世界が俺を殺しにかかってきている   作:火孚

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なんとか間に合った……本日二話目の投稿です。

ここで漸く原作一巻に突入! 引き延ばしに引き延ばしを重ねたせいで変に話数がかさばりましたが、これからはだらだらと話が進んでいくと思います。
彼のものの足音は近く、止まっていても向こうから近づいてくる。本当に生きにくそうな世界で同情します。

沢山の感想ありがとうございます。お気に入りやUAもいつの間にか凄く増えていて、結構モチベーションに繋がっています。一体24日に何があったのか。
感想返しは暇なときにちょくちょく行っているので、その辺りも遠慮せずに。


彼のものの足音は近く

 対魔導学園の実質的頂点であり支配者でも有る理事長。その理事長が住まう理事長室に、一人の少女が姿を現す。夕焼け色の髪をなびかせ、以前よりも尚精悍な顔つきとなった少女は、理事長の前までいくと直立不動の姿勢をとった。そんな少女に対し、苦笑を浮かべながら楽にして良いという風に片手を上げた理事長──颯月は、さてと前置きを入れて少女を見やる。

 

 

「こうして見つめ合い、親子の仲を暖めるのも良いんだけどね。君としてはさっさと話を進めて欲しいだろう?」

「ご託は良いので、さっさとして下さい」

「連れないね……まぁいいか。さてと、今回君に来て貰ったのは他でもない。ある重要なことを伝えたいと思ってね」

「…………」

「鳳桜花、『紅蓮姫(カラミティ)』。君を本日付で魔女狩り(デュラハン)から解任する」

「……つまり、クビというわけですね」

「その通り。まぁ、理由は君がよく分かってるんじゃないかな?」

「…………」

 

 

 薄く笑う颯月に対して、睨みつけながらも押し黙る桜花。それは、彼女自身が理由をきちんと把握していることに他ならず、反論する言を持っていないからだ。

 そんな桜花の様子を見て満足げに頷いた颯月は、伝えるべきことを伝えようと言葉を続ける。

 

 

「まぁ、これでさようなら、というわけではない。桜花、君には高等部に編入して貰い改めて審問官を目指して貰うよ」

「編入、ですか。しかし、高等部には……」

「そう、試験小隊プログラムがある。従って、君にはとある小隊に例外的に参加して貰うよ」

「……納得できません。クビになったとはいえ私は元審問官。それを学生と組ませるなど、双方の足を引っ張り合うことに他なりません。理想的なのは、私一人の小隊です」

「それはもう小隊とは言わないんだよね-。それに、もう決まったことさ。小隊の人員入れ替えは原則認められないんだ」

「…………」

「まぁ、そうむくれないでよ。これが小隊を構成しているメンバーのリストさ。一応目を通しておいてね」

 

 

 颯月が放ったファイルに渋々目を通し始めた桜花だったが、とある人物の項目を見た途端にその目の色を変えた。

 

 

「……ッ 鯨澤、聖那……! 理事長! やはり私をこの小隊に参加させることに意味などありません! せめて別の──」

「桜花」

「──ッ!?」

 

 

 怒りの色を瞳に湛えて颯月を睨みつけた桜花だったが、颯月のたった一言で沈黙してしまう。

 いつも通りの薄い笑みを浮かべていながら、颯月の瞳に映るのは有無を言わせぬ威圧感。それは桜花がなんと言おうと、必ず押し通すであろうと容易に窺えるものであった。

 

 

「駄々をこねるものじゃないよ。もう君だっていい歳なんだから。あぁ、それと。そのファイルには少し誤りがあったね」

「……誤り?」

「うん、実はね。彼、名前は聖那じゃなくなってるんだ」

「一体、どういう……?」

「鯨澤セナ。勤勉家でそれなりに優秀な腕を持つ薬師(シーリー)。クラスの中でも、特に男子から人気の高い有名人」

 

 

 訳が分からない、といった顔をしている桜花に対して、颯月は次々と情報を漏らしていく。ここに本人が居ればもだえ苦しむような情報を易々と垂れ流し、少しだけ笑みを濃くした颯月は最後に特大の爆弾を投下する。

 

 

「彼ね、今女の子やってるから」

 

 

 理事長室の空気が凍結した瞬間だった。

 

 

 

 

 

◇     ◇     ◇     ◇

 

 

 

 

 

 高等部に上がって約半年。つまり、俺がこんな姿になって半年が経過したということだ。あの後凄まじく厳しい修行(※当社比)や、タケルくんの家に夏休みの間お泊まり(居座り)をしたりなど、なんとも充実しているようでその実大したことはやっていない時を過ごしたわけだが、お泊まりの後からタケルくんが少しよそよそしくなったのは何故だろうか。もしかしたら、家事を担当していた俺に負担をかけたと思って遠慮しているのかも知れない。あれは俺が自分からやると言ったことなのだから、気にしなくても良いのに。今度あったらそれとなく伝えておこう。

 

 

