魔法少女ゆかり☆マギカ(休載中)   作:hidon

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     それでも『人』と呼ぶべきか C

 

 

 

 

 

 

 ハッと美結は我に帰った。

 目の前の女性を見た瞬間に、脳裏に走った映像。

 

 

 希望が掌から擦り抜けて、全てが無に堕ちていく。

 

 

 あの感覚は……一体なんだ。

 だが、と美結は困惑を振り切る様にかぶりを振ると、現実を直視した。仲間達と並び立つ彼女をキッと睨みつける。

 あの映像が何なのかは分からない。だが、こいつの正体は直感で理解できた。普通の魔法少女なんかじゃない。美結は奥歯をギリッと噛み締める。

 あの時、交番で警察官を殺した様に、自分が縋り付こうとするもの全てを奪うつもりなのだろうか。でも、そうはさせない、と強く思うのと同時に美結の心に火が灯り始めた。

 義憤だ。

 交番で対峙した時は、人の命をなんとも思ってない様な発言に圧倒されてしまったが、今度はそうはいかない。

 自分の大切なものまで、奪わせるか――――その思いが美結を奮わせた。

 

「みんな、騙されないで!」

 

 突然、形相をきつく顰めて力強く発言する美結に、仲間たちは何事かと目を丸くする。見ると、女性も同様の反応を示していた。白々しい。

 

「こいつは、殺人鬼よ!」

 

 美結は女性の正体をみんなの前で暴く。仲間たちは困惑した顔を向けてくるが構わない。美結は捲し立てる様に続ける。

 

「あなた……一体どういうつもりなの?」

 

「へ……え?」

 

 美結は、ずんずんと女性の目先まで歩み寄り、じっと顔を見据えて言い放った。仲間達と同様に困惑していた女性は、ぎょっとした顔になる。

 だが、美結は知っている。こいつの表情は全て仮面だ。常人と同じ表情の裏に、『鬼』の面を隠している。

 

「誤魔化さないで!! そうやって何でもない風に装って……誰かに近づいて殺してきたんでしょう!!?」

 

「「「「!!!」」」」」

 

 一瞬美結はふざけているのかと思った仲間たちだったが、彼女の鬼気迫る迫力は完全に常軌を逸していた。微塵も嘘を言っている様子は無い。

 完全に気圧されて固まった仲間たちだったが、『殺し』の部分を聞いて、まさか、と思い一斉に女性を見る。そして金髪が口を開いた。

 

「あの、  さん? 美結と……知り合いなの?」

 

 美結が豹変したのは女性の姿を視界に入れてからだ、と思った金髪はおそるおそる問いかける。

 名前を言ったが、美結にはその部分だけノイズが被って聞こえた。

 だが、女性はというと、仲間たちの方へ振り向いて、

 

「……駄目だね、こりゃ」

 

 こいつ、気が触れてる。とでも言いたげな苦笑いを浮かべつつ、ひらひらと手を振った。それが美結の感情を爆発させる。

 

「ふざけないで!! 私の大切な友達に手を出さないで!!」

 

「美結、どうしたの……?」

 

 美結は女性の胸ぐらをつかみガアッと声を張り上げる。金髪が見ていられなくなり、声を掛けるがもう彼女は止まらない。

 

「貴女みたいな人がどうしてこの世にいるのよ!! 私は苦しんでるのにどうしてそうやって笑って生きていけるの!! 死ね! 死ね!! 今すぐ私達の前から消えて死ね!!! そうだよ……お前は人間じゃないんだ!! お前は――――」

 

 

 『悪魔』だ――――

 

 

 最後にそう叫んだ途端、女性の両目が不気味に青く光る。僅かだが、口の左端がクッと吊り上がった。

 

 美結はそれを見て、ウッと息を詰まらせてしまった。

 仮面を、剥いでしまった。恐怖がぶり返してきて思わず、後悔しそうになる。だが……仲間達の為にも、膝を折る訳にはいかない、と美結は懸命を自分を奮い立たせようとするが、

 

「っ!!」

 

 突然、鈍器で頭を殴られた様な感覚に襲われ、美結の体がガクリと、横に傾く。

 そのまま、固い路面に身を預けることになった。

 路面は氷の様に冷たくて、全身の体温を奪っていく。それは自分を物言わぬ屍にするかの様だった。

 

「美結……ごめん」

 

 意識が段々と薄れてゆく中、パンクロッカーの謝る声が聞こえてくる。

 そうだ、と美結は思い出した。彼女は自分と同じ、精神に作用する魔法の使い手だった。自分と同じく対人戦でしか効果が無いので、滅多に目に掛かったことは無かったが。

 

 それにしても……彼女はどうして、自分に魔法を使ったのだろう?

