魔法少女ゆかり☆マギカ(休載中)   作:hidon

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今回は会話メインですが、一万字も超えているため、長いです。




     悪意は音も無く忍び寄る B

 

 

 

 

 

 

 

 緑萼市――――駅前の高層マンション35階の一角。

 

 

「情報は以上か?」

 

『ええ』

 

 サングラスを掛けたオールバックの白髪に黒いスーツを纏った大柄の男――――黒岩政宗が、端末を耳に当てて連絡を取り合っている。彼以外は誰もいない静寂に満ちた室内に、バリトンボイスがよく響き渡る。

 視界の先にはパノラマビューにもなっている窓があり、地上120メートル下に広がる緑萼市の街並みが映り込んでいた。

 サングラスの奥から僅かに覗かせる獣の如き炯眼(けいがん)が、眼下の街を見据えている。

 

「分かった、引き続き調査を継続してくれ」

 

『アイアイサー♪』

 

 端末越しに指示を下すと、女性の陽気な声が軽快なリズムを踏んで聞こえてきた。緊張感の無い返事に、政宗は「やれやれ……」と心の中で呟き眉を顰める。

 

「…………………………」

 

『…………………………』

 

 直後、沈黙する両者。

 政宗は口を閉じる。相手も閉じているのか、呼吸音が全く聞こえてこない。或いは端末から離れたのだろうか。

 

「…………………………」

 

『…………………………』

 

 10秒経ち……30秒経ち…………やがて、

 

「……………………………切らないのか?」

 

 1分経ち、政宗が静寂を破る為に口を開く。

 

『…………………………そういう黒さんこそ』

 

 電話越しの女性もまた、僅かに困惑を交えた声色で応答する。

 

「いつもはお前から切るだろう」

 

『今日は寂しいから、課長の声を手放したくないんですぅ~』

 

 口を尖らした様な声に、政宗がフッと笑う。

 

「残念。俺はこの後用事でな。切るぞ」

 

『えぇ~?? 今日は頑張ったんですからぁ、付き合ってくださいよぉ~』

 

 彼女の言う『付き合う』とは、男女の仲の事ではなく、脂っこい料理を箸で突っつきながらアルコール飲料を胃に流し込む行為の事である。

 

『寧ろ奢って?』

 

「ダメ」

 

『むぅ、おケチ!』

 

「ケチで結構コケコッコーだな。俺は自分で手に入れたものは、他人に使う気は無いんでね」

 

『この前グリーフシードあげちゃったじゃないですかぁ―??』

 

「条件付きだ。そもそも俺、使わないし」

 

 政宗はニヤニヤ笑いながら、電話越しの女性を挑発する。

 しばらく子供みたいなやり取りをする二人――普段忙しい彼らにとって、こんな風にバカを言い合うのが息抜きになるのだ――だが、電話越しから、ふう、と溜息が聞こえてきたので、政宗は目を細めた。

 

『…………ねえ、課長』

 

 今までの陽気さが一変して、落ち着いた艷やかな声が聞こえてくる。

 

「どうした?」

 

 耳に神経を研ぎ澄ませる政宗。

 

『調査は続けますけど……満足のいく情報は得られないかもですよ?』

 

「……それでもいい。僅かでも、得られれば対策が講じられる」

 

 そこで政宗も笑みを消すと、バリトンボイスをより低めた声で、彼女の耳に残るようにはっきりと言い放った。

 

「俺達が欲するものは全て、山と同じだ。俺達を待ってて、逃げたりはしない。けれども、よじ登らなければならない」

 

 直後、電話越しの女性が沈黙。

 そのまましばらく、何も声を発せず黙っていたかと思うと、

 

『それ、アランの『幸福論』ですよね……? あかりちゃんが好きな』

 

 あからさまに引用している事の指摘を受けたが政宗は特に気にはしない。ふと、右手首の腕時計を確認すると、時刻は18時50分だ。

 

「そうだが……。そろそろ時間だ。また、何か有ったら教えてくれ」

 

