☆
「そんな……」
縁の顔から生気が消えた。頭がガックリと下に落ちて、愕然としながら、一切の感情が失せた声でつぶやく。
「……縁。でもキュゥべえ、素質が無いって?」
内心ホッとしつつも、意気消沈する縁を見て心配になる葵。だが、疑問があったので、尋ねてみる。
「言葉通りの意味だ。美月 縁は魔法少女になる資格が、無い」
「!!」
落ち込む縁を前にしても、一切気にしていない様子で、キュゥべえは淡々と告げた。
その言葉が縁の心を抉る。
「魔法少女に成れるのは、『感情』を強く表現できる者に限られる」
柳 葵は可能だが、美月 縁には、それが不可能だ――――と、キュゥべえは補足を加えるが、既に縁は聞く耳を持たない。
「気になるわね」
そこで、あかりが割り込んできた。両腕を組んで、じっと睨みつける。
「なんで、素質の無い
「感情を強く表現できなくても、内に秘めている『因果』の量が大きければ、僕たちを見る事はできる。これは何も、
男性だろうが、老人だろうが、果ては動物だろうが、『因果』の量が大きい生命は、キュゥべえを視認することができるのだそうだ。
だからといって、魔女に襲われる可能性が高くなる、ということは無いらしい。
(『霊感』みたいなものかしら……?)
葵は『因果』がどんなものか、今一つピンとこなかったが、キュゥべえの話からして、近いものはこれかもしれない、と思った。
「以上から、美月 縁の存在はありふれていると言っていい」
断言するキュゥべえだが、あかりは無表情で彼を見つめている。彼女は、納得しているのか、していないのか、顔を見てどちらか判断することは凡人である葵には遥かに難しい。
キュゥべえは構わず、無表情のまま、淡々と言葉を続ける。
「以前、僕たちは美月 縁の様な少女でも、『願い』が有れば契約を交わしてきた。
だが……『感情値』が著しく低い彼女達は、はっきり言って、
使い物――――感情の無い機械的生物らしいと言えばいいのか、まるで人間を道具としか見ていないような物言いに、葵はゾクリと肩を震わす。
「魔法少女が用いる魔法の力というのは、使用者の感情によって左右される。
彼女達はいずれも満足に操ることはできなかった。魔女と戦えば、あっさり殺される」
キュゥべえの話からすれば、人間は魔女を倒さねば安全な生活を確保することができず、キュゥべえも魔法少女を増やさなければ宇宙を救うことはできない。両者は利害関係の一致から手を結んできた。
だが、その魔法少女があっさり死んでしまうとなれば、話は別だ。利害関係もあったものではない。
「
そこで、先ほどの『感情値の強さ』が条件に加えられたのだろう。
葵はキュゥべえの人間に対する無感情な物言いに圧倒されっぱなしであったが、心の底から安心もしていた。縁がもし契約してしまったら――縁自身も危惧していたが――魔女にすぐ殺される運命に有ったのだ。そこから抜けられた事を声を挙げて喜びたかったが、隣で相変わらず意気消沈している縁を見ると、悪くて、できなかった。
刹那――――ピンポーン! とインターホンが鳴った。
「縁、お客さんよ」
葵が未だ俯く縁に声を掛ける。すると、ピンポーン! と、またインターホンが鳴る。
「…………」
縁には聞こえていない様子だった。
直後、ピンポピンポピンポピンポピンピンピンポピンピンピンピンポーン!!とインターホンが連続で鳴った。
「ゆ、縁、早く行った方がいいんじゃない……」
「……」
葵が冷や汗を垂らして苦笑いを浮かべる。何やら、只ならぬ人物が訪れたのは確かである。ちなみに、あかりは平然とした様子でお茶を啜っている。
ピンピンピンピンピンピンピンppppppppピンポーピンポピンポピンポピンポーン!!と、また連続で鳴った。
途中、間違いなく連打している。
「…………っ!」
縁がようやくハッと顔を上げた。
「縁?」
「……ああ、ごめんごめん! 今行ってくるっ!」
