魔法少女ゆかり☆マギカ(休載中)   作:hidon

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間を置きすぎてしまいまして、本当に申し訳ありません……!


     滾れ獣の血、叛逆の牙 C

 

 

 

 

 

 

 時は少し遡る――――

 

 

 

 

「とゆーわけでーっ!!」

 

 昨日――――日曜日の午前、桜見丘市を縄張りとする魔法少女チーム、「萱野グループ」こと『桜見丘魔法少女組』――あんまり呼ばれないが――は、定食屋『優』の2階にある優子の部屋で定例会議を開いていた。

 全員が近況を一通り報告をし終えた後、リーダー兼議長の優子が、両手をパンッと叩いて、声を張り上げる。

 

「これで今日の会議は終了!! でも最後に、アタシから一つ、みんなに伝えたいことがある」

 

 彼女の眼差しはいつになく真剣そのものだ。

 纏と茜は、背筋をピンと張って緊張の面持ちで見つめる。凛だけは、気怠そうにテーブルに肘を置いて頬杖を付き、眠た気な目を向けていた。

 

「『お使い』の報告だ!」

 

「みっちゃんから?」

 

 お使い、という名詞に纏いが小首を傾げる。

 余談だが、美味しいものに目が無い纏は、通子のインド料理屋にも頻繁に足を運んでいた。彼女との仲も良好で、「みっちゃん」、「まーちゃん」と渾名で呼び合うぐらいの間柄である。

 

「青葉市にとんでもなくヤバイ魔法少女が現れたらしい!!」

 

(きた……!)

 

 茜が身体が、強ばる。顔を固くして、両膝に置いた両手をギュウッと握り締めた。

 文乃が一週間前に話してくれた「青葉市の事件」……一昨日、荒巻 慎吾が言っていた「桜見丘を取り囲む悪魔」の存在……その二つがずっと頭に張り付いて離れなかった。

 実は、あの後、慎吾にはどこにも連れて行かれる事無く、自宅前で下ろされたのだ。

 帰宅した彼女は早速、自室のPCでニュースサイトを開き、青葉市で起きた事件を調べた。

 一番新しいものは、『一人の女子中学生が首吊り自殺をした』という件だった。

 

 名前を確認して、背筋が凍り付いた。

 

 それは青葉市を縄張りにしている魔法少女チームのリーダーの名前だった。死因は学校生活によるストレスからだと、表記されていたが……多分、いや、間違いなく違うと思った。

 誰か(・・)が、明確な悪意を持って殺害したのだ。

 そう、確信した。その人物は、桜見丘で発生している事件にも結びついているかもしれない。

 昨日、優子には電話でその推測を伝えた。そして、情報屋の通子から何かを知らされてはいないかと問いかけた所、難しそうに「ムムムム……!!」と唸られた後、「日曜日に話すよ」と流されてしまった。

 彼女ですら、大分躊躇う程のことなのだ。

 

(それがようやく――――)

 

 今日、告げられるのだと、思うと、汗がじんわりと背中に湧いて衣服が張り付いていくのを感じる。

 硬直していた身体が、急に震えだした。

 背中が全体が、冷たい。それは、発汗によって背筋が冷たくなったせいか、或るいは恐怖による寒気なのかは判別が付かなかった。

 

「みんな、真剣に聞いてくれよ!」

 

「!!」

 

 声が耳朶を叩いて、茜がバッと顔を上げる。凛と纏も、じっと見つめる。

 数拍間を置かれてから、優子は大きく口を開いた!

 

 

「青葉市にはしばらくいかない事!! 以上! 解散!!」

 

 

「~~~~っ!?!?」

 

 が――――期待していた話を優子はしてくれなかった。

 真剣な表情のまま、大口から放たれたのは、その『とんでもない魔法少女』の詳細ではなく……只の注意喚起。

 一気に全身の緊張感を抜かされた茜は、座位のバランスを失ってコテッと横に倒れた。

 

「……それだけ……ですか?」

 

 両手を付いて上体を起こすと、唖然とした表情で問いかける茜。

 

「ああ、それだけ!」

 

 だが、優子は真剣な表情のまま即答。茜の頭はガックリと倒れる。

 

