☆
黒薔薇で包まれた空間を、サクサクと進んでいく二人組。
一人は、普通の少女、柳葵。もう一人は、魔法少女、宮古凛。
彼女達は途中何度か使い魔と遭遇したが、何れも姿が見えた瞬間に、ボウガンの矢に射抜かれた。よって二人は、未だに無傷なままだ。
だが、10分。20分。どれだけ黒薔薇の中を歩いても、終わりが見えなかった。
凛は平然とした様子で、ペースを崩さずに歩いているが、一般人の葵は段々疲れが見えてきた。いつ死ぬかもしれない魔女の結界内に居る、というプレッシャーも疲労を加速させていた。息切れを起こし、足取りも重くなってきている。
「いつまで続くんでしょうか……」
「さあ?」
「さあ? って……あ!」
無責任な凛に辟易する葵だったが、突如、黒薔薇で覆われた空間が、歪む。
しばらく、ぐにゃぐにゃと揺れていたと思うと、やがて黒薔薇の空間はそっくり消滅した。
気が付けば、二人は、一本の長い橋の上に居た。
「うわ……!?」
直後、凛が若干驚いた様な声を発する。彼女の眼と鼻の先には、橋が途切れており、下に顔を向けると、どこまで続いているのか分からない奈落が広がっていた。
「見て下さい!」
葵も突然の出来事に暫し、呆然としていたが、前方に見えたものにハッとなり大声を出す。
凛も葵が指し示す方向を見る。そこには、
「あそこに扉が!」
途切れた橋から、10m程離れた先には壁があるだけだが、よく目を凝らすと、自分達の丁度真っ直ぐの位置に一つの扉が見えた。
「…………どうやっていったら……?」
橋が途切れている為、扉に辿り付く事は不可能……葵は思って凛を見たが、彼女は不敵に笑った。
「任せな」
凛は自信満々に呟くと、身体を伏せて、右腕を伸ばした。ボウガンの矢を扉より、僅かに下に狙いを定める。
「……ッ!」
矢の発射音が連続で聞こえる。連射された矢は全て同じ方向へ向かった。
一番最初に放たれた矢は、扉の僅かに下の壁に突き刺さって固定された。そして、二本目の矢は、一本目の矢の後部に突き刺さって固定される。三本目以降の矢も同じ様に突き刺さって固定。矢はどんどん繋がっていく。
それがしばらく続くと、やがて扉と、橋の途切れ目の間に、矢で出来た道が完成される。
「じゃ、行くか」
「え!?」
呆然とその様子を見ていた葵が、凛からそんな言葉を掛けられ、肩をビクリと震わせた。
今しがた出来あがった矢の道をじっと見つめる。顔が段々青褪めていく。
(これを……渡れって!?)
いくら扉までの道ができたとはいえ、細く、脆そうな、矢の上を渡れというのは葵にとって死刑宣告に等しい。
踏み誤れば奈落の底へ真っ逆さま。一般人の自分に、そんな度胸ある筈も無い。
そう思っていると、
「ひゃっ!!」
素っ頓狂な声が上がる。気が付くと、凛が自分を抱きかかえていた。
「ちょ、ちょっと……!」
「これなら安心でしょ?」
凛は葵を抱えながら、にへら、と笑っていた。得体の知れないその笑みを再び目の当たりにした、葵はブルリと震えた。抗議しそうになった口をピタリと止める。
――――彼女は、愉しいのだろうか?
