EBA~エーバ~   作:雪宮春夏

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 さて、この話の最後、書いててこちらもあれ? と首を捻りました。雪宮春夏です。
 思ったよりも彼は追い詰められていたようです。

 迷いが無いのは強さか無謀か。
 少しばかり遅くなりましたが、お待たせ致しました。

 EBA~エーバ~ ♯3

 どうぞご覧下さい


♯3 打開への道

 衝動から駆け出したが、元より帰ることが出来るとは思っていなかった。

 超直感が知らせる。あの光景を作ったのは己だ。

 死ぬ気の炎とは明らかに異なる。異質な力が己にあると。

 それが家族に向く可能性。無いわけが無い。たとえ母が、居候達が信じなくても、あの光景を見た己は信じなければならない。だからこそ、あの家には帰れないのだ。

(家だけじゃ無い……町も、いれば見つかる……連れ戻される……!)

 生まれてからずっと住んでいた町だ。そこがどういう場所かは、どんなことよりも知っている。その支配者の恐ろしさも。

(いや、それ以上に恐ろしいのが二人いた……!)

 言わずと知れた、右腕と親友である。

 右腕は自称だが、このままでは十代目着任と共になし崩し的に公認されそうな勢いを見せている。

 その彼が今国外にいるのは今の俺からすれば何とも良い状況であった。

(この事がもし知られたら、とんで帰ってきそう……場所が国外なら、まだ時間はかかるはず……)

 しかしそれが、安心できる要素にまるで感じないのは何故なんだろかと、俺は足を止めることなく首を捻る。

 道は見ていない。既に見覚えの無い、知らない場所だからだ。

 大体、俺……沢田綱吉の行動範囲は決して広くは無い。友達も出来たのはリボーンが来てからだから、そもそも友達に誘われて町を出たことすら無かった。

 よって並盛から出た経験は全てボンゴレに関するあれこれ(九代目の勅命によって骸を止めるために行った黒曜町含む)である。分かるのは精々隣接する町の名前位だ。

 だからこそ、俺は何も気にせずに走り続けた。

 今立ち止まればきっと走ることは出来なくなるだろう。それほどにまで速く走っている気がする。

 グングンと遠くなる景色は、まるで車に乗っているようで、駆け続けている足には熱さはあれども痛みはまるで無かった。

(嫌……無いんじゃない。感じないんだ)

 それは一時的な麻痺なのか、それとも痛みと呼べる全てを、もう感じ取る事が出来ないのか。

 脳裏にそんな思考が過ぎる度、不安で不安で堪らなくなる。

 出来ることなら直ぐにリボーンや獄寺君、山本、お兄さん、雲雀さんや骸、クロームに相談してしまいたい。支離滅裂になるかも知れないが、話を聞いて貰うだけでも良い。

 それから子供だと言われても良いから、母の腕の中で赤ん坊のように泣き叫んでしまいたい。そんな時はランボがいれば言い訳になるだろうか。

 泣いているのはランボで、俺が慰めているのだと。

 現実ではきっとランボは不器用でも、俺を慰めてくれる。

 イーピンは餃子マンや炒飯を作ってくれるだろうか。

 思いだせば思い出すほど恋しくて泣きたくなる。

 ズズッと、堪えきれない涙を落とすように懸命に瞬きを繰り返すと、フワリと鼻孔を何かの匂いが刺激した。

(何だ? これ……何か)

 ……イイ、ニオイ。

 頭の中に、自分のものでは無い声が聞こえた気がした。その瞬間、くらりと意識が遠のく。

 咄嗟に意識を保とうと強く唇をかみ締め、足を勢いよく地面に当てる。だがさっきまでと同様、足には感覚と呼べる物がない。咄嗟にとったその行動は、何の役にもたたなかった。

 呼吸をする度に、ふわふわと体中を包み込むように立ち込める匂いが強くなる。

 己で己が分からない現状の中、俺は勢いよくコンクリートに倒れ込んでいた。 忙しなく呼吸を繰り返す度に甘い匂いが鼻腔をくすぐる。

(いけない……! このままじゃ、また……っ!!)

 脳裏に過ぎったのは目を開けた瞬間に飛び込んだ鮮やかな紅。

 そこに倒れるいくつもの屍。

 ズキズキと痛みにも似た刺激を伝える直感の警鐘を聞きながら、俺は遂に力尽きた。

 

 

 ブツリと、まるで電源が落ちるように、目の前が真っ暗になった。

 

 

 気が付けば、全く見覚えの無い場所にいた。

「…………?」

 慌てて周囲を見渡せば、幸運にも前回の記憶が途切れた時のようなスプラッタな光景は無かった。

 しかしその状況は、決して良いものではないだろう。

 目の前には、自作なのか、掌サイズの小振りな銃を手にしている青年がこちらを睨んでいる。

 しかし、通常の拳銃と異なり、その銃茼は細長く、まるでピストンのような形状をしている。

(何……あれ……!)