縁はそう言うと、慌てて自室から飛び出し、一階の玄関に向かっていった。
「大丈夫かしら……?」
葵が心配そうに呟く。当然、隣のあかりには聞こえてきたが、彼女は素知らぬ顔で、煎餅を齧っていた。
――――その間に、キュゥべえは、既にいなくなっていた。
☆
ガチャッ、と玄関のドアを開けると、そこには、自分より小さな女の子が居た。
見たところ中学生ぐらいだろうか。青いショートカットヘアに小さいサイドテールを作っていた。
服装はTシャツに短パンであり、年頃の女の子というよりは小学生の男の子の様な出で立ちだ。
左手には、大きな手提げ袋を下げている。
「あの~、どちら様?」
初めて見る少女に、縁が苦笑いを浮かべて問いかける。
少女は、どこか眠たげな半開きのジト目で、縁をしばし見つめたかと思うと……突如、右手を差し伸べた。
「??」
縁は少女の意図が分からず、ぽかんとなる。
「ウチのでっかい姉ちゃんズが世話になったね」
「えっ?」
そういわれて目を見開く。――――ここ最近会ったでっかい姉ちゃんズと言えば、菖蒲纏(167cm)と萱野優子(175cm)の二名である。
「!! ってことは、あなたは」
ゆかりがハッとなる。
「そ。あたしは、そいつらの仲間。魔法少女・宮古 凛だ。よろしく」
凛は、にへら、と口の両端を吊り上げて、不敵に笑う。
その笑顔に何やら薄ら寒いものを感じた縁が、思わずウッと息を詰まらせるが、
「よ、よろしくお願いします……!」
縁も右手を伸ばして、凛と握手を交わす。
「あんたラッキーだね」
「へ?」
「超絶クールビューティ美少女マジカルリンちゃんと握手できるなんて滅多に無いよ」
凛はヘラヘラと愉快そうに笑いながら、冗談染みた事を言い放つ。
(何か、おかしな人……)
「はあ……その超絶クールビューティ美少女マジカルリンちゃんさんがウチに何の御用でしょうか?」
縁は、周りが聞いたら、お前が言うな、と言われそうな台詞を頭の中でボヤきながら、超絶クー(略)に問いかける。
「ウチのリーダー……
纏でも良かったんだけどさ、あいにく忙しくって、やむなくあたしが伝えに行くことになった」
「!!」
リーダーとは間違いなく萱野優子の事だろう。それにしても『カヤ』とは渾名だろうか。纏は『優ちゃん』と呼んでいたが、それだけ慕われているということか。
だが、一般人の自分達にメッセージとはどういうことだろうか?
「まずは、
「ああ……それは別に」
いいですよ――――と言おうとしたが、それを遮る様に凛が手提げ袋を差し出した。
「これ、詫びの品」
「あ、はい。ありがとうございます。……っ!」
縁も咄嗟に受け取ってしまう。途端、良い匂いが鼻腔を刺激して、愉悦が浮かんでしまった。何か美味しい食べ物が入っているのかもしれない。
「いいんですかぁ~、貰っちゃってぇ~?」
「どうぞどうぞ。後で食べなよ」
流れ出る涎を拭いながら、問いかけると、凛は手をひらひらとさせて返す。よし、中身は夕飯の時に確認することにしよう。
「あと、もう一つ」
そこで突如、凛は笑みを消した。
「伝えなきゃいけないことがある」
「!!」
こっちが本題だ――――と言わんばかりに真剣な眼差しで見つめてくる。縁もそれに応える様に顔を強張らせた。
「あんたと葵は魔女に襲われた。多分、どちらもか、或いは、どっちかが、魔法少女の『素質』が有る」
「……!」
『素質』――――その単語に、先のキュゥべえの言葉が頭を過ってしまい、言葉を失う。
途端に顔を俯かせて、表情に影を作る縁。
凛は、それを見て、何かを察したらしい。ふう……、と一息吐くと、眠たげな目を更に細めて、話を続ける。
「なるほどね……有るのは、『葵の方』かい?」
「っ!!」
縁の肩が僅かに、ビクリと動いてたのを凛は見逃さなった。
「無いなら無いでいい。あんな世界に飛び込んじゃいけない」
凛は縁の両肩の震えを抑える様に手を置く。