 

 自分は正しいことを言っているのに。あの女性(悪魔)は嘘しか言っていないのに。

 

 まるで訳が分からなかった。

 

(もしかして……)

 

 間違っているのは、自分自身なのだろうか――――ふと、そんな考えが頭を過るが、直ぐに隅っこに追いやった。

 奴が自分の胸を刺して意識を奪い、助けを求めた警察官の首を切り落としたのをはっきりこの目で見た。事実である。

 でも、仲間達は自分を信用してはくれなかった(・・・・・・・・・・・・・・)

 

「美結……どうして、こんなことに……」

 

「頭、おかしくなっちゃったのかな……?」

 

「あたしよりも、酷いじゃん……」

 

「…………くっ」

 

 金髪、短髪、ポニテ、パンクロッカー……仲間たち全員の啜り泣く声が聞こえてくる。

 一瞬、意識が強く覚醒する。同時に、煮えたぎる様な激情が心の内から熱を放ってきた。

 

 

 ――――みんな、そんなに、私のことを思ってくれているのなら……どうして、私の言うことを信じてくれないのっ!!?

 

 

 怒りか嘆きか――――どちらとも付かない慟哭を胸中で叫ぶ。できればみんなに伝えたかったが、もう口を開く力は無い。

 

 

 ――――みんな、騙されているっ!! このままじゃダメっ!! 私が止めないと、みんな殺される……『奴』にっ!!

 

 

 啜り泣く仲間たちに、奴の声は混じっていなかった。恐らく、倒れる自分を少し離れたところから見下ろして、嗤っているのだろう。

 だがそこで、美結の意識は、フッと消えた。

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

『美結、一体何が……』

 

【多分、私のせいだね】

 

『え?   さん、やっぱり、美結と何かあったの……?』

 

【違うよ、この子と私は初対面だよ】

 

『じゃあ、なんで……?』

 

【私が、ここにいたから】

 

『え……?』

 

【自分の居場所を、私に奪われた……そう思ったのかな、多分。この頃って色々過敏だし深く考えこんじゃうからさ、ちょっとしたことでも相手を親の仇みたいに憎たらしく思っちゃうんだよね】

 

『でも、美結、警察官が……て。それ、ニュースでやってた……』

 

【気にしなくていいよ。多分、私を追い出す為の方便だと思うから。そういうのに当て嵌めて、お前は危険人物だ、みたいに貴方達に思わせようとしたんだろうね】

 

『あんな美結、見たことなかった……』

 

【ずっと塞ぎ込んでたみたいだし、相当辛いことがあったんだろうね……。それなのに、戻ってきたら、得体の知れない奴がいけしゃあしゃあと自分の場所に収まってたんだからさ、キレるのも無理無いよ……。こればっかりは、その子の気持ちを考えてあげられなかった私のミスかな……?】

 

『違うよ、  さんは悪くないよ!! 悪いのは、美結があんな酷い状態になっているのが分からなかった、私達だよ……』

 

【……だったら、これからどうしたらいいと思ってる? その子の為にしてあげられる事、何か考えてる?】

 

『それは……』

 

【私に提案があるんだけど、ちょっといいかな……?】

 

 

 美結の知らない間に、事態は進んでいく――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 全てが紅に染まった世界というものを、美結は初めて見た気がした。

 誰かが死んでいる訳じゃない。それどころか、周囲には人の姿など無い。だが、美結にはその世界が誰かの血で染め上げられた様に見えて、酷く残酷に映った。

 腐った肉を敷き詰めた様な赤黒い大地は砂漠の様にどこまでも平坦な地平線を描き、空は純白の太陽が鮮血の如き光をごうごうと放ち、一面を真っ赤に染めている。

 ここは一体どこなのだろうか、と美結は思ったが――――すぐに既視感を覚えた。

 そうだ、自分はこの世界を何度も見たことがある。まず、ここは現実の世界じゃない。自分が『鬼』に引きずり下ろされ、連れて行かれた世界。

 

 

 ――――地獄だ。

 

 

 ドン、と何かに背中を強く押された。上半身が前のめりに崩れたので、思わず両手を地面に付く。勢い良く倒れたので爪が食い込む。血肉を敷いた様なそれは、ぬちゃりと、気色悪い音を立てて美結の指にこびりついた。

 

「……っ」

 

