魔法少女ゆかり☆マギカ(休載中)   作:hidon

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間を開けすぎた上に、16000字(二話分)という、めっちゃくちゃ長い文章ですが、お読み頂ければ幸いです。


     空虚と多様に変動を B

 

 

 

 

 

 

「ッ!!」

 

 ――――命が急ブレーキを掛けたのは、その瞬間だった。

 

「「!!?」」

 

 車内に走る衝撃に、縁と葵の身体が飛び跳ねる。シートベルトをしていたため、身が投げ出されずに済んだ。

 何事かと思って、直ぐさま前方を確認すると――――ヒヤリとなる。

 自分達と同じぐらいの少女が道路に飛び出していた!

 間近で車が急停止したのにも関わらず、駆ける足を止めずに、対向車線へと踏み込んでいく!

 

「!!」

 

 対向車線の奥に目を向けると、猛スピードで迫ってくる車が見えた

 それを確認した命の目つきが、キッと鋭くなる。彼女は右手をハンドルから離して、グッと水平に伸ばすと、少女に重ね合わせる。

 直後――――縁と葵が思わず目を剥いてしまう程の光景が映った。

 対向車線へと飛び出した少女が、車に直撃する寸前に、フッと掻き消える!

 

「今のは!?」

 

「私の固有魔法です!」

 

「それって!?」

 

「説明は後っ! 多分、まだ……」

 

 縁と葵の質問を跳ね除けると命は鬼気迫る形相で視線をキョロキョロ動かす。恐らく、今の少女以外にも居るはずだ(・・・・・)

 

「命さんっ!! アレは!?」

 

 背後から縁の叫ぶ様な声。左手の窓から何かを見たらしい。即座に命は――背後に座る葵に「ちょっと失礼!」と言うと――背もたれを少し倒して、後部座席の左窓を見る。

 

「…………ッ!?」

 

 そこに映ったものを見た瞬間――――背筋が凍りついた。

 ガードレール越しの歩道には、奇妙な老若男女の集団が有った。よく目を凝らして見ると、誰もが顔が虚ろで生気の無い。次いで首元を見ると、何かの刻印の様なマークが印されていた。

 すると、最前列の男女達は何を思ったのか、ガードレールを乗り越え始める!

 

「まずい…………!!」

 

 あのままだと、先の少女と同じく道路に飛び出してしまう!

 確信した命は、今度は左手を水平に伸ばすと、ガードレール越しの集団に重ねる。

 彼らの足元から黒い霧の様な物が瞬時に吹き上がってきたかと思うと、全身を包み込んで――――フッと掻き消した。

 命は、ふぅ、と一息付くと、背もたれを元に戻す。

 

「何なの、アレ……?」

 

「まさか……!」

 

 縁は立て続けに見えた奇妙な光景に呆然となり、葵は何かを確信したのか、顔に冷や汗を浮かべながら、口元を手で覆う。

 

「……美月さん、柳さん、今から車を降ります」

 

「「!!」」

 

 直後、聞こえてきた声色に、縁と葵はギョッと肩を固くする。

 先程の呑気で間延びした口調からは一変――――トーンを低めた、冷徹さすら感じられる声が、命の口から発せられた。

 丁度、左手には大型パチンコホールが見えており、ガードレールの隙間から車を侵入させると、一番近くに有る駐車スペースに車を停めた。

 

「……いいですか? これから絶対に、私の傍を離れないでください。離れたら……死にます」

 

「「ッ!!」」

 

 後ろを振り向きながら、凍てついた声で静かに告げてくる命。真っ白に近い相貌と、ハイライトの無い暗黒の瞳が相乗効果となって、まるでゾンビの様だ。

 ゾッとするような悪寒を全身に覚えた二人は、ガタガタ震えながらコクコクと頷く。

 了解を得た命は「よし」と独り言の様に呟くと、ポケットからスマホを取り出して、LINEを起動した。ある連絡先を見つけると、通話ボタンをタップして、耳に当てる。

 

「もしもし……、Kチームリーダー・花見区担当の金田さんですね? 幹部の八奈美です。ただ今、魔女の口づけを受けた集団に…………ええ、気付いてましたか……。場所は、大型パチンコホール【ケイネス】前です。まだ口づけを受けた人達がいるかもしれませんので、至急メンバーを集めて対処してください。…………魔女ですか? 私一人で片付けます」

 

 一通り指示を出し終えた命は通話を切ると、スマホをポケットにしまった。

 そして、ゆっくりとドアを開けて、外に出る。

 

「葵、出よう!」

 

「ええ……」

 

 縁もドアを開けると、未だ怯えている葵の右手を引っ張って車外へと出る。

 

「八奈美さん、今の人達って!?」

 

 すぐに命に駆け寄り、鬼気迫る表情で問いかける縁。

 

「あれは……」

 

「【魔女の口づけ】……」

 

 命が答えるより早く、縁に引っ張られたままの葵が、顔を俯かせながら呟いた。

 

「!」

 

「知ってたの葵!?」

 

 命が目を見開き、縁が驚くように葵を見る。

 

「ええ……。纏さんが言ってたんだけど、魔女が一般人を殺すのは結界に取り込むだけじゃない。今の人達みたいに、呪いを掛けて集団自殺に見せかけて殺すこともあるんだって……」

 

「そんな……!」

 

「ごめんなさい、縁」

 

 愕然とする縁へ唐突に謝ってくる葵。

 

「な、何で……?」

 

「私に素質があったから、あなたまでこんな目に」

 

「葵っ!」

 

 また自分を攻めようとしている――――!

