魔法少女ゆかり☆マギカ(休載中)   作:hidon

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     悪意は音も無く忍び寄る C

 

 

 

 

 

 

 政宗達の乗る車は、緑萼市の駅前の繁華街を走っていた。両脇の歩道には、大勢の人々が伺える。

 

「呑気なもんだな」

 

「そうですね」

 

 赤信号に出くわし、車を停止させると、すぐ左側の歩道をチラリと見て、政宗と慎吾がポツリと言い合った。

 退社して集団で飲み屋へ行こうとするサラリーマン達。

 着崩した制服を纏って、コンビニ前で(たむろ)する女子高生達。くだらないことでも言い合っているのだろう。品性の欠片も無い笑い声が、ギャハハハと聞こえてくる。

 ふと、右側の歩道を慎吾が見ると自転車で走ってくる男子中学生の集団が見えた。6人が横並びに走っているせいで、歩道を占領していてとても危なっかしいが、彼らは一切気にしている様子は無い。その前には、歩きながらスマホを弄っている青年が居た。

 このままだとぶつかるのでは――――慎吾がそう危惧した瞬間、歩きスマホの青年は気づいたのか、バッと歩道の端っこに飛び退いた。そのまま通過する中学生の自転車乗り集団。

 ほっ、とする慎吾。

 

「……桜見丘(となり)であんなことが起きてるのにな」

 

「仕方が無いですよ。人間ってそんなもんですから」

 

 『そんなもん』――――人間とは、例え猟奇的な事件がごく身近にあったとしても、住む場所が違えば『自分とは関係無い』と切り離すことができる生物なのだ。

 慎吾は暗に込めてそう伝えると、政宗はフッと笑う。

 

「本当に大した生き物だと思うね。人間は」

 

 政宗と慎吾の目に映る緑萼市の光景は平和そのものだ。

 だが、と政宗は思い、笑みを消して目を細める。

 一体、どれだけの市民が、64人もの魔法少女(バケモノ)が此処で、息を潜めていることを知っているのだろうか。

 いや……中には、既に魔法少女の事を認知している者もいるかもしれないが、多分、ソレがどれだけ危険な存在か分かっていない。

 魔法少女もまた然り、自分が既に人間の倫理を超越したバケモノである、という自覚が無いまま日々を過ごしている。

 

 もし、三間竜子の様な指導者がいなければ――――そう考えると、政宗の様な人間でもゾッと肩に悪寒が走る。

 

 ゆくゆくは、自分達の超越性を自覚し始めて、社会そのものを食い潰していくのではないか。

 何より恐ろしいのが、縄張り争いだ。人口が密集しているこの地域では、魔女の発生率が非常に多い――その理由を政宗も慎吾も知っているが――。奴らからしてみれば、喉から手を出しても手に入れたい土地の筈だ。

 64人もの人外の生物が、血で血を洗う争いを繰り広げようものなら、この街は阿鼻叫喚の地獄と化す――――その危険性が今も孕んでいることを、この街に住む人間達は、魔法少女達は、気づいているのだろうか?

 

「人間と魔法少女の立場を崩さない為に、俺達がいるんでしょ? ボス」

 

 考え込んでいる様子に気づいたのか、慎吾が笑みを浮かべながら軽い口調で声を掛けてくる。

 

「……まあな」

 

 政宗は一拍置くと、短い返事を返すが不安は晴れない。

 だが、慎吾の声色と表情からは『あんまりに気にするな』と遠回しに言われた様な気がした。そう思うと、いつまでも苦い顔をして考えるのは申し訳無い。

 

「……あ、そうそう。俺が調査してた件だけどな」

 

 政宗は暗澹とする気持ちを切り替えるべく、話題を変えた。

 

「はい?」

 

「畢生会は白だったよ」

 

「あ~、やっぱりそうッスか」

 

 政宗が軽く言うと、慎吾は至極興味なさげな様子でそう言う。

 