 思わず、じいっと見つめる。指に付着しているドロドロとした形状のそれは、泥というよりも肉をペースト状にした様に見えた。人肌程度の生温さと、鼻を刺激する鉄臭さと生臭さが、とてつもない不快感を抱かせる。

 刹那――――

 

 

『どうして?』

 

 

 ノイズ混じりの音声が背後から聞こえた。

 美結は咄嗟に振り向こうと思った――――しかし、美結の首は全く動かず、そのまま固定されていた。

 訳もわからぬ事態に美結が呆然としていると、

 

『どうして……?』

 

 音声が再び響く。再び後ろを見ようとしたが美結だったが首は少しも動かすことができなかった。

 いや、違う――と、美結は思った。見ることができないんじゃなくて、恐らく、見たくないから無意識の内に首を動かしたくないだけだ。

 だって、後ろにいるのは……

 

 

『どうして、私を【殺人鬼】なんて呼んだの?』

 

 

 ――――鬼だ。

 

 ノイズの海に悲しげな感情を混ぜて自分に語りかけてくる。

 言葉の内容だけ切り取れば、辛そうに聞こえるかもしれない。でも美結は、鬼が仕出かした所業を、罪の重篤さを知っている。故に、鬼の言葉は非常に身勝手極まりないものにしか聞こえなかった。

 

『私は、凄く傷ついたんだよ』

 

 殺人鬼と侮蔑されても仕方ないのに、鬼には全く自覚が無い。それどころか、『自分を悪く言った』と言わんばかりに美結を非難してくる。美結は後ろを振り向いて何か言ってやりたい気持ちに駆られたが、相変わらず首を動かすことはできなかった。

 それだけ、彼女は鬼に対して、生理的嫌悪感を抱いていた。声を聞いてるだけで、下腹部から違和感が強烈に込み上げてくる。

 

「うっ……ぐ……っ」

 

 口から出そうになったそれを、手で塞ぐ。

 

『謝ってくれないと、私……』

 

 鬼は構わず続ける。口から漏れそうになる嘔気をなんとか飲み込もうとする。

 

 

『何をするのか、分からないよ』

 

 

 だが、鬼が次に放った言葉が胃袋を刺激した。それは下腹部に膝蹴りを見舞われた様な、鈍痛となって襲いかかる。

 刹那――――心臓が何かにガシリと鷲づかみにされた。

 咄嗟に確認するが、手のようなものは全く見えない。すると、氷の様に冷たい何かが胸をギュウッと急激に締め付けてきて、美結の息は一瞬、止まりかけた。

 

「はあーっ、はあーっ……!!」

 

 堪えきれず、大粒の汗を流しながら大きく息を吐き出す美結。

 胃袋と心臓、二つの臓器は一瞬にして相手に支配されてしまった。絶望が顔に浮かぶ。生気が失われ青ざめていく。

 

 鬼に楯突こうとした自分を美結は呪った。

 そもそも人間である自分――例え魔法少女だとしても――が敵う筈が無かった。鬼と自分は住む世界が違うのだ。当然、倫理観も思考も、全く異なる。故に、人間が繰り出すあらゆる技と、言葉が通用する道理など初めからなかった。

 

「ごめん……なさい……」

 

 為す術が無いことを悟った美結にできることは、もはや謝ることだけだった。

 悪いのは自分ではなく全て鬼だが……それを口に出そうものなら自分の命は今度こそ無い。ならば、許してくれるまで、只管頭を下げる。

 

「ごめんなさい……」

 

 意地とかプライドとか、何が正しいとか悪いとかもうそんなことはどうでもよかった。今、この時に於ける自分の願いは只一つ。

 

「ごめんなさい、ごめんなさい」

 

 これからも、生きたい。その思いが彼女の頭と口を、必死に動かした。

 

「ごめんなさい……ごめんなさい……」

 

『…………』

 

 鬼はしずかに聞いている。

 

なんでもします(・・・・・・・)から、命だけは、たすけてください」

 

『へえ』

 

 『なんでもする』――――言ってしまったその言葉に、鬼は反応したようだ。どこか悦が混じっていた。

 美結が、しまった、と思った時にはもう遅い。鬼の気配が背後から消える。

 

『じゃあ、あれ、やってみてよ』

 

 鬼の声が前から聞こえてきた。おそるおそる顔を上げると、羽虫の様な小さな物体に全身を覆われて黒い人型になっている物体があった。姿は大分違っているが、間違い無くそれは鬼だと、美結は一瞬で理解した。

 左手を伸ばし、ある方向を指差している鬼。どこか楽しげな声色が、まるで鷲づかみにした美結の心臓に爪を立てているようだった。

 嘔気を堪えつつ、見ると――――

 

