「ねえ、ゆかり。『白狐』って、居ると思う?」
学校からの帰り道、親友のそんな一言から始まった。
「白狐って……あれだよね? 会えると何でも願いを叶えてくれるっていう……」
その名を聞いて縁が、う~ん、と首を捻りながら答える。
――
伝承では、成長期の少女は誰もが白狐に会える資格が有ると謂われている。運よく、出会えた者は願い事を一つ叶えて貰える上に、無病息災の肉体と、万夫不当の力を得るという。
歴史上の人物でも、邪馬台国の卑弥呼、平安末期の巴御前、鎌倉時代の北条政子……etcetc
有名人の女性は皆、白狐に願いを叶えて貰ったお陰で大成を掴んだという説もあり、当時の記録書にも、白狐を臭わせる怪異を見たという記述が実在している。
以上から、日本国内に於ける人気は数ある妖怪の中でも随一を誇り、今でも白狐の存在を信用して、探し回っている者は後を絶たない。
ここ桜見丘市でも、近年、少女達――特に中学生、高校生――の間で白狐の目撃例が多発していた。SNS上では専らその話で持ち切りになっている。
酷いケースでは、イラストまで描かれていた。
それによると、白狐は、一般的な狐とは大きく異なった容姿を持っている。全身が真っ白い毛で覆われており、真紅のつぶらな瞳で、丸くて大きい顔とヒョロヒョロした胴体を持つ。特徴的なのが耳元から長い毛が生えている事だ。よって初見で狐とは判別できず、見た事も無い生物と捉える少女が多い様だ。
また、人間の少年の様な声で話し掛けてくるという。実際に「願いを叶えてあげる」と声を掛けられた例も有ったらしい。
大半の少女はそれを聞いて、幽霊が喋っているんじゃないか、と勘違いして、恐れおののいて逃げ出してしまうそうだが。
「葵って……そういうの信じてるの?」
「縁は信じないの? ツゲッターでも持ち切りじゃない。目撃例だって多いし、今や日本中が注目してる話題よ」
「それはそうだけど……」
葵はこの手の噂には喰いつくタイプである。段々と熱くなる彼女を見て、縁は参ったな、と思った。
「昨日、桜見丘郵便局前のアクセサリーショップの2階で発見されたって言うし……ちょっと行ってみない?」
目を輝かせながら葵はスマホの画面を見せた。そこにはSNSサイト・ツゲッター上で、
『白狐なう』という文字が有り、白狐が映っているらしい写真が掲載されていた。
……実際は、白狐の姿など何処にも無く、アクセサリーが所狭しと並んだ棚が映っているだけなのだが。
葵の提案に、縁は迷ってしまう。この手の話に興味が無い訳では無い。
でも、流石に、何でも願いを叶えてくれて、強い身体も授けてくれる妖怪の存在など、信じられる筈も無い。誰かが流した嘘を、少女達が勝手に信じて騒いで拡大解釈してるだけなんじゃないか、と思っていた。
それに……アクセサリーショップとはどういうことだろう。なんでそんなところに、伝説の妖怪が出るのだ。ますます信用し難い。
「なんだか嘘っぽくなーい? それってさー?」
「嘘だったら、何でこんなに話題になってるのよ?」
縁は冷めたジト目で突っ込む。思い込みの激しい葵に、嘘でしょ、とはっきり言うと怒るので、言い方を緩めた。だが、葵は食い下がってきた。
「だからさ、誰かが流した嘘を、誰かが面白がって広めて、皆が信じちゃったんだよ、多分」
「縁って夢が無いわね……」
その一言にムッとする縁。決して怒らない事を信条にしている彼女だが、あくまで人間である。そんな言い方をされれば誰だって頭に来る。
「そもそも会ってどうするの? 白狐に?」
縁が今一つ乗り気で無いのは、疑問も有ったからだ。そもそも自分達は健康だし、優しい家族も友人もいるし、十分幸せだ。白狐に会った所で、叶えたい願いなんて有る筈もない。
「別にどうもしないわよ。噂を確認するだけだから」
「ふ~ん」
葵は、何ともなげに言うが、縁は不機嫌そうに口を尖がらせた。いくら親友だがらとはいえ、自己満足の為に付き合わされるのは正直、嫌だと思うが、それを伝えれば機嫌を悪くするのがオチだ。