「あの……その……普通だったら、しません……? 対策会議とか……」

 

「う~~~む……」

 

 意気消沈した茜が消え入りそうな声で訴えると、優子は困った様に茜から目を逸して頭をポリポリと掻き始めた。

 

「……優ちゃん、その子ってどこがとんでもないの?」

 

 何処か決意を固めた様に、顔を厳しく顰める纏が優子をじっと見つめながら問い質す。

 だが、優子はギョッと一瞬驚いた表情をしたかと思うと、顔を明後日の方に向けてしまう。

 

「とにかく、とんでもなくとんでもねえんだっ!!」

 

「?? ……意味が分からないよ優ちゃん……」

 

「つまり……言えないぐらい怖いってことですよね……?」

 

 全く説明をしない癖に威張りながら言い放つ優子に、纏は目を点にして呆気に取られる。向かい側に座る茜も溜息を吐いて呆れる。

 

「ねーカヤ」

 

 そこで黙して様子を眺めていただけの凛が、漸く会話に加わってきた。三人が一斉に彼女の方へと顔を向ける。気怠そうな態度に加えて、眠そうな目つきだが、放たれた声は低められており、僅かながら鋭さが感じられた。

 

「そいつ、どんだけ強いの?」

 

「強いとかそういう問題じゃ……」

 

 答えるべきか迷っている様子の優子に、凛は「にへら」と口の両端を釣り上げた。

 

「じゃあ、イカレ脳みそで例えてよ。あいつ何人分」

 

 なるほど、それなら分かりやすい。纏と茜は凛の意見に胸中で「おおっ」と感心すると、優子に視線を戻した。

 優子はウッと息を飲みながらも、まぁ大丈夫だろうと思って、答え始める。

 

「3狩奈……いや、もっとだな。10狩奈……もしかしたら20狩奈ぐらいか……」

 

「!!」

 

 纏が驚愕の表情を浮かべると、ある光景が頭の中を過った!

 

 

 

 

――――

 

 

 

 

『 かりな ひびきたちが あらわれた! 』

 

 

 某有名RPGの先頭BGMを背景に、デフォルメされた魔法少女姿の狩奈が3匹現れた。

 ちなみにパーティメンバー上部に表示されており、左から「ゆうこ」「りん」「まとい」「あかね」である。

 

 

『 △かりなAが なかまをよんだ!

 

    ▲かりなDが あらわれた!

 

  △かりなBが なかまをよんだ!

 

    ▲かりなEが あらわれた!

 

  △かりなCが なかまをよんだ!

 

    ▲かりなFが あらわれた!

 

  △かりなDが なかまをよんだ!

 

    ▲かりなGが あらわれた!

 

  △かりなEが なかまをよんだ!

 

    ▲かりなHが あらわれた!

 

  △かりなFが なかまをよんだ!

 

    ▲かりなIが(ry

 

  △かりなGが(ry

 

 

  …………な なんと かりなたちが……!?

  かりなたちが どんどん がったいしていく!

 

 

 

  なんと キング(?)かりなに なってしまった!  』

 

 

 

 ちなみにそれは……ドイツ製の重戦車『マウス』に、狩奈の手足と顔が生えているというエ○タークやデ○タ○ーア最終形態もびっくりな恐るべき姿だった。

 

 

 

『 ズドン!! かりなの しゅほうが ひをふいた!

 

 

  まといは 3864の ダメージをうけた!

 

      まといは しんでしまった!   』

 

 

GAME OVER

 

 

 

 ―――――

 

 

 

 

「優ちゃん、それものすっごくヤバイってことだよね……っ?」

 

 妄想を終了した纏が、顔を真っ青に染めて、ガクガクブルブルと全身を震わせてそう訴える。同意する様に他の面々を見ると、茜は完全に凍り付いており、

 

「…………だね、一人で戦争起こせそうだ……!」

 

 問いかけた張本人である凛もしばらく絶句していたが、なんとか口を開いて冗談とも真面とも付かない台詞を吐き捨てた。

 

(戦争……)

 

 一方、固まり付いていた茜だったが、凛の言葉に紛れていたある単語が、頭にしがみ付いてきた。

 

 もし、青葉市と桜見丘市で事件を起こした魔法少女の目的がそれ(・・)なら――――!!

