても肌色。取り敢えず視界には肌色が映り、誰かの呼吸音がすぐ耳元で聞こえる。少し動けば熱で赤らんだ柔肌とぶつかり、ふわりと香るは石鹸の甘い香り……

 ……と、こういう風に表現すると何かのエロゲーか何かの展開かと思うけど、現実はそうはいかない。

 確かに、どちらもジャンルは違えど美少女と言える鳳とマリの二人とお風呂に入っているなど、男の身であれば己の幸運を天に感謝するレベルであろう。

 しかし、だ。悲しいかな、今の俺には二人を見て反応するものがない。それはもう物理的に、綺麗さっぱり。別に女の子に興味がないとかそういうわけではないのだが、自分の体で裸は見慣れているせいか二人の裸を見てもそこまで興奮しない。……あれ? これは男としてまずいのではないだろうか?

 まぁ、それはこの際置いておこう。問題なのはむしろこの状況だ。タケルくんの住む部屋はアパートの一室。それも、そんなに広くはない作りになっている。当然お風呂も広いわけがなく、前にタケルくんと入ったときでも狭いと感じたくらいだ。

 つまり、何が言いたいのかというと……

 

 

「……ねぇ、やっぱり三人は無理があるんじゃないかな?」

 

 

 狭い。その一言に尽きる。

 少し身じろぎをするだけで当たりそうになるし、実際体を洗えばぶつかってしまう。まともに体も洗えないし、湯槽にも同時に入るだけのスペースはない。

 要はお風呂で体を休めることが出来ないのだ。くそう、日頃の疲労をお風呂でぐらい癒やさせても良いじゃないか……

 

 

「確かに、ちょっと狭いわね。一人やけに幅をとっている奴もいるし」

「む? それは誰のことだ?」

「あんたよあんた。全く、こっちは慎ましくしてるっているのに一人だけ立派なもんもってからに」

「立派な……?」

 

 

 なんのことだ、という風に首をひねる鳳に、嫌味が通じなかったことが悔しかったのかマリが少し不機嫌そうな顔になる。不機嫌になるんだったら最初から突っかかるなよとは思うけど、もう今更過ぎて慣れてきた節はある。

 まぁ、マリは確かに慎ましいな。そもそも全体的に小さくて幼い印象だし、ロリ巨乳のウサギちゃんとは一線を画す存在なわけだ。一線を画すから何って問題でもないけど。俺は別に小さくてもいいと思うよ? 女の子の価値は胸だけじゃないからね、うん。

 しかし、こうしてマリと鳳を並べてみると、確かにその大きさの差にマリが僻むのもわかる気がする。マリにもないわけではないのだ。きちんと小さなふくらみが、彼女が女であると主張している。だけどまぁ、マリが砂場の砂山だとしたら鳳のは正真正銘の山だからな。比べてみれば大きさがよくわかる。

 あれ、そういえばマリが来るまで三五小隊って貧乳ステ持ちっていなかったんじゃ……鳳もウサギちゃんも斑鳩もでかいの持ってるし。ふむ、つまりこれは貴重なステータス持ちということで、ぜひとも保護せねばなるまいな。

 ……いや、なんだかんだで普通に実況まがいのことしてるけど、よくよく考えるとこの状況って凄まじいな。俺の体が女の子仕様だから何とかなってるけど、我が息子(マイサン)が帰ってきたらただお風呂場で女の子の体をじっくり観察してる変態の誕生ですよ。絶対に社会的に死ぬだろ、これ。まぁその前に物理的に死にそうだけど。

 

 

「なぁ、鯨澤。このマフラー女は何を言っているんだ?」

「んな……私の名前は二階堂マリだっつーの! いい加減覚えろこのゴリラ女!」

「ゴリ……? なら貴様が先に覚えたらどうだ! 私の名前は鳳桜花だ!」

「まぁまぁどうどう。二人とも落ち着いて」

「……ふん。まぁ夜に騒がしくするのはよくないわね」

「す、すまん鯨澤……で、立派なものっていうのはどういうことなんだ?」

「結局聞くんだそれ……っていうか、あんたそれ聞くとかどんだけ残酷なのよ」

「な、なんだ? 何の話だ?」

「あー、えーっとね……」

 

 

 それはあなたが胸に携えている立派なものですよ、お嬢さん。貧乳少女(マリ)にはそんなものついてないからね。なんか見せつけられてるようでイラつくかもね。

 いやまぁ、巨乳かと聞かれれば首を捻る大きさではあるんだけど、ほぼゼロなマリとゼロな俺からしてみれば十分大きいといえるだろう。

 ……いや、俺の体は女の子な訳だし、ゼロってことはないか。うん、多分少しくらいはある。こう、ちょっとした膨らみを主張できるくらいには、きっと。

 

 

「……鳳が知るべきことではないよ」

「そ、そうなのか……? いや、そうならば良いのだが……」

「取り敢えずでかい胸がスペース取ってるから早く出ていってくれない?」

「急に辛辣な!?」

「あーあ、怒らせたんじゃない?」

「な、一体私が何をしたというのだ……」

 

 

 いやいや、別に怒ってはいないですとも。ただ余計なものを携えてる人が風呂場にいると、場所が取られてゆっくりとお湯に云々かんぬん。

 まぁ、実際は何故かいらっときたから衝動的に八つ当たりしてしまっただけなのだが。もしかしたら、このモブに対する殺意が激しい世界に対するストレスがたまっていたのかも知れない。