「そう言われても……」
折角目標を抱いたのに、真上から踏みつぶされたのだ。とても承服できるものではない。
凛の声はとても優しく聞こえたが、縁の気持ちは晴れない。
「気持ちはわかる……」
凛はそういうと、ふう、と溜息を付く。
「でも、普通に生きていけるならそれに越した事はないと思うけどね」
そうなのだろうか。
確かにキュゥべえの言った通り、もし契約できていたら死んでいたかもしれないので、それはそうなのかもしれないし、凛の言ってる事もよく分かる。
でも、昨日抱いた感情————魔法少女への憧れは、嘘では無かった筈だ。
今一つ気持ちの整理が付かず、顔を俯かせたままの縁だったが――――
「話が逸れたね。魔法少女の『素質』があるってことは、魔女に襲われる可能性が高いってことだ」
凛の衝撃的な言葉が耳朶を打った。
「そんなっ! じゃあ葵はっ!?」
弾かれた様に、顔を上げて叫び出す。
「遅かれ早かれ襲われる。でも、そんなことはさせない」
凛が真っすぐな瞳で縁を見据える。
「あたしらは桜見丘市一帯を縄張りにする魔法少女チームだ。当然、そこに住む人々を守る義務がある。……ああ、これはあたしじゃなくって、カヤの言葉だけどね」
言ってしまってから凛は、恥ずかしさを隠す様に、僅かに顔を反らすと、頭を掻いた。
「もちろん、魔法少女にもさせはしない。あの宇宙人の、都合のいい様にさせない」
「!!」
「あんたたちは、あたしたちが、全力で守る」
凛は顔を戻すと、はっきりとそう告げる。
「……!!」
その言葉に愕然とする縁。
刹那、頭をガツン、と強く殴られた様な衝撃が襲う。
――――自分にここまでの覚悟があったのだろうか。誰かの為に、無償で身体を張る決意が。
そう思った途端、全身が震えてくる。
魔法少女になりたいと思っていたことが、強烈に恥ずかしくなった。
『私が魔法少女になれば、優子さんたちの苦労も分かってあげられるんじゃないかな』
『それでも、私は成りたいんだ。カッコ良くて、みんなを守れる魔法少女に』
昨日、自分は確かに葵にそう言った。
でも結局、そんな覚悟は無かった。ただ、纏と優子がカッコイイから、という憧れだけで成ろうとしていて、邪な気持ちを正当化する為に口から出まかせを言っただけに過ぎなかったのだ。
――――それが、どれだけ浅ましい考えであった事か、今、分かった。
凛のどこまでも青い眼差しは、そんな縁の心を射抜く様であった。
葵の話では、小さいがかなり怖い、という話だったので、小鬼の様な人物像を描いていたが、それは誤解だった。
彼女もまた萱野優子や菖蒲纏と同じ、正義の為に行動する、ヒーローの様な魔法少女の一人だったのだ。
――――自分はまだ、彼女達に追いつくことができない。
魍魎の庭に飛び込む勇気はあっても、生きていける自信は、無かった。
「ごめんなさい……っ」
はっきりと確信した縁が両目から涙をこぼす。口から出た言葉は謝罪だった。
「何で泣くのさ……?」
突然泣いて謝られたので、呆気に取られてしまった凛は目を開いて、首を傾げる。
別に悪くないのだが……これでは自分が泣かせてしまったようだな、と思い罰が悪そうに頭を掻いた。
「それよりも……」
自分にはやらなければならないことがあるのだ、と思うと凛は顔を引き締めた。
いきなり顔つきが変わったので、縁が気になって顔をまじまじと見つめる。
「あんたの家に、魔力の反応が二つある。ひとつはキュゥべえだけど、もう一つは……知らない」
「…………あ、そうなんです。凛さんたちと同じ魔法少女の子なんですけど……誰とも組んでないんですって」
縁は、涙を拭うと、昨日の葵の話を思い返して、凛に伝える。
凛は顎に手を当てて「ふむ……」と考え込んだかと思うと、ポツリと呟いた。
「そいつと話がしたい。上がっていい?」
「……!!」
これは……もしかしたら、優子達のチームにあかりを入れてくれるのではないか?
