☆
「……縁」
「ごめんね、葵。心配掛けちゃって……」
心配して待っていてくれてたのだろう。家に帰ると、玄関先に葵が待っていた。
「最初からアホだと思ってたけど、ここまでアホだったなんて……!」
「ごめん……」
葵が声を震わせながら、そうつぶやく。顔は俯かせているせいで見えないが、間違いなく怒っているのだろう。縁は再び謝るしかなかった。
だが、
「いいのよ」
そう言うと、顔を上げて微笑を浮かべる葵。すると、突然縁に飛び込んできた。
「葵……!?」
「縁が無事で、本当に良かった……!」
「!」
抱きしめながらそう言う葵に、縁は申し訳なさで肩が震えた。
「もう止めましょう……! 魔法少女の世界に飛び込むなんて……!」
「!!」
続けて言われた言葉に、縁が目を大きく見開いた。
「…………そう……かもね……」
しばらく間を開けて放った言葉は、酷く空っぽだった。
「縁……?」
「私に、飛び込む資格なんて、なかったかもね……。私、なんかに……」
縁は葵を両手で離すと、自嘲気味に呟いてフッと笑う。思い返すのは、先刻の出来事。
☆
あかりと政宗が去り、竜子、狩奈、命達率いる魔法少女達も去った。瞬間、桜見丘市に訪れた脅威は全て無くなった。
だが、その場に居た三人、縁、優子、凛は居たたまれない思いに駆られていた。当然だ。結局、自分たちは何も無し得ず、第三者の謎の男性によって場を納められてしまったのだから。
「……縁、どうしてここにきた?」
「えっ?」
しばらく三人で呆然と道の端で塀に寄り掛かっていたが、不意に優子が問いかけてくる。
「あかりちゃんと優子さん達の喧嘩、どうしても止めたかったんです……」
「……篝とは、知り合いなのか?」
あかり『ちゃん』――――その呼び名に優子が反応。隣に座る凛も横目で伺う様に見てくる。
「はい」
縁はそこでチラリと優子の右腕を見る。力なくダラリと下がっていた。聞いた話では、あかりが関節ごと破壊したらしい。
「それ、大丈夫なんですか?」
「ああ、大丈夫さ。ウチには纏がいる」
そこで縁は、纏が回復する魔法を使える事を思い返して、安堵する。
「すぐ直るさ」
でも、2日ぐらいは料理できないかな――――と、苦笑いを浮かべてそう付け加える優子。
「……あの、優子さんをそんな目に遭わせたから、信じて貰えないかもしれませんけど……」
縁は意を決して伝える。
「あかりちゃん、悪い子じゃないと思うんです。初めて会った時、とても寂しそうな目をしてて……」
「そうだな……、アタシも気になるところはあったし。お前の気持ちはよくわかったよ。でも……」
優子は一度ふう、と溜息を吐くと、酷く落胆したように首をガクン、と落とした。
「お前が死んだりでもしたら……アタシは悲しいよ」
静かにささやかれた言葉は、縁が『魔法少女』というものを知ってから今に至るまでに、一番強い衝撃を与えてきた。
「……
眩暈がするようだった。
自分には魔法少女になる資格がない。でも、彼女達の戦いを止めたかった。無力だけど、事情を知る者として、なんとかしたかった。
でも、結局は……、
「でも、私、折角……みんなと知り合えたのに、みんな頑張っているのに……何もできないまま、なんて……!」
迷惑しか掛けていなかったのだと、はっきり自覚した。身体のバランスが崩れフラフラと足がおぼづかなくなる。
でも、自分が自分の意志でここまで来た、ということを、はっきりと
「分かってる。ありがとうな。……でも、もう十分だ」
優子が笑顔を向ける。放たれた言葉に、縁は顔を俯かせた。
「後は、あたし達でなんとかするよ」
「凛さん?」
「あんたは今日の事は忘れて、さっさと寝な」
凛は縁の肩に手を置きながら言う。顔を上げて彼女の顔を見る縁。あっさりとした物言いだが、声色には優しさが込められている様に聞こえた。
「じゃ、カヤ、行こうか。茜と纏を迎えに」
「ああ……」
凛はグリーフシードが詰まったバッグを持つと、優子の傍に付いて一緒に歩き出す。縁に背中を見せて去っていく二人。
「縁……」
が、途中で優子が後ろを振り向いた。その声にハッとなる縁。
「……ごめんな」
優子はそれだけ言うと、首を戻して去っていく。
(……どうして?)
