これから二週間程遠出しますので、その間の更新はかなり不定期になります。二週間の間に二話出せたらいいなくらいなので、ゆるゆるとお待ち下さい。
「なるほど、実に興味深い話だね。取り敢えず、話はわかった。諸々のことはこちらで便宜しよう」
「ありがとうございます、鳳理事長。真っ先に相談して正解でしたわ」
「なに、礼には及ばないようさぎちゃん。可愛い生徒のためだからねっ」
「うs……は、はいっ」
こんなにも胡散臭い言葉は初めて聞いたと、俺は鳳颯月に向かってジト目を向けながら内心で独りごちた。あれは多分、面白そうだからちょっかい出してやろうって顔だ。斑鳩がいつもあんな顔をしてるからよく覚えている。
そんな胡散臭い颯月は、ウサギちゃんの返事を聞いて小首をかしげた後一回俺のことを見て、ウサギちゃんに視線を戻した。何故だろう、とてつもなく嫌な予感がする。
「ふむ、私には『うさぎっていうな!』とは返してくれないのかね?」
「い、いえ。理事長相手にそんなこと言えませんし……」
「なるほど。時にセナちゃん――」
「てめぇわかってていってるだろそれ! 次その名前で呼んだらぶっ飛ばすぞ!」
「――彼女は理事長の私相手にも、物怖じせずに返してくれるようだが?」
「鯨澤はノリに生きてるフシがありますので……」
何故そこで気まずそうに顔を背けるんだ、ウサギちゃん。確かにまぁ、俺がノリと刹那に生きてるところがあるのは認めよう。それが祟って今現在こんな状況になってるという可能性もあるかもしれない。だが、俺はそこまでいつでもどこでもはっちゃけてる覚えはないのだが。なんかウサギちゃんの言い方に俺への偏見が見受けられるな。
というか今のは、知っててそれでも口に出した颯月が悪い。こいつ今絶対俺のこと弄って愉しんでやがる。次呼んだら本当に一発ぶん殴る所存だ。
「まぁ、落ち着き給え鯨澤くん。今私が言った名前は、これからの学園生活で君に名乗ってもらいたい名前でもあるんだ」
「はぁ!? なんで俺がそんな名前名乗らなきゃいけないんだ! 俺は嫌だぞ、そんな如何にも女子っぽい名前!」
「残念だけど、今の君はまさしく女の子だ。だから、女の子のような名前がついていてもなんの違和感もない。それにね、君が魔導遺産の力で異性化したというのは、過去に例を見ない特殊な事例なんだ。できれば隠しておきたい」
「それと俺の名前を変えることに、なんの関係があるんだよ?」
「つまり、鯨澤聖那という少年が失踪した直後に同じ名の少女が現れたら、疑ってくださいと言っているようなものだろう? だから、名を変えて編入生として別人を演出するんだ。そうすれば、多少は疑いの目も避けられるだろうしね」
なるほど、聞こえは尤もな意見のように思える。女体化した鯨澤聖那という存在を隠蔽するために、名を変え編入生という形で別人として君臨する。当然疑う人物も出てくるだろうが、颯月自身が便宜を図ると言っている以上、“鯨澤セナ”としての経歴は捏造なりして誤魔化すのだろう。真実を知ろうにも三五小隊さえ黙っていればバレることはないわけで、噂は出回るかもしれないが気にする必要はないだろう。
だが、それは建前だ。俺の直感がそう囁いてきている。颯月の真の狙いは、単純に目の前のおもちゃを弄って遊ぶこと。つか、名前変えるなら苗字も変えろよ。身内だって説明すれば平気かもしれないけど、どう考えても怪しすぎるだろそれ。
「あぁ、それと。君は口調もきちんと直さなきゃね。女の子がそんな男勝りで汚い言葉遣いじゃまずいだろう?」
「はぁ? それこそ嫌に決まってんだろ! こういう女の子だって居るかもしれないしそもそもお前絶対楽しんでるだろこの野郎!」
「全く、私が可愛い生徒の身に起こった不幸で楽しむような性格をしているとでも?」
「「全くその通りで」」
颯月の言葉に、力強く頷く俺と斑鳩。すでに目が楽しんでるし、本人だってそれをわかっていながらわざとこんなことを言っているのだろう。なんとも腹立たしいことだ。と言うか斑鳩、お前も颯月に苦労させられてんの? 俺よりも力強く頷いてたみたいだけど。まぁ斑鳩が言うくらいだからよっぽどなんだろう。
俺達の言葉にオーバーなリアクションで肩をすくめると、颯月は薄く笑いながら再度俺に言葉を投げかけてくる。
「しかしだね、鯨澤くん。もし君が疑いを持たれて、
「……しまったら?」