『まあったく妬けちゃいますねぇ~。まぁ、善処致しますよ。……でも、課長の方も気を付けて』

 

「俺は平気だよ」

 

 そう告げると、通話を切る政宗。

 市街全体の綺羅びやかな夜景が全面に映る窓に背を向けて、室内を見渡す。

 ここは彼のオフィス兼住まいである。オフィスとは言っても、小さなデスクが広い部屋に点々と置かれているぐらいで、PC等の電子機器や書類は一切なく、他の社員の姿も無い。

 では、政宗がたった一人でこのオフィスを取り仕切っているのか? ――――と言うとそうでもない。

 一応オフィスを構えたものの、自分を含めた全員が仕事で出払う事が思いの他多く、夜も仕事先の宿泊施設で泊まるので、必然的に立ち寄るのは借り主の政宗だけになってしまったに過ぎない。

 彼は、一息付くと、持っている端末のメール欄を起動して、何かを打ち込んだ。やがて、その内容を、先程連絡していた彼女に送る。

 

「頼むぞ、香撫(かなで)……」

 

 政宗は情報を持ち歩かない。また、拠点に情報を残さなかった。

 彼の本来の仕事は、『他所(・・)から仕入れたグリーフシードを売り渡す』という――――所謂、“運び屋”であった。

 故に、彼の身を狙う魔法少女は決して少なくない。

 このマンションは、緑萼市でも一級のセレブが住まう最高級クラスのもので、当然ながらセキュリティーも国内最高レベルのものだ。完全防音性の部屋に入るまで実に4重ものセキュリティシステムを通過せねばならない。ガラス張りのこの部屋も一見無防備に見えるが、全て防弾性だ。

 それでも、魔法少女相手だとあっさり入室を許してしまう、砂上の楼閣でしかない。

 だからこそ、彼は仕入れたグリーフシードや情報を『香撫』と呼んだ彼女に全て託していた。

 何せ、彼女の元は――恐らく政宗の知る限り――、世界一安全な場所なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一階に降りて、マンションの正門から外へ出ると、一台の車が彼を待ち構えているかのように、そこで停止していた。

 政宗が近づくと、運転席の窓がウィーン、と下に降りて、若い男性の姿が現れる。

 

「待ってましたよ、ボス」

 

 若い男性はグイッと身を乗り出して、助手席側の窓からひょこっと顔を出すと、軽い口調で言い放つ。

 どこか老成した雰囲気を持つ政宗とは対照的な印象だった。短く切りそろえた短髪は真っ茶色に染めており、顔つきはまだ社会人経験が少ないのか、あどけなさが感じられる。身体付きも小さく、スーツの上からでも分かるぐらい細くて頼りなかった。

 

「すまんな、慎吾」

 

 だが、この青年――――『荒巻慎吾(あらまき しんご)』も政宗が信頼を置く従業員の一人であった。

 政宗は、軽く頭を下げると、助手席側のドアに手を置く。慎吾と呼ばれた青年は首を引っ込めて、身体を運転席に戻した。

 そして、ドアを開けると、助手席にどっかりと腰掛ける政宗。

 

「……お嬢(・・)は?」

 

 直後、慎吾と呼ばれた青年が、顔を政宗に向けて問いかける。

 お嬢――――その渾名で彼が読んでいる人物の事を思い浮かべて、政宗がニヤリ、と笑った。

 

「気になるか?」

 

「ま、まあ、一応……」

 

 どこか怯えている様な緊張感を孕んだ面持ちで呟く慎吾を、ケタケタと笑いながら横目で見る政宗。

 

「今は私用でいない」

 

「ホッ。そうッスかぁ~」

 

 政宗がしたり顔のまま淡々と答えると、慎吾は胸を撫でる様な仕草を取る。

 心底安心した様な表情を浮かべると、車を発進させた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 公立桜見丘高校の前の道を抜けると、国道にぶつかる。そこは駅が近いという事もあって歩道は帰路に立つ人々で賑わっており、道路の両端にはチェーン店の飲食店やスーパー等が居並んでいた。