 

 不意にそんな考えが、頭をもたげてきた。

 無論、現代人である茜にとって『戦争』なんて昔話に過ぎない。ただ、正義に準ずるが故に、それがどういうものかはよく調べていた。

 『戦争』は、力に絶対の自信を持つ集団が仕掛けるケースも、歴史上数多く存在しているのだ。日本国内でも、その類の内戦は枚挙にいとまが無い。

 

「――っ!」

 

 茜がクッと歯を噛みしめる。そんなこと、させてたまるか――――『悪魔』達に対する感情が、急激に沸き上がって、沸点を超えてきた。

 

「優子リーダー!!」

 

 茜がテーブルをバンッ!! と勢い良く叩く。全員が一斉にギョッと驚いた顔をして茜に注目した。

  

「その悪魔……みたいな魔法少女が、こっちに来る可能性が有ります!」

 

「……っ!」

 

 茜の訴えは怒声に近く、部屋中に響き渡るぐらいの音量だったが、恐怖と不安が入り混じっているせいか、震えていた。

 それを敏感に感じ取ったのだろうか、優子の片眉がピクリと動くと、目を細める。

 茜は口から火の粉を吐き続けた。

 

「もしであったら、戦うべきですよね?」

 

 ひとしきり訴えると、優子と強く向き合った。震えた言葉とは対照的に、その瞳に迷いは一片も映っておらず、戦前の兵士の如き情熱が込められていた。

 しばらくそんな茜と睨み合っていた優子だったが――――突然、顔から力が抜けたかと思うと、ハア~、と深い溜息を付いた。

 

「それがなぁ~、どうしたらいいかわからないんだよぉ」

 

 カクッと頭が項垂れる優子。

 

「へっ?!」

 

 彼女らしからぬ責任感の無い発言に、意表を疲れた茜は、素っ頓狂な声を挙げてしまう。

 

「わからないって……だって……!」

 

 魔法少女が一人、殺されてるかもしれないんですよ――――と出そうになったが、寸手で口を噤めたのは僥倖だった。

 凛と纏に余計な心配を与える訳にはいかない。

 

「逃げるか、戦うかは、わからねえんだよ。だって、今までに無い奴だし」

 

「でも、桐野卓美の時は……」

 

 茜の頭にフッと過ったのは、3年前の事だ。

 かつて緑萼市の魔法少女達を支配下に置き、悪逆非道の限りを尽くした支配者。あの時の優子は、凛と共にその巨悪を倒す決意を硬めた。そして、全力で戦い抜いたのだ。

 今回もてっきり、優子の中では対策まで考えているだろうと思ってただけに、拍子抜けだった。

 できれば優子からは、そんな腑抜けた発言は聞きたくなかったが、実際に彼女は言っているのだからどうしようも無い。

 

「あん時はまぁ……色々勢いでやってたし、なぁ」

 

 茜の視線から逃げるように、凛に黒目を泳がす優子。

 

「ボス猿ぐらいだったら、あたしらで叩きのめせるって自信は有ったよね」

 

 凛はコクコクと首を縦に振って答えた後、「でも……」と呟いてから、目を光らせた。

 

「でも……青葉に出たそいつは明らかに違う。イカレマシマシのキ●ガイってことでしょ? カヤ」

 

 凛の声色が鋭さを増した。優子は図星を突かれたのか、ウッと息を飲むと、罰の悪い顔を浮かべて答える。

 

「そうだよ……」

 

 そして、彼女はもう一度、大きく溜息を付くと、顔を上げる。再び真剣な表情を全員に見せて言い放った。

 

「だから、みんなも見かけたら全力で逃げろ。間違っても戦うなんて思うな。死ぬから。顔を合わせるのも駄目っ! 死ぬからっ!」

 

 優子はそこまで言うと、『じゃ、解散!!』と言って、半ば強引に会議を終了させた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 会議が終了し、優子の家から出た三人は、どこか浮かない顔をしながら帰路に立った。

 当然だろう。

 今まで、この桜見丘()を脅威から守ってきた。彼女達がそうできたのは、誰あろう萱野優子の存在があってこそだ。彼女が類まれなる度胸と腕力を以て、魔女や縄張り拡大を目論むドラグーンの強力なライバル達と――一切の策謀を用いることなく――真正面から立ち向かってきたから、彼女達はその勇者の如き威勢に惹かれて、付いてきた。