葵の胸中の疑問には答えず、凛は矢の道の上に一歩踏み込んだ。葵は抱えられている為、凛の顔がはっきり見えるが、一切の恐怖も焦りも浮かんでいない。ただ、平然と、悠然とした様子で、歩いていた。道と言うにはあまりにも頼りない、矢でできた道の上を、何でもないかの様に。
扉の目前まで辿り着くと、凛はそれを右足で蹴破って中に入る。
足を踏み入れた先に見えたのは、最初の空間と同じく色とりどりの花が敷き詰められた光景だった。
凛は、葵をそっと降ろす。
「ね、恐く無かったでしょ?」
「いや、恐かったです」
特に、凛の笑顔が――――そこまで言うのは流石に躊躇した。
「…………!」
すると、凛が急に顔を真剣な表情に変えた。
「魔女だ。奥に居る」
どうやら魔女の気配を察知したようだ。一目散に走り出す。葵も慌てて駆けだして、追いかけた。
☆
一方、藤の花束が飾られた右の部屋に入った日向茜はというと……
(楽ちんな道だった……)
苦虫を噛み潰したような表情を浮かべていた。全身をぶるぶると震えさせている。
右の扉を開けた先には、最初の部屋と同じく、色とりどりの花畑が広がっていた。
使い魔の気配が一切無いのを不審に感じながらも、テクテクと進んでいく。10分程歩くと、広大な空間に出た。
(使い魔はいなかった。いなかったけど……)
目の前を凝視する。藤の花言葉は『歓迎』――――それは間違っていなかった。
「なんで……なんで……! もう魔女が居るのよおおおおおおおおおぉぉぉぉぉ――――――!!!」
小さい身体が張り裂けんばかりの大声を張り上げる。
そう、広大な空間に足を踏み入れた先に待ち構えていたのは、この結界の主、『魔女』だ。
蜘蛛の様な身体に、蝶の様な煌びやかな羽を背に付けた、異形の存在は、タランチュラの様に、毛の生えた大きな8本足をカサカサと動かし、茜に迫る。
「……!」
茜が両手を合わせて魔力を集中させると、一つの水晶が出来上がった。
「いっけー!!」
それを迫りくる魔女の顔面に高速でぶつける。水晶は接触した直後、爆発四散。
だが、魔女は一切怯むことなく、近づいてくる。茜の眼前まで迫ると、前足を払って攻撃を仕掛ける。
「きゃ!」
慌てて飛んでかわす茜。魔女は連続で足を振り降ろして攻撃してくる。
「よっ、ほっ、はっ、ふっ!」
それをピョンピョン飛んだり、転がったりして避ける茜。その様はまるでゴムボールの様だ。身体が小さい事をコンプレックスに抱いている彼女だが、今ほど感謝したことは無かった。お陰で魔女の攻撃よりも早く動ける。
「とぉー!」
やがて、意を決した様に、魔女に向かって飛び込んだかと思うと、これまたボールの様にころころと転がって、魔女の身体の下を潜った。魔女の後ろ側に回る。
「小っちゃいからって、馬鹿にすんなよ!」
魔女のお尻に当たる部分に向かって大渇する茜。
……誰も馬鹿にしていないが、日頃、身体の小ささでからかわれている鬱憤が出てきたらしい。
「……魔法少女の経験は」
再び両手を合わせて、水晶を召喚する。
「チームで一番……長いんだからねぇ――――――!!!!」
裂帛の気合と共に、水晶がグンッと巨大化する。目の前の魔女の巨躯すらも超える大きさだ。
茜は両手に力を一杯込めて、それを押し飛ばす。超巨大な水晶は魔女に触れると爆発せずに、その身をスッポリ包み込んだ。
すると、茜は右手の平を開いたまま天高く掲げる。そして、その手をグッと握りしめた。
刹那、圧縮――――
魔女を包んでいた水晶が、一気に縮小して、全身を強烈に圧迫する。
「~~~~~ッッ!!」
魔女は不快な鳴き声を挙げながら、抵抗しようとする。水晶がミシミシと音を立てていく。
その様子を見て、茜が不敵に笑う。
「私と貴女、どっちが潰れるのが早いか……勝負よ!!」
