魔法少女ゆかり☆マギカ(休載中)   作:hidon

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第 二 章
#05.5__世界を変える力が その手に有ると囁く


 

 

 桜見丘市深山町・〇〇区、某団地。

 

 

 

 

 

 

 

 ――――高嶺絢子(たかね あやこ)は魔法少女だ。といっても、キュゥべえと契約してからまだ、一週間である。

 彼のアシストも有り、魔女を初めて倒したのが、4日前。

 魔女の気配を察知し、緑萼市に足を踏み込んで、そこを縄張りにしている柄の悪そうに魔法少女達に絡まれたのが、2日前。

 新たに出現した魔女と交戦して、取り逃してしまい、魔力回復の為にグリーフシードを消費してしまったのが、昨日。

 魔法少女になってから、激動の一週間だった。加えて日常生活も通常通りこなさなければならないのだから、大変この上無い。

 

 魔法少女の苦労は、家族や友人達に悟られてはならない。

 魔女が深夜に出現して、過酷な戦いになったとしても、次の日、家族や友人と会えば笑って挨拶しなければならない。

下手に引き摺って顔に出そうものなら、「学校で何かあったの?」「誰かに嫌な事された?」と見当違いな心配をされてしまうので、それはそれで苦しかった。

 

「こんなはずじゃ、無かったのにな……」

 

 今、絢子が居るのは自室だ。自室のベッドの上に、ばすん、と前のめりに倒れ込むと、誰にでも無く呟いた。

 

 

 魔法少女になれば、皆が注目してくれる――――

 

 魔女を倒せば、皆が私を褒めてくれる――――

 

 

 キュゥべえの話を聞いた時、そう思った。そしてこう考えた、『自分は、選ばれたのだ』、と。

だが、実際は、キュゥべえの話とは、自分の理想とは程遠い――――苦労の連続だった。

 以前、TVで「ブラック企業」に務めてしまったが故に、過酷な労働環境に置かれ、自殺してしまった女性の特集をしていたのを思い出す。

あの時は、魔法少女になる前で、一中学生に過ぎなかった自分には、何ら関係ない話だと思っていたが、今はその女性の気持ちがよく理解できる様な気がした。

 

 ――――誰にも相談できないし、休む間もない。でも、それ以上に、

 

「私には、魔法少女の才能なんてないんだ……」

 

 聞けば大半の魔法少女は、チームを組んで楽しく活動していると聞く。自分は人見知りだから同じ市内で同業者(魔法少女)に合っても上手く話せない。それどころか生まれつきの性根の弱さのせいで、馬鹿にされてしまう。

 絢子の身体は魔法少女なので、元気そのものだ。だが、それを動かす『魂』そのものは疲れ切っていた。

 

 ――――とにかく、今日もまた魔女が来るかもしれないし、それまで何か気を紛らわさなくては。

 

 そこで、先日アプリゲームをダウンロードしていたことを思い出した絢子は、早速プレイしようと思い、スマホを起動した。

 だが、

 

 

『――――才能や能力は生まれつき。その考えは間違っている』

 

 

 真っ黒な画面に白く映る、文字列を読んだ瞬間、高嶺絢子を突如、暗闇が襲った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目は見えない、耳は聞こえない、臭いも感じない、口も動かせられない、手も足も動かせない。

 五感を失っていた。

 

 絢子の脳は、まず混乱した。ついさっきまで、自分は夕食を済ませた後、部屋で寛いでいた筈だった。

スマホ起動したら、突然、奈落の底に突き落とされた様な感覚に襲われた。

 

 

「――――高嶺絢子」

 

 

 ノイズ混じりの声が聞こえた。暗闇の中で突然響いた音声に、絢子は戦慄する。誰、と問いかけたいが、口が開かない。

 

「貴女が魔法少女になってから一週間。どうかな? 貴方の欲しいものは手に入った?」

 

