世界が俺を殺しにかかってきている   作:火孚

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やっぱり雑魚小隊

 犬猿の仲、という言葉を知っているだろうか。出会ったら喧嘩ばかり、お互いがお互いを苦手で相容れない仲。別名水と油、ハブネークとザングースだ。

 何故こんなことを突然言い始めたか? それは今まさに俺の目の前でそんな光景が繰り広げられようとしているからだ。

 片方は二階堂マリ。魔法で人を救いたいと願う、不殺を冠する極光の魔女。

 片方は鳳桜花。魔道を憎み魔法を嫌う、生粋の紅き異端審問官。

 二人は、考え方から性格までそれはもう反発するわするわ。お前ら本当は仲凄く良いんじゃないかって位衝突する。

 そんな、混ぜるな危険の二人が俺の前でばったり出会ってしまっている。これは由々しき……本当に由々しき事態だ。何故って、ここには調停役のタケルくんがいない。つまり、止める人がいないって訳だ。

 固唾をのんで見守る中、先に仕掛けたのはマリの方だった。未だに立ち直れていない鳳にふふんと鼻を鳴らすと、どこか小馬鹿にしたような笑みを浮かべて口撃する。

 

 

「なに、もしかして知り合い? 知り合いにすら疎ましく思われてるとか、あんたの性格が知れるわね」

「んなっ……う、うるさい! 第一、何故貴様が鯨澤と一緒にいる!? さては変なことを吹き込んだな!」

「はぁ? なんで私が態々そんなことしなくちゃいけないのよ。言いがかりも甚だしいわ」

「今朝までは変わらなかったのだ、貴様以外に原因があるか! そうか、妙な魔法で操っているんだな?」

「ちょ、いい加減にしなさいよ! なんでもかんでも魔法のせいにしようとして、そんなに魔女が嫌い!?」

「あぁ、嫌いだ。大嫌いに決まってる。特に胸が平たくてマフラーをしているような奴はな」

「あんた……ッ」

「だが、私が憎いのは魔女ではない。魔法そのものだ。だからこそ、魔道に関わるものが許せない」

「──ッ。魔法のことを悪くいうのはやめて。何があったかなんて知らないけど、魔法はきちんと使えば人を救える。危険なばかりじゃないわ」

「魔法で人を救う? 馬鹿なことを言うな。魔法は悪だ、邪悪そのものだ。それは歴史をひもとけばわかることだろう?」

「それは魔法を使う人の問題でしょ!?」

 

 

 ほーら始まった。そりゃ、魔法大好きな奴と魔法大嫌いな奴が顔を合わせればこうなる。

 仕方がない。ここは調停役のタケルくんに犠牲になって貰おう。まぁほら、隊長なんだから小隊内のもめ事を解決するべきだよね、うん。別に俺が止めるのが怖いとかそういうことじゃないし。

 そうと決まれば、早速タケルくんを探しに行こう。早くしないと取っ組み合いの喧嘩になりそうだし、そんな事態になったら鳳が怪我をさせないとも限らないし。

 

 

 幸い、タケルくんを見つけるために学園中を探し回る羽目にはならなかった。偶々通りかかった学食に、タケルくんの姿が見えたからだ。

 しかし、何でまた学食なんかにいるのだろうか。昼にしては早すぎると思うのだけど。

 そう思って近付いてみると、タケルくんのそばであんパンを頬張るラピスの姿が見えた。小さい口でパンにかじりつく姿は小動物のようで可愛いのだが、その隣にいるタケルくんがほっこりしながらそれを眺めているのはちょっと危ない絵に見えなくもない。

 タケルくんの若干人相の悪い目付きも相まって、小さい女の子を食べ物で釣ってる様に見えなくもないのだ。

 

 

「なに、餌付けしてるの?」

「うおっ!? な、なんだ鯨澤か……」

「何でそんなに驚くんだよ……やましいことでもしてたのか?」

「ばっ、違ぇよ! ただほら、知らない奴に見られたらまたあらぬ疑いをかけられかねないし……」

 

 

 なるほど、その可能性は大いにあるだろう。というか、ぶっちゃけ事情を知らなければ確実にそういう風に考えてしまうまである。

 この世界では、愛があってもお兄ちゃんでも関係ないとはならないのだ。いや、特段二人の間に愛情があるわけではないのだけど、そういうことではなく。

 傍から見れば、タケルくんとラピスの距離感は異常そのものなのである。兄妹にしては近すぎる距離感に、あらぬ妄想をしてしまっても致し方ないというものだろう。

 

 

