魔法少女ゆかり☆マギカ(休載中)   作:hidon

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     黒い狐は真意を語らず D

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 宮古 凛から放たれた矢が、路面に突き刺さった。

 

 ――――それが、合図となる。

 

「チッ、鈴宮、足鹿、夕霧、東雲、旦椋、昭凱! カウンタースナイプだッ!!

 

「「「「「「Yes,sir!!!」」」」」」

 

「Fireッ!!」

 

 狩奈は周囲の家の屋根を陣取る部下達の内、数名に指示を飛ばすと、彼女達は後方を振り向いて、銃や弓などの獲物から飛び道具を連射する。

 狙いは2km先に居る凛だが、指示された者は、いずれも狩奈や凛と同等のスナイプが可能な手練れ。複数から狙撃されれば如何に凛といえども……そう思ってほくそ笑む狩奈だったが、

 

「ガハッ!!」

 

 刹那、背中全体を鋼鉄の壁に叩き付けられた様な衝撃を受けた。狩奈の小さい身体が勢いよく吹き飛ぶ。

 

「狩奈さん!? ……ひいいっ」

 

 吹き飛ぶ狩奈を見て、黒いローブのハイライトの無い瞳の少女――――八奈美 命(はなみ みこと)が何事かと思い、咄嗟に大声を挙げるが……魔法少女の勘が後ろに強烈な殺気が有ると告げてきた。身震いする。

 青褪めた表情でおそるおそる後方を向くと、あかりの背中が視界に映った。

 

 続けて全体を見ると、奇妙な姿勢だった。右腕はやや高めの斜め上に挙げて、左腕は水平に伸ばしている。両足を開き、姿勢を低くして背中を若干丸めている。

 

 命にはそれが何の構えだか分からなかった。だが、なぜか、その背中が熱を帯びている様に見えた。

 

「クソッ!!」

 

 塀に向かって吹き飛ぶ狩奈だったが、ぶつかる寸前で身体をクルリと反転すると、両足で強く蹴った。あかりと命の元へ再び飛び込む。

 

「……へえ、あたしの鉄山靠(てつざんこう)を受けて気絶せずに済む奴がいるなんてね」

 

 小さい癖に頑丈なのね――――そう付け加えると、感心した様に、ニヤリと笑うあかり。

 

「チッ……テメェ」

 

 狩奈が舌打ちをすると、両目をカッと見開いて、あかりをギンッと睨みつけた。間違いなく怒り心頭だ。

 だが、そんな狩奈を前にしてもあかりは悠々とした姿勢を崩さない。

 

「いいわよ」

 

「「ッ!?」」

 

「一斉にかかってきなさい」

 

 あかりの突然の申し出に狩奈と命が目を見開く。

 

「あたしなら、あんたたち含めた全員を、そうねぇ……」

 

 そこで、あかりは腕を組むと、頭を捻って考え込む。

 

「うーん…………10分以内にやれるかな?」

 

 しばらくすると、パーにした両手を狩奈と命に見せて、晴れやかな笑顔を向けた。

 

「舐めやがって……!」

 

 明らかに馬鹿にしてるとしか思えない。狩奈がギリリと歯を軋ませる。

 

「だったら望み通りにしてやるまでだッ!! 鈴宮達は引き続き宮古を相手しろッ!!」

 

「「「「「「Yes,sir!!!」」」」」」

 

「私と命と残った連中でブラックフォックスを潰し」

 

「総長の命令はっ!?」

 

 潰してやる、と言いそうになった直後に命が割り込んで告げる。狩奈が一瞬『あっ!』とした表情になると、

 

「…………生け捕りにするぞっ! Readyッ!!!」

 

 少し間を空けて、命令を言い直した。同時に、屋根の上で陣取っていた鈴宮以外の魔法少女達の獲物が一斉にあかりへと向けられる。狩奈もまた右腰のホルスターから獲物を抜き、命もまた両手に杖を召喚して、あかりに向ける。

 絶体絶命の状況下であるにも関わらず、彼女は笑っていた。一辺たりともその自信が揺らぐことは、無い。

 

 

 

「くっ……!」

 