 だが俺自身が始めに思ったのは、その特徴的な見た目に関するものではなく、そこから感じる異臭についてだった。

 鼻が曲がる、と言うのは、こう言うことを言うのだろうか。

 実際に経験は無いが、これは生ゴミの中に顔を突っ込んで、そのまま深呼吸をしているような、そんな酷いニオイだ。

 意識が無くなる前に感じた、甘美とも呼べる良い匂いとはまるで真逆である。

(嫌だ……あれは嫌だ……!!)

 匂いという、先見のせいだろうか。それを持つ青年にも、僅かな嫌悪感を覚える。

 あんな物を町中で持っていると言うのはどういう事なんだろう。ついで湧き上がるのは焦燥感。

 目の前にあるあの銃を、その中にある匂いの元を目の届かない所へやらなくてはという、言いようのない義務感を覚えてしまった。

 何故と、問いかける余裕は無い。

 ただあれを無くさなければ、壊さなければ。……そうしないと。

(そうしないと……俺は、()()()()は……!!)

 一歩、踏み出そうとした俺の思考を止めたのは、青年の震える声。そこに含まれていた恐怖だった。

「お前は……何だ? 「人間」か……?!」

 銃を構えたまま、青年はただ問いかける。

 隙だらけだなと、頭の片隅で俺は考えた。

 この三年……正確には最期の一年間で、やる気を出した家庭教師に、様々な戦闘パターンを体で教えられた。

敵に悟られない事。敵の動揺の読み方。

 挙動や所作から次の動きを予測する方法。

 一歩でも間違えると銃弾が連射されるのだから、おちおち間違える事も出来ない。

 そんな嘗ての出来事を懐かしく思い出しながら、青年の震える銃を眺める。

 相手に向けるのは、初めてなのか。

 そう問いかけたく成る程、その手は震えている。あれでは正確な照準は取れないだろう。

 相手にするほどの存在ではない。

 そう判断するのが、一番容易だろう。

 持ち主の事など無視して、銃を奪い、壊せば良いのだ。俺の中にも一刻も早くと、その衝動が暴れる。 

 しかし、それ以上に青年の放った問いが、俺に強く何かを語りかけてくるようだった。

『お前は……何だ?「人間」か……?!』

 その問いに、俺は目を見開いた。

 答は分からない。

 人間だと、言えるはずだった。少なくとも、今まで俺は人として生きてきたし、その時大切だった仲間の事も、はっきりと大切だと言い切る事が出来た。

 あの凄惨たる景色を見なければ。

 それを生み出したのが己だと知らなければ。

 

 しかし、今の俺にはそれが出来なかった。

 

 化け物だ。異質の力を持ち、何人ものマフィア関係者を殺し、その血でコンクリートを赤く染めることが出来る程に。

 しかし、それを言うことは出来なかった。それを言えば、本当に()()()()()生きれなくなりそうだったからだ。

 だからこそ。

「オレハ……ヒト……デ、アリタイ」

 声に出して、俺は直面した事実に悲鳴を上げそうになった。

 声帯にまで異変が出たのか、発した声がおかしいのだ。

 言葉も自分が思うように出てこない。まるで舌っ足らずの幼児の声を聞いているかのようだった。

 思っていた以上に変わってしまった己の内部に、俺は血の気が引く気がした。

 そんな俺の反応に、問いかけた青年の方は僅かに眉をひそめ、考え込むように顔を俯かせる。

 何も言わない青年に、俺はまるで罪状を読み上げられる罪人か、死刑執行書にサインを待つ死刑囚のような心情で、その口から言葉が発せられるのをただ待つ気でいた。

 しかし、そんな俺の決意は、僅か数秒。青年のすぐ後ろにいた少女の何かを呼ぶ声によって瓦解した。

 必死に呼ぶその言葉はおそらく名前だろう。

 状況が掴めない現状のまま、二、三度と辺りを見渡し、捜そうとするも当然ながら目に見える位置には、その何かはいないようだった。

 改めて見渡せば、今俺が立つ場所が、公園である事が分かった。

 ブランコやシーソー、砂場、ジャングルジム。

 所狭しと並べられている遊具の数々に、唯一ある出入口はそのまま道路に続いているのだろう。

 子供の視界では直ぐ目の前を大きな車が通り過ぎるように見える筈だ。

「ううっ………うわぁぁぁぁん……!!」

 とうとう目の前に広がる信じがたい光景の数々に、恐怖心よりも、混乱が上回ったのか、泣き出してしまった。

 どうすれば良いのか分からず、思考に沈む青年を見るも、彼はこの事態に気づいている様子もない。

(どうすれば良いんだ……?)