 声はノイズを走らせながら問いかけてくる。口調からして女性の様だ。それに、よく耳を凝らすと若干艶っぽく聞こえるので、自分より年上なのかもしれない。

 だが、不気味な事には変わりない。年上と思しき謎の女性は答えを待たずに話を続ける。

 

「貴女はキュゥべえと契約する時、こう思った筈よ。

 『魔法少女になれば、この鬱屈した世界から解放される』、『自分を縛り付けてきた者達を見返し、みんなが関心を持ってくれる』……『人生を、輝かしくできる』と」

 

 絢子は、ギクリとした。すぐに耳を塞ぎたくなったが、全身の感覚が無くなっているせいで出来ない。

 

「実際はどうだった?」

 

 再び問いかける声。ふと気付くと、口がパクパクと動いていた。試しに、「あ」と小さく言ってみると、口から声が出るのを感じた。喋る機能が戻ったようだ。

 

「……『満足』です」

 

 絢子はそう答える。

 

「普通の人よりも凄い力が持てるし、ケガも病気もしない。それに、困っている人を助けることができる。今までの自分が出来なかった事が、少し行動するだけで出来るんです」

 

 魔法少女になってからは確かに辛い事が多かったが、それに見合うだけのやりがいは有った様に感じた。

超人的な力のお陰で、苦手な運動は克服できたし、魔女から人を救うのも達成感が有って気持ちがいい。

 

「だから、今は満足です。後悔なんてないです」

 

 絢子は自分の正直な気持ちを伝えた。

 

 

 

 …………つもりだった。

 

 

「――――嘘だ」

 

 

 ノイズ混じりの声がバッサリと切り捨てる。絢子は頭を鈍器で叩かれた様な衝撃が走った。

 

「何も変わってはいない。

 貴女に理想を押し付ける両親は、関心の薄い友人は変わってくれた?

 貴女が助けた人々は、感謝をしてくれた?

 昼夜構わず襲い掛る魔女、グリーフシードを奪いに来る魔法少女――――貴女の周りには辛い事が多すぎる。

 ……それでも、『満足』と言えるの?」

 

 影は淡々と問いかける。絢子は沈黙。

 

「貴女は満足なんてしていない。魔法少女になっても何も変わらない事を知ったのでしょう?

 だから、自分に嘘を付いた。『人の為に頑張る自分』を一生懸命演じる事で、心の隙間を埋めるしかなかった」

 

 突如、絢子の頭の中に、ある景色が浮かぶ。

 心の奥底にある鍵の掛った扉。その前に悪魔が現れ、ドアノブに手を掛けると、鍵を壊して強引に開けてしまった。

しまいこんでいたドロドロとした感情が溢れ出し、瞬く間に心を満たしていく。

悪魔は感情の波に飲み込まれながらも、ケラケラと愉しげに嗤っていた。お前の心を暴いてやったぞと、さも嬉しそうに。

 

 そう思うと、全身が冷水に浸された様に震えてくるが、両手の感覚が無い為、抑えることができない。

 

 

「……怯えなくていいよ。私は貴女を救いたい」

 

 

 ふと、そんな言葉を掛けられた。

 

「人生を変えるのは、ほんの少しの勇気。最初の一歩を踏み出すだけで、全ては美しく見える。

 魔法少女の貴女を前にしても、世界が変わらないのならば、貴女自身が変えていくしかない」

 

 甘美な言葉が、絢子の耳朶を打った。耳から侵入したその言葉は、真水となって、心を満たすドロドロの汚泥に注がれた。

 

「――――どうしたら、いいんですか?」

 

 思わず、そう問いかけてしまった。

 心の中の汚泥に飲みこまれた悪魔が顔を出し、上から注がれる真水で顔を洗い流すと、ニタリと嗤った様な気がした。

 

「私の言葉を聞くだけ(・・)で良い」

 

「……それだけ、ですか?」

 

「貴女は私が何者か分からない。神か悪魔か、どちらにしても、得体の知れない存在には変わりない。

 でも、私は貴女の事を良く知っている。私なら、貴女の背中を押すことができる」

 