「…………」
だが、葵は目を細めて縁の顔を見つめる。しばらくすると、フッと笑みを浮かべる。
流石親友というべきか、縁の心情を即座に察したらしい。そして、暫く額に手を当てて、考え込む仕草をしていたかと思うと、
「わかった。……後でアイス奢ってあげるから」
「えっ!? なら行くっ!!」
縁の表情が一変して、恍惚とした笑顔を浮かべてピョンッと飛び跳ねた。
彼女は、後で奢られたアイスを幸せそうに頬張るまで、自分がアホだということに気が付かなかった。
☆
結局、葵の餌に飛びついてしまったアホの子・縁は、仲良く(?)桜見丘郵便局前のアクセサリーショップへ足を運ぶ事になった。
早速2階へ上がる葵達だが、当然のことながら、白狐が都合良く居てくれる筈もない。二人してくまなく見渡すが、どこにもいない。ガックリと項垂れる葵だが、それを見た縁が内心、ざまあみろ、とほくそ笑んだのは言うまでもない。
とは言え、このまま帰るのも詰まらないし、折角だからアクセサリーを見てから帰ろうと縁が提案したので、しばらく二人して店内の商品の観賞を楽しんでいた。
「ちょっと、いい?」
葵とは別々に分かれてアクセサリーを手に取って、眺めている縁に、突如声が掛って来た。
「えっ?」
縁が声の掛って来た方へ振り向くと、そこには自分より少し高い背丈の女性が立っていた。
頭には紫色のヘアバンドを付けており、光沢を放つ黒髪を後ろに縛って、腰まで垂らしている。顔つきは、人形の様に白く、身体付きはスレンダーで、細いというよりは、全体的に引き締まっている印象だ。
女性を一言で表すなら、クール系美人、と言ったところか。放課後に出逢った柊 纏とは別の美しさがその女性からは感じられた。
「あたし、この辺じゃないんだけどね。ちょっと用事を思い出して、郵便局を探してるんだけど、君、知らない?」
女性はクールな見た目とは裏腹に、軽いさばさばとした口調で尋ねてくるが、縁は呆けてしまった。その美顔に浮かぶ微笑みに、うっかり目を奪われてしまったのだ。
「……どうしたの?」
「……あっ! え~っと、郵便局ならっ! 店の扉を出てすぐですよっ!」
尋ねても反応が無いので怪訝に思った女性。縁は、我に還ると、郵便局の場所を教える。どういう訳か、言葉尻が上ずってしまっている。興奮しているのか、緊張しているのか、縁にはどちらか分からなかった。
☆
女性が案内して欲しいというので、縁は彼女の手を引いて、店の正面玄関まで案内した。
正面玄関を出ると、道路を挟んだ向かい側にある、赤いポストが入口前に置いてある建物を指さす。
「ほら、目の前」
「あ、ほんとだ」
やっだ、気付かなかった、と女性は苦笑いを浮かべながら、バツが悪そうに頭を掻く。
「ありがとね。君、名前は?」
「……! 美月縁です」
女性は縁の方へ顔を向けると、ニッコリとした笑顔を向けた。再びその美しさに見惚れてしまう縁だが、すぐに我に帰ると名前を名乗る。
「名前、何て言うんですか?」
縁が名前を尋ねると、女性は、何故か一瞬目を見開いて呆気に取られた様な表情を浮かべた。が、直ぐに笑顔に戻す。
「篝 あかり」
「あかりさん……ですか。何か良いですね。あの夕陽みたいで」
「…………そうだね」
縁は遠方で、沈みながらも明るく輝いて、景色を黄金に染める夕日を眺めながら、笑顔で名前の印象を述べる。あかりと名乗った女性は、どこか寂しげな表情を浮かべながら、コクリと頷いた。
「そうだ! 折角、こうして知り合ったんだし、今後も何か付き合うかもしれないから、ちょっと教えてくれる?」
寂しげな様子から一転して、明るく振る舞う女性。ふと、思いついたかの様に、ゆかりへ顔を向けると、そう切り出した。
「何をですか?」
「LINEよ、あんたのLINE。今日はあたしが助けてもらったから。次は、あんたが何かあったら連絡するの。一発で駆け付けてあげるから」