縁は唖然とした。迷惑を掛けたのはこっちなのに、どうして
優子も、あかりも、もっと自分に怒っても良かった筈なのに――――まるで意味が分からない。
そう考えて、縁はあることに気付く。
『分からない』と思う事は、結局、彼女達の事を何一つ理解していなかったんじゃないか。
自分は彼女達の戦いを止めたかった。しかし、それには、黒岩政宗の様に、深い理解と、命を懸けるぐらいの強い覚悟が必要だったのに。
「……っ!」
そこまで考えると、自分を殴りたい衝動に駆られた。
―———何を馬鹿な事を考えてるんだ、縁。お前は彼とは違う。第一、そんなものが、お前の何処にある。
―———お前は、ただの女子高生なんだ。
―———魔法少女の世界に飛び込む必要
落胆のあまり両膝を落とす。
何もかもが浅墓だった。しかも今更気づいたが、自分は靴を履き忘れていた。
「アハハ……」
アホさにも限度があるだろうと思って、笑いたくなった。救いようがない。誰でもいいから、いっそのこと蔑んでもらいたかった。
だが、皮肉にも彼女の乾いた笑いを聞く者は、いなかった。
☆
「『魔法少女には魔法少女にしか分からない事情がある』……葵の言ってた事、本当だった。だから、私……魔法少女の世界に行くのは、もう辞めるよ」
「そう……」
「でも、纏さんや優子さん達、それに……あかりちゃんとは……、これからも、仲良くしたいと思ってるの。それは……ダメ、かな?」
おそるおそる問いかける。葵は嘆息。
「しょうがないわね」
「葵?」
「別に貴女の友好関係をどうにかする権利は私には無いわよ。『友達として』付き合いたいなら、そうすればいいじゃない」
そう言ってくれたことが、救いになった。縁の顔がパァっと花が咲いた様に、輝く。
「葵、ありがとう!」
「!……どういたしまして」
今度は自分から葵に抱き着く。葵は驚いたものの、縁の背中を優しく撫でながらそう微笑んだ。
☆
その夜、宿題をしていた縁だったが、ふと窓を見ると、大きな満月が夜空に浮かんでいたので、目を奪われてしまった。
そこで、暫し物思いに耽る。
黒岩政宗――――自分と同じ一般人なのに、魔法少女の事を良く知る人物。彼は何者なのか。あかりちゃんとはどんな関係なんだろうか。
あかりちゃん――――隣町の魔法少女達を救う目的は何なのか、どうして優子さん達と戦わなければならなかったのか。
様々な疑問が湧いてくる。最早自分には関係無いことなのだが、それでも気になって仕方が無かった。
(でも、何より……)
あかりが泣きそうな顔で去り際に告げた、あの言葉。
『みんな、死ぬ』
あれはどういう意味だろう。それに『奴ら』って……?
「~~~~っ!!」
そこで、ブルブルと全身から鳥肌が立ってくる縁。
あんまり怖い事を考えてると、また眠れなくなってしまうので、そこで思考を止めることにする。
「大丈夫、何かあったって、優子さん達とあかりちゃんなら……きっと」
恐怖を抑える為に、彼女達の名前を唱える縁。再び、窓の外に映る満月を見上げる。
「大丈夫……だよね?」
向かって問いかけるが、月は何も語らず、ただ悠々と輝いているだけであった。
エピローグ・ゆかり編、終了となりました。
魔法少女の世界へ行く事を諦めた彼女の行く末は如何に……?
以前申し上げた通り、彼女は書きながらキャラクターを作っているようなものなので、心情描写を細かく書くのがかなり大変だったりします。
現状キャラクターの中では、一番時間を掛けて書いてるかもしれません。