 葵の震えた目を見た瞬間、そう思った縁は彼女の左手を、ギュッ! と、強く握り締めた。

 

「今は、そんなこと言ってる場合じゃないよ!」

 

「柳さん、ご安心くださいっ! 貴女と美月さんは、この私が必ずお守り致します!」

 

「縁、八奈美さん……!」

 

 命も胸元で両手をグッと握り締めて、力強く宣言する。

 二人の言葉に、勇気付けられる葵。

 

「それに、美月さんの言うとおり、今は一刻の猶予も有りません! 早く魔女を見つけないと、犠牲者が増える一方です!」

 

「でも、魔女はどこに……!?」

 

 葵が俯かせた顔を上げると、命の顔をしかと見つめながら問いかける。

 

「う~~む、近くに反応はあるんですがねぇ……」

 

 命は唸りながら、キョロキョロ見回す。彼女の身体は先程から強烈な魔力を感じていた。つまり、魔女は絶対に近くに居るのだ。だが、四方八方見渡しても、結界の出入り口が見当たらない。

 

 

「あ」

 

 

 いきなり飛び出す『あ』ほど怖い物は無い。縁の言葉にギョッとなる葵と命。

 

「えっ!」

 

「どうしました!? 美月さん!」

 

「命さん。下、下」

 

 縁の目線は足元に向いており、指先でチョンチョンと二人に下を見るように促してきた。

 

「「あ」」

 

 下を見た二人の目が、点になる。

 地面には、謎の円形が有った。淡い桃色の光を放つそれの中心には、先程の人達の首元に印されていた魔女の口づけと同じマークが有った。

 

「間違いありません。コレですよ!」

 

 それが『魔女の結界』の入り口だと、命は瞬時に確信した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結界に入り込んだ三人に見えたのは、相変わらずの二次元的な平面絵だったが、これまでとは明らかに違っていた。

 

「……キレイな空」

 

 まず、雲一つない青い空。

 

「……この野原、どこまで続いてるんだろう?」

 

 次に、地平線の彼方まで無限に続く緑の原。

 

「こういう結界は珍しいですねぇ」

 

 命は自然と、そう口にした。

 何せ魔女の結界と言えば、一切目に優しく無い。サイケデリックの様な極彩色が渦巻く、奇妙奇天烈七変化の空間であることが常だ。故に、青と緑の二色だけで統一されたこの世界は、違和感を覚える。

 加えて、子供の落書きの様な異形が意思を持ってハシャイでいる姿も無い。というか寧ろ、住民は誰一人も居ない。

 とっても、静かで、のどかで――――ゆっくり一休みしたくなるような世界が広がっていた。

 

「……お二方、私の影の上に立って下さい」

 

 だが、異様に平穏に満ち溢れたこの結界は、明らかに普通の魔女の結界とは違う。明らかに異質であった。

 自分達を油断させる為に魔女が仕組んだものかもしれない――――と命の勘が警鐘を鳴らす。警戒心を強めた彼女は、縁と葵にそう告げる。

 

「え? あ、はい」

 

「こう……ですか?」

 

 縁と葵は言われるまま、命の背後にある影の上に立つ。

 すると――――

 

「「!!」」

 

 一瞬何が起きたのかわからなかった。

 足元に浮遊感が発生したかと思ったら、一瞬で身体が地面に落っこちて――――視界が暗黒で覆われた。

 

(えええええええええ!!?)

 

(縁!? 一体何が起きたの!?)

 

(わ、わかんないよ!)

 

 暗闇の中で二人は慌てる。お互いの声が聴こえるのだけは唯一の救いだった。

 

 

<きひひひひ………>

 

 

「「!?」」

 

 すると、命の奇妙な笑い声が響いてきて、二人はビクンッと身を強張らせる。

 

<もう安全ですよぉ>

 

(八奈美さん!?)

 

(どういうこと!?)

 

<私は『影を自由自在に操る事』ができるんです。たった今、お二人は私の影に飲み込まれました。そこに居れば、魔女から攻撃を受けることは有りません>

 

(へえ~!)

 

(す、凄い魔法ですね……!)

 

 縁は目を輝かせて、葵は呆然としながら感嘆な声を挙げた。

 

<あ、でも、私が死んじゃったら一生そのままですけど>

 

(えええええええええええええええ!!??)

 

(さ、さらっと、怖いこと言わないでください!!)

 

 何気ない様子でとんでもないことを言う命に、縁は涙目で絶叫! 葵も恐怖で身体を震わせながら怒鳴る!

 

<あはは~。ジョーダンですよぉ。大丈夫です。必ず貴方達をそこから出してあげますよぉ。だって私は――――>

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最強(・・)の魔法少女ですからッ!!!」

 

 威勢良く宣言しながら、お伽噺に登場する黒いローブとトンガリ帽子の魔女姿へと変身する命。

 刹那、上空に二つの魔力を感知。顔を上に向けると――――『使い魔』が浮遊していた。

 

(見て葵、象が飛んでるよ!?)

 

(ダ○ボ……?)

 

 命の背後の影から、二人の少女の声が響く。声色と口調からして縁と葵の様だ。

 後で二人は知ることになるが、命の影に飲み込まれた者は、彼女と視覚と聴覚を共有することになるそうだ。よって、命が見た使い魔の姿を知ることができる。

 なお、宙を舞う二体の使い魔の姿だが、こちらは平穏な風景に相応しくない異形の容姿で有った。全身をピンク一色に染めて、両眼をモザイク柄のアイマスクで覆った象の化物は、両耳をパタパタとはためかせて、のんきに空を飛んでいた。

 

「キタキタ……!」

 

 命がニタニタと不気味に微笑む。

 すると、彼女は両手を足元に野原に付いた。魔法陣が一瞬でバアッ!と彼女を中心に、周囲に広がり、光芒を放つ。

 

「先制攻撃です!!」

 

 命が力強く言うと、両手に念を込める。

 使い魔の真下にある影から、黒い粒子が霧状に発生した――――瞬間!!

 

((!!))

