魔法少女ゆかり☆マギカ(休載中)   作:hidon

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     黒い狐は真意を語らず C

 

 

 

 

 

 

 車に乗ると、ヤニ臭さが充満しており、不快感に溜まらずウッと鼻を摘まんでしまった。家庭では両親は煙草を吸わないので、自分にとっては苦手な臭いである。

 運転席に座る厳ついサングラスの男性は、そんな縁を特に気にはせず、ただ前方のみを見て車のアクセルを踏んでいる。

 

「っ……あかりちゃんと、お兄さんは、知り合いなんですか?」

 

 不快感をなんとか堪えつつも質問してみる縁。 

 

「まあな」

 

「どういう関係ですか?」

 

 『篝あかりと知り合い』という共通点が自分と男性の間にできた事が嬉しかった。男性に対する恐怖心が薄らいでいく。続けて質問してみる。

 

「腐れ縁だ。1年前仕事先で出会った。話したらたまたま気があったんでな」

 

 『仕事』とは、どんな仕事だろうか、気になる――――が、縁は突如かぶりを振った。

 男性は容姿からして、もしかしたら頭にヤの付く職業かもしれない。聞くのは躊躇われた。

 

「そうだ。……こいつを付けてろ」

 

 男性は突然頭を振った縁を気にせず、脇にあるケースから物体を取り出すと、手渡してきた。 

 

「サングラス……?」

 

 受け取ったのはどう見てもただのサングラスだ。よく見ると男性が付けているのと同じ形状をしているが、同じ品だろうか、でも何でこんなものを……?

 何気なく弄りまわしていると、突然サングラスのレンズが虹色に光り始めた。幻想的な色合いに目を奪われる。

 

「これは……?」

 

「ウチで開発した魔力遮断装置だ。魔法には特殊物質が含まれている。そいつは目から侵入すると、視神経を刺激して、脳波に変調を齎す」

 

 縁がハッと顔を上げた。

 

「そいつが結界の中で手前の身を守る為の手段になる」

 

 そんな凄い物を……! 縁は瞳孔を大きく開き、あんぐりと口を開けた呆然とした表情で、魔力遮断装置という名のサングラスをまじまじと見つめる。 

 

「お兄さんは、どんな仕事をしてるんですか……!?」

 

 咄嗟に尋ねてしまった。先ほど、職業を聞くのを躊躇った縁だったが、こんな物を作っている、ということは、魔法少女を相当深いところまで知り尽くしているのかもしれないと思った。

 

「魔法少女専門の商売だ。……中々刺激的で飽きない」 

 

「どんなことをしてるんですか?」

 

「まあ色々だが……中には嬢ちゃんが知っちゃいけないことも含まれているな……!」

 

 そう言って僅かに縁の方へ顔を向けると、ニイッと口の端を歪に吊り上げて笑う。

 

(ヒイッ!)

 

 その笑みに薄ら寒い物を感じた縁は、狼に睨まれた兎の様に、ビクリと全身を震わして上半身を後ろに仰け反らせる。

 彼の仕事を、勢いで尋ねてしまった自分の浅はかさに後悔すると、顔を反らして俯いた。男性は顔を前方に向き直して運転に集中する。

 青ざめた表情の女子高校生と、厳つい顔つきのサングラスの男。二人の間に会話が弾む筈もなく、暫く沈黙が訪れるが――――

 

「……嬢ちゃん。名前は?」

 

 それを破る様に、男性が質問を投げかける。顔は前方を向いたままだ。

 

「え……っ?」

 

 何でそんな事を聞くんだろう? と言いたげな表情で男性を伺う様に見つめる縁。

 

「言いたくなきゃ、言わなくていい」

 

「……あっ、えっと、縁です。美月 縁」

 