 チームを結成してからは、彼女の発言に間違いは無いと信じてきた。

 だが、優子は「戦うな」、「逃げろ」と言った。これは初めての事だった。

 

「ねえ……」

 

 凛と纏に挟まれる形で歩いていた茜が、突如、立ち止まって声を挙げる。

 

「ん?」

 

「どうしたの?」

 

 二人は少し歩いてから、茜が付いてこない事に気が付き、振り向いた。

 茜の眉間には皺が寄っているが、口元はギュッと結ばれており、怒りとも困惑とも付かない感情が顔に浮かんでいた。

 

 

「二人は……悪魔が襲ってきたら、どうするの?」

 

 

 ポツリと呟く茜の瞳は、意を決した様に強く瞬いていた。

 

「っ!?」

 

「……!」

 

 纏は肩をビクリと震わすと、息を飲んだ。凛は憮然とした表情だが、目を鋭く細めている。

 

「私は、逃げちゃう、かな……」

 

 最初に発言したのは、纏だった。彼女は困惑した表情で、オドオドと怖気づく様に身を縮こませた。茜の視線から目を逸しながら、そう伝えてくる。

 

「だって、私達魔法少女の敵って『魔女』だよ……。『悪魔』なんて、よく分からないし、敵いっこ無いと思う……」

 

「そう……」

 

 纏はそこで罰が悪そうに顔を俯かせた。怒られると思ったのかもしれない。

 だが、茜はその言葉を否定もせず、頷いて聞き入れた。

 

「あたしは、状況によるかな……」

 

 次いで発言したのは、凛だ。纏とは対照的に、普段どおりの飄々とした声色で続ける。

 

「そいつが、ここに踏み込んできても、何もしなかったら放っとく」

 

「放っとくって……!」

 

 にへら、と口の両端を吊り上げて笑みを浮かべてとんでもない事を言い放つ凛に、隣立つ纏がギョッと目を見開く。相対する茜も、咄嗟に噛みつきそうになった。

 

「けどね……」

 

 凛はそう呟くと、目を閉じてしばし沈黙。

 纏と茜が怪訝な表情を浮かべて、彼女が次に出す言葉をじっと待ち構える。

 

「もし、あたしが大事にしてる物を傷つけたら、容赦無くブッ潰す……ッ!」

 

 獰猛な狩人が本性を顕した。

 開かれた瞳が、鋭利な光をギラリと放ち、ドスを利かせた低い声が茜と纏の心に突き刺さった。

 

「「…………ッ!!」」

 

 ゾ~~ッと全身を震わす二人は、思う。

 一番怖いのは、青葉市に出没した魔法少女では無く、コイツ()じゃないか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後――――二人と別れて深山町へ戻った茜は、自宅へ戻らず、裏に建つ教会へと立ち寄った。子どもたちの世話をしてあげたい気持ちも勿論有ったが、それ以上にセバスチャンと話したいことがあったのだ。

 彼を捕まえると、休憩室へと誘い込んだ。木彫りのテーブルを挟んで向い会う。

 

「せやったんか……みんなはそう答えたんか」

 

 茜が一部始終――流石に魔法少女や魔女の事、それに、青葉の事件は話さなかったが――を伝えると、セバスチャンはどこか重たそうに口を開いた。

 

「ええ」

 

「茜は、どうしたいんや?」

 

 静かに問いかけると、茜は、未だ怒りが拭い去れていない表情をキッと向けて、答えた。

 

「私は……やっぱり、戦うべきだと思います!」

 

 沈痛そうに顔を浮かべるセバスチャン。やはり茜の意志は巖の様に頑強であった。

 一昨日の会話で、その堅牢な城を傾けることができたかな、と思っていたが――――結局ビクリともしなかったことに愕然となる。

 額に汗を浮かべて、後頭部をポリポリと掻くと、困った顔を浮かべて茜に話しかける。

 

「おっちゃんは、みんなが言った事の方が正しいと思うわ」

 

「……」

 

 茜は反論せず、顔を俯かせた。

 

