魔法少女ゆかり☆マギカ(休載中)   作:hidon

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     それでも『人』と呼ぶべきか E

 

 

 

 

 

 

 時期は4月――――日中はかなり暖かくなってきたが、夕方を過ぎるとすぐに街中は光を失って、凍える様な寒さになる。だが、今の美結にはそれを気にしてる余裕は無かった。上着を羽織らず、昨日の衣類のまま彼女は、ある場所に向かって全力疾走する。

 急がなければ……何もかも手遅れになる。

 そう思い、スマホを確認する。メールの送り主はいずれもあの女性――つまり、『青鬼』――からだった。走りながらも3件のメッセージの一文一文を食い入る様に見て、頭に叩き込む。

 

 

 

 

    ―18:30―

 

 

『  魔女が出現した。私も講義が終わったからそっちに向かってるけど時間が掛かりそう 

   大変なところ悪いけど、向かってほしい。

   場所は、昨日の集合場所と同じ  』

 

 

    ―18:50―

 

 

『  今、到着した。大変なことになってる  』

 

 

    ―19:00―

 

 

『  急いで来て  』

 

 

 

 

 三件とも内容は、非常に簡素なものだったが、文面からは只ならぬ事態が発生していることは容易に想像できた。

 足を一層早める美結。女性が通う大学は自動車の速度を上回る魔法少女の脚力を持ってしても、20分は掛かる距離にある。だが、美結の家からは5分もかからない。

 走りながら、美結は自分の身体がさっきまで人形になっていたのが嘘の様に、生きている実感があった。

 

 

 ――――やがて、3分後に、美結は目的地の駅前へと辿り着く。

 時刻は19時を過ぎたばかり。仕事終わりの社会人がぞろぞろ帰ってくる時間だというのに、とても閑散としていて、息が詰まる様な重苦しい雰囲気に包まれていた。まるで前日とは別世界の様である。

 非常に短い道のりの筈なのに、随分遠いところまで走った気がした。ハアッ、ハアッ、と息を切らしつつ現場を直視すると、目を見開いた。

 一番居てほしくない人物が、自分より先に到着していた。

 

「……」

 

 駅の階段前には、あの女性が居る。魔法少女の衣装を纏い、背中を向けたまま棒立ちしている。

 美結は固まった。

 

「…………」

 

 女性は美結の魔法少女の魔力を感じ取ったのか、ゆっくりと振り向いた。その顔に笑みは無い。辛そうに歪んでいる。

 

「……っ!」

 

 初めて見る女性の顔に美結は意識を飲まれそうになったが、寸手で堪えると、謝罪の言葉を口に出す。

 

「遅れてごめん……!」

 

 本当は女性に対してではなく真っ先に仲間達に謝りたかったが、現場には女性の姿しか見えないので、仕方なく彼女に伝えるしかなかった。

 それにしても、と美結は不審に思う。魔女が発生した場合、必ず結界の『入り口』となる円形が中空に発生している筈だった。だが、周囲を見回しても、それらしき円は見当たらない。そればかりか、仲間達の反応が一切感じ取れない。

 

「今更、何しに来たの……!?」

 

 呆然となる自分に対して、女性は表情を歪めたまま、責める様な口調で問いかけてきた。

 まさか――――と、美結はハッと女性の顔を見て、最悪の事態を想定する。

 

「あの、みんなは……!」

 

「これ、見てよ……!!」

 

 女性は美結の言葉を遮ると、彼女の方へと身体を向けた。両目に涙を溜めている。握りしめている両拳を美結の方へ伸ばすと、上向きにして開き、その中身を見せてくる。

 ――――何かの破片だった。色とりどりの欠片が女性の掌の上で転がっている。

 瞬間、衝撃が走った。

 

 

 

『  これ(・・)を砕かないと死なないんだってね? 』

 

 

 

 頭の中で思い返されるのは、昨日見た夢。鬼が告げてきた、信じ難い真実。

 

