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「助けて……助けて……っ!」
「あ~……完っ全に頭ヤラれてるわね、コレ」
桜見丘市警察署の屋上――――そこで篝あかりは、目の前の女性を半ばうんざりした様子で見下げながら、ボソッと呟いた。
「……どうしてかなみさんが此処に?」
隣には三納香撫が立っている。彼女も目の前の女性の有様に、困惑した様子でそう零した。
同業者の荒巻慎吾から連絡を受け取った二人の行動は早かった。
水曽野かなみ――――AVARICE社の社員にして、あかりが集めた精鋭の一人。経験10年以上の大ベテランであり、その実力は、香撫に引けを取らない。
慎吾の話では、この場所で罠を張り敵の待ち伏せをしていたそうだが、1時間前から一向に連絡が付かなくなったのだという。
もしや、敵に返り討ちにあったのではないか――――そう判断した慎吾は、あかりと香撫に様子を見るように向かわせたのだが……案の定だ。
かなみは、屋上の端っこで、ダンゴムシの様に這いつくばって丸まりながら、ガタガタと震えている。
「かなみさん、かなみさん」
「こわい……いや……助けて……っ!」
そして、あかりが何度声掛けしても、同じ反応しか返ってこない。
あかりは憮然としたまま。
一方の香撫はというと、常に自信に溢れていた筈のかなみがこんな状態にされるなんて、思いもよらなかった様子だ。驚愕に目を大きく見開きながら、見つめている。
(相手は一体、どんな魔法を?)
「とりあえず、応急処置」
かなみを打ちのめした魔法少女の事を考えると、ゾッと背筋が震えそうだ。
だが、考えている間に、あかりが、かなみの間近へと歩み寄っていた。屈むと同時に手刀を首筋にトンッと当てた。
「助けて……たす」
かなみは気絶。魔法少女の変身が解かれて、スーツ姿になった彼女はうつ伏せに倒れ込む。
同時にソウルジェムも元の形に戻り、脇にポロリと転がった。目を見張るあかり。元の色が分からないぐらい、ドス黒い色に染まっている。
「香撫姉」
「了解」
あかりが指示を出すと、香撫は虚空に向けて手を伸ばす。手首から先が消失した――――というよりは、空間の裂け目を作り、手を突っ込んでいた。何かを弄る仕草をしてると、
「はい」
何かが手に入ったらしい。空間から引っこ抜いて、取り出したものをあかりに手渡す。
グリーフシードだ。数は3つ。あかりは、それをかなみの穢れきったソウルジェムに翳す。徐々に輝きを取り戻し、元の鮮やかなアメジストが映る。
浄化を終えたソウルジェムは脇に置いた。今度は香撫がかなみの傍に寄る。屈み込んで背中に掌を置くと――――かなみの全身がソウルジェムごとフッと消えた。
「後は、お願いします。
どうやら香撫の能力で、信頼できる同業者の元へと転送したらしい。
あかりがそう呟いていると、香撫は立ち上がって後ろを向いた。対面する二人。
「おかしい。作戦じゃかなみさんの出番はまだだったんじゃ……」
「動かした奴がいんのよ」
作戦とは、あかりが立てた作戦のことだが、かなみが此処で敵を待ち伏せするという指示は一切無かった。
憮然としたままだったあかりの表情に初めて、感情が表現された。眉間に皺を寄せて、苛立たしさを隠さないドスを利かせた声色で吐き捨てる。
彼女はスマホを胸元から取り出し、いじりだすと、ある人物の元に連絡を入れた。
『あかりか』
耳にバリトンボイスが聞こえてきた瞬間だった。あかりの形相がキッと怒りに歪む。
「おいコラ政宗ぇ~? こいつぁ一体どういう事だぁ~?」
脅す様な声を早速叩き付けてやると、相手は即座に全てを察したらしい。
なんで自分の作戦に無い行動をかなみがしているのか――――それを理解した彼は、『すまん』と一言だけ、謝ってきた。
『連中があらかじめ行きそうな所で待ち伏せさせて、各個撃破を計ろうと思ったんだが……』
政宗曰く、勃発したらその時点で、どれだけの人間が犠牲になるかも分からない。
よって、あかりが提示したデータを参照し、こちらから仕掛けることで、そのリスクを少なくしようとしたのだが――――結果は失敗。
あかりは、貴重な戦力を一人、失うハメになった。
「言ったでしょ一切合切あたしに任せなって!! あんたの余計なお節介のお陰で作戦が一から練り直しよ!!」
『お前の負担を軽くしようと思ってな……』
怒鳴り散るあかり。電話の向こうの相手の声にいつもの傲岸不遜さは感じられない。
「親になったことも無い癖に親心発揮してんじゃないわよ!」
あかりは、もうお前なんか知るか、と吐き捨てると、通話を切った。
「チッ」
「どうするの?」
忌々しく舌打ちをするあかり。一方、香撫の目は、内部に続く階段が有るであろう、小屋らしき建物に向いていた。
「いや、此処はもう駄目よ」
“駄目”――――つまり、『パンドラの箱』はもう仕掛けられてる、ということだ。
「じゃあ、急いで取り除いた方がいいんじゃ」
瞬間移動が可能な自分の能力なら、例え内部にまだ敵が待ち伏せしていたとしても、逃げることが可能だ。
暗にそう込めて伝えるが、あかりは首を横に振った。
「感じるのよ……!」
あかりの表情が険しくなる。
「え?」
「奴ら、『ネズミ花火』もいっぱい仕組んでる」
「ッ!!」
あかりの言葉に香撫はギョッと目を見開くと、即座に屈み込んで、床に手を置いた。
目を閉じて、神経を研ぎ澄ませる。
警察署の内部から感じられるのは――――
(無数の魔力反応!? それにこれは……)
暗闇に覆われた視界の隅っこで、真っ赤な二つの光が小さく瞬く。
瞬間だった――――視界の至るところに、ポツポツポツポツ……と、真っ赤な両目の様な光が次々と灯されていく!