「まあ、そりゃそうですよねぇ。何せあそこって5年前の件が有りましたからねぇ」

 

 淡々と言葉を続ける慎吾。だが、政宗は彼の言う『5年前』を思い返していた。

 

 

 ――――畢生会は、現在、全国200万人以上もの信者数を誇る大規模宗教団体である。その本部は緑萼市に存在している。

 活動は多肢に渡り、布教活動のみならず、地域へのボランティア活動や、一般企業のコンサルティング、果ては政治活動も積極的に行っている。

 だが、彼らが信者を獲得する方法は、極めて悪辣と創立当初から云われていた。

 『悩み相談をする』、『友達になりたい』と嘯いて若者に近づき、『私達と一緒なら救われる』などの甘言で騙して、基地へと連れていく。そして、信者の集団で囲んで逃げ場を塞ぐと、共に『教育』の場所へと強制的に参加させられてしまうのだ。

 抵抗した場合、地下室に監禁されて、完全に思考が染まるまで、教主の自著本を読まされることも遭ったという。

 

 そんな悪辣な勧誘方法が、極まったのが、5年前の件だ。

 

 その頃の畢生会は非常に熱狂的だった。

 今は平和な繁華街だが、当時は多数の信者がビラ配りや勧誘活動を行っていたのをはっきりと記憶している。勧誘を断った者を追いかけ回して、警察がそれを食い止めるという事態も多々あったが……それでも彼らは懲りずに活動を熱心に続けていた。選挙活動さながらの街頭演説も耳障りな程にしつこく行っていた。

 だが、その甲斐もあってか、多数の信者を獲得していたのは確かであった。

 

 

 だが、これには裏が有った。

 今は脱退しているが――――当時の畢生会の構成員には、一人の十代の少女が居た。それが特殊(・・)だったのだ。

 

 勧誘したのは、畢生会の本部勤務の役員。言葉巧みに団体に引き込んだのは彼だが、その際、『魔法少女』であることと、『洗脳』の固有魔法が使える事を彼女自身の口から告げられた。

 最初は嘘では無いかと思った役員だったが、実際に彼女が通行人にその魔法を使うのを見て、仰天したという。

 だが――――絶好の機会だと、捉えた。

 ここ最近成果不足ですっかり自分の地位が落ち込んでいた役員に取って、彼女の存在は正しく天から降ってきた幸運そのものだ。

 早速、彼女の能力を、勧誘活動に最大限利用させる事を思いつく。信者が増えれば、団体の勢力を更に大きくできるし、何より自分の地位を絶対の物にできると確信したからだ。

 

 しばらく、彼女とカウンセリング――とは表向きで実際は洗脳である――を続けて、宗教活動への気持ちに前向きにさせていくと、こう囁いた。

 

 

『私が貴女にしたように、困っている人がいたら畢生会へと導いてあげてください。必ず救うことができます』

 

 ――――これを聞いた彼女はすっかりやる気になったという。

 

 

 彼女は、役員の言葉を何一つ疑いもせず、決行。困っている人を見かけると即座に洗脳の魔法を用いて、畢生会へと引き込んでいった。

 役員は団体内に於ける自分の地位が強大になっていくのにほくそ笑んでいたし、彼女もまた、畢生会に導けば多くの人が救うことができるのだと喜んでいた。

 彼女が脱退する半年後まで、それが続けられたという。

 最終的に彼女が獲得した信者の総数は、351人――――その記録は『奇跡』と云われており、今なお、それを抜いた信者は、誰一人として存在しない。

 

 では、何故、そこまで団体に心酔していた彼女が、脱退することになったのか?