「まさか……そんな……」

 

 美結の全身が震える。頭の中が鉛を入れた様に重くなっていき、身体のバランスが崩れていく。視界がボヤケて靄が掛かっていく。

 

「魔女は倒したけど、みんな死んだ」

 

 女性の口が開いた。冷淡を極めた口調と共に吐き出される残酷な現実が、美結の胸に突き刺さる。

 

「っ!!」

 

 胸が、痛い。氷柱に貫かれた心臓が冷やされて火傷が全身に広がっていく。

 

「貴方がもっと早く来てくれれば、みんな助かったかもしれないのに……」

 

 女性の口は責めるのを止めない。

 

 

「貴方が、みんなを殺したんだ」

 

 

 それは、今まで受けたどの言葉よりも強烈だった。あまりもの衝撃に美結の膝がガクンと崩れ落ちる。

 

 ――――違う。そんなことない。自分が大切な彼女達を殺すわけ無いじゃない。だって、殺すのはお前で、私じゃないから。

 

 そう言ってやりたかったが、最早言い訳にしかならない。女性の言葉は先のキュゥべえと同じく、一切の反論の余地も許さない、全くの正論だった。美結が何かを言ったところで、『彼女がもっと早くスマホを確認していれば、皆を助けることはできたかもしれなかった』、という事実は覆らない。

 

「吉江さんにとって、仲間って、そんなものだったの?」

 

「違う……」

 

「みんな貴方の事を必死で想ってくれていたのに、どうして見捨てたの」

 

「違う……!」

 

 美結は只否定するが、倫理性も欠片も無い、たった三文字をつぶやいた所でどうにもならない。

 女性が眉間に皺を寄せて、凍える様な視線で睨みつけてくる。

 

 

「この、人殺し」

 

 

 ドスを効かせた低い声が、美結を圧倒した。全身がガタガタと震え、視界が涙でボヤケていく――――が、今の言葉は否定できると思った。

 

「! 人殺しは貴方じゃない……!」

 

 反論が口を付いて出てきた。それだけは絶対に否定したかった。

 

「私を刺して……っ、警察官を殺して……っ、私を追い詰めて……っ、みんなに近づいて……っ、貴女、一体何がしたいのよ……っ! みんなみんな、何もかも、貴女が私の前に現れてから起きた事じゃない……っ! 私が何をしたっていうの……っ! ねえ謝るから……」

 

 大きく息を吸って、口が痛くなるぐらい開く。

 

 

 

「いい加減私の前からいなくなってよおおおおおおおおおおおおおおっ!!!」

 

 

 

 狂った叫びが、漆黒の夜空に木霊した。誰かに聞こえたかもしれないが、もうどうだっていい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふふ……」

 

 

 

 刹那――――女性が不敵に嗤った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っ!!」

 

 美結は、ハッとなって女性の顔を見る。その表情は――――残忍に歪んでいた。口の端が裂け、両目が爛々と底無しの藍色を放っている。

 まさしく『鬼』・『悪魔』と形容するに等しいぐらいに。

 

「ふふふふ…………アハハハハ……!!」

 

 女性は、呆気に取られる美結などお構いなしに笑った。心の底から楽しんでいる様だった。

 美結はそれを見て、すぐに逃げ出したい衝動に駆られたが、脳が今の禍々しい笑みを深く刻み込んでしまったせいで、恐怖が湧いてしまい、足が竦んで動けなかった。

 

「ずうっと我慢してたんだけどさあ、もう無理。堪えきれない…………フフフフ……。

 ほんと、今時の子供ってのは面白いよねえ。ちょっと転がしてやっただけで、ここまで落ちてくれるんだからさあ。まあ、お陰で」

 

 ――――面白いものが、いっぱい見れたけどね。

 

 地面に腰を着いた美結を見下ろす瞳の色は今まで見たことが無いぐらいに、冷たかった。

 

「やっぱり、全部、貴女が」

 