 

 命と視覚を共有していた縁と葵は、視界の光景に目を見開く。

 黒い粒子は収束すると、巨大な黒い手となって、上空の使い魔に向かって一直線に伸びた。身体を鷲掴みすると、そのまま握り締める。

 グシャッ! と気色悪い音が響いて、おどろおどろしい色の体液が手の隙間から流れてくる。

 使い魔が絶命したことによって、その影によって形成された黒い手も、自然と霧消した。

 残ったもう一体の使い魔はそこで、命に気付いたらしい。

 急降下を仕掛けてくるが、それもまた、自身の影から伸びた黒い手によってグシャリと握り潰された。

 

「!!」

 

 そこで、命はハイライトの無い漆黒の目をギランッと瞬きながら、バッと上を向いた。

 見えたのは、先程抹殺した使い魔。だが、一体や二体ではない。30匹はいるであろう『群れ』だ。

 

(大変! ダ○ボがいっぱいだよ!!)

 

「きひひ……。象が空を飛ぶなんて気味悪いですねぇ~!」

 

(八奈美さん! それダ○ボの作者に失礼ですよっ!!)

 

(どうでもいいわよ! ……っていうか八奈美さんの笑い方も十分気味悪いですけど……)

 

 漫才染みたやりとりをする3人だが、それだけ余裕があるということだ。

 30体もの使い魔を前にしても、命の自信は、全く揺らいではいない。愉快気な笑みを浮かべる彼女の両眼は、闘志に満ち溢れていた。

 

「一気に片付けてやりますっ!」

 

 ズビシィッ! と擬音が付きそうなぐらい勢い良く、上空の群れに向かって人差し指を突き伸ばす命。

 直後、全身が漆黒のアトモスフィアに覆われた。同時に、地面に映る使い魔の群れの影から、一斉に粒子が舞い始める。

 

「いっせーの……」

 

 魔法陣からバリバリと電撃の様な波動が発生する。

 

「せっ!!!」

 

 裂帛の気合と共に、魔力を解放!!

 ――――一瞬で、黒い剣山が目の前に出現した!

 それぞれの使い魔の影が、鋭利な槍状に変化して、身体を下からザックリと突き刺したのだ。 

 

「どうですかぁっ!?」

 

 ――――これが私の実力ですよぉっ! と上空でパラパラと舞い落ちる使い魔の死骸を見ながら、命は高らかに宣言する。

 

(八奈美さんすっご~い!!)

 

(八奈美さん、調子に乗ってる場合じゃないですよ! 何か(・・)が来ます!)

 

 歓声を挙げる縁とは対象的に必死な葵のツッコミ。

 直後、強烈な魔力が近づいてくるのを察した。

 

「魔女のお出ましですか!」

 

 その方向へ勢い良く顔を向ける命。

 首を仰け反らして遥か彼方の上空を見上げると、黒い点の様なものが見えた。

 それはどんどん大きくなっていき、命の頭上へと迫ってくる。

 

「!!」

 

 咄嗟に飛び退く命。ドスンッ!! と音と砂埃を立てて、魔女と思しきそれは地面に降り立つ。

 

 

「これは……ガネーシャ!?」

 

 

 魔女と思しき巨大な怪物から、少し離れたところに着地した命は、その姿を視認した瞬間、目を丸くする。

 それは先程の使い魔と同じく、全身がピンク色で、モザイク柄のアイマスクを掛けていたが――――容姿は違っていた。

 顔は象であったが、金色の王冠のような被り物をしており、身体も四足歩行動物のそれではなく、人間と同じ身体をしており、裸の上半身に、白いズボンと、金色の靴を履いた下半身という出で立ちだった。

 

(が、ガネーシャって……何?)

 

 魔女の奇妙な容姿と、始めて聞く単語に呆然となった様子の縁は、二人に問いかける。

 

(イ、インドで有名な神様の事よ……!)

 

 葵も目の前の魔女に戦々恐々としながらも質問に答える。

 

「『夢をかなえるゾウ』で初めて知りましたけど……象の神様に会って喜ぶのなんてお隣の間弓さんぐらいなものですよ!」

 

(まゆみって誰!?)

 

 また知らない名前が出て来て、縁の混乱は増す一方だ。だが、命は無視して、攻撃を仕掛けようとする。

 両手をガネーシャの魔女に向けて、突き伸ばすと、念を込めた。瞬時に、魔女の足元の影に魔力が帯び始めて黒い粒子が発生する。

 しかし、

 

「~~~~~~っ!!」

 

 魔女が、象の鳴き声の様なけたたましい叫びを挙げた瞬間だった。モザイク柄のアイマスクが、ポロリと落ちて金色の一つ目が顕わになる。

 刹那――――閃光!

 雷が降った瞬間に発生する様な激しい光が世界を一瞬だけ真っ白に染めた。

 

「!?」

 

 命が攻撃を中断して、咄嗟に腕で両眼を覆う。一瞬だが、命、魔女双方の影が掻き消された。

 ――――それが、大きな仇となる。

 

「葵!?」

 

「縁? な、何で!?」

 

「……!」

 

 光が収まった直後、背後から聞こえてきた声に、苦々しさを覚えながら振り向く命。

 そこに居たのは、自身の影に隠れた筈の縁と葵だ。彼女たちは何故元に戻れたのか分からず、混乱した表情で周囲をキョロキョロ見回している。

 

「……すみません。今の光で影が掻き消されてしまいました」

 

 命は顔を戻し、魔女をキッと睨みつけながら二人にそう謝罪する。

 二人は後で知ったが、命の固有魔法は【影を操る】ことで有り、対象に影が無ければ(・・・・・・)、その魔法は成り立たない。

 つまり、光などで影が消されてしまうと、その影に纏わせた魔力も同時に解除されてしまうそうだ。

 

「二人とも、私の傍から離れないでください……」

 

「「……!」」

 

 縁達を再び自身の影に隠そうと思ったが、魔女が再び光を放つ可能性が有る。魔力の無駄遣いは極力避けたいと考えた命は、そう提案した。

 安全圏から一気に窮地へと立たされた気がして、縁と葵の全身が強張る。睨み合う魔女と命の姿を固唾を呑んで、見守る。

 ――――先に仕掛けたのは、魔女の方だった。

 金色の一つ目から、光弾が連射される。サッカーボール大のそれは、強い魔力を纏いながら勢い良く命へ直進する。

 

「命さん!」

 

 光弾が間近に迫り、縁が悲鳴の様な呼び声を挙げた瞬間だった。

 

「影がダメならねぇ」

 

 命は両手に棒状の獲物(・・)を召喚。下から上へ一気に振り払うと――――光弾が掻き消された!