チームでは最年少で身体も一番小さい。でも長年の魔法少女の経験によって培われたプライドと意地だけは、誰にも負けない自信があった。
☆
凛と葵が駆けているとやがて、前方に広大な空間が見えた。葵はそのまま足を踏み入れようとするが、
「ええ?!」
「こっち」
寸前で凛に腕を掴まれ、入口の脇にある柱の陰に隠れた。二人はそこからこっそり顔を出して、空間の中を覗き込む。
すると、
「日向さん!?」
右の部屋に向かった日向茜が、象ぐらいある巨大な異形の魔女と戦っていた。
彼女は小柄で身軽な身体を活かして、魔女の攻撃を機敏に避けると、魔女の後に回り込んで、攻撃を仕掛ける。
巨大な水晶を召喚して、魔女を閉じ込めた。
「!!」
次の瞬間、葵が目を見開いた。魔女を閉じ込めた水晶は急激に圧縮して、魔女の全身を圧迫し始めたのだ。
だが、魔女に止めを刺すには至らない。魔女も抵抗しているのか、水晶からミシミシと音がするのが聞こえてきた。
「あのままじゃ……! 助けましょう!!」
あのままでは、水晶が破られてしまう事を懸念し焦燥的な表情を浮かべる葵。一緒に隠れてる凛に声を掛けるが、
「いや、まだいい」
残酷なまでに、素っ気なく返す凛。仲間の危機を前にしても平然としている彼女に、いよいよ耐えきれなくなった葵は顔面を紅潮させる。
「まだいいって……そんなこと言ってる場合ですか!!?」
「大丈夫大丈夫。あいつああ見えてベテランだし。そう簡単に死ぬタマじゃないって」
怒りと焦りが混じった形相で、声を張り上げて凛を動かそうとする葵だったが、凛は相も変わらずだ。
すると、バリィンッ!! 何かが割れた様な音が響き渡る。葵が咄嗟に空間内を見ると、魔女を圧縮しようとしていた水晶が破られてしまった様だ。魔女の周囲には、ガラス破片の様な無数の小さい欠片が、キラキラと光を放ちながら舞っている。
対峙する茜はというと、その様子を見て、ガックリと肩を落としていた。解放された魔女はそのまま茜に接近すると、前足を高く上げる。
(そろそろか……)
凛が右腕のボウガンに矢を装填する。矢には多くの魔力が込められているのか、通常より強く光を放っていた。
実は、凛は茜を敢えて囮にすることで、魔女の注意を引き付けて貰ってる内に、自分は物影から魔女を攻撃しようとしていたのだ。魔女は茜を攻撃することに夢中で、こちらには一切気付いていない。絶好の勝機だ。
凛がたった今、ボウガンに番えた矢は、魔力を多く込める事で形成される『貫通性』の高い矢だ。一発、当たれば魔女の巨体に風穴を開けて、一気に瀕死状態に持っていける。
凛が、右腕を空間内に居る魔女に向けて伸ばした瞬間――――ぎょっとする。
「もう、見て居られない!!」
なんと、攻撃を受けようとしている茜に向かって突進している葵が居た。それを見た凛が一瞬、攻撃を忘れて、固まる。
魔女の攻撃を避けようとしていた茜も、不意に葵の声が聞こえたので振り向くと、自分に向かって走ってくる葵を見て、硬直した。
「来ないで!!……あ」
避ける事を忘れて葵に警告する茜。
それが、仇となった。振り下ろされた魔女の足が、茜の頭上目掛けて振り下ろされる。瞬間、轟音と同時に、床から土煙りが舞った。
「……ッ!!」
我に返った凛が、咄嗟に貫通矢を発射する。矢は魔女の頭部に命中して風穴を開ける。穴は小さいものだったが、急所を攻撃された魔女は奇怪な喘ぎ声を挙げながらゴロゴロと転がって苦しみ始めた。
だが、凛は魔女よりも、今しがた攻撃を受けた茜と葵の事が気になった。
そもそも、使い魔程度で恐怖していた葵だ。そんな彼女が、魔女を前にして、こんな命懸けの行動をするなど思ってもみなかった。自分の読みが甘かった事を痛感し、歯噛みする。
果たして、二人は……無事だろうか?
