魔法少女ゆかり☆マギカ(休載中)   作:hidon

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 長らくお待たせいたしました。

※一万4千字越えの長編となります。
 また、場面転換多数ですので、お疲れの方は注意してくださいませ。


     滾れ獣の血、叛逆の牙 D

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「葵ちゃんね。こんどの休日、私の家に来ない?」

 

 全ては、その一言から始めった。

 

 

 

 

 

「はっ?」

 

 ポカン、と、頭を小槌で叩かれた様な音とともに目を丸くする葵。

 いつものアホ(ゆかり)ならともかく、特に付き合いも無い相手から、いきなりそんなお誘いを受ければ誰だってこんな反応を示すというものだ。

 ましてや、魔法少女相手から。

 

『ごめん、いきなり誘ったら驚いちゃうよね?』

 

 相手は見当違いの事で謝ってきたので、葵は直ぐに「いえいえ」と否定。

 

「いきなり誘われるのは、あのアホ(ゆかり)にいつもやられてるから別にいいんですけど……え? 茜さん? 一体何でそういうことになったのか、説明してください」

 

 そう訴える葵の顔の全面には混乱と、ちょっぴりの疑惑が張り付いていた。

 何度も言うが相手は、魔法少女である。

 いきなり一般人である自分にそんな電話を寄越すということは、間違いなく「何かあった」に違いない。

 電話越しで不審な感情を向けるのも当然と言えた。

 

『実は、魔法少女のレクチャーをしたいなって思って……』

 

 ??????

 

 意を決した様にそう伝えてくる茜の真意が伺えず、葵の頭のてっぺんから疑問符がポコポコと吹き出してくる。

 何せ、初めて出会い、別れた時に「魔法少女になっちゃダメだよ!!」なんて強く訴えてきたのは彼女なのだ。

 それがいきなり、魔法少女の事を教えたい…………?

 確かに、魔法少女の界隈は自分のとは比べ物にならないほど、色んな出来事に溢れてる様なので、一ヶ月の内に心変わりするような出来事が茜にあったのかもしれないが――――

 

『葵ちゃん、魔法少女にはどうすればなれると思う?』

 

 思ってると、向こうから質問が飛んできた。葵は思わず「えっ?」と声を挙げてしまう。

 

「……自分の願いを、キュゥべえに伝えるんですよね」

 

 一瞬、話ながらもキュゥべえが部屋にいないか、確認してしまった。

 机の下、ベッドの下、窓のブラインドの内側と外、クローゼットの中、ゴミ箱……よし、いない。

 

『そうだけど、どうすればそうなると思う?』

 

「どうすればも何も、自分の意志で決めるんじゃないんですか?」

 

 だから、否定し続けている自分は魔法少女にはなっていない、そう付け加えて茜に伝えると、

 

『違うよ』

 

 即答で、そんな一言が飛んできた。葵の不審感が増した。目をじっと細める。

 

「じゃあ、何が……?」

 

 訴えるように問いかけると、一呼吸置いてから、茜はポツリと呟いた。   

 

 

『運命』

 

 

 

「えっ……」

 

 予想だにしていなかった答えに、葵は一瞬、呆気に取られる。

 まるで、意味が分からない。

 

『もっと分かりやすく言うと、“状況”。魔法少女になるかどうか決めるのは、自分の意志じゃない。“状況”が決めるの』

 

「ちょっと待ってください!」

 

 茜の声量は耳を研ぎ澄まさないととても聞こえない程ボソボソとしたものだったが、強固な決意を纏っている様な声色に聞こえた。

 葵は咄嗟に声を張り上げて抗議する。

 

「だったら……私が魔法少女になっていないのは、その状況にぶつかっていないからって事ですかっ!?」

 

『うん』

 

 茜の即答を聞いて、クラリと――――一瞬だけ、目眩がした。

 茜の言葉が本当なら……今まで出会った魔法少女は皆そうだったというのか!?

 電話越しの茜も、纏も、凛も、あかりも、命も……今まで出会ってきた彼女たちは皆「魔法少女にならざるを得ない」状況に遭ったからだというのか。

 なりたい、なりたくないに関わらず……!

 でも……それは一体、何だ? “状況”ってどんな状況? どうしても、気になる。

 

『……葵ちゃん、一つ例を出すね』

 

 茜に問いかけようとしたものの、その“状況”を聞くのが怖かった。

 躊躇っていると、茜が話し始める。

 

『貴女の大事な人を想像してほしい』

 

 言われて、目を瞑る葵。

 大事な人と言われてまず想像するのは、家族。次いで浮かんでくるのは、無邪気にハシャグ縁の姿だ。

 

『その人が、目の前で、命が危ないぐらいの大変な目に遭ってたら……?』

 