「茜、人ってのは、自分の命だったり家族だったり、護りたいって思うモンがあるからこそ、初めて立ち向かえるんや。船坂弘もルーデルもヘイヘも……イラク戦争時のクリス・カイルも、ごまんと迫る敵と勇敢に戦ったやろ。それが胸に有ったからや。ただ相手が『悪い奴』だからってだけで戦うんは、只の自殺行為やで」

 

「…………」

 

 茜は顔を俯かせたままだが、セバスチャンの言葉は耳に突き刺さっていた。

 

「茜、お前はまず大事に思うモンを探った方がええ」

 

 ――――おっちゃんは茜に死んでほしくないんや、と付け加えて喋るセバスチャンの声色はとても穏やかではあった。

 しかし、茜にとっては、頭ごなしに叱りつけられている等しい。

 彼女は顔を歪ませる。

 一体、それを何に見い出せばいいのだろう。桜見丘の全ての人々では、駄目なんだろうか。いや、それはセバスチャンに――遠回しではあるが――駄目と言われたばかりだ。どんなに自分の意志が強くても、全ての命は助けられないと言われた。

 じゃあ、家族? お父さんとお母さん? 妹の亜励沙と亜由美? それは本当に一番大事なものだ。でも、それを守ろうと考えるのは、人として当然の『義務感』から来るものであって、自分の本心から守りたいって思うものとは、ちょっとだけ、違う気がする。

 

(じゃあ、私は、何を本当に守りたいの?)

 

 思考がぐるぐると渦巻き始める。

 迷宮に迷っている最中に、洪水が流れ込んできて、自分を何処かに押し流してしまった。悲鳴を挙げても誰も助けてはくれないし、流された先が光溢れる出口だとは限らない。更に複雑な迷路に辿り着いてしまう。

 

「あーせやせや、茜」

 

 そんな考えに耽っていると、セバスチャンが急に明朗な声を挙げた。

 

「今月も送られとったで」

 

 どうやら茜の気を紛らわす為に、話題を変えてくれたらしい。

 笑顔で差し出されたのは、一枚の封筒だ。手に取ると、僅かな厚みと重みを感じられる。

 

「今月も……ですか」

 

 まじまじと見つめる茜。確認するまでも無く中身が何か、彼女には分かっていた。

 学問のススメを書いた人物が、集団でガン首揃えていることだろう。

 

「10万も入っとった」

 

 当たり。茜の勘は見事的中。

 実は、二年ぐらい前から、セバスチャンが経営する児童養護施設に、毎月、送られてくる様になった。金額は大体10~15万円と相当だ。

 送り主は不明だが、毎回、決まって手紙も添えられていた。柔らかな筆跡で「少ないですが、これでこどもたちに、○○(時期によって異なるが、前々月は“ランドセル”だった)を買ってあげてください」と書かれていた。

 

「このご時勢、老後に備えて貯金をするンも大変なんに、随分酔狂な真似をする人やと思うで。でも、ありがたいわ」

 

「まだ、誰か分からないんですね」

 

「そや。直接会ってお礼を言わにゃ神様からバチが貰う思うて、使わずに溜めとった。けどなぁ」

 

 セバスチャンはそこでふう、と溜め息を吐く。茜は小首を傾げる。

 

「玄関入ってすぐ右側に有る女子トイレの水道が一個、駄目になっとったやろ? 流石にその人が善意でくれたモンをいつまでも放置しとくんは、悪いかもって思うて、修理費に使わせてもろたんや」

 

「そうですか……」

 

 話を聞いてて茜は思っていた。

 現金を送る無名のその人――――意図は分からないが、恐らく慈母の様に優しく、神様の様に懐の広い人だと推測できた。

 

(なんか、素敵だなぁ……)

 

 その人が魔法少女か普通の人かどうかは茜には分からない。しかし、どちらにしても、尊敬できる精神だ、と思う。魔法少女の自分よりも、遥かに。

 無名のその人物は、戦っていた。自らの生活を削ってまで、子供達の未来を守ろうと。

 自分は戦う覚悟はあっても、継続させることは、とても、できない。

 

(そういえば……)

 