 一方、完全に置いてけぼりを喰らっている優子は、忌々しそうに前方に立つ二人を睨む。怪我を負ったせいで、最早相手にもされてないのが屈辱だった。

 それでもブラックフォックスと狩奈率いる捕縛部隊の激突の火蓋が切って落とされるのを黙って見過ごすことはできない。

 

「狩奈止せ!! そいつを捕まえんのは」

 

 うちらだ――――と言おうとしたが、背後に魔力の反応を感じて、咄嗟に後ろを振り向く。

 

「!!」

 

 優子は目を見開く。自分の背後にある塀の上で、一人の魔法少女がライフルの様な獲物を自分に向けて構えていた。

 

「……」

 

 優子と顔を合わせる事になったライフルの魔法少女は何も言わずに、射る様な鋭い眼光を向けている。

 その目が語る。

 

 ――――『動いたら撃つ』。

 

「……チッ」

 

 身動きを封じられた優子は、冷や汗を垂らしながら舌打ちする。

 

 

 

 ――――その時だった。

 

 

 

 多数の魔法少女が集結するその場所に、一台の黒い車が滑り込む様に割り込んできた。

その場に居たすべての魔法少女の視線が釘付けになる。

 

「何だ!?」

 

 優子は何事かと目を見開き、

 

「今度はどいつだァッ!!」

 

 狩奈は新手かと睨みつけ、

 

「……っ」

 

 あかりは笑顔から一転、目を細めて不機嫌そうな顔を浮かべている。

 車は停止すると、直後、運転席側のドアが、バンッ! と勢い良く開かれた。

 

 

「……そこまでだ。()()()共が」

 

 

 低く、力強い声が響き渡る。同時に車から見えてきた姿に全員が――何故かあかりだけは見えた途端、溜息を付いていたが――愕然となる。

 一般人だ。それも男。

 身長は190cm近くはあろうか。大柄な体躯を真っ黒なスーツで包み込んだ、白い頭髪をオールバックに決めたサングラスの男性は、殺気立つ魔法少女達の視線を諸共せず、ズンズンと歩み寄ってくる。

 

「……」

 

「止めろ」

 

 優子の背後に居た魔法少女がその男性にライフルを向けて脅そうとするが――――狩奈が右手を挙げて制止の指示を出すと、黙ってライフルを下ろした。

 

「……何だテメェは?」

 

 狩奈が怪訝そうな表情を浮かべながら、男性の前に立つと、脅す様な声色で言い放つ。

 標的をあかりから男性へと変えた彼女の疑問は、この場に居る魔法少女達からすれば、至極真っ当なものだろう。あかりの張った結界内に入り込めただけでなく、更に魔法少女達の喧騒に堂々と割って入ったこの男性。ヤクザの様な風貌も相俟って、只者ではない事は明らかだ。

 

「俺が用があるのは、お前じゃなく……後ろにいるソイツだ」

 

 男性は銃を握る狩奈を前にしても堂々とした態度を崩さず、顎でその人物を指し示す。

 

「…………っ」

 

 指された張本人――――あかりは、更に不機嫌そうなしかめっ面を浮かべる。

 

「……何で来たのよ」

 

「随分と大ごとになってたから、もしやと思ってな。……今日はこの変にしとけ、帰るぞ」

 

 男性はそう言うと、狩奈の脇を通り抜けてあかりに向かおうとするが……、狩奈が再び立ちふさがった。

 

「おい待て」

 

「邪魔するなガキ、どけ」

 

「そうはいかねえなあ……テメェが何処のクソッタレの玉無しヘナチンかは知らねぇが、あいつは私たちの獲物だ」

 

 男性が強面の顔を顰めてドスを利かせたバリトンボイスで言い放つが、狩奈も負けじと挑発するような口調で言い放つ。

 

「玉無しヘナチンねえ。……残念だが不正解だ。玉はちゃんと二個あるし、起ちもいいぞ」

 

 そういう台詞は歌舞伎町で身体を売りさばいてるニューハーフにでも言うんだな――――と微笑を浮かべて言うと、狩奈は鼻で笑う。

 

「ハッ! クソッタレは否定しねぇんだなァ?」

 

「生きてるからな、糞ぐらい垂れるだろう」

 

「じゃあ大人しくボケ老人用のオムツでも履いて漏らしてなベイビー。テメェのケツを拭きたい奴がいればの話だがな」

 