 右に曲がって、直進すると、以前葵と一緒に寄ったことのあるアクセサリーショップが見えた。その隣には、ファミリーレストランがあり、縁はそこの駐車場に自転車を突っ込ませると、店の裏側にぐるりと回る。駐輪場が見えると、縁は飛び降りて、自転車をそこに止めた。また正面まで回って、店内に入っていく。

 日曜日の19時というのもあってか、家族連れで賑わっている。小さな子供の騒がしい声が四方八方から聞こえてくる。だが、縁はそれよりも、一人の女性の姿をキョロキョロと目で探していた。

 すると、

 

「縁ちゃん、こっちっ!!」

 

 相手の方が先に気づいたか――――。

 約束の相手、菖蒲纏は、縁の姿を確認すると、立ち上がって手を大きく振った。

 モノトーンのボーダートップスとハイウエストのショートパンツの活動的な私服姿に身を包んでいる。

 

「纏さんっ!!」

 

 縁も笑顔で手を大きく振る。そして纏と同じ席にしてもらうように店員へ頼むと、承諾。縁は、纏のテーブルへと歩み寄り、彼女と相向かいに座った。

 

「話って、なんですか?」

 

 矢継ぎ早に縁がそう尋ねる。胸騒ぎがしていた。

 それも当然である。普段、高校であれだけ自分のことを避けていた纏が、急に呼び出して来たのだから。何も無いと思う方がおかしい。

 

「……ゆっくり話をしたいな、って思ってね」

 

「……?」

 

 縁は纏の真意が分からず、首を傾げる。

 

「縁ちゃん、気になることがあるんだよね」

 

 

 ――――魔法少女(わたしたち)のことで。

 

 

 そう付け加えると、縁の身体がビクンッ!! と飛び跳ねて、大きく開かせた目をパチクリさせた。図星である。

 

「優ちゃんと茜ちゃんから止められてたんだけどね……これ以上、縁ちゃんに何も話さないままなのは心苦しくって」

 

 顔を俯かせる纏。声が次第に消え入りそうなぐらい小さくなる。

 

「どうして、急にそんな……?」

 

「私、悪い子なんだ……」

 

「……え?」

 

 自嘲気味に微笑を作って呟かれた言葉に、縁は呆然となった。誰よりも美しく、真面目な印象を誰からも持たれている纏が自分の事をそう思っているだなんて夢にも思わなかったからだ。

 

「他の子が何か言うと、ついついそれに合わせちゃう。自分の意見があるのにそれを言ったら、悪いかもって思っちゃって。……今回だってそう。優ちゃんと茜ちゃんが『巻き込むな』ってきつく言ってきたから、従ったんだけど……」

 

 纏はそこで、一旦言葉を止める。やがて、肩を震わし始めると、顔をバッと上げて、縁の顔をしかと見据えた。

 

「でも……でもっ! いつまでも誤魔化し続けるのは良くないよっ!!」

 

「!! 纏さん……」

 

 突然、強い眼差しを向けられて、縁が驚く。大きく目を見開いて、纏を見つめ返す。

 

「縁ちゃんには、はっきり伝えなきゃって思ったの。魔法少女のことを……。だから、縁ちゃんが気になることがあったら聞いて欲しい。出来る限りは教えるつもりだから……」

 

 真剣な表情でそう言われるも、縁は困ってしまう。

 確かに聞きたいことは山ほど有るので、絶好のチャンスかもしれない。でも、聞いてしまったら、せっかく離れたのに、また魔法少女の世界に足を踏み入れてしまうのではないか、という不安もあった。

 そうなると、以前と同じだ。彼女達の足手まといになる未来しかない。

 

(でも……)

 

 縁は纏の目を見る。自分の顔を見る彼女の瞳は、精悍そのものだ。一切の迷いも感じられ無い。

 それは、彼女が魔法少女の時に見せる顔つきと大差無く、自分が常に焦がれているものと同じであった。

 縁は思う。魔法少女の彼女にとって、一般人の自分と向き合うという事は、魔女と戦うのと同じ様に――――命懸けの覚悟を以て臨む事なのかもしれない、と。

 

 ――――ならば絶対に、無下にしてはいけない!