「っと、ほいあがり。悪いな西園寺、恨まないでくれ」

「ムッキーッ! どうしてそこでババを引かないんですか! これではわたくしの一人負けではないですか!」

「いや、だって俺バニースーツ(そんなの)着たくねぇし」

「わたくしだって着たくありませんー!」

 

 

 荒ぶる舞を踊りながら怒りを表現するウサギちゃんが、斑鳩に捕まって無理矢理バニースーツに着せ替えられている場面から目を逸らしつつ、俺の代わりに人身御供となったウサギちゃんに内心合掌する。

 斑鳩の奴が突然ババ抜きをやろうと言いだしたときは何事かと思ったのだが、案の定プレイ中に最下位はバニーコスしろ、とか言い始めやがった。

 無論、俺とウサギちゃんはそんなことはしたくないと猛反発。けれども、勝負から逃げるのかと斑鳩に煽られたウサギちゃんが簡単に乗せられてしまった為に、結局皆で罰ゲーム付きのババ抜きをするはめになった。ウサギちゃんや、チョロ可愛いのは良いけど人を巻き込むのは止めて下さい。

 最終的に、表情が豊かで一目でどれがババか分かるウサギちゃんが三回やって全て最下位。こういうゲームにはとことん向かなそうだねウサギちゃんって。

 哀れな子羊たるウサギちゃんが渋々バニースーツに着替えている途中、まるで見計らったかのようなタイミングで扉がノックされる。

 

 

「ん、入って良いわよー」

「ちょ、ま──ッ」

 

 

 間髪入れずに返した斑鳩の声に従って、ウサギちゃんが静止の声を上げるまもなく扉が開かれる。

 そこに居たのは、案の定というか知ってたとある意味達観できる程にラッキースケベと縁のある我が友人、タケルくん。着替え途中のウサギちゃんのあんまりな姿を目にしたタケルくんは、何処か遠くを見るような目になった後静かに涙を一滴落とした。

 

 

「──って、なんであなたが泣きやがるんですか-!? ここは普通に考えてわたくしが泣くところでしょう! どう言うつもりですか!」

「はいはいどうどう、落ち着くんだ西園寺」

「これが落ち着いていられますかっ。良いから放しなさい鯨澤!」

「いや、悪かった西園寺……その、最近いろんなことがありすぎて、苦労してるな俺と思ったら、何だか無性に涙が……」

「どれだけ苦労してるんですか、あなたは!?」

 

 

 タケルくんの涙の原因に驚愕したように目を見開いたウサギちゃんは、漸く暴れるのを止めてくれる。正直俺もタケルくんがそこまで苦労していたとは知らなかったが、よくよく原作を思い出してみれば確かに苦労してると言っても過言ではないような気もする。

 取り敢えずもう暴れることはないだろうと羽交い締めにしていたウサギちゃんをリリースするが、流石はラッキースケベの権化。着替えを覗くだけでは終わらなかったらしい。

 ウサギちゃんが暴れに暴れたのを俺が押さえつけていた為に、乱れてしまった着替え途中の服。というかブラジャー。それが、俺が手を放してしまったことで重力に従って地面へと舞い落ちる。

 

 

「「……あ」」

「へ……?」

 

 

 固まる空気。後ろにいる俺からは見えないが、真正面にいるタケルくんはばっちりと見てしまっていることだろう。俺はこの後に起こる出来事を容易に想像し、必死に助けを求めるタケルくんから視線を外して心の中で合掌した。許せタケルくん。犠牲は君一人で良い。

 

 

「あ、え、や……み、みみみみ見るなぁぁぁーー!?」

「ごふぅ!?」

 

 

 顔を真っ赤にして渾身のストレートでタケルくんを吹き飛ばすウサギちゃんを眺めながら、良い右ストレートを持ってるなとずれた感想を抱いていた。あれ喰らったら腹筋割れそう。物理的に。

 

 

 

 

 

「ま、マジで死ぬかと思った……」

「わ、忘れなさい草薙! 先程のことは一切合切! さもないと……ッ」

「分かった分かった! つか、鯨澤! お前も見てないで助けろよ!」

「いやだって、最初の一回はきちんと助けましたすぃ? その後のことはオプションとして、有料となります」

「友人から金とんのお前!?」

「友人だからって何でもして貰えるとか思うなよ小僧。俺は俺の命に関わるときくらいしか人に施しをしたりしない。寧ろ一回助けてもらえただけで有り難いと思え」

「お前それ殆ど毎日命の危機にさらされてるじゃねぇか!?」

 

 ふむ、朝食のことを言っているのだろうか? あれはタケルくんに体調を崩されでもしたらいざという時に死ぬはめになるから、きちんとした食生活を送って貰いたいだけだ。あれ、そう考えると俺って毎日死にかけてる? ははは、なんてこったい。本当いつ死んでもおかしくない世界とか巫山戯てるわこれ。

 

 

