大きな村から外れた小さな村は、今日も自然と共に生きて居た。

川で洗濯、渓流に薪割りに、獣を狩り、ちっこいのが村の食料を取って行く。
そんな小さな村に異変が起き始めたのは最近の話。

異変の正体は? 知識の無い村人達の行く末は?


これは、そんな小さな村で起きた小さなお話。

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ちっこいのと小さな村のお話

「クックルルゥ……クォゥックォゥッ」

 扇のような耳を持つ、小さな竜が鳴き声を上げた。

 オレンジ色の身体を支える脚の付け根からは胴程の長さの尻尾が生えており、前脚は後脚に比べ細く地面から離れている。

 

 

 竜と言っても、この狗竜(くりゅう)と呼ばれる生き物は鳥竜種という種族に属したモンスターで、さほど大きな生き物でも無い。

 精々が人の背の半分。草食種であるケルビと比べても大差が無い全長。肉食の生物としては余りにも貧弱に見えるだろう。

 

 

 しかし、彼等の真骨頂は群れを作り数で獲物を狩る連携力だ。

 ボスであるドスジャギィが指揮を取る群れは、他の大型モンスターをも敵に回す事が出来る極めて危険な存在だった。

 

 

「まーたアンタかい。しつこいねぇ! シッシッ」

「クォゥッ! クォゥッ!」

 だがやはり、群れてこそ危険なモンスターではあるが一匹の力はたかが知れている。

 小さな村に住むこの老婆ですら、一匹のジャギィに恐れを成す事も無いのだ。

 

 これが二匹や三匹になれば話は別だが、それでも村人全員で掛かればその小さな命を奪う事も容易いだろう。

 このジャギィというモンスターはそれ程までに貧弱だった。

 

 

「クォゥッ!」

「あぁ?! こら! この畑泥棒めがぁぁ!!」

 して、その一匹のジャギィは隙を見て老婆の育てていた激辛ニンジンを奪う事に成功したらしい。

 鬼のような形相で自らを追いかけて来る老婆から逃げながら、ジャギィは激辛ニンジンを飲み込みその辛さに身体を跳ねさせて小さな村から逃げて行く。

 

 

 小さな村の外に出て言ったジャギィに、老婆は「そんなもん生で食って腹壊しても知らないよボケナスがぁぁ!!」と声を上げて村へと向き直った。

 しかし、こんな事はこの村では日常茶飯事だ。特にジャギィが村の人々に危害を加える訳でも無く他に困る事もない。

 

 

 この小さな村で、ジャギィというモンスターはただの厄介者という扱いであった。

 

 特に退治しなければいけない訳でも無く、そもそもジャギィという生き物がこの村ではどんな生き物かさえ知られていない。

 ジャギィという名前も知られて居なければ、ジャギィが群れで暮らす生き物だという事もこの村の住人達は知らなかったのだ。

 

 

 これは、そんな小さな村で起きた小さなお話。

 

 

   ☆ ☆ ☆

 

「おばあちゃん! またちっこいのが来たぁ!」

 小さな女の子がドタドタと音を立てながら扉の無い家に上がり込み、声を上げる。

 

 

 それを聞いた一人の老婆は、また自分の畑を荒らしに来たのかと(くわ)を持って少女の前に立った。

 

「ウチの畑かい?」

「うん! でもソレで叩いたら死んじゃうよ!」

 少女は問い掛けに答えるも、老婆の待つ鍬を掴んでソレを奪おうとする。

 困った事に少女は優しい女の子だった。老婆も殺す気までは無く脅かしてやるだけのつもりだったが、最愛の孫にこう言われてはソレを持って行く事も出来ない。

 

 

「はいはい、分かったよ。ただし今度は蹴り入れたるさね、あの泥棒!」

「ダーメー!」

 それすらも許してくれないのか。老婆は困った愛孫だと頭を抱えつつも、鍬を元に戻して家を出た。

 扉も無ければ鍵は付いていない。小さな村で悪事を働く者も居らず、そんな心配は無用である。

 

 

 

「クォゥッ」

 少女と老婆が畑に出向くと、少女の言った通りジャギィが畑の中に入り込んでいた。

 

 先程の激辛ニンジンを食べた個体なのだろう。ジャギィはニンジンのある場所をスルーして他の野菜の匂いを嗅いでいる。

 

 

「まーたアンタかい!! そんなに腹壊したきゃ、そこの激辛ニンジン全部腹にツッコムよぉ!!」

「ダーメー!」

 角を生やす老婆を少女が止める、もはや何ならして良いのか分からなくなった老婆は愛孫のしたいようにさせる事にした。

 その間にジャギィは砲丸レタスをパクり。首を傾げるその姿はどうも納得の行かない様子である。

 

 

「なら食うんじゃ無いよ」

 老婆は静かに呆れた。

 

 

「私が、めっ! てしてくる!」

 少女はそう言うと、無残な形になった砲丸レタスの前で首を傾げているジャギィの所に歩いて行く。

 小さな生き物であるが、ジャギィも肉食の生き物だ。鋭い牙はまだ小さな少女には危険である。

 

 それだけは分かっているから、老婆はいつでもジャギィを蹴り飛ばせるよう密かに脚のストレッチをしていた。

 思い出すのは、浮気をした旦那の股間に入れてやったあの蹴り。夫が死ぬ間際に言った最後の言葉は「あの時のお前の蹴りのせいで寿命が十年は減ったわい」だったりする。

 

 

「こら! おばあちゃんの育てた野菜盗んだら、め! だよ!」

 少女は母親が父を叱る姿を真似して、片手を腰に当て人差し指を立てて声を上げた。

 それを見てジャギィは「クックルルゥ?」と首を横に傾ける。勿論意味など伝わらない。

 