 絢子は迷った。こんな場所に放り込まれて、自由を奪った相手の話なんて、普通は聞く筈がない。

 だが、謎の女性の言葉通り、彼女が自分を理解しているのは確かだった。自分の心にしまっていたものを簡単に開けて解放した存在。両親や友人なら、こんな真似は出来はしないだろう。

 

「わかりました……」

 

 故に――――本当の自分を知っているこの人なら、自分を救ってくれると信じてしまった。

絢子は、肯定する。

 

「では始めましょうか」

 

 謎の女性の声は、何処か満足気に聞こえた。

 

「これから私が送る言葉によって、貴女は『人の道から足を踏み外す』が、『魔法少女の道に一歩を踏み出す』ことになる。それが、貴方にとって救いになると信じている」

 

 謎の女性の声が詠う様に告げてくる。『人の道から足を踏み外す』という言葉が気になったが、自分が救われるのだと思えばどうでもいい事の様に聞こえた。

 

「さあ、認めるといい。それが貴女の勇気だ」

 

 ――――真の勇気は、いつも有用な勇気である。

 

 その言葉を最後に女性の声はピタリと止み、代わりにノイズが煩く耳に響いてきた。

衝動的に耳を塞ぎたくなったが、相変わらず両手の感覚が無いので、塞ぐことができない。

すると、

 

 

 

 

 

 

~~~~~~~●●●●●●~~~~~~

 

 

 

 

 

 

 ノイズの海に、奇妙な言葉が紛れ込んでいた。

聞き覚えの無い、だが、強く印象に残る言葉だった。耳から侵入したそれは瞬く間に脳裏に刻まれていく。

 

「…………!!」

 

 絢子がそれに、強い不快感を示した。

 

 

 

 

~~~~●●~~~~

 

 

 

 

 今度は別の音声が耳に響く。言葉ではなく、擬音だ。

『のん』……どういう訳か、その擬音を表現するにはその二文字がピタリと当てはまった様な気がした。

 

 

 

 

~~~~のんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのん~~~~

 

 

 

 

 連続で擬音が響いてくる。脳に次々と焼き付いていく。

 

 

 

 

 

~~~~のんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのんのん~~~~

 

 

 

 やがて擬音は脳全体を埋め尽くした。それでも、止まる事なく響く。脳から音が溢れ出して、全身に際限なく行き渡ってきた。

 絢子の意識が遠のいていく。

 不意に手が伸びた。その先にあるのは闇か光か、視覚を失っているから分からないが、何かが自分を導いているような気がした。

 絢子は思う。そこにあるのは新しいスタートラインだ。自分が『勇気を持って第一歩を踏み出す為』のスタートラインだ。あれに手が届いた時、自分の人生は今度こそ輝くのだ。

 絢子の脳裏に浮かぶのは、自分を口々に賞賛する、人々の姿だった。その中には家族と友人の姿もある。誰もが絢子を笑顔で羨望のまなざしを送っている。絢子に拍手を送っている。

 

 みんな、『次』こそ、私を認めて。

 

 わたしをみとめて。

 

 

 

 ワタシヲミトメテ……

 

 

 

 

 

 

 ――――わたしを、たすけて。

 

 

 

 

 

 

 だが、そこに手が届いた直後、絢子の意識は踏まれたガラス細工の様に――――バラバラに砕け散った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『〇〇県桜見丘市深山町〇〇区で、21:30分頃、高嶺絢子さん14歳が行方不明となりました』

 

 ニュース速報がTVで流れたのは、それから間もない事であった。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 第二章 プロローグとなります。

 一応、第二章のストーリーラインはほぼほぼ決まりましたが、未だ序盤以外は執筆していない状況にあります。果たして予定通りに書けるか、描写力が伴ったものにできるのか不安でならず、それが筆を止めさせている要因だと思います。

 ちなみに、一応章タイトルは『序』を付けておりますが、第二章が本格的にスタートしたら外す予定です。

 11月までには、あらかた5話分ぐらいは書き上げておきたいところですね……。


 何卒、よろしくお願い致します。

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