 仕組んだことか――――

 仮面を脱ぎ去りいよいよ鬼の面を露わにした女性を見て、やはり自分は正しかったのだと、美結は確信した。しかし、女性は頭を振る。

 

「何か勘違いしてるみたいだけど、私はまだ(・・)誰も殺してないよ」

 

 平然とした態度でそう否定する。

 

「嘘だ! じゃあ誰が」

 

 ――――やったの!? と問う前に、女性が口を開いた。

 

「だから言ったでしょ。 私はちょっと転がしてやっただけ(・・・・・・・・・・・)だって」

 

「え?」

 

 美結がその言葉に、呆気に取られる。

 転がしてやっただけ――――つまり、脅した事以外は、何もしてない……?

 

「……で、でも……貴方は……」

 

 そう思った直後、心の中に有る正義を示す炎が、強い風に吹かれて萎む様に小さくなっていく。

 覇気を失い、消え去りそうな声で呟く美結。

 

「私に襲い掛かってきた。学校で、トイレにいた私の胸を……」

 

 その腰に刺している刀で――――そうブツブツ言いながら、女性の脇差しを、自信無さげに指す美結。しかし、

 

「覚えがないよ」

 

 女性は頭を振った。

 

「中学校の前だったらよく通り掛かるけど、わざわざ侵入して貴方に襲い掛かると思う?」

 

 もう何度めになるか分からないが、正論を返されて言葉を失ってしまった。顔が青ざめていく。

 

「そういえば、吉江さん。こんな噂知ってる? 洗脳や幻覚を使う魔法少女ってのは、心が他のより弱いの。だから、絶望に近い‎強い恐怖を感じたりするとねえ……自分の意識がその魔法に飲み込まれる(・・・・・・)んだって」

 

 何で突然こんな事を言うのだろうか、と美結は不思議に思ったが聞き入ってしまった。

 初耳だった。

 

「吉江さん、確か、幻覚を使えるんだったよね? 相手からトラウマを引き出せるんだって? もしかしてだけど……その魔法がさ」

 

 一呼吸置くと、笑みを見せながら、言った。

 

 

 

「自分に跳ね返ってるって、考えたこと無い?」

 

 

 

 ――――全身が粟立った。それは自分が一切予想だにしなかった新事実でもあった。

 

 

 自分が女性の被害に有った現場がまざまざとフラッシュバックする。

 まず、刀を首筋に突きつけられ、彼女に対する『トラウマ』を抱いた事が、全ての始まりだった。

 

 ――――学校のトイレでの件。

 ……あれは、たまたま中学校の前を歩いていた女性の魔力を拾って、それで、彼女に関わる幻覚(トラウマ)を見た、となったら、本当に何も無かったということになる。

 

 ――――では、交番の惨劇は?

 

 あれだけは、間違いなく、目の前の女性が行った。警察官が死んだという揺るぎようも無い事実もある。

 

「……警察官を殺したのは」

 

 お前だ、とはっきり突きつけてやろうと思った。

 

「確かに私は交番に居た。でもたまたま、近くを通り過ぎただけよ」

 

「えっ……?」

 

 じゃあ誰が?――――そう疑問に思う。だって、あの場で警察官を殺せる力を持ってるのは奴しか……

 

 

 ……いや、魔法少女である私(・・・・・・・・)も……その気になれば……

 

 

 ……あれ?

 

 

「あの時、見ちゃったんだよね~……」

 

 女性は目を細めて、クスクスと笑いながら、はっきりと言い放った。

 

 

 

 

「貴方が、警察官を殺すの」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『何があったのか、話してくれないか』

 

 自分に手を差し伸べる警察官の姿が、脳に映る。

 

「……!」

 

 大きく、ゴツゴツしていて、自分の父親にも似た頼もしさが感じられる手。それを取れば、救われると思った。

 

 

 

 

 

 

 しかし、そこで自分は感じ取ってしまったのだ。たまたま(・・・・)交番の前を歩く女性の魔力を。

 そして、トラウマを見た。

 