 しかし少女の後ろで角を生やし、今にも振り上げられそうな老婆の足を見てジャギィは雄として───生殖器の危機を感じた。

 このままここに居ては将来群れを束ねるボスになってもメスと交尾が出来なくなるだろう。

 

 生物的本能か、又は己の息子か。

 危険を感じ取った自らのナニかがジャギィを突き動かした。

 ここに居たら雄として殺される。先程食べた激辛ニンジンのショックを思い出すように跳ねたジャギィは、一目散に村から出て行った。

 

 

 

「ふふーん! 分かったみたい!」

 全く分かっていない筈だが、胸を張る愛孫を見て老婆はとりあえず肩を下す。

 今日も小さな村は平和だ。小泥棒がうろついている以外に代わり映えのない毎日は、その小泥棒すらも日常の一部だと思える程である。

 

 

 

 

 そんな平和な村で、小さな異変が起きたのは同日の夕方だった。

 

 

「たんと食え! 今日は獣を狩って来たんだ!」

 村の若い男がケルビの肉を切り分けながら大声を上げる。

 

 獣の肉を得るのは村の若い男の役目だ。

 彼等は狩り人(ハンター)ではないが狩人(かりゅうど)である。強大な竜にこそ敵う術は無いが、自らより弱い獣を狩る程度の事ならお茶の子だった。

 それこそジャギィ程度のモンスターであれば狩るのも容易い。自分達の力だけで生きて来た小さな村の人々は、逞しく育つものである。

 

 

 

「お肉ー!」

 それは何も若い男だけの事でもなく、少女は口を大きく開いてこんがりと焼けた獣肉に噛み付いた。

 老婆やその娘も、男女関係無く久し振りの肉に歯を立てる。村人達の豪快な食べっぷりに、ケルビを狩って来た若者達も満足気だ。

 

「今日も変わらなかったかい?」

「いや、ちょっと獣が少なかった気がするよ。おかげで探すのに手間が掛かった」

 何でもない話をする村の親と子。多少の変化ではあるが、まだ若い彼は何か助言でも貰えないかと母親に報告する。

 しかし、返って来た返事は「あんたが物音を立てて獣をビビらせてしまったんだろう?」という期待外れな物だった。

 

 自分は特にヘマをした覚えは無い。

 そう思って首を傾げるが、自分には特に他の理由が思い付かなかった。

 

 

「そういや、獣が村の近くで何匹か食われてたぞ? ハラワタだけ食って捨てるなんて、勿体無い事をする奴が居たのか」

「そりゃ、あのちっこいのかも知れないねぇ」

 男の言葉に水を差したのは、肉を噛み切りながら激辛ニンジンを摘む老婆である。

 この村ではジャギィの事をちっこいの(・・・・・)と呼ぶようだ。特にハンターズギルドの名称に付いて知らない村人達はケルビの事も()呼びである。

 

 

「あのちっこいの、獣を狩れるのか?」

「どう見てもそんな力は無さそうだけどねぇ。五匹くらい集まれば狩れるんじゃないかい?」

 激辛ニンジンを飲み込む老婆は溜まった唾液を飛ばしながらそう言う。

ちっこいの(ジャギィ)とこの村は長い付き合いだが、彼等が本来群れで暮らし狩りをする生き物だと言う事を村人達は誰も知らなかった。

 

 

「クックルルァ」

「あ、ちっこいの!」

 して噂をすればという奴だろうか。

 珍しく村の中まで入り込んで来たちっこいのことジャギィが、小分けにされたケルビの肉を一切れ口に加える。

 

「クォゥッ」

「あ、待てー!」

 逃げるジャギィ。追い掛ける少女。

 どうやらいつも進入する畑の方に向かったようだ。野菜に飽きたのだろうか? そもそもジャギィは肉食のモンスターであるが。

 

 

「こんな所まで来るなんて珍しいな……」

「最近多いんよ、ちっこいの。こりゃ本当に懲らしめないといけないねぇ」

 老婆の鬼の形相を見て村人達が思い出すのは、数年前に亡くなった彼女の旦那の顔だろう。

 彼が若い頃やった至りの為に、一月も腰が上がらない重症に陥ったのはどうしても記憶から消えない物だ。

 

 

 

 

「もー! 野菜じゃ無くてお肉なら良いって事じゃないですー!」

 畑で隠れるようにケルビの肉を飲み込んだジャギィを叱るのは、昼間と同じ格好をした少女である。

 勿論、その意味がジャギィに伝わる訳も無く。ジャギィは少女よりも危険な外敵(・・)の足音を敏感にキャッチして辺りをキョロキョロと見渡した。

 

「もー! 聞いてるのー!」

 そんなジャギィの態度に少女は頬を膨らませて両手を腰に置く。

 可愛らしい仕草ではあるが、少女は至って真剣である。

 

 

「クックルルゥ……クォゥッ」

 ふと外敵(・・)の足音が大きくなった事を確認したジャギィは、少女の事など気にも止めずに一目散に走り去って行った。

 足に引っかかった苗が千切れる。その音と外敵(・・)の足音が重なって、少女は何かが近付いて来たという認識を持たなかった。

 

 

「もー。おばあちゃんにキックされちゃうよー。どう言ったら分かってくれるんだろ、お父さんより言う事聞かな───うわっ?!」

 悪態を吐きつつ、少女を身を翻す。村の外まで追って叱るのは危険だという事くらいは少女でも分かるのである。何が危険かまでは知らないが。

 そんな振り返った少女の前に、真っ赤な鬼が立っていた。驚いた少女は声を漏らしてお尻を地面に付けた。

 