 だが、男性が顔を顰めて、やや語気を強めたバリトンボイスでそんなことを言い放つので、咄嗟に答えてしまう。

 彼が放つ威圧感に気圧された、というのもあったが……せっかくあかりの事をよく知ってそうな人物に出会えたのだ。

 縁には使命がある。あかりと優子達の戦いを止めるという使命が。その為には、あかりの事を詳しく優子達に教える必要がある。更にその為には、彼からあかりの情報を得なければならない。

 その思いが、縁の口を動かしたのであった。

 

「……なるほどな」

 

「?」

 

 聞いた男性がフッと笑う。先ほどの笑顔と比べると柔らかく優しさが籠っている様にも見えた。その反応と言葉が気になって首を傾げる縁。

 

「脅すような真似して悪かった。実は最近、あかりが可愛い女の子と知り合ったって聞いて……もしやと思ってな。なるほど、嬢ちゃんの事だったか」

 

「……あ、え、えっと……」

 

 男性が微笑を浮かべながら幾分か柔らかい口調でそう言う。縁は突然可愛いと言われた――あかりがそう思ってくれてた――事に照れてしまい、頬を紅潮させる。

 

「……美月、俺から頼みがある」

 

「えっ?」

 

 が、突然、はっきりとそう言われてきょとんとなる縁。

 

「あいつとは……あかりとは、仲良くしてやってくれ」

 

「!!」

 

 縁が目を見開く。

 

「あいつは普通の生活を知らない。……家族は不在で、学校にも通っていない」

 

「そんな……!」

 

 男性の言葉が強い衝撃となって、縁の耳朶を叩き全身を震撼させた。縁は言葉を失う。

 

「だから、俺みたいなチンピラよりも、君みたいな普通に幸せに暮らしてる子が接してやった方が、あいつの為になると思う」

 

 そこまで聞いて縁はふと、ある事が気になり、彼の顔をじっと見つめた。

 

 

 ――――彼の瞳には、何が映っているんだろうか?

 

 

 前を向いたままで、且つサングラスの漆黒のレンズに覆われていることから確認する事は困難を極める。だが、それでも縁は目を細めて凝視し続けた。

 

(もしかしたら――――)

 

 彼は、この暗闇の先に居るあかりの事を見ているのかもしれない。そう思ったからこそ、

 

「喜んで!!」

 

 最高の笑顔を彼に向けて、こう答えることにした。

 男性は一瞬、驚いた様な表情で縁の方を向いたかと思うと、

 

「……はははっ」

 

 満足げな笑い声を挙げて、アクセルを踏み込んだ。

 やがて、暗闇の中へ突入する。この先は結界の中心部だ。凡人である彼女達にもう逃げ場は無い。だが、車内はいつまでも暖かい空気に満ちていた。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……!!」

 

 凛の魔力を感知した茜が、その場所に向かって移動すると、驚愕した。

 塀と塀の間にスッポリと嵌る様な、巨大な黒い箱が有った。その中に、凛がいることを確信する。

 

(凛ちゃん……)

 

 試しに茜は、箱の側面に手を当てて、テレパシーで呼びかけてみる。

 

(茜か、悪いね、捕まっちゃった)

 

 箱の中から凛は反応。声の感じからして、特に弱ってる訳では無さそうだ。茜はホッと一息付く。

 

(とにかく、無事で良かったよ)

 

 そう声を掛けた直後、顔を険しくする。言葉通り凛が無事なのは良かったが、問題はこの黒い箱だ。側面をよく見ると、先ほど自分たちを取り囲んだピアノ線が複雑に編み込まれて形成されている。改めてブラックフォックスの技術力の凄まじさに感服する。

 さて、凛をどうやって助け出すか?

 

(凛ちゃん。私の声のする方向まで、近づける?)