「ああ、いいですよ! どうぞ!」
やった。これであかりちゃんは独りぼっちじゃなくなる、と思い心の中でガッツポーズを決める縁。
だが、既に靴を脱いで、階段を昇っている凛の目は、
――――矢の様に細く、鋭利な光を放っていた。
☆
「失礼するよ」
二階のドアを凛が開けると、葵ともう一人の少女が振り向く。
葵は凛を見て、ハッと目を見開くが、もう一人は涼しい表情を浮かべている。凛は構わず、もう一人の少女の向かい側になる様に、テーブルを挟んで座ると胡坐を掻いた。
「あえてラッキーだよ、『黒狐』」
射抜く様な視線を向けて、凛がつぶやく。
「どうも。『宮古 凛』さん。ブラックフォックスです」
あかりは、視線を諸共せず、挨拶と共にお辞儀した。
――――お互い無表情のままだが、向かい合った直後、室内の空気が、バリバリと雷撃の如く乱れていく。
「…………!!」
「おまた……せ……?!」
葵はその空気に訳も分からず身震いし、遅れて、凛への冷たいお茶を運んで入ってきた縁は、その雰囲気に呆気に取られる。
間違っても「仲間になって♪」「いいよ♪」と言い合う様な状況ではなかった。
☆
――――時は少し遡る。
白妙町。田んぼと畑が土地の殆どを占める地域に、萱野優子の生家である定食屋は有った。
2階のある部屋で、萱野優子・宮古 凛・菖蒲 纏・日向 茜……4人の魔法少女がそこに集まり、ちゃぶ台を囲んで座っている。
「よーし!! 桜見丘市魔法少女組、定例会議を始めまーす!」
「……いつも思いますけど、そのチーム名、どうにかならないんですか?」
室内に響き渡る様な威勢の良い掛け声をすると、両手をパンッと叩いて一本締めを行う優子。隣で茜が冷ややかにツッコミを入れるが、いつものことなので誰もフォローしなかった。
彼女達が今集まっている場所は、優子の部屋だ。年季の入った畳み張りの部屋で、とても広々としていた。テラス付きの窓から陽光が、暖かく照らしている。部屋の中央には、何処かの海産物一家がいつも囲んでいるような、大きな円形のちゃぶ台が存在感を放っており、窓際にはテレビと、殆ど料理本しかない本棚が置かれている。
綺麗に片付かれているものの、目立ったインテリアや飾りは殆どなく、年頃の少女の部屋にしては、些か殺風景すぎる。
もはや、生真面目な独身の中年男性みたいな部屋といっても過言ではないが、優子の性格を端的に表している部屋だと思えた。
今日は日曜日。優子達のチームは毎週、この曜日になると、一つの場所に集まって会議を開いている。
「じゃ~、早速、回収したグリーフシードを見せようぜ。アタシは4つ」
優子はポケットに手を突っ込むと、黒い宝石『グリーフシード』を4つ取り出して、ちゃぶ台の上でコロコロと転がす。
「あたしは5つ」
「凛ちゃんすっご~いっ! 私なんて2つだよ?」
「ふっ、纏、あたしに惚れるなよ?」
「カッコイイよ凛ちゃん!!」
「何イチャついてんの……私は、3つです」
凛を抱きしめる纏と抱きしめられてその豊満なふくらみに顔を半分埋めつつ、にへら、と笑う凛。彼女達に冷ややかにツッコむ茜。
3人も優子と同じくグリーフシードを、取り出した。
「それじゃあ、次は、担当地域の近況報告だ。
みんなはどうだった?」
「菖蒲 纏。桜見丘市街。魔女の襲撃数は先週と同じ。でも、被害者はなしだよ」
「日向 茜。深山町。こちらも魔女数は変わりません。犠牲者0です」
「宮古 凛。紅山町。魔女は増えたけど、後は以下同文」
近況報告は終了。しかし、凛に限っては気がかりな事があったので、優子が声を掛ける。
「でも、一週間で5体は多いな。……キツく無いのか?」
「心配無用。あたしにとっては寧ろ丁度いい」