 

 

「逃げられちまったかい。今度こそ蹴り飛ばしてやろうと思ったんだがねぇ」

 そこに居たのは、角が生えているようにも見える恐ろしい形相の老婆である。

 少女は冷や汗を頰に流しながら「おばあちゃん?」と不安げに声を落とした。

 

「誰がどう見てもおばあちゃんさね」

 どう見ても地獄の門番の鬼である。しかし、ニッコリと笑う柔らかな表情は少女の知る優しい老婆だった。

 

 

「鬼が来たのかと思った!」

「誰が鬼だい。ほら、早く戻らんと肉が無くなってしまうよ」

 老婆は愛孫に優しくそう伝え、少女の背中を押す。

 

 少女の「おばあちゃんは食べないの?」という問い掛けに、老婆は「畑の見回りをするからね」と手を振った。

 色々と育てている村一番の大きな畑だ。大人だって隠れられる程大きく育った草木の中にまだちっこいの(ジャギィ)が隠れているかもしれない。

 

 

「お肉ー!」

「転ぶんじゃないよぉ」

 元気に走り去っていく愛孫を見送ってから、老婆は「さて」と腰を下ろす。

 小さな足跡の隣に見掛けない大きな足跡があったからだ。

 

 

 はて、この足跡は何だろうか。

 ちっこいのの足跡に似てはいるが、二倍以上の大きさがある。

 

 

「グォゥッ」

 ふと聞こえる聞き慣れない野太い鳴き声。

 違うちっこいのか? そう思って首を上げる老婆は自らの老眼を疑った。

 

 

 目の前に居たのは、全然ちっこくないちっこいの(・・・・・)だったのである。

ちっこいのの二倍、いや三倍以上。自分が立った時よりも大きなちっこいののようだが全く別の生き物。

 

 

「こりゃ、たまげたねぇ……」

 この歳になって恐怖という感情こそ湧いてこなかったが、初めて見る人間より大きな生き物に普段から悪かった腰が砕け散ったような感覚を覚えた。

 死の恐怖よりも先に感じたのは、愛孫や娘の安否である。ただ、村人に危険を知らせようと声を上げようとした矢先───老婆の意識は一瞬紫が視界を覆った後、途絶えた。

 

 

 

 

「そういや、ばーちゃんは?」

 それから数分立った後だ。

 

 いつまでも戻ってこない老婆を待ち兼ねて、老婆に残しておいた激辛ニンジンを片手に村の若者が少女に聞く。

 元気に肉を食べる少女は「畑!」と一言返しては「おいしー!」と元気に跳ねた。

 

 

「ちょっと見てくるわ。激辛ニンジンはばーちゃんしか食べないし」

 そう言った若者は、特に急ぐ訳でもなく畑に向かって歩いていく。

 

 どうせボケてて飯を食ってた事も忘れたんだろうな、心配し過ぎか。

 そんな悪態を心の中で吐きながら畑に着いた若者が、顔を真っ青にして倒れている老婆を見付け声を上げたのはその直ぐ後の事だった。

 

 

 

 

 事態は思っていたより、見た目より深刻である。

 

「あぁ……じいさん。そんなに無理矢理しないでおくれ、あの時ナニを蹴って機能停止にしたのは悪かったよ。だからってこんな川の中でおっぱじめる事はないだろうに……うぅ……」

「おばあちゃん夢の中の川でおじいちゃんと何してるの?」

「子供は聞いちゃいけません」

 娘の耳を塞ぐ母親は、自らの母親の恥ずかしい台詞に赤面しながらも老婆の額に乗せられた濡れ布を取り替えた。

 どうやら例の川で死んだ旦那とナニかしてるよう。下らないが、事が重大である。

 

 その川を渡ってしまってはもう此方へは戻って来られないし、なんなら旦那が嫁を引きずり込んでいる最中だ。

 事態は一刻を争う状況である。

 

 

「あぁ……お前さん、まだ私の弱いところを覚えていたのかい」

 事態は一刻を争う状態である?

 

 

「一体どうしたってんだばあさんは。そんなに欲求不満だったのか」

「いや流石に無いでしょ。だったらお父さんのナニを蹴り潰したりし無いわ」

 

「葬式の準備すっか?」

「気が早い」

 

「でもこれはこのまま川を渡っちまいそうだぜ。なんなら川で逝っちまうかもな! ソッチの意味で」

「こら、子供が居るって」

 

「まーまー、せっかく久し振りに旦那とちゅっちゅペロペロしてるんだから邪魔してやるのも悪いかもしれんぞ。いや、邪魔してやるのもいいかもな」

「子供が居るっての」

 

「なんならワシのナニで目覚めさせ───」

「子供が居るって言ってるのが分からねーのかクソ老害共が!」

 張り倒される村の老爺達。少女は首を横に傾けながらも、苦しそうに喘ぐ老婆の手を優しく握った。

 

 

「おばあちゃん大丈夫……?」

「心配しなくて大丈夫よ。おばあちゃん強いから」

 なんなら、村で一番強いと言っても過言では無いのがこの老婆である。

 しかし青ざめ、苦しそうに全身から汗を吹き出す老婆にいつもの覇気は見られない。

 

 冗談でなく、本当に生死の境を彷徨っているのだ。

 

 

「ちっこいのにやられたのか?」

「まさかぁ、(ばばあ)がちっこいのに負ける訳ねーべ。それにどこも怪我してねーんだろ?」

 確かに村の老爺の言う通り、老婆に外傷は見られない。

 彼女が発見されてから床に寝かす前に、汚れた服を取り替えた老婆の娘が確認している。

 

 

 と、なると老婆自身の体調不良だろうか?