 問いかけに、ハッとなる。。

 家族は、全員が落ち着いた性格だし、危険な場所には無闇矢鱈に飛び込まない。身体も健康体だ。だから、外した。

 残ったのは縁。

 何にでも興味津々で、感情任せに火事場にすら向かう彼女には、常に危険(トラブル)が付き纏って離れることはなかった。

 だからなのか――――縁に対して、フッと、頭の中でよからぬ場面が思い浮かんだのは。

 

 

 ――――二度目に出会った魔女、タランチュラの様な容姿の巨大な怪物。無数に生えた毛むくじゃらの足が一本、鎌を振り下ろす様な勢いで縁に襲いかかる。

 捕らえられてしまい、泣き喚きながら、自分に向かって必死に助けを求める縁。

 

 

 その“状況”を目の当たりにした葵に、選択肢は無かった。

 

 

『どうする……?』

 

 問いかける茜。

 葵は身体を震わせていた。額から汗がポタポタと滴り落ちてくる。

 全身から溢れ出す感情は、悔しさ――――自分が魔法少女になる可能性は限りなく100%に近いと確信した。

 

「多分……」

 

 消え入りそうな程、小さな声を震わせながら、茜に伝える葵。

 

「その人の無事を願うと思います。魔法少女になって、助けると思います」

 

『……そうだよね』

 

「でも、そうなっちゃったら、私のそれからの人生は……どう変わっちゃうんですか……?」

 

 顔からベッドのシーツへと落ちる雫の中は、生暖かい物も混じり始めていた。

 それは目尻から流れ、頬を伝っている。

 その時の状況が来たら、覚悟も何も無いまま、大切な人を救う為に『契約』してしまうのだろう。

 もしそこで救えたとしても――――それからの自分は最早一人の『戦士』だ。常に死と隣り合わせの日常。生きていく為に魔女と戦っていかなければならない。

 凛の様に無邪気に生きれるか、茜の様に正しくいられるか、あかりの様に飄々とできるか、命のように逞しくあれるか……何れも自信が無かった。

 怖くて怖くてしかたがなくなって、涙がどんどん溢れだしてくる。

 

 

『なにも、変わらないよ』

 

 

 だが、茜は凛とした声で言い放った。

 

「……え?」

 

 その頼もしさすら感じられる一言に、葵の涙が止まる。

 

『そんな事は絶対に無いし、誰にも葵ちゃんの人生を変えられ無いと思う』

 

 ハキハキとした力強い言葉が、冷え付いた心を暖める様だった。

 

「茜さん……」

 

『安心して、葵ちゃんは葵ちゃんのままだから! 私が、そうあれるように教えるから!』

 

「でも……」

 

『私ね、こう見えても魔法少女歴、4年なの。チームじゃ一番長いんだよ? そんな私の言葉が、信じられない?』

 

「えっ……?」

 

 再び呆気に取られる葵。4年……ということは纏の2倍である。

 そう思い至った途端――――ギョッと目を見開いた!

 

 ――――4年!?

 

 あの身体が小さくて顔つきも幼くて、小学生にしか見えない様な子が、魔法少女歴4年!?

 道理で一つひとつの言葉に重みが有るわけだ。

 

「日向さんっておいくつなんですか……?」

 

 直ぐ様疑問をぶつけると、茜はふふ、と笑ってから答える。 

 

『15歳だから、小学生の頃には魔法少女をやってたよ』

 

「小学生の内に、二年間も……」

 

 葵が呆然としてるのを、悟ったのか――――あはは、と愉快気に笑う声が通話口から響く。

 

『その頃は確かに大変だったし、葵ちゃんと同じ悩みを抱えてた。でもね、私には友達も、尊敬できる人も、仲間もいっぱいいたの』

 

 だから、乗り越えられた。

 だから、今が有る。何も変わっていない自分自身が此処にいるのだと――――茜がそう教えてくれた。

 

『もし、いつかその“状況”が来て、魔法少女になっちゃったとしても、独りだなんて思わなくていいと思う。悩んだら、相談すればいいだけだから。家族とか友達とか……美月さんは分かってくれるし、私や纏ちゃん達だって、支えになってあげられる』

 

「でも……」

 

『分かってる。死と隣り合わせで生きていく事に自信が無いなら、私が生き延びる為の方法を教えてあげる』

 

 “生き延びる為の方法”――――果たして本当にそんなものがあるのだろうか、と疑いたくなる。

 だが、電話越しの相手の声は、はっきりと、自信に満ち溢れていた。微塵も嘘を言ってないだろうし、恐らく薄い胸も張っているに違いない。

 

 ――――信じていいのかもしれない。

 

 不意に、そう思った。

 まるで慈母の様な優しさが葵の心を優しく覆っていた。故に、彼女の言葉なら聞く価値があるかもしれないと思えた。

 

 

「お願い、します……!」

 

 

 葵の迷いは止まった。

 電話越しの少女、日向茜もまた、“状況”に出くわして魔法少女になったのには違いない。だが、何も変える事も、変わることもなく今を生きているのだとしたら――――!!