 

「「!!」」

 

 その神速の如き動作には勿論だが、それ以上に命の獲物を見た縁と葵の顔が、呆気に取られる。

 それはなんと、【竹箒】。

 

「他の手段で……」

 

 いいながら命は、竹箒を棒術の達人の様に、器用な指捌きでヒュンヒュンと風を切る音を立てながら、高速で旋回させる。

 毛先に当たった光弾は消滅し、逆に持ち手に当った光弾は、弾け飛んで草原に直撃。軽い穴ぼこを形成した。

 

「対抗するまでですよっ!!」

 

 光弾を全ていなした命は、まるで薙刀の様に竹箒を構えると、毛先を魔女に向けて、堂々と宣言する。

 ――――その、直後であった。

 

「「「!?」」」

 

 命達三人は、一斉に目を見開く。

 何かがヒュルルルル、と風を切って飛んでくる音がした。その方向へ思わず振り向こうとした三人。

 瞬間――――ドオオオオン!! と耳を劈くような爆発音。

 

「~~~~~~~!!」

 

 直後に、魔女は悲鳴の様な叫びを挙げて、よろめいていた。顔の左半分は吹き飛んでおり、傷口からもうもうと煙が巻き上がっている。

 だが、魔女はそこで両足を踏ん張ると、左側へと身体を向ける。

 命達も、左に誰か居るのか、と思って顔を向けると――――目を疑った。よく目を凝らさないと見えないが、草原から何か黒く細長いものが頭を出している。

 

「まさか……!」

 

 それがロケットランチャーの砲口だと命が気づいた瞬間、

 

 

「掛かってきやがれッ!! 腐れ外道がッ!!」

 

 

 怒号が響いてきた。この汚い言葉遣い、耳を劈くような大声――――間違い無い。【彼女】だ。

 

「カーリー!?」

 

(今は狩奈“さん”だクソ野郎ッ!!)

 

 ギョッとなってその名を挙げると、即座にテレパシーでピシャリと訂正された。反射的に「ハイィッ!」とビシッと気を付けの姿勢を取りながら返事をする命。

 一方の魔女も、狩奈の姿を視認したらしい。両足を屈めると――――地を強く踏み込んで、突進。その脚力は凄まじく、一歩一歩踏み込む度に、足元の草原はひっくり返り無残な土気色へと変わっていく。 

 

「…………」

 

 だが、疾走してくる魔女の巨躯を前にしても、狩奈は慌てない。

 ハッ、と鼻で笑い、冷静に照準を合わせると――――砲口が火を噴いた。ズドン! と、地を響かせる程の低音が鳴るのと同時に、砲弾は魔女の右足の付根に命中して、吹き飛ばす。

 魔女は片足のみでどうにか立っていたが、よろめいていた。すかさず狩奈は叫ぶ。

 

「今だッ!! ブチ噛ませッ!! 命ォッ!!」

 

「!!!」

 

 命はハッとなると、両手を魔女に向かって突き出し魔力を集中。

 魔女の影から黒い粒子が霧状に発生すると、たちまち収束して一本の巨大槍の様な形状に変化する。

 それが、ザクッ! と音を立てて魔女の胴体を貫いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 命、縁、葵、狩奈の4人が、結界に入る前の場所に戻されたのは、その直後だった。

 

「いや~、なんとかなりましたぁ~」

 

 命は腰が抜けた様にペタッと尻もちを付くと、心底安堵した様な緩みきった顔で、そう言った。

 普通の少女二人の生命を背負った命のプレッシャーは尋常なものでは無かったらしい。解放された事で、一気に力が抜けた様子だ。

 

「今……金田達から、連絡が、有った……」

 

 そこで、声が聞こえてくる。命が向くと、レースのフェミニンにシンプルなネイビーのミニスカートを纏った小柄の少女が居た。灰色のボブカットの髪に、眠た気な半開きの両眼の彼女は、スマホを手にしながら、ポツポツと口を小さく開いて呟く。

 

「そちらは?」

 

「……なんとか、なった、みたい……」

 

 それを聞いた命は「良かったぁ~」と心底安堵した様子で漏らす。これで犠牲者は0人で済んだのだ。

 

「八奈美さん! 狩奈さん!」

 

 そこで声が掛けられた。二人が同時に声の方向へ向くと、両眼を輝かせた縁が居た。

 

「本当にありがとうございますっ!」

 

「お陰で助かりました」

 

 縁と葵は同時にペコリと頭を下げた。謝礼を真面に受けた命は「いやぁ~」、と頬を紅潮させながら照れ笑いを浮かべるが、狩奈はフッと微笑を浮かべる。

 

「良かった……」

 

「え?」

 

 二人に歩み寄り、そう呟く狩奈。縁はぽかんとなる。

 

「貴女には……出会った頃から、迷惑を、掛けてた、から……、いつか、お詫びがしたい、と……思っていた……」

 

「あ、あぁ~……」

 

 言われた縁の顔が青褪めていく。

 出会った頃、彼女には、そりゃもう筆舌に尽くしがたいぐらいの恐ろしい思いをさせられたのだ。未だに当時を思い出すと身体が末端から震え上がってくる。

 

(縁、まさか、さっき大声を出したのって、この子?)

 

 そこで隣の葵が顔を近づけて耳元で囁く。

 

(うん)

 

 狩奈に悟られない様に、小声で返す縁。

 

(全然イメージが湧かないんだけど……)

 

(魔法少女になると変わっちゃうみたい)

 

(……まさか! 二重人格っ!?)