 最近腰こそ曲がってきた老婆だが、しかしその身体は未だに覇気の落ちない物で「十歳若い村長の方が先に死ぬんじゃないか」と言われる程だ。

 そんな老婆が、今や見る影も無く倒れて例の川で死んだ爺さんとちゅっちゅペロペロしている。人生分からない物だなと腰を震わせる村の村長は思った。

 

 

「医者とか連れてきた方が良いのかねぇ?」

「それなら、ウチの旦那が走ってる最中だから」

 しかしこの村は大きな村から離れた村で、ハンターズギルドがあるような近くの村は歩いて一日かかるユクモ村だけである。

 

 

「間に合うかいな……」

「分からないかなぁ」

「おばあちゃん……」

 老婆もいい歳。この日を覚悟して居なかった事は無いが、あまりにも突然で村から普段の活気が失われていた。

 

 

「おい! ユクモに行く前になんだか物知りそうな人を連れて来たぞ!」

 そんな静寂の中、突然騒がしく声を上げて家に入って来たのは老婆の娘婿である。

 肩を上げる彼はそれなりに疲労しているようであるが、村人からは見慣れない人物を引き連れて急いで老婆の元に連れて来た。

 

 

「その人は?」

「旅をしてる商人さんだそうだ。力になれるかもしれないと言ってくれた」

「はい、私は旅の商人の物です。こちらの男性からおばあさんが倒れたと聞きやって来ました」

 紹介された商人は自分からも挨拶をして、村長に手を差し出す。

 

 

「ほぅ。商人さんとな。それにしては荷物が無いようだが」

 村長は商人を名乗る男の手を取りはするが、訝しげな眼で彼を見詰めながらそう言った。

 実際、老婆の娘婿が連れて来たこの商人は、商人と言うほど荷物を持って居ないように見える。

 家の外に荷物が置いてある気配は無く、手荷物だけで村に来たといった感じだ。

 

 勿論、老婆の危機と聞いて商品を置いてまで急いで来てくれたと言う考えもあるのだが。

 なんだか信用のならない奴だ。長年生きて来た村長は直感でこう感じる。

 

 

「私は情報を売ってまして。いわゆるジャーナリストという奴なんですよ」

 商人は自前のノートを取り出して笑いながら言うと「勿論普通の行商も行ってますがね」と付け足した。

 成る程、情報屋という訳か。これは嫌な予感がして来たが村人に選択の余地は無い。

 

 

「所で、私は多少なりとも医学に精通しております。そのおばあさんの診察、引き受けましょう」

「ゼニーに変えられるような物は殆どないぞ……」

「とんでもない。私は情報屋(・・・)で医者では無いのです。お金なんて取れませんよ」

 やけに情報屋を主張して言った商人は、考え込む村長に「ただし、少しだけ観察させて下さい」と言葉を付け足す。

 

 

 観察?

 しかし、断る暇も余裕も村人達には無かった。

 無言の了承の後、商人は苦しむ老婆の前に立ってノートと筆を取る。

 

 

 

「何をなさっているのかな……? 金を払わないで物言いを強くは出来んが、苦しんでる老婆が目の前に居るんだ。手を尽くしてはくれんのかね?」

「あぁ、すいません記事にする時に忘れないようにとメモを。あとおばあさんの状態も記録したいのでお待ちを」

 そう言う商人は、目の前で苦しむ老婆を観察して筆を滑らせた。

 

 

 それなりの時間の後、満足気にノートを畳んだ商人はやっと老婆の容態を確認し始める。

 青ざめ汗ばんだ老婆の表情は硬い。時折うなされる姿を見ては、商人は「やはりか」と呟いた。

 

 

「何か分かったのか?」

「これはイーオスの毒ですね。最近何処からか迷い込んだのか、渓流で群れを作ってしまったようなんですよ」

 それを聞いた村人達は真顔で頭を横に傾ける。

 

 それもその筈だ。村人達はイーオスなんて名前の生き物は知らない。

 なんなら普段から目にする(ケルビ)ちっこいの(ジャギィ)だって正確な名称を知らないのだから。

 

 

 

 イーオスとはこれも鳥竜種に属するモンスターである。

 

 しかしジャギィと違い成人男性以上の体格を持ち、鋭い牙と俊敏さを持つ一匹でも非常に危険なモンスターだ。

 毒々しい赤に黒の斑点の体色。そしてその見た目通り、このイーオスの最大の特徴は体内の毒袋で生成された毒液を使う事である。

 

 屈強なハンターであれば致命的な毒とまで行かないが、一般人───それも身体の弱い老婆一人を殺すのには容易い。

 

 

 そんな毒と牙を持つイーオスという鳥竜種が、普段生息して居ない筈の渓流でここ最近目撃されだした。何処からか迷い込んだのだろう。

 元々の生態系外の生き物は、その場の生態系を大きく破壊する事がある。ハンターが事の収集に掛かるかもしれないが、その前に起きてしまった不幸な事件だった。

 

 イーオスの事を商人が知っていたのは、彼が情報屋である事に起因する。

 何せ渓流にイーオスが住み着き始めたと情報を得て、ギルドにその情報を売って来た(・・・・・)人物こそが彼なのだから。

 

 

 その一儲けの帰りに焦って走る男性を呼び止めたのが、彼がこの村に来た経緯だった。

 また一儲け出来る。そんな思惑を抱きながら、商人は普段から使い慣れた営業スマイルを彼等に向けた。

 

 

 