 そこで茜は、少し思考を整理してみることにした。

 自分が人々の為に「戦いたい」と願っているのは、魔法少女の力があってこそだろう。でも、それは優子、凛、纏も同じの筈だ。自分だけの考え方じゃない。

 

(それに……)

 

 先の会話を思うと、彼女達には明確に守りたいものがあると考えられた。 

 優子は家族と、自分を含めた仲間達。凛は――それが何なのかは不明だが――大事にしてるものがあると言った。纏は二人に比べると背負うものは余り無い様子だが、自分の命が大事だということは推測できた。

 

(私には……)

 

 何も、無い。改めてそう自覚させられた。

 魔法少女だから戦える、というだけで、何の為に? と問われると、答えが浮かばない。

 強いて挙げられるとすれば、正義を愛しているから悪が憎いんです、という事ぐらいか。

 

(何もないんだなぁ、私って……)

 

 他の三人と比べても。お金を送ってくれる無名のその人に至っては比較になりそうも無い。

 茜はへにゃりと上体の力が一切抜けた様に、テーブルの上に突っ伏した。

 

「おっ、またやっとるで」

 

 そこで聞こえてきたセバスチャンの声が耳朶を叩いた。同時に聞こえてきたのは、休憩室の隅に置かれたテレビから。

 ニュース番組を映しているのだろう。男性キャスターの義務的な声が聞こえてくる。

 

『東京都・新宿区アパートの駐車場で男性が倒れているのが見つかり、病院に運ばれましたが、その後死亡が確認されました。現場の状況から、男性は10階の自宅のベランダから自ら飛び降りたと見られています。男性の部屋には自殺をほのめかす遺書の様な書き置きが残され、内容から入社1年目にして残業100時間を強いられた事への過労によるストレスが原因と考えられています』

 

 それを見つめるセバスチャン。画面の右上部には、男性の名前と年齢が表示されていた。

 『18』の数字を見た途端、瞳が哀れみに満ちる。

 

「まぁったく……悪魔なんぞ来んでも、社会が地獄やったらホンマどうにもならんわ……。子どもたちの未来を大人達が守れんでどないすんねん……」

 

 沈痛そうな顔を俯かせて静かに訴えるセバスチャン。茜も僅かに伏せていた顔を上げた。彼と同調するように複雑な面持ちでニュースを見つめている。

 

(“今”の子供達を守れたとしても……かあ)

 

 大人になった後は、保証できない。社会に飛び込んでしまえば、その時点で彼らは戦士となり、戦わなければならないのだ。

 しかし、覚悟も背負うものも無ければ、ニュースで報道された男性の様に何もかも食い尽くされて、殺されてしまうのだろう。

 

(そうならない為にも……)

 

 先人達は、あらかじめ教えるべきなんじゃないか、と茜は思う。

 社会の無情さ残酷さを。戦い抜く為の方法を。その為の一つとして背負うものを作らねばいけないのだということを。

 

 

(!!!)

 

 

 刹那――――茜の頭に電流が走った!

 

 無名のお金の送り主、優子を始めとする魔法少女の仲間達との会話、そして、自分が今見ているニュースの内容――――それぞれ全く関わりの無い出来事の部分部分が、茜の頭で一つに固まって『解答』の固体を形成した。

 それはまるで、天啓の様な閃きだった。

 

「神父様、ちょっと用事を思い出したので、帰ってもいいですか」

 

 何かの決意を固めた表情で、スッと立ち上がる茜。

 

「? お、おお、そうか。話が長引いて悪かったな」

 

 その相貌の力強さに気圧されながらも、セバスチャンは笑顔を向けた。テレビを切ると、彼も立ち上がる。

 

「じゃあ、またな」

 

「さようなら」

 

 扉を開けて出ていく茜を手を振って見送るセバスチャン。

 彼が最後に見た茜の背中は――――小さな身体には相応しくないほど、頼もしく見えた。自然と顔が綻ぶ。

 

(なんやようわからんけど……なんか掴んだみたいやな)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 自宅に戻った茜は、早速スマホでLINEを起動していた。

 ある連絡先を発見すると、通話ボタンをタップして耳に当てる。

 

『もしもし……』

 

 すこし細めな少女の声が聞こえてきた。茜は、意を決して口を開く。

 