「別に俺はお前と下ネタ合戦をする気はないぞ」

 

「おっぱじめやがったのはテメェだろうがクソッ!」

 

「振ってきたのはお前だろう、嬢ちゃん。ついでに言わせてもらうが、俺は糞は垂れるが、別に俺自身は糞じゃないぞ」

 

 獣の様な迫力を持って互いを睨みつけ合う狩奈とサングラスの男性だが、交わしている言葉はお下劣極まりない。目の前で繰り広げられる妙に馬鹿馬鹿しいやり取りに、周囲の魔法少女達は呆然となる。

 

 

「「なにしてんだ(のよ)……?」」

 

 優子はあかりは頭を抱えている。

 と、その時――――黒い車の助手席側のドアが勢いよく開いた。魔法少女全員が、男性の他にまだ居たのか、と一斉に注目する。

 

「優子さん! あかりちゃん!」

 

 サングラスの厳つい男性とは対照的な、幼さの残る少女が飛び出してきた。その人物を見て、優子がハッと目を見開く。

 

「縁か!?」

 

 優子がその名を叫ぶ。車から飛び出してきた少女、美月縁は、優子と目を合わせると、心配そうな表情を浮かべている。

 

「……あんたも何で来たのよ?」

 

 あかりが冷たい声で言い放つ。

 途端、不安げに顔を俯かせる縁を見て、アイツ(男性)が妙な事を吹き込んだのか、と思い、彼を睨み付けるが、

 

「だって、私……皆の事が心配で……! それに、凛さんもあかりちゃんも、『家で待ってろ』なんて言わなかったから!」

 

 縁は徐々に顔を上げて、意を決した様な顔つきで、あかりの顔をしかと見据えながら言い放った。

 

「まあ、それもそうね……」

 

 あかりはそう呟くも、相変わらず不機嫌とした表情のままだ。

 

 

「…………っ!」

 

 優子はまた一般人である彼女を巻き込んでしまった事に、悔しそうに歯噛みした。

 

 

「テメェは……!?」

 

 一方、サングラスの男性と対峙していた狩奈も、縁の登場に呆気に取られていた。

 

「狩奈さん! 優子さん! お願い! 何が起こってるのか分からないけどみんなであかりちゃんを責めるのは辞めて欲しいの!!」

 

「えっ?」

 

 縁の突然の申し出に面食らった優子は、思わずきょとんとした顔を浮かべてしまう。

 

「ハッ! そいつはできねえ相談だなァ!!」

 

 一方、狩奈はそれを鼻で笑うと、切って捨てた。

 

「ど、どうして……?」

 

 縁が尋ねると、狩奈は顔をあかりの方へ向けて、ギンッと釘付けにするような視線で睨みつける。

 

「以前お前を巻き込んじまった事は私も悪いと思っているから、出来れば聞いてやりたいと思っているが……このドブネズミが仕出かした事は容認できるモンじゃねぇ!!」

 

 狩奈は大きく口を開いた。

 

「こいつはなぁ!! 竜子の睡眠時間を削りやがったッ!! 可愛い手下どもをやりやがったッ!!!」

 

「~~ッ!!」

 

 縁が思わず耳を塞いでしまうような怒号を響かせると、男性からあかりへと標的を変えて、大股で迫る狩奈。

縁は咄嗟に駆け出した。

 

「おいよせ、縁!」

 

 優子が声を張り上げるが、既に狩奈の前に立ちふさがってしまう。

 

「ま、待ってください!! あかりちゃんをどうする気ですか!?」

 

 あかりを庇う様に両手を広げ、必死な形相で対峙する縁。

 

「竜子のところへ連れていくんだ。処分はアイツに任せる……!」

 

「そんなこと……!」

 

「もういいって、縁」

 

 一般人の縁に対しても獣の如き凄まじき形相で睨みつけてくる狩奈。恐怖心を堪えつつ、なんとか彼女の強行を止めようとする縁。見かねたあかりが、彼女を引き下げようとするが……サングラスの男性が割って入ってきた。

 

「あとは俺に任せろ」

 

「……!!」 

 

 縁を押しのけて、狩奈と対峙する男性。

 

「マサムネ、あんたねぇ……!」

 