「イーオス? あのちっこいのか?」

「ちっこいの? あぁ……イーオスに着いてご存知ないのですね。小型の鳥竜種でして、こんな感じの見た目をして居るんですよ」

 商人がイーオスを小型と語ったのは、鳥竜種全体としての話である。

 鳥竜種には他に、飛竜種に匹敵するような大型のモンスターが複数存在しジャギィやイーオスは一括して小型と表されるのだ。

 

 

 して、営業スマイルで商人が見せるのは典型的な鳥竜種の格好の絵である。

 お世辞にも上手な絵では無いが、その手の知識がある人物ならそれがイーオスと断定できるだろう。

 

 

 しかし、それが問題だった。

 村人達にはその手の知識が何も無い。そもそもイーオスとジャギィの区別を付けるために必要な、イーオスの容姿という判断材料が村人達には欠けている。

 

「あぁ、やっぱりあのちっこいのだ」

「ちっこいの、毒持ってたんか!」

 だから、村人達はジャギィ(ちっこいの)とイーオスを勘違いしてしまった。専門的知識が無ければこうなるのも必然である。

 そしてもう一つ問題は、商人もちっこいの(・・・・・)が何なのか知らない事だった。

 

 

 イーオスは人々にちっこいのと呼ばれる程小さい訳では無い。

 ただ、他の大きなモンスターを知っていれば別だろうか? きっと彼等は大型モンスターと比べて小さいイーオスをちっこいのと呼んでいるのだろう。

 

 

 この小さな事件はこの僅かな勘違いが起こした物だった。

 

 しかし無理も無い。例えば素人目で、のりこねバッタと皇帝バッタを見極めれるかと言えば確実では無いのと同じである。

 知識量の見誤り。それがこの事件の原因だ。

 

 

「やはりイーオスはこの村の付近にも来ていたのですね」

 モンスターの位置情報程金になる物は無い。ギルドがハンターにモンスターの狩猟を求める際、最も重要な事の一つがモンスターの生息域なのだから。

 この情報を知れただけでもこの村に来た甲斐があったと言う物。被害者も出ており、ギルドに売り付ける情報としては一石二鳥では飽き足らない程だ。

 

 

 

「おのれイーオスめ……」

「商人さん、婆さんは助からないのかい?」

「解毒薬を作るには、にが虫と解毒草ですね。調合ならお任せ下さい。ただ、今夜の宿を貸して頂くのを商取引とさせて頂いても宜しいでしょうかね?」

 商人にとっては解毒薬の調合など朝飯前だ。しかもそれで今夜の宿も確保出来るなら一石で三鳥を得たも同じ。

 本来ならすぐにでもギルドにこの情報を提供するのが正しい行動だが、もし仮に連絡が遅れてこの小さな村がイーオスに襲われ無くなったとしても商人には関係無い。

 

 むしろ取材の対象となる訳で、願ってはいないがそうなってくれても一向に構わない。

 解毒薬を調合し宿を借りた商人は、そんな金儲けの事だけを考えて床に着いた。

 

 

 

 まさか、イーオスを狩ろうとする人物が村人に居るまい。

 そういう事はハンターに任せるのが当たり前なので、それが世間一般でいう常識という奴なのである。

 

 そんな事を気にも求めずに、彼はこの村の事を記事にする為に寝る前に一筆取ったのであった。

 

 

 

 

 

「おばあちゃん大丈夫かな?」

 商人が村を出ていったその日、解毒薬だけでは回復しきっていない老婆を少女が心配そうな表情で見詰める。

 峠は越えているが、あの元気な老婆が寝たきりになって心配するなという方が優しい少女には難しい話だった。

 

「その人は強いから大丈夫だよ。でもね、おばあちゃんでもこんなになっちゃうから、今はお外で遊ぶのは禁止ね」

「えー!」

 聞き分けの悪い娘に頭を抱えながら、老婆の濡れ布を変える。

 小さな娘がイーオスとやらの毒を盛られたら大変だ。

 

 

 今は村の若者が村の周りを見回っているが、例の商人に、ギルドの人が来るまで油断しないようにと忠告を貰ったのである。

 

 

 それから少しした後に、村の端がなんだか騒がしくなった。

 なんだろう? 気になって家の外を覗いてみると、村の若者達が何かを囲んでいるよう。

 

 瞬間、鮮血が人の背より高く舞い上がった。

 ギョッとしたが、良く目を凝らせば村人の誰かが倒れた様子も無い。

 村に入って来たちっこいのを、誰かが殺したのだろう。歓声を上げる若者の声がそれを確信付けさせる。

 

 

 

「へへっ、殺してやったぜ!」

 村人の一人が村の真ん中で、一匹のジャギィの死体を掲げながら声を上げた。

 これを娘に見せる訳にもいかないと、老婆を看病する娘を部屋の奥に向かわせようとするがもう遅い。

 

 

「あぁ……ちっこいのが。……なんで殺しちゃうの!」

 母親の真横に立って涙を浮かべる少女。力無く首を落とされたジャギィを見て、少女は抗議の声を上げる。

 

 

「なんでって、こいつらが婆さんをエライ目に合わせたんだぜ?」

「また性懲りも無く村に来る物だから、皆で囲って殺してやったのさ」

 少女の声に大人達はそう答えた。

 

 実際には犯人はジャギィでは無いのだが、彼等には毒を吐くイーオスとかいうモンスターがこのちっこいの(ジャギィ)という認識か確立されている。

 

 

 

「そんなぁ……」

 