「葵ちゃんね、今度の休日、私の家に来ない?」

 

『えっ?』

 

 いきなりな申し出に、相手は素っ頓狂な声を挙げてしまう。

 

 電話の相手は、柳 葵――――魔法少女では無いが、素質は有る。

 できれば、キュゥべえと契約してほしくはない。それは、茜のみならず他の仲間達も同じ願いを抱いていた。

 しかし、現実的に考えれば、彼女が魔法少女になるのは、時間の問題だと茜は考えた。纏の話では、キュゥべえが常時彼女に付き纏っているのだと聞いていた。

 それに――――『悪魔』達が、桜見丘で何かを仕掛け始めたら……可能性はグンッと高まる。

 

 最終的に、魔法少女に成るか否か、選択するのは葵だ。

 

 だからこそ、もし成ってしまった場合、如何なる苦難が待ち構えているのかを教えなければならない。

 

 

 いずれ、戦地に放り込まれるであろう者の未来を、護る――――!!

 

 

 茜は自身が戦う理由として、それを定めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『そっと開いたドアの向こうに、壊れそうな世界はある』」

 

 幻想的な空間だった。

 端的に表すなら『異界』の様な世界で、少女の謳う様な声が静かに反響した。

 

「イナ先生、それは……?」

 

 川のせせらぎにも等しいその旋律は、自分達が立つ異界には対極的とさえ言える程に酷く不釣合いに聞こえた。

 少女の隣に立つのは、ツインテールの黒髪にゴシックロリータの衣装を纏った魔法少女――――高嶺絢子は、強い違和を覚えて思わず問いかける。

 

「アンナ=アルボガストが、『ウロボロス』を創設して間もなく発表した随筆集の一節よ。誰も知らないけどね」

 

 そう語るイナの眼前に、異界は無い。広大なパノラマヴューの様な画面には、現実世界が映し出されていた。

 どこまでも澄みきった青い空に、高速で流れる白い雲の群れ。

 イナと一緒にその景観を見ていると、自分がここに行き着くまで抱えて込んでいたものがちっぽけに思えてくる。

 

「彼女が生きた時代、フランス国内では100年戦争の真っ只中だったの。いつ終わるかも分からない、血漿と腐臭が常に舞広がる世界の中で、『戦略兵器』として扱われた少女達を幾人も見てきた」

 

 その景色をうっとりとした表情で眺めるイナだったが、満足はしていなかった。あるもの(・・・・)が欠けている。

 

「彼女達を使役するのは、何れも権力欲や闘争心に取り憑かれ、真っ当な理性などとうに捨て去った無力な人間達。1431年5月、彼らが救世主と讃えたジャンヌ・ダルクが捕虜として処刑された」

 

「処刑って……」

 

「火炙りよ」

 

 息を飲む絢子に背を向けたまま放たれた言葉は、冷え付いていた。 

 

「資料によっては、その前に兵士達によって輪姦されたともいわれている。それを知った時、アンナの中で例えようも無い怒りの感情が業火となって渦を巻いたの。なぜ、力と知性を兼ね揃え、誰よりも気高き誇りを携えた勇者で有る筈の彼女が、あんな残酷な末路を迎えなければならなかったのか、と。この世界に蔓延る如何にもし難い矛盾に気付いた時、彼女は世界を憎んだ(・・・)

 

「憎しみ……」

 

 滑々(つらつら)と語るイナの言葉の最後に、刺さるものを感じた。絢子は、じっと目を細めて、イナの言葉に神経を集中させる。

 

「矛盾を正し、真に能力のある人間が讃えられる様な社会を築かなければならない。変革(それ)が可能なのは、自分しかいないのだと、彼女は気付いた。……ウロボロス(超大な龍)が息吹を挙げた瞬間よ」

 

 この一節には、その“決意”の意図が込められている――――イナはそう告げると、フッと笑みを作り上げた。

 彼女が見つめる世界の中心に、「太陽」が君臨する。目を焼き尽くさんばかりの光量を眼前にした途端、彼女の瞳が恍惚の色を強く映し出した。

 

 

「『間違えでも信じた道は、新しい景色を照らすだろう』」

 

 

 口の両端が歪むぐらいに強く吊り上がった。

 