 

 自分もそうありたい。自分らしさを失いたく無い。故に、万感の期待を込めて、彼女にそう返したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 四方八方に汚泥が流れていた。

 

 

 異界――――イナ達が根城にしているこの空間は、壁も床も一見した限りでは焦茶色の流砂物が延々と流れ続けているようにしか見えない。

 だが、じっと見つめていると、模様が見えてくる。同時に、生物らしき存在もそこかしこに散見できた。

 床下は、流砂物が川の様に流れて、埴輪や土偶の顔をした見たことも無い魚が、ゆらゆらと自由に泳ぎ回っている。

 壁は、林や森の様に木々が溢れる模様となり、蜥蜴や蛇の様な爬虫類がキリキリキリ……と耳障りな金切り音を立てながら、壁の全体を這いずり回っていた。

 此処に足を運んだ者は、誰もがその様相に、心を奪われて見つめてしまうだろう。

 だが、異界の中心に立つ彼女は主であるにも関わらず、一切の興味関心も抱いていなかった。

 

 何故なら、意味が無いからだ。

 

 訪れた者の精神を、幻想的な気分に浸し正気を失わせる(・・・・・・・・・・・・・・・・)という催眠効果以外に、この異界は価値を持たない。

 自分が関心を抱くのは、いつも、目の前に映る蒼天――――そして中心で瞬く真円の光。

 紅く光るその姿は、自分にいつまでも、『あの子』を感じさせてくれる。

 心に巣食った混沌を照らし、深淵の闇を切り開き、希望で満たしてくれる――――それを幸福と呼ばずして、何と呼ぶのだろうか。

 

「作戦は順調のようね、イナ参謀(オフィサー)

 

 背後から女性の声が聞こえた。イナはゆっくりと振り向くと、一人の女性が佇んでいた。

 腰まで伸ばした黄金色の髪、色白のきめ細かに整った相貌、透き通る程澄んだ碧眼を持つ、日本人離れした風貌だった。

 モデルの様な長身を、真っ青なロシアの衛兵のコートで包んでいる彼女は、右手に携えた杖で床をカン、カンと叩きながら、ゆらりと近づいてくる。

 

「これはこれは、アドミニストレーター」

 

 イナは人の好さそうな愛想笑いを浮かべると恭しくお辞儀をした。

 Administrator……つまり、『管理者』と呼ばれた女性は、フッと笑みを浮かべながら、流暢な日本語で話し出す。

 

「PANDORA type_βも、配置は終わっているのかしら?」

 

「そちらもご心配なく」

 

 言いながら、イナは顔を上げると、僅かに口の端を吊り上げた。

 

「オバサンが一人のプシュケを連れて、余る事無く処理して下さったので」

 

「流石はレイね。あの手際の良い業務処理能力は尊敬に値するわ」

 

 人間性さえ考慮しなければね――――と、アドミニストレーターは胸中でそう零すと、じっと目を細めた。

 

 レイ――――診断名“サイコパス”、心に怪物を抱えた人間――というよりは――人の姿をした魔物。

 

 集団カウンセリングを実施した時の事を、ふと、思い出した。

 カウンセラーには自分も含まれていたが、思わず震え上がった程だ。

 残忍極まる猟奇的な内容を無邪気な子供の様に喜々として語る姿勢。人の命を“自分が愉しむ”為の玩具か道具の様にしか考えていない思考回路。“異常”なまでの快楽主義者――――正義、道徳、倫理、信念を微塵も持たず、ただ純粋に、破滅と絶望、そして“死”に悦楽を感じる――――アドミニストレーターには、一切の理解ができようも無い存在。

 

 イナが、彼女を作戦実行の中心人物として招き入れようと申し出た時は、思わず正気を疑った程だ。

 抗議をしたが、イナは一言目には「大丈夫」、二言目には「問題無い」と言い放った。

 恐らく、目の前の少女は、人を【正気】か【異常】の物差しで判断してはいないのだろう、と思った。

 やれるかやらないか(・・・・・・・・・)――――多分、それだけだ。彼女が見ているのは。

 如何なる残虐な汚れ仕事だろうと、迷いも躊躇いも無く、遂行できる能力を持っているか――――その部分しか彼女は興味を抱いていないのだろう。

 

 だが、そんなイナが作戦参謀として君臨し、全ての指揮権を握っているからこそ――――今が有る。

 

 レイとルミは反抗も文句も言わずに指示を遂行し、作戦は驚く程順調に進んでいる。

 異常者すらも家畜の様に手懐けるイナの手腕もまた、「異常」であった。隣り立つアドミニストレーターだが、本当に彼女と同じ場所に立っているのか、疑問が湧く程だ。

 

「アドミニストレーター」

 

 思っていると、イナが微笑みを浮かべて呼んできた。

 笑みの意図は読めないが、良からぬ事を考えているのだろう――――そう察したアドミニストレーターの眉間に僅かに皺が寄った。

 