 

 そう読み取った縁は静かに息を吸い込んで、気持ちを整え始める。

 

「わかりました……!」

 

 そして、纏と同じく真剣な表情を浮かべて、相手の顔を見据えると、コクリと頷いた。

 

「じゃあ、早速聞きたいことがあるんですけど……」

 

「何? なんでもきいて」

 

 纏はニッコリと笑顔を浮かべる。美貌も相俟って女神の様な神々しさが感じられるその表情に縁が一瞬、目眩がしそうになったが、

 

「ッ! ……纏さんは、どうして魔法少女になったんですか?」

 

 歯を食いしばって耐えると、質問をぶつけた。

 すると、顎に手を当て、困った様に眉を八の字にして『う~~ん』と唸り始めた。どうやら、答えるかどうか迷ってるようだ。

 

「大した理由じゃないよ?」

 

「それでもいいんです。みんながどんな思いで魔法少女になるのを決心したのか、聞きたいだけですから」

 

「そっか」

 

 縁が笑顔を浮かべて言うと、纏は目を細めた。

 

「……縁ちゃんはさ、誰かに憧れたことって、ある?」

 

「へ?」

 

 一泊間を置いて纏の口から放たれたのは回答ではなく、質問。予想だにしなかった言葉に縁は、きょとんと目を丸くする。

 

「私が魔法少女になりたいって思ったキッカケはね……」

 

 纏は顔を上げる――――天井を見ているというよりは、どこか遠い光景を眺めているかのようであった。

 

「優ちゃんと、凛ちゃんに、憧れたからなんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 確か一昨年(おととし)の9月ぐらいだったかな。あの頃、受験生だった私は毎日勉強漬けで忙しくってね。

 その日も夜遅くまで塾で勉強してたんだ。

 

 

 ――――え? 何で公立高校入学したのかって? それは後で教えるよ。

 

 

 一生懸命勉強してたのは、自分の意志なんだ。

 お父さんとお母さんは私には自由にしてもらいたかったんだけど、何かそのまま過ごしてても平々凡々な人生が待ってそうで、何かヤだったんだよね。だから、立派な学校行って、立派な会社に入れば、刺激的な毎日が送れるぞー!! ってその時は意気込んでたんだけど……。

 

 

 ――――あ、話が逸れちゃったから、戻すね。

 

 

 とにかく、平日も休みも勉強勉強で疲れちゃってたんだろうね。

 家に帰る途中眠くて眠くて……、バス亭があるんだけど、そこのベンチを見た途端にもう耐えられなくなっちゃって……その上で、ゴロンって横になって寝ちゃったの。『誰かに襲われちゃうかもしれないのに、私ってすっごく度胸あるなー』って、そんな呑気な事考えてたら、ウトウトしちゃって……。

 

 

 でね、フッて目が覚めたら、もうビックリ!! 違う世界に行っちゃってたの。

 

 

 ――――うん、縁ちゃん、正解。そこはもう『魔女の結界』の中だったんだ。

 

 

 小さい子が遊ぶ様なブリキの玩具とか、熊のヌイグルミなんかが床いっぱいに転がってる不思議な世界でね。絵本の中みたいに幻想的なんだけど……何だかすっごく不気味に感じて、『ああ、私夢を見てるんだ』って思いっきり頬を抓ったり、口の中噛んでみたりもしたんだけど――――現実には戻れなくって……。

 それからはもう、どうしよう、どうしようって、大慌て!!

