魔法少女ゆかり☆マギカ(休載中)   作:hidon

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また、間を置きすぎました。


     空虚と多様に変動を C

 

 

 

 

 

「三坂沙都子、貴女は“ピジン言語”を知っているかしら?」

 

 あの礼拝堂の懺悔室で――――気が遠くなりそうな話の最後に、彼女はこう問いかけてきた。

 私は意識がボンヤリとしながらも「知りません」と答えると、フッと笑みを零して、

 

「じゃあ、教えてあげましょうか」

 

 と言った。部屋の隅にある本棚には、聞いたことのない著者の本が並べられている。

 そこから、一冊の本を取り出して、朗読を始めた。

 

「【かつて、奴隷労働が合法だった時代、アフリカの様々な部落から誘拐されてきた黒人は、同じ農園主の下で、奴隷労働者として働かされるハメになった。

 黒人同士といっても、元々生まれ育った土地も部族も習慣も違うから、会話が通じ合う筈が無い。でも、コミュニケーションが成り立たなければ、「仕事」は全うできない】

 

 ――――さて、八方塞がりの状況を、彼らはどう対処したと思う?」

 

 そんな質問をされたところで、日本人である私には、全く検討も付かない。とはいえ、いつまでもボーッとしてるのは失礼だと思ったので、とりあえず首を俯かせて、「う~~ん」と唸って、考えるフリだけはして見せた。

 答えられずにいると、彼女が口を開く。

 

「 答えは“真似”よ。

 

 【主人の言語、つまり英語を聞き取って片言で話すようになった。あとから手探りで学んだ言語だから、オリジナルに比べて文法的にはめちゃくちゃだし、規則性も固定していて、語順を入れ替えたりといった文学的技巧を凝らして自由に話すことはできない。その第一世代の言語は、“ピジン英語”と呼ばれる】

 

 ――――やがて奴隷たちは子供を作り、そのピジンは第ニ世代へと引き継がれていく訳だけど……そこで“奇跡”が起きたの」

 

 『奇跡』――――という単語が、刺激になった。微睡んでいた意識が覚醒していく。

 顔を上げて真剣に見つめると、彼女は私に「期待通りの反応ね」とでも言いたげに、満足そうに笑って見せた。

 

「【奴隷たちの子供が、そのピジンを母語として育ち、同じくピジンを母語として育った他の子供と接したとき、硬直した第一世代のピジンにはない、より生き生きとした(・・・・・・・・・)自然な言語(・・・・・)らしい“文法”が生まれた。親が用いていなかったはずの“文法”を、子供たちが発明した。

 親が見様見真似で喋っていたぎこちない英語の会話を聴きながら育った世代が、新しく生み出した言葉、それは混成語――――“クレオール”と呼ばれる。

 クレオールはピジンと違い完成された言語であり、他の言語に引けをとらない。文法・発音・語彙の要素が発達・統一され、複雑な意思疎通が可能になった】

 

 ――――何故、第ニ世代の子供達は、そんな大それたものを極自然に生み出せたと思う?」

 

 再び質問をされるが、彼女の話す内容に、驚愕と困惑が同時に齎されてしまって、すぐには答えられなかった。

 そんな『奇跡』が起きた理由を私が理解できる筈が無い。

 

「……分かりません」

 

 だから、再び悩むフリをした後に、こう答えるしか無かった。

 

 

「【それは脳がその内部にあらかじめ、手持ちの要素を組み合わせて文を生成するしくみを持っていたからに他ならない】」

 

 

 即座に、彼女の口から答えが返ってきた。

 

「つまり、人間の脳は、『奴隷』という絶望的状況下でも、生き抜く為の最適解を導き出すことができる、ということよ。“魔法”に頼ることなく、ね」

 

 その衝撃的な内容に呆然となる。彼女は、本をパタン、と閉じると、私の前に跪いた。耳元に口を近づけて、囁く。

 

「……三坂沙都子、あのオバサンが気になるのなら、しばらく付いてみるといい」

 

「!?」

 

 母親の様な包容力に満ちた声色だったが、紡ぎ出された言葉に――――背中が氷水を一滴垂らされたみたいに、ヒヤリとなった。

 

「ふふ、そんなに怖がらなくて大丈夫よ」

 

 びくりと震える私に優しく笑って言う。

 何が“大丈夫”なのか――――全く根拠が無かったが、「彼女がそう言うのなら、多分、大丈夫なんだろう」、と……何故かその時は、そう確信を持ってしまった。

 

「確かに、あのオバサンは、人間の視点から見れば、“悪”でしかない」

 