「叛逆の狼煙は上がりました。後は仕掛けるだけです」

 

 そういうイナの顔は至極愉快そうだ。アドミニストレーターは睨みつける。

 

「わかっているでしょうけど、その代わり……」

 

「やりすぎないようにと、それは重々承知の上です」

 

 脅す様に声を鋭くして言いつけたが、イナは気にする素振りも見せず、せせら笑いで受け流した。

 その小馬鹿にした様な態度が、アドミニストレーターの癪に障る。

 

「あの二人を抑えつけられると、絶対の自信を持っているようね……」

 

「彼女達もまた、理性を持って生まれた生物である以上、引き際は弁えていますよ」

 

「でも、もし、ボーダーラインを超えてしまったら……」

 

「その辺りも含めて『重々承知』と申し上げたのです。アドミニストレーター。貴女が心配なさる必要は微塵も有りません」

 

 それでも、懸念は拭えないのだ。

 あの二人が万が一暴走した場合、ストッパーとなれるのはイナしかいない。

 脅す様にじっと睨みつけるが、イナの自信は揺るがない。余裕綽々の笑みを浮かべたままだ。

 

「ご安心を。私が計画したこの作戦は、確実に成功します(・・・)

 

 そこで、イナは顔を晴天が広がる現実世界に戻すと、静かにそう宣言した。

 

致します(・・・・)か、させてみせる(・・・・・・)の間違いでは無くって?」

 

この車輪(・・・・)が動き始めた時点で、全ては決するのです」

 

 イナは流す様な横目でアドミニストレーターを見た。

 

「如何なるイレギュラーが発生し、前方に立ち塞がったとしても、我々が廻した車輪は決して止まることは有りません。『極地』に辿り着くまで……あらゆる生命(いのち)を轢き殺し、踏み潰して走り続ける。例え……」

 

 刹那――――イナの目が、黄金色に瞬いた。

 

 

「内部の歯車が狂ったとしてもね」

 

 

 ニタリと、口元が歪んだ。

 猟奇性すら感じられる笑みに、アドミニストレーターがうっと息を飲む。

 

「それは……裏切り者が居たとしても、ということかしら?」

 

 気圧されて、一歩、後退りながらも、そう問いかけると、イナは迷わずコクリと頷いた。

 

「人は必ず思い知る。自分達が今まで構築してきた防衛力が無力で矮小なものでしか無かったという事実を。自由と思われた社会は、我々の掌の上でしかないという絶望を」

 

 イナがそこで、アドミニストレーターに顔を向ける。

 以前、レイをカウンセリングした時に彼女が垣間見せた、残忍極まる恐悦が張り付いていた。

 

 

『猛獣が森に住む習慣を失い、檻の中に閉じ込められて飼い慣らされ、

威嚇するような表情を忘れ去って、人間に従うことを学んだとしても、

ひとたびほんの僅かな血がその渇く口に流れ込むと、狂乱、狂暴の状態がたち戻る。

咽喉はかつて血を味わったことを思いだし大きく膨らむ。

怒りは湧きたち、震え慄く主人に向かって危うく襲い掛かろうとする程だ』

 

 

 猛虎の如き両目の輝きの強さに、アドミニストレーターは目が眩む様な錯覚を覚えた。

 

「モンテーニュがエセーに書き綴った、ルカネスの言葉の引用です。我らは怒り狂った獣。鎖は既に解き放たれた。もう誰にも、止めることはできません」

 

 アドミニストレーターの顔を捉えて、しかと言い放つ。

 

「さあ、貴女にも存分に働いて頂きますよ、アドミニストレーター。魔法少女(わたしたち)の明日に、あの神々しき太陽を齎す為に」

 

 その言葉は、暗にアドミニストレーターを手駒の一つにしか見ていないと告げていた。

 ――――アドミニストレーターには、まるで意味が分からない言葉だった。

 困惑のあまり、息が止まりそうになる。

 何せ、自分の立場は、彼女たちよりも遥かに上。そして“管理”を任されている自分は、彼女たちの命の灯し火を一息で消せる程の権限を持っているのだ。イナがその事を理解していない筈が無い。

 だが、イナはそんなことなどお構いなしに、破格の覇気を込めて言い放った。まるで、全ての主は自分である、と宣言するような言い様だった。

 

「わかったわ……」

 

 アドミニストレーターは、百獣の王に首元を咥えられた様な錯覚に陥った。

 生命の危機に近い恐怖を強引に抑えつつ、ポツリと、そう返すしか無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、週末の土曜日。

 桜見丘市、深山町に彼女はやってきた。

 

「――――で、どういう訳か、縁も付いてきた訳だけど……」

 

 二人で(・・・)

 隣に立つ親友を、ジト目で睨みつけながら、若干うんざりそうにボヤく葵。

 

「ごめんね、葵ー!」

 