 

 

 

 

 

【私の手を取ってくれて、ありがとう。ようこそこちら側へ。歓迎するよ、化け物(・・・)

 

 

 手を取った瞬間、頭上からノイズの掛かった声が響く。ぎょっとして顔を上げると、硬直した。

 警察官の顔が、あの女性に変わっている。否、あの女性が警察官に成りすましていた。

 心が、決壊する。

 

「いやあああああああああああああああああああああ!!!!」

 

『き、君、どうしたんだ!?』

 

 絶叫を響かせてバタバタと暴れだす。警察官が仰天するがなんとか諌めようと身体を抱き締めようとする。

 だが、それよりも早く魔法少女に変身した。

 

『な……!!』

 

 突然服装が変わった事に呆気に取られる警察官。その隙を付き、獲物の槍を構えると、勢い良く振りかぶった。

 

『くぇっ』

 

 先端の刃物が、警察官の首筋を捉えた。一本の赤い線が走り――――そして、首が飛んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 全てを思い出した美結の目から、ハイライトが消え失せる。

 

「……ちょっとからかうつもりで送ったアレが、あそこまで効くなんて思わなかった。

 よっぽど私の事が怖かったんだね。殺したいぐらいに」

 

 アレとは、自分が学校を飛び出す前に送ったLINEのメッセージのことだろうか。

 視界がぐにゃぐにゃに捻れて歪んでいく。

 

「でもまさか、自分を助けてくれようとした人をあんな残酷に殺せるなんて……正直、ゾッとしたよ」

 

 耳に入る女性の声が、ヘルメットを深く被った男性の様に、低くくぐもったものに変わっていく。

 

「あの時さ、貴女のこと、こう思ったよ」

 

 女性が、軽快なリズムを踏む様に言う。

 

 

それ(・・)でも、『人』と呼ぶべきなのかって」

 

 

 

「ひいっ……!」

 

 再び放たれた氷柱の如き言葉が、美結の心にトドメを刺した。かろうじて支えていた上半身が、ゴロリと地面横たわる。

 

 直後、女性が手を差し伸べる。同時に見せてくれたのは、最初に出会った時と同じく、『満面の笑み』。

 彼女の背後には大きな月が有り、光が一直線に射して、彼女の全体像を鮮やかに照らしている。

 不意に美結は、あの女性は地獄から出現した鬼や悪魔ではなく、天から自分を救いに舞い降りた天使だったのでは、と錯覚を起こしそうになった。

 事実、彼女は潔癖だった。言葉と行動には一切の嘘偽りも無かった。言葉通りに自分を脅したが、人殺しは一切行っていない。

 では、自分はどうだ……? この女性に全ての罪を擦り付けて、仲間に嘘を付いて、自分自身も偽って……挙句の果てには人殺しを犯して、最低だったじゃないか……。

 

 

『この 人殺し』

 

 

 そうだ、目の前の女性がさっきそう言ったじゃないか。だから、自分こそが……

 

 

 

 

 

 

『悪魔』 

 

 

 

 

 

 

「あああぁぁぁあああぁぁぁああああああぁぁぁああああああああああ!!!!!!」

 

 たどり着いた答えが美結を内側からズタズタに引き裂いていく。激痛のあまり奇声を張り上げる。

 

「ああああああああああああああああああああああああ!!!!」

 

 何もかもなくなったと思ったが、まだ少しばかりの力は残っていた様だ。美結は立ち上がると、その場から逃げた。

 現実を、これ以上見たくなかった。

 全ての元凶であるあの女性が『天使』であり、被害者として散々な目に遭ってきた自分が『悪魔』。もう訳が分からなかった。

 

 

「あーらら、行っちゃった。駄目じゃん。せめて」

 

 

 ――――●●になってくれなくっちゃ。

 

 