 

 『あんな所で寝ちゃったから、バチが当たったんだ、神様ごめんなさいっ!!』って謝ったけど、もうどうにもならない。

 そしたら、バケモノ(使い魔)達がどこからともなく、ぞろぞろと集まってきて、私を取り囲んだの。

 黒い服来た子供のお化けみたいなのが楽しそうにケラケラ笑ったり、顔をグルグル回転させて怖がらせてきて……もう、堪えられなくなって、『うわぁ―――――ん!!!』って大声で泣いちゃったんだ。

 それでね、こう願ったの。

 

 

 

 

 

 ――――『誰か、助けてください!!』って。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで、助けてくれたのが……」

 

「うん、優ちゃんと凛ちゃんだったんだ!」

 

 纏がニッコリとした顔で答える。

 

「二人ってあの頃から凄かったの。優ちゃんはバカ力でバンバン使い魔をブッ飛ばしてたし、凛ちゃんはヘラヘラ笑いながらズバズバ撃ち抜いてて……本当に、自分と同じ世界の人なのかなあって思っちゃった」

 

「へえ~!」

 

 感心する縁。

 宮古凛の魔法少女姿は見たことが無いので、想像できなかったものの、一月前に優子の勇姿を見た縁は、彼女が某無双ゲームの様に、取り囲む使い魔の大群に拳を見舞って遥か上空へ吹き飛ばす光景が容易に頭に浮かんだ。

  

「でもね、そんな二人の事を見てたら……勉強してるのが馬鹿らしくなってきちゃって」

 

「?? それってどういうことですか?」

 

「あの二人と一緒なら、私を違う世界に連れてってくれるのかも……って。だから、あの二人に、もっと近づいて、同じものが見たいって思ったんだ」

 

「!!」

 

 瞬間、縁は大きく目を見開いた。

 纏の今の言葉は――――一ヶ月前に自分が彼女と優子に抱いた気持ちと同じじゃないか。そう思うと、違う世界に居ると思っていた彼女が、急に真近に感じた。

 だからこそ気になった。自分とは違って、素質の有る彼女が魔法少女になった後に見えた世界とは、どんなものだったのだろうか。

 

「……ねえ、縁ちゃん」

 

 思考に耽っていると、纏に声を掛けられハッと我に帰る。

 

「はいっ!?」

 

 思わず素っ頓狂な声を挙げる縁。

 

「縁ちゃんはさ、魔法少女になりたいって、思ってるの?」

 

「え?」

 

 顔から笑顔を消して問いかけてくる纏に、縁は目を丸くした。

 

「なりたいって……」

 

「正直に言って欲しいの」

 

 そう聞いて縁は迷う。キュゥべえに「魔法少女の資格は無い」とはっきりと言われたし、優子から命の心配をされていたと知った時、確かに諦めたつもりだった。

 

「…………」

 

 縁は暫し、腕を組んで苦い顔を浮かべながら首を捻って「う~~ん」と唸る。ふと、纏を見ると真剣に自分の顔を見つめていた。どのような答えが来ても受け入れるつもりだろうか。

 彼女から覚悟を感じた縁は、意を決して口を開いた。

 

「……多分、なりたいと思ってます。今も」

 

 縁は纏の目を見て、はっきりとそう伝える。

 先程纏は、自らの事を『悪い子』だと卑下していたが――――心配の種を増やす事が分かってて、こんなことを言ってしまう自分の方がそれ以上に悪い子だよなあ、と思った縁は苦笑いを浮かべる。

 結局、魔法少女への憧れは失われてはいなかったのだ。それは一ヶ月経った今も、自分の頭の奥底で燻り続け、感情の線を炙っていた。

 

「そう」

 

 対する纏は、驚きも呆れもせず、真剣な表情のまま頷く。

 

「でも、キュゥべえが現れて、言ったんです。『君には素質が無い』って。それは『感情値が弱い』からだって。だから、結局、私、普通の人のままなんです。纏さんや優子さんの助けになんてなれない。凛さんみたいな強さも持てない。だから、諦めたんです」

 

 笑顔を浮かべながらも、段々震えてくる言葉を、纏はただ、うんうん、と聞いていた。

 

「でも、魔法少女になりたいって思うのは、憧れたから、なんだよね?」

 