「…………」

 

「そう断じて、目を背けるのは容易い。では、魔法少女の視点から見てみるとどうかしら?」

 

「…………」

 

「彼女が特異な性質の持ち主であるが故に、魔法少女に成ってからソウルジェムを一度も濁らせたことが無いのは事実よ。つまり……未だインキュベーターに隷属を強いられている魔法少女(私達)に取っては、『“善”であり、“希望”にも成り得る』」

 

「…………」

 

「黒人奴隷が、真似事からピジンを作り、やがてクレオールを生み出した様に……魔法少女(私達)が生き抜く為の『解答』が既に彼女の頭の中に有る。三坂沙都子、貴女が生きたいと、救われたいと思っているのなら……戦いの最中では無く、寿命で老い果てたいと願っているのなら……彼女を只管模倣するといい。思考、行動、言動、生活、態度、性質、嗜好から学べるものは、貴女に取って救いになると信じているわ」

 

 

 ――――そして、私は“魔境”に送り込まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――さん」

 

「…………」

 

「三坂さん」

 

「…………!」

 

 何者かの声が、沙都子の意識を現実へと連れ戻した。はっ、と目を見開く。自分は窓の外の流れる夜景を眺めている。

 顔を戻すと自分が車の助手席に座っていた事を思い出した。目線を少し上げて、時刻を確認すると、『19:00』と表示されていた。

 ――――場所は桜美丘市街のバイパス道路。普段だったら退勤中の車で込み入っている筈なのに、今日はいやに少ない。

 いや、寧ろ――――と、窓越しに周囲を見遣ると、自分達が乗るもの以外の車の姿が見当たらない。まるで、今日だけ、どこかへと消え去ってしまったかのようだ。

 静けさが、逆に不気味に感じられた。

 ふと、運転席の方を見ると、『レイ』と名乗った、私服姿の女性が、ハンドルを握って運転していた。

 そうだ、と沙都子は更に思い出す。彼女としばらく談笑――というより向こうが一方的に喋って勝手に笑っているだけだったが――を交わした後、「イナに言われた事があるから」と言われて、礼拝堂の外に停めてある車に乗る様に誘われた。

 

 ある積荷を乗せて――――

 

「……」

 

 沙都子は後ろを振り向く。折り畳まれてトランクと一体化した後部座席の上には、買い物かご大のバスケットが所狭しと置かれている。

 その一つ一つの中には、ルービックキューブぐらいの小さな箱がギッシリと積み込まれていた。

 レイ曰く、これからの仕事に必要なものだから、とのことだが、手の平サイズの小さな箱に何かが仕組まれているなんて到底思えない。

 

 だが、箱に書かれている、名称が、気になった。

 

「どうしたの、ボーっとして」

 

 考えていると、レイが運転に集中したまま声を掛けてくる。額を抑え、はあ、と息を付く沙都子。

 

「いえ、イナ先生の言葉が気になって……」

 

「ああ、あいつの言葉なんて8割方嘘っぱちだよ。気にしなくて平気平気」

 

 詐欺師の戯言だから――――最後に付け加えられたその言葉には棘が含まれているように感じた。

 

「……で、何言われたの?」

 

「……気になるんですか?」

 

「折角仲良くなった子が、あいつのペテンに惑わされてるからね。こういうのは見過ごせない」

 

 仲良くなった気は全く無いのだが――――なぜか自分は、彼女に気に入られてしまったらしい。

 沙都子は、下腹部が圧迫されるようなプレッシャーに、忌々しい思いを抱きつつも、口を開いた。

 

「ピジン言語って、聞いたこと有ります?」

 

「ああ、黒人奴隷がそれからクレオールを話すってやつでしょ? 聞いた聞いた。まあ信じて無いけどね」

 

 あんまり真剣に聞いてもいなかったし、とレイは付け加える。

 直後、赤信号にぶつかり、車を停止させた。

 

「ああ、でも……、最後に……面白い事を言ってたっけなぁ……確か……」

 

 そこで、レイの口の両端が、にんまりと吊り上がっていく。

 何か彼女にとって(・・・・・・)愉しい事を思い出したに違いない。屈託無い、まるで少女の様な笑顔は、底知れない残忍性を孕んでいる様に沙都子には見えた。

 息を飲む。彼女がそういう顔で話す言葉は決まって――――

 

「『私の知っていることを話そう』」

 

 考えている内に、レイは喋りだした。誰かの言葉の引用だ。

 

「『黒人を働くように説得しようとすることは「豚に真珠を投げること」に似ている』」

 