魔法少女なら誰もが見たことがあるであろうその光に、香撫は愕然となった。
(キュゥべえ!?)
あかりが先程伝えた『ネズミ花火』とは――――体内に爆弾を仕込んだキュゥべえのことだ!!
香撫はあかりからの情報でそれを知っていたが、正直半信半疑だった。
あのインキュベーターを完全に操る事ができる魔法少女いるなんて、信じられなかった。
だが、自分の瞼の裏で、無数に瞬くこれらは、正にそれが真実であることを証明していた!
「恐らく、あたしたちが内部に足を踏み入れた時点で、ドカンッ! よ」
「……!!」
つまり、警察署内で働く職員を一斉に人質に取ったのと同義。
既に悍ましい状況下にあるが、あかりは表情を変えない。至って冷徹に放つ一言に、香撫が息を飲む。
「こいつらと、かなみさんを殺さずに放置していたことから察するに……『事を起こすまで大人しくしてろ』って意味でしょうね」
「両足に釘を刺された気分ね」
香撫は端正な顔を僅かに顰めると、悔しそうにそう零した。
あかりはコクリと頷きながらも、今後の事を考えていた。
残されたAVARICE社の精鋭は、隣の香撫を含めて、あと三人――――吉野見晴と、
(政宗、慎吾ちゃん。二人をしっかり抑えときなさいよ……)
これ以上の戦力低下は避けられない。あかりは野郎二人にその願いを託していた。
☆
「あの、ボス……」
緑萼市にある政宗の自宅兼オフィスにて――――あかりとの電話を終えた直後の政宗に、慎吾が声を掛けた。
「何だ?」
「いいんスか? 本当のこと、伝えなくって」
慎吾はやや困惑した様子で問いかける。政宗は、フン、と鼻一回鳴らすと、
「伝えたら、あいつらの士気が削がれるだろう……」
とだけ呟く。慎吾は、はあ、と溜息。
「そりゃそうッスけど……ボスが全部抱えることは無いんじゃないですか?」
「…………」
政宗は沈黙。
「だって、かなみさんの意志だったんでしょ」
慎吾の一言に、政宗のサングラスの奥の瞳が僅かに泳いだ。
かなみが作戦外の行動を取ったのは、詰まる所、自分の意志だ。
政宗の指示では無い。
――――何故こんなことになったのだろうか?
かなみが作戦の全容をあかりから聞いたのは、二週間前の事だが、5日前に内容に不服があるとして、政宗に申し出てきた。
直接あかりに訴え無かったのは、はぐらかされると思ったのかもしれない。
不服とは、先程、政宗があかりにさりげなく伝えた懸念と同じ、『人命』についてだった。
魔法少女の界隈では大ベテランにあたるかなみはプライドは高いものの傲慢では無かった。正義を愛し、手に入れた力を人の為に尽くしたいと考える人柄だ。
そんな彼女が、あかりの作戦を素直に承諾するのか?
答えは、否。
『敵が蜂起したら、こちらも作戦開始。それまでは爪を研げ』なんて指示を受け入れられる筈が無かった。
前述したが連中が蜂起した時点で多数の人間が犠牲になる可能性が高いのだ。あかりの作戦とは、とどのつまり、成功率は高いが、犠牲は黙認する、ということだ。
それを、かなみは許せなかった。
彼女は政宗に、精鋭が個々に、連中が仕掛けそうな場所に出向いて、各個撃破すべき、と提案。
政宗は、「あかりから作戦を聞いただろう、連中は単騎でも恐ろしい化物だ、チームプレーで対処するに越したことはない」と、説得した。
だが、その言葉が、かなみのプライドに触れてしまった。
AVARICE社の精鋭が負けるはずが無い、とかなみは豪語する。
流石の政宗とて、個々人の誇りや、正義感を自由に操作できる程の話術は持ち合わせていない。
あかりには申し訳無いと思いながらも、渋々、かなみの提案を受け入れるしか無かった。
「ただ、怪我の巧妙だった……」
「そうっスね」
意味深な諺を持ち出す政宗に、慎吾は同意する。
かなみが倒れたという報告は、見晴と良樹も聞いていたが、あかりが心配してた状態には成らなかった。
寧ろ逆、二人共々連中の恐ろしさを悟り、『作戦開始まで待機する』と言ってくれた。
「あとは、此処の高みの見物客共をどう動かすかだが……。慎吾、お前の方は?」
「こっちはOKですよ。俺の見立てだとあの子は必ず『YES』って言うでしょうから」
慎吾は脳裏にある少女の姿を思い描き、クスクスと愉快気に笑い出す。
政宗もフッと微笑を浮かべた。
「なら、大丈夫だな」
そう言って、後ろを振り向いた。
夜空には綺麗な満月が浮かんでいたが、心が休まる気は無い。
連中はこの間にも桜見丘で、次々と『パンドラの箱』を仕掛けていることだろう――――全てが起きたら、連中はどこまでやるのか。
桜見丘市の住民、全てが死ぬまでか。
全ての家屋、公共機関、施設が破壊し尽くすまでか。
まるで、想像できなかった。
やがて、この冷たい満月もあと10時間後には消え去り、熱いだけの太陽に変わるのか――――そう思うと、能天気な空が妙に忌々しかった。
約4300字と短編なのかよく分からない文量でした。
一応、説明回のつもり……です。あとはここんとこ行方不明気味な野郎二人の今後の動向を書いておきたいと思いまして……。