「はい……」

 

「だったら、その気持ちは捨てちゃダメ。大事に持ってていいと思うよ。でも……」

 

 纏は顔を影を落とす。

 

「優ちゃんはいいけど……、私なんかに憧れちゃ……ダメだよ」

 

「え?」

 

 縁が大きく目を見開く。

 

「私、地に足がついてないから。他のみんなみたいに……」

 

「そんな……纏さんだって、強くてカッコイイですし、今も魔女と戦ってるんでしょ? それに……葵の事だって」

 

 そうなのだ。

 葵には『魔法少女の素質』が有り、魔女に狙われやすいのだと宮古 凛が告げた。

 この一ヶ月間、葵は一切口には出さなかったが、もしかしたら、何度か魔女に襲われているのかもしれない。それを助けられるのは、目の前に居る纏ただ一人である。

 

「いつも守ってばっかりだと思うし……本当に、どう感謝したらいいのか、わからないぐらいですよ」

 

 縁がそう言うと、纏は僅かに顔を上げて、笑みを作る。

 

「うん、ありがとう……縁ちゃん。でも、憧れるんだったら、本当にその人が尊敬できるのかどうか……『本質』を見極めてからにした方がいいと思う。後で予想してたのと違って、ショックを受けたら辛いから……」

 

 人の『本質』……そんなこと、今まで考えたことも無かった。

 それって、一体なんだろうか、想像も付かなかった。

 自分が今見てる纏は、恐らく正真正銘、菖蒲 纏という人物そのものだ。でも、彼女の言葉からすると、本当は違うのかもしれない。

 

(それって、私が纏さんの『本質』が見えてないから……?)

 

 頭をグイッと捻って考え込む。

 ――――脳内では巨大なクエスチョンマークがどんどん床から生えてきて、チビ縁がバタバタと逃げ回っていた。

 なんだかアホな自分には難しすぎて頭がおかしくなりそうだった。

 

 

 ――――やがて、プシュ~~、と、どこかから煙が噴くような音が鳴り始めた。同時に視界がユラユラ揺れる。

 

「ゆ、縁ちゃん!? そんな難しく考えなくっていいんだよっ?!」

 

 あたふたと慌てた纏が、自分の両肩を掴んで必死に呼びかける。ハッとする縁。知らない内に考えすぎて脳震盪みたいなものを起こし掛けていたようだ。

 

「う~~ん、でも、やっぱり難しいですよぉ~」

 

 テーブルの上で、両目をぐるぐるに回しながら、へなへなと力無く突っ伏して情けない声を挙げる縁に、纏はニッコリと笑顔を浮かべる。

 

「そうでもないよ」

 

「へ?」

 

「人の本質ってね、何気ない所で案外簡単に見えちゃうものなんだ」

 

「???」

 

 そういって晴れやかな笑顔を見せる纏だが、縁は彼女の言葉と笑顔の意図がさっぱり分からず、頭の中の混乱は増すばかりであった。

 刹那――――

 

 

「あら、纏じゃない」

 

 

「へ??」

 

 突然、脇から聞こえた綺麗な女性の声。

 縁が振り向くと、纏と同等……いや、それ以上に美しい女性が居た。薄紫色の髪を縁と同じく、肩口でショートカットに切りそろえ、前髪は纏が左目を隠しているのに対して、女性は右目を隠していた。身長はスラリと高く、白いブラウスにゆったりとしたデニムショートパンツの夏らしいファッションを身に纏っている。

 ショートパンツから伺える生足が眩しいが、何より、服越しから伺える胸部に実った豊かなそれは正しく狂気的な破壊力を持っていた。

 

(あれ……?)