 そんな縁は眉を八の字にしながらも、にゃはは、と愉快そうに笑っていた。

 現在、葵たちが居るのは、深山駅の東口だ。

 桜見丘市街から深山町までは紅山、白妙町を通過しなければならない。つまり、結構遠いので、電車を使っていくことに決めた。

 改札を抜け、階段を下りた所に二人は居た。茜に指示された待ち合わせ場所だ。

 

「私も、日向さんには、どうしても会いたいって思ってさー!」

 

 もうすぐ会えるのが嬉しいらしい。縁は一切悪びれる素振りはなく笑いながらそう言った。

 葵はハア、と溜息。

 ――――はてさて、どうして縁がいるのかと言うと、茜との電話をした直後まで遡る。

 縁に話を伝えた所、「私も行きたいっ!」と食いついて来たのだ。

 理由は、優子達、桜見丘市の魔法少女チームの中で、唯一、茜とは会っていないから、らしい。

 一応、茜に相談したが……少し思いつめた様に沈黙された後、「……縁ちゃんも少しは知っておいた方がいいかもしれないね」といって渋々ながらも承諾してくれた。

 

(それを言ったら私だって優子さんって人と会ってないんだけどね……)

 

 思わず愚痴りそうになるが、言った所で野暮にしかならないので止めた。

 土曜日というだけあって、駅前は人で溢れていた。

 大抵、桜美丘市の若者は、休日になると都会の緑萼市まで出かけていってしまうそうだが、深山町だけは別であった。

 というのも、この町は、観光名所で溢れている――それは以前説明したが――のもあるが、駅前東口前に、ショッピングモールがあるのだ。

 緑萼駅前のものほど大きく無いが、若い女性向けの店を始め、一通りの人気アパレルチェーン店は揃っているし、フードコートも映画館も有る。

 よって、ここを目当てに訪れる老若男女は少なく無い。

 待ち合わせ時間まであと15分。二人揃って気が急いていたのか、早めに付いてしまった。

 

「中でちょっと涼んでこうか~……」

 

「そうね……」

 

 外はじっとりとした熱さで、立っているだけでも汗がダラダラ流れて頭が朦朧となる。途中で買ってきたスポーツ飲料もすっかり空だ。

 ショッピングモールで涼むついでに飲み物を買っていこう――――そう思った二人は、目と鼻の先に有るショッピングモールの入り口に向かい始めるが、

 

「葵ちゃんね!」

 

 前方の人混みからひょこっと、小さな影が、縁達の前に飛び出してきた。

 薄いピンク色のタンクトップに、スポーツキャップ、ショートパンツという快活そうな出で立ちの少女は葵の姿を見つけるとパアッと顔を輝かせた。

 

「日向さん!」

 

 小学生の様に小さい体躯に、真っ白な長髪――――すぐに茜だと見分けられた。

 葵が声を挙げると、茜は「お待たせ!」と手を振って近づいてくる。

 縁はというと、初めて見る魔法少女に興味津々の目を向けていた。

 

「今日はよろしくお願いします」

 

「こちらこそ、よろしくおねがいします」

 

 葵がペコリとお辞儀すると、茜は気を付けしてから上体を綺麗な傾斜45度に倒して、恭しくお辞儀をする。

 育ちの良さが伺える佇まいだ。

 

「あと、こちらが……」

 

「始めまして、貴女が美月さんね!」

 

 葵が紹介するよりも早く茜は縁の方を向いて丁寧にお辞儀すると、握手を求めてくる。

 

(――――!!)

 

 その際、にっこりとした茜の笑顔に心奪われる縁。

 まるで、朝日を浴びたアサガオの様に、可愛らしい笑みが――――眩しい。

 

(うっ! この笑顔の神々しさ……纏さんと同レベル!!)

 

 眩しすぎるっ!! 目が眩む様な錯覚を覚えて、腕で両目を覆い隠す縁。

 

「……何してるの?」

 

 握手を返されず、奇妙な反応を返されて、茜は笑みを浮かべながらも首を傾げた。

 

「何してんのよ?」

 

 葵はというと、案の定というか出会い頭に早速アホな真似を仕出かす縁をジト目で睨みながらツッコむ。

 縁は「ハッ!」と我に返ると、両目から腕をバッと離した。

 

「あはは……。茜さんの笑顔があんまりにも素敵なんで、目が眩んじゃいました……」

 

 照れ笑いを浮かべながら、そう褒め称える縁。

 茜は、ふふ、と可笑しそうに笑うと、

 

「美月さんの笑顔も、素敵だよ」

 

 屈託無い様子でそんなことを平然と伝えてくるので、「えっ!」と驚く。

 

「そ、そんな……!」

 

 顔が真っ赤になる縁。

 

「そんなこと言われたの初めてぇ~……っ! あ、もしかして葵もそう思ってた!?」

 

 ボンッ!と顔から湯気が出た。顔に両手を翳してデレデレしながらも、もしや、と思い葵に問いかける。

 

「笑顔10%、アホ90%」

 