 女性は、小さくなっていく美結の後ろ姿を見ながら、目を細めつつそんなことをボヤいていた。その言葉は美結にも届いていたが、一部分だけが聞き取れなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一切の光を遮った自室は、まるで牢獄の様だ、と美結は初めて感じた。

 勉強机の前に座ると、その上に置いてあったノートを取り出し、紙を一枚破く。脇に置いたソウルジェムの灯りを頼りに、ペンを手に取って書き始める。

 しばらくして、書く手を休めると、内容を一から読んで見る。死刑を待つ囚人とはこんな心境なんだろうか、と美結は思った。不意にソウルジェムを見ると、元の色が何か分からないぐらいに濁りきり、黒ずんでいた。よく見ると、ところどころに罅が走っている。

 ソウルジェムが濁り切ると何かが起きる――――その話を以前、金髪としていたが……今の自分にはどうでもいいことだ。

 それにしても、その噂の発端って誰だったんだっけ。

 そうだ、確か、短髪だったか。

 

 よくよく思い返すと、短髪は魔法少女にまつわる色んな噂を知っていた。

 例えば――――『魔法少女はソウルジェムを砕くと死ぬ』というのも彼女から聞いた事があった。どんなに身を震わす様な噂話も、彼女は楽しげに話していた記憶がある。

 

 でも、その話を短髪から聞けた事は自分にとって僥倖だったのかもしれない。いや、これから■■のに僥倖、というのも、おかしな話だが。

 美結はそう思いながら、紙にペンを走らせていく。

 

 

 やがて、書き終えると、ふう、と一息付いた。

 

 ――――これで何もかもが終わった。

 

 ぼんやりとそう思いながら、脇に置いてあるソウルジェムに目を向ける。

 彼女の手が幽鬼の様にゆったりとした動作で伸び、それをグッと掴むと――――力を込めた。

 

 

 

 

 

 

 21:00――――

 

 一人の少女がその短い生涯を終えた。

 自室の勉強机の上で伏せているところを母親が発見。すぐに救急車を呼び、病院に搬送されるも意識は戻ること無く、医師から死亡認定を受けた。

 死因は不明。

 彼女の遺体が有った勉強机の上には、一枚の紙と、何かがバラバラに砕かれた様な破片が散乱していた。

 

 

 

 紙にはこう書かれていた。

 

 

 

 

『最初に、これを読んでくれただれかに伝えたいことがあります。

 

 私は、謝らなければなりません。

 悪いのは、私です。全部、私が引き起こしたのです。

 

 私は、人の弱みを握ってきました。それで人の上に立てる事に優越感を覚えていました。

 その気持ちが、そもそも間違いだったのです。

 

 私は、そのせいで、自分だけじゃなく、知らない人も、大好きだった友達もみんな不幸にしました。

 

 みんな、死んでしまいました。

 

 私は責任を持って死にます。正直、死ぬのは怖いです。でも、みんなをメチャクチャにしたのは私なので、罪を罰さなければなりません。

 

 私の罪は、学校の先生や警察では裁く事ができません。なので、私自身で裁くしかないのです。

 

 

 みなさん、さようなら。

 

 お父さん、お母さん、先に死んじゃう私を、許してください。迷惑かけてばっかりで、ごめんなさい。

 

 

                         美結』

 

 

 

 明らかな『遺書』であった

 よって、死因は重度のストレスによる自殺では無いか、と警察は判断。

 だが、身体には一切の外傷は無く、念の為、家族の承諾の上で検死を行うも薬物を飲み込んだ形跡も無し。

 

 

 分からないまま、この件は闇に葬られた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もうちょっと、粘ってくれると思ったのになあ……」

 

 美結の家の前――――彼女の魔力反応が消え失せた事を確認した『女性』は少し寂しげな表情でそうつぶやいた。

 それにしても、と思う。

 いくつになっても、玩具が壊れる瞬間、というのは良いものだ。散々遊んで、弄って、こねくり回して……時間が経つに連れて、汚れと傷を増やしていく様を見ていると段々と愛着が湧いてくる。やがて、限界に達して動かなくなったら棄てなくちゃいけないが、その時の切なさというのは――――なんともいえない趣きがある。味わう度に心が震える。