「いった~~~い!!」
一方、茜は地面をコロコロと転がり、数メートル先で起き上がった。
振り下ろされた前足の攻撃で頭から潰されたと思われた彼女だったが、寸前で身体が横に吹っ飛んだので避ける事ができた。
「よかった……」
「!!」
直後、前方から弱々しい声が聞こえた。見ると、葵が床に突っ伏しているではないか。
ハッとする茜。さっきの衝撃は、彼女が自分の身体を攻撃を受ける寸前で付き飛ばしたからではないか。
「間に合った……」
「ちょっと! どうしてこんなことを……わっ」
すぐに葵に走り寄り、さっきの行動の真意を問いただそうするが、その前に猛烈に迫ってくるものを感じた。
咄嗟に葵を抱えて、飛翔する茜。刹那、彼女達が居た場所に魔女の前足が横切る。
だが、魔女はその行動を予測していたのか、あらかじめ振り上げていた別の足を斜め下に払い、打ち落とそうとする……が、その足に数本の矢が刺さり動きを止める。
「逃げな」
「凛ちゃん!!」
声が聞こえた。茜が飛翔している状態でそちらを見ると、いつの間にか、魔女に接近して右腕を伸ばしている凛が居た。
彼女の言葉を受け、茜は空間に隅に逃げようとするが…………瞬間、茜と葵にネバネバの白い糸が絡みついた。
「うわ……!」
「ひぃ……!」
気色悪い感触を全身で味わいながら、二人の顔に不快感が浮かぶ。
更に、空中で動きを止められてしまった事が災いし、床に勢い良く落下する。
身体中に絡みついた糸が、クッションになってくれたお陰で、ダメージを受けずに済んだが、このままでは動けない。
魔女の標的は、攻撃を貰った凛では無く、茜と葵に定めたままだった。まずは弱い連中から喰らおうという算段だろうか、
魔女はゆっくりと、近づいてくる。
「凛ちゃん!!」
茜は大声で叫ぶ。後は凛に任せるしかない。だが……凛はというと、右手をダラリと下げて、銅像の様に棒立ちしている。
「凛さん……!」
茜にしがみつきながら、葵が祈る様に言葉を絞り出す。
魔女はやがて、二人の目と鼻の先まで近づくと、前足の毛でネバネバの糸に包まれた二人を絡め取った。
そして、自分の方へ引き寄せると、大きな口を開ける。口の中には上下に巨大な牙が何本も見えた。あれでバリボリと噛まれたら溜まったものではない。
「ちょっと凛ちゃああああああああああああん!!??」
「凛さ―――――ん!!」
恐怖を覚えた茜が必死に絶叫する。葵もそれに倣うかのように大声を張り上げた。だが、凛は依然として棒立ちしたままだ。
やがて、魔女の口がゆっくりと閉じていき、巨大な、そして鋭い牙が、二人の頭と足に迫ってくる。
二人の顔が絶望に染まる。
柳 葵と、日向 茜。両者の命は、たった15年という短い年月で、幕を下ろそうとしていた。
次の瞬間、
「~~~~~~ッ!!!」
突然、魔女がけたたましい叫び声を挙げたかと思うと、前足で捉えていた二人をポロリと落として、地面に突っ伏した。
葵は唖然とするが、茜は気付いていた。
「凛ちゃん!」
凛の方を向き、歓喜の声を挙げる茜。凛は相変わらず棒立ちのままだったが、さっきと違うのは、右腕を伸ばしていた、という点だ。
実は、凛は魔女の標的が自分に向かっていないことに気付くと、好機と見て、矢に魔力をチャージし始めた。魔女が二人を喰らおうとする寸前に、『貫通矢』が出来上がったので、それを魔女の頭部に当てたのだ。
魔女の米神には、二つ目の風穴が空いていた。急所を二度もやられれば、流石の魔女も生きてはいない……消滅してグリーフシードになるのを待つだけだ。
「~~~~~~ッ!!」
凛は目を見開く。魔女はまだ生きていたのだ。全身をバタバタ動かして起き上がろうとする。頭部に二つも風穴が開けられた状態で、凛の方へ顔を向けると、顔面に貼り付けた無数の藍色の目玉で睨みつけてくる。
「なんて執念……!」
「チッ……しぶとい奴」
茜が口をあんぐりと開ける。凛は忌々しげに舌打ちを打つと、疾走。魔女に真正面から立ち向かおうとする。
魔女が口から、糸を吐き出すが、凛は飛翔して避けた。そのまま、魔女の頭頂部に乗ると、右拳を魔女の頭に押し付ける。
「いつまでもこの世にしがみついてんじゃないよ……」