 それは、使役する立場にあった役員が、彼女を『裏切った』からである。

 

 畢生会では、月に一回『お布施』として信者一人ずつから運営資金を調達していたが、(いくら調達しているのかは、個々の信者の所得によって異なる)その役員と一部の上層部が結託して、彼女が勧誘した信者達から集めたお布施で、私腹を肥やし始めたのだ。

 ある日、夜の町へ繰り出し、勧誘活動を行おうとしていた彼女が、偶然役員を発見してしまった。

 

 

 ――――複数の女性を侍らせて夜遊びに興じる姿を。

 

 

『裏切られた』

 

 

 彼女が信じていたもの全ては、偽りであった――――

 

 強い怒りを抱いた彼女の行動は早かった。即座に信者達に敷いた洗脳を解き、更に役員の悪行を本部上層部や、マスコミ、警察へと暴露した。

 結果的に畢生会は社会的に大打撃を受けた。洗脳を解かれた信者達は愚か、それ以外の多数の信者も失望させて脱退させるという事態に陥った。

 件の役員は責任を取らされ団体を追放。更に詐欺罪の容疑で警察に逮捕される事になった。

 彼女を利用し、私腹を肥やしていたという点では、他の上層部のメンバーも同じだったのだが、彼らは件の役員をスケープゴート(生贄)にして、警察の調査を免れたのだ。

 

 

「あんなことがあっちゃあ、もう魔法少女を使おうなんて思わないでしょ」

 

「だが、万が一もあるだろう?」

 

 そう。畢生会は5年前の大打撃など全く懲りていないかのように、未だに十代の若者相手に勧誘を続けている。もしかしたらその中に魔法少女がいて、利用されている可能性も無きにしもあらずだ。

 一ヶ月前に、桜見丘市深山町居住の『高嶺(たかね)絢子(あやこ)』が行方不明になってすぐに、政宗は行動を起こしていた。

 あかりや香撫を中心とする同僚の魔法少女達、更にドラグーンの魔法少女達とコンタクトを取り畢生会の調査に当たらせた。

 

「……お嬢(・・)にはどんな事をさせたんで?」

 

 慎吾が言うお嬢(・・)とは、言うまでも無く、篝 あかりのことだ。

 一見人形の様に美しい彼女だが、その中身は隣に座る政宗と同じ。キナ臭い現場を嗅ぎつけてやってくるハイエナ……いや、というよりは魔物の類であった。

 まさか、荒事に発展させたんじゃないか、と内心ヒヤヒヤしながら問いかける。

 

「あかりは本部のシステム課に忍ばせて個人情報を手に入れてもらったよ」

 

「いやそれやり過ぎ……っ! っていうかそこまでやっても、何の収穫も無かったんでしょ?」

 

 子供の様に楽しそうに笑ってそう言う政宗に、慎吾は冷や汗を垂らしながらツッコむ。

 

「いや、そうでもない」

 

「……!?」

 

 政宗の笑みが強まる。自分を見る横目がギラリと獰猛な光を放つのを感じた慎吾は、思わず身震いした。

 

 

「『山吹 稲穂』」

 

 

 その名が彼の口から呟かれたのと同時に、車は繁華街の外へ出る。先ほどの光景が嘘の様にシン、と静まり返った。街中なのに、景色は薄暗く、人も疎らである。

 

「……誰ッスか、それ?」

 

 先程まで和やかだった社内の空気が、急激に冷え付く。

 それは外の景色のせいだろうか。それとも――――その名前におぞましいような胸騒ぎを感じたからだろうか。慎吾は恐る恐る問いかける。

 

「畢生会には、名前だけ登録してあるだけの、所謂『幽霊信者』というものが存在している。個人情報の一欄にそいつの名前が有った」

 

「……監禁してまで信者にするような連中が、それを許すんですかね?」

 

「許してるんだなあこれが。本部に潜入させた香撫達が聞きまわったところ、殆どの信者はそいつのことを忘れていた。だが、一人が知っててな」

 

 政宗は、笑みを消すと、訥々と語りだした。

 

「そいつが入団したのは2年前だが……すぐ5日後に行方が分からなくなったそうだ」

 