凛は不敵な笑みを強めながら、自信満々に宣言する。
「それもそうだな」
「この火遊び女……!」
優子はフッと笑い、茜はジト目で突っ込むが……
「!! ……痺れたよ凛ちゃんっ」
「惚れるなっての」
纏は惚れ惚れとした様子で、目をキラキラと輝かせて羨望の眼差しを送っていたので、即座に茜に突っ込まれた。
会議といっても所詮は女子学生の集まりだ。いつもなら、この辺りで議論は終わり、後は下らない世間話を交えながらの食事会になるのがいつものことであった。
だが、今回は違った。
「じゃ、次だ。『おつかい』の方はどうだ?」
「それは私が」
茜が手を挙げる。
『お使い』……これは優子達が、余所の地域へ『情報を購入』する為に使う隠語だ。
魔法少女は基本的に、縄張りとなる地域から外へは出られない為、必然的に得られる情報は狭まる。地域外へ密偵を放つという手もあるが、余程の手練れで無い限り、そこを縄張りとする魔法少女に捕まってしまうことがザラだ。
よって、外の情報が欲しい場合は、各地に点在する『情報屋』と呼ばれる魔法少女から、買う必要がある。余所の魔法少女チームの規模……強力な魔女の出現……変わった能力を持つ魔法少女の暗躍……これらをあらかじめ得ることで、危険を未然に防ぐことができるのだ。
日向茜と宮古凛が『おつかい』に行った先は、美咲文乃の所である。ドラグーンの最高幹部である彼女は、副業として情報屋を営んでいた。
基本的にチームに所属する魔法少女が情報屋を行うことは暗黙のタブーとされているが、彼女はその禁を破っていた。
ドラグーンの内部事情すら、財源になりそうだと思えば専ら売ってしまっていた。
――――まぁ、彼女はそれによって波乱が起きるのを楽しみにしているのだが。勿論、竜子と狩奈には秘密だ。
また、茜は文乃とプライベートで親しい間柄である。茜が会いにいくと、文乃は喜んで色んな事をあれこれ教えてくれるのだ。料金以上に。
優子グループの今日があるのは、一重に茜の存在があってこそだと言っても過言ではなかった。
「グリーフシードを2個も支払ったのは痛かったですけど……有益な情報が手に入りました」
茜は、若干顔を渋める。
「篝 あかり……皆はこの名前を知ってますか?」
「そいつがどうかしたのか?」
知らない名を出され、3人がポカンと間の抜けた顔をする。
「どうも、キュゥべえが認知していない魔法少女なんだそうです」
「何……!?」
キュゥべえは全ての魔法少女を管轄している立場にある。その彼が
「……名前はどこで分かったの?」
凛が問いかける。
「キュゥべえが偶然その子と出会った時に、教えてもらったそうだよ。私は文ちゃん経由で聞いたけど。だから、後でキュゥべえに確認してみたんだけど………名前以外の事は何も分からないって……」
「なんか怖いね、それ……」
纏が顔を青くしながら呟く。
「でも、文乃が目を付けてるってことは、何かやらかしてるみたいだな、そいつは」
「はい。緑萼市で、ここ一週間くらい下っ端の魔法少女達の噂になってるそうです……なんでも、『ヒーロー』だと……」
「はあ?」
優子が尋ねると、思わぬ単語が茜の口から返ってきた。てっきりよからぬ事をしてるのだろう、と思ってただけに、以外だった。
「魔女に襲われてピンチになってるところに、颯爽と現れて助けてくれるみたいです。しかも、とんでもない強さで、秒殺とか……」
「秒殺……!?」
凛が、その単語に即座に反応。
彼女は、今まで魔女に負けた事も取り逃した事も無く、短時間で撃破してきた。しかし、秒殺までは流石に不可能であった。
自分より強い奴が居る――――その事実に、負けず嫌いの彼女は、黙っていられなかった。
「それだけじゃない。グリーフシードも分け与えてくれるんだって。…………三個も」