「そうだ、また被害が出る前に俺達でちっこいの狩りをするってのはどうだ? ハンターってのが来るのを待つ事も無い!」

「それもそうだな。別に俺達でも狩れるし」

「それが良い。そうするか!」

 狩りの余韻に浸り村の若者達は次々に賛成の意を上げた。

 

 一度狩れると分かってしまえば、何も怖がる必要はない。

 やられる前にやれ。自然の摂理が、彼等を突き動かす。

 

 

「ダーメー! ちっこいのが可哀想!」

「あのなぁ、また誰かが婆さんみたいに酷い目に会うかも知れないんだぞ?」

 少女が抗議の声を上げても、村の若者は聞く耳を持たない。

 

「ちっこいのはそんな事しないもん!」

「現に婆さんが倒れてるだろうに」

「うぅ……」

 少女に確信は無かったが、どうしてもあのちっこいのが老婆を毒で蝕んだとは考えられなかった。

 

 頻繁に現れるようになったのは最近になってからだが、少女がちっこいのと初めて会ってからそれなりの月日が経っている。

 これまではそんな事無かった。これは運が良いだけだが、少女は噛まれた事すら無かったのだ。

 

 少女にとってジャギィは、むしろ逃げ腰で臆病なイメージ。

 そんなちっこいのがおばあちゃんを苦しめる訳ない。確信は無いが、少女はそう信じている。

 

 

「明日からは村の外でちっこいのを探そう。アレなら一人で倒せるし、手分けして狩ろうぜ!」

 若者の声に村中が盛り上がった。

 

 こうなってしまっては小さな少女の声は誰にも届かない。

 

 

 

 事態は動いてしまっていた。

 

 

 

 

 

 明くる日、村人達は村の外でジャギィを狩る。

 どうやら狩りの成果は順調なよう。笑顔で仕留めた獲物を比べる若者達を見て、少女は不快に思い家を飛び出した。

 

 しかし、行く当てもなく向かう先はいつもの畑。

 ここには良くちっこいのが現れる。現れては老婆を呼んで、自分が叱って追い返すのが少女の日課である。

 

 

「毒なんて持ってたのかなぁ」

 その牙に毒があるのか? なら噛まれた事も無い自分は知らなくて当たり前だろう。

 ただ老婆に外傷が無かったという事までは、幼い少女の頭には無かった。

 

 

「誰?!」

 突然聴こえた物音に少女は驚いて振り返った。草を踏む独特な足音。その足音が、高く育った野菜達に隠れてゆっくりと近付いてくる。

 

「クォゥッ」

「ちっこいの!」

 そうして視界に映ったのは、良くみるちっこいのの(ジャギィ)姿だった。

 大声を上げる少女を見て首を横に傾けるジャギィは、少女を気に止める事無く激辛ニンジンを喉に放り込む。

 

 痙攣したように身体が跳ねるジャギィ。しかしこの個体、どうやら癖になってしまったようでさらに激辛ニンジンを頂戴する。

 

 

「ダメだよー! おばあちゃんのニンジン!」

「クックルルゥ……クォゥ?」

 勿論少女が何を言っているのか、ジャギィに分かる訳が無い。

 怒っている事は伝わったが、ジャギィにとって少女は危険でもなんでも無かった。

 

 

「むぅ」

「クォゥッ」

 少女の事を気にも止めず、ジャギィは激辛ニンジンを飲み込んでは身体を跳ねらせる。

 それを見て面白いと思いながらも、やはりジャギィが犯人とは思えない気持ちが少女の中で高まっていった。

 

 

「おい、また村にイーオスが来てるぞ!」

 ふと、背後で声がする。振り返れば村の若者が、手作りの槍を持って畑の入り口に立っていた。

 

「ぁっ」

 少女が困惑している間に、畑には何人もの若者が集まって来る。

 それぞれの手に握られた得物が、等しくジャギィに向けられた。

 

 

「ダメ!」

「退け、そいつは危険だ」

「嫌だ!」

 ジャギィの前に立って手を広げる少女。村人達はこのモンスターがイーオスでは無いという事を知らないのである。

 向けられた槍にジャギィは怯んだ。明確な殺意が向けられ、老婆の怒りとは比べ物にならない恐怖がジャギィを支配する。

 

 

「また誰かに毒を盛るかもしれないんだぞ!」

「ちっこいのはそんな事しないもん!」

「分からず屋だなぁ。ほらよっと」

「わぁ?!」

 若者に簡単に持ち上げられる少女。しかし、ジャギィに槍が向けられるのを見た少女は全力で暴れ回ってまたジャギィの元に向かう。

 

 

「逃げて! ちっこいの! 殺されちゃう!」

「クァゥ……クックルルゥ。クォゥッ!」

 背中を押され、やっと身体が動いたジャギィは畑から逃亡する。

 狭い道の多い畑でジャギィを追える村人は居らず、ジャギィは無事に村の外に出て行った。

 

 

 

「逃したか。まぁ、明日もイーオス狩りだ!」

 小さな子供のした事を気に止める事も無く、若者達は明日の狩りに向けて床に着く。

 少女は胸をなで下ろすも、こんな事がいつまで続くのだろうかと不安に思いながら老婆の世話に戻るのだった。

 

 

 

 

 異変が起きたのは次の日の狩りである。

 

 血相を変えて戻って来た若者達は、青ざめた表情の男を一人村の中心の家に寝付かせた。

 どうやら一人が毒を盛られたらしい。バラバラになって狩りをしていた為、現場は見ていないが悲鳴を聞いて駆けつけた時にはもう男性は倒れていたようである。

 

 

 より一層危機感の増す村人達。

 それが更に事態を重くすると知らずに、村人達は余計狩りに力を入れた沢山のイーオス(ジャギィ)を狩り殺した。

 