 慎吾は、ゆっくりと車を走らせながら、政宗の地を這う様な低い声を聞いている。それは慎吾の身体を伝ってゾクゾクと震わせた。

 ハンドルを握る手が汗で湿っていく。これ以上話を聞いてたら間違いなく、運転に支障を来すな、と判断した慎吾は即座に、車を脇に滑り込ませると、路肩に駐車した。

 真上には丁度街灯があり、オレンジ色の光が車内を暖かく照らしている。

 

「一応、住所も調べてみたが…………そこは『廃墟』だった」

 

 慎吾が車のエンジンを切ったのを確認した政宗が、話を続けだす。

 彼は実際に足を運んでみたが、そこには昭和中期に建てられたようなトタン作りの寂れた平屋が一軒あるだけだった。家内の壁や畳の至るところにはカビが生えており、腐った臭いが充満していた。人が住んでいる形跡は一切無し。

 

「奇妙ですね……。でも、そいつが……どうかしたんスか?」

 

「現れたんだよ」

 

「へ……?」

 

 政宗の言葉が一瞬、理解できず、間の抜けた声を挙げる慎吾。

 

 

「高嶺絢子は失踪する十日前に、そいつと連絡を取り合っている」

 

 

「!!」

 

 慎吾は大きく目を見開いた。

 すると、突然、彼らの車を真上から照らしていた街灯が、フッと消える。同時に車内も暗闇で覆われた。

 洞穴に入ったかのような息苦しさが彼に遅い掛かる。

 

「高嶺絢子だけじゃない。金田莉佳子、東上綾乃、津嘉山晶、鈴木美菜、三坂沙都子……行方不明になった全員が十日前にそいつと連絡している」

 

 それぞれの少女達の自室にはスマホが残されており、LINEを確認すると、全員が『山吹 稲穂』という女性から連絡を受けていたのが確認できた。

 

「そいつが、何かしたっていうんですか……?」

 

 慎吾が息を飲んで問いかける。彼の目の前に居るのは正真正銘、上司である黒岩政宗の筈だが、全身が真っ黒に染められているせいで誰か確認できない。

 

「可能性として無いことは無い……。彼女達の親御さんから聞いてみたが、どうやら宗教の勧誘をしつこく受けていたらしい。中には直接有った子もいた。まあ、無事に全員断ったそうだがね」

 

 政宗と思われし影が、淡々と答える。

 

「でも、その十日後に……ってことですよね」

 

「……ここから先は俺の推測だ。気に入らなきゃ独り言だと思って構わない」

 

 黒い影は、僅かに顔を俯かせた。

 

 

 ――――政宗の調査で分かったことだが、行方不明の6人には2つの共通点があった。

 まず、一つが、少女たち全員が『魔法少女』だということ。

 それは、夜な夜な奇妙な格好をして、部屋の窓から飛び出していく姿を家族の誰かが一度は見た、ということ。彼女達と個々に親しい友人が、その事実を知らされていたということから、確認できた。

 そしてもう一つの共通点は、キュゥべえと契約して間もない、ということ。

 上述した親しい友人の話や、政宗達の調査で判明した所では、彼女達は魔法少女になってから一週間も満たないのだという。

 つまり、件の『山吹 稲穂』は彼女達が魔法少女になる前(・・・・・・・・)に接触した、ということになる。 

 

 

「恐らく、その時点で奴による『選別』は始まっていた」

 

 黒い影の顔が上がる。刹那、瞳孔が暗闇の車内で一瞬、ギラリと光った。

 

「『選別』……?」

 

 何の根拠も無い言葉を、突拍子に語り始める影に、慎吾は戸惑う。

 

「強い意志、確固たる信念を持っているかどうか、だ」

 

 影から放たれる眼光が鋭くなる。刺さる様なそれに強いプレッシャーを抱きながらも、慎吾は黙って聞いていた。 

 