 酷く愉しげな口調が、嫌なぐらい耳に張り付いた。

 

「『奴隷は働くように仕向けなければならないし、その義務を果たさなかったらそのために“罰”を受けることを常に理解させて置くべきである』」

 

「……!」

 

 最後の言葉に、沙都子の背中が、ビクリと震えた。まるで、刃の切っ先を喉元に突きつけられたような感覚だ。

 涙目になりながら、思う。

 そうだ、彼女が愉しげに話す言葉は、決まって――――悍ましくて、残酷で、狂気に満ちていて……内容を想像すると、血生臭さすら感じられた。

 邂逅を果たしてから、2時間と僅か数分しか経っていないが、沙都子は、『レイ』という人間を凡そ理解出来た気がした。

 彼女は、とても単純だ――――

 

 普通じゃない(・・・・・・)、狂っている――――!

 

 強まっていくプレッシャーが下腹部が更に圧迫して、胃酸を急上昇させる。胸を通過し、喉元で張り付いた。

 嘔気が襲いかかってきて、咄嗟に口元を手で塞いだ。

 

「ああ、ビビらせちゃった。ごめんごめん。別に貴女をその奴隷みたいにしようってワケじゃないから、安心して」

 

 青信号になって車が発進。レイの目線は既に前方を向いていた。言葉とは対照的にその態度は、嘔気付く沙都子を全く気にも留めてなかった。

 

「そんなことしたって、別に面白くないしね~」

 

「レイさん……貴女は……」

 

「んー??」

 

 嘔気を強引に飲み込んで、沙都子が何かを訴えようとする。レイは横目で沙都子の方を見た。鋭い眼光が、突き刺さる。だが、沙都子は、

 

「……人が脅されて、怖がって、苦しんでいるのを見て、どう思うんですか?」

 

 必死に堪えて、問いかける。今の私を見て、なんとも思わないのか、と暗にぶつけてみる。

 しかし――――

 

「愉しいよ」

 

「……!」

 

「溺れるみたいにもがいて、苦しんで、何もできないまま死んでいくザマを見てるのがさ……、結構好きなんだ」

 

 イナは、至極平然と答えた。まるで趣味を打ち明ける様なその口ぶりが、恐怖で覆われた沙都子の心に僅かながらの義憤を齎す。

 

「それは……間違ってます……!」

 

 できるだけ、はっきりと、語気を強めにして指摘する沙都子。

 

「見解の相違だよ」

 

 だが、レイには全く通用しない。嘲笑う様な笑みで、ひらりと受け流した。

 

「魔法少女ってのはさ……自由なんだよ。そのときにできることをやらないで、後になって後悔したら嫌じゃない? 私は幸せになりたいの。その過程に“欲望”があるから、それを満たす為の努力だったらなんだってする。 これって、酷いことでもなんでもないんじゃない?」

 

「……っ!」

 

 胃が焼き付くように熱い。

 だが、魔法少女を『自由』だと言ったのは、印象的だった。

 確かに、魔法少女の世界では具体的な法律(ルール)は無い。定めようとする者も、これまで現れなかったらしい。

 だから、何をしたって罰がくだされることは無い。それがどれだけ残忍で、夥しくて、異常に極まるものであろうとも、絶望しなければ(・・・・・・・)……許される。

 

 故に、彼女(レイ)は――――世界から、許されている。存在を、容認されている。

 

「むしろ……幸せを求めないで、人に尽くそうって考えてる奴ほど、異常だって私は思うんだよ。そういう魔法少女は、絶対生き延びれない。三坂さんがそういう小粒な子が好きだっていうのなら何も言わないけど……私の“幸せ”をつまらない視点から否定しないで欲しいよ」

 

 レイは笑顔のままだが、細められた目から僅かに発せられる藍色の眼光は、冷え付いていた。

 煮え滾った胃酸が沸騰と同時に胸を焼き尽くしていく。

 

「……もし私にむかって、人の命をただ慰めと暇潰しでもするように弄ぶのはいけない事だって訴える奴がいるとしたら……そいつは、私のように、愉しみと、慰めと、暇つぶしがどんなに値打ちがあるかということを知らないんだ。『正しさ』なんか全て、糞食らえと言ってやりたいぐらいだね」

 

 低めた声が、怪物の唸りの様に、車中に重く響き渡った。

 無駄な抵抗はやめろ、と暗に込められている気がして、沙都子はレイから目を逸らす。冷房は一切入れていないのに、凍りつく様な寒さが全身に纏わりついた感覚がして、ガタガタと震え上がった。