 

 

 にも、関わらず。

 

 いや、だからである。

 

 

 

「外の川で洗濯してた家内がやられた!」

「ウチの旦那も直ぐそこに薪を取りに行った時に……」

 ついに村の中で被害が出始めた。

 

 狩りに出掛けていた若者も、また一人毒を盛られて村は不穏な空気に包まれる。

 原因となるモンスターはもう何体も狩った筈だ。それなのに被害は減るどころか広がるばかり。

 

 

 明くる日も被害は増し、村は毒で倒れた村人達が何人も倒れる状況に陥る。

 こうなってしまってはもう村人だけでは事態の収拾は不可能だ。

 

 負の連鎖。

 その最後に現れたのは、三匹の赤い鳥竜種である。

 

 

 

「グォゥッ! グォゥッ!」

 成人男性よりも大きな身体。無機質な黄色い目、頭上には大きな瘤。

 赤に黒の斑点を持つ毒々しい体色のままに、強力な毒を持つ彼等をギルドはイーオス(・・・・)と呼んだ。

 

 

「な、なんじゃ?! 村に化け物が!」

「ちっこいのの三倍はあるんじゃないか?! なんだあいつは!」

 パニックになる村人達。しかし、戦える若者はその殆どが床に伏せている。

 逃げ回る村人達。そんな村を堂々と歩き、毒で倒れた村人達が眠る家に向かう三匹のイーオス。

 

 

 この悲劇はなるべくしてなった結果と言えよう。

 

 

 

 大きな原因は二つだ。

 

 

 まず一つ目の問題は、狩るべき対象を見誤っていた事。

 このイーオスとて成人男性が何人かで掛かれば倒す事の出来ない相手では無い。

 

 それこそ初めから確りと情報を手に入れ、イーオスの存在を知り。それを狩っていれば問題は起きなかったかもしれない。

 

 

 そして二つ目の問題はジャギィを狩りその数を減らしてしまった事である。

 この辺りは元々ジャギィ達の縄張りで、迷い込んで来たイーオスはジャギィ達と縄張り争いの真っ最中であった。

 その為に餌が枯渇し、ジャギィが頻繁に村に姿を現わすようにもなったのである。

 

 そしてイーオス達を水面下で食い止めていたジャギィが減った事により、イーオスは縄張りを広げて自由に行動するようになった。

 その結果がこの現状。蝕むように毒で戦える人員を減らし、遂に村はイーオスに対抗出来なくなっていた。

 

 

 

 自らが招いた災害か。

 

 

 そんな事は知りもせず、逃げ回る人々はイーオスに囲まれて毒液を吐かれる。

 老婆達を襲ったのはちっこいの(・・・・・)ではなくこのモンスターだったのか。そう知る頃にはもう手遅れだった。

 

 

 

 悲鳴が上がる。

 次々と毒で倒れる村人達、村の風景は地獄絵図へと成り果てた。

 

 

 

「お、お母さん!」

「ぅ、に、逃げ……逃げなさい……」

 そうしてあの少女の家族も、死の淵に立つ事になる。

 

 動けない老婆を庇って倒れた老婆の娘に駆け寄る少女。

 一匹のイーオスはその無機質な眼で、弱々しい生き物達を見比べる。

 

 

 この村に住む人々を全て毒で弱らせれば、当分は新鮮な肉が食べ放題だ。

 運良く何故かライバルだったジャギィが減り、イーオス達はゆっくりとこの村を攻める算段を立てていたのである。

 

 

 

「ぃ、ぃゃ、来ないでよぉ!」

 必死に抵抗するも、イーオスは気にも止めずに爪を鳴らした。

 鋭い牙が光る。そういえば腹が減ったな。獲物を弱らせるだけではなく、そろそろ肉が欲しいと思っていたんだ。

 

 イーオスは小さな少女に狙いを定めて、その口を開いた。重々しい鳴き声が部屋に響いて、少女は身体を震わせる。

 

 

「グォゥッ!」

 一鳴きして新鮮な肉にありつこうとした、その時だった。

 

 

小さな気配を感じて振り向く。しかしその時にはもう遅い。

 

 

「クォゥッ! クォゥッ!」

「グォァッ?!」

 イーオスの喉元に小さな鳥竜種が噛み付く。

 そのまま体勢の利を武器にイーオスを横倒しにしたのは、紛れも無いちっこいの(・・・・・)だった。

 

 

「ちっこいの?!」

 驚いて声を上げる少女を尻目に、ジャギィは倒れたイーオスに噛み付く。

 しかし、イーオスは直ぐに立ち上がって長い尻尾でジャギィを打ち払った。

 

 

「ギャィッ」

 地面を転がるジャギィ。しかし、直ぐに立ち上がって彼はイーオスの前に立ちはだかる。

 

「グォゥ……グォゥッ!」

 姿勢を低くし、ジャギィを威嚇するイーオス。何、大した事は無い。

 体格差があり過ぎて、イーオスからすればジャギィの一匹等餌が増えたに過ぎなかった。

 

 

 それが、一匹ならばの話だが。

 

 

 

「グォ───グォァアアッ?!」

 目の前のジャギィと少女に飛びかかろうとしたイーオスを、背後から五匹のジャギィが襲い掛かる。

 横倒しになるイーオス。足や尾を使って何度かジャギィを振り払うも、数の利に叶わずその肉を食い千切られた。

 

 

「グォゥ! グォゥッ! グォァアアッ!!」

 程なくしてイーオスの身体から力が抜け、地面に倒れ落ちる。

 仲間の悲痛な叫びを聞き付けたイーオスがこの場に来る頃には、倒れたイーオスは絶命していた。

 