 

 女性は慈しむ様にその感情に浸っていると、暗闇の奥から誰かがゆっくりと近寄ってきた。

 気配を感じて振り向く。一般的な女性から見て高身長に値する彼女と比べると、一回りは小さい『少女』の姿があった。顔つきも幼く、見たところ高校生と言ったところだろうか。

 

「来たの」

 

 女性は軽い口調でそう声を掛けるが、少女の顔は不機嫌極まりなかった。女性はそれを見てフッと笑みを作る。

 

「……貴女は他の人の事を気にするのかしら?」

 

 口の開いた少女の声はどこか艶っぽさが感じられた。何の感情も映さない零度の視線を、女性に浴びせる。

 

「むずかしい質問ね」

 

 言葉とは裏腹に女性の表情は愉悦に満ちているようだった。少女の瞳には意も介さない。

 

「まあ、すると思うよ……でも、自分の感情までは犠牲にしないかな……」

 

 自分の感情――――女性にとってのそれがなんなのかを良く知っている少女は、不快そうに眉を潜めながらも、淡々と言い綴る。

 

「『私はいま、わが国の宗教戦争の乱脈のために、この残酷という悪徳の信じられないような実例に満ち満ちている時期に生きているが、我々が日々経験していることよりももっと極端な例は、古代の歴史にも一つとして見当たらない。しかし、だからといって私はそういうことに慣れてしまったわけではまったくない』」

 

 ――――『私は、人を殺す快楽のためだけに人を殺そうとするような極悪非道の魂の持主がいたことを、それをこの目で見るまではどても信じることができなかった』。

 

 他人を魅惑し、操り、情け容赦なく我が道だけを行き、心を引き裂かれた人や、期待を打ち砕かれた人や、からになった財布を後に残していく。良心とか他人に対する思いやりに全く欠けている彼女は、罪悪感も後悔の念もなく社会の規範を犯し、人の期待を裏切り、自分勝手に欲しい物を取り、好きな様にふるまう。

 

「『敵意もなく、特にもならないのに、他人の手足を切り刻んだり切断したり、精神を研ぎ澄ませて異様な拷問や新しい殺し方を考え出そうとしたりする人間、しかもそれが苦悶のなかで死にかけている人間の見るも哀れな身振りや動作、悲痛な呻き声といった、おかしな光景を愉しもうという、ただそれだけのために考え出そうとする人間がいたということが、私には容易に信じられなかった』」

 

 ――――即ち、目の前の彼女は、端的に表すと、こう表現ができるのだ。

 

「『なぜなら、これこそは残酷さが達しうる極致だからである』

 

 ――――つまり、あなたは、精神病質(サイコパス)よ。『オバサン』」

 

 少女の言葉に、『オバサン』と呼ばれた女性は、微笑みながら顔を下に向ける。

 そこにあるのは、犬の死骸だった。車に引かれて内臓と骨をメタメタに押しつぶされて死亡した後、カラスに食い散らかされた無残な物であった。時間が経っているのか、露呈している肉は既に赤黒く変色しており、腐臭が鼻を突く。周囲にはカラスが取りこぼしたと思われる肉片が落ちている。

 目を背けたくなる様なそれを、オバサンは、さも愉快そうに眺めていた。

 

「張りの無い単調な毎日や、興味の湧かないことをはねつける勇気があるって言ってほしいね」

 

 そういうと、ニィッと口の両端を吊り上げる。合わさった上下の歯が彼女の残忍さには不釣り合いなくらい、綺麗に光った。

 

「危険で、刺激的で、やりがいのあることをして、人生を存分に生きてるんだ。かったるくて退屈でほとんど死んだような人生を生きるよりは、ずっと活気がある。 ……そうは思わない?」

 