 役目を横から掻っ攫われる形となったあかりが、苛立ちを包み隠さずにマサムネと呼んだ男性にぶつける。

 

「あかり、悪いな」

 

 男性もあかりの気持ちを悟ったのか、僅かに後ろに顔を向けて謝るも、あかりはそっぽを向いてしまう。

 

「……魔法少女同士の喧嘩に男がしゃしゃり出てくんじゃねえよ……」

 

 再び男性と対峙することになった狩奈が、おぞましい声色で言い放つ。

 

「ほう……そんなルール、誰が決めたんだ?」

 

「ざけんなッ!!」

 

 男性の挑発にいよいよ我慢が制御できなくなった狩奈が、右手の拳銃を男性に向けてくる。

 

「黒岩さんっ!!」

 

 その光景に縁は目を震わせながら大声を出す。男性――――黒岩(くろいわ)政宗(まさむね)は一瞬、縁の方へ向くと、フッと笑った。

 

「!!」

 

 縁はハッとなる。彼の浮かべた笑みは、柔らかかった。

 

 

 

 ――――大丈夫だ、安心しろ。

 

 

 

 絶対の自信が込められている様な、不思議なものだった。

 

「……魔法少女は一般人を攻撃しちゃいけないんじゃなかったのか?」

 

「……ッ!!」

 

 政宗は顔を戻すと、感情を消した表情で淡々と言い放つ。

 銃を向けられているというのに、微塵も恐怖を感じていない様だ。それが狩奈の感情を余計に波立たせた。眉間に皺がグッと寄る。

 

「私の邪魔をする奴は容赦しねぇ。…………風穴一つ開けてやろうかァ!?」

 

「ほう……」

 

 狩奈の脅し文句に、政宗はニヤリと口の端を吊り上げて――まるで、待ってましたと言わんばかりに――、嬉しそうな表情で、嗤った。

 

「面白いじゃないか……!」

 

「……!?」

 

 ニタニタと不気味な笑みを魅せる政宗に、狩奈が息を詰まらせる。

直後、彼は何を思ったのか、狩奈の右手首を握ると、銃を自分の胸へと押し当てた。

 

 

 

「撃ってみろよ」

 

 

 

「な、なにっ……!」

 

 彼の言葉に、狩奈が目を震わす。言葉を失い閉口。

 

「俺は、最初(はな)っから長生きなんて望んじゃいない」

 

 底冷えする様な言葉が、周囲の少女達をぞっとさせた。全員が息を飲む。

 

「自分の意志を通して死ねるなら、それが本望だ」

 

 彼の心臓の鼓動が、銃を通して伝わってくる。安定した、一定のリズム。

 思わず狩奈は彼の顔を見る。焦りも恐怖も浮かんでいない、一切の感情が消え失せた氷の顔がそこにあった。それを見て膝が震えそうになる。

 こんな人間は、魔法少女でも今まで存在しなかった。嫌、それ以前に……

 

「テメェ、本当に人間か……?」

 

 そう問いかけてしまった。

 自分は今まで敵対する魔法少女から、『狂犬』と呼ばれたことがある。その通称は正しい。だって親愛なる竜子の為なら、自分はいくらでも狂えるし、人間性を捨てることもできる。

 

 ――――だが、目の前の男性には、遠く及ばない。

 

 直感でそう理解できた。何故なら、自分は命が惜しいと思ってるからだ。目の前のコイツは、簡単に捨てられる。サングラスの奥から僅かに伺える瞳が、絶対零度の輝きを放ち自分を見下ろしていた。

 

「人間さ」

 

 目の前の狂った犬が答える。

 

「だが、お前ら()()()共の世界に飛び込もうと決めた時、人間らしい生き方は辞めている」

 

「私らが、『バケモノ』……だとォ?」

 

 狩奈が恐怖を押し隠す様に、銃を持つ手に力を込めて、男性の胸にグイィッと押し込んだ。だが、手の震えまでは抑えきれなかった。振動が狂った犬に伝わる。

 

「違うのか? 自覚してると思ったが……まぁ、お前はそうでもなさそうだな」

 

「……っ」

 

 狂った犬が、狩奈の手を開放すると、力が抜けた様にダラリと下がる。同時に狩奈の顔も緊張感から開放されたのか、僅かに安堵が浮かんでいた。

 