 

(そうじゃないと思うけど……)

 

 ギョッと目を見開く葵だが、縁はわずかにふるふると顔を振って否定。

 

「どうしたの……?」

 

「「な、何でもないで~す!」」

 

 狩奈がきょとんと首をかしげて尋ねると、縁と葵は仲良くそんな声を挙げた。

 どこか狩奈に対する怯えが混じった声色だ。命はそれに気づいたのか、狩奈の背後で、愉快気にきひきひ笑っていた。

 

 

 

 ――――勿論、その後、彼女が狩奈から笑っていた理由を問い質されたのは言うまでも無い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 美咲文乃のアジトがある郊外――――寂れた高層物に囲まれた人気のない路地裏には、三人の少女の姿居た。

 

「二人はさぁ、『魔眼』ってのが来たら、どうすんの?」

 

 全身を銀色のフードで身を包んだ魔道士風の少女の名は、須澤みこ。他の二人からミッコと呼ばれている彼女は、壁に背中を預けながら、やや低い声色でそう問いかける。

 

「はぁ~、まがん?」

 

 問い返してきたのは、緑色の民族衣装に身を包み、斧を背負った木こり風の少女、山里ユカ。しゃがみこんだ姿勢の彼女は、至極興味無さげに問い返すと、ふぁ~、とあくびをする。

 

「いやほらさぁ、美咲さんが言ってたじゃん。青葉市に悪魔みたいな魔法少女が現れたってさぁ~」

 

「あぁ、んなこと言ってたっけ?」

 

「っていうかミッコさぁ~、そんなの信じてる訳?」

 

 ミッコとユカが話していると、時代劇で見る武士に似た、刀を脇に差した剣士風の衣装の少女が割り込んでくる。

 路面で無造作な胡座を掻いて座っている彼女の名前は東方(ひがしかた)いより。幼少から剣道に打ち込んでいた彼女は、三人の中でも一番体格が大きく、威勢も強い。

 

「だって、最高幹部の文乃さんが言ってたんだよ?」

 

 小馬鹿にする口調のいよりに、ミッコはムッと顔を顰めて言い放つ。

 

「ばっかじゃないの? その青葉市で死んだやつが、ただのビビリだっただけでしょ?」

 

 だが、いよりはその筋肉質な豪腕をひらひらさせると、ピシャリと言い放つ。

 彼女は三人の中ではリーダー的存在なので、そう言われてしまうと、ミッコは何も言い返せない。

 

「まぁもし出たとしてもさぁ……私がたたっ斬ってやるけどね♪」

 

 いよりはニヤリと不敵に笑うと、立ち上がって、腰に刺さっていた鞘から刀を抜いた。鈍色の刀身が月光を反射して、一瞬光り輝く。

 

「ハァ! あぁくぅまぁめぇ~~!」

 

 剣道で云う“中段の構え”を取るいより。

 

「この東方いよりが成敗してくれよぉぞぉ~っ!」

 

 歌舞伎の様な芝居がかった口調で威勢良く刀を横薙ぎに一閃するいより。彼女の目の前にはたまたまゴミ箱があり、餌食となったそれが、横一文字の切れ目を作って寸断される。

 

「いよ! 現役剣道部主将っ! さっすが!」

 

「…………」

 

 その勇ましい様を手を叩いて捲し立てるユカであったが、対象的にミッコは顔を俯かせる。表情にも元気が無い。

 

「ミッコさぁ、そんな暗い顔しなくていいじゃん」

 

 ユカが立ち上がって、ミッコの傍に寄ると、肩に手をポンと置いてそう囁く。

 

「そうそ、そんな奴いつもみたいに、囲って脅してやりゃあ、泣いてグリーフシード差し出すって」

 

「……!」

 

 そして、刀を腰の柄に戻したいよりが、そんな事を軽々しく言い放つ。一瞬、薄ら寒い感覚が走って、ビクッと肩を震わすミッコ。

 

「次いでに住所も聞き出して、家族も脅してやれば?」

 

「言うねぇ、そいつらから金毟り取ってやろうか。どうせそいつ人殺しなんだからさぁ、何されたって文句は無いよね」

 

 禄でも無い犯罪を企画しながら、いよりとユカは、ギャハハハハ、と品の無い快笑を響かせる。

 実は、ミッコを含めたこの三人は、ドラグーンの中でも性根が腐りきっていた。金の持ってそうな一般人や、魔法少女の襲撃、リンチ、恐喝を日常的に犯していた。

 彼女たちは、一ヶ月前に、他所から迷い込んできた新人魔法少女を脅している最中に、宮古 凛によって痛い目に遭わされた。 更にその後、最高幹部の狩奈 響から4時間に渡る尋問の末、二週間は魔法少女活動を禁止にされ、加えて罰金やグリーフード全部没収というキツイお灸を据えられたのだが――――全く懲りてはいなかった。

 

「いつまでそんなこと続けられるのかなぁ……」

 

 唯一、ミッコを除いては。

 

「ミッコ、何いってんの」

 

「いや、だって……」

 

 僅かに目を細めたいよりが語気を強めにして、刺さるように言う。一瞬、たじろくミッコだったが、一拍間を置くと、顔を上げた。

 

「あたしらのやってることもさぁ、人から見りゃ悪いことじゃん」

 

 意を決してそう言い放つミッコ。

 いよりとユカは、彼女が何を言ってるのか分からず、きょとんとなる。

 しかし、直ぐにお互いの顔を見合って、キャハハハ、と愉快気に笑い始めた。

 

「でもバレないし。あんただってそうしてきたじゃん」

 

「まあ、最近あんまヤル気無いってカンジはしたけどね~」

 

 どこか嘲りを含んだ笑みを浮かべて、いよりとユカが言い放つ。

 