 

 しばらく考え込んだ茜だったが、やがて、意を決した様に顔を上げると、テレパシーで内部の凛へ指示を送る。

 

(OK)

 

 凛から二つ返事が返ってくる。

 茜は、箱の中の凛が、こちらに近づいてくるのを感知すると、両手を側面に置く。

 すると、純白の輝きが眩く放たれた。魔力が箱の側面を通じて、凛に送られていく。

 

「……?」

 

 茜と側面を挟む様に立っていた凛は、突如、自分が白い光に包まれていき、目を見開いた。

しばらく発光していたと思うと――――凛の身体が、みるみる縮小していく。

 

「あ、ちっちゃくなっちゃった」

 

 やがて、豆粒大の大きさになった凛が、相変わらず冷静な顔つきなまま、素っ頓狂な声を挙げる。

 

(凛ちゃん。今、私の魔力を送ったわ。うんと小さくしたから、ピアノ線の合間を通って外に出てほしいの)

 

「おお、流石。オッケー」

 

 茜が送ったテレパシーの指示に、こくんと頷くと、凛はゆっくりと歩き始める。

 

(ちょっと急いでよ凛ちゃん!! この魔法結構疲れるんだから!! もって十秒ぐらいっ!!)

 

 慌ててもしょうがないので、マイペースに行こうと考えた凛の脳に、突如、茜の怒声が響き渡る。

 

「……! それを早く言えっての」

 

 その内容にペースを崩されてしまい、一瞬苦々しい顔で歯噛みする凛だったが、すぐに一呼吸置いて顔を平静に戻すと、側面に向かって全力疾走した。

 やがて、ピアノ線が編み込まれた側面に到達すると、僅かに隙間が有り、そこから光が漏れていたのを即座に確認。線の合間を縫う様にして器用に側面の内部を移動する。

 間もなくして、凛は外に出ることに成功。

 

「!!」

 

 すると、そこで両手を合わせて、凛に魔力を送りながら待っていた茜が、即座に魔法を解除する。

 

「おおう……」

 

 無表情のまま、驚く凛。彼女の身体はグングン大きくなり、すぐに元通りの152cmになった。

 

「やったー! 大成こ……!」

 

 確認した茜がウサギの様にピョンと飛び跳ねて、歓喜の声を挙げた瞬間――――魔力を著しく消費したのが祟ったのか、彼女の身体はグラリと傾きだす。

 倒れる寸前に、凛が両手で抱えた。

 

「ありがとう茜。大丈夫?」

 

「凛ちゃん……纏ちゃんがやられちゃった……」

 

「!?」

 

 その言葉に凛が、驚愕の表情を浮かべた。

 纏は、凛達のチームの中でも一番経験が浅い。優子と凛は3年、茜は4年に対して、彼女はまだ2年である。

 しかし、彼女には魔法少女としての才能があった。ずば抜けた身体能力はもとより、反射神経は凛に迫るものがあり、元々学業が優秀であったからか機転も利く。ただ、見た目に反して子供っぽい所が強く、意志が弱いのが欠点だが……それを差し引いても、2年という月日で、凛と優子に追いついた彼女の実力は折り紙付きであり、まさしく『天賦の才』の持ち主といっても過言ではなかった。

 

 その纏が、この短い時間で敗北。衝撃的な事実に凛もショックを隠せない。

 

「……黒狐は今、どうしてる?」

 

「優子リーダーが戦ってるけど、危ないと思うの……右腕を、壊された……」

 

「……!」

 

 凛が顔を俯かせる。ただでさえ眠たげに細めている目を更にキッと細めると、瞳の奥が熱くなっていくのを感じる。途端、右手をグッと握りしめて、爪を食い込ませた。

 乱された感情が身体の中で暴れ始め、出口を求めて彷徨っているようだった。

 

「凛ちゃん、優子リーダーを、助けて」

 

 茜は両手を合わせて、祈るように懇願する。

 彼女から見て、凛の今の表情は初めて見るものだった。もしかして、怒っているのかもしれない。

纏と優子がやられて、怒っているのだとしたら――仲間の為に、怒ってくれているのだったら、これ程嬉しいことは無い――そう思い、茜は満足気な表情でゆっくりと、目を閉じた。