「アンナは無力な人間だったけど、そう信じる事で“意志”を貫けた。一生を捧げて、組織の基盤を絶対に揺るぎないものへと固める事ができた。今、ウロボロスは世界規模にまで発展し、年間万単位の魔法少女が救われている」

 

 イナはそこで後ろを振り向く。

 

「でも、まだ足りない。彼女が望んだ“変革”は、まだ達成されていないから……」

 

 太陽の光を背中に浴びて、逆光で全身をどす黒く染めた彼女は、まるで焼け焦げた人形の様に絢子には見えた。

 

 

「火蓋を切るのは、貴女達よ」

 

 

「っ!!」

 

 唐突に告げられた言葉は暗に、世界を直すのも、壊すのも、変えるのも、自由(・・)だと教えられた様だった。

 絢子の全身が、震えた。燃える様な興奮が、滾る。

 少し前まで無力な自分に、そんな“采配”が委ねられるなんて思ってもみなかった。

 ふと、後ろに気配がして、振り向く。

 いつの間にか、魔法少女姿の金田莉佳子、東上綾乃、津嘉山晶、鈴木美菜が横並びになって立っていた。彼女達も、期待に満ち溢れた瞳から爛々とした光を瞬かせている。

 

「みんな……」

 

「ただいまー」

 

 絢子が目を見開いていると、空間の隅の方から軽い返事が聞こえてきた。

 

「レイさん、三坂さん」

 

「やあ!」

 

「…………」

 

 怪物の大口の様な出入り口からのこのこと歩み寄ってくるのはレイと、沙都子だった。

 レイはパアッと表情を明るくして軽快に挨拶してくるが、沙都子は対照的に、疲れ切った様子だった。光の無い瞳で顔を俯かせている。

 

「ルミは?」

 

 

「ここだ」

 

 

 周りをキョロキョロと見回した後、レイがイナに顔を向けて問いかける。

 すると、掠れた低い声が地鳴りの様に響いてきた。

 同時に、天井から、何かが降ってくる。着地した瞬間、床がぬちゃりと生肉を掴んだ様な気色悪い音を立てて、雫を跳ねた。

 

 

「わたしは、ここにいる」

 

 

 彼女の瞳が映す『赤』が、薄暗い異界の中心で陽の様に光り輝いていた。『魔眼』と呼ばれしそれを眺めていると、自分達の意識すら飲み込まれてしまいそうだ。

 恐怖が絢子達の心に湧いた。僅かに顔を逸したり俯いたりして、視界に入れないようにする。

 唯一レイだけが、一切何も感じていないようで、ニコニコと笑顔を向けている。

 

 

「始めろ、イナ」

 

 

 絢子達の願いが届いたのか、ルミは背を向けると、指示を出した。

 焼け焦げた人形の瞳が強く見開かれ、金色に瞬く。

 

 

「『このただならぬ社会は無思慮である』」

 

 

 そして、ゆっくりと口が開かれる。

 先程、アンナ=アルボガストについて語っていた人間と同一人物とは思えない程に、声色が凶変していた。

 

 

「『このただならぬ社会は軽率に物事を投げやりにしているのである。彼らは感受性が鈍いので、もしも人々が今のうちに運命と和解しないならば、早晩仕返しの運命が近寄るに違いないということを予期していないのである』」

 

 

 引用されたのは、アドルフ・ヒトラー唯一の著作・『わが闘争』の一文であった。

 言い終えた後、イナは嗤いながら全員に告げる。

 

 

「さあ、存分に思い知らせてあげましょうか。魔法少女(わたしたち)の“力”というものを」

 

 

 インキュベーター(支配者)に。

 そして、支配者(人間)に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

たった一夜

 

この夜が明けるまでに日本の首都を壊滅させる。

 

私にはその自信がある。

 

侵略とは何か。

 

祖国なるものは自らの血で守るもの。

 

その覚悟がお前たちにあるか楽しみだ。

 

思い知るがよい。

 

お前たちの防衛的拒否力など、張り子の虎だ。

 

神が消え、勇者が絶えた夜。七月十一日の夜を彼らはそう呼ぶだろう。

 

 

 

                            ――――安生 正『ゼロの迎撃』より、序文

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回、勃発。

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