 途方に暮れた俺は、しかし打開策を見いだす事も出来ずに項垂れた。少女の泣く声が、やけに大きく聞こえる。

 耳を塞ぐことも出来ずに、泣き声から逃げるように目を閉ざすと、僅かに、意識を途切れさせるきっかけとなった甘い匂いを捕らえた。

 しかし今はもう、その匂いに対して、狂おしい程の欲求は無い。

 ただ、密かな充足感だけが、心を満たしている。

(…………え?)

 そこまで理解して、俺はもう何度目か、疑問を呈することになる。

(充足感? 何で……?)

 記憶が途切れている間、何をしたのかは分からない。

 前回は血にまみれた何者かの殺戮はあったものの、今回は死人は愚か、負傷者もいない。

(なのに一体……俺は()に満足したんだ?)

 己自身さえ満足に分からないまま、俺は息を吞んだ。

 匂い……良い匂い。

 それを感じたとき、俺の中を満たしたのは、純粋な()()だった。

(一体俺は……何を?)

 幸か不幸か、その答えに辿り着く前に、ガサリと草むらが揺れた。

「……イタゾ。チガウ、ノカ?」 

 幼い子供にも分かり易く伝わるよう区切りながら言えば、その子供はそれを見た途端、満面の笑みを浮かべた。

「お兄ちゃんの言ったとおり、いたよ!ありがとう!!」

 ついで送られた言葉に息を吞んだのは何故だったか。

 疑心も恐怖もないまっすぐな笑みに、俺はどんな表情を向けたのか……俺にはそれを知る術は無い。

 

 

 去って行く子供を産む見送った俺は、一つの覚悟を定めていた。

 それはきっと、己を殺す覚悟と言っても、過言では無い。

 己の超直感は、己の死に方すらも、容易に教えてくれていた。

(俺は……人でありたい……!)

 非道な人間ならば、何人も見てきた。彼らは己の我欲の為に、酷い事をすることもたくさんあった。

 己に向けられるその我欲を何度も退けてきたのだからこそ、俺は今の自分を許せなかった。

(あれは……己の我欲ですらない……単なる本能じゃないか……!)

 本能のまま人を殺すのなら、それはもう人とは言えないだろう。そう断言できるだけの強さが俺にあったのは救いかも知れない。

(俺は……人として、死にたい……!)

 だからこそ、俺はその人の前に立ち、自ら銃を首筋に当てた。

 異臭がする。気持ち悪い。壊したい。

 本能がそう訴えるのは、それが己を殺せるものだからだ。

 ならばこそ、俺はそれを使わない訳にはいかなかった。

「……ゴメン……ナサイ」

 気持ちの良いものではない筈だ。

 死に行く姿を見せられる等、青年の方も、俺がやろうとしている事に気づいたのか、慌てた様子で声を上げる。

「アリガトウ、ゴザイマス」

 伝えた感謝は、止めようとしてくれたことか。己の力を殺せるものを持っていた事か。

 ……それとも。

 その先を敢えて考えないまま、俺は引き金を引いた。

 首筋に熱いものを押しつけられたかのような痛み。

 体の中に大穴が開いたような虚無感。

 体中から力が抜ける。

 悲鳴を上げることは出来なかった。

 そのまま、倒れようとした俺を、誰かが支えてくれる。

巫山戯(ふざけ)んな……冗談じゃねぇぞ……!!」

 掠れ行く意識の中で聞いたそれは、明確な怒り。

「訳分かんないまま、勝手に死のうとすんじゃねぇ……!」

 グッと、体を支える手に力がこもる。

「人でありたいって言うんなら、こんな最期を選ぶんじゃねぇよ! 人として生きることを選びやがれ!!」

 それはまるでこちらに喧嘩を売りつけるような、そんな啖呵の切り方だった。

「絶対にテメェを生かす! そしてテメェが()()()()解き明かしてやる! テメェの為じゃねぇ!! 俺達の「計画」の為にだ!!」

 その言葉の全てを俺は理解できた訳では無かった。

 ただその言葉に、俺はもう随分昔に感じる、己の家庭教師に言った一つの決意を思い出した。

 

 

『リボーン』

 

『オレ お前を絶対に 死なせないから』

 

 

 




 叫びます。

 獄寺君がUMA好きな人だったぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!

 ごめんなさい、獄寺君。♯2を書いている時点で漸く思いだしました。
 たとえ十代目がどんな姿になろうともこの人迷い無く付いて来そうです。

 だからこそ、安心して右腕を任せられるんですけどね!

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