 

 

「ちっこいのが……いっぱい」

 唖然とする少女の前で、二匹目のイーオスがジャギィに襲われ逃げていく。

 

 状況が不利になった事を感じたイーオス二匹が村を出て行ったのはその直ぐ後の事だった。

 

 

 所で村に現れたジャギィ達は、ライバルを追い払うと満足して村を出て行く。特に人間の事を餌だと思っていないのか。あるいは縄張り争いに勝って満足したのか。

 

 

 いや、きっと答えは別にあるのだろう。至極、単純な所に。

 

 

 

「ちっこいの!」

 結果的に自分を助けてくれたジャギィを追い掛けて、少女が向かったのは老婆の畑だった。

 

 何かを物色するように畑を見渡す一匹のジャギィは、お目当ての物を見付けると、それを掘り起こして噛み砕く。

 反射的に地面を跳んだジャギィは、それでも何故か満足げに残りを平らげた。

 

 

「助けてくれたの?」

「クォゥ? クックルルゥ……クォゥッ」

 少女の言葉はジャギィには伝わらない。勿論、ジャギィの言葉も少女には伝わらない。

 

 ただ、居心地の良い空気に一人と一匹は暫くの間時間を共にしてから別れた。

 

 

 

 

 

 同日、ハンターを乗せたギルドの竜車が村に到着。

 村人の殆どがイーオスの毒を盛られたが、竜車の到着がギリギリ間に合って幸い犠牲者は出なかったようだ。

 

 数日の内に残るイーオスも討伐され、ギルドの計らいで村に寄付された解毒薬等の物資により村は直ぐに復旧。

 少し傷跡は残るも、何事もなかったかのように今日も村人達は静かに暮らす。

 

 

 

 小さな事件は、そうして幕を閉じたのだった。

 

 

 

   ☆ ☆ ☆

 

「最近来ないねー」

 少女が激辛ニンジンを引っこ抜きながら、小さく呟く。

 

 

「縄張りを取り返して、村に餌を取りに来る必要も無くなったんだろうさ。良い事だよ、良い事」

 すっかり元気になった老婆は、激辛ニンジンで作った漬け物を噛みながらそう言った。

 

 

「そんなー!」

「おや、噂をすれば。なんだい全く性懲りも無い奴だねぇ」

 ただ、優しく言う老婆の視線の先で一匹の小さな鳥竜種が顔を覗かせる。

 竜は「クォゥッ」と鳴くと、二人の前に立って首を横に傾けた。

 

 

 

「あ、ちっこいの!」

「こらこら、違うだろう? ギルドの人に名前を教えて貰ったじゃ無いかい」

 訂正を促す老婆は、竜にあの鬼の形相を向ける事も無い。

 命の恩人にそこまで出来る程、老婆の気も強く無いのだ。

 

 

「ほら、漬け物も食べさせてみると良い。また面白い反応をするかもよ」

「そっか!」

 老婆の言葉を聞いて、激辛ニンジンの漬け物を受け取った少女は笑顔で竜に振り返る。

 竜は首を傾けるが、少女は何も伝えずにこう声を上げたのだった。

 

 

「この前は助けてくれてありがとう、ジャギィ(・・・・)さん! コレ、食べる?」

 その日、カルチャーショックを受けたジャギィが仲間を大量に連れて来て良い意味で村が騒がしくなるのは───また別のお話だ。

 

 

 

 これは、小さな村で起きた小さなお話。




どうも初めましての方は初めまして。またお前かと言う方はおはこんばんちわ。皇我リキです。

性懲り無くまたモンハン作品です。最近短編を書く事にハマってたりします。
あと、初めて最初から最後まで三人称で書くという事に挑戦してみました。個人的にはなんとか読めるかな? レベルでしたが如何でしたでしょうか?

正直、三人称の練習兼テストといった意味合いの方が大きいです。宜しければ三人称だとこれはおかしいだとかのアドバイスを頂けると嬉しいです(露骨な感想欲求)



さて、お気付きかもしれませんが今回のお話の元になったのは最近巷で話題の『ヒアリ』に関するお話でした。

外来種のこのヒアリですが、毒を持ち最悪人間もショック死する事もあるような危険なアリとの事。怖いですね。
このように危険な虫ですので、発見次第排除が方針らしいのですが、ここが問題でした。

このお話でも書いた通り、同じアリでもヒアリと日本在来のアリを見比べる事は難しいです。素人目ならば尚更。
しかし、ヒアリ=危険=排除の名の下に知識の無い一般人がヒアリでは無い普通のアリを殺してしまう事が増えて来た、と。

このお話でも書いた通り、生態系を守っているのは人間では無くその生態系を作る生き物達です。
それを人の手で間違った干渉をするとどうなるか。答えはこの作品に書いてあります。

日本の虫達って物凄く強いらしく、外来種なんて敵じゃ無いらしいので。ほっといても外来種は居なくなると思います。(ちなみに強いのは虫だけで日本の魚や草木は悲しいくらいに弱いらしい)。
なので、謝った知識と行動で生態系を壊さないようにしましょう。もし日本のアリが居なくなり、ヒアリが蔓延するようになれば作中の村と同じかそれ以上の結末が日本を待っているかもしれません。(大袈裟ですね)。


さて、私も専門知識も無いのに語り過ぎましたね。八割はただ書きたかったから書いただけの作品でした。
むしろやっぱり三人称の練習です。

というか、自作であるRe:ストーリーズでボツになったお話です。


では長くなりましたがここまでとさせて頂きます。読了感謝です。
感想評価の程お待ちしておりますm(_ _)m


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