 彼女の瞳が、深海の様に底の知れない青色を放つ。少女はそれを冷ややかに見つめている。

彼女はしばらくニタニタと微笑んでいたと思うと、腰の鞘から刀を抜く。その先端で犬の死骸の――まだ原型が残っている――頭部の頭蓋の辺りを、こんこんと叩き始めた。

 

「それにね――――暴力的で攻撃的なのは、身を守るためのメカニズム」

 

 しばらく叩いていたと思うと、言葉と同時に、先端を強く頭部に突き刺す。頭蓋を貫いて黒い血が溢れだした。

 

「魔法少女の中で生き残る為の手段なのよ」

 

 ドスッ、ドスッと骨が砕ける音を何度も響かせながら刀の先端で頭蓋を滅多刺しにする。

 

「浅い感情をコントロールするのが苦手なだけでしょう?」

 

「少し前はそう思っていたけど……今は、前向きに捉えているよ。そう思わせてくれたのは、あなたよ、『イナ』」

 

 オバサンは、振り向いてニッコリと笑った。

 

「あなたを見てるとさあ……オバサンの方がよっぽどまともだって思えてくる(・・・・・・・・・・・・・・・)んだよね……」

 

 『イナ』と呼ばれた少女は、その言葉に顔を俯かせた。だが構わず続ける。

 

「あなたのこと、あの子以上にこう思ってるよ」

 

 

 

 ――――それ(・・)でも『人』と呼ぶべきか、って――――

 

 

 

 イナは顔を上げずに黙っていたが、やがて俯かせた顔を両手で覆い始めた。

 オバサンは伺う様に見つめる。彼女は悲しんでいるのか、怒っているのか――――いや、どちらでも無いだろう。指の間から見える表情を確認すると、そう確信した。

 だって彼女は、自分と同類なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼女の顔は、今まで見たことが無いくらいの悦楽に染まっていた。

 乾いた目はギラリと獰猛な瞬きを放ち、口元はニタリと裂けそうなぐらいに歪んだ――――醜悪の笑みだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 Dパートを書いてたら一万五千字もの文量になってしまったので、急遽Eパートを作りましたが……極力今後はDまでで締めるつもりです……。


 本当の悪って何なんだろう。いろんな作品を観てると、ふと考えることがあります。

 よく「俺は殺しがスキだぜ、ヒャッハー!」とナイフ振り回したり銃ぶっぱなしながら粋がる奴とか、「俺は正しいけど、お前はただのクズでヘタレじゃねーかボーケ!!」とか下衆な笑みを浮かべて上から目線で長ったらしく口喧しく罵る奴とか、よく漫画で見かけるのですが、そういうのって、何か違うんじゃないかなあ……と思ったりします。

 音も無く日常に忍び込み、静かに、真綿で締める様にじわじわと対象を追い詰める。破滅したら、その罪を誰かに擦り付けて、自分は誰にもさとられずに去っていく。その繰り返しを日常的に行える存在。

 本当の悪い奴ってそういうやつなんじゃないかなあ、と。


 暗い話が続いたので、次は外伝の投稿をしようと考えております……。



以下余談

※今回の話は構想段階では全く描く予定が無かったのですが、映画『クリーピー 偽りの隣人』をレンタルで観た時、香川照之氏の怪演が凄く印象に残りまして、こういうのを書いてみたい、と思い、急遽執筆に致りました。

※書きたいことを全部ブチ込んだら、色々穴だらけになってしまったので、ツッコミやご指摘は大歓迎です。

※一度書いてから、少し時間を空けてもう一度全部書き直す、という手法を取ってます。とても面倒くさいのですが、まとまった文章を書くにはこの方法が一番だったりします。
 それでも余白の多さと、地の文の少なさはどうにかしたい問題ではありますが……今後精進したいところです。

※今回から書物の引用をさせて頂いてます。
 ちなみに哲学書を最近読んでいるのですが、昔の偉人の文章表現力はかなり参考になりますね。

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