 

 女性の顔に既視感を覚え、まじまじと見つめる縁。薄紫の髪色や片目だけ隠すという独特な前髪もそうだが、女神の様な笑顔と輪郭が、纏に良く似ていると思った。

 

「あ、お姉ちゃん」

 

「!? お姉ちゃんっ!?」

 

 纏がその人物をそう呼ぶと、縁は飛び跳ねる様な勢いで驚いた。

 

「ああ、私、三人姉妹の末っ子なの」

 

「はい?」

 

 続けざまに衝撃の事実が纏から繰り出され、目が点になる縁。

 末っ子キャラって……いやいや、どうみても纏さんって、お姉さんキャラなんじゃ――――てっきり弟か妹かいると思っていたばかりに、今の彼女の発言には呆然となるしかない。

 

「こっちは真ん中のお姉ちゃんなんだ」

 

 困惑する縁を他所に、纏は笑顔を浮かべて女性を紹介する。

 

「『菖蒲真綾(あやめ まや)』です。初めまして~。いつも纏がお世話になってます~」

 

 纏の姉こと、真綾は上半身を90度に曲げて、丁寧にお辞儀をしながら挨拶した。

 

「は、初めまして……」

 

 頭を下げて緊張気味‎に挨拶を返す纏。

 相向かいには纏、脇には真綾……グラビアアイドルも裸足で逃げ出す様な女神の如き美女二人に囲まれて、縁の心臓はバクバクし始める。

 今の自分の状態を言い表すなら、両手に花……というよりは、前門の虎、後門の狼に近いのかもしれない。

 

「貴女が美月さんね。話は纏から聞いてるよ」

 

「はあ、恐縮です……」

 

 真綾から手を差し伸べられる。縁はドキドキしながら、その手を握り返す。

 

「大変でしょう? この子の相手するの」

 

「え?」

 

「この子って、見た目は随分立派になった癖に、中身はほんと~に子供のまんまで……お友達や彼氏に迷惑を掛けてないか、心配で心配で……」

 

 縁は『ん? 彼氏??』と思ったが、それは後から聞くことにした。

 ふと、纏を見ると、よっぽど恥ずかしかったのか、顔が真っ赤に紅潮する。

 

「お、お姉ちゃんっ!! 私だってもうすぐ17だよっ!? いつまでも心配されるような子供じゃないよぉ~~!!」

 

 纏がアワアワしながら、両手をバタバタ振りつつそう訴えるが、真綾はガン無視。

 

「その仕草が子供っぽいって言ってるの。それに……昨日だって」

 

「わ――――!! わ―――――!!」

 

「むぐぐ……っ」

 

 何やらとんでもないことを暴露しようとする真綾だが、纏は涙目を浮かべながら大声を挙げて彼女に飛びついて口を塞いだ。

 

「アハハハ……私一人っ子だから、お姉ちゃんがいるって、羨ましいですねー……」

 

 縁は目の前の光景に、乾いた苦笑いを浮かべながら、そう呟く。

 それにしても、真綾に対する纏の反応は、普段の彼女を知る縁にとっては信じ難いくらい、子供に見えた。恐らくこれが彼女が先刻言った、『本質』というものなのだろうか?

 まあ、それはともかく、真綾は何を言おうとしたのか、気になるところでもあったが……。

 いや、纏の名誉の為にも今は聞かないでおこうと、心に決めた縁であった。

 

 

 ちなみに、その後、真綾を含めた3人で食事をすることになったのだが――――

 

(うっ……!?)

 

 プレートから全体の3分の1もはみ出た分厚いステーキ肉が、二つも目の前に並べられた瞬間、縁は食欲を失いそうになった。

 なお、彼女が注文したのは200gのハンバーグプレートである。それに対して、菖蒲姉妹は、なんと1kgはあろうかという超ビッグサイズのステーキを各々注文したのだ。

 しかも、食事が始まると、大食い選手権さながらのスピードで食べていくので、ステーキはみるみるうちに身が小さくなり……やがて、縁が食べ終えるよりも早く、ペロリと平らげてしまった。(しかも、ご飯はおかわり自由なのだが、気がついたら6枚もの皿が重なっていた)

 

 女神の美貌を持つ彼女達の食欲は――――魔王レベルだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

 菖蒲姉妹と別れて、自転車を漕ぐ縁だが、その表情は複雑さを孕んでいた。

 結局、『桜見丘市で起きている事件』に関しては、聞くことができなかった。

 