「……その様子だと、『魔法少女の身体』しか撃ったことがない、か。期待外れだな」

 

「……っ!」

 

 狩奈がキッと彼を睨む。直後、身体に加重。

 

「!! か、狩奈さん、ヤバイですよ!」

 

 誰かが狩奈に喚き散らしている。見ると、自分の隣に立って、大人しく状況を眺めていた黒ローブの魔法少女が、焦燥しきった表情で自分の身体にしがみついているではないか。

 狩奈が一瞬呆気に取られる。

 

「どうした命ォ……!?」

 

 狩奈は、突然自分を静止しようとした命を怪訝とした表情で見つめる。

 

「こ、この人、AVARICE(アバライス)社の人です。ブローカーですよっ!」

 

「なんだと……!?」

 

 狩奈が大きく目を見開き男性を見る。彼の黒いスーツの左肩を良く見ると――――紋章が有った。 

 

 

「はあ? アワライス? ブローカー??」

 

 優子は初めて聞く単語に首を傾げて、素っ頓狂な声をあげる。

 

 

 

(黒岩さんって、よく分からない。でも、やっぱりとんでもない人なんだ……!)

 

 縁は、自分の前に立つ大柄の男に畏怖を抱き始めていた。

 当然だろう。自分より遥かに優れている魔法少女達が集うこの場所で、彼は自分が誰よりも『強者』であることをはっきりと示したのだ。

 あの恐るべき狩奈を、震えあがらせてしまった。自分の命を嬉々として賭ける姿勢には、それだけの底知れぬおぞましさがあったのだ。

 

 ――――でも、もし撃たれていたら……?

 

 不意にそう思ってしまうと、背筋が凍り付く様な感覚に襲われた。

 

 

「止めなさい、響」

 

 

 不意にどこかから凛とした声が聞こえてきて、縁がハッとする。周囲を見渡すと、溢れかえる魔法少女達も突然の音声に同様の反応を示し、首をキョロキョロと動かしていた。

 

「竜子……ッ!?」

 

 いち早く声の発生源を捉えた狩奈が、前方を見据えて、驚きながらもその名を声に出す。彼女の部下たちも、縁も、優子も、あかりも、男性も、全員が一斉に狩奈と同じ方向を見る。

 道の先に、どこまでも深い暗黒が群雲の様に広がっている。それを突き破る様にして、一人の女性が現れた。

 縁はその姿に注目する。真紅のサニードレスで美しい身体を包んでいるが、両肩には不釣り合いなアーマーが装着されている。だが、縁が何よりも目を奪われたのは右手に携えている物だ。モデル染みた外見のどこに、そんな力が有るのか、と思ってしまうぐらいの巨大な斧――後で優子に聞いた所『ハルバード』というものらしい――が握られていた。穂先に刃と突起が付いており、炎の様に朱と橙に染め上げられたそれは神々しさが感じられた。

 

(誰なの、この人……?)

 

 縁がそう思っていると――――周囲の屋根の上を陣取ってきた魔法少女達がわらわらと道に集結し始めた。

 

「ひえっ!」

 

 ざっと見て10人以上……いや、20人くらい居る。縁がその光景に驚く。一体、これから何が起きようとしているのか、全く見当も付かない。

 集まってきた魔法少女達は、一斉に道の両端で並び始めると、路面に片膝を付いて頭を下げた。

 縁は映画で見たある光景を思い出す。中世を舞台にした作品で、王様に道を譲りながら敬礼する騎士達の姿によく似ていた。こんな大勢の魔法少女にこんな真似をさせる、ということは、相当な人物と見てもいい。

 不意に女性の名を呟いた狩奈が気になったので見てみると、彼女の隣に居る黒いローブ姿の魔法少女も、同じく片膝を地に付けて頭を下げていた。

 

「……」

 

 女性は配下の魔法少女達に譲られた道の真ん中を、優雅に歩きながら、狩奈や優子達が居るところへと進んでいく。

 

「竜子」

 

 狩奈が、女性――――三間竜子に目で訴える。

 

 ――――お前が出るまでもない。

 

「響」

 

 ――――貴女の役目は終わりよ。

 

 竜子もまた、目でそう告げる。

 