「……で、鯨澤はここに何しに来たんだ? 別に飯食いに来たわけじゃないんだろ?」

「ん? ……あ、忘れてた。お前のこと探してたんだよ」

「俺を? なんでまた」

「いや、二階堂と鳳が中庭で喧嘩してて」

 

 

 そういった瞬間、タケルくんの動きがぴたりと止まった。まるで油の切れたロボットのようにぎこちなく俺の方に顔を向けてくると、確認するかのように一言一言言葉を絞り出す。

 

 

「……二階堂と鳳が?」

「そう」

「……中庭で?」

「喧嘩中」

「他に人とかは……」

「二人だけだな」

 

 

 なるほど、と小さくつぶやいたタケルくんは、次の瞬間には猛烈な勢いで走り始めていた。

 一瞬でトップスピードに突入するような、まるで陸上選手のような綺麗なフォームで食堂の出入り口まで到達したタケルくんは、そこでふと停止すると一度大きく振り返った。

 

 

「ちょっと俺止めてくるから! その間ラピス頼んだ!」

「え、ちょ任せたって何を」

 

 

 世界に平和が訪れた。これで鳳とマリのいがみ合いは終息するし、誰も不幸にならずにすむ。

 え、タケルくんの心労? それはいわゆる、コラテラルダメージというものに過ぎない。平和のための、致し方のない犠牲だ。

 そんなことは置いておいて、一体ラピスを任された俺は何をすれば良いんだろうか。餌付けでも続行? でも俺ラピスは若干苦手だからなぁ……

 取り敢えず、放っておく訳にもいかないので隣の椅子を引いて座る。それに対してのリアクションは皆無で、もっもっとあんパンを囓ることに集中しているようだ。そんな様子を横目で見ながら、この先何が起こるんだっけと自分の記憶を掘り返してみる。

 たしか、性格の破綻した変態神父が乗り込んできて色々とやらかしてくれる流れだったはずだ。……あれ? それは覚えてるんだけど、具体的にどういう風に侵入してくるんだっけ? まさか正門から堂々と入ってくるわけでもないだろうし。

 流石に詳細までは思い出せないか。まぁ、別に原作を考察してたとか特段読み込んだとかそういうわけでもないし、むしろ展開を覚えてるだけでも僥倖だ。

 取り敢えず、お決まりのようにタケルくんが撃退してくれるから近くにいれば問題ない、はず。態々俺みたいな小物を狙う理由もないしな。

 そこまで考えたところで、ふと視線を感じて何気なくラピスへと視線を戻す。すると、いつの間にか食べる手を止め、よくタケルくんにしているようなじいとした視線で俺のことを見ていた。

 まるで深海をのぞき込んでいるかのごとき瞳が、俺の全てを見透かすように入り込んでくる。目を合わせていられなくなり目線を逸らすも、変わらず見つめられているのは肌でひしひしと感じてしまう。

 

 

「……ええと、何故こんなに見つめられてるのか、聞いても……?」

「…………」

「そうかー、ダメかー……」

 

 

 おそるおそる尋ねても、返ってくるのは沈黙だけ。まさか本当に心の中まで見透かされてるんじゃないかと、怖くなってくる。

 まだ、ラピスだけに知られるのは良い。だけど、この先何が起こるか知ってる、なんてことを颯月にでも報告されたらおしまいだ。そんなことになれば、俺は一生あいつのおもちゃだ。下手したらモルモットだろう。

 そんな事態は断固お断りの俺としては、得体の知れないこの視線がどうにも苦手なのだ。

 

 

「……あなたは」

 

 

 ラピスに対して一人で戦々恐々としていると、不意にラピスが言葉を漏らした。独り言かとも思ったけど、他人をさして言葉を漏らしてるあたり話し合いを求めているのだろうか。ラピスがタケルくん以外に自分から話しかけるの初めて見た……っていうか、タケルくんから離れてるのを初めて見た気がする。

 一体何事だろうと、改めてラピスに目線を戻す。変わらない瞳が俺のことをのぞき込んでいるのに若干の威圧を感じるも、なんとか目線を逸らすことだけは耐えた。

 

 

「あなたは、何故宿主と常にいるのですか?」

「えーっと、それはほら。草薙のそばってなんだかんだ安全だし? 俺には戦う力がないから、脳筋でも近くにいれば安心するっていうか……」

「私が言うのもなんですが、宿主といる方が厄介事に巻き込まれる可能性は高いと思いますが」

「……仰るとおりで」

 

 