(でも……)

 

 散々迷ったが、聞かなくって正解だったかな、と今は思っている。

 一般人の自分がそんな事を言ったら、それに纏の性格を考えたら、巻き込ませまいと余計に責任感を負わせてしまうだろう――――せっかく、彼女と近づけられるチャンスを得たのだ。今以上に距離を置かれてしまったら、もっと辛くなる。

 それに、自分が本心から聞こうと思っていたアレが完全に二の次になっていただろう。

 アレに対する答えが聞けただけでも、存外、自分は救われた(・・・・)、と言えるのかもしれない。

 縁は、俯かせた顔を持ち上げて、空を見た。そこに有るものを、先の光景と照らし合わせる。

 

 

 

 

 ――――

 

 

『あ、あの……!!』

 

『ん?』

 

 食事を終えると、外に出て、レストランの入り口前で菖蒲姉妹と別れる縁。先へ歩く真綾の後を纏が付いていこうとするが、その背中に向かって縁が声をぶつける。

 振り向く纏。

 

『纏さんは、今、【幸せ】なんですか!?』

 

 縁の質問に、纏はきょとんとした顔で目をパチクリさせるが――――やがて、意図を読み取ったのか、ニッコリと笑顔を浮かべて、答える。

 

『……うん、【幸せ】だよ』

 

『それは』

 

 ――――どうして? と問おうとした。常に命の危険が付き纏う魔法少女活動、更に自分の親友を守って貰っているという過酷な状況にも関わらず、笑って『幸せ』と答えられるのが、疑問だった。

 だが、縁が言うよりも早く、纏は続ける。

 

『だって今、あの二人と同じものが見れてるんだもの。茜ちゃんも可愛くてしっかりしてていい子だし……こんな良い仲間に囲まれてる私って最高に恵まれてるよね』

 

 そうは言うが、縁は心配だった。屈託の無い笑顔を向けているが、もしかしたら無理をしているのかもしれない。彼女の表情を見ているとそれを読み取ってしまいそうな気がして、目を逸した。

 

『でも、それよりもね……もっと嬉しいことがあるの』

 

『え?』

 

 囁く様な言葉に、縁がハッとなって、纏の顔を見る。

 

『縁ちゃんと葵ちゃんみたいに、普通の人達が、魔法少女(わたしたち)の事を知って、応援してくれてるんだって事!』

 

 一片の影も差していない、眩しいぐらいの笑顔が、そこには有った。

 

『だからね……これからどんなに大変な事があっても、頑張れる気がするんだ!』

 

 

 

 

  ――――

 

 

 時間は19:30――――

 すっかり暗闇が覆う景色の中で、彼女の笑顔が、天に浮かぶ月の様に光り輝いていた事を、縁は思い返していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 1万千字超えちゃったよ畜生!!


 難産でした。
 会話がメインとなりましたが、動きが無いと書きにくいですね。加えて、(以前も書いたかもしれませんが)キャラクター同士を会話させると、ず~っと話しているので、どう着地させるのか大いに迷ってしまいました。

 さて、#07は、どういう風に締めるか全く考えずに、殆ど思いつきで書いてます。
 (大体は、このキャラとあのキャラを絡ませたら面白いかな~とかです)
 ただ、今更ながら結末を、最初に決めてから書くべきだったと後悔しております。道筋が見えないまま書くのは、やっぱつれぇわ……。

 そして、新キャラを多数登場させましたが、これらも例の如く気がついたら作ってました。。。
 ちなみに、政宗サイドの話になると、どうしても『大人の事情』的な複雑なものを書かなければならず、結構しんどかったりします。

 あと、菖蒲姉妹の容姿に関しては、Fate/Grand Orderのマシュ・キリエライト嬢を想像していただければ、と思います。



 次回は、また間をおくことになります。……もしかしたら15日以降になるやもしれません……。

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