「クッ……!」

 

 炎を彷彿とさせる灼眼に一睨みされるだけで、狩奈の気迫は抑え込まれてしまった。

 竜子は狩奈の脇を通り過ぎると、政宗の前に躍り出る。

 

「部下の無礼、お詫びいたします。黒岩さん」

 

 そして、恭しく頭を下げた。

 

「いや、いい……」

 

 軽く手を振る政宗。

 

「ですが驚きました。ブラックフォックスが貴方たちの仲間だったとは……」

 

「っ!? 竜子、お前らそのオッサンとどういう関係だ?」

 

 優子が気になり、声を挙げて問いかける。

 

「この人は……」

 

「おおっと、三間! ここには魔法少女でない嬢ちゃんがいるんだ。その話は控えさせて貰おうか」

 

 説明しようとした途端、政宗が割り込んできた。彼が一般人の縁の方を見ながら、竜子に忠告する。

 縁はただ訳も分からず呆然と二人のやりとりを見つめるしかない。

 

「申し訳ありません。ですが、一体、AVARICE社は何を企んでいるのですか?」

 

 灼眼が燃え上がる様に煌く。

 ブラックフォックスが『政宗の仲間』ということは、間違いなく彼女の謎めいた行動に、AVARICE社の思惑が関わっていると読んだ。しかし……、

 

「……外れだな」

 

「……?」

 

「俺は『個人的』にこいつに協力しているだけだ」

 

 政宗は横目でチラリと不機嫌そうなあかりを見て、言い放つ。

 

「だが、お前たちに迷惑を掛けたのは悪いと思っている。俺が変わって詫びよう」

 

「では、彼女の目的を話して頂けますか?」

 

「……そうだな、こいつは」

 

「マサムネッ!!」

 

 政宗が話そうとした途端、あかりの怒声が静止にされる。

 

「いいのよ……話さなくって……」

 

 呟くあかりの表情は強い苛立ちが含まれていた。政宗は嘆息。

 

「そうか……」

 

「話しては……頂けないのですか」

 

「協力者である以上、こいつの意志を尊重してやりたいんでな」

 

 竜子が睨みつける様な視線で問いかけるが、政宗は微笑で返した。

 

「ですが、彼女のせいで我々が迷惑を被ったのは確かです」 

 

「それに関しては安心しろ。あかりは別にお前たち(ドラグーン)を崩壊させようなんて考えちゃいない。

 こいつはひねくれてるが根は正直だ。争いごとは嫌いだし、お前の部下も救いたいと思って救っている」

 

「ですが、たった今、私たちの仲間を痛め付けたのは事実です」

 

「お前たちは碌に確認もせず、一方的な判断で、こいつを捕まえようとしたんじゃないのか? そうなりゃ誰だって自分の身を守る為に抵抗するに決まってる」

 

 竜子はそれを聞いて、暫し口を閉じて考え込む。

 政宗の言うことは確かに最もだが、ブラックフォックスの狙いが不明である以上、納得する訳にはいかない。なんとしても、目的を話してもらわねば……、

 

「……三間、頼みがある」

 

 そう考え込んでいた刹那、政宗から突然の申し出にハッと顔を上げる。

 

「こいつの好きにやらせてやってくれ」

 

「彼女の目的が明らかでない以上、承服致しかねます」

 

 何を言い出すのか――――竜子が僅かに顔を顰める。明らかに理不尽な要求としか思えない。迷わず即座にNOと突き付けてやる竜子。

 直後、政宗の眼光が、ギラリと光った。

 

 

 

「俺がお前との契約(・・)を切る、と言ったら……?」

 

 

 

「……!!」

 

 竜子が凍り付く。

 

「64人もの魔法少女を養っていくには、大量のグリーフシードが必要不可欠だ。組織の統制はお前やそこのイカレたチビでどうにかなるかもしれんが、グリーフシードだけはどうにもならんだろう?」

 

 何処か勝ち誇った様に低く笑いながら、冷酷に告げる政宗。

 

「………………」

 

 ブラックフォックスを縄張りで好きにさせるのは、屈辱極まりない。だが、それ以上に自分たちの生命の源が絶たれてしまう状況はもっと拙い。そんなことになれば、あの頃に――――桐野卓美が総長だった頃の暗黒が戻ってきてしまう。