 

「茜?」

 

 凛が呼びかけるが反応なし。急激な魔力の使用が意識消失を齎したのだろうか――――今はそれを確認する術は無い。

 やがて、茜の変身が解かれる。同時に彼女が持っていた手の平大の水晶が地面に落ちたかと思うと、パンッと破裂。

 

「……?」

 

 凛が音に反応して見ると、水晶の中身が顕わになっていた。

 そこには茜と同じく、気絶して変身が解かれて私服姿になっていた、纏が居た。

 

「チッ……」

 

 凛はそれを見て、ブラックフォックスへの怒りを舌打ちで表現すると、茜と纏を一先ずは、道路の脇に寝かせる。

 直後、飛翔。魔力索敵能力を強めて索敵を行いつつ、住宅地の屋根伝いを飛び回っていく。彼女が探し求めるのは、萱野優子。

 

「待ってな、カヤ」

 

 思わず呟いた凛の表情は、彼女自身今までしたことが無いぐらい、真剣で精悍なものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、優子はというと……

 

「ホハアッ!!」

(オラアッ!!)

 

 ブラックフォックス――――篝あかりと対峙していた。

 左手のショートソードを薙ぎ払うが、利き手と比べて幾分か勢いの少ないそれは、あかりにあっさり見切られてしまう。

 あかりは僅かに両足を曲げてしゃがむ動作で回避すると、反動を使って飛翔。そのまま優子に飛び掛かる。

 

「はへふは!!」

(させるか!!)

 

 だが、優子はそうはさせないと言わんばかりに、表情を固く引き締めると、強く歯を食いしばって咥えていたショートソードを固定する。

 刹那――――優子の顔が右側に旋回。ショートソードの峰が空中のあかりの胴めがけて襲い掛かる。

 

「!?」

 

 直撃を確信して、顔を勢いよく振り抜いた優子だったが――――手応えは無い。

 

「やるわね」

 

「ふぁ……?」

 

 突如、上から声が聞こえる。同時に加えていた剣に違和感を覚えた。何が起きたのか。訳が分からず、目線を上に向けると、

 

「……!」

 

 驚愕に目を見開く。なんと、自分が加えていたショートソードの刃先に、あろうことか、篝あかりが二本足で立っているではないか。

 違和感の正体が明らかになる。一人の人間が立っているのに、全く剣に重みを感じないのだ。これも奴の魔法なのか。

 そう思っていると、直後、あかりの左足が視界一面に迫ってきた。

 

「ぐっ」

 

 ショートソードの上で重みを感じさせないまま立っているあかりに、すっかり気を取られてしまった。

 鋭い蹴りが優子の額に直撃し、刺さる様な痛みに、思わず口の力を緩めてしまう。咥えていた剣がポロリと落ちた。

 

「……! やばっ」

 

 咄嗟に剣を拾おうとする優子だったが、刹那、首に何か太いものが巻き付いてきた。

 

「うぐっ」

 

 思わず呼吸を圧迫され、息が詰まる優子。咄嗟に左手の剣を放し、巻きついた何かを掴むと、人肌程度に暖かった。目線を下に向けてみると、それが誰かの足であることを確認する。

 

「ッ!!」

 

 同時に、両肩に何かが圧し掛かり、一気に身体のバランスが崩されそうになるが、必死に両足を開いてなんとか耐える。

 何事かと思い、おそるおそる目線を上に向けると、そこには相変わらず爛々とした光を瞳から放ちながら、不敵な笑みを浮かべているあかりの顔が視界一杯に映った。それを見て、優子はハッと気づく。

 自分の首に巻きついたのは、篝あかりの両足であった。彼女は胡坐を掻く様な足の組み方で首を固定したのだ。

 しかし、それに気づいた時にはもう遅い。武器は手放してしまった。あかりの両足の締め付けが更に強まる。

 

「ぐううううう……!」

 