 だが、葵は冷ややかにそう告げた。

 

「えぇぇ~~……」

 

 顔の熱が瞬時に冷える。

 あんまりな親友の物言いにガックリと肩を落とす縁。

 その漫才を後ろから見つめていた茜が、あはは、と楽しそうな笑い声を聞かせてくる。

 

「やっぱり、纏ちゃんの言ってた通り、美月さんって面白いね」

 

「面白いってぇ~~……」

 

 結局『アホ』キャラですかぁ、と目尻に涙を浮かべて茜に訴える縁だったが、茜はふるふると首を横に振った。

 

「あ、ごめんね。変な意味で言ったつもりじゃないんだよ?」

 

「へ?」

 

 キョトンと首を傾げる縁。茜は笑顔を見せながら言う。

 

「あのね、自覚は無いかもしれないけど、美月さんってみんなから好かれてると思うの」

 

「?? それは、どーしてですか?」

 

 茜がどうしてそんなことを言うのか分からず、縁は頭頂部に?を幾つも吹き出しながら問いかける。

 

「だって、アホって事はそれだけ面白くて楽しい人だって思われてるんだよ。そういう人はね、頼られるの。だって、皆を笑顔にできる才能を持ってるんだから!」

 

「…………っ!!」

 

 その一言に、縁は目を見開いた。

 

「自信を持って!」

 

 茜は少し背伸びして縁の両肩をポンポンッと叩くと、しかと言い放った。

 関心した。

 『アホ』なんて馬鹿にされる材料でしかないし、ちょっぴりコンプレックスに抱いていたから――――まさか褒め称えて貰えるなんて夢にも思っていなかった。

 

「ありがとうございます! なんか、日向さん、お姉ちゃんみたいですね!」

 

「お姉ちゃんだからね!」

 

 茜のお陰で元気が戻った。縁が精一杯の笑顔でお礼を述べてからそう言うと、茜はエヘンッと薄い胸を張る。

 

(なんか、纏さんが言ってたこと、分かる気がするなぁ)

 

 魔法少女歴4年――――自分よりも年下の女の子だが、それが見せる貫禄は伊達ではなかった。

 

(この子の言葉って、普通の子と違う。なんていうか、重みがある……胸の中にスゥ、と入っていく感じ)

 

 縁は目を閉じて、今しがたの茜の言葉を、咀嚼する。

 今なら、「アホ」が許せそうだ――――そんな気持ちにさえなってきた。

  

「どうしたの?」

 

 葵が不思議そうに目を向けながら声を掛けてくる。縁はゆっくりと目を開けると、小声で言った。

 

「纏さんが日向さんの事を話してたけど、やっぱり凄い子なんだね」

 

「4年――――一体、どんな経験を積んできたんでしょうね?」

 

 葵もまた、茜に感づかれないようにボソリと返す。

 

「わからないけど……多分、私達が想像できないぐらい辛い事もいっぱいあったと思……」

 

 う、という前にチラリと前方を確認すると、茜が顔を顰めながらジト目で睨みつけていた。

 ギョッとする縁。

 

「私が目の前にいるのに、二人でコソコソ話なんて、仲が良いんだね……?」

 

 皮肉を言われて、二人は慌てて手を振る。

 

「い、いやその……!」

 

「大した話じゃないですよ、ねえ!?」

 

 何か申し訳ないことをしたとアタフタするが、茜はその反応を見て、クスリと微笑んだ。 

 

「ふふ、冗談だよ」

 

「な、な~んだ……」

 

「よかった…‥。…………あっ」

 

 上機嫌そうな笑顔を見てホッとする。

 と、そこで、葵は思い出したようにスマホで時刻を確認した。既に待ち合わせ時間を過ぎている。

 

「日向さん、そろそろ……」

 

「そうだね。じゃあ葵ちゃんに美月さん、私の家まで案内してあげるね」

 

「場所はどこなんですか?」

 

「あの教会の裏だよ」

 

 縁が尋ねるとそう言って、駅とショッピングモールが挟む国道の左側を指さす茜。

 二人がよく目を凝らして見ると、二百メートルぐらい先に、教会と思しき、屋根に十字架を付けた白い建物が見える。

 あれがそうなのか――――

 

「じゃあ付いてきて」

 

 どうやら当たりらしい。

 茜はそう言って、縁達を促しながら、前を歩きだす。

 

 

 

 刹那――――

 

 

 

「!!!っ」

 

 頭に、電流の様な閃光が、バチリと走った。

 それは、神経を研ぎ澄まさなければ感知できない程、微弱な反応だったが、茜の4年もの長期によって培われた感覚が、唐突に“それ”をキャッチすることができた。

 

「……美月さん、葵ちゃん。ごめんね」

 