 そこで、恐怖が蘇ってきて竜子はかぶりを振った。皆の前では気丈に振舞わなくては。でも、選択肢が一つしかないのが悔しい。

 

「あなたの協力がなくては、今日のドラグーンは有りえなかった……。わかりました。不服ではありますが、承認致しましょう」

 

 歯痒さを堪えつつ、竜子は政宗を顔をしっかりと見据えながら、はっきりそう言った。

 

「竜子ッ!? テメェ何バカな事言ってやがるッ!!」

 

 竜子に御身を捧げた狩奈も、彼女の言ってる事に正気を疑うしかなかった。声を荒げて抗議をする。

 

「響、私はみんなが生き残る為の最善を取ったまでよ」

 

 そう優しく呟く竜子の表情には先ほどの気迫が失せていた。唖然とする狩奈。

 政宗は胸ポケットから一本、煙草を取り出すと、口に咥えて先端に火を付ける。 

 

「話は纏まったな……」

 

 口からスッパスッパと煙を吐きつつ言う。右手の二本指で煙草を口から離すと、白煙を吐きながら黒い車の後ろ側に回り込みトランクを左手で開けた。

 そこから二つ、カバンを取り出すと、一つは優子達の元へ、もう一つは竜子達の元へ無造作に放り投げる。

 

「「!?」」

 

 優子と縁がそのカバンに駆け寄る。優子は利き手が使えないので、縁が代わりに開けると――――二人揃って仰天した。

 

「優子さん! こ、これって!?」

 

「グリーフシードじゃねえか!?」

 

 目を大きく見開いてカバンの中身に顔を突っ込むぐらいの勢いで見る二人。

 優子が言った通り、カバンの中にあるのは黒い宝石・グリーフシードである。だが、一つや二つどころではない。中にはひっきりなしにそれが詰められていた。

 単価が10万円を下らないグリーフシードを、どうやってここまで大量に手に入れたのか。

 黒岩政宗――――彼は一体何者なのか。

 

「そいつは詫びの品だ。とっとけ」

 

 男性はそれだけいうと、もうここには用済みだ、と言わんばかりに手をひらひらと振って、背中を向けて去っていく。

 優子と縁には頭の中で彼に対する疑問が次々と沸って湧いてくるが、最早聞いたところで教えてはくれないだろう。

 すると、あかりが彼の傍に付いて、一緒に黒い車に向かって歩み出した。

 

「……!! おい待てよ!」

 

 去っていくあかり達の背中に向かって、怒声を叩き付ける優子。

 

「何がなんだかよくわかんないけど……こっちは仲間を酷い目に遭わされたんだぞ! グリーフシード渡されたぐらいで『はい、そーですか』って納得できるか!?」

 

 政宗は既に車の運転席に乗り込んでいたが……あかりの方は、それを聞いて足を止めた。

 

「最後に一つ言っておくわよ」

 

 あかりが背中を見せたまま、その場に居る全員に、低い声で語り始める。

 

「私程度(・・)で、あっさり手こずる様じゃ……これから先は生きてはいけない」

 

「「「……!?」」」

 

 その言葉に、縁を含める少女全員が愕然。

 あかりは振り向く。

 

 

みんな死ぬ(・・・・・)。あんたたちだけじゃない……!」

 

 

 今までの余裕綽々が嘘の様だった。

 

 

「家族も……友達も……! みんな、滅ぼされる……っ! 『奴ら』に……っ!!」

 

 

 顔を泣きそうなぐらい歪めて、震わせた声で必死に訴えている。まるで別人が憑依したと言っても可笑しくなかった。

 

「あかりちゃん!」

 

 縁が駆け寄る。

 何故そうしたのか、縁自身分からなかったが、あかりのその顔を見た途端妙な胸騒ぎがして、身体が勝手に動いてしまった。

 

「縁……」

 

 あかりと向き合う縁。

 

「……!」

 

 彼女の顔を見て、縁は少し安心した。

 だって、彼女の顔は――――最初に出会った頃に見せた、あの寂しそうな表情だったからだ。

 やはり彼女は自分が思った通りの人だ。悪い人じゃない。何かを隠しているのは確かだが、それがみんなに言えないだけなのかもしれない。

 