 苦しさのあまり呻き声を挙げる優子。

 

「あんたの選択肢は、二つ」

 

 あかりが、爛々と光った瞳のまま、どこか愉悦を含んだ小さい声で、残忍に告げてくる。

 

「このまま首を絞め落とされるか……右肩と同じ様に、首の関節もぶっ壊されるか……選びなさいよ」

 

「どっ……ぐっ……あぁ……!!」

 

 優子があかりの顔をギンッと猛獣の様な形相で睨みつける。どっちも嫌だ、と叫びたかったが、首を圧迫されているため、声を出すことがままならない。

 あかりは優子の答えを待たず、足の力を更に強めて首の関節を固定すると、体を少しずつ時計回りに傾き始めた。

 

「!!!」

 

 それを見た優子が、青褪める。

 彼女の動きに合わせて、関節がコキコキと小さな音を立て始めた。これは絶対にマズイ、と思った。

 先ほど、右肩を軸にして回転した様に……同じく首を軸に回転して、関節を破壊するつもりだ。

 

「ぐぐぐぐぐ……」

 

 必死に首に力を入れて耐えようとする優子だったが、あかりの足の力は想像以上に強い。やがて、あかりの傾く角度が大きくなると、関節の音もゴキゴキと大きくなり、同時に強い痛みを齎す。

 

「……ッ!」

 

 激しい痛みに優子が力を抜いた途端、あかりが勝利を確信して笑みを強めた。

 両手で、優子の頭部をがっしりと掴む。そのまま、首を軸に、ぐるりと一回転。

 

 

 

 ――――するはずだった。

 

 

 

「そこまでだァッ!! このハイエナ野郎がァッ!!!」

 

 突如、少女らしき人物と思われし怒号と、複数もの銃声が響き渡る。

 同時に何かが一斉に迫ってくるのを確信したあかりは、優子の首を開放して飛翔。直後、優子の頭上に、数十発もの銃弾が交差する。

 

「……っ!?」

 

 優子は眼前の光景に驚いて、尻もちをついてしまう。

 

「……」

 

 優子の後方に飛んだあかりは、複数の魔力の反応を確認。それが魔法少女の放つものだと確信すると、表情を消して、周囲を見回す。

 彼女達はいつのまにか、周囲の住宅の上を陣取り、獲物の飛び道具を構えていた。

その中で特に強い魔力が放たれている方向を凝視すると――――ドイツ製のスナイパーライフル『DSR-1』を構えた少女が目と鼻の先に有る民家の2階のベランダを陣取っていた。

 

「良い度胸ね」 

 

「ハッ」

 

 あかりが凝視する方向から、鼻で笑う声が聞こえてくる。少女はDSR-1を背中にしょうと、ベランダから飛翔して、あかりたちの前に着地する。

 

「狩奈……!」

 

 優子が焦燥の表情を浮かべる。一番危惧していた事態に陥ってしまった。

 全身をグレー一色の軍服姿に身を包んだスナイパーライフルの少女、狩奈 響(かりな ひびき)は獰猛な笑みを浮かべ、大きく見開いた目を血走らせながら、あかりの眼前まで歩を進める。

 

「結構広い範囲で張ってたんだけど、破られちゃったか」

 

 残念ね――――と最後に付け加えると、あかりはふぅ、と溜息を付いた。

 

「まさか住宅地まるごと閉じ込めるとは恐れいったが……糞を詰めたテメェらの頭とは違って私達にはちゃんと脳みそが詰まってるんでなァ……」

 

 狩奈は自分の頭を人指し指で示すと、ニタニタと嘲笑する。

 すると、彼女の隣に、ウェーブの掛かった黒髪に、黒いローブ姿の少女が現れた。

 

「きひひひ……」

 

「大方私達が襲う事は既に想定内だったみてぇだが、生憎コイツは結界を中和できるんでなァ……!」

 