 ぐうの音も出ないほどの正論である。物語の主人公としてはある意味当然だけど、タケルくんはそれはもう色んな厄介事を引き寄せることになる。それはつまり、タケルくんと一緒にいればその厄介事に巻き込まれるというわけだ。

 とはいえ、だ。タケルくんのそばにいなければ厄介事に巻き込まれないかというと、そういうわけでもない。巻き込まれるときはしっかり巻き込まれるし、この世界で厄介事に巻き込まれるということはモブにとっての死を意味する。直近でいえば英雄を使ったテロが良い例だろう。

 あれと屍食鬼によって出た被害は、なにも学園だけの話ではない。パパンとママンは幸運にも助かったようだが、英雄の放った一撃で家ごと蒸発したものも居ただろう。屍食鬼に対抗できず、為す術もないまま貪られたものだって多いはずだ。

 そう、つまりどうせ巻き込まれるなら少しでも生存性をあげたいっていう惨めな俺の願いを反映した結果なのである。良いんだよ別に。死な安死な安。

 

 

「それはほら、俺の生存本能に従った結果だから。そんなことより、お前こそ草薙と一緒に居なくて良いのか? 普段あれだけべったりしてる癖に」

「問題ありません。宿主のことはしっかりと補足していますし、今は活動可能域までエネルギーをためることが先決です」

「つまり食いっ気の方が勝ってるってことか」

「必要なことですので」

「おう、そうだな」

 

 

 似たようなカラーの王様も同じ理由でむっしゃむっしゃ食ってたからな。魔力を回復するには食事が一番なのだろう。

 俺はわかってるぞ、とにこやかに笑ってラピスに同意したところ、何故かぷいと顔を背けられてまたあんパンを囓る作業に戻ってしまった。

 話はこれで終わり、ということなのだろうか。なんかタイミング的には機嫌を損ねてふて腐れてた様に見えなくもないけど……いや、まさかね?

 

 

 

 

 

◇     ◇     ◇     ◇

 

 

 

 

 

「さて、反省会をしようか」

「違うのだ、聞いてくれ鯨澤! このマフラー女が最初に撃ってきたから、私は正当防衛を行っただけだ!」

「はぁ!? 元はといえばあんたが喧嘩ふっかけてきたんでしょうが! 折角人が真面目に手伝ってあげようとしてるのに!」

「真面目にだと!? 射線は塞ぐわ不用意に発砲するわ、真面目な要素などかけらも感じなかったぞ!」

「うっ……し、仕方ないでしょ! こんなもの扱う訓練なんて受けてないんだからー!」

 

 

 反省会だっつってんだろ罪のなすりつけ合いなんかしてんじゃねぇ!

 そう怒鳴りたいのは山々なのだが、ここには俺の事情を知らないマリが居る。いっても変な目で見られるだろうし、まだ信用できると決まったわけじゃないから今は女として通さなければならない。

 内心の怒りを収め、なるべく笑顔で二人の罵り合いが終わるのを座して待つ。ところが、待てど暮らせど二人のいがみ合いは終わらない。話がどんどんシフトしていって、今は身長の高さで喧嘩をしている。本当は仲良しなんじゃないかなこいつら……

 なんとかしろとタケルくんに目配せを送ると、まるで何か恐ろしいものを見たかのような目でがくがくと頷く。なんて失礼な、こっちは渾身の笑みを浮かべているというのに。ダイジョウブダヨーコワクナイヨー。

 

 

「ま、まぁまぁその辺で……ほら、これってシミュレーションな訳だし。実戦ではどうなるかわからないし」

「何を言う草薙! 訓練で出来ないことが実戦でできるものか! 大体素人のこいつが一体何の役に立つのだ!」

「うぐ、それは……」

「ちょっとタケル! あんたこの女の肩持つわけ!?」

「い、いや。肩を持つとかそういうわけじゃ」

「……おい待て草薙、なんだそれは。タケルだと? いつから名前で呼ぶ仲になった!?」

「え、いやこれはそっちの方が呼びやすいからって……」

 

 

 なんで修羅場にまで発展してるんですかねぇ……というかタケルくん、女の子につばつけるの早過ぎない? 一体、どうやったら一見突っ慳貪なマリにあそこまで懐かれるのだろうか。

 というか、そろそろクラスの男連中のやっかみがピークに達しそうだな。外面だけ見ればタケルくん以外皆女の子な訳だし。俺だったら妬みの余り襲いかかっているところだ。尚襲いかかって倒せるとは一言もいっていない。