「さ、三個!?」
纏が仰天のあまり声が裏返ってしまう。
彼女はなるべく、一般人も魔法少女も関係なく助けたいと思ってはいるが、そこまでは無理だ、と思った。
「……現在20人の魔法少女がその子に命を救われているの。名前は名乗らないから誰も知らない。真っ黒な髪に、真っ黒な衣装、時代劇の忍者みたいな戦い方……。
すべてが終わった後、まるで『狐に抓まれた』みたいに幻でも見たような気分になることから……ついた渾名が、『ブラックフォックス』……」
「ブラックフォックス……っ! かっこいいね……!」
纏がその名前に、目を輝かせる。
「……狐、というよりはネズミ小僧みたいなやつだと思うけどね」
不機嫌な様子の凛が、素っ気ない態度で吐き捨てる。
「ニンジャラットル、でいいんじゃないのか?」
「ピザ好きのカメ忍者っぽい名前ですね、それ……」
そして優子はというと、微妙にズレた事を言っていたので、茜にツッコまれる。
—————ピザ好きのカメ忍者、というよりは下ネタ好きなビースト戦士の名前に近いが。
「でもさ、別に悪いことしてないんだし、構うことはないんじゃないの?」
優子が聞くと、茜は首を振った。真剣な眼差しを向けてくる。
「構う必要はありますよ……グリーフシードを一人3個も与えてるんですよ。一般的な魔法少女の考えからしたら正気の沙汰じゃないです。そもそも、そんな沢山のグリーフシードをどこで手に入れたのか……?」
ブラックフォックスこと、篝 あかりは一週間の内に20人の魔法少女を救った。ということは、そんな短期間に60個ものグリーフシードを消費したことになるのだ。
魔女を狩って手に入れたか、ネットオークションで購入したか……いずれにしても、そこまで手に入れるには長い年月を掛けなければ叶わない。
それに、いくら強いとは言えども命がけで、或いは、高額を払って手に入れたものを、他人に無償で分け与えようなどと思うのだろうか。普通、考えない。マザー・テレサ並に奉仕精神が優れたものでなければ、そんな酔狂な事は頭に過りさえもしないだろう。
いずれの線も、現実的ではない。
かろうじて、可能性があるとすれば、緑萼市でも桜見丘でもない……別の地域の魔法少女から奪ったグリーフシードを分け与えているという線。
だが、これも限りなく低いと思った。何故余所の地域から手に入れたものを、わざわざ緑萼市でばら蒔く必要性があるのか?
「大体、魔法少女を救う目的もなんなのか、謎ですし……」
「でも、緑萼市ってことは、ドラグーンの連中がなんとかするんじゃないのか?」
自分達には関係無いと言わんばかりに、手をひらひらさせながら優子は言うが、茜は顔を顰めた。
「実は……文ちゃんの情報では、桜見丘市街でも度々目撃されているそうです」
「何……? 纏、知ってたか?」
「そんな、私は見てないよ……!」
目を見開く優子と纏。
「そいつ、気に入らないね」
凛の低い声が、3人の耳朶を叩く。
「凛ちゃん?」
「何が目的かは知らないけど、人の縄張りで好き勝手するのは、気に入らない。……カヤ」
凛が優子を見ると、彼女もうんうん、と頷いた。
「……そうだな。そいつとは、ちょっと話をする必要がありそうだ」
「だね。……見つけたら、尻尾を踏みつけてやる」
凛は相変わらず憮然とした表情だが、瞳は好戦的に光っていた。
難産。一度完成させた話ですが、後々読み返したら縁の心情描写が半端なく乏しかったので、急遽付け加えました。
ぶっちゃけ、難しいことこの上なかったです……
次回は凛vsあかりですが、既に色々と長くなってしまってるのでガクブルしています…
#04でまとめようと思ったけど、結局無理になりそうですね……トホホorz