「もし、俺が奴の立場だったら……自分の誘いを易々と受け入れる様な奴は取らない。そういうやつは決まって意志が弱いんだ。他所から良い条件を提示されると、すぐに裏切ってそっちに飛びつく。だから、俺は……断る人間の方を選ぶ。意志が強いからだ。ということは味方にできた場合、強固な信頼関係を築くことが可能だ。並大抵のことじゃ裏切ったりしない。だからどうにかして、味方にしようと考える」

 

「でも……、そいつの誘いは断ったのに、インキュベーターとは契約したんですよね、その子達って。そこが訳分かんないんですけど」

 

 慎吾が首を落として考え込む。

 行方不明の彼女達は年齢からして、まだまだ悩みの多い時期であった筈だ。そこに現れた宗教勧誘員の未知に満ちた言葉はさぞや甘い誘惑だったに違いない。

 だが、全員、その甘言を突っ撥ねる勇気と胆力を持っていたのだ。

 それなのに――――インキュベーターの言葉にはあっさり乗せられて契約してしまったのには違和感がある。

 

「そこだ……!」

 

 慎吾が不意に呟いた言葉に、影は食らいついた。短い言葉だったが、僅かに愉悦が含まれているのを感じて、慎吾は震える。

 

「その子達は魔法少女になる日の直前ぐらいに、学校の友人と何らかのトラブルを起こしていたか、巻き込まれていた」

 

「!! ……まさか」

 

「意志が強い筈のその子らが魔法少女になったのは、その時点で、願いが必要(・・・・・)になったからだ……。もし、その状況を生み出したのが、奴だったとしたら……?」

 

 

 彼女達を、インキュベーターに契約させて魔法少女にする必要が『山吹 稲穂』にはあったとしたら――――。

 

 

「恐らく……奴は、『魔法少女』だろう。……その子達の『素質』を既に見抜いていた。そして……後で利用するために接触したと俺は考えている」

 

 つまり、政宗の言いたいことは端的にまとめると、こういうことだ。

 

 

 ――――件の少女、『山吹 稲穂』は、ある目的の為に、複数人の魔法少女が必要だった。

 インキュベーターが目を付けそうな『素質』を持つ少女達に、あらかじめ接触すると、強い意志を持っているかどうか、宗教勧誘員に成り済まして、調べた。

 選別の結果――――白羽の矢を当てたのが、その6人。

 彼女達のごく身近なところで、トラブルを意図的に発生させることで、キュゥべえと出会った際に、契約せざるを得ない状況に精神を追い込んだ。

 そして、魔法少女になったのを見計らって、一人ずつ、連れ去った――――

 

 

 全ては政宗の憶測でしかない。

 何の根拠もない筈なのに……幾多もの魔法少女を相手にしてきた彼の言葉は、異様なぐらいの信憑性があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『頂点への道のりにおける重大な一歩は、【火】を手懐けた時だった』」

 

 そこは礼拝堂の様に、広大な白い縦長の空間だった。

 壁の至るところにあるステンドグラスから、幻想的な光が差し込んでいるが、薄暗い。

 真ん中には通路があり、そこから別れる様に、両側に長椅子が置かれている。最前列の椅子には合計7人の女性が姿勢を正して座っていた。彼女達の視線の先には、教壇が有り、磔にされたイエス・キリストが描かれた一際大きいステンドグラスを背に、一人の少女が立っている。

 

 教壇の上に立つ少女の名前は――――『イナ』という。

 

 だが、彼女は神職者ではない。

 それは彼女の見た目からして明らかであった。高校生と大差ない幼さが伺える容姿。身長は160cm程度か、ウェーブのかかったボブカットの金髪で両サイドに三つ編みが下がっている。つり目の色は澄んだ碧眼。また、その服装も、簡素な白いワンピース姿であり、決して教壇の上に立つには相応しい人物とは言い難い。

 だが、彼女の口から放たれる声には、独特の艶やかさが有り、傍聴者をどこか幻想的な気分に陶酔させてしまう魔力を持っていた。

 6人の傍聴者は、真剣な表情で、イナの話に耳を傾けている――――ただ一人を除いては。

 