 ふと視線をよこにスライドさせてみれば、この状況でも相変わらず楽しげに騒動を外から眺める斑鳩と、提案しておいて散々な結果に終わってしまったことにショックを隠しきれないウサギちゃんの姿が目に映る。

 そもそも、ことの始まりはウサギちゃんが勝手にトーナメントに出場届けを出してしまったことから始まる。

 ウサギちゃん曰く、優勝して周りの心証を上げ、かつポイントも貰える完璧な作戦らしい。なる程、確かにそれは聞けば得しかなく、考えたものは知性の塊であるということがわかるだろう。ただし、不可能であるというただ一点を除けば、の話だが。この時点で知性は欠片も残さず砕け散っている。

 どうもウサギちゃんはやれば出来ると息巻いていたようだけど、ならばと試しにシミュレーションを行った結果がこれである。最早分かりきっていた結果でもあったが。

 

 

「ほら、うさぎちゃん。結局この小隊に優勝なんて無理だと気が付きなさいな。まともな奴なんて誰一人居ないんだから」

「うさぎっていうな! そ、それにまだわかりませんわ! 今回は鯨澤が参加していませんでしたし!」

「へぇ、西園寺さんはこんな怪我を負っている私に戦闘に参加しろと。へぇ……?」

「ちょ、笑顔で近づくのはやめてくださいまし怖いですわ! し、仕方がありませんのよ! 小隊メンバーは原則全員参加ですもの!」

「良いんじゃない? 怪我をしながらも懸命に頑張るセナちゃん。そんな印象を与えれば男連中のハートもがっちりキャッチよ」

「即リリースして良いでしょうか」

 

 

 誰が好き好んで野郎共のハートをキャッチせねばならんのだ。そんなものつかんだところで即リリースしか選択肢がない。

 ……え、ていうか本当にこの状態でやらなきゃいけないわけ? 怪我してるから棄権とかできないの?

 それはなんというか……ちょっとあんまりじゃないでせうか……? 一体俺が何したって言うんだ畜生め。

 あまりの絶望感に、俺はただただ空を仰ぐことしか出来なかった。

 因みに、隣ではウサギちゃんが斑鳩に噛み付いており、遠くではタケルくんを中心とした修羅場が展開されていたのでとてもカオスな空間となっていた。

 はは、全く纏まりがねーや。大丈夫かうちの小隊。

 

 

 

 

 

◇     ◇     ◇     ◇

 

 

 

 

 

 結局、シミュレーションの結果からウサギちゃんも優勝は無理そうだと納得したようで、かなり落ち込んでいるように見えた。まぁ、シミュレーションだとわかった上でテンパってタケルくんの側頭部に綺麗なヘッドショットをかましたのだから、落ち込みたくなる気持ちもわからないでもない。

 個々が超一流の技を持っていても、連携を生かせなければたいした意味はないのだ。その力が、欠点を抱えているものならなおさらである。

 ウサギちゃんは凄腕スナイパーだけどあがり症。斑鳩は整備の腕は確かだけど変な改造をつけたがる。しかもほとんどの場合実用性度外視だし。タケルくんは言わずもがな。鳳は鳳で過度の魔道アレルギーによって暴走する始末。

 要はこの小隊、穴だらけなのだ。英雄を打倒した際のチームワークとキレは遙か虚空に消し飛び、色んな事情からラピスを使うことの出来ないタケルくんはただの肉壁。もう隊長が肉壁ってだけで大穴も良いところだな。

 俺? 俺はなんの特徴もないし、そもそも怪我してるから論外である。仕方ないね。

 そんなこんなで放課後になり、タケルくんがバイトに行くからと早く帰るらしいので、俺も続いて帰ることにした。

 というのも、俺は一人で大丈夫だといっているのだが、タケルくんが一人じゃ危ないからといつも登下校をともにしてるのだ。これでも最初の方は背負っていくとか言っていたのだから、かなり譲歩して貰った結果なのだ。

 ってか、タケルくんの方が俺より重傷だったはずなのに何でこんなにすぐ元気になってるんですかね? やっぱりこの逸般人達は人間とは体のつくりが違うんじゃなかろうか。

 

 

「……? どうした、鯨澤?」

「いや、見た目は人間なのになって思って」

「中身も人間だけど!?」

 

 

 はいはいそうですね。そう思うならそうなんだろうな、お前の中ではな。生身でもぎりぎり英雄と打ち合える奴が人間なわけないだろいい加減にしろ。

 タケルくんからの返しを適当に流して校門前まで来たとき、門に寄り掛かる知った顔を見かけた。

 向こうもこちらに気が付いたようで、とことこと近寄ってくる。しかし、何故だかその表情は少し複雑だ。

 