「一生、モルモットとして人生を終えるかもねっ」
「誠心誠意口調の改革に取り組ませていただきます!」
「はっはっは、威勢のいい回答をありがとう。そんな君に、特別講師をつけてあげよう」
「特別講師……? いや、別に喋り方くらいそんなもんつけなくても。西園寺と斑鳩もいるし」
「まぁ、良いじゃないか。是非鯨澤くんの力になりたいっていう生徒が居たんだ」
「ちょっと待て早速バレてるじゃねぇか!? さっきまでの話はどうなったよ!?」
「いやね、実を言うと私もびっくりしたんだ。どこで知ったのか君の世話を手伝いたいと聞かなくてね。拒否してバラされるよりは、大人しく条件を飲んだほうが賢明だろう?」
朗らかに笑ってるがな、颯月。俺にとっては生きるか死ぬか以外に、モルモットになるかどうかという危険までついて回ってきてるんだ。笑う余裕なんて一切ない。そもそも、颯月のいう特別講師とかいうのだって信用できないしな。
睨みつける俺を全く意に介さず、颯月は奥の部屋に向かって声をかける。どうやら特別講師とやらはすでに俺達よりも先に颯月と接触していたらしい。いや、本当にどうやって知ったんだ。
ガチャリ、と扉が開いて奥の部屋から人影が進み出てくる。その影は俺を見るなり、足早に近づいてきた。
「鯨澤さんっ。嗚呼、本当にこのようなお姿に……ですが、大丈夫です! 不肖この漆原、全力で鯨澤さんのお手伝いをさせていただきます!」
「え、ちょ……漆原さん? え、もしかして特別講師って漆原さんのこと?」
「そうです! 鯨澤さんの後を追い……もとい、偶々お見かけしたので声をかけようとお近づきしたところ、あのような場面に遭遇を……」
「ちょ、ちょい待とうね? 偶々会うような場面じゃなかったからね? そもそも今跡を追いかけてとか言いかけたよね!? どういうこと!? なんか怖ぇんだけど!」
「心配しないで下さい、鯨澤さん! そんなことは重要じゃありません!」
「重要だよ! 今後のおつきあいについて関わってくるほど重要だよ!」
「まぁ、お付き合いする前からその後のことを考えるなんて……鯨澤さんは気が早いですねっ」
「なんかキャラ変わってない!?」
ずいと一歩迫ってくる漆原さんに対して一歩引きながら、知り合いの変貌の仕方に驚愕する。おかしい、中等部のときは少し押しの強い程度の大和撫子って感じだったのに、今のこの感じはなんかもう色々と勘違いしてる危ない人だ。もしかして漆原さんって百合好きなお方なのだろうか。
というか、こんな状態の漆原さんに教わるのは非常に抵抗がある。主に俺の貞操が危なそう。女になってまだそんなに時間も経っていないというのに、何故こうも色々とおかしな目に遭わなければいけないのだろうか。やはり呪いか、呪いなのか。
「それじゃ、頑張って女の子らしく生き給え。運が良ければモルモットにならずに済むんじゃないかな?」
「一生この姿のままで、しかもモルモットにされないかどうか怯え続けるとか冗談じゃねぇ! なんか方法ないのか!?」
「んー、私はその姿のほうが可愛いからそのままでも良いと思うんだがねっ」
「よかねぇよ!?」
「ふむ。まぁ、どうしてもと言うならば手がないこともない。と言っても、君自身がシーリーを目指して身に起きたことを解明する、という私達が一切協力できないものだがね」
「……それで、もとに戻れるのかよ」
「可能性は五分五分だ。君のそれが呪いで、かつ解呪可能な類であれば努力次第でなんとかなるだろうね」
「……そうか、なら俺はシーリーを目指す。こんなクソッタレな体で一生を終えたくはねぇからな!」
そうだ、俺はまだ何もしてないしナニもしてない。せっかく第二の生を受けたと言うのに、こんな調子で終われるわけがないじゃないか。絶対に元の体に戻って、息子を大活躍させてやる。なんかここだけ聞くと下半身と脳みそが直結してるやつみたいだな。
「取り敢えず、漆原さん。俺がモルモットにされないためにも、女の子っぽい仕草やら何やらのことを教えてくれ」
「あ、はい! わたしにできることでしたらなんでもお教えします! 頑張って可愛い女の子になりましょうね!」
「いや、俺最終的に男に戻るつもりだからね? 可愛い女の子にはならないからね?」
先行きが不安だ……
◇ ◇ ◇ ◇