「……」

 

 イナから見て6人の少女達は左側の長椅子に座っている。

 あとの一人は、彼女達から離れて、右側の長椅子に座っていた。大人びた容姿だった。彼女は頬杖を付きながら、せせら笑いをイナに向けている。

 冷笑か、あるいは嘲笑の様にも見えた。

 蝋燭の灯りがイナの目前にある教卓の上で、ゆらゆらと灯りをともしている。顔を照らしながら、イナは、二つに別れた傍聴者に向かって、静かに語りだした。

 

「『人類は【火】を手懐けたとき、従順で潜在的に無限の力が制御できるようになった。ワシと違って、人類はいつ、どこで【火】を起こすかを選ぶことができ、また、【火】を様々な目的で利用することもできた』」

 

 そこまで言うと、目を細める。口元が僅かに釣り上がった。

 同時に、背後のステンドグラスの模様が変わる。磔にされたイエス・キリストの身体を、轟々と滾る炎が、下から飲み込んでいく。

 

「そして、これが一番重要なんだけど――――

 『【火】の力は、人体の形状や構造、強さによって制限されてはいなかった。たった一人の女性でも、火打ち石か火起こし棒があれば、わずか数時間の内に森をそっくり焼き払うことが可能だった』」

 

 焼き尽くされるイエス・キリストを背に雄弁に語るイナだが、そこで「でもね……」と目線を落とした。彼女達は静かに聴いている。

 

「『【火】の恩恵にあずかっていたものの、十五万年前の人類は、依然として取るに足らない生き物だった。今やライオンを怖がらせて追い払い、寒い晩に暖をとり、ときおり森を焼き払うこともできたけど、あらゆる種を合計しても、人類の総数は、まだせいぜい100万程度で、生態系のレーダー上ではぽつんと光る点でしかなかった』」

 

「絶滅危惧種もいいとこね」

 

 右側の席から声が響く。

 イナがいつも『オバサン』と呼んでいる女性が、愉快そうに笑みを強めながらそう割り込んできた。

 イナは何も返さない。ただ、澄んだ瞳で彼女を見つめ返すだけだ。女性も気にしないのか、すぐに口を閉ざした。

 

「私達の種であるホモ・サピエンスはすでに世界の舞台に登場していたけど、この時点ではまだ、アフリカ大陸の一隅でほそぼそと暮らしていたの。ホモ・サピエンスに分類さえうる動物が、それ以前の人類種から厳密にいつどこで最初に進化したかはわからないけど、15万年前までには、私たちにそっくりのサピエンスが東アフリカに住んでいたということで、ほとんどの学者の意見が一致しているわ」

 

「……気になります」

 

 そこで左側の傍聴席から、一人の少女が立ち上がった。

 

「どうして、そこから……サピエンスは『君臨』できたのでしょうか?」

 

「そうね……。東アフリカのサピエンスは、およそ7万年前にアラビア半島に拡がり、短期間でそこからユーラシア大陸全土を座巻したという点でも、学者の意見は一致している。

 『交代説』では、ホモ・サピエンスはネアンデルタール人の土地に拡がったとき、他の人類種と相容れず、彼らを忌み嫌い、大量殺戮したかもしれないとされているわ。サピエンスと他の人類主は異なる解剖学的構造を持っていた為に、互いにほとんど性的関心を抱かなかった。

 よって、遺伝的な溝が既に埋めようが無くなっていたからだそうよ。

 この見方に従えば、サピエンスは、殺し尽くされたネアンデルタール人に取って代わったことになる」

 

「そんな大昔に民族浄化作戦をやったなんてビックリね」

 

 オバサンは驚嘆した様な言葉を言い放つが、表情は愉しげに緩ませていた。

 

「それも、史上初の最も凄まじいものを……ね。もし、ホモ・サピエンスとネアンデルタール人の間に資源をめぐる競争が有ったのならば、サピエンスの方が、優れた技術と社会的技能のおかげで、狩猟採集が得意だったために、勝利できたと言える」

 

「……私達と、似てる」

 

 立ち上がった少女が、ポツリと呟いた。

 

「勝利したホモ・サピエンスを魔法少女、滅ぼされたネアンデルタール人を人間と例えるなら……私達は人間を超える資格があるんじゃないでしょうか?」

 

「良い例えね絢子。でもこうは考えられない?