「そんな……悪いですよ」
「良いって良いって。あたしも『恩返し』したいしさ」
「あっ!」
いつの間にか、自分のスマホをあかりが握っていた。縁が驚いて素っ頓狂な声を挙げる。あかりは気にせず、自分のスマホを懐から取り出すと、縁のスマホのLINEを起動し、マイQRコードを呼び出して、自分のスマホで読み取った。。
「ありがと」
あかりは、そう言うと、縁のスマホを彼女のブレザーの胸ポケットに差す。
(……何か今日一日私のスマホ運が悪い~……)
紛失(というよりは自分が忘れただけだが)するわ、勝手に横どりされて、メアドを登録されるは踏んだり蹴ったりだ。縁は青筋を浮かべて、俯いた。
「じゃ、あたしは郵便局行くから、また何か有ったら」
縁の様子に気付かず、あかりはベンチから立ち上がり去ろうとする。
「!!……よろしくお願いします。あかりさん」
それを見て、縁は慌てて立ち上がると、彼女にお辞儀して、恭しい態度で見送ろうとする。
「あかり、で良いよ。あんた高校生でしょ。あたし17だし。年齢変わんないからさ。タメ口でいいよ」
ところが、あかりが人懐っこい笑顔でそう言ってきた。とは言え、年上で有る事に変わりは無いので、縁は一瞬、躊躇うが、
「じゃあ……よろしくね、あかりちゃん」
意を決してそう言うと、手を差し伸べる。あかりも満足気な表情を浮かべて手を握り返した。
「よろしく、縁」
二人は、友達の誓いの握手を交わした後、分かれた。あかりは言葉通り郵便局に足を運び、縁はアクセサリーショップに戻っていった。
店内では縁がいなくなった事に全く気付いていない葵が、二つのアクセサリーを手に取って、どちらを選ぶか唸っていた。
白狐を目的に来たんじゃなかったのか、と目的が変わっている葵に、縁は呆れてものも言えなくなってしまった。
ちなみに、今は十七時五十分。陽は長くなってきたとは言え、遅くなると親が心配するので、縁は迷っている葵に「また来た時に選べば?」と声を掛けて、一緒に帰ることにした。葵は渋々な表情だったが、強引に手を引いて店を出ると、諦めた様だった。
☆
「今日は出会いが多かったな~……」
「何? 菖蒲先輩の他に、また誰かと知り合ったの? どんな人?」
「うん、さっきの店でね。凄くカッコ良くて、クールな人」
「縁にもとうとう初恋が……」
「うん。 ……っていやいやいや!! 違うから!! 女の人だから!!」
葵の『初恋』という言葉に、顔を紅潮させながら大慌てで否定する縁。
何故自分はこうも興奮しているのか、分からなかったが、あの篝あかりという人物に特別な感情を抱いたのは事実である。
それが葵の言う『初恋』なのか、もっと違う感情なのかは分からないが……もし、初恋だったとしたら、
(大・問・題・だ――――――!!??)
縁の脳内には、火山を背景に、二頭身サイズのチビ縁が現われていた。チビ縁が、大きく叫ぶと、背後にある火山が爆発する。
(女の子同士で――――あ、そういえば、自分は男の子と友達以上の関係になることは今まで無かったし、好きになることも無かったからなあ……)
頭の中のチビ縁が慌てふためき、脳内を駆け回りながら、早口で騒ぐ。
しばらくバタバタしていると、やがて、ある結論に達した。
(もしかしたら私、そっちの気があるのかもしれない……)
チビ縁は立ち止まり、脳にある指令を伝達して、口から言葉を出させる。
「わたしって、レズビアンだったの? 葵」
「何聞いとるか」
気が付いたらそんな質問を葵にぶつけていた。あまりにも突飛な質問にズッコケたのは言うまでもない。
――――その後は、他愛の無い話をしながら、帰り道を歩く二人だった。
――――しかし、二人は知る由も無かった。
――――既に非日常は、自分達のすぐ傍にまで迫っていることに――――
ツゲッターってなんだよ……(ぉ
自分のネーミングセンスの無さに絶望しつつも書き進めています。
長くなったので、Cパートに続きます。。。