低い声で凛が呟く。
「くたばれ」
刹那、凄惨な光景が展開された。
凛は、魔女の頭部に向けて矢を放つ。すると、魔女の頭が割れ、色んな絵具を混ぜた様な色合の体液が噴水の様に吹き出し、凛の身体を染めた。だが、凛はそれを意に介さず、頭の裂け目に手を突っ込むと、更に矢を連射。やがて、魔女の顔中に穴が空き体液を流していく。
バタバタともがく魔女だったが、遂に耐えきれなくなったのか、ピタリと動かなくなった。
「やったー! 勝ったよ葵ちゃん!!」
魔女が絶命したのと同時に、茜達の身体を包んでいた白い糸も消滅した。解放された茜はピョンピョン跳ねながら歓喜する。
「え、ええ……」
一方、葵は、余りにもグロテスクな魔女の死に様に衝撃を受けてしまい、硬直していた。身体は既に自由だが、動かす事ができない。
「なんとかなった」
前方から声。凛が魔女の頭から飛び降り、こちらに歩み寄ってくる。
その姿を目の当たりにした葵が、思わず「うっ!」と口を塞いでしまった。
全身が、魔女の体液で濡れていた。顔も、衣装も、靴も、至る所全てを気色悪い色合で染めた凛は、さしずめホラー映画のゾンビさながらだ。
凛は、葵が自分を見て不快感を抱いた事に気付くと…………にへら、と愉快そうに笑った。
「うらめしや~~~~……なんちゃって」
「うぐっ!!」
「凛ちゃん! 洒落になってないから! 完全にR-指定だよそれ!!」
凛がおどけて見せるも、葵は顔を歪めて目を背けた。すかさず茜がツッコミ入れると、凛も流石にやり過ぎか、と思った様で、バツが悪そうに頭を掻いた。
やがて、景色がゆらゆらと揺れて行く。
景色が現実に戻ると、凛の全身を染めていた体液が消滅した。それを確認した茜と凛が変身を解く。
「あ~あ、取れちゃった」
「何で残念そうなのよ……!」
どこかガッカリした様子の凛を、茜がジト目で睨みつけるが、凛は無視して目の前の地面に落ちている物体、グリーフシードを拾い上げた。
一方、葵もようやく立ち上がった。二人を真剣な表情で見つめる。
「あの、有難うございました! お二人がいなかったら、どうなっていたか……」
礼儀正しくお辞儀をして、二人に感謝を述べる葵。
「でも、なんとも無くて良かったよ」
「そうそう。…………いきなり、飛び出した時はどうかしたのかと思ったけど」
二人は安心した声色で言う。だが、凛のどこか棘を含んだ台詞が、葵に刺さった。
「凛ちゃん!」
「いや、あれは……」
茜は凛を叱るが、凛は聞く耳を持たない。
葵は顔を俯かせた。あの時、咄嗟に身体が動いてしまったのだ。凛の言う通りにしていれば、安全に魔女を倒す事ができたというのに、彼女の考えに気付かず、茜を助けようとして飛び出してしまった。
「ま、まあ、あのぐらいの攻撃だったら、全然避けられる余裕は有った、かも……」
「うっ」
「あたしも安全地帯から魔女を始末できた」
「ううっ……」
茜と凛の発言を聞き、申し訳無さで身体が震える葵。
結果的に、自分の後先考えない行動が、二人を危険に晒してしまったのだ。そもそも、茜と凛も魔法少女ではベテラン。二人に全部任せれば安全だという事は、考えればすぐ分かる筈だった。
「でも、あんた、大した奴だよ」
「え?」
突如、凛からそんな言葉を掛けられ、葵はハッと顔を上げる。
「使い魔であんだけビビってたのに、魔女相手に危険を顧みずに行動できた。あたしには真似できない」
「そうそう、あたしも最初はビックリしたけど、誰かを助ける為にあんな真似ができるなんて凄い事だと思うんだ」
「そ、そんな……」
葵の行動を称賛する二人。葵は若干頬を染めながら、謙遜する。まさかベテラン魔法少女の二人からそんな言葉を貰えるなんて思ってもみなかった。何せ自分は二人の足を引っ張ったに過ぎないのだから。でも、褒められて嬉しくない筈が無く、照れてしまった。
「――――あんたさ」
「はい?」
と、そこで凛が声を掛けてきた。葵が凛の顔を見る。どこまでも青く、力強い眼差しが、自分を射抜いている様に感じた。
「魔法少女になろうって……考えてない?」
「っ!!」
それを聞いて、葵の頭に鈍い衝撃が走る。
「どうしてそんなことを……?」