 火を持った人類は全て『魔法少女』で、その中でホモ・サピエンスこそが『私達』である、と。

 今や世界には、火を持った人間(魔法少女)は多く存在するけど、彼女達は誰も(魔法)を扱い切れず、人間のルールの中で消耗され、インキュベーターに搾取されるだけの生活を送っている。偽りの無い真実(・・)を知っている私達こそが、(魔法)を正しい方向に運用できる資格を持っている」

 

 

 ――――つまり、世界への『君臨』を許された存在である。

 

 

 イナがそう付け加えると、背後のステンドグラスの模様が再び変わる。

 何もかもが消え失せて真っ白になった。すると、真ん中に少女と思しき黒いシルエットが現れる。彼女の頭上に卵に似た宝石がパッと現れると、少女のシルエットを光が覆った。

 やがて、色鮮やかなコスチュームに身が包まれる。

 すると、真っ白な背景に、空と大地と海が少女の内側から広がっていく様に描かれていく。

 

 少女の足元に、人々が集結して、讃え始めていく。

 世界を彩った少女は、最初に描かれていたイエス・キリストと同じように、人々から神と称されるべき存在へと至ったのだ。

 

 ――――磔にされることなく、生きたまま。

 

「誰かが言っていた……。『世界は息を吐く様に嘘を付く』、と。無限の力を手にしながらも、虚構に覆われた人間が跋扈する世界で喘ぐだけの魔法少女こそ、ネアンデルタール人と同等。知能と技能が劣る者は、滅ぶ運命に有る」

 

「つまり、私達に魔法少女を滅ぼせって? 冗談じゃない」

 

 オバサンが詰まらなそうに、意見をした。イナが顔を顰める。

 

「オバサン、私は『滅ぶ運命に有る』と言っただけで、『滅ぼせ』って言ったつもりじゃないんだけど……。そもそも私達が君臨する上で、彼女達を滅ぼす事は手段の一つに過ぎなくて、絶対的条件じゃ無いと言っただけよ……」

 

 イナはハァと溜息を付くと、右側に座る6人の少女達の方へ顔を向ける。

 

「さて、貴女達ならどうする? 滅びゆく彼女達を切り捨てるのか、導くのか……? 貴女達は、私達が現代のホモ・サピエンスに成り得る為には、ネアンデルタール人たる彼女達に何を齎す事が重要だと思ってる?」

 

 尋ねるイナの瞳は爛々としており、何かを期待している様な恍惚の感情が映り込んでいた。

 

 

 既に、少女達の脳には、イナの背後のステンドグラスに映る光景が強く刻まれている。

 自分もあの少女と同じようになれる可能性が、目の前に有った。

 

 

 

 

 

 

 ――――故に、既に答えは、決まっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




☆書く前――――

「そろそろ葵の事を書こうかな……」


☆書いた後――――

「どうなってんだオイ……!? 野郎二人が殆どくっちゃべってるだけじゃねえか!?」


 表題を意識し過ぎた結果、こんな話になってしまいました……orz

 そして後半は引用のオンパレードです。(殴

 サスペンス調と理論ぶった話を書くのは始めてになりますが、正直、自信無いです。
 もしご指摘がありましたら、遠慮なくお願いします……。

 前回といい#07は会話メインになりそうですね……という訳で、ラストのDパートもグダグダになるかと思いますが……、おつきあいいただければ幸いです。

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