「でもさぁ、時々思うんだよねぇ……。いつか、誰かがさぁ、あたしを裁き(・・)にくるんじゃないかなぁって……」

 

 弱々しく呟くミッコ。

 魔法少女活動を再開してから、いよりとユカは嬉々として犯罪に手を染めていたが、ミッコは消極的な姿勢を見せることが増えていた。一週間前から、ミッコは何かに怯えている様な表情を見せ始めて、別行動を取るようになっていった。

 

「……ミッコさぁ、頭でも打ったの?」

 

 流石に心配になったユカが問いかけるが、ミッコはふるふると首を振った。

 

「そんなの、絶対に無いって。だから胸張りなよ、ほら!」

 

 そこで、いよりが近寄ると、ミッコの胸に拳をトントンと当ててくる。だが、ミッコの表情は晴れない。

 

「……お!」

 

 そこで何かの気配を察したいより。路地裏に奥に広がる暗闇から、何かが近づいてくる。

 彼女達がいるこの路地裏は左右が、アパートの裏側の壁で塞がれていたので、物音が鳴ると良く反響した。

 カツン……カツン……と、聞こえてくる音は次第に大きくなっていく。

 

「……カモだ」

 

 対象からは魔力反応が感じられない。一般人だ、と思ったいよりの口の両端が、大きく釣り上がる。

 

「ミッコさあ、私達が裁かれるのって絶対無いと思うよ」

 

 ユカはミッコにそう告げると、いよりと同じく足音のする方向を見遣る。

 

「悪いこといっぱいしたけどさあ、私達『幸せ』じゃん。ほら……」

 

 ユカが奥の暗闇を指刺す。足音は大きく反響している。姿は見えないが、かなり近づいてきている様だ。

 

「いつだって幸福は、向こうから寄って来るんだから……♪」

 

 不敵な笑みを浮かべたユカといよりはミッコから距離を置くと、暗闇の中にいる何者かを待ち構える様に仁王立ちする。

 ――――直後、薄っすらとそれ(・・)は姿を現した。

 まだよく目を凝らさないと見えない位置にいるが、その人物は、少女の様に見えた。白いベンハーサンダルの靴に、ノースリーブの白いワンピースを着ている。

 

「ガキじゃん……」

 

 少女の全身を視覚に捉えた瞬間、いよりは至極残念そうに呟く。

 カツン、カツン……と、ベンハーサンダルの靴音を響かせながら、いより達に近寄ってくる少女。暗い場所でも光沢を放っている銀髪はよく見ると、後ろで一本に三つ編みされていて、彼女が一歩足を踏み出す毎、頭の後ろでゆらりと揺れている。

 表情は……俯いていて前髪に隠れてしまっていた。全く伺えない。

 体つきは、かなり小柄だ。見たところ小学生と言ってもいいだろう。ノースリーブから顕わになっている両腕は人形の様に、色白に細っこくて頼りない。いよりが力を込めて握ったら、ポキっと折れてしまいそうだ。

 

「ちょっとアンタさぁ~、ここはあたしらの縄張りなんですけどぉ~?」

 

 声に明らかな威圧と不快を含ませたいよりが、ずんずんと大股で歩み寄ってくる。

 いよりが対面すると、少女の小ささはより極まって見えた。まるで大人と子供ぐらいの差がある。

 

「…………」

 

 だが、少女から返答は無し。顔を前髪で隠したまま、黙している。

 

「シカト? アイツいい度胸じゃん」

 

 いよりの後ろで、ユカのせせら笑う声が聞こえてくる。彼女の脳裏には、いよりに脅されて跪き、泣き喚く姿が浮かんでいることだろう。

 

「…………!」

 

 だが、対象的にミッコは気が気で無かった。

 

 

 ――――唐突に現れたこの少女が、不気味に見えた。

 

 

 小学生ぐらいの女の子が、何故、夜に一人で、こんな所に迷い込んできたのだろうか――――?

 胸騒ぎがするが、少女からは魔力反応が感じられない。一般人の子供に、魔法少女のいよりをどうすることもできないだろう。

 そう分かっているものの、早まってくる胸の鼓動が抑えられない。

 

「黙ってないでなんか喋ったらぁ?」

 

「…………」

 

 いよりが、睨みつけるような鋭い目で見下ろすが、少女は無反応だ。まるで、いよりに一切の関心も抱いていないかのように。

 

「下向いてるとさぁ、幸せが逃げちゃうよぉ? だぁかぁらぁ……」

 

 その態度がいよりの神経を逆撫でした。

 眉間を皺を寄せた彼女は、そう言って少女の後頭部の銀髪をグッと掴む。そして、 

 

「上向きなってっ!!」

 

 力任せに引き上げる。

 鷲掴みにされた髪を強引に引っ張り上げたことで、少女の首が後ろに仰け反り、隠れていた両眼が顕わになる。

 

 

 

 

 

 ――――“それ”を見た瞬間だった。

 

 いよりの精神が、地獄の底へと、叩きつけられた。

 今の行いが、人生最大の失敗(・・・・・・・)だと気付かされた。

 

 

 

 

 

「…………ヒッ」

 

 いよりの顔から、自信が取り外された。怯懦一色に(まみ)れる。

 

「なによ……その眼(・・・)は……」

 

 恐怖が、生命の危機の警鐘を、心の中で騒がしいぐらいに鳴らしてくる。早く逃げろ、と何度も訴えてくる。

 だが、いよりの足は動かなかった。少女の瞳を見た時、地面に釘付けされた様に、留められた。

 

「喧嘩売ってんの!? えぇ!?」

 

 いよりの口と行動は、内の感情とは裏腹に好戦的な姿勢を示した。

 彼女は少女の頭から手を離すと、後方に飛び退いて間合いを取った。腰の鞘から刀を抜くと、切っ先を少女に構えて、吠える。

 

「…………」

 

 刃物を向けられて、脅されているというのに少女は何も反応を示さない。感情が無い顔をいよりに向け続けているだけだ。

 だが――――両眼の『赤』は、不気味に瞬いていた。

 