 そこで、再び赤信号に差し掛かり、車を停める。レイは沙都子を全く意にも介さずに、後ろを確認する。

 

「三坂さんは、“パンドラの箱”って知ってる?」

 

「……! はい、まあ……」

 

 先程、沙都子が気になっていた積荷――――正確には、バスケットに詰め込まれたルービックキューブ大の箱を見て、問いかける。

 ……確か、ギリシャ神話に登場するものだったっけ。その神話自体は読んだことが無いから詳しくは知らないけど、“パンドラの箱”だけなら色んなゲームや著作物に登場するから、知っていた。

 沙都子はレイに釣られる様に後ろを向いて、箱の表面に記載されている名称を確認。

 目を凝らさないと見えないぐらいの小さな文字だが……そこには、“Pandoraーtype β”と表記されていた。

 

「これは……一体、何なんですか?」

 

「『人間にとっての絶望、魔法少女にとっての希望』」

 

「……!?」

 

 沙都子が愕然と目を見開いてレイを見る。彼女はくつくつと、残忍に吊り上がった口元から、笑みを漏らしていた。

 

 

「こいつが、威力(・・)を発揮する時が、愉しみね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 礼拝堂の懺悔室――――薄暗い室内に、ステンドグラスから斜め下に向かって虹色の光が差し込んでいた。幻想的な色合いに満ちた室内の中央には、木製のテーブルが置かれている。

 その前の座椅子に腰掛けながら、イナは、一冊の本を眺めていた。

 

 

 

【さて、貴女ならどうする? 滅びゆく魔法少女(彼女達)を切り捨てるのか、導くのか……? 貴女は、私達が現代のホモ・サピエンスに成り得る為には、ネアンデルタール人たる魔法少女(彼女達)に何を齎す事が重要だと思ってる?】

 

 

 

 高嶺絢子、金田莉佳子、東上綾乃、津嘉山晶、鈴木美菜、三坂沙都子……彼女達を誘うずっと、ずっと前。

 イナは、彼女に全く同じ質問をしたことを、思い出していた。

 

 

――――『どちらでもない』

 

 

 即座に彼女は、こう言った。

 

 

――――『慣らせろ』

 

 

 彼女の言った言葉を最初は理解できなかった。呆気に取られて、「慣れ?」と鸚鵡返ししてしまった。

 

 

――――『わたしは、この身体になって、一週間しか経っていない。使い方を把握できていない。だから、わたしは、ネアンデルタール人だ』

 

 

 つまり……魔法少女と同じだ、と彼女達は言いたかったのだろう。

 インキュベーターに搾取され、虚構に覆われた人間社会で喘ぐ彼女達と同類だと。

 彼女が放つ言葉はいつも語彙に乏しく、解釈が必要になった。だが、その煉獄の業火を彷彿とさせる禍々しき瞳から発せられるが、強靭な意志を灯していた。

 

 

 

――――『わたしは、この力を理解したい。だから使う機会を、もっと増やせろ』

 

 

――――『極限に到達した時が、“ホモ・サピエンス”への、第一歩になる』

 

 

――――『魔法少女をどうするかは、それからだ』

 

 

――――『まずは、おまえの手で、“舞台”を整えろ』――――

 

 

 

 彼女はそう言っていた。

 本は、開かれた状態で置かれている。偶然にも、そのページに書かれている文章が、今の自分の想いと合致していた。

 

 

「光あれ」

 

 

 旧約聖書・創世記の冒頭――――天地創造の物語はその一文から、始まりを告げた。

 

 

「混沌の地を照らし、深淵の闇を切り拓きなさい」

 

 

 顔をぐっと、見上げる。そこにあるのは天窓。何色にも染まっていない純白の光が、目に突き刺さっていく。

 

 

ルミ

 

 

 降り注ぐ陽の光を全身に浴びると、身体に喜びが齎されて、小刻みに震えた、くぐもった笑い声が、自然と口から漏れていた。

 

 その愉悦の原因を知る者は――――彼女以外に誰も存在しなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




以上、沙都子の胃痛タイムでした。

序盤は手元の小説と、ネットからの引用のラッシュなのですが、いつかは、参考文献という形で、引用元の書物を各話ごとに紹介できれば、と思ってます。


以下、余談

 「ブラックパンサー」観てきました。映像・アクション共に控えめに言って超最高でした。あと、いろいろとチートスペックながらも、終始悩み苦しみ、自分なりの正しさを必死に模索していく主人公の人間臭さがドツボに嵌りました。
 個人的に「デトロイト」とセットで観ると、作中で抱える問題が理解できて、より愉しめるかなあ、なんて思います。

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