「……って、こんなことをしている場合ではありません! 各員、わたくし達が今までに得たポイントの総数を述べてみなさい!」

「えーっと……ゼロ」

「ゼロだな」

「ゼロね」

「そう、ゼロ! 卒業に必要なポイントは幾らか知っていますか!? 今から高々FやEを少し回収したところで、全然足りないのは理解していますか!?」

「そんなこと言ってもねぇ。うさぎちゃん、このメンツでどんな任務をこなせるって言うのよ」

「うさぎ言うな! それはその……なんとかみつければ……」

「つまりノープランって訳だ。あのなぁ、西園寺。本当にそんな都合の良い任務が見つかるとでも思ってるのか? 今まで散々やってきて見つかってないっていうのに?」

「ぐ、ぐぬぬ……」

 

 

 いきなり根性論を持ち出してきたウサギちゃんに現実を優しく叩き付けてあげると、ぐうの音も出ないのか悔しげに唸り声を上げ始める。そもそもあがり症の狙撃手に突撃玉砕担当の切り込み隊長。直接戦闘に加わらないオペレーターを除けば、後に残るのは無能な斥候のみだ。バランスが悪いとかそう言う次元じゃない。

 しかしまぁ、どうせ後々卒業とか諸々どうでも良い感じになるとしても、せめて形だけでもポイントを取って置いて損はないだろう。今の所原作に沿っているのは三五小隊が集まっているところだけだ。それ以外の点で一緒だという箇所はぱっと思い浮かばない。詰まるところ、俺が死ぬかも知れないような大それた事件が起きないかも知れないという僅かな希望もあるのだ。その時にポイントが足りなくて留年とか冗談じゃない。

 

 

「なぁ、斑鳩。お前なんか情報ないのかよ」

「んー? 聞きたい? そうねぇ、鯨澤がバニーコスしてくれるんだったら教えてあげても良いけど」

「俺の代わりに西園寺がしてくれるらしいから、はよ話せ。バニーに限らず各種オプションも無料だぞ」

「ちょっと勝手に人を交渉の材料にしないで下さいませんか!?」

「仕方ないわね……それで手を打ってあげるわ」

「人の話を聞いて下さいまし!?」

 

 

 ウサギちゃんのバニーで済むなら、損するのはウサギちゃん本人だけなんだから丸く収まるんだ。だから、悪いけど犠牲になってくれ。

 心の中で致し方のない犠牲となったウサギちゃんに謝りつつ、斑鳩に情報を問う。はいはいコラテラルコラテラル。

 

 

「それじゃ、お姉さんが頑張って盗……もとい集めてきた情報を教えてあげようじゃないの」

「今盗んでって言いかけなかった此奴?」

「盗もうが盗むまいが、情報は情報だ。草薙、これはもう普通の手段を用いて勝てる局面じゃないんだ。謂わば戦争、ルール無用のバトルロワイヤルだ」

「そこまでなのか……」

「そこまでなんだよ。ほい、斑鳩続けてくれ」

「はいはい。今回のターゲットはイレギュラータイプ。アンドレフ・イェーガー著の詩集『無軌道詩編(むきどうしへん)』の初版本よ。原本じゃないからランクとしては高くないけど、最初から最後まで読むと術式が勝手に頭の中で完成して、精神汚染魔法が発動。発狂してそのまま自殺エンドね」

 

 

 淡々と語る斑鳩の言葉に、タケルくんとウサギちゃんが顔を青くする。まぁ、精神汚染からの自殺とかきいたら俺だって顔を青ざめさせたくもなる。けど、この件に限っては俺が何をしなくても勝手に解決してくれる人材が来る。そいつに全て放り投げれば良いんだ。

 

 

「それで、元々五冊あった初版本の内四冊は異端審問官に押収されているわ。けれども、残りの一冊だけは押収現場から消えていた」

「ってことは、その一冊を持って逃げた犯人を……」

「そう、突き止めたのよ。どうにも何処かの組織に売り払うみたいで、今夜の零時に取引をするんですって」

 

 

 言い切った斑鳩は渾身のどや顔をかますが、これは誇ってもいい成果だろう。例えどこぞの一八小隊が必死に調べ上げた成果を横からかすめ取っていたとしても、それはかすめ取られる方が悪い。勝つためには手段など選んでいられないのだ。

 俺は素直に賞賛の言葉をかけようとして、口を開き──

 

 

「──鯨澤! 鯨澤セナはいるか!」

 

 

 バタン! と扉を勢いよく開けて部屋に侵入してきた夕焼け色に遮られる。

 その纏っている雰囲気に、思わずそんな名前の人は知らない、と答えそうになったが、なにかを喋る前に俺に目を付けるとずかずかと近づいてきた。

 夕焼け色の髪を持つ少女──鳳桜花が放つ、剣呑さとは別の雰囲気。俺のよく知る、とんでもなく嫌な厄介ごとの臭いを纏わり付けて。

 本当もう厄介ごとはお腹いっぱいなので勘弁して下さい……


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