「さあ、なんとなく、かな?」
「なんとなくって……」
「でもあんた、魔法少女の素質はあるから、もしかしたら、と思ってね」
なんとなくで聞く質問なのだろうか。だが、凛は相当勘が良いらしく、自分の胸中に有る物を良い当てられてしまった。
確かに、魔法少女になるべきか否か――――篝あかりの言葉を受けてから、今まで悩んでいた。
何せならなければ、親友が絶望して死ぬ、らしい、からだ。
だが、使い魔を見ると恐怖で膝が震えるし、思いつきで行動して、魔法少女の足を引っ張ってしまうし、何より――――凛が怖かった。命の危険すら楽しむ彼女。彼女の様にならなければ生きてはいけないのだろうが、はっきり言って自分には無理だ。
「確かに、ある人の言葉を受けて……なろうかな、って思った事はありました。
でも、魔女は怖いし、凛さんみたいにこ…………強くは、なれないですし……正直、今は、なりたくありません……」
うっかり、『怖く』、と言いそうになってしまったが、寸手で訂正できた。
「そうか」
凛はホッ、と安心した様な息を付く。
「それでいい。魔法少女になんてならなくていい」
「え?」
「普通に生きていけるなら、そっちの方が全然いいよ。魔法少女は、あたしみたいなのが成るんだからさ」
凛は微笑んでいた。魔女空間で見せた時の様なものではなく、心の底から喜んでいる様だった。
「凛さん?」
葵は首を傾げた。てっきり、魔法少女に誘うつもりなのかと思ったので、拍子抜けしてしまった。
「凛ちゃんの言う通り。あの行動力が有ったら、世間のどこでも生きていけるって!」
茜は、何処か安堵した様子で葵に声を掛けた。
「でも、決めたからには、魔法少女に絶対になっちゃダメだよ!!」
が、直後に、顔を険しくして、葵に釘を刺す。
「は、はい……」
自分よりも小柄だが、とてつもない迫力を感じた葵は、完全に気圧されてしまった。
と、そこで、葵は魔女の結界内で、凛に聞きそびれた事を思い出し、再度質問してみる。
「そういえば、凛さんとこのチームって、何人なんですか?」
「4人だね」
4人ということは、纏の他にもう一人居るということだ。
「あと一人が、最年長でリーダーなんだけど……本当にとんでもない奴だよ」
「ど、どんな……?」
凛にすらとんでもないと言わしめる存在……それは恐らく地獄の鬼の様なものか、と葵は思ってしまった。
「メスゴリラ……いや、もうゴリラ通り越して『ゴジラ』だね」
「かろうじて人間に例えるならネアンデルタール人ってとこかなあ?」
「地球上の生物に当てはめんのが間違ってる。あれはもうナ○ック星人だね」
「…………」
茜と凛のやりとりを聞いて、葵が絶句する。ゴジラ、○メック星人……最早宇宙生物の域に達している、にもかかわらず、魔法少女である。
……頭が混乱してきた。とても容姿が想像できない。
「ま、次に魔女に襲われた時にあえるかも」
「ちょっ……! 恐い事言わないでくださいよっ!!」
「冗談冗談。魔女はそんな頻繁に襲わないから大丈夫」
「遅かれ早かれ、襲われる事は確定しているんですね……」
「凛ちゃん……」
洒落に成らない事を言ってヘラヘラと笑う凛に、葵と茜は頭を抱える。
そして、一緒に帰路に建つ3人だったが、茜は
☆
『柳 葵、彼女が魔法少女の候補か』
夕日が照らすアスファルトの上を、一人歩く葵。それを建て物の上から眺めている影があった。影は小さく、猫の様な姿をしている。
『素質はあるが、今は魔法少女になる気は無い様だね。叶えたい願いも無く、意志も弱い。だが――――もし、それを見出した時は』
影の両眼が、真紅に輝く。
『迷わず、僕達の出番とさせて貰おうか』
影は誰に向けるでもなく、そう呟くと、背中を向けて何処かへ去ってしまった。
という訳で魔女の結界内――魔女戦編です。
書いてる内に、予想以上に魔女がしぶとくなってしまいました。
(背中の羽で飛翔する魔女とか、魔女の攻撃から葵を庇って腹をブチ抜かれる凛とか書きたかったんですが、長くなるのでやめました)
纏、凛、茜、次回はいよいよ彼女達のリーダーとなる魔法少女が登場します。
多分誰かはもうお気づきになっていると思いますが、まあ、中々個性的なキャラです。