「ッ!」

 

 いよりが、息を飲む。

 あんな赤色は、見たことが無い。次元が違う。明らかに人間が持って良いもの(・・・・・・・・・・)ではないと――――瞬時に理解した。

 

 

――――その“赤”は、誰かの血で濡れた様に、冷たかった。

 

――――その“赤”は、マグマの様に、熱く煮え滾っていた。

 

――――その“赤“は、太陽の様に、眩しく光輝いて、見ていると眼が焼き付く様だった。

 

――――キュゥべえの両眼が宿す“赤”よりも、異質(・・)に見えた

 

 

 

「あぁ…………っ!」

 

 いよりは確信した。これが『魔眼』なのだと。

 ――――多分、悪魔だけだ。この世の倫理を超越した、その目を持つ事を許されるのは。

 

死ぬ(・・)……?)

 

 蛇に睨まれた蛙と化したいよりの頭にふと、そんな二文字が湧き上がった。

 

(死ぬの……私?)

 

 少女の眼に見つめられると、全身がガタガタと震えてくる。

 ――――何をビビってるんだ、いより。相手に魔力は無い。ただのガキだ。お前なら倒せる。お前なら――――

 

(殺せる……? そうだ! 死ぬ前に殺せば良いんだ(・・・・・・・)……!)

 

 その思いは、悪事三昧を繰り広げてきたいよりが唯一タブーとしていたことであったが、そんな正常な思考を今の彼女ができる訳が無かった。

 剣を構える両手に、力が込められる。

 

 

「いいぞ~っ! やっちゃえ剣道部主将! 全国大会出場おめでとう~!」

 

 一方、いよりが正気を失ってる事に気づかず、愉快気に捲し立てるユカ。

 

「ちょっとユカ! 何言ってんのよ!?」

 

 ミッコが堪らず、ユカに食って掛かる。

 いよりの様子が異常だと気付いていない事に愕然となった。

 彼女が少女の顔を見てからだ。何かに怯える様な、絞り出す声色に変化したのを、ハッキリと耳で感じ取った。

 そして、魔法少女でも無い相手に武器を向けるというのも、三人の中では絶対にタブーとしていた行為だ。

 

「大丈夫だって~、アイツが殺す訳ないでしょ。あのガキ脅すだけだって~」

 

 だが、ユカは、未だに異常だと気付いていないようで、ケラケラ笑っていた。

 一片も危機感を抱いてない彼女の態度に、ミッコの感情が、一気に爆発する!

 

「じゃあユカはそこで見てなよッ!!」

 

「ミッコっ?」

 

「いより!! やめてっ!!」

 

 ミッコはユカをキッと一睨みして怒鳴ると、いよりを止めるべく、弾けだす様に飛び出した。

 その第一歩を踏み込んだ瞬間――――

 

「「!?」」

 

 ミッコとユカの視界に、有り得ないものが映る。

 

 

 ――――いよりが、獲物の刀を少女に向けて、横薙ぎに振るった。

 

 

 楽観的に考えていたユカの瞳が、驚愕に彩られる。

 ミッコが、悔やむ様に、両手の拳を握り締めて掌に爪を食い込ませる。

 いよりの振るいきった剣先が、空中で弧を描き、月光を反射して鋭い光を放つ。

 一瞬、三人の時間は、カチリと止まった。

 

 

(あれ……?)

 

 最初に時が動いたのは、いよりだった。

 

(今、私……何を……?)

 

 ふと、手元を見る。気がついたら、自分は刀を紅い眼の少女に向けて、力いっぱい振っていた。

 

(あ、でも……)

 

 人を殺してしまったか――――と、悪寒が走るが、すぐに安心した。

 剣先には、血が付いてない。目線を少女に戻すが、身体には傷一つ付いてはいない。

 

(間合いを開けすぎたか……。良かった……)

 

 自分が人殺しになることはかろうじて免れた。いよりは心の底から安堵する。

 ――――だが、これで終わる筈が無かった。

 

(…………?)

 

 刹那、いよりは奇妙な物を見た。

 先程から、無表情のまま突っ立っている少女の白い細腕は、力無くダラリと下がっている。

 それより下にある、右手――――その人差し指から、何か、不思議な紅い雫(・・・)がポタポタと、音を立てて地面に一滴ずつ落ちていた。

 

(あれ……?)

 

 次に奇妙に感じたのは、自分のお腹。下腹部に当たる位置が、熱い。

 視線を下に向けると――――

 

(何……コレ……!?)

 

 ゾッとした。横一文字の亀裂が走っている。

 

「ぐぅ……!」

 

 途端、違和感が痛みに変貌した。亀裂の走る下腹部から鮮血がポタポタと滴り落ちる。

 呻き声を当てて、下腹部に手を当てるいよりだが、痛みは和らぐ事無く、瞬時に激痛となって襲いかかってきた。

 鮮血が勢いを増す。ダラダラと溢れ流れる様に下半身を伝って、地面を赤く染め上げていく。

 思ったより、傷は深い。

 

(もしかして……)

 

 

 

 

 ――――やられたのは、私の方?