 ハイライトの無い黒い瞳を大きく開いて、口の両端を大きく吊り上げてニヤニヤ笑みを浮かべている少女。狩奈は親指で自分より一回り大きい彼女を指し示すと、あかりに紹介する。

 

「で、噂のイカレ脳みそさんと、黒魔術師率いる愚連隊が、生粋の平和主義者たるあたしに何の様な訳?」

 

「『平和主義者』だとォ……!?」

 

 狩奈が笑みを消して、ムッと眉間に皺を寄せると、腰のホルスターから拳銃を取り出し、あかりの額に押し当てた。

 

「だったら大人しく潰れそうなラーメン屋の生ゴミでも漁ってろこのハイエナがぁッ!!!」

 

「そんなん喰ったらお腹壊すってば」

 

「テメェの発現権はハナっからねぇんだよこのボケッ!! チョロチョロチョロチョロとウチの陣地で徘徊しやがって目障りだドブネズミがッ!!」

 

 激昂と同時に狩奈は、その獣の如き形相をあかりに近づける。

 

「耳の穴からカス全部落としてよぉ――――く聞け……テメェのせいで竜子の睡眠時間がどんだけ削られたと思ってる? 初日は2時間、次の日から4時間……昨日は6時間だぞ6時間ッ!!」

 

 狩奈が大きく口を開き叫び出す。あかりにとっては心底どうでもいい上に、目の前で大喝されるととても五月蠅い。唾が勢いよく顔に飛ぶのを僅かに不快に感じながらも、あかりは両耳に指を突っ込んで聞こえない様にする。

 

「テメェは竜子の人生から立ち退け……!」

 

「勝手にそっちが入れてるんでしょう?」

 

「黙れ何度も言わせるなテメェに発現権はねぇ!!

 ……麻琴達をやりやがって……。本当だったら私がテメェの脳みそブチ撒けてやりたいとこだが……一緒に来てもらうぜ。処分は竜子に決めてもらう」

 

 飄々とした態度のあかりに狩奈はもう一度大喝を叩き込むと、ニヤリと笑ってあかりの額に押し当てた銃口をぐりぐりと押し込んできた。

 

「その前に……」

 

 額に丸い痣が出来たがあかりは意も介さず、ふぅ、と溜息を吐く。

 

「後ろの()()()を、どうにかしたら?」

 

「何ぃ……!?」

 

 狩奈がその言葉に反応して後ろを振り向くと――――視界一面に、蒼く光る矢が迫ってきた。

 

「!?」

 

 咄嗟に身体を反らした。矢は直撃せず、狩奈のすぐ脇を掠める。

 

「……………テメェかぁ……」

 

 狩奈が矢の飛んできた方向を、睨みつける。そこには誰もいない。だが、微かな魔力を感じたので、ギリギリと歯を食いしばる。

 

「宮古ォ…………!」

 

 3年前から争ってきたライバル関係の魔法少女の名を、心底恨めしそうな声で表現する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「チッ、イカレ脳みそ。もう来たか」

 

 凛が忌々しげに舌打ちをする。

 優子の魔力を感知した彼女は、優子とあかりが対峙している場所から2kmも離れた民家の屋根の上を陣取り、そこでボウガンを構えていた。ここまで離れれば如何にブラックフォックスといえども感知されないと踏んだのだ。優子を助けたいが正面切って戦えば、自分も負ける確率は高い。ならば、一番自分が得意とする戦い方で勝負を挑む。

 そう思っていた矢先に、ブラックフォックスを囲む様に魔力の反応が多数出現――――狩奈が率いる捕縛部隊が続々と現れたのだ。

 

(でも、どんだけ数を集めようが……)

 