 

「やっほ、タケル。その、鯨澤も」

「さっきぶりだね、二階堂さん」

「マリ? どうしたんだ、こんなところで」

「あーっと、タケルのこと待ってたんだけど……もしかして、私邪魔だった?」

「うん? 邪魔? ……なんの話だ?」

「……安心して、二階堂さん。多分、貴女の思ってるような関係じゃないから。ほら、私この怪我でしょ? だから、送って貰ってるんだ」

「成る程、そっか……うん、安心した」

 

 

 ほっとはにかんだ表情は実に女の子らしくて、思わず目を奪われてしまいそうだった。そういえば、俺の周りにこういった女の子らしい仕草を見せてくれる存在って少ないからな。女の子は多いはずなのに、何でだろうな……

 ちらりとタケルくんを見てみると、その視線は完全にマリに釘付けになっていた。やはり純粋な女の子の笑みにはタケルくんも耐性がなかったようである。見とれちゃうのも仕方ないね。

 

 

「それでさ、タケル。どうして待ってたか、なんだけど」

「お、おぅ……」

「一緒に帰ろうかな、と思って」

「おぅ……? 別に構わないけど、帰る方向は一緒なのか?」

「うん? 一緒に決まってるじゃん」

 

 

 どうやらいったん俺のことは置いておくことに決めたらしく、くるりとタケルくんに向き直るとマリは楽しげに話し始めた。

 ……それは良いのだが、こうやってタケルくんが女の子と楽しげに話しているのを見ていると、沸々とわいてくるものがある。それはじんわりと俺の胸の内に広がり、なにもないはずなのに呼吸が苦しくなるような錯覚に陥る。

 

 やだ……まさか、これが、恋……?

 

 まぁそんなわけはないんだけど。

 この感情が何か、なんてのは分かりきっている。この感情は嫉妬だ。

 いや、だって目の前でいちゃいちゃされたらそりゃいらっとくるもんでしょう。何故って、俺は前世から変わらずリア充爆発しろと呪詛を吐く側の人間だったのだ。そして今世ではこの様である。俺はマイサンと別居中だというのに、一人だけ美味しい思いしやがって。

 ぎり、と無意識に奥歯をかみしめながらタケルくんを睨み付けていると、視線を彷徨わせていたタケルくんとばっちり目が合う。

 この時だけは自分が真の英雄だったら良いのにと思う。だって目で殺せるし。まぁタケルくんに死なれて一番困るのは俺なんだけどね。

 

 

「だって──って、聞いてるタケル?」

「ぅえ? お、おう。だって、なんなんだ?」

「だって、今日はタケルの部屋に泊まるんだからね」

「へー、そうなのかー……ふぁっ!? 今なんていった!?」

「だから──」

 

 

 頬を染めつつ繰り返そうとするマリと、顔を赤くしながら慌てるタケルくん。目の前でくっそ甘ったるい空間が形成されてます。

 ちょっと心がそろそろ砕け散りそうだから、先に帰ろうかなと思い始めたとき、マリの頭が急に誰かに押さえつけられる。

 

 

「なぁーにを言っているんだ、この淫乱マフラーは……?」

「いた、いたたたた!? ちょ、何すんのよこのゴリラ女!」

「うるさい黙れ! また草薙にちょっかいをかけおって……ッ」

「なによ! 悔しかったらあんたもやれば良いじゃない!」

「出来るか!? 一日とはいえ同棲など……ま、まだ早い!」

「じゃぁあんたはすっこんでなさいよー!」

 

 

 ふむ、なんとなくだがこの後の流れが読めるぞ。鳳のことだ、マリが諦める気がないとわかれば対抗意識を燃やし始めるだろう。

 そうなると、何時もより多めに食材を用意しなくちゃいけないけど……まだ残り有ったかな?

 

 

「良かったな、草薙。あの二人も今日は一緒だとさ。着々とハーレム築けてるようでなによりだな?」

「すげぇ言葉に棘を感じる……っていうか、これって俺の意思は尊重されないのか?」

「お前がどうしても、どうしてーも嫌だって言うなら、あの二人にいってくれば?」

「いや、別にそこまで嫌なわけじゃ……」

「だろうな、このむっつり」

 

 

 心外だという風に抗議してくるタケルくんをガン無視して、俺は夕飯をどうするかを真剣に考え始めた。

 ……マリでも鳳でも良いけど、料理出来ないかなぁ。




まだギャグ(?)パート

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