 

 

 

 

 少女の指に付いていたのは、自分の血だったのか――――いよりが思い至ったその答えの、正否を知ることは決して無かった。

 意識がそこで暗転する。

 同時に――――上半身が切り離された。支えを失ったそれが、後ろに倒れていく。ドチャッと、生々しい音を立てて地面に横たわった。

 刹那、残った直立状態の下半身の切れ目から、鮮血が噴水の様に迸っていく。

 

 

「え…………?」

 

「あ…………?」

 

 ユカとミッコの時間は、そこで、漸く動き出した。

 

「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」

 

「きゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」

 

 目の前の信じられない光景に、自然と腹の底から絶叫が挙がる。

 即座に二人は、踵を返した。魔力を解放した全速力でその場から逃げ出す。

 

 

「…………」

 

 少女は、ワンピースを真っ赤に染めながら、紅蓮が渦巻く魔眼を二人の背に向けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はあ……はあ……」

 

「あぁ……はあ……」

 

 魔力を纏い路地裏から、街灯が差す歩道へと飛び出したユカとミッコ。

 廃業した店や廃ビル、住人が居ない古いアパートが居並ぶそこは、まだ19:00だと言うのに、全く人気が無い静寂に満ちた世界であった。

 

「追ってこないね……」

 

「うん……」

 

 後ろを振り向いて今しがた脱出した路地裏を見る二人。奥には暗闇が広がっているが、物音一つしない。

 

「あ、でも……!」

 

「どうしたの?!」

 

 ユカは突如、右手で後頭部を撫でる。怯えた表情をする彼女にミッコがギョッとしつつも声を掛けた。

 

 

「多分、頭…………触られた」

 

 

 それは、少女に背を向けて逃げる瞬間だった。

 後頭部を、手の様な何かに、すぅっと撫でられたのだと、ユカは言う。

 

「!! き、気のせいだよ……」

 

 悍ましい感覚がミッコの全身を這う様に走るが、堪えながらそう囁く。

 ――――そうだ、気のせいだ。

 何せ、逃げ出す時、自分とユカと少女の間にはそれなりの距離があった。あそこから一瞬で間合いを詰めてくるなんて考えられない。仮にあの子が魔法少女だったとしても、そんな瞬発力を持った者がいる筈が無い。

 そう、思い込むしか無かった。

 

「とにかく、今は逃げよう――――」

 

 そう言って、足を一歩踏み出すミッコ。しかし――――ユカがその後に続くことは、永遠に無かった。

 

 

「がぅげぇっ!!」

 

 

 突然、絞り上げる様な声が、盛大に響いた。

 一瞬、誰の声かわからなかった。

 ミッコが咄嗟に声の方向に振り向くと――――真っ赤に濡れたユカの顔があった。

 

「……!? ユカ! ユカ!!」

 

 前のめりに、倒れるユカ。ミッコは咄嗟に駆け寄り、身体を揺すって声を掛けるが、全く反応が無い。

 横向きになった彼女の顔を見て、ユカは心臓が止まりそうになった。

 目、鼻、耳、口……顔中のあらゆる穴から、血がドクドクと湧き出ている。

 

「……!」

 

 怯えを堪えながらも、希望を信じて口元に耳を当てるミッコだったが――――その思いは粉々に打ち砕かれた。

 

「そんな……ユカ……」

 

 彼女の呼吸は既に止まっていた。

 逃げ出す事を忘れて、呆然と彼女に寄り添うミッコ。

 

 

「そいつは……」

 

 

「!!」   

 

 それは、老婆が発した様な低く掠れた声だった。だが、ねっとりと絡みつくようで、耳に突き刺さる様に強く、鋭い。

 ミッコが、咄嗟に振り向く。

 

 

脳みそが(・・・・)木っ端微塵に炸裂して(・・・・・・・・・・)死んだ(・・・)

 

 

 銀髪の少女が、路地裏の闇からゆっくりと、姿を現した。

 白いワンピースをいよりの血で真紅に染め上げた彼女は、何の感慨も抱いていない無の表情で、そう呟いた。

 

「ヒッ……!」

 

 少女の目が映すを見た瞬間、ミッコは恐怖のうめき声を挙げると、路面に尻もちを付いた。

 少女は見下ろしながら、ゆっくりと近づいてくる。

 両腕を後ろに着いて、後ずさるミッコだったが、背中に硬いものが当たった。愕然と目を見開きながら振り向くと――――ガードレールが有った。

 もう逃げられない。

 

「……やめて、ください……」

 

 顔を戻して、少女の顔を見ると、自然に口が開いた。

 

「許して、下さい……っ!」

 

 最後の望みを掛けて、命乞いをするミッコ。身体がガタガタと震え、両眼から涙が溢れ出していく。

 

「あたし、もうすぐ、高校卒業するんです……っ、そしたら、働いて、家族を支えなきゃいけないんです……っ」

 

 言いながら、ミッコは内心で自分の愚かしさを嘆いていた。

 自分には、いつか裁き(・・)が来るのだと、いよりとユカに伝えていながら――――いざその時が来たら、助かろうとしている。

 

「あたしは……っ、まだ生きてたい! 死にたくないよぉ!!」

 

 震えながら嗚咽混じりの叫びを轟かせる。両眼から大粒の涙を流しながら、必死に乞う。

 いよりとユカは死んだ。なのにお前は何て浅ましい奴だと、心の中で、自分に対する侮蔑を浴びせながらも――――命は惜しかった。

 

 

「だめだ」

 

 

 そんな思いを、目の前の少女が許してくれる筈が無い。

 彼女はバッサリと切り捨てると、右手をすうっと伸ばしてくる。人差し指を伸ばし、ミッコの額に当てて、呟いた。

 

 

「わたしには、関係ない」

 

 

 少女が指先に力を込める。瞬間、魔眼が一層強く瞬き出した。

 

「……!」

 

 光が、目を奪い去った。

 ――――太陽の様に刺激的な光を齎し、夜闇を照らし出す。ミッコの視界が真っ白に染まった。

 それが、彼女が最期に見た世界の光景だった。

 

 

 

 

 夜空に浮かぶ月が、一瞬だけ、宙に巻き上がった血で――――真っ赤に染め上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 山里ユカと須澤みこが無残な姿となった瞬間を、監視カメラ越しに見ていた少女が居た。

 薄暗い室内にいる彼女は、スマホを起動すると、ある人物へと連絡する。

 

「……もしもし、竜子? 幹部達を招集して緊急会議を開いて頂戴。今すぐに……!」

 

 少女――――美咲文乃の瞳は、強い怒りに満ちていた。  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




前回のアレとは魔女戦のことです。

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