 後で鳳には謝った方が良いかもな、と考えているとマリが苦笑をしながら湯槽から立ち上がった。

 

 

「いい加減暖まったし、私が先に出るわよ。そいつの胸の分くらいはスペースが空くでしょ」

「まてっ。いくら何でもそこまではでかくないぞ!」

「はいはい、あんたはあるからそういうこと言えんのよ」

「別にな、胸なんて大きくても邪魔なだけなのだぞ。動くときにつっかえるし、私はない方が羨ましいくらいだ」

「へー……あんた、その言葉まんま後ろにいる奴に言ってみれば?」

 

 

 そんな言葉を残して、マリはお風呂場から出て行ってしまった。残されたのは、俺と俺に背を向けたまま固まる鳳のみ。

 しかし、去り際にマリが言っていた言葉はどういう意味だったのだろうか。別に胸が大きかろうが小さかろうが俺には関係ないけど。まぁ見る分には大きい方が良いけどな。

 マリが去ったお風呂場は広いとは言い難くもそこまで狭くなくなっていて、漸く一息入れることが出来るようになった。

 と、ふと目の前の鳳が微動だにしないことに気が付いた。一体どうしてしまったのだろうか、と鳳の肩をつんつんと突いてみると、びくりと大げさに反応した後、何故かおそるおそる俺の方へと振り返ってくる。

 ふむ、よく分らんがここは一つ安心させるために笑顔を見せてあげよう。笑顔は他人を安心させるためのツールであり、偉大なコミュニケーションの一つだ。一人が笑顔になれば、皆もつられて笑顔になる。笑えば自然と楽しくなってくるものだ。辛いときには声を上げて笑おう! まぁ俺もよく辛いときは笑ってるよ、大体あきらめの笑みだけど。

 俺の悲しいエピソードは置いておいて、振り向いてきた鳳に向けてにこりと微笑む。それに対して、鳳は小さく息を吸い込んだ。

 

 

「ひっ……」

 

 

 ──いや、その反応はおかしくねぇ?

 どうしてだろう。笑顔を向けたらまるで幽霊を見たかのごとく怖がられてしまった件について。

 流石にその反応は予想外かつ意外と心にダメージ来るんですが……なに? お前の心に平穏なんて訪れねーよとかそういう暗示? やだもう、誰か俺に安らぎをください。

 割と少なくないショックを受けて落ち込んでいると、完全にフリーズしていた鳳の口が新たな言葉を紡ぐ。

 

 

「で……」

「……で?」

「でたぁ!?」

 

 

 叫ぶと同時、洗練された動きでバックステップを取ると風呂場の戸を開け放ち一目散に脱衣所へと消えていった。

 俺? 突然すぎて何が起こったか理解できずに、ただそれを見送るしか出来なかったけど。

 なに、俺から何が出てたの? っていうかさっきから俺に失礼すぎない? ちょっとは気遣って欲しいかなって……

 あんな一目散に逃げなくても取って食ったりはしないのに、それを化け物を見たかのような……うん? 化け物?

 

 

「……あぁ、こっちか」

 

 

 振り返ってみると、案の定黒くて長い髪を不気味に下ろした女の人が半透明でたゆたっていた。

 タケルくんの家に棲み着いてる幽霊の中では唯一姿が確認できるのが彼女で、当然なんの前触れもなく出現するから初見は割と怖い。けど、何をするでもなくただそこにいるだけで、満足すればいつの間にか消えてるから実害などは一切ない。むしろ騒霊達の方がもの壊したりするから厄介なのだ。

 いつもは話しかけてこないことを良いことに一方的に愚痴をこぼしたりするのだが、今日はすぐに満足したのか目の前ですうと消えてしまった。

 それを見届けて、数瞬まだ暖まっていこうかとも考えたけど、流石に長時間入ってそろそろのぼせそうだった為にゆっくりとお風呂場を後にした。

 まぁ、あれだ。別にお風呂に入れるのが今日で最後の訳じゃないし、また明日以降ゆっくりと入ろう。そう陰ながら決意したと同時、先の部屋から何かが倒れるような音が聞こえた。何かあったのかと慌てて確認しに行くき、そこに転がってるものを見たときお風呂場の霊が何故すぐに消えたのか合点がいった。

 

 

「……楽しそうだね、草薙。それはどんな遊びなの?」

「お前この状況楽しそうに見えるとか馬鹿なの!? どう考えてもピンチだろ!」

「とかいって、どうせばっちり二人の胸でも揉んでたんじゃないの?」

「ばっ、揉んでねぇよ不可抗力で鷲掴みになっただけだ!」

「言葉だけ聞くと割と意味不明だ……」

 

 

 この家の主(タケルくん)がマリと鳳に押し倒される形で転がってるのを見て、どうせまたラッキースケベだろうなと察したのだがどうやらその通りだったようだ。

 しかし、裸の女の子二人に押し倒されてその後何事もないって、タケルくんって実は不能?

 ……親友がホモだったら、軽くこの世界に絶望するわ。

 いや、もうかなり絶望してるんだけどね?




果たして女体化した男を好きになるのはホモといえるのだろうか

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