 一瞬で、全身に鳥肌が立った。

 

 あれは自分が、地獄から脱出するためにつかまった糸じゃないのか。

 だが、唯一違っているのは、垂れている先端が輪っか(・・・)になっている、という点だ。

 

「…………!」

 

 美結の思考が、ピシリと固まる。どうみてもあれは首吊り自殺用じゃないか。

 すると、いつの間にか鬼が眼前まで近寄り、耳元で囁いてくる。

 

『ねえ、知ってる? 魔法少女の噂』 

 

「っ……! っ……」

 

 呆然と輪っかを眺めながら口をパクパクと動かす。鬼に対して言ってやりたいことが山ほどあるのに、恐怖のあまり声にならなかった。

 

これ(・・)を砕かないと死なないんだってね?』

 

 鬼の声に愉悦が益々含まれていく。自分の様子など一切意にも介さしていないそれは、懐から、一つの宝石を取り出した。

 眩しいくらいの光量だった。それは全てが死に絶え朱しか残らない地獄の中で、唯一生命を持っているかのようだった。

 

「……っ!」

 

 美結が必死に手を伸ばし、命の輝きを放つ宝石――――ソウルジェムを取り返そうとするが、鬼はひらりと躱した。  

 

『ってことは、普通に死んだら生き返るってことかな?』

 

 優しく囁かれた言葉は、氷よりも温度の低い冷水となって、美結の背中にポタリと落ちる。ヒヤリとした感覚に美結が大きく震えた。

 

『本当かどうか確かめたいから――――ちょっとあなた、わたしの前で死んでよ」

 

「っ!?」

 

 美結の全身が凍りつく。反射的に精神がそこへ行くのを拒んだ。自然と地面に付く両手と両膝に力が入る。

 しかし……意志に反して美結は立ち上がる。そして、足はゆっくりと、ロープの方へと進んでいった。

 

「…………っ」

 

 美結が顔を引きつらせる。必死に静止するべく脳からあらゆる指示を下すが、足は止まってくれない。

 まるで、鬼が自分の全身に糸を括り付けて、操っているかのようだった。

 

「っ! ・・・・っ!!」

 

 首から上は自由だったので後ろを振り向いた。声は出せないので、鬼に伝わる様に唇を『た・す・け・て』とゆっくり動かしながら涙目で訴える。鬼の姿を見るのは嫌だったが、自分の命の危機を前にそんなことを考えてる余裕は無かった。

 

『…………』

 

 だが、鬼は何も応えず、ただじっと眺めているだけだった。

 やがて、美結の体はついに、ロープの前に到着する。

 

「……っ!! ……っ!!」

 

 必死に体を止めようとする美結だったが、依然として体の自由は効かない。美結の両手がゆっくりと上がり、輪っかを取った。

 そして、首に掛ける。

 

「っっ!!!」

 

 直後、ロープが勢い良く上に引っ張られる。

 美結の足が地面からふっと離れ、宙に浮いた。呼吸口を急激に圧迫された衝撃で、口に溜め込んでいた酸素が一気に吐き出される。

 全てが終わったのだと悟った美結は、目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 一秒……十秒……三十秒……。

 

 

 

 

 

 

 首を吊られて一分間が経過した。

 

 

 

 

 

 

 だが美結にとってはまるで、悠久の様な時間だった。

 

 

 

 

 

 

「……あれ?」

 

 美結は目を開けると、眼前に広がる光景に愕然となった。

 とっくに虫の息だった筈だ。次に目を開けた時、自分は天国にいるものだとばかり思っていたが、変わらない地獄の世界だった。

 

「すー……はー……」

 

 試しに呼吸をしてみると、息が吸えた。自分の首はロープできつく締め付けられているのが嘘の様に、苦しみも感じない。

 

「生きてるの……私?」

 

 そして今、気づいたが自分は喋る事ができる。

 鬼の言っている事が本当だったと思うのと同時に、魔法少女の体で良かった、と心から思った。

 だって、生きることができたんだから。この体のおかげで。

 

 

 だから、これからも――――生きていける。そう思った矢先だった。

 

 

 美結は胸中から噴き出しそうになる歓喜のあまり、忘れてしまっていた。

 彼女のソウルジェムは、依然として鬼が握っているということに。

 そして、ロープに吊るされた体は、身動きができないということに。

 

 

 ――――美結の思考はそこで止まった。

 

 

 直前、飛びかかってきた鬼が勢い良く何か鋭利なものを振るってきたのは確認できた。

 