「あかりちゃん、やっぱり皆には……」

 

 縁があかりに、本当の事を公表するべきだと促すが……

 

 

「ごめんね」

 

 

「えっ……」

 

 あかりから返ってきたのは、その一言。

 

 ――――意味が分からなかった。謎の謝罪を言われて、完全に意表を衝かれた縁は、思わず呆然となる。

 あかりは顔を隠す様にして俯くと、助手席側のドアを開けて、車に乗った。間もなく車は発進して、その場から去っていく。

 いつの間にか空気が纏う重苦しさが無くなり、不意にサングラスを外して上を見上げると、晴れやかな青天が広がっていた。

 先ほどの出来事は本当に嵐の様だった――――と、後に縁は思った。

 

「作戦は失敗ね。撤退よ、響」

 

 ふと、竜子が溜息を付くと、隣に立つ狩奈に言う。

 

「何? 萱野は満身創痍だ。ブラックフォックスは捉えられなかったが、支配権を更に広めるチャンスじゃねぇの」

 

 か? と尋ねようとした瞬間、後頭部に何かが当たる。

 

「か、狩奈さん!? 後ろ!!」

 

 命が仰天した様に声を挙げる。

 

「よう、イカレ脳みそ。元気だった?」

 

「……!?」

 

 軽い声が聞こえて、狩奈がバッと振り向く。聞き覚えのある声だがまさか……!

 

「宮古ォ……!」

 

 そこに居たのは魔法少女、宮古 凛!

 彼女は涼しい顔を浮かべて、狩奈の後頭部にボウガンが装着された右手を突き付けている。

 

「なんでここまで来れた!?」

 

「あんた頭がイカレ通り越してボケたね。自分の足元、よく見な」

 

 凛が、にへら、と愉快気に笑って言い放つと、狩奈は言う通り足元を見てみる。

 

「……あ!」

 

 そこにはマンホールがあった。蓋が空いている。

 

「あんたの手下共は不思議に思ったろうね。魔力が近づいてくるのに、何処にも姿が無いって……」

 

『!!!!!』

 

 道の両端に並んでいた魔法少女達が一斉に獲物を凛に向けるが、

 

「テメェら、寄せ!!」

 

 狩奈の怒号が彼女達を震え上がらせた。全員が銃を下ろす。

 

「黒狐は捕まえられなかったし、纏は潰されたし、カヤも右腕ぶっ壊されたし……何よりあたしの身体が臭いし、ぶっちゃけあんた一人潰しておかないと、腹の虫が収まらないんだよね~」

 

「テメェ只の八つ当たりじゃねえかッ!! しかも最後はテメェでやったことだろうッ!? ふざけやがって!!」

 

「ふざけてんのはあんたの頭……でしょ? ボケ脳みそ」

 

「狩奈さん! ……ヒィッ」

 

 命が慌てて止めようとするが、凛の左手――ボウガンが装着されていた――を額に突き付けられ、怯えてへたり込んでしまう。

 

「止めろよ、凛」

 

 そこで近づいてきた優子が、凛の頭にポンっと手を置いた。

 

「カヤ?」

 

 きょとんとした顔で、優子を見る凛。

 

「とりあえずこんだけグリーフシードが手に入ったんだし、今日は撤収しよーぜ」

 

 アタシはもう疲れた――――

 

 優子は未だ痛む右肩を左手で抑えながら、変身を解いてガックリと項垂れてそう呟く。その姿にいつもの猛々しさは微塵も感じられない。

 

「ちぇっ、しょうがないな~。今日はここまでにしてあげるから、とっとと帰んな、ボケ脳みそ」

 

 凛は口を尖らせながらムスッとした表情で狩奈にそう言いつけると、両腕を下ろして、変身を解いた。

 

「ボケじゃねえッ! イカレだろうがッ!!」

 

「狩奈さん!? それは認めちゃダメですっ!!」

 

「いつまでも喋ってないで、戻るわよ、二人とも」

 

 竜子が漫才みたいなやりとりをする狩奈と命を、強引に引っ張ると、居並ぶ部下たちと共にその場から去っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 完結しよう、と思ったらまさかの一万字越え……!
 という訳で分けました。

 次回、第一章・エピローグとなります。

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