 先に獲物を捕った方が『勝ち』だ――――凛はそう思うと、全身に魔力を漲らせる。すると、彼女の目先の虚空に青色の魔法陣が小さく展開される。

 『固有魔法』だ。魔法少女はキュゥべえと契約した時点で、一つの特殊能力を常時使用することができる。

 凛の両目が蒼い光を放ち輝き始める。彼女の場合、視力を人間の限界以上に高めることができる。このお陰で最高20km先の標的まで寸分狂わず狙う事ができる。

 もっとも、そこまで距離を取ると、矢が標的に当たるころには速度と威力がかなり弱くなってしまうので、保つためには2kmが限界と定めている。

 屋根の上で身体を屈めつつ右腕をぐっと伸ばす凛。手首に装着されたボウガンにも魔力を込めると、貫通矢が出来上ってジャキッと装填される。

彼女の視線の先には、ブラックフォックスと、その前で重なる様に仁王立ちする狩奈の姿。

 

(悪いね、イカレ脳みそ)

 

 凛の照準は、狩奈の身体に向けられている。狩奈が邪魔なのでブラックフォックスは狙えない。ならば彼女の身体ごと貫いて奴に当てるまでだ――――そう思い、一息、深呼吸すると……バシュッと音がして、ボウガンから矢が放たれる!

 

 勢いよく飛翔した矢は狩奈に直撃――――するかに思われたが、

 

(!?)

 

 寸前で咄嗟に振り向いた狩奈が、身体を反らして回避する。その行動に目を見開く凛。後ろのブラックフォックスも横に飛び退いた為、矢は外れになった。

 ならばもう一発、と思い、再び固有魔法を展開して、ボウガンの矢に魔力を込める。

 刹那、複数の魔力が猛烈な勢いで迫ってくる。

 

「ッ!!」

 

 凛が咄嗟に、屋根の後ろに飛びのいて身体を隠す。先ほどいた場所に10発近くの弾丸が交差して遥か彼方に飛んでいく。

 

「チッ!」

 

 舌打ちする。2km以上先の標的を寸分狂わず狙撃できるのは自分と、狩奈だけかと思っていたが――――どうやら、同等の精鋭を集めてきたらしい。自分がブラックフォックスを安全に狙うには、更に距離を取るか、或いはそいつらを先に撃退せねばならない。

 

(これ以上距離を取れば……矢の威力は弱くなる)

 

 ブラックフォックスの実力の底が分からない以上、力不足の矢を放つのは得策ではない。

 

(連中を相手にすれば、その間にイカレ脳みそが黒狐を捕えるかもしれないし、カヤを人質に使うかもしれない)

 

 事態は急を要している。只でさえ、連中のど真ん中に満身創痍の優子がおり危機的状況だ。あまり時間を掛ける事は許されない。

 

(ん……?)

 

 だが、そこで凛はふと目線を下にすると、道路にある物(・・・)を見つける。

 

(こいつは……!)

 

 ――――凛はにへら、と笑う。身体が臭くなるには違い無いが、勝つにはこの方法しか無い。

 

「……ん?」

 

 再び視界を戻すと、右側から一台の黒い車が走ってくるのが見える。気になって注目すると、ブラックフォックス達魔法少女が集う場所に急いで向かっている様に見えた。

 目論見通り、黒い車は、彼女達の喧騒に割り込んだかと思うと、そのまま停車する。

 そして、ドアが開いた。運転席側から現れたのは見知らぬ人物。白いオールバックに、黒いスーツ姿の男性。

助手席側から飛び出したのは、

 

「!!」

 

 その人物に、凛は愕然となる。

 

「縁……?」

 

 何故か男性と同じ形のサングラスを掛けているが――――ピンクのショートカットヘアに細身の体型、それは間違い無く、美月 縁だった。 

 

 

 

 

 

 

 




 な、なんとか1万字未満に収めた……!

 登場人物多めで非常にごちゃごちゃしてしまいました。
 ですが、彼女達をようやく一つに集わせることができそうです。

 余談ですが、某格闘漫画の某技をあかりさんに使用させてみたのですが、文章にするととんでもなくえげつない技だということがよくわかりました。

 次回で、第一章完結?となります。

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