 ゆっくりと、茜が振り向く。

 瞬間、縁と葵は息を飲んだ。

 先ほどの穏やかさ愛らしさを微塵も感じさせない程の、真剣にきつく固めた茜の表情が目の前に現れた。

 同時に、纏う雰囲気も一変――――戦士の様な気迫が全身から放たれている様で、二人はプレッシャーを感じて一歩、後退(あとずさ)ってしまう。

 

「急な用事ができたの……」

 

 魔法少女にとって、急な用事(・・・・)とは、一つしかない! そう思った葵の言葉は早かった。

 

「もしかして、『魔女』ですか……!?」

 

「ううん」

 

 即座に問いかけるも、茜はフルフルと首を左右に振って否定。

 

「じゃあ、魔法少女ですか!?」

 

 縁が尋ねると、茜は暫し沈黙するが――――

 

「多分、ね……」

 

 二分ぐらい経ってから、意を決したようにこくりと頷いた。

 知らない魔力の反応だった。

 相手は、ドラグーンか。或いは、行方不明になった少女か。

 それとも――――市内で立て続けに奇妙な事件を起こしている犯人か。まさかとは思うが――――青葉市で現れたという危険人物か……いずれかは流石の茜とて検討も付かない。

 だが、反応を察知した瞬間、いつにもまして、胸騒ぎが激しい。良からぬ兆候の現れだ。 

 故に、これは絶対に見逃してはならないと、確信した。

 

「葵ちゃん、縁ちゃん。先に行っててくれる?」

 

 私も後で行くから、と付け加えると、茜は二人に背中を向けた。

 

「大丈夫、なんですか……?」

 

 胸騒ぎをしているのは、縁も同じだった。心配に満ちた様子で尋ねてくる。

 

「多分、今見逃したら大変なことになりそうな気がするの。安心して、なんとかしてみせるから」

 

 他のチームメンバーを呼ぶと時間が掛かる。反応の微弱さからして相手は近からず、遠からず―――-自身から半径100m付近の所にいるのだろう。

 何かを企んでいるのなら、絶対に実行に移させない。

 茜の正義の炎が勢いよく燃えた。顔にキッと怒りを灯すと、どこかへ向かって走り去ってしまう。

 

 

 

 

 茜の背中を見送ることしか出来なかった。

 残された二人は、ただ呆然とお互いの顔を見合わせる。

 

「……どうしよう?」

 

「どうしようって……」

 

 縁が葵に声を掛ける。その顔には茜に対する心配がありありと浮かんでいた。

 懇願するように問いかけられる葵だったが、彼女もまた、縁と同じく心配と困惑が入り混じった表情を浮かべていた。

 

「とにかく、私達じゃどうにもできないし……先に行ってた方がいいの、かも……」

 

 一般人である葵に明確な答えが掲示できる筈も無い。茜のことは気がかりだが、魔法少女同士の事情に首を突っ込む訳にもいかない。

 故に、言われた通りに行動するしか選択肢が無かった。

 

「でも、なんか……!」

 

 途端、縁が表情を強張らせた。

 

「嫌な予感、するよ……!」

 

 悔しそうに歯噛みしながらも、声色を強めにそう訴えてくる縁。

 両腕で身体を抱きかかえるようにして擦り始めていた。

 その仕草に、葵は目を見開く。

 まるで、縁にだけ(・・)寒気が襲いかかっているかのようだ。彼女が凝視する先には、茜が走り去っていった道――――!!

 

「縁…………!」

 

 今にも追いかけんばかりの形相を浮かべる縁を見て、葵は背筋がゾッとした。

 このままでは、一ヶ月前と同じく、また魔法少女の喧騒に飛び込んでいってしまう。彼女の命が危うくなれば、自分は魔法少女にならざるを得なくなる。

 葵は咄嗟に思い留まらせるべく、飛び出すようにしてその肩を掴んだ。

 

 

 

 

“●●●”

 

 

 

 

「っ!?」

 

 刹那、耳元で、誰かに囁かれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 縁は、混乱していた。

 

「…………っ!?」

 

 突然自分を呼ぶ葵の声、同時に両肩をギュウッと強く掴まれた。痛みで顔が歪み、どうしたのか、と咄嗟に振り向いて尋ねようとしたら――――愕然とした。

 葵の姿は、何処にもない(・・・・・・)

 

「葵……! 葵っ!!」

 

 大声で呼びかけるが葵の返事は無い。

 周囲を見渡すと更に驚愕した。ショッピングモールと駅を挟んだこの道には今しがた人混みで溢れていた筈なのに、今は、誰一人としていない。

 まるで、自分ひとりだけ残して消え去ってしまったかのような状況に、目が震える。

 

(一体、何が……!?)

 

 胸騒ぎは的中した。今まで経験した事態は比較にならないほど恐ろしいものを感じ取って、縁の顔から一気に血の気が引く。

 青褪めた相貌で、周囲をキョロキョロと必死に見回すと――――

 

 

 

 

 

“●●●”

 

“●●●●”

 

 

 

 

「っ!!」

 

 ゾクリと、背筋が凍りつく様な感覚!