そんなわけで、漆原さんによる厳しい女の子修行が開始された。何が厳しいって、女の子の前で精神的に男の俺が女の子の真似をするわけだから、とんでもなく精神が削られる。いっそ羞恥心を捨てられれば楽だったんだが、俺にそんな器用なことができるはずもない。まぁ、一番つらいのは小隊メンバーたちからの同情の視線だが。
特にタケルくんは、今まで俺が何気なくやってきたことに対して一々反応するようになって、とても気まずい感じになっている。この体になってから最初にタケルくんの家に朝食を作りに行った時、開けた扉を鼻先で閉めやがったもん。せめて小隊メンバーやタケルくんには女の子扱いされたくないのに、それもかなわないのが現状なのである。
「はぁ、なんだかなぁ……」
「鯨澤さん? 女の子なんですから脚を広げて座っちゃダメですよ」
「いや、だって揃えて座るの違和感スゲェし……」
「駄目です。あと、口調も乱れていますよ?」
「はーい……」
一ヶ月もすれば様にはなるかと思っていたが、これが案外難しい。仕草とかは気を抜けば男のものに戻るし、口調もとっさに出てくるのはまだ女の子としてはふさわしくないらしいもの。いや、なんかもう条件反射で口走っちゃうのに関しては仕方がないと思うんだけど……ダメ? ダメかぁ……
「そういえば、シーリーを目指すことにしたんですよね。その後、勉学の方はどうですか?」
「んーっと、基本的な応急処置とか、普通の怪我に対する諸々は大体覚えたかな? ただ、魔法障害云々の治療っていうのが難しくって……」
「鯨澤さんでも、苦手な分野ってあったんですね……中等部のときは草薙さんに勉強を教える余裕すらあったようですし、正直意外です」
「いやいや、俺……じゃなかった、私にだって苦手なものはあるよ? ただ、中等部のときは苦手な教科が少なかったから、草薙に教える方に時間が割けたんだ」
まぁ、中学程度の問題だからほとんど勉強しなくても解けたっていうのは本当だ。第一一度この年齢を過ごしている身としては、あの程度の問題で躓くわけにはいかないのだ。初見でもタケルくんは酷すぎると思うけど。
ただ、高等部に入るとガラッと方向性が変わる。今まで深くは触れなかった魔導遺産の危険性や歴史、魔法の構成式や魔女と呼ばれる魔力を生成できる人間たちの魔力の循環方法。果ては魔法の反応光やその種類まで。俺が前世で聞いたことも見たこともないような内容の話が目白押しなのだ。その上目指す方向性によってとらなければいけない教科は変化し、俺は薬理学、対魔導科学、医用生体工学の3つを取っている。これも前世ではお世話にならなかった科目なだけに、今の俺の勉強量は凄まじいことになっている。
本当はここまでガッツリ勉強なんてしたくもないのだが、どれが俺の命を救ってくれるかもわからない。勉強を怠ったばっかりに自分の命を失ってしまっては元も子もないのだ。
「今はもう、草薙さんには教えて差し上げていないんですか?」
「ううん、今も暇を見つけてはって感じだね。でも、教えられるのは基本的な教科だけだから、あんまり足しになってないかもしれないけど」
「それでも、鯨澤さんに教えていただけるなら貴重な財産になるのではないでしょうか」
「草薙に限ってそれはないからなぁ……いくら教えても全く理解してくれないもん。一体どういう頭の構造してるんだか」
ふと、タケルくんの脳内構造もシーリーになれれば理解できるかもしれないと思ったりもしたが、現代医学じゃ解明できないようなおぞましい呪いやら何やらがありそうな気がしてきたので諦める。タケルくんの頭の中はパンドラの箱なのだろう、多分。
触れてはいけない禁忌に触れ、更に余計な面倒事を増やしたくはないのでこれ以上のことは考えないようにする。というか、そろそろ時間もいい感じになってきたし、そろそろ特訓を終えてもいいだろう。
「漆原さん、私の仕草も少しは様になってきたかな?」
「そうですね。時々素が出てしまうところをどうにかできれば、かなりましになってきたと思います。と言っても、まだまだ改善できる余地はありますよ」
「あ、あはは……反射的にやっちゃうのは、仕方がないんじゃないかなー……?」
「ダメです。そこもきちんとできてこそ、可愛い女の子になれるんですから!」
いや、だから可愛い女の子にはならないって。漆原さんもしかして、俺の心まで女の子みたいにしようとしてない? とうとう漆原さんまで刺客に回るとは……どうしよう、味方がいねぇ。