 

「飽きた」

 

 

 鬼は、あっけらかんとそう言い放つ。

 深い意味など何もなさそうな、あまりにも純粋で、そのままの発言だった。この玩具で遊べるだけ遊んだのだから、もう用は無い、と言わんばかりに。

 

 地獄の鬼は最初から自分を生かしておくつもりなどなかった。

 

 そんなこと、よく考えずとも分かることだったのに――――後悔が沸々と湧いてくる。形だけでも謝っておけば、見逃してくれるだろうと思っていた。結果的にその浅はかさが自分を滅ぼしたのだ。

 でも、だったら自分はどうすれば良かったのだろうか。すぐに逃げ出せば良かったのだろうか。

 問いかけてみるが、自分の中に答えは無い。そして、周りに答えてくれるものは誰もいない。鬼しかいないが、奴は自分の事は最早眼中に無く、血塗れの刀を眺めて満足げに嗤っていた。

 

 

 ボンヤリと、目線を下に向ける。寸断された下半身が、ボタリと地面に落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っ!?!?」

 

 美結はガバリと起き出した。

 まず、視界に移ったのは勉強机。窓のブラインドから漏れている陽の光が暖かく照らしている。既に朝だった様で、雀の鳴き声が窓越しにチュンチュン聞こえてくる。

 次いで下に顔を向けると、花柄の掛け布団が見えた。白くて可愛らしい花が描かれている――――自分のベッドにあるのも同じ柄の掛け布団だったっけな、と思っていると、

 

(あれ、もしかして……)

 

 あることに気づいて周囲を見回すと、確信した。

 ここは間違いなく自分の部屋だった。どうやら地獄から現実に帰ってこれたらしい。その事実に、ほっと胸を撫で下ろす。強張っていた身体の力が抜けていく…………かと思った。

 

 刹那、ある違和感が、全身を硬直させた。

 

 水浴びでもした様に、冷たい。体を抱えてガクガクと震える。そこで気づいたが、服の上からでも分かるくらいぐっしょりと汗で湿っていた。

 

「……何、これ?」

 

 間違いなく、あの夢が原因だろう。だが、あの夢は、一体何だったのだろうか?

 地獄と鬼――――それらは度々脳裏に表れ、自分に不快極まりない映像を見せてきた。まさか、夢にまで出現するとは。しかも今回はこれまでとは比較に成らない最低最悪に等しい所業。

 

 自分の身体を操り、首吊りさせた。そして――何故かは分からないが――、生きていた自分を……、

 

「……!!!」

 

 ――――そこから先へ思い出すのを無意識に頭が拒否した。

 

 美結の全身を冷感の次は恐怖が襲いだした。必死に抑えようとするが、身体の震えはさっきよりも増す一方で、収まってはくれない。

 かぶりを振って夢の内容を必死に頭から追い払いつつ、着替えをするべく、床に足を下ろして立ち上がろうとする。

 すると、勉強机の上に置いてあったスマホから緑色のランプが光っていた。それは誰かからLINEのメッセージが届いていることを告げている。

 

「………?」

 

 美結はベッドから腰を上げると、勉強机の上にあるスマホを手に取る。次いで画面を確認すると、金髪からメッセージが届いていた。

 

『美結、大丈夫!?』

 

 心配そうな文章が目についた瞬間、そういえば――――と美結はボンヤリと考える。

 昨日、自分は道路の上で倒れた筈だった。もしかしたら、彼女が運んできたくれたのかもしれない。

 そう思い、LINEを起動してメッセージを確認する美結だったが、

 

 

 直後、目を疑った。

 

 

 金髪から送られたメッセージは二件有った。

 一つは上述したものだったが、もう一つはその10分後に送られていた。

 目眩が襲う。

 

 

 

 

 

 

    『美結、ごめんね

 

     お願いがあるんだけど、チームから抜けてくれない?』

 

 

 

 

 

 

 それは簡素な内容だったが、彼女を失意のドン底に叩き落とすには充分な威力を持っていた。

 咄嗟に、スマホを叩き割りたい衝動に駆られた。

 

 

 

 

 

 

 ――――掛け布団に描かれている花が、『白いアサガオ』から『キスツス』に変わっていることに、美結は気づけなかった。

 

 

 

 

 




 地獄か現実か。






 おかしい、Bパートまでノリノリで書けたのですが、C・Dパートは無茶苦茶辛いです。
 恐怖心を煽らせる様な文章表現だったり台詞回しがどうにも書けません……。
 あと、相変わらず余白が多いです……orz 

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