 耳元で誰かに、何かを囁かれた。咄嗟に振り向くが、やはり、誰もいない。

 

(今のは……何……?)

 

 魔女の仕業か、魔法少女の仕業か――――それとも、ただの超常現象か…………分からない。

 ただ、想像を絶する悍ましい何かが、近くで動いている。何かをしようと自分たちに働き掛けているようだ。

 耳元で呟かれたのは、3文字と、4文字。縁にはその内容が明確に聞き取れた。

 

 

 

 

“おいで”

 

“あそぼう”

 

 

 

 

「葵……!!」

 

 親友の身が危ないと、思い至ったときには、もう両足が走り出していた。

 向かった先は、深山駅――――改札を電子切符で通過すると、顔を上げる。天井から下がった電光掲示板には『桜見丘駅行き』の電車が今にも走り出す頃合いだった。

 縁は一心不乱に、全速力でそこまで向かうと、閉じる直前のドアに飛び掛かる様にして滑り込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 茜の思惑通り、自身の100m程離れた市営住宅マンションの屋上に、その人物はいた。

 魔法少女だった。若草色のローブで全身を覆っている。

 年齢は見たところ自分と同じくらいであったが、見た目に既視感を覚えた。

 前分けにした茶色掛かった黒いショートヘアで、頭頂部に一本、アホ毛の様な毛の束がピンと跳ねている。

 クリクリとした大きな丸い瞳に、高い鼻と、小さな口――――間違いない。

 

「三坂沙都子さんね」

 

 一番最後に行方不明になった少女。毎日ニュースで報道されていたので、顔を自然と覚えていた。

 

「…………」

 

 三坂沙都子と思われし魔法少女は、茜の質問に答えることもせず、黙りこくったままだ。

 顔を俯かせて、両唇をムッと結んでいる。

 

「何かあったの?」

 

「…………」

 

 続けて質問するも、答えない。

 難しいままの顔を見せたく無いかの様に、横に逸らしてしまう。

 何かあったのには違いない――――そう感じとった茜は、

 

「大丈夫……私は貴女の敵じゃないよ」

 

「…………」

 

「心配してるだけだから」

 

 満面の笑顔でそう伝えた。

 子供がイタズラをした時、問い詰めるような真似は得策ではない、と神父様がよく言っていたのを思い出していた。

 警戒されないように、ニッコリ笑顔を見せて、相手の心に寄り添う姿勢を見せる。

 

「……っ!」

 

 そうすることで、相手は抵抗することに罪悪感を覚えて洗いざらい白状するのだと、教わった。

 案の定、沙都子の顔付きが変わった。

 ハッと驚いた様に顔が上がる。茜を見る目が、大きく開きながらも、震えていた。

 

「もし、誰かに、何も言うなって脅されてるんだったら……」

 

 沙都子の顔が悲しそうにクッと歪んだ。

 図星であると確信した。ならば、あと一押しだ。

 

「無理に話さなくっていいよ。言えることだけ、私に話してもらえないかな?」

 

 

 ――――貴女のことを、助けたいから。 

 

 

 最後にそう付け加えると、沙都子は再び顔を上げて、今にも雫が零れそうな瞳で茜を見つめた。

 何かを訴えるような目付きだ――――そう思っていると沙都子が初めて口を開く。

 

「日向さん……」

 

「っ!」

 

 ドキリと、茜の心臓が一瞬だけ、大きく弾んだ。目が自然と、大きく見開かれる。

 会話の中で、自分は名乗っていない筈だ。

 なのにどうして彼女は、知っている?

 

 

「…………………………ごめんなさい(・・・・・・)

 

 

 暫しの沈黙の後に紡がれたのは、疑問の答えでは無く、予想だにしない言葉――――謝罪だった。

 まるで意味がわからなかった。

 

 

 刹那――――

 

 

 背中全体が焼けつくような熱気(・・・・・・・・・)を感じた。

 

「っ!?」

 

 魔力反応は無し。故に魔女でも魔法少女でもない。

 なら、一体何が――――!?

 慌ててバッと勢い良く振り向いた。

 自分の背後で何が起きているのか、確認しようと思った矢先だった――――

 

 

 ――――顔を誰か(・・)に、ガッと鷲掴みにされた。

 

 

 何が起きたのかは、結局分からなかった。

 只一つ、分かったのは――――顔中が火を噴くように熱い、ということだけだ。

 

 

「爆ぜろ」

 

 

 困惑の最中に耳に叩きつけられた言葉は、燃えるような悪手とは対極的に絶対零度にまで冷え付いていた。

 指の隙間から、垣間見たのは――――ギラギラと、太陽の如き灼熱を纏い、かっと見開かれた、紅蓮の目。

 

 

 悪魔の瞳――――

 

 

 初めて見る"それ”を、そう判断した直後に、茜の全てが終